さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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女神の問いに、武人は答えた

 

 (かつ)て大陸の果てと呼ばれた場所に『大穴』はあり、そこに、『世界の中心』──迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオはある。

 その中心、天高く(そび)え立つ摩天楼(まてんろう)施設、『バベル』最上階。

 

「……」

 

 美の神フレイヤは悠然と窓際(まどぎわ)に立ち、眼下に広がる光景をじっと眺めていた。銀の双眸(そうぼう)が子供達に注がれ、下界を俯瞰(ふかん)する。それは、絶対的な女王として君臨している彼女だけの特権だった。

 もしこの場に画家が居たら、その人物は美神の様子を後世に伝えようと奮闘するだろう。己の才能、これまでの努力はこの瞬間の為だけにあったのだと、そんな妄想に()りつかれるだろう。

 従者達が主の時間を邪魔しないよう神室(しんしつ)の隅で控える。

 静寂に包まれた空間。

 それが、不意(ふい)に破られた。扉の開閉音が静かに鳴り、空気が震え、訪問者の訪れを告げる。従者達が慇懃(いんぎん)に敬礼する中、その人物はゆっくりとフレイヤに近付いた。

 

「お待たせ致しました、フレイヤ様」

 

 訪問者が声を掛ける。低く、重みのある音色が彼女に届いた。

 フレイヤは眼下の景色を目に焼き付けると、銀の長髪を揺らしながら振り返った。訪問者を見ると、ぱちくりと瞬きし、声を立てて笑う。

 

「ふふ、ふふふっ」

 

「……」

 

「ああ、ごめんなさいオッタル。あまりにも貴方の姿が見慣れないものだから、つい笑ってしまったわ」

 

「…………いえ、お気になさらず。私も滑稽だと自覚しておりますゆえ」

 

 フレイヤは再度謝罪し、無言で引かれた椅子に腰掛けた。「ありがとう」と今度は礼を言い、そこで改めて、直立している自身の眷族を見る。

 オッタルは普段の装いではなく、全身鎧(フルプレートアーマー)を身に纏っていた。頭部のヘルメットこそ女神の御前であるから外しているが、それ以外は金属の鎧でがっちりと隙間なく覆っている。

 偉丈夫の上に重ねられたそれは、ただ硬い『鎧』ではなく堅牢な『城壁』を思わせる。

 

「その鎧は何処で買ったのかしら」

 

「今回一度きりの使用となりますので、適当な武具屋で購入致しました」

 

 そう、とフレイヤは相槌(あいづち)を打つ。

 さらに彼女は、腰に提げられている長剣に視線を送る。

 

「大剣を背中に吊るしていない貴方も随分と久しぶりね。『暗黒期』……【暴喰(ぼうしょく)】の時以来かしら」

 

「……仰る通りです。今回は自身の得物ではなく、相手に合わせた方が良いと判断致しました」

 

「なるほどね……。その剣は?」

 

「防具と同じく、適当な武具屋で購入致しました。ただし、()の少年が使っている武器、それと同等だろう性能を持つ剣を選びました。これならどちらかが折れるということはないでしょう」

 

 なら良し、と主神は自身の神意(しんい)を完全に理解している眷族を褒め、満足げに頷いた。

 大仰に畏まる眷族へ苦笑を浮かべながら、彼女は「さて」と話を切り出した。

 

「報告によると、あの子のサポーターは今日、月一回の【ファミリア】の集会でいないわ。つまり──」

 

「……独り(ソロ)のところを狙える、ということですね」

 

「ええ、その通り。あの子は孤立していなければならない。巨大で強大な壁に直面しなければならない。そして、たった(ひと)りで乗り越えなければならない。それが()()()()()の幕開けを告げるのだから」

 

 それは相手のことをまるで考慮しない、自分本位の考え方だった。

 

「時間が惜しい。あの子はもうダンジョンに潜っているわ。オッタル、最終確認を行いましょうか」

 

「……畏まりました、フレイヤ様」

 

 それから二人は『計画』に綻びがないかを確認していく。

 女神が尋ね、武人が答える。時には、その逆もあった。

 数十分後、問答が終わり、残すは『計画』──否、『試練』の開始のみとなった。

 

「それでは、私は此処で失礼致します。必ずや貴女様の神命(しんめい)を全うし、叶えてご覧になりましょう」

 

 (こうべ)を垂れ、膝を床につけ、ヘルメットを脇で抱え。

 眷族は(ひざまず)いて主神に誓うと、神室(しんしつ)から退室するべく立ち上がった。

 最後に一礼し、彼が神々の領域(プライベートルーム)をあとにする直前。

 女神が「オッタル」と言い、彼を呼び止めた。振り返る彼に、彼女は静かに尋ねた。

 

「あの子と会う前に聞きたい。今貴方は、あの子にどんな印象を受けているのかしら?」

 

「……」

 

副団長(アレン)はあの子のことを『道化(どうけ)』だと評していたわ。『英雄』の『器』ではないと言っていた。ええ、それは彼の言う通りなのかもしれない。事実、あの子は『道化(どうけ)』のように振る舞っているのだから」

 

「…………」

 

「だから、聞いておきたいの。貴方があの子に抱いている印象を」

 

 主神の問い掛けに、暫し、眷族は沈黙を返していた。

 秒針が一周した時、彼はおもむろに口を開ける。

 

「私は()の少年のことを貴女様が御覧になられていた動画でしか知り得ていません。故に恐れながら、その印象となってしまいますが……」

 

 女神の銀の双眸をまっすぐ見詰めながら、武人は、そう断りを入れる。

「構わないわ」と言うフレイヤに、彼は感謝の言葉を述べてから質問に答えた。

 

()の少年は──」

 

 紡がれた言葉。

 都市最強、『頂天(ちょうてん)』たる冒険者──【猛者(おうじゃ)】オッタルの言葉を聞いて、フレイヤは満足したようだった。浮かべている笑みを深いものとし、大きく頷く。

 

「ありがとうオッタル、行って頂戴。任せたわね」

 

「はっ!」

 

 最敬礼し、今度こそオッタルは神室(しんしつ)をあとにする。見送ったフレイヤは暫く銀の瞳を閉じて長考していたが、おもむろに椅子から立ち上がった。

 そして、オッタルが来る前にしていたように再び窓際に立つ。継ぎ目のない巨大な窓硝子(ガラス)からは迷宮都市(オラリオ)を一望することが可能だ。

 彼女は目を細め、眼下の景色を眺める。

 

「さあ、『最強』を相手に貴方はどうするのかしら。戦うのか、逃げるのか、それとも……──私は応援者(ファン)だもの、貴方がどんな選択をしてもそれを尊重しましょう。でも、そうね……我儘だとは分かっているけれど、どうか私を楽しませて?」

 

 ──ねえ、ベル? と。

 そんな呟きが、彼女の唇から零れた。

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