草木が舞い上がる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお──ッ!」
雄叫びを上げながら、
下段突進技。間合いに入った瞬間、ベルは《ニュートラル》を斜め左から斬り上げた。ベルの最大の武器──『敏捷』を活かした先制攻撃からの一撃必殺。
これまで戦ってきたモンスターだったら、今の一撃で首を
ベルの必殺の一撃はいとも容易く、敵の長剣によってとめられていた。強引に押し込もうと力を入れるが、まるで岩のように
「……ッ!」
ベルは飛びのくと、
「せああああああああああああッ!」
片手剣使いはこれまで培ったきた剣技を繰り出した。
真上からの振り下ろし。真下からの斬り上げ。水平斬り。突き技。
それら全てがあっさりと難なく長剣で受け止められ、阻まれる。特別な技術は何もなかった。受け流しているわけでもなければ、小手先の技術を弄しているわけでもない。
ただ、ベルの一撃一撃を真正面から全て受け止める。
赤子の手をひねるように、男は淡々とベルの攻撃を
(強い……!
これまで戦ってきたモンスターとは比べ物にならない強さにベルは
(『
自身との隔絶とした『器』の差に、ベルは思わず一人の友人を思い浮かべる。
尊敬している、一族復興の為立ち上がったという
彼と一回ダンジョンに潜った時、ベルは無理を言って彼が戦うところを見させて貰っていた。
その時に感じた
しかし同時に、『違和感』も覚えていた。
(『
彼は、そう、思わずにはいられなかった。
(
幾度攻撃を放てども、敵の姿勢を崩すことが出来ない。その堅牢さは『城壁』──否、『要塞』すら思わせる。
男はまるで壊れた
二連撃の水平斬りが処理された時、
(そうか……!)
ようやく、ベルは『違和感』の正体を悟った。
自分の推測を確かめる為、彼は再度斬り掛かる。下段からの斬り上げ──ではなく、フェイントを入れ、鋭い突き技を放つ。だがベルの攻撃はまたもや男によって受け止められる。
激しい火花が散る中、ベルはついに確信を抱いた。
(やはりそうだ! 私の動き全てが読まれている! 私の剣の太刀筋、予備動作、攻撃動作、そして私でさえ自覚していない癖さえも、この男は知っている!)
ベルは目の前の男のことを知らない。他者との繋がりを尊ぶ彼は、これまでに出会ってきた全ての人々を記憶している。故に、男とは初対面だと断言出来る。
だが、男はベルのことを知っているようだった。そのことからベルは、恐らく、今回の戦闘は綿密な計画の元で行われていることを推測する。
(まずい、情報戦で既に私は負けていた!)
この時初めて、ベルは焦りを感じた。
それまでは冷静だった思考が徐々に纏まりを無くしていき、冴えていた剣技が精細さを欠けていく。
(クソッ、何か、何か手はないのか……!?)
自身の技が全く通じない現実に打ちのめされそうになるも、強靭な意志の力で恐怖と絶望を振り払い、ベルは
「うお、うおおおおおおおおおおおっ!」
《ニュートラル》を閃かせ、右上からの斜め斬りを雄叫びと共に放つ。だがこれさえも軽くあしらわれ、ベルは体勢を崩し致命的な隙を晒してしまう。
大量の冷や汗が流れ、顔を歪める。防御は間に合わない。ベルは自身が長剣で斬られ、地に伏すのを覚悟した。
「……」
だが。
剣がベルの身体に当たる直前で、男は振っていた手をとめた。
ベルは驚愕で目を見開きつつも、即座に体勢を整え、大きく距離をとる。追撃を彼は恐れていたが、男はそれをしなかった。ベルをヘルメットの奥から見詰め、本来だったら今ので終わりだったと暗に告げる。
見逃されたことにベルは唇を噛み締め、男を強く睨む。
「…………」
しかしながら、男は悠然とした佇まいを一切崩さない。ヘルメットで顔を隠している彼は、やはり、無言のまま剣を中段で構え、その鋭い切っ先を向ける。
──お前の力はこんなものか。
ヘルメットの奥から、ベルは、そう言われた気がした。
ならば、と。
乱れていた呼吸を整え、
ベルはゆっくりと攻撃の予備動作に移った。腰を落とし重心を限界まで下げ、左手を前方に
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお────ッ!」
一条の光となり、ベルは一直線に
──突進攻撃。
ベルはありったけの意志を込め、その攻撃を繰り出した。
だがそれさえも、男には届かなかった。その場から一歩も動くことなく男は剣の刀身で受け止め、完全に防いでみせた。
防がれた反動で身体が仰け反りそうになるも、ベルはそれに抗い身体を無理矢理動かす。
「まだだ……ッ!」
悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、そこから一歩、さらに踏み込む。
そして、連続攻撃を行う。剣を振る右腕を加速させ、剣士はギアをさらに上げた。
「あああああああああああああああああああ──ッ!」
高速で突き技を何度も放ち、敵の防御を崩そうと試みる。しかしそれだけではまるで足りないと告げるかのように、男は何処までも冷静に対応し、次々と攻撃を落としていった。
本来
ならばと、ベルは突き技をやめた。見破られると分かっていながらフェイントを入れ、《ニュートラル》を上段に構える。そこから振り下ろし、斬り上げ、そして、大きく跳躍し──落下と共に全力の上段斬りを放った。
だがしかし、ベルの渾身の一撃を、男は剣ではなく左手の人差し指と中指で挟んで
「なッ……!?」
有り得ない防ぎ方に愕然とするベルは、瞬間、今が戦闘中であることを忘れてしまった。
男は剣士の動揺を見逃さず、ここでようやく初めて迎撃行動に移った。その丸太のように太い腕を突き出し、大きな掌でがっちりとベルの腕を摑む。そして大きく薙ぎ、ベルを放り投げた。砲丸のように飛ばされ、ベルは壁面に背中から打ち付けられる。
骨が砕ける音と衝突音が混ざり合って大きく鳴り、
「が、ぁ……っ!」
ベルは『くの字』になって地面に倒れた。えずきながら口から大量の血を吐き散らし、緑色の草木を赤い液体で変色させる。苦悶で顔を歪め、呻き声を出すのをやめられない。全身が燃えような痛みが、
だが、ベルがその痛みに浸っている時間はなかった。
ピキ、ピキッ、と小さな音が芽吹き、大きくなっていく。
ベルが激突した部分を中心に亀裂が走り始めたのだ。それは枝木のように壁面全体に広がっていく。その数秒後、本格的に決壊を始めた。
それはまるでダンジョンが悲鳴を上げているようでもあり、また、怒りの声を上げているようでもあった。
「──ッ!」
ベルが剣を杖にして身体を起こした時には、もう、遅かった。流星群が降ってかかる。
瓦礫と化した壁に埋もれる直前、ベルは顔を向けて男を見る。
男はその場から一歩も動かず、やはり、ただ悠然とそこに佇んでいた。ヘルメットの奥でどのような表情を浮かべてるのか、ベルはそれが気になったが、それを知ることは出来なかった。