さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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嵐の前の静けさ

 

 ダンジョン、8階層。

 此処(ここ)の階層と一つ下の階層、9階層はこれまでのダンジョンの景色と地形が大きく変化する。

 まず広間(ルーム)の数が増え、また広い。広間(ルーム)広間(ルーム)を繋ぐ通路は短いものばかりで、それに伴って天井の高さが10(メドル)近くにもなる。

 壁面も木色に変わり(こけ)(まと)わりつく。それが影響されているのかは分からないが、それまで砂利(じゃり)しかなった地面には短いながらも草が生え草原となっている。頭上の天井から降り注ぐ燐光(りんこう)は太陽を連想させるだろう。

 6階層から『(かげ)異形(いぎょう)』であるウォーシャドウが、7階層からは『巨大蟻』であるキラーアントが出現するが、8階層及び9階層は新種のモンスターは出現しない。その代わり、ダンジョン・ギミックとして出現するモンスターが強くなっている。ゴブリンやコボルトといった低級モンスターもそれは同様であり、雑魚だからと甘く見ていると痛い目に遭う。

 つまり、この二つの階層はこれまでの総まとめだ。

 

「──せああああっ!」

 

 深い踏み込みと同時、ベルは愛剣《ニュートラル》を最上段から振り下ろした。

『グブッ!?』とコボルトは絶叫を上げる。脳天から身体を一直線に切り裂かれ、魔物(まもの)断末魔(だんまつま)(のこ)しながら()った。

 

「ふう……」

 

 ほっと息を吐いたベルは、辺りの地面を見渡す。そこには黒灰と、数々の紫紺(しこん)の結晶体──モンスターの生命の源である『魔石』が転がっていた。

 全て、ベルが倒したモンスター達が遺した『遺品』である。ベルは剣を鞘に納めると、『魔石』の回収を行った。

 ──ベル・クラネルがリリルカ・アーデと正式に長期契約を結んでから早くも数日が経とうとしていた。この間、所属派閥が異なる異色のパーティは到達階層を順調に増やし、9階層にまで進出していた。

 しかしながら、今日、サポーターの少女はベルの傍にいなかった。彼女が所属している【ソーマ・ファミリア】で、今日は月に一回の集会が開かれる為、休暇を欲しいと前日に申し出ていたためである。

 久し振りとなる独り(ソロ)に、ベルは寂しさを抱きつつもダンジョンに潜っていた。独り(ソロ)ということで、今日は安全を考慮して9階層ではなく8階層で狩りを行っている。

 

「うげっ、もう十八時を過ぎているか。しまった、ここ最近はリリに任せっぱなしだったからなぁ……。反省反省!」

 

 サポーターの有難みをひしひしと感じつつ、全ての『魔石』を回収する。

 

「しかし、気の所為か……? 先程からモンスターとあまり遭遇(そうぐう)しないような……。冒険者がこの階層にそれだけ居るということか?」

 

 冒険者がモンスターの産生率を超えるほどにモンスターを狩ると、ダンジョンから産まれ落ちるモンスターが間に合わなくなる。結果、遭遇率(エンカウント)の減少に繋がる。

 

「仕方ない。帰りが遅くなってしまうが、今日は次で最後にするか」

 

 次の進路を決める為に、ベルは懐から一枚の羊皮紙(ようひし)を取り出して広げる。そこにはダンジョンの地形がこと細やかに描かれていた。地図(マップ)と呼ばれるものであり、冒険者はこれを見ながらダンジョン探索を行う。

 これは管理機関(ギルド)が無償で冒険者に支給しているものであり、ダンジョンに挑戦するベル達にとって必需品だ。現在のベルの到達階層は9階層なので、彼は九枚分所持している。近々十枚目を貰おうと考えていた。

 

「よし、行くか」

 

 次の目的地を定め、冒険者は次の狩場に移動を開始する。

 こうして簡易的な任務(ミッション)を課すことで、彼はダンジョン探索への意欲を維持、向上させている。目的や目標なく行うのは非効率的であり、身に力が入らないと考えているからだ。

 横幅が広い通路を進んでいると、

 

『シャアアアアアアアアアアッ!』

 

 一匹のニードルラビットが現れ、ベルに襲い掛かる。

『ニードルラビット』。額に鋭い角を生やした(うさぎ)型モンスターである。普通の兎より少々大きい身体をもったこの魔物は兎らしく俊敏(しゅんびん)な動きで敵を翻弄し、自身の武器である角で敵を貫き、致命傷を負わせる。

 ドロップアイテムでもある『ニードルラビットの角』は武器の素材としても使われ、作られた武器は凄まじい強度を持つ。

 

「……っ!」

 

 一直線に迫りくる、ニードルラビット。

 ベルはぎりぎりまで敵を引き付けると、角で貫かれる直前で身体を大きく(ねじ)ることで(かわ)す。

 ニードルラビットが驚愕で『……!?』と鳴く中、ベルは反撃を開始する。彼我の距離を瞬き一つのうちに詰め、一閃。

 最期(さいご)の瞬間になってようやく、兎は、自分が速さで負けたのだと認識した。しかしその時には遅く、彼は屈辱感を抱きながら絶命した。

 

「うぅーん、なんだか同士討ちをしている気分になるネ」

 

 何故だか複雑な気持ちになりつつ、ベルは地面に落ちている『魔石』を回収しようとする。

 しかし、通路の奥から新手が現れる。二頭のゴブリン、キラーアント、ウォーシャドウが地面を走り、空中に巨大蛾『パープル・モス』が飛んでいる。

 ここまで異なる種類のモンスターが通路という閉鎖的区間で集まっているのは珍しいことだが、ギルドに報告されている事例(ケース)がないわけではない。

 それを見たベルは素早く頭を回転させた。

 

(数が多い。どうする、ここは一回、広間(ルーム)に撤退するか……?)

 

 8階層の通路は基本的には短い。とはいえ、それはあくまでも他の階層と比べた時の話だ。運が悪いことに、ベルは広間(ルーム)広間(ルーム)の中間点に居た。先程まで居た広間(ルーム)に戻るためには、彼の自慢の脚力をもってしてでも数秒の時間を要する。

 

(一番恐ろしいのは挟撃だ。もし背後から襲ってくるモンスターが、今迫りつつあるモンスターと同等、あるいはそれ以上の数が居たら……)

 

 その先を想像し、ベルは指針を定める。

 

(此処で打破するしかない……!)

 

 撤退ではなく、交戦を冒険者は選択する。己に活を入れ、戦闘態勢をとった。

 懐に忍ばせている投げナイフを取り出し牽制しようとしたところで、冒険者は違和感を抱いた。深紅(ルベライト)の瞳を細め、迫りつつあるモンスターの一団を注意して観察する。

 

(何だ……? どうにも様子が可笑(おか)しいような?)

 

 その違和感は正しかった。

 目の前にベルという敵が居るのにも関わらず、今現在に至るまで、どのモンスターも威嚇や警戒の声を上げたりしていない。彼等はすぐそこにベルが居ることに気が付いていないようだった。

 彼我の距離がある程度詰まったところで、モンスターはそこでようやく敵の存在を認知したようだった。集団の先に居る二頭のコボルトが声を上げ、後ろに続いていた他のモンスターも雄叫びを上げる。

 

「せあッ!」

 

 しかしながら、その時にはもう、ベルは動いていた。狙いを定め、投げナイフを二本、連続的に巨大蛾目掛けて投擲(とうてき)する。

 空中を飛んでいたパープル・モスは一本目は避けたが、もう一本のナイフが羽に当たってしまい、悲鳴を上げながら垂直に落下。真下に居たコボルトと衝突する。パープル・モスはぶつかった衝撃で死に至り、小さな体躯のコボルト達は押しつぶされて窒息死した。

 後続のキラーアントとウォーシャドウが同族の()(ざま)に驚く中、ベルは既に黒灰と化している死骸(しがい)を飛び越え、先制攻撃を仕掛ける。

 

(まずは──ウォーシャドウから!)

 

 キラーアントは絶命時に特別なフェロモンを散布し、仲間を呼び寄せる非常に厄介な習性がある。確実に仕留める為、ベルはキラーアントではなくウォーシャドウを先に倒すことにした。

 振るわれた鉤爪を《ニュートラル》で弾きし、ベルは隙を晒すキラーアントの横を通って、ウォーシャドウに切り掛かる。

 

『──、──ッ!?』

 

 三本の黒爪を削ぎ落とし、敵の胸部を貫く。

 消滅する『影』を尻目に、片手剣使いはそのまま大きく腰を落とすと、

 

「うお、うおおおおおおおおおお!」

 

 半回転攻撃を繰り出した。真一文字に振られた《ニュートラル》が、今まさに攻撃してきていたキラーアントの鉤爪と激突する。

 ベルとキラーアント。

 双方の得物がぶつかり合い、激しい火花が散る。

 一瞬の硬直の末、制したのは──剣士だった。

 強化された【ステイタス】、『力』の『基本アビリティ』は巨大蟻の『力』を超えていた。

 身体が大きくよろけ、キラーアントは姿勢を崩す。ベルはさらに一歩踏み込むと、硬殻と硬殻の間に長剣を深く突き刺した。

 

『キシャアアアアアアアアアアッ!?』

 

 体内の『魔石』を穿たれたモンスターは口から紫色の液体を(こぼ)しながら最期に一度(うめ)き、身体を黒灰に変容させた。

 戦闘が終了する。

 ベルは肩で息を吐くと、無性に、草木の上で寝転がりたい衝動に駆られた。自制心で収めると、納刀してから『魔石』を回収する。

 紫紺の結晶が何処にも落ちていないのを確認すると、ベルは通路の奥を目を細めて凝視した。広間(ルーム)の入口は見えるがそこまでで、内部がどうなっているかまでは見えない。

 考えるのは、先程の魔物達の様子。

 

(さっきのモンスター……まるで、何かに怯えていたような……?)

 

 チクリと、脳が静かに警報を鳴らし始めた。引き下がるなら今しかないと訴えてやまない。

 本能がそうすべきだと強く主張する。

 

「──行こう」

 

 だがしかし、冒険者は退路ではなく進撃を選択した。

 いつでも抜剣出来るよう愛剣の(グリップ)を強く握りながら、ゆっくりと進んでいく。

 通路を渡り終え──立方体の広間(ルーム)、その境目に立つ。一辺30(メドル)、高さ10(メドル)はあるだろうか。8階層特有の広間(ルーム)の大きさに圧倒されながらも、ベルは中に入る。

 そして、彼は目の前の光景に呆然と立ち尽くした。

 太陽を思わせる光が草木に降り注ぐ。その草木の中に、きらきらと光を反射させる物質があった。それを確かめたベルは表情を変えてしまう。

 

「『魔石』……!? これが全部!?」

 

 自分の目が節穴なのではないかと、何度も瞬きし、擦ったが、それは間違いではなかった。

 十や二十ではない、五十にも及ぶ数の生命(いのち)の結晶。

 紫紺の結晶、『魔石』が広間(ルーム)の至る所に転がっており、それが無秩序に散らかっている。

 初めて目の当たりにする光景に、ベルは愕然とした。

 

「いったい……何が……?」

 

 掠れた声が自分の口から洩れたということに気づくのに、暫し、ベルは時間を要した。

 刹那。

 ──ゾクリ、と。

 ベルは悪寒と戦慄を覚えた。

 

「…………ッ!」

 

 考えるよりも遥かに早く。

 これまでのダンジョン探索で培われてきた経験が、ベルを動かした。瞬時に《ニュートラル》を鞘から抜き、中段の構えを取る。

 ──広間(ルーム)の中心部に、その者は悠然と立っていた。

 身に纏うは金属製の全身鎧(フルプレートアーマー)。胸部、両腕、両脚、そして顔に至るまで全身を覆っている。男か、女かすら判別はつかない。腰の調革(ベルト)に留められているのは一本の長剣。

 特別、装備が優れているという訳ではない。ベルと同等──駆け出しが抜けつつある冒険者が使うような、言ってしまえば、粗悪品の武具。

 しかしながら、ベルは過去最大限に警戒していた。深紅(ルベライト)の瞳で人物を見据える。

 

「……あなたが、これをやったのか?」

 

 答えが分かり切っている質問を、ベルは敢えてした。

 謎の人物は数秒後、短く答える。

 

「そうだ」

 

 重く低い声がヘルメットの奥から出され、ベルの耳朶(じだ)を打つ。ベルはその声音から謎の人物が男性であると判断した。

 

「……お前が、ベル・クラネルだな」

 

 それは、質問という(てい)こそしているが、その実、質問ではなかった。

 故に、ベルは無駄な問答を飛ばすために首肯する。

 男はゆっくりと手を鞘に伸ばしながら、言葉を続けた。

 

「ベル・クラネル。駆け出しなのにも関わらず銀の大猿(シルバーバック)を撃破した『期待の新人(ルーキー)』」

 

「……!」

 

「お前が次代を牽引(けんいん)する『器』の持ち主かどうか……俺に()せてみろ」

 

 そう言うと、男は鞘から長剣を抜いた。

 

「待ってくれ、そもそも貴方はいったい……!?」

 

 ベルの必死な訴えを、男は無視した。

 彼と同じように中段の構えをとり、その剣の切っ先を向ける。距離は十分離れているのにも関わらず、喉元に突き付けられているような、そんな錯覚を片手剣使い(ソードマン)は覚えた。

 大量の冷や汗をかく少年に、男は言った。

 

「知りたければ、剣で聞くが良い」

 

 分からないことがあまりにも多すぎる。頭が混乱する。

 何よりも、脳が、『逃走』しろと訴える。戦いにすらならないと生存本能が確かに告げる。ああ、それは正しいのだろう、とベルは思う。

 

「────」

 

 濃厚な『死の気配』を感じる。此処まで自分が『恐怖』を抱き、『死』を覚悟したのはいつ振りだろうかと、ベルは考えた。

 銀の大猿(シルバーバック)の時か。あるいは、猛牛(ミノタウロス)の時か。

 ()

 それは否だ。

 (さかのぼ)り、(よみがえ)り、想起されるのは遥か昔日(せきじつ)の記憶だ。今も尚『魂』に刻み込まれ、決して色褪(いろあ)せない記憶──それは言わば、少年の『原点』。

 ダンジョンにあるまじき無音。完全な静寂が広間(ルーム)を支配する。

 そして、彼は──ベル・クラネルは。

 静かに、深紅(ルベライト)の瞳を開眼(かいがん)させた。

 呼気を整え、闘志を燃やす。

 分からないことは依然と多い。だが、此処で応えなければならないと、そう思った。

 

「──来い」

 

 その言葉に、ベルは。

 額から一滴の汗を流しながらも、にやりと、いつものように笑って返してみせた。

《ニュートラル》の(グリップ)を握る手にさらなる力を込める。

 中段から下段に剣を構え直し、

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお──ッ!」

 

 腹の底から雄叫びを上げながら、冒険者は地面を一直線に駆け抜けた。

 

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