さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

34 / 91
『洗礼』

 

 ダンジョン8階層。

 数多くある広間(ルーム)の中で、その広間(ルーム)は半ば崩壊していた。四面ある壁面のうち、一つが完全に崩落してしまっている。(こけ)が纏わりついている瓦礫の山が積まれていた。

 通常なら有り得ない光景。

 多くの冒険者が、これはダンジョンの異常事態(イレギュラー)だと考えるだろう。しかし、それは違う。この事象は人為的に引き起こされたものであり、ダンジョンが(もたら)した災禍(さいか)ではない。

 そして、その犯人は広間(ルーム)の中心部に立っていた。全身を鎧で覆っているその男は悠然と佇んでいる。

 

(──しまった。加減を間違えてしまった)

 

 ヘルメットの奥で、男──オッタルは悩まし気な表情を浮かべていた。

 傍から見たら無表情そのものであったが、彼の主神が今の眷族を見たら盛大に笑うだろう。

 

(分かっていた事とはいえ……やはり、手加減というものは難しい……。白妖精(ヘディン)だったらもっと上手くやれたのだろうか……)

 

 ヘルメットで押しつぶされている猪人(ボアズ)の特徴的な両耳がさらに押しつぶされる。そして彼は深々と溜息を吐いた。

 

(防御の際の制限(ハンデ)はないが……攻撃をする際、フレイヤ様から言い渡されていた制限(ハンデ)はLv.2になりたての冒険者程度。先程のあれは明らかにそれを超えていた……)

 

 自分の愚かさに呆れて何も言えなくなった彼は、死んでもこの事は、主神以外には口外しないことを決めた。

 副団長の猫人(キャットピープル)小人族(パルゥム)の四兄弟にでも聞かれたら罵倒と嘲笑が贈られるだろうからだ。口下手なオッタルはその口撃(こうげき)にとてもではないが堪えられないだろう。

 

()()()()()()()()()()()()()()……まずは生存しているかどうかだな……)

 

 オッタルは目の前の瓦礫の山を見据えた。

 彼としては、今すぐにでも救出したいところではあるのだが──救える生命があるのなら、救った方が良いだろう──それは駄目だと主神からきつく言い含められている。

 とはいえ普通なら、死んでいると考えるのが妥当だろう。

 いくら『神の恩恵(ファルナ)』を刻まれていて『耐久(たいきゅう)』の『基本アビリティ』の数値が高くても、人間なのだから死ぬときは死ぬ。

 オッタルのように『階位(レベル)』の昇華を幾度も重ねればその限りではないが、崩落に巻き込まれた少年はLv.1の下級冒険者。ましてや彼の戦闘様式(スタイル)から推測されるに『耐久』の数値は最も低いだろう。

 それ故に、少年は既に息絶えていると考えるのが普通だ。瓦礫の下には亡骸があると考えるのが普通だ。

 ()()()──と。オッタルはその考えを両断した。

 

(目が死んでいなかった。ならば、生きている。生きていなければならない)

 

 崩落に巻き込まれる直前、オッタルは目的の少年──ベル・クラネルと目が合った。絶望に襲われながらも、深紅(ルベライト)の瞳はその輝きを失っていなかった。

 紅玉(ルビー)を連想させる少年の瞳には光が灯り『生』への執着があったと、オッタルは思う。

 

(フレイヤ様から仰せつかった神命、必ずや果たさなければ……)

 

 オッタルの任務は二つある。

 一つ目は──ベル・クラネルを徹底的に痛めつけること。

 これはある程度達成しているとオッタルは判断している。この目的は少年に『洗礼』を与えること、そして『泥』を被らせることだ。

 駆け出しという身でありながら、少年は銀の野猿(シルバーバック)を討伐している。それがたとえ『魔剣』の一撃であろうとも、それまで死闘を繰り広げたのはあくまでも少年自身だ。他の団員がどう思っているかは知らないが……オッタルは、少年の『執念』が『運命』を『必然』に変え、『奇跡』を手繰(たぐ)り寄せたのだと思っている。

 だからこそ、フレイヤは少年に一度『敗北』を与えたいのだろう──オッタルは彼女の神意(しんい)をそのように汲み取っていた。

 

 ──何故なら、『勝者』は常に『敗者』の中にいるのだから。

 

 フレイヤは、天地がひっくり返っても到底及ばない相手がいることを少年に教えたいのだ。そしてそれが務まるのは、都市最強の冒険者であり『頂天(ちょうてん)』たるオッタルだけ。

 とはいえ、

 

(あまりにも早過ぎる……)

 

 何も、自分と少年をぶつけるのは今でなくとも良いとオッタルは思う。それこそ『昇格(ランクアップ)』した時にでも行えば、井の中の蛙であることを伝えられるだろうに。

 だが、早過ぎるとは思うが──逆に言えばそれだけだ。時期尚早(じきしょうそう)ではある。もしオッタルがフレイヤに訴えればもう少し後になったかもしれない。しかしそれは先送りでしかなく、早いか遅いかの違いでしかない。

 それが分かっているからこそ、眷族の彼は主神の神命(しんめい)に従うのみである。

 前述したように、彼は、一つ目の任務はある程度達成していると考えている。

 少年の剣技を、彼は全て()()した。少年が繰り出した数々の攻撃を、彼は全て落とした。

 それは、オッタルとベルの間に隔絶とした『階位(レベル)』の差があるから出来た。それは、これまで培ってきた『技』と『駆け引き』に歴然とした差があるから出来た。

 ()()()()()()()()

 オッタルはベル・クラネルの全てを知っていた。剣の太刀筋から、予備動作、攻撃動作、そして自覚していない癖に至るまで彼は事前に知っていたのだ。

 

(あの観賞会も、この時の為だったと思えば……)

 

 オッタルをはじめとした全構成員が巻き込まれた【フレイヤ・ファミリア】の黒歴史(トラウマ)。汚点ともいえるそれを思い出し、彼はヘルメットの奥で苦々しい表情を浮かべた。

 それは、フレイヤと一緒に一つの動画を観ることだ。

 これだけを聞くと『何だ、そんなことか』と思う(やから)が出るだろう。寧ろ、『美の女神と一緒に時間を過ごせるだなんて最高じゃん!』と、きっと思うだろう。

 だが、違う。それは違うのだと、オッタルは思わずにはいられない。

 あれは正しく苦行だったのだと──仲が決して良くない【フレイヤ・ファミリア】全ての眷族は口を揃えて言うだろう。

 

 ──主神と観た動画の内容を一言で言うならば、『死闘』だった。

 

 一人の少年(ベル・クラネル)銀の野猿(シルバーバック)と生命を削り合い、殺し合う『死闘』。

 主神が最近執心している少年の戦う動画を観るのは、苦痛だ。それは当然のことだろう。何で身も心も、文字通り全てを捧げている彼女と一緒に、彼女が気にかけている男の動画を観なければならないのか。これには多くの眷族が彼女に直接苦情(クレーム)を入れた。しかし彼女は鼻歌を歌うだけでまるで聞き入れず、童女のようにきらきらと瞳を輝かせて、一緒に観ようと誘ってくる。恋慕している相手にそんなことを言われたら、従うしかない訳で。

 渋々ながらも彼等はその誘いに頷いた。

 動画を観た後、殆どの眷族達は一応の納得をみせた。甚だ認めがたくはあったものの、その動画、その『死闘』には人を惹き付け、夢中にさせるものがあったのだ。

 そうして、彼等はさらに考えた。

 きっと我等の主神はこの動画を通して、もっと精進するよう我等に伝えたかったのだろう、と。

 ならばそれに応えなければならない。女神の期待に応えずして何が眷族か。都市最強派閥に属している者として、やらなければならないことがある。

 新たな武勲(ぶくん)を立てようと決意し、衝動に駆られるままダンジョンに突入しようとする眷族。しかし、フレイヤはそんな彼等に声を掛けた。

 

『あら、何処に行くの?』

 

『…………はい?』

 

 眷族達は首を傾げた。

 そんな彼等を彼女は不思議そうに見て、

 

『ほら、もう一度観ましょう?』

 

 と、誘った。

 唖然とする彼等を尻目に彼女は端末を操作し、動画を再生させた。

 出鼻が(くじ)かれてしまったが、再生されてしまった以上仕方がない。彼等はもう一度付き合うことにした。

 そして終わった時、今度こそとばかりに彼等はフレイヤに挨拶をしようとする。しかし時遅く、その時には再び動画が始まっていた。『神の力(アルカナム)』を本当に封印しているのかと彼等は一様に思った。

 流石に三回目となれば飽きがくる。立体映像機(スクリーン)の画面に大きく映っている少年が死なないかなぁと、寧ろ、モンスターであるシルバーバックを胸中で応援することにした。

 数分後、動画が終わる。

 

『さあ、もう一度観ましょうか』

 

 フレイヤはそう言って、とても素晴らしい笑顔で端末を操作する。そんな彼女に眷族は恐る恐る尋ねた。

 

『あ、あのフレイヤ様……?』

 

『……? どうかしたのかしら?』

 

『一つお聞かせ願いたいのですが……あと何回ほど御覧になられるおつもりでしょうか?』

 

 その質問に、フレイヤは心底不思議そうに首を傾げて言った。

 

『回数は分からないわ。私が飽きるまでよ』

 

『さ、左様ですか……』

 

『ええ、そうよ。さあ、もう一度一緒に観ましょうか!』

 

 笑顔でそう言う女神を、誰がとめられようか、否、誰もとめられない。

 それから【フレイヤ・ファミリア】全団員は『冒険』に臨んだ。ダンジョンに潜っていた団員を引き戻し、わざわざ専用のシフト表さえも制作したほどだ。このシフト表を作るにあたっても、当然、犬猿の仲である彼等であったので大いに揉めた。なお、主神の許可のもと単独で『遠征』に行っていた副団長の猫人(キャットピープル)には多くの非難が寄せられ、彼のシフト時間は他の者よりも増えた。

 しかしこれを乗り越えた者はごく僅か。歴戦の第一級冒険者のみ、この『冒険』を突破した。とはいえ、彼等も無傷で突破したわけではない。解放された頃には、精魂尽きたように死んだ魚の目になっていた。バベルから出て太陽の光を浴びた時、そこでようやく彼等の生命は完全に吹き返した。

 この観賞会により【フレイヤ・ファミリア】は、事実上、機能停止した。もし【ロキ・ファミリア】が抗争を仕掛けてきたら危なかったと、オッタルは割と本気(ガチ)で思っている。

 ──兎にも角にも。

 話が大きく脱線してしまったが、そのような経緯があって【フレイヤ・ファミリア】に所属している殆どの眷族はベル・クラネルに対して特効があるのだ。

 

(一つ目は問題ない。問題は、二つ目だ──)

 

 一つ目は順調だ。

 問題は二つ目にあるといって良い。

 二つ目の任務は──ベル・クラネルに『魔法』を使わせることだ。

 少年が魔導書(グリモア)を読んだのをオッタルは知っている。作戦決行前は、そのあまりの杜撰さで上手くいくのかと思っていたが、何とか少年の手に渡り、そうして彼は『魔法』を発現させた。

 この『()()()()』で、少年に『魔法』を使わせること。これが二つ目の任務だ。

 しかし、これはとても難しい。発現した『魔法』がどのようなものか分からない以上、オッタルも迂闊な行動は出来ない。

『魔法』の可能性は文字通り無限大だ。先天系ならある程度の傾向があるが、後天系──ましてや最高品質の魔導書(グリモア)なら、使用者の望む『魔法』が修得出来るだろう。

()()()()、『()()()()。『階位(レベル)』の差をひっくり返すことも充分に可能であり、大番狂わせ(ジャイアントキリング)が起こることは何も珍しくない。

 それ故に、オッタルは最大限警戒する。

 しかしながら少年に『魔法』を使わせることが目的である以上、オッタルは初見で対応しなければならない。『未知』に挑むということが『冒険』だというのならば、彼は今『冒険』していると言えよう。

『魔法』や『スキル』はその者を映す鏡だ。その者が歩んできた軌跡(みち)が、紡いできた物語(ものがたり)が大きく関係してくる。

 何に関心を抱き、認め、()がれ、愛し、憎み、喜び、怒り、哀れみ、嘆き、崇め、悲しみ、憧れ、(すが)り、そして渇望するか。

 その者の強い意志(ねがい)が『魔法』や『スキル』となるのだ。

 

『あの子の周りはとても面白いわ。ええ、とても面白い。駆け出し冒険者でありながら多くの冒険者と(えにし)が交わっている。【戦場の聖女(デア・セイント)】、【勇者(ブレイバー)】、【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】、さらには【純潔の園(エルリーフ)】まで──都市を代表する冒険者と、彼は何故か繋がりがある』

 

 女神がそう言っていたのをオッタルは思い出した。

 ならば、少年はどのような『魔法』を発現させたのだろうかと、彼は考える。

 攻撃魔法かもしれない。少年は『英雄』を目指している。それならば数々の英雄達が使ってきたような、業火や暴風といった超常現象を引き起こす『魔法』かもしれない。

 あるいは、回復魔法かもしれない。【戦場の聖女(デア・セイント)】と交流があるのなら、彼女に影響を受けていても何ら可笑しくない。それこそ彼女に酷似している『魔法』かもしれない。

 あるいは、付与魔法(エンチャント)かもしれない。発現している者は少ないが、非常に強力な『魔法』だ。炎や風といった『属性』を身に纏うことが出来る付与魔法(エンチャント)は攻守ともに非常に優れている。

 あるいは、それ以外の『魔法』かもしれない。

 そこまで考え、オッタルは、唇の端が僅かに吊り上がっているのを自覚した。

 

藻搔(もが)き、足掻(あが)き、弱さを呪い、死への恐れを捨てた者だけが、己の限界を超え高みを目指すことが出来る。名も無き少年(ベル・クラネル)──お前にその覚悟があるか?)

 

 眼光を鋭くし、オッタルは物言わぬ瓦礫を見詰め続けた。

 そして──()()()()()()

 異常なまでに発達した聴覚が、小さな物音を拾う。瓦礫の山が微かに、しかし確実に動いたのだ。

 ──刹那。

 地面に幾何学的(きかがくてき)な紋様が走る。それは『魔法』が発動されることを告げる(しら)せだ。

 

 

 

「──……【笑おう、たとえどんな苦難があろうとも】

 

 

 

 その呟きが静かに零れたのを、オッタルは確かに()いた。彼はヘルメットの奥で唇を曲げると、その現象を眺める。

 紋様は広間(ルーム)全体に広がり、時間の経過と共にそれは濃くなっていく。大小の黄金の粒子が浮かび上がり、立ち(のぼ)っていく。

 そして瓦礫の山が崩れ、一人の剣士が現れた。

 胸当てをはじめとした防具は破損しており、その機能は完全に失われている。邪魔だと判断したのだろう、防具を捨ててロングコートを身に纏っているだけとなっていた。

 処女雪を思わせる白髪は灰を被ったせいで穢れているが、紅玉(ルビー)を連想させる深紅(ルベライト)の瞳は眩い輝きを放っていた。

 

(負っていただろう傷が完治している……? 回復薬(ポーション)──いや、恐らくは万能薬(エリクサー)か)

 

 万能薬(エリクサー)は生きてさえいればどんな傷も治癒(ちゆ)する効能を持つ。その単価は非常に高く、駆け出し冒険者が所持できるような物ではない。

 しかしそれは、普通の駆け出し冒険者ならの話だ。

 

(なるほど……フレイヤ様が仰っていた【戦場の聖女(デア・セイント)】が過保護とは、こういうことだったか……)

 

 オッタルは腑に落ちた。そして彼は、それを卑怯だとは思わない。人との繋がりもまた、その者の強さだからだ。

 寧ろ、その方が都合が良い。

 意識を切り替える。表情を引き締めたものにした武人は腰の鞘から抜いた剣を上段で構え、その時をじっと待った。

 

 

 

§

 

 

 

 大小の黄金の粒子が紋様から立ち昇り、少年の身体を優しく包んでいく。

 少年は、歌を長く()んでいた。

 ──()()()()()

 オラリオでも限られた魔導士しか修得していない『魔法』である。

 魔力を練り、『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』を起こさないように制御するのが難しいのだろう。少年は長剣を地面に深く刺し杖代わりにし、身体を支えていた。

 

「──【約束の刻がきた。さあ、『喜劇(きげき)』を始めよう】!

 

 ついに『詠唱』を完了させた少年は──ベルは、にやりと不敵に笑い。その『魔法』を高らかに(とな)えた。

 

 

 

「──【アナステイスィス・イロアス】!

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。