さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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思わぬ場所での再会

 

 リリルカ・アーデというサポーターの少女と契約したことは、それまで、単独迷宮探索者(ソロエクスプローラー)であったベル・クラネルにとって多くの利益を(もたら)した。

 真っ先に挙げられるのは、戦力が増強したことである。

 サポーターという専門職(プロフェッショナル)でこそあるが、その実態が冒険者──『神の恩恵(ファルナ)』を背中に刻んでいる超人であることに変わりはない。強化された五感によって、モンスターの強襲や奇襲を察知することが可能だ──亜種族(デミ・ヒューマン)だと、さらに種族特性が追加される。例えば、小人族(パルゥム)だと視力の向上である──。

 それはつまり、ベルがこれまで一人で行って来た様々なことを彼女に割くことが出来るということであり、これによって、ベルは戦闘に集中することが可能となった。

 次に、ダンジョン探索時間の長時間化だ。冒険者の収入はモンスターから得られる『魔石』である。多くのモンスターを狩らなければ収入は増えない。

 そして『魔石』が物質である以上、『魔石』を収納するボディバッグがやがて詰まるのは自然なことだ。

 その度にベルは、地下にあるダンジョンから地上にあるバベルの簡易的な換金所に行く必要があった。

 しかしながら、リリルカというサポーターの少女と契約したことによってこの問題は解決され、長時間、ダンジョンに潜ることが可能になった。これによりベルの収入は格段に増えるようになった。

 朝の早い時間から二人一組(ツーマンセル)のパーティは進撃を続け──彼等が現在居るのは6階層、その最深部である。

 

「ここから先が7階層か……」

 

 下層に続く階段を見据え、ベルが感慨深げに呟いた。

 半歩後ろで従者のように控えているリリルカに尋ねる。

 

「リリはここから先には行ったことがあるのか?」

 

「ええ、何度かありますよ。とはいえ、リリはサポーターなので戦闘を直接したことはなく、いつも冒険者様の戦闘を見守っていただけでしたが……」

 

 ハハッ、と自嘲の笑みを浮かべていたリリルカだったが、

 

「それでも凄いさ! これからはリリ先輩と呼んでも良い!?」

 

 それもベルの言葉で打ち消されてしまう。

 絶句している彼女に彼は笑顔を向けると、「よし!」と意気込んだ。

 

「いざ行かん! 7階層へ!」

 

 そう言って、ベルは下層に続く階段を下りていく。その後ろを、リリルカは慌てて追いかけた。靴音が反響する中、ベルが、

 

「ダンジョンは自然物なのか、それとも、人工物なのか。こうして階段を下りていると益々分からなくなるな」

 

 自然物とは思えないほどに舗装された道を見ながら、そう、疑問を口にした。

 するとリリルカが「そうですね」と頷きを返す。

 

「ダンジョンの謎を解明するのは冒険者の責務でもあり、義務ですからね。研究者の方も頑張ってはいますが難しいでしょう」

 

 ダンジョンの謎はあまりにも多い。

 これまで多くの研究者が危険を承知したうえで足を運んでいるが、「分からない」と、心底悔しそうに口を揃えて言っているのが実情だ。それでも尚彼等の探求心はなくならず、半年に一回は学会が開かれている。しかし、成果はあまり出ていなかった。

 冒険者がダンジョンの秘密を知るのが先か、はたまた、研究者がダンジョンの謎を解明するのが先かと、神々は面白がって賭け事をしている。

 意見を交わし合いながら下りていくと、階段が終わり見える景色が変わる。

 

「さあ、着きましたよベル様。ここが7階層です。多くの駆け出し冒険者がこの階層で戦死しています」

 

「ああ、注意していこう」

 

 パーティは頷き合うと、地図(マップ)を片手に進んでいく。

 数歩歩いたところで、二匹のゴブリンが目の前に現れる。リリルカが「ベル様!」と彼の名前を呼ぶよりも前に、ベルは駆け出していた。愛剣の≪ニュートラル≫を鞘から抜き、そのまま突進攻撃に移行する。

 急接近してくる白兎にゴブリン達がぎょっと目を剥く。その間もベルは走り続け、加速していった。

 

「おおおおおおおッ!」

 

 領域に足を踏み入れ、≪ニュートラル≫を真一文字に大きく()いだ。銀閃が走り、ゴブリン達の首から上をすっぱり切った。

 生命が絶たれたモンスターは断末魔を上げ、間もなく黒灰と化した。

 ベルは「ふぅ」と軽く息を吐くと振り返ってリリルカに指示を出す。

 

「リリ先輩、お願いしまーす!」

 

「……は、はい! すぐに!」

 

 サポーターは慌てて返事をすると『魔石』に近寄った。

『リリ先輩』という言葉に反応する余裕が彼女にはなかった。

 リリルカの胸中にあるのは一つの『違和感』だった。

 

(やっぱりそうです。私の気のせいじゃありません!)

 

『魔石』を背中のバックパックに放り込みながら、心の中で驚愕を形にする。

 それを表に出さないように細心の注意を払い、「『魔石』の収集が終わりました」と報告する。ベルは一度頷いてから、「ありがとう!」と言うと移動を開始した。

 

「あっ、そう言えばリリ知ってるー?」

 

「何がですか?」

 

「これは私も最近知ったことなのだが──」

 

 話題を振ってくるベルに、『仕事』として答えつつも。

 リリルカの意識の半分は他のことに意識を割けられていた。やっぱり、と先程と同じ思いを今度は強く抱く。

 

(この人、昨日一緒に潜った時よりも確実に、格段に強くなっています……!?)

 

 最初は気の所為だと思っていた。

 しかし、道中に()いて──モンスターと遭遇(エンカウント)し、戦闘に入るたびにそれは『気のせい』から『違和感』に変わり。

 そして今の戦闘で『違和感』が『確信』に変わった。

 

(基本アビリティの伸びがあまりにも可笑しいです! 1や2じゃありません、10──もしかしたらそれ以上!?)

 

 リリルカ・アーデはサポーターである。彼女は多くの冒険者をその目で視てきている。様々な冒険者と契約を結んできた彼女の経験値はとても高い。自然と、観察眼が培われていた。

 その観察眼を以て評価を出すならば──ベル・クラネルは『異常』そのものだった。

 結論が変わらないことを分かっていながらも、そんな馬鹿なと考え直す。

 

(戦闘様式(スタイル)一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)からの一撃必殺。これを加味すれば、これまでの戦闘から考えられるに最も一番高いのは『敏捷』で、その逆は『耐久』で間違いないでしょう。数値に(かたよ)りが出るのは仕方がないことです)

 

 問題は、と彼女は続けて思考する。

 

(一番高い『敏捷』の数値が高過ぎます! リリの推測が正しければ評価【B】の後半です……!?)

 

 何だそれはと、リリルカの頭は混乱する。

 

(この人が冒険者登録をしてからまだ二ヶ月も経っていません! それなのに、評価【B】!? もしこのまま順当に成長すれば【剣姫(けんき)】の記録をあっさりと打ち破りますよ!?)

 

 現状、世界最速所持者(レコードホルダー)は【ロキ・ファミリア】に所属している冒険者、【剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタインだ。幼い少女がたった一年で『器』を昇華させたことに、当時、迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオは大いに湧いた。

 神々からは新たな『偉業』を褒め称える称賛が、同業者(ぼうけんしゃ)からは淡々と怪物を屠る姿から畏怖が彼女に贈られた。

 その後も彼女の躍進(やくしん)は止まらず──現在彼女は都市最強派閥の幹部となり名を馳せている。

 しかしながらそのアイズ・ヴァレンシュタインでも、言い換えれば、才ある冒険者であっても『昇格(ランクアップ)』するのに一年掛かったのだ。彼女が日中日夜、暇さえあればダンジョンに潜っていることは周知の事実であり、これはつまり、一年が数値的な限界であることを示している。

 

(でも、この人は違う! やっぱりこの人には『何か』がある!)

 

 もしこのままベル・クラネルが成長──否、飛躍し続けた場合。リリルカの推測では、あと一ヶ月もあれば彼は『昇格(ランクアップ)』するだろう。

 これは主神(ヘスティア)管理機関(ギルド)に特例措置を要求する筈だと、リリルカは深く納得する。零細派閥の【ヘスティア・ファミリア】にはいっそ絶望的なまでに『力』がない。大手派閥に目を付けられたらその時点で潰されるだろう。

 眷族(ベル)と【ファミリア】を、何がなんでも守るという女神の神意をリリルカは感じ取った。

 

「──来た!」

 

 先を歩くベルが短く言葉を発する。

 思考を断ち切ったリリルカが顔を上げると、そこには一匹のモンスターが居た。

 四本の足に二本の細い腕に、大きな双眼。赤一色に染められた身体もまた大きく、その姿は何処か(あり)彷彿(ほうふつ)とさせる。

 

「『キラーアント』!」

 

 そのモンスターの真名(まな)を言うと、ベルは素早く後退しリリルカと合流した。

『新米殺し』として異名を持っている怪物は二種類。それがウォーシャドウと、ベル達の目の前に居るキラーアントに他ならない。

 

「ベル様、気を付けて下さい!」

 

 リリルカの忠告に、ベルはこくりと頷く。深紅(ルベライト)の瞳で巨大蟻を見据えた。

 キラーアントが普通の蟻と違う点は二つ。

 一つはベルと同等の身体の大きさを誇るという点。

 もう一つは、その括れた腰を起点にして上半身が擡げるようにして起き上がっている点だ。

 

『キシャアアアアアアア──ッ!』

 

 キラーアントが叫び声を上げながら四本足を動かし、巨体に見合わない速度でベルに迫る。

 ベルは抜剣し戦闘態勢に入ると、リリルカに指示を出した。

 

「リリは辺りの索敵を頼む! 何かあったら教えてくれ!」

 

「分かりました! ご武運を!」

 

「ああ!」

 

 威勢よく答えると、ベルは前屈みになって突進する。

 敵対者の思わぬ速度に巨大蟻は『キシャアアア!?』と驚愕の声を出すが、すぐに負けじと加速した。

 約十(メドル)ほどあった彼我(ひが)の距離が瞬く間に詰まり、二者は本格的に戦闘に入る。

 先に仕掛けたのはキラーアントだった。発達した計四本の鉤爪(かぎつめ)を振るう。(いびつ)に湾曲した爪がベルを捉えようと空間を裂いた。

 

「──ッ!」

 

 必殺の一撃を、ベルは地面に身体を滑り込ませ、ぎりぎりのところで回避した。そのまま片手剣使い(ソードマン)は敵の背後を取ると、お返しとばかりに得物を上段から振り下ろす。

 しかし。

 ガンッ! という不協和音が大きく鳴る。

 

「クッ……!?」

 

 ベルが顔を歪める。

 彼の愛剣《ニュートラル》は、キラーアントを切り裂くことが適わなかった。じんじんという痛みが手に広がる。

 

(聞いてはいたが、やはり硬い!?)

 

 キラーアントが身に纏っている硬殻(こうかく)は並大抵の武器では切り裂くどころか傷一つすら付けられない。正しく最硬(さいこう)の『鎧』である。

 中途半端な攻撃では弾かれてしまい、身体が仰け反って致命的な隙を晒してしまう。

 そう、今のベルのように。

 

「ベル様、逃げて下さい!」

 

 切羽詰まった声をリリルカが出す。

人語(ことば)』を解さないキラーアントであったが、その音の響きから好機(チャンス)だと判断。

 獰猛に(わら)い、四本の鉤爪を振るう。ベルの身体を引き裂こうと、鋭い武器が迫る。

 しかし。

 ベル・クラネルは諦めていなかった。

 

「まだ、だ……ッ!」

 

 喉から苦しげな声を絞り出しながら、仰け反った姿勢のまま右脚を振り上げる。それは蟻の下顎(かがく)に直撃し、キラーアントの身体を大きく揺らした。

 

『キシャア!?』

 

 想定していなかった下からの攻撃に、キラーアントは吃驚する。傷こそ負わなかったものの、意表を突かれたモンスターは攻撃が中止され、そのままバランスを崩してしまった。

 決定的な隙が生まれる。

 

「うああああああああああああ!」

 

 反撃に転じたベルが雄叫びを上げる。

 姿勢が乱れている巨大蟻に再度肉薄すると、零距離から、硬殻と硬殻の隙間目掛けて《ニュートラル》を突き立てた。

 ──そしてこれこそが、キラーアントを倒す為の定石(セオリー)である。

 前述した通り、キラーアントの硬殻は並大抵の武器では切断出来ない。【ステイタス】の基本アビリティの一つである『力』の評価値が高ければそれは可能であるが、武器が消耗されてしまい、最悪、真っ二つに折れてしまう。

 しかしながら、この硬い硬殻が隙間なく身体を覆っているかというと、そうではない。硬殻と硬殻の間には隙間があり、そこから微かに(のぞ)く肉質は非常に柔らかく急所となる。

 無論、小さな隙間に剣を突き立てるのは至難の業だ。ましてや、駆け出し冒険者なら尚更である。

 だが、ベル・クラネルにはそれが当て(はま)らなかった。

 

『キシャアアアアアアアアアアアアア!?』

 

 キラーアントが絶叫を上げる。

 紫色の体液が傷口から噴出し、ベルの顔に飛び散った。だが、それに怯むベルではない。

 さらに力を込め、剣を深く刺し込む。

 キラーアントの絶叫は、やがて断末魔に変わっていった。双眼から光が無くなり、身体が黒灰と化す。

 強敵を倒したベルであったが、その顔には余裕がなかった。

 

「間に合いませんでした! ベル様、左から二匹のキラーアントが接近中!」

 

 雇用主の指示通り、辺りを警戒していたサポーターが、そう、報告する。

 ベルが声に従って左に視線を送ると、そこには二匹のキラーアントが『キシャシャ!』と気持ち悪い声を出していた。

 

「さらに右からも一匹! 背後からも二匹!?」

 

 悲鳴が大きくダンジョンに木霊した。

 ベルは表情を歪めると、抜剣したままの状態でリリルカと合流する。

 

「すまない、時間が掛かった!」

 

「……反省は後にしましょう! それよりも早くキラーアントを倒さないといけません!」

 

「ああ、分かってる!」

 

 頷き返しつつも、脂汗が一滴、ツーっと額から頬を伝って落ちていった。

 

(完全に失敗した! クソっ、エイナ嬢とリューにあれだけ散々言われたのに!)

 

 キラーアント達が現れたのは偶然ではない。

 ──キラーアントは絶命する際に仲間を呼ぶ強烈なフェロモンを辺りに散布する。散布されたフェロモンを感知した同族は仇討ちとばかりに発生源に移動し、そこに居る冒険者に問答無用で襲い掛かるのだ。

 キラーアントがウォーシャドウと並んで『新米殺し』として呼ばれる最大の所以(ゆえん)がこれである。

 

「まずは背後の二匹を倒す! リリ、援護を頼めるか!?」

 

「し、しかしベル様、私のクロスボウじゃ……!」

 

「牽制だけで充分だ! 頼む!」

 

「……わ、分かりました!」

 

 その言葉を聞いた時には、既にベルは地を駆けていた。

 宣言通り、背後に居る巨大蟻に突進する。キラーアントが反応するよりも前に、ベルは大きく跳躍。迎え撃とうとするキラーアントだったが、ベルの方が微かに早く、すれ違い際に首を切断した。

 絶命したキラーアントが黒灰と化すのを見届けることなく、ベルはそのまま、近くのキラーアントに切りかかる。

 鉤爪の攻撃を弾き(パリィ)し、『鎧』の隙間に《ニュートラル》を刺し込む。さらに力を込め、急所である『魔石』を穿(うが)った。

 

「ベル様! 右のキラーアントが接近中です!」

 

「了解! リリは左の二匹の足止めを!」

 

「はい!」

 

 リリルカに指示を出しつつ、ベルはさらに疾駆する。休む暇など彼にはない。

 二人一組(ツーマンセル)のパーティとはいえ、実質的に戦力となるのはベルだけだ。つまり、ベルが前線を維持出来なくなった時に、このパーティは崩壊する。

 

「せあああああッ!」

 

 ダンジョンに潜る前、予め武器屋で購入しておいた投げナイフを懐から二本取り出すと、そのまま連続的に投擲する。空間を裂いたナイフは一本は外れたが、もう一本はキラーアントの片眼に直撃した。

 

『シャアアアアアアアアアア!?』

 

 視界が半分潰されたキラーアントが悲鳴に満ちた叫び声を出す。紫色の血が噴出し、地面を汚した。

 その隙を見逃さないベルではない。《ニュートラル》の鋭利な切っ先を巨大蟻の首筋に合わせる。

 一瞬の貯蓄(チャージ)。そして、解放(バースト)

 

「うおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 一条の光となり、ベルは駆け抜けた。

 首を大きく穿たれたキラーアントは最期の抵抗とばかりにフェロモンを散布しようとするが、その前にベルがとどめを刺す。

 しかし、キラーアントはまだ残っている。

 ベルは身体を反転させると、すぐに地を蹴り次の戦場に向かう。

 

「こ、このッ!」

 

 そこでは必死に、リリルカがクロスボウから矢を発射している姿があった。

 発射された矢はキラーアントの硬殻を貫通する程の威力を持っていなかった。堅牢な『鎧』に阻まれ、地面には(やじり)が折れた矢が転がっている。

 だが彼女に与えられた任務は討伐ではなく、足止め……時間稼ぎだ。

 ジリジリと少しずつ距離は詰められていたが、彼女は立派に『仕事』を果たしていた。

 

「すまない、待たせた!」

 

 死角から攻撃し、ベルは瞬く間に二匹のキラーアントを屠ってみせると、リリルカにそう詫びを入れた。

 最初の苦戦が何だったのかと彼女は心底思ったが、それを口には出さず笑みを浮かべて「いえ!」と言う。

 

「助けて頂きありがとうございます、ベル様!」

 

「いや……寧ろ礼を言うのは私の方だ。リリが居なかったらどうなっていたか、考えるだけでもゾッとする」

 

 だからありがとう、とベルは張り詰めていた表情を解いてそう言った。

 その無邪気な笑みを見たリリルカはフードの奥で目を見開かせると、小声で、

 

「……どういたしまして」

 

 と、言葉を返した。それから早口で「『魔石』回収します」と、返事を待たずにベルに背を向けた。

 彼からの視線を浴びながら、リリルカは跳ねた心臓を落ち着かせるべく時間を掛けて『魔石』を集める。

 

「終わりました、ベル様」

 

「ああ、ありがとう。それじゃあ行こうか」

 

「はい」

 

 ベル達はダンジョン探索を再開した。

 地図(マップ)を片手に、7階層をゆっくりと慎重に進んでいく。

 探索をする中で、キラーアントとウォーシャドウという、最悪のコンビが立ち塞がったり、数匹のキラーアントと遭遇(エンカウント)したりしたが、ベルはリリルカの支援(サポート)のもと撃破していった。

 そして数時間後。

 二人の前に、下層に続く階段が現れる。

 

「凄いですよベル様! 7階層完全攻略です!」

 

 リリルカが喜びの声をあげる。彼女は続けて言った。

 

「これなら8階層以下も潜れると思います! ベル様、明日からはそうしませんか?」

 

 冒険者は笑みを浮かべてから、「いいや」と、ゆっくり首を横に振った。

 不思議そうに首を傾げるリリルカに、ベルは苦笑してから言った。

 

「まだ駄目だ。下に潜るのは早いと思う」

 

「……そうでしょうか? 何か異常事態(イレギュラー)が起こっても、ベル様なら打破出来る実力があると、リリは思いますが……」

 

「いいや、全然だ。嬉しいけど、リリ、それは買い被りだよ。今は即席の連携でどうにかなったが、これより先に行くならもっと考えないといけないだろう。どちらにせよ、精進しないとなあ……」

 

「……ベル様は向上心がとてもあるのですね! リリ、尊敬します!」

 

「あー……、うん、ありがとう」

 

 リリルカの言葉にベルが歯切れ悪く答えた、その時だった。

 二人の眼下の階段から、賑やかな話し声が届く。リリルカが目深にフードを被り直す中、ベルは万が一に備えて《ニュートラル》に手を伸ばした。

 

「ねえ、本当に良かったのー?」

 

「あのねえ……あんた、まだ言ってるの?」

 

「えー!? だってさー!」

 

「……団長が許可を出したのよ。だから大丈夫よ」

 

「あ、あのっ、私もティオナさんと同じ気持ちです!」

 

「うんうん、やっぱりレフィーヤもそう思うよね!」

 

「……リヴェリアも付き添いで残っているから大丈夫よ。あの子もひょっこりと帰ってくるわ。っていうか、さっきから煩い。ダンジョンなんだから少しは静かにしなさいよ! そうですよね、団長!」

 

「そうだね、ティオネの言う通りだ。(みな)の気持ちは分かるが、此処がダンジョンであることを忘れてはいけないよ。たとえ此処が僕達にとっては安全な場所であっても、ダンジョンに絶対はない──おや……?」

 

 現れたのは、ベルが知っている人物達だった。

 否、彼のみならず迷宮都市(オラリオ)全ての冒険者が彼等のことを知っている。

 都市最大派閥──【ロキ・ファミリア】。その精鋭達が、二人の前に現れた。

 リリルカが息を鋭く呑む中、ベルは笑みを深めて声を掛ける。

 

「フィーン!」

 

「ちょっ、ベル様!?」

 

「おひさー!」

 

 呼びかけに答えたのは、集団の先頭に居た小人族(パルゥム)だった。

 黄金色の髪を揺らし、穏やかな笑みを浮かべて手を軽く挙げる。

 

「やあ、ベル。久しぶりだね、壮健そうで何よりだ」

 

「おいおいおいおい、私達の仲だろう! そんな他人行儀な挨拶はよしてくれ!」

 

「はっはっはっは、今は完全なプライベートとは言えないからね。どうか許してほしい」

 

 二人が仲良く話す一方で。

 彼等の仲間はすっかりと外野となっていた。

 

「あー! あの子、何だっけ! あの時の!」

 

「馬鹿ティオナ! 私達が迷惑を掛けた相手でしょうが! 幹部なんだから覚えておきなさい!」

 

「うぐっ、えっと……──そうそう、思い出した! ミノタウロスの男の子だよね! えっと、確か名前は……」

 

「ベル・クラネルです、ティオナさん」

 

「そうそう! あれ? でもあの子、何でフィンと仲良く話してるの?」

 

「……そりゃあ、まあ、色々とあったのよ。あんたには言っても分からないと思うけど。でもまあ、あんなに楽しそうな団長を見ると……ふふふっ」

 

「ティオネさん、その黒い笑顔を収めて下さい!?」

 

 アマゾネスの姉妹とエルフの魔導士が顔を突き合わせて話す。次に彼女達はリリルカに視線を送った。

 

「あの子、仲間なのかな?」

 

「そうじゃないかしら。見たところサポーターのようね」

 

「あたし、暇だから声を掛けてくる!」

 

「ちょっ、この馬鹿!」

 

 アマゾネスの少女が人好きのする笑顔で、リリルカに近付いた。

 リリルカは此処から逃げ出したくてしょうがなかったが、身体が金縛りにあったように梃子(てこ)でも動かない。

 

「やっほー、はじめまして! あたし、ティオナ・ヒリュテ。君の名前は!?」

 

「……は、はじめまして。リリルカ・アーデと申します」

 

 よろしくねー! と向日葵のような明るい笑顔を顔いっぱいに咲かせるティオナ。

 顔が引き攣らないようにつとめながらも、その裏側では、リリルカは混乱の極致に居た。

 

(自己紹介なんて必要ありません貴方達は都市を代表する冒険者なんですから知っていて当然です!? っていうか、何であの人は【勇者(ブレイバー)】と親しそうなんですかおかしいですよね!? 仮にも相手は都市最大派閥の団長ですよ!?)

 

 沈黙するリリルカを、ティオナは不思議そうに見た。

 姉のティオネが「はあ」と溜息を吐き、事態の収拾を図るために動き、他の団員も自然と彼女に続いていく。

 その様子を、ベルとフィンは数歩離れた位置から見ていた。

 

「あー、すまないねベル。団員が失礼なことをしてしまった」

 

「大丈夫だ、気にしないでくれ。あとで私もフォローするから」

 

「そうしてくれると助かるよ」

 

 フィンはそう一度笑うと「さて」とベルを見上げた。小人族(パルゥム)の碧眼がヒューマンの深紅の瞳を見詰める。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ははは、そうでもないさ。まあ、何度か死に掛けたが……この通り元気だとも。とはいえ、死にかけるのは痛いから嫌だがな」

 

 ベルがそう肩を竦めると、彼の友人は「違いない」と苦笑を返す。

 

「すまない、ベル。見舞いに行こうとも思ったのだが、かえって迷惑を掛けると思っていかなかった」

 

「謝るようなことじゃないさ。フィンにも立場があるからな。その気持ちだけでもうれしいさ」

 

【ロキ・ファミリア】の団長が他所の【ファミリア】の見舞いに行ったという情報が流れれば、色々と邪推する者が現れる。それを回避する為、フィンはベルが【ディアンケヒト・ファミリア】が所有している治療院で入院していることを伝手で知ってはいたが、見舞いにはいけなかった。

 

「しかし……驚いたなあ。まさかもう、7階層を攻略しているとはね」

 

「私だけの力では此処まで到底辿り着けなかったさ」

 

「へえ……駆け出しにありがちな慢心もないようだね」

 

「ところで」と話題転換し。

 フィンはベルから視線を外してリリルカに視線を送る。

 

「おめでとう、君にも仲間が出来たんだね」

 

「ありがとう! 一緒の【ファミリア】だったら尚良かったんだがな」

 

「おや、違うのかい?」

 

「ああ、まあな。何処の【ファミリア】かは本人の許可がないから言えないが」

 

「へえ……」

 

 意味深げにフィンは呟くと、碧眼を細めた。

「フィン……?」と訝し気な声を出すベルに、彼は首を横に振って言った。

 

「いや、何でもない。それよりもベル、何でも先日、アリシアと会ったようだね。彼女が僕に報告してきたよ」

 

「……彼女、何か言っていたか?」

 

「いや、特別何かを言ってはいなかったが……何かトラブルでもあったのかい?」

 

 その質問に、ベルは「ハハハ」と全力の苦笑いで答えた。

 これは何か二人の間で出来事(ハプニング)があったようだと、彼は察したが、友人のよしみで追及するのはやめた。

 

「しかし、残念だな。アイズが此処に居れば良かったんだが……。彼女は今、此処よりもっと下の階層に居てね、会うことは出来ないかな」

 

「あー……すまない。言い訳になってしまうが、約束は覚えているのだが……」

 

 謝罪するベルに、フィンは「仕方がないさ」と言った。

 

「【ヘスティア・ファミリア】は現在、迷宮都市(オラリオ)でも複雑な立ち位置にあるからね。こうして偶然的に会わないと、話は難しい」

 

「本当に申し訳なく思う。アイズには、身の回りがもう少し落ち着いたら此方から伺うと伝えて貰っても良いか?」

 

「それはもちろんだ。何だったら、本拠(ホーム)を訪ねてくれ。主神(ロキ)や他の団員には僕から伝えておこう」

 

「良いのか……? 私達は敵対こそしていないが、敵を陣地に入れるようなものだろう?」

 

「ははっ、客室に通すくらいだったら何も問題ないさ」

 

 そういうことならと、ベルは甘えることにした。いつか必ず行くことを約束する。

 

「ベル達はまだ潜るのかい?」

 

「ああ、そのつもりだ。特にキラーアントとの戦闘に慣れたい」

 

「キラーアントか……あの巨大蟻には駆け出しの頃、僕も相当てこずった記憶があるよ」

 

 へえ、とベルは意外そうにフィンを見てしまう。

 慌てて謝罪するが、彼は「いや、良いんだ」と軽く笑って流した。

 

「今でこそ『階位(レベル)』を上げて下の階層に潜っているけれど、皆、最初の頃は苦労したものさ。それは上級だろうと、下級だろうと変わらない」

 

「なるほどな……覚えておこう」

 

「そんな、覚えるようなことではないさ。さて、そろそろ僕達も行こうかな」

 

 そう言うと、フィンは仲間のもとに向かった。

 

「すまない、皆。友人との再会に嬉しくて、ついつい長話をしてしまった」

 

「いえ団長! 全然大丈夫です!」

 

「ははは……うん、ありがとうティオネ。だからちょっと離れてくれないかな。友人の前でそれは流石にやめて貰いたい」

 

「くぅ……、分かりました……!」

 

 文字通りの血涙を流し、ティオネは渋々ながらもフィンから離れる。それから、想い人から見られない位置でベルを強く睨んだ。

 当然、それに気付かないフィンではない。こめかみに手を当てながら、重い溜息を吐くと「すまないね、ベル」と謝罪する。ベルは苦笑い気味に気にするなと言った。

 

「ベル、機会があったらまた会おう」

 

「ああ、またな!」

 

 再会を約束し、ダンジョン内での束の間の交流はそれを合図にして終わった。

【ロキ・ファミリア】を見送った後、リリルカが「ベル様」と名前を呼んでベルに話しかける。

 

「ベル様はあの方達とどのような関係なんですか?」

 

「友人だな。それがどうかしたのか?」

 

「……いえ、何でもありません。申し訳ございません、変なことを聞いてしまって」

 

「いや……それは全然大丈夫だが。それよりも、さっきは大丈夫だったか?」

 

「ええ、皆さんとてもお優しい方達でしたから。年頃の少女のようでしたよ」

 

 そう言ってリリルカは朗らかに笑うと、殊更に明るい声を出した。

 

「さあ、時間はまだまだあります! リリは何処までもベル様についていきますよ!」

 

「……そうだな。よし、じゃあ探索を再開しようか!」

 

「はいっ!」

 

 二人は頷き合うと、ダンジョン探索を再開するのだった。

 

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