歌が、
そして、対峙している
それは当然のことだ。敵が『切り札』を切るのを黙って見逃すのは余程の間抜けだけだ。彼が攻撃を仕掛ければその瞬間にベルは『詠唱』をやめるだろう。辛うじて制御できていた魔力が暴れ『
だが、今回だけは見逃さなければならない。何故なら、今回の『手合わせ』の目的の中には、ベル・クラネルが発現させた『魔法』を確認することが含まれているのだから。
「──【約束の
広大な草原に刻まれていた、
自分には害がないことを確認したオッタルは、その紋様をじっと観察する。最初は『
(奴の『
『魔法』を極めし者──エルフをはじめとした
つまり『
(そうなると……これは
立ち昇っていた数々の黄金の粒子がベルの身体を優しく包み込む。それはまるで新たな
来る──と。
オッタルはその
「──【アナステイスィス・イロアス】!」
その魂の雄叫びが
光が収まる共に、展開されていた紋様が消失する。
そしてオッタルはヘルメットの奥で驚愕の表情を浮かべ、目を大きく見張った。
黄金の光粒を身に纏ったベルがそこには居た。数えるのも億劫になるほどの
自派閥の魔法剣士──【
(最も可能性が高いのは
攻撃魔法でも、回復魔法でも、
今オッタルは『未知』に遭遇している。そのことを認識した瞬間、彼は自身の冒険者の血が騒ぐのを感じた。
ベルはロングコートの内ポケットから手記と羽ペンを取り出すと言った。
「
ベルは地面に深く刺していた長剣を抜くと、その鋭い切っ先をオッタルに向けた。
オッタルはその言葉、その気高き意志に応える為、短く答えた。
「──来い」
にやりとベルは笑うと、地面を強く蹴った。
先程の戦闘の幕開けと同様、下段突進攻撃。
『魔法』の効果を確認する任務がある以上、オッタルは迎撃行動に移れない。少なくとも最初の一回は身体を張って受けなければならない。それ故に、彼が出来るのは防御のみ。警戒しつつ、彼は基本の構えを取ろうとし──目を見開かせた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
すぐ目の前に、ベルが居たのだ。既に間合いに入っている、ベルが。剣士は今まさに下段から上段へ斬り上げようとしていた。
「──ッ!」
動揺は一瞬。オッタルはすぐに冷静さを取り戻すと、長剣で攻撃を受け止める。しかし、またもや驚くべきことが彼を襲った。
(先程よりも──
内心は
オッタルは眼光を鋭くし、ベルの
対応出来たのは、『
(何たる、脆弱。何たる、惰弱……!)
自分の弱さに怒りが沸々と湧いてくるが、今はそれを呑み込む。兎にも角にも、どのような『魔法』か探るためには実際に戦うしかない。
オッタルは次の攻撃に備えた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
ベルが
オッタルは長剣でそれら全てを真っ向から受け止めながら、やはり、と自身の勘違いでないことを確信した。
(……
ベルの連続攻撃を落としながら、彼はさらに思考した。
(『
『魔法』の可能性は無限大だ。強制的な『
だが──と、オッタルはその推測を打ち消した。
というのも『
そうなると考えられるのは──そこまで考え、彼は答えに辿り着いた。
(【ステイタス】補正──より厳密に言えば、
速度が増したのも、攻撃が攻撃が重くなったのも、武器の扱いが上手くなったのも──『
だが、腑に落ちない点もある。
剣を持っていない左手でベルの殴打を摑みつつ、オッタルは疑問を解決させる為がさらに思考する。
(『スキル』で発現するのが一般的だが……)
多くの上級冒険者が、基本アビリティを補正する『スキル』を所持している。とはいえ、効果を発揮させるためには一定の条件を達成させる必要があるのだが。
何故、『スキル』ではなくて『魔法』として発現したのか。ましてや超長文詠唱という形でだ。
オッタルの疑問はそこにあった。
(奴の『魔法』にはまだ『謎』があると考えた方が良いだろう)
オッタルはそこで思考を断ち切った。
任務はこれで達成した。これならば主神もきっと満足するだろう。あとはベルに死なない程度の痛手を負わせ、『敗北』を与えればそれで良い。
いつ、他の冒険者が来るかもわからないのだ。『手合わせ』が長引けば長引くほどにそのリスクは高まる。念のために
兎にも角にも、これ以上はもう良いだろう。そう考えたオッタルは戦闘を終わらせる為に動こうとして……──、
「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
雄叫びが、上がった。
咆哮が、
ベル・クラネルの
『魔法』という『切り札』を切ったのにも関わらず埋まらぬ差。それが分からないほど彼は馬鹿ではない。しかしながらそれに絶望することなく……寧ろ、光をさらに輝かせて、少年はオッタルに立ち向かっていた。
「──」
それを見たオッタルはヘルメットの奥で声なき声を上げ、笑った。
嗚呼、主神の命を確実に遂行するならば、ここで強制的に『手合わせ』を終わらせるべきだ。それは分かっている。そうすべきだとも思う。
だが、彼はその考えを切り捨てた。剣士の上段からの振り下ろしを
ベルは一瞬
「ようやくやる気になったか!」
待ちわびていたように──事実、待ち侘びていたのだろう。ベルが感情のままに叫んだ。
オッタルはそれに応えるように攻撃の準備姿勢に入った。
だが、それでも────。
少年の
『英雄』に憧れ、なろうとしている名も無き少年の
多くの人々が自分を『
多くの人々が自分を『
自分は応えなければならない。都市最強の冒険者として、何よりも
『
(フレイヤ様はこうなることを予感していられたのだろうか)
そして彼は意識を完全に切り替え、
「──行くぞ」
その言葉を贈った。
刹那、武人は駆け出す。
『手合わせ』ではなく──『戦闘』の火蓋が切られた。
それは、剣と剣が激突する音であった。
それは、
──『戦闘』が始まってから三分が経過した。
二人の冒険者は
数々の銀閃が走る激しい攻防の中、
(やっぱり、強いなあ!)
ベルはただただ感嘆していた。感動しているとも言えるかもしれない。
理由は分からないが、敵が
──【アナステイスィス・イロアス】。
ベル・クラネルが発現させた、彼だけの
その効果はオッタルが推測していた通りのもの。即ち──【ステイタス】、厳密には『基本アビリティ』の補正。黄金の粒子がベルの身体に宿っている間、『
しかしながら、これだけの効果だけだったら彼の主神はこの『魔法』の使用を禁止していない。彼の『魔法』にはもっと別の効果があるが、この『戦闘』では関係ないことだ。
奥の手を出しても相手にならない。隔絶とした差は全く埋まらない。この事実にショックを受けないと言えばそれは嘘になる。
だがそれ以上に感じているのは──強烈な『
これ程までの敵と戦ったことは一度もない。その異次元の強さには、本当に同じ人間なのかと猜疑心すら覚えるというものだ。
ベルは、目の前の男が都市最強の冒険者であることを知らない。【
それでも彼は、男が遥か『高み』に居て、そこに甘んじることなく、今尚登り続けていることを感じ取っていた。
(限りなく『英雄』に近い──『英雄候補』と私は今戦っている! ああ、嬉しくて仕方がない! 楽しくて仕方がない! これが
『
心が浮き立つ。顔が自然と笑みを形作る。
そして。
声を上げるのをやめられない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお──ッ!」
雄叫びではなく、それは
──『戦闘』が始まってから六分が経過した。
何度目になるか分からない撃ち合い。激しい火花が飛び散り、二人の冒険者の視界を染め上げる。
それを全く気にせず、ベルは瞳孔を拡大させ、ヘルメットを越して視線を絡める。目の前の敵が次には何をするのか、気配から予測する。
この時、世界には二人しか居なかった。此処が危険極まるダンジョンであることすら忘れ、敵を打破することだけを考える。
(もっと、もっと速く……!)
自分の最大の『武器』は『
ベルは呼吸することすら忘れ、極限の集中状態に入った。
加速する。加速する。加速する。身体に纏っている黄金の光粒が残光となり、軌跡となる。
少しでも敵の反応を遅くさせ敵の『要塞』を崩そうとベルは攻撃に修正をするが、男は容易くそれを落として甘いとばかりに鋭い反撃を繰り出す。剣士はそれを瞬間的反応速度だけで対応すると、学んだことを活かしさらに剣技に修正を加える。それを延々と繰り返す。
それは劇的な『変化』ではなかった。才有る者だったらそれを瞬時に理解し、すぐに『技』へと昇華させるだろう。ベル・クラネルのそれは才有る者と比べるとあまりにも遅い。
誰かに指摘されずとも、ベルはそれを百も承知している。だが、それでも彼は歩くことを決してやめない。自分が歩いている道程は間違っていないと信じ、ゆっくりと、自分のペースで『高み』を目指す。
──『戦闘』が始まってから、九分が経過した。
するとおもむろに、粒子の輝きが淡くなり始めた。全身を包んでいた無数の光が徐々に空間に溶け始め、それは時間の経過と共に増えていく。
それが、【アナステイスィス・イロアス】の効果持続時間だった。あと五十秒弱でベルの【ステイタス】は元に戻るだろう。ならばと──ベルは
まだ『上』があったのかと敵はヘルメットの奥で驚愕するも、それをすぐに否定した。『壁』を自身の
「来い、もっと俺に見せてみろ」
言われなくてもそうするさ! ベルは咆哮を轟かせる。
刹那、女神によって刻まれし背の刻印が灼熱の色に燃え上がった。
少年の強き
「うお、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
絶叫を上げながら滑空するように広原を突き進み、ベルは攻勢をかける。
敵の直前でくるりと身体を横に捻り、
火花が閃光となって二人の眼を焼き付けるも、それに構わず二人は剣を振るう。
剣が交わり、弾かれ、交わる。激しい攻防、剣技の応酬。それはまるで剣舞のようだった。
敵の重い一撃を何とか凌いだベルは、最後の攻撃を繰り出した。バックステップで意図的に距離を作り、僅かな時間を稼ぐ。腰を落とし重心を限界まで下げ、左手を前方に
五秒に満たない
敵の『要塞』を壊そうと、小細工なしの真正面から超高速で突貫した。
武人はその心意気に応えようと、突き技を放った。
両者の剣の鋭い切っ先が真正面からぶつかる。膠着したのは一瞬だった。
そして、純白の世界の中で。
ピキッ、ピキッと《ニュートラル》に亀裂が走っていくのをベルは見た。しまったと思った時には亀裂は剣の刀身に行き渡り、次の瞬間、呆気なく破砕する。ベルの剣を労わらない使い方に《ニュートラル》がとうとう音を上げたのだ。
想定していなかったことにベルは硬直してしまい、そのまま奔流に呑まれた。抗う術を持たない身体は紙切れのように吹き飛ばされ、草木の上を何度も転がる。
痛みで顔を歪めながらもすぐに体を起こそうとするベルだったが。
「……終わりだな」
そんな言葉が送られた。
ベルが視線を下げれば、喉元に剣の切っ先を軽く当てられていた。身体を包んでいた黄金の光粒も完全に溶け消え、『魔法』の効果が切れたことを告げる。
男はベルを見下ろし、『敗北』を突き付ける。
ベルは最後まで巻き返す方法が何かないか探ったが──戦意を静かに消失させた。苦笑いと共に、彼は言う。
「ああ、終わりだ。そして……私の完敗だ」
男はその言葉を聞くと剣を引いた。腰の
「……剣がなくては帰りが危険だろう」
「それはそうなのだが……しかし、貴方は大丈夫なのか?」
「……『上層』だったら
鞘から抜き出して確かめると、剣の性質は《ニュートラル》とほぼ同等のようだった。傷こそあるが、
ベルは負っていた傷を癒す為に
「待ってくれ! 貴方の
ベルが慌てて立ち上がり、そう、声を掛けると、男はぴたりと立ち止った。顔を振り向かせず、彼は背を向けた状態のまま言った。
「知りたければ、貴様も『
「──なら、その時は! その時は再戦してくれるか!?」
「……良いだろう。その時は手加減なしで戦おう」
そう言うと、男は
ベルは彼を見送ると、すぐに、此処に居たら危険だと考えた。
これは自分が倒したモンスターから落ちた物ではないが、ベルは回収することにした。『魔石』を放っておくと『強化種』──通常のモンスターが『魔石』を喰らうことで変異する種──が出現する為、『魔石』の放置はご法度だ。
疲弊している身体に鞭を打って、まず、『魔石』とドロップアイテムを一箇所に纏める。途中モンスターが何体か出現してきたが瞬殺する。
それを数十分掛けて行い完了させると、ベルはボディバッグから、風呂敷を取り出して広げ──
ベルはそれを背中に担ぐと地上に帰還する為、重たい身体を引き