さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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魔法(アナステイスィス・イロアス)

 

 歌が、()まれていた。彼は、長い、とても長い歌を()んでいた。

 名も無き少年(ベル・クラネル)が紡ぐのは彼の想い(いし)だ。

 そして、対峙している全身型鎧(フルプレートアーマー)の男──オッタルはその歌を()いていた。

 ()()()()()()()()

 それは当然のことだ。敵が『切り札』を切るのを黙って見逃すのは余程の間抜けだけだ。彼が攻撃を仕掛ければその瞬間にベルは『詠唱』をやめるだろう。辛うじて制御できていた魔力が暴れ『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』を引き起こすかもしれない。膨大な魔力が爆発し巻き込まれたら、最悪、ベルは死ぬだろう。

 だが、今回だけは見逃さなければならない。何故なら、今回の『手合わせ』の目的の中には、ベル・クラネルが発現させた『魔法』を確認することが含まれているのだから。

 

「──【約束の(とき)がきた。さあ、『喜劇(きげき)』を始めよう】!

 

 広大な草原に刻まれていた、幾何学的(きかがくてき)紋様(もんよう)が一際輝く。広間(ルーム)全体に展開されていたそれがそうなるものだから、現在、広間(ルーム)は光で満ちていた。

 自分には害がないことを確認したオッタルは、その紋様をじっと観察する。最初は『魔法円(マジックサークル)』だと思っていたのだが、それは違うと自身の考えを否定した。

 

(奴の『階位(レベル)』はLv.1。魔法円(マジックサークル)を出現させられない筈だ……)

 

 魔法円(マジックサークル)を展開する為には、基本アビリティから派生した発展アビリティ『魔導(まどう)』が必要だ。

『魔法』を極めし者──エルフをはじめとした魔法種族(マジックユーザー)が最たる例──が『昇格(ランクアップ)』を通じて発現することが可能な、『スキル』とは別枠の魔力特化項目。威力強化、効果範囲拡大、精神力(マインド)効率化など、『魔法』を行使するうえで様々な補助を(もたら)魔法円(マジックサークル)は、『魔導』の発展アビリティを手に入れた上位の魔導士の(あかし)であり、魔導士を目指すなら必要不可欠とされている。

 つまり『昇格(ランクアップ)』を果たしていなければ『魔導』は修得出来ず、同時に、魔法円(マジックサークル)も展開されない。ベル・クラネルの『階位(レベル)』はLv.1であり、その実態は下級冒険者だ。ましてや彼は片手剣使い(ソードマン)であり、主神から魔導士を目指しているだなんてことをオッタルは一度も耳に入れていない。

 

(そうなると……これは魔法円(マジックサークル)に似て非なるものということになる。恐らく、奴の『魔法』に関係しているのだろう。そうでないと説明がつかない)

 

 立ち昇っていた数々の黄金の粒子がベルの身体を優しく包み込む。それはまるで新たな生命(いのち)芽生(めば)えたかのような、美しい光だった。

 来る──と。

 オッタルはその(とき)が来たことを悟った。(さび)色の瞳を剣先のように細め、相手を見据える。

 

 

 

「──【アナステイスィス・イロアス】!

 

 

 

 名も無き少年(ベル・クラネル)が咆哮する。

 その魂の雄叫びが引鉄(トリガー)となり、『魔法』が完成された。眩い閃光が走り、広間(ルーム)を一瞬覆う。

 光が収まる共に、展開されていた紋様が消失する。

 そしてオッタルはヘルメットの奥で驚愕の表情を浮かべ、目を大きく見張った。

 黄金の光粒を身に纏ったベルがそこには居た。数えるのも億劫になるほどの(なが)き闘争に身を置いてきた彼であったが、目の前の現象は今まで見たことがない。

 自派閥の魔法剣士──【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】や、敵対派閥ではあるが都市最強の魔導士──【九魔姫(ナイン・ヘル)】なら、この現象を説明出来るのだろうかと、彼は考えた。とはいえ、居ない人間のことを考えても意味はないのだが。

 

(最も可能性が高いのは付与魔法(エンチャント)だが……いや、違うな。『根幹』が違う。これはまるで──伝承にある精霊の加護のようだ……)

 

 攻撃魔法でも、回復魔法でも、付与魔法(エンチャント)でもない。一目見ただけでは判別つかない『魔法』。

 今オッタルは『未知』に遭遇している。そのことを認識した瞬間、彼は自身の冒険者の血が騒ぐのを感じた。

 広間(ルーム)には再び静寂が訪れる。しかしそれは先程までの静寂とはまるで違う、嵐が来ることを告げるものだった。

 ベルはロングコートの内ポケットから手記と羽ペンを取り出すと言った。

 

(つづ)るぞ、英雄日誌! ──『冒険者ベル・クラネルがダンジョン探索を行っていると、全身鎧(フルプレートアーマー)の男が突如として現れた。剣を此方に向けて立ちふさがる男に、彼は自身の敗北を予感する。しかし彼は感情に突き動かされるままに自身も愛剣を抜き、『切り札』である『魔法』を行使して挑みかかるのだった!』──我が真名(しんめい)はベル・クラネル。行くぞ、名も知らぬ冒険者よ!」

 

 ベルは地面に深く刺していた長剣を抜くと、その鋭い切っ先をオッタルに向けた。深紅(ルベライト)の瞳を強く輝かせる。

 オッタルはその言葉、その気高き意志に応える為、短く答えた。

 

「──来い」

 

 にやりとベルは笑うと、地面を強く蹴った。

 先程の戦闘の幕開けと同様、下段突進攻撃。片手剣使い(ソードマン)は雄叫びを上げながら広原を駆け抜け、彼我の距離を詰める。

『魔法』の効果を確認する任務がある以上、オッタルは迎撃行動に移れない。少なくとも最初の一回は身体を張って受けなければならない。それ故に、彼が出来るのは防御のみ。警戒しつつ、彼は基本の構えを取ろうとし──目を見開かせた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 すぐ目の前に、ベルが居たのだ。既に間合いに入っている、ベルが。剣士は今まさに下段から上段へ斬り上げようとしていた。

 

「──ッ!」

 

 動揺は一瞬。オッタルはすぐに冷静さを取り戻すと、長剣で攻撃を受け止める。しかし、またもや驚くべきことが彼を襲った。

 

(先程よりも──()()()()()!)

 

 内心は吃驚(きっきょう)でいっぱいだったが、オッタルはそれを隠してベルの攻撃を防ぎ切った。考える時間を稼ぐため、力任せに──先程の二の舞を防ぐために今度はしっかりと力加減をしている──腕を()いでベルを自身から離す。片手剣使い(ソードマン)は自ら飛びのくことで衝撃を減少させ、ダメージを負うことを防いだ。

 オッタルは眼光を鋭くし、ベルの深紅(ルベライト)の瞳を見詰める。

 対応出来たのは、『階位(レベル)』に差があったからだった。もし同じ条件……オッタルがLv.1だったら今の一撃は押し通され、攻撃を()らっていただろう。

 

(何たる、脆弱。何たる、惰弱……!)

 

 自分の弱さに怒りが沸々と湧いてくるが、今はそれを呑み込む。兎にも角にも、どのような『魔法』か探るためには実際に戦うしかない。

 オッタルは次の攻撃に備えた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 ベルが果敢(かかん)に攻撃を仕掛ける。自身の行動が読まれていることを考察したのだろう、斬撃にほんの僅かなアレンジを加えている。

 オッタルは長剣でそれら全てを真っ向から受け止めながら、やはり、と自身の勘違いでないことを確信した。

 

(……()()()()()()()()()()()()()。防具を捨てて身軽になったことを加味しても可笑しい。攻撃も重くなり、武器の使い方も洗練されている。明らかに異常だ)

 

 ベルの連続攻撃を落としながら、彼はさらに思考した。

 

(『階位(レベル)』の昇華──いや、違うな……)

 

『魔法』の可能性は無限大だ。強制的な『昇格(ランクアップ)』を行う『魔法』──それが魔導書(グリモア)(かい)しての後天系なら、可能性としては充分にあり得るのだろう。前例は未だないが、頭から否定するようでは冒険者はやれない。

 だが──と、オッタルはその推測を打ち消した。

 というのも『階位(レベル)』が昇華されたら、それは一目瞭然で分かるからだ。だが、今のベルの『階位(レベル)』は依然としてLv.1であり、その範疇(はんちゅう)は超えていない。

 そうなると考えられるのは──そこまで考え、彼は答えに辿り着いた。

 

(【ステイタス】補正──より厳密に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 速度が増したのも、攻撃が攻撃が重くなったのも、武器の扱いが上手くなったのも──『敏捷(びんしょう)』『(ちから)』『器用(きよう)』の数値が上昇したと思えば納得出来る。

 だが、腑に落ちない点もある。

 剣を持っていない左手でベルの殴打を摑みつつ、オッタルは疑問を解決させる為がさらに思考する。

 

(『スキル』で発現するのが一般的だが……)

 

 多くの上級冒険者が、基本アビリティを補正する『スキル』を所持している。とはいえ、効果を発揮させるためには一定の条件を達成させる必要があるのだが。

 何故、『スキル』ではなくて『魔法』として発現したのか。ましてや超長文詠唱という形でだ。

 オッタルの疑問はそこにあった。

 

(奴の『魔法』にはまだ『謎』があると考えた方が良いだろう)

 

 オッタルはそこで思考を断ち切った。

 任務はこれで達成した。これならば主神もきっと満足するだろう。あとはベルに死なない程度の痛手を負わせ、『敗北』を与えればそれで良い。

 いつ、他の冒険者が来るかもわからないのだ。『手合わせ』が長引けば長引くほどにそのリスクは高まる。念のために全身鎧(フルプレートアーマー)で正体は隠しているが、これも絶対の保証はない。例えば宿敵の『三首領』が来たら一発でバレるだろう。特に小人族(パルゥム)の少年とベルは友人関係にあると主神から聞いている。友人が襲われていたら彼は『弱小【ファミリア】を大人げなく襲っていた襲撃者から守る』という大義名分を掲げて喜々として長槍(ジャベリン)を向けてくるに違いない。いやまあ、彼でなくとも、オッタルと敵対関係にある冒険者全員がそうするだろうが。

 兎にも角にも、これ以上はもう良いだろう。そう考えたオッタルは戦闘を終わらせる為に動こうとして……──、

 

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 

 

 雄叫びが、上がった。

 咆哮が、(とどろ)いた。

 ベル・クラネルの深紅(ルベライト)の瞳は未だに光を放っていた。まるで楽しくて仕方ない遊戯(ゆうぎ)に興じているかのように、少年は唇を曲げている。

『魔法』という『切り札』を切ったのにも関わらず埋まらぬ差。それが分からないほど彼は馬鹿ではない。しかしながらそれに絶望することなく……寧ろ、光をさらに輝かせて、少年はオッタルに立ち向かっていた。

 

「──」

 

 それを見たオッタルはヘルメットの奥で声なき声を上げ、笑った。

 嗚呼、主神の命を確実に遂行するならば、ここで強制的に『手合わせ』を終わらせるべきだ。それは分かっている。そうすべきだとも思う。

 だが、彼はその考えを切り捨てた。剣士の上段からの振り下ろしを受け流す(パリイ)する。そのまま反撃に転じ、長剣を一閃した。

 ベルは一瞬深紅(ルベライト)の瞳を大きくするとすぐに反応し、直撃する寸前で回避した。

 

「ようやくやる気になったか!」

 

 待ちわびていたように──事実、待ち侘びていたのだろう。ベルが感情のままに叫んだ。

 オッタルはそれに応えるように攻撃の準備姿勢に入った。

 制限(ハンデ)は負っている。発揮出来るのは本来の力の数割にも満たない。本拠(ホーム)戦いの野(フォールクヴァング)』で行われている『殺し合い』と比べるまでもない。ましてや、文字通り本気で殺しにかかってくる第一級冒険者達と比べるなど烏滸がましいにもほどがある。

 だが、それでも────。

 少年の深紅(ルベライト)の瞳が告げてくるのだ。もっと戦いたいと、もっと強くなりたいと。何よりも、『英雄』になりたいと。

『英雄』に憧れ、なろうとしている名も無き少年の想い(いし)に応えずして、何が先達(せんだち)だろうか。

 多くの人々が自分を『頂天(ちょうてん)』と讃える。

 多くの人々が自分を『最恐(さいきょう)』と畏怖する。

 ()()()()()()()

 自分は応えなければならない。都市最強の冒険者として、何よりも美の女神(フレイヤ)の眷属──【猛者(オッタル)】として。

洗礼(せんれい)』を、『(どろ)』を、『敗北(はいぼく)』を、『産声(うぶごえ)』を上げたこの冒険者に与えなければならない。

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオは何時(いつ)の時代もそうだった。先達は次代の『英雄』の(ひな)達にそうして発破(はっぱ)をかけ、その後ろ姿を見せ続けてきた。

 

(フレイヤ様はこうなることを予感していられたのだろうか)

 

 巨塔(バベル)()つ前、主神と交わした会話を思い出す。だがそれは今考えても詮無きことだろう。

 副団長(アレン)が単独遠征をした理由が、オッタルはよく分かった。なるほど、これは焚き付けられると納得する。

 そして彼は意識を完全に切り替え、

 

「──行くぞ」

 

 その言葉を贈った。

 刹那、武人は駆け出す。全身型鎧(フルプレートアーマー)を装備しているとは到底思えない速度で彼我の距離を詰め、上段から剣を勢いよく振り下ろした。

『手合わせ』ではなく──『戦闘』の火蓋が切られた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 剣戟(けんげき)の音が広間(ルーム)に響く。

 それは、剣と剣が激突する音であった。

 それは、男子(おのこ)男子(おのこ)の意志がぶつかり合っていることを告げる音であった。

 ──『戦闘』が始まってから三分が経過した。

 二人の冒険者は(しき)りに立ち位置を入れ替え、何度も交錯する。短い草木は踏み潰され、それは時間の経過と共に増えていく。

 数々の銀閃が走る激しい攻防の中、

 

(やっぱり、強いなあ!)

 

 ベルはただただ感嘆していた。感動しているとも言えるかもしれない。

 理由は分からないが、敵が制限(ハンデ)を負って戦っていることは一目瞭然だ。その状態の彼に此方(こちら)は全力を出し、限界を超え、主神(ヘスティア)から禁止されていた『魔法』という『切り札』──【アナステイスィス・イロアス】を発動させたのにも関わらず、まるで歯が立たない。

 

 ──【アナステイスィス・イロアス】。

 

 ベル・クラネルが発現させた、彼だけの固有魔法(オリジナル)

 その効果はオッタルが推測していた通りのもの。即ち──【ステイタス】、厳密には『基本アビリティ』の補正。黄金の粒子がベルの身体に宿っている間、『(ちから)』『耐久(たいきゅう)』『器用(きよう)』『敏捷(びんしょう)』『魔力(まりょく)』──全ての『基本アビリティ』の数値に補正が入り、上昇している。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかしながら、これだけの効果だけだったら彼の主神はこの『魔法』の使用を禁止していない。彼の『魔法』にはもっと別の効果があるが、この『戦闘』では関係ないことだ。

 奥の手を出しても相手にならない。隔絶とした差は全く埋まらない。この事実にショックを受けないと言えばそれは嘘になる。

 

 だがそれ以上に感じているのは──強烈な『憧憬(しょうけい)』だ。

 

 これ程までの敵と戦ったことは一度もない。その異次元の強さには、本当に同じ人間なのかと猜疑心すら覚えるというものだ。

 ベルは、目の前の男が都市最強の冒険者であることを知らない。【猛者(おうじゃ)】であることを知らない。冒険者の『頂天(ちょうてん)』であることを知らない。

 それでも彼は、男が遥か『高み』に居て、そこに甘んじることなく、今尚登り続けていることを感じ取っていた。

 

(限りなく『英雄』に近い──『英雄候補』と私は今戦っている! ああ、嬉しくて仕方がない! 楽しくて仕方がない! これが迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオ、これが冒険者!)

 

神時代(しんじだい)』になってから、千年。その長い歴史を感じずにはいられない。『英雄都市』の別称は何も間違っていなかった。

 心が浮き立つ。顔が自然と笑みを形作る。

 そして。

 声を上げるのをやめられない。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお──ッ!」

 

 雄叫びではなく、それは叫喚(きょうかん)だった。ベルは心の声に従い、喉が痛むのも気にせずに腹から声を出す。

 ──『戦闘』が始まってから六分が経過した。

 何度目になるか分からない撃ち合い。激しい火花が飛び散り、二人の冒険者の視界を染め上げる。

 それを全く気にせず、ベルは瞳孔を拡大させ、ヘルメットを越して視線を絡める。目の前の敵が次には何をするのか、気配から予測する。

 この時、世界には二人しか居なかった。此処が危険極まるダンジョンであることすら忘れ、敵を打破することだけを考える。

 

(もっと、もっと速く……!)

 

 自分の最大の『武器』は『敏捷(きゃくりょく)』だ。なら、脚をとめるな。もっと、もっと速く動けと己の身体に強く念じ、命令する。

 ベルは呼吸することすら忘れ、極限の集中状態に入った。

 加速する。加速する。加速する。身体に纏っている黄金の光粒が残光となり、軌跡となる。

 少しでも敵の反応を遅くさせ敵の『要塞』を崩そうとベルは攻撃に修正をするが、男は容易くそれを落として甘いとばかりに鋭い反撃を繰り出す。剣士はそれを瞬間的反応速度だけで対応すると、学んだことを活かしさらに剣技に修正を加える。それを延々と繰り返す。

 それは劇的な『変化』ではなかった。才有る者だったらそれを瞬時に理解し、すぐに『技』へと昇華させるだろう。ベル・クラネルのそれは才有る者と比べるとあまりにも遅い。

 誰かに指摘されずとも、ベルはそれを百も承知している。だが、それでも彼は歩くことを決してやめない。自分が歩いている道程は間違っていないと信じ、ゆっくりと、自分のペースで『高み』を目指す。

 ──『戦闘』が始まってから、九分が経過した。

 するとおもむろに、粒子の輝きが淡くなり始めた。全身を包んでいた無数の光が徐々に空間に溶け始め、それは時間の経過と共に増えていく。

 ()()

 それが、【アナステイスィス・イロアス】の効果持続時間だった。あと五十秒弱でベルの【ステイタス】は元に戻るだろう。ならばと──ベルは深紅(ルベライト)の瞳をさらに輝かせた。攻撃をより激しく、より重く、より鋭くする。

 まだ『上』があったのかと敵はヘルメットの奥で驚愕するも、それをすぐに否定した。『壁』を自身の想い(いし)で壊したのだと気付き、面白いと唇の端を吊り上げる。

 

「来い、もっと俺に見せてみろ」

 

 言われなくてもそうするさ! ベルは咆哮を轟かせる。

 刹那、女神によって刻まれし背の刻印が灼熱の色に燃え上がった。

 限界解除(リミット・オフ)

 少年の強き想い(いし)の丈が臨界点をぶち破り、『神の恩恵(ファルナ)』を超克(ちょうこく)する。彼の想い(いし)呼応(こおう)するかのように、散っていった筈の黄金の粒子が再び収束し身体を包んだ。

 

「うお、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 絶叫を上げながら滑空するように広原を突き進み、ベルは攻勢をかける。

 敵の直前でくるりと身体を横に捻り、片手剣使い(ソードマン)が剣を左斜め下から斬り上げるも、武人は長剣で受け止めた。

 火花が閃光となって二人の眼を焼き付けるも、それに構わず二人は剣を振るう。

 剣が交わり、弾かれ、交わる。激しい攻防、剣技の応酬。それはまるで剣舞のようだった。

 敵の重い一撃を何とか凌いだベルは、最後の攻撃を繰り出した。バックステップで意図的に距離を作り、僅かな時間を稼ぐ。腰を落とし重心を限界まで下げ、左手を前方に(かざ)す。剣を持っている右手を肩の上で大きく引き、狙いを定めた。

 五秒に満たない貯蓄(チャージ)──解放(バースト)

 敵の『要塞』を壊そうと、小細工なしの真正面から超高速で突貫した。

 突撃槍(ペネトレイション)

 武人はその心意気に応えようと、突き技を放った。

 両者の剣の鋭い切っ先が真正面からぶつかる。膠着したのは一瞬だった。

 そして、純白の世界の中で。

 ピキッ、ピキッと《ニュートラル》に亀裂が走っていくのをベルは見た。しまったと思った時には亀裂は剣の刀身に行き渡り、次の瞬間、呆気なく破砕する。ベルの剣を労わらない使い方に《ニュートラル》がとうとう音を上げたのだ。

 想定していなかったことにベルは硬直してしまい、そのまま奔流に呑まれた。抗う術を持たない身体は紙切れのように吹き飛ばされ、草木の上を何度も転がる。

 痛みで顔を歪めながらもすぐに体を起こそうとするベルだったが。

 

「……終わりだな」

 

 そんな言葉が送られた。

 ベルが視線を下げれば、喉元に剣の切っ先を軽く当てられていた。身体を包んでいた黄金の光粒も完全に溶け消え、『魔法』の効果が切れたことを告げる。

 男はベルを見下ろし、『敗北』を突き付ける。

 ベルは最後まで巻き返す方法が何かないか探ったが──戦意を静かに消失させた。苦笑いと共に、彼は言う。

 

「ああ、終わりだ。そして……私の完敗だ」

 

 男はその言葉を聞くと剣を引いた。腰の調革(ベルト)に留められている鞘を取り外すと、剣を仕舞った状態でベルに差し出す。目を丸くするベルに、彼は言葉少なく言った。

 

「……剣がなくては帰りが危険だろう」

 

「それはそうなのだが……しかし、貴方は大丈夫なのか?」

 

「……『上層』だったら得物(えもの)などなくても拳一つで事足りる」

 

 本当(マジ)かよとベルは思わず素で言いそうになったが、それを抑える。取り繕うように「ありがとう」と言って、彼は差し出された剣を受け取った。

 鞘から抜き出して確かめると、剣の性質は《ニュートラル》とほぼ同等のようだった。傷こそあるが、刃毀(はこぼ)れはしていない。剣の扱いでも負けたことに対して、片手剣使い(ソードマン)はもう笑うしかなかった。

 ベルは負っていた傷を癒す為に回復薬(ポーション)をガブガブと一気飲みする。傷が塞がったことを男は確認すると、背を向けて広間(ルーム)の出口に歩き始めた。

 

「待ってくれ! 貴方の真名()を、私はまだ聞いていない!」

 

 ベルが慌てて立ち上がり、そう、声を掛けると、男はぴたりと立ち止った。顔を振り向かせず、彼は背を向けた状態のまま言った。

 

「知りたければ、貴様も『此方(こちら)』に来るが良い。そうすれば、道は何れ交わるだろう」

 

「──なら、その時は! その時は再戦してくれるか!?」

 

「……良いだろう。その時は手加減なしで戦おう」

 

 そう言うと、男は広間(ルーム)をあとにした。

 ベルは彼を見送ると、すぐに、此処に居たら危険だと考えた。瓦礫(がれき)を漁り、下敷きになっていたボディバッグを引っ張り出すと身体に掛け、そして最後に地面に散らかっている大量の『魔石』とドロップアイテムを見た。

 これは自分が倒したモンスターから落ちた物ではないが、ベルは回収することにした。『魔石』を放っておくと『強化種』──通常のモンスターが『魔石』を喰らうことで変異する種──が出現する為、『魔石』の放置はご法度だ。

 疲弊している身体に鞭を打って、まず、『魔石』とドロップアイテムを一箇所に纏める。途中モンスターが何体か出現してきたが瞬殺する。

 それを数十分掛けて行い完了させると、ベルはボディバッグから、風呂敷を取り出して広げ──主神(ヘスティア)神友(しんゆう)から幾つか貰ってきた──そこに置いて包んで落ちないようにきつく結んだ。8階層という浅い階層であることが幸いだった。モンスターから落ちる『魔石』は小さいからだ。

 ベルはそれを背中に担ぐと地上に帰還する為、重たい身体を引き()って歩くのだった。

 

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