さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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『英雄』の在り処を、地精霊(ノーム)は語った

 

 太陽が燦々(さんさん)と輝き、東空に(のぼ)っていた。照りつく光と心地よい風を浴びながら、今日も人々は新たな一日を歩む。

 リリルカ・アーデは希望で顔を輝かせている彼等を見て羨ましく思った。自分には到底無理だと自虐し、彼等を極力視界に映さぬようフードを被り直す。

 摩天楼施設(バベル)の下にある中央広場(セントラルパーク)、そこに設置されているベンチに腰掛けてぼんやりと空を見上げた。

 

(遅いですね)

 

 広場(パーク)に置かれている時計を一瞥(いちべつ)すると、約束の時間が既に過ぎていた。

 約束の時間になっても、待ち人は来なかった。数日前に長期契約を結んだ雇用主が今日までに遅刻したことはなかったのだが──まあ、こんな日もあるだろうと考え、そう考えた自分に何よりも驚いた。慌てて顔を強く叩き、言い聞かせる。

 

(しっかりしなさい、リリルカ・アーデ。あの人は冒険者。(リリ)が忌み嫌ってやまない人種です)

 

 リリルカは胸中で呪文のように唱えた。強く念じ、開きかけていた心の扉を閉め、鍵を掛け直す。

 そして彼女は雇い主が来ない理由を考えた。一番に考えられるのは──そこで、人影がさした。降りかかる声。

 

「あー、間違っていたら申し訳ないけど。君がリリルカ・アーデ君かい?」

 

 幼いながらも美しい声音に導かれ、リリルカは顔を上げる。

 目の前には、肩掛けバッグを肩にかけている一人の幼い少女が立っていた。

 彼女は(つや)のある漆黒の髪の毛を二つに結んでいた。整っている顔に、幼い身体には不釣り合いな双丘(そうきゅう)。彼女の蒼の瞳が、リリルカの栗色の瞳をじっと見詰めていた。

 ──女神(めがみ)だ。

 下界の子供であるリリルカはその『神性』を感じ取った。しかしながら、と不思議にも思う。相手は自分のことを知っているようだが──少なくとも名前を知っているのは確定──彼女は女神のことを知らない。初対面の筈だが……怪訝な顔になる彼女を見て、幼い女神は顔を輝かせた。

 

「クリーム色のフード付きローブに、栗色の瞳に同色の髪の毛。そしてボクよりもほんの少し高い身長。ふっ、やっぱりボクの勘違いじゃなかったぜ」

 

 ドヤ顔になる少女を見て、リリルカは『あっ、これは神だな』という感想を抱く。彼女はそれを悟られないように注意しながら、にこりといつものように笑顔を浮かべた。

 

「確かにリリ──失礼致しました──(わたし)は、貴女の仰る通りリリルカ・アーデです。しかしながら女神様。(わたし)の記憶違いでなければ、私達は初対面の筈ですが」

 

「記憶通り、ボク達は今日が初対面だ。名乗るのが遅くなってすまないね。ボクはヘスティア。()の女神ヘスティアさ。ベル・クラネルの主神だと言えば早いかな」

 

「ベル様の……主神様?」

 

 小首を傾げるリリルカに、ヘスティアは「おうともさ!」と深く頷いた。

 喜怒哀楽が激しい女神だなと思いながら、なるほど、とリリルカは頷き返す。

 

「それで、ヘスティア様は(わたし)に何のご用件でしょうか? ベル様が未だに来られていない事と何か関係があるのでしょうか?」

 

 ある程度答えを予想しながらリリルカが尋ねると、ヘスティアは「ああ、そうだ」と言った。

 それから彼女は心から申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「ヘスティア様!?」

 

 超越存在(デウスデア)である女神に頭を下げられては、下界の子供であるリリルカにとっては堪ったものじゃない。近くを通り過ぎる人々から奇異(きい)の目で晒されながら、彼女は女神に顔を上げるように懇願した。

「すまないね」とヘスティアはもう一度謝罪をすると、リリルカの先程の質問に答えた。

 

「ベル君は急遽休暇をとることになった。だから今日は、君とはダンジョン探索に行けない。当日の(しら)せになってしまい本当にすまないと思っている」

 

 謝罪を受け取る前に、まず疑問が生まれた。

 

「は、はあ……それは分かりましたが。それはまたどうしてですか?」

 

 契約相手のプライベートに必要以上に踏み込むのは限りなくマナー違反だと分かってはいたが、リリルカは敢えて尋ねた。知る権利が自分にはあると主張する。

 ヘスティアは気分を害した様子を微塵も見せなかった。彼女はきょろきょろと辺りを見渡し、会話に聞き耳を立てている者が居ないことを確認すると、顔をリリルカに近付けて囁いた。

 

「……実はね。昨日のダンジョン探索中、謎の冒険者にベル君が襲われたんだ」

 

「……ッ!? 失礼ですが、それは本当ですか?」

 

「嘘だったら良かったんだけどね、残念ながら本当さ。ボクの眷族は昨日、ボロボロの恰好で本拠(ホーム)に帰ってきたんだ」

 

 ヘスティアは苦々しい表情でリリルカに語る。

 防具は全て破損、ロングコートも傷んでしまいとてもではないが着れる状態ではないという。幸い、友人から貰っていた回復薬(ポーション)のおかげで傷は全て塞がっていたらしい。とはいえ、回復薬(ポーション)は傷を治癒(ちゆ)する効能はあるが、失った体力までは戻らない。

 

本拠(ホーム)に帰ってくるや否や、力尽きたように眠ってしまってね。一晩経っても身体が怠そうで微熱があったから、懇意にしている【ファミリア】に診て貰ったんだ。その診察の結果、今日一日は寝台(ベッド)の上で寝るように言われてしまってね。今は看て貰っているんだ」

 

 主神であるボクが伝令役として此処に来たんだ、とヘスティアは言った。言葉を続ける。

 

「此方の都合で君には迷惑を掛けてしまって本当にすまないと思っている。ベル君も君の事を気に掛けていてね、せめて謝罪は自分の口から言いたいと言っていたが……病人を外に出す訳には行かないから無理矢理寝かしつけてきた。だから、という訳じゃないけれど、どうか許して欲しい。この通りだ」

 

「は、はい! それは仕方がないことですから! だから頭を下げないで下さい!」

 

「そうかい? いや、しかし……」

 

「寧ろわざわざ足を運ぼせてしまい申し訳ございません! ええ、ですから大丈夫です! 本当に!」

 

 今にも再び女神が頭を下げそうな雰囲気を出していたので、リリルカは早口で制止した。

 ヘスティアは「ごめんよ」と言ってから、肩掛けバッグを漁って巾着袋を取り出した。怪訝な顔になるリリルカの前で、彼女は袋を開けると中身を確認する。相当の金貨が詰まっているようで、ジャラジャラと音が鳴る。

 

(不用心……いえ、これは無警戒ですね)

 

 自分が周りからどう映っているのかを、目の前は女神はまるで考えていない。

 冒険者がダンジョンに行く朝の混雑時は過ぎているが、周りに人が居ない訳では決してない。幼い容姿の彼女が大金を持っていたら奪おうとする人間が居ても可笑しくない。それが女神に不敬だと分かっていても、犯行に及ぶ不届き者は一定数居るのが迷宮都市(オラリオ)だ。

 リリルカが内心では呆れていることを知らず、ヘスティアは中身を確認すると、

 

「よし、きちんと入っているね! はいこれ、アーデ君。これが迷惑料だ!」

 

 そう言いながら、リリルカに巾着袋を差し出した。

 リリルカは反射的に手を伸ばして受け取ってしまい、ずしりと重たい感覚が来たところでようやく我を取り戻した。

 

「あ、あのっ、ヘスティア! これ、かなりの大金なのでは!?」

 

「まあ、そうだね。20000ヴァリスかな」

 

「に、20000ヴァリス!?」

 

 中央広場(セントラルパーク)にリリルカの叫び声が大きく響いた。金の亡者である冒険者達が一斉に顔をこちらに向けてくる。

「おいおい、驚き過ぎだろう」とヘスティアが彼女の反応を見て呑気に笑う中、リリルカは迷った末に女神の手を取って歩き始めた。

 

「お、おーい? アーデくーん、何処に行くんだーい!?」

 

「場所を移動させて頂きます!」

 

「ヒュー、君も大胆だねえ!」 

 

「なっ……! 此処にいると危ないからですよ! 他意はありません!」

 

「まさか二人きりのデートを、自分の眷族以外の子供とするだなんて! これも下界の『娯楽』って奴かなぁ! あとでベル君に自慢しよう!」

 

 こ、女神(こいつ)……! リリルカは歯噛みした。先程まではこの迷宮都市(オラリオ)では非常に珍しい善性の持ち主だと思っていたのだが、その印象は一瞬で覆った。

 しかしながら、同時に、確かにこれは雇用主(ベル)の主神だとも納得する。今のヘスティアはダンジョン探索中にも関わらず、急に騒ぎ出すベルととても酷似していた。

 怒りを抱きつつ、彼女は安全な場所を探す。とはいえ、心当たりは一つしかないのだが。中央広場(セントラルパーク)を出て、北西のメインストリートに入る。

 魔道具(マジックアイテム)道具(アイテム)回復薬(ポーション)を売ろうと近付いてくる売り子をシッシッと手で追い払い、荘厳な大神殿──ギルド本部に入った。ロビーを横切って隅に設置されている休憩所に移動し、対面ソファに腰掛ける。

 

「なるほどねえ……確かに此処なら安全だ。よく思いついたものだね」

 

 感心したのか、ヘスティアがそう褒めた。

 ギルド本部にはギルド職員が常駐している為、金に目が眩んだ冒険者達に襲われる心配がない。管理機関(ギルド)の保護下に入ろうという彼女の判断はとても正しかった。

 

「ボクもギルドには用があったから助かったよ。それでアーデ君。君はボクに何を言いたいのかな?」

 

 そう尋ねてくるヘスティアに、リリルカは受け取ってしまっていた巾着袋をテーブルの上にドン! と置いた。彼女は女神の瞳を見詰め、説明する。

 

「ヘスティア様は、Lv.1の五人組パーティが一日に稼ぐ大まかな額をご存知ですか?」

 

「いいや、全然だ。恥ずかしながら、ボクはそこら辺に疎くてね。教えてくれるかい」

 

「約25000ヴァリスです。多少上下はしますが、この額がボーダーでしょう。ヘスティア様、これははっきり言って多過ぎです。そもそもの話、(わたし)がこれを貰う訳にはいきません。(わたし)は今日、ダンジョンに潜らないのですから」

 

 仕事していないのに給料を貰う訳にはいかないと、リリルカは申し出た。これは彼女の中で自分に課している規則(ルール)だった。『正当な報酬』以外は決して報酬として貰わないというものだ。

 ヘスティアは「おお!」と言うと、ウンウンと頻りに首を縦に振った。

 

「分かる、分かるぜ君のその気持ち! こう、罪悪感があるんだよねえ! ボクも突然おばちゃんから『はいヘスティアちゃん、これあげるよ!』って言われながらお金を渡されたら戸惑うよ!」

 

 共感してくるヘスティアに、リリルカは笑みを浮かべて「そうでしょう!」と、相槌を打った。

 

「ヘスティア様は女神様であるのにも関わらずアルバイトしていらっしゃるんですよね。とても素晴らしいことだと思います」

 

「えへへ~、そうかなあ! っておや、どうしてそのことを?」

 

「ヘスティア様はとても人気がありますから。何回か、『小さな女神様が働いているジャガ丸くんの屋台』のことを聞きまして」

 

 ほほう! と言うと、ヘスティアは鼻の穴を大きくした。得意げに胸を張る。大きな双丘がぶるんと音を立てて揺れた。自分の身体に多少なりともコンプレックスがあるリリルカは一瞬だけ真顔になってしまう。

 すぐに笑顔を纏い直した彼女は、ヘスティアに「そういうことですから」と言った。

 

「申し訳ございませんが、このお金は頂けません。ベル様にもそうお伝え下さい」

 

「うぅーん、しかし、そういう訳にもいかないんだよね。自分の事を棚に上げてしまうけれど、今日の稼ぎがないと君も困るだろう?」

 

「ご心配して頂きありがとうございます。ですが(わたし)は大丈夫です。一日くらい稼ぎがなくても野垂れ死にはしませんから。それにベル様には日頃からよくして頂き、お給金を多く貰っているので、多少ですが貯金もあります」

 

 最後にリリルカが笑みを向けると、ヘスティアは降参だと告げるかのように両手を挙げた。巾着袋をバッグの中に入れる。彼女はひらひらと手を振って、苦笑いしながら言った。

 

「しかし、君もその若さで苦労しているみたいだね。いや、安い同情じゃないぜ。気分を害したなら謝ろう」

 

「いえ、(わたし)はまだ恵まれていますよ。歓楽街に売り飛ばされたり、貧民窟(スラム)で細々とした生活を送るよりかは遥かにマシです。そう思わないと彼等に失礼でしょう」

 

 リリルカが自嘲気味にそう言うと、そんな彼女を女神は真っ直ぐと見詰めた。蒼の瞳が銀色に変色する。

 自分の全てが見透かされているような気になって、子供は視線を逸らした。ヘスティアは一度笑うと、「ところで」と話題を振った。

 

「まだ時間は大丈夫かい?」

 

「……? ええ、一日暇になったので大丈夫ですが……」

 

「そうか、なら君には色々と聞きたいことがあるんだ。是非とも聞かせて欲しい」

 

 聞きたいこと? 何だそれはと小首を傾げるリリルカに、ヘスティアは好奇心で顔を輝かせながら「うん!」と言った。

 

「聞きたいのは他でもない! ベル君についてだ! ダンジョンに潜っている時のベル君について教えて欲しい!」

 

「は、はあ……」とリリルカは思わず半端な返事をしてしまう。ヘスティアはテーブルをダンッ! と強く叩くとツインテールを躍らせながら力説した。

 

「ボクは知りたいんだ! あの子がどんな風に冒険しているのかをね! 何故かって? それはボクがあの子の主神(おや)だからさ!」

 

「へ、ヘスティア様声が大きいです! 声量を抑えて下さい!? 見て下さい、ギルド職員がこっちを睨んできてます!?」

 

 リリルカが慌ててそう言うと、ヘスティアは「むぅ」と頬を膨らませながら顔をギルド職員に向けた。

 そこには、美しいエルフのギルド職員が居た。眉を(ひそ)め、二人をきつく睨んでいる。

 身の危険を感じたヘスティアは咳払いを打ち、今度は落ち着いた様子で話した。

 

「ボクは、あの子がダンジョンに潜っている間基本的にはアルバイトをしている。バイトをしながらいつもあの子のことが心配なんだ。あの子は、ほら、薄々感じているかもしれないけどトラブルメーカーだからさ」

 

 眷族(こども)を想う主神(おや)の独白は続く。

 

「だからさ、いつも心配でね。ボクの方が早く本拠(ホーム)に帰宅するから、ボクはいつもあの子を待っている。ダンジョンは異常事態(イレギュラー)で満ち溢れている。生命の絶対の保証はない。帰宅時間だって、ここ最近は君という仲間が出来たからか遅くなっている。ああ、誤解しないでくれよ? 君を責めている訳じゃない。寧ろ君には感謝しているくらいだからね」

 

 話が少し脱線してしまったと、ヘスティアは詫びてから話を本筋に戻す。

 

「【ステイタス】を更新する時、あの子からダンジョンで起こったことをいつも聞いている。最近は君が話題に挙がることも少なくない。でも……だからかな。余計に気になるんだ。あの子が普段、どんな風に冒険しているのかをね。ましてや昨夜、全身をボロボロの状態で帰ってきたからさ、知りたいと思ったんだ」

 

 だから良ければ教えて欲しい──女神の御言葉に子供は考えるよりも早く頷いていた。

 それからリリルカはベルについて語った。ダンジョンでモンスターと戦う姿や、ひやりと危なかったこと、危険極まるダンジョン内なのにも関わらず突然大声を出してモンスターを引き寄せてしまったことなど、この数日間での出来事を彼の主神(おや)に伝える。

 全てを聞き終えたヘスティアは優しく微笑んで言った。

 

「ありがとう、とても面白い話だったよ」

 

「い、いえそんな……」

 

「そう畏まらないでくれ……って、言っても無理か」

 

 ひたすら恐縮するリリルカに、ヘスティアは苦笑した。

 ──そんな時だった。

 突如、ギルド本部に怒声が響いたのは。

 

「てめえ、ふざけてんのか!?」

 

 ビクッ! とヘスティアは小さな身体を震わせると、恐る恐る発生源に顔を向けた。

 それは、ギルドに設置されている換金所から出されたようだった。冒険者と思われる一人の男が、ギルド職員と激しい口論をしている。

 

「あれは……何だい?」

 

「ああ、ヘスティア様は初めて御覧になられますか。あれは金の亡者の冒険者が、『魔石』の換金率が低いと苦情(クレーム)を言っているんです」

 

「うへぇー、それは大変だねえ。とはいえまあ、彼がそうなってしまうのも仕方がないかもしれないな。ダンジョン探索は文字通り命懸けなのだから」

 

 とはいえ、自分の眷族はあのようにはなって欲しくないと思うが。そう思うヘスティアとは対照的に、リリルカの目は冷ややかだった。

 

「いえ、あれは冒険者の恥晒しですよ。全く、とても恥ずかしいです」

 

「お、おぅ……。なかなかに手厳しいね……」

 

「身内が騒ぎを起こしているのですから、こうなるのも必然でしょう」

 

「身内……? それじゃあ、彼は──」

 

「ええ、あの冒険者は私と同じ【ソーマ・ファミリア】の構成員です」

 

 ヘスティアの言葉を引き継いで、リリルカはそう言った。

 反射的にヘスティアはもう一度換金所に視線を送った。

 冒険者の男の様子は只事ではなかった。まるで何かに掻き立てられるようにギルド職員に詰まり、もっと多く換金しろと迫っている。背中に吊るしている大剣を今にも抜剣しそうな勢いだ。しかしながらギルド職員も肝っ玉があるのか引かず、真正面から睨み返している。

 換金所周辺では一触即発の雰囲気が流れていた。

 女神の勘が、あれは──あの冒険者は『普通』ではないと告げる。彼女は視線を戻すと、真剣な顔でリリルカに尋ねた。

 

「……あれは君の仲間なのだろう? とめなくて良いのかい?」

 

「無駄ですよ、(わたし)が声を掛けてもあの冒険者はとまりません。それに、(わたし)はあの人のことを知っていますが、あの人は(わたし)のことを知りませんから意味はないでしょう」

 

「……それは可笑しいだろう。同じ【ファミリア】に属しているんだ、そんなことが起こる筈が……」

 

「【ソーマ・ファミリア】の構成員はとても多いですから。人数だけなら大手派閥とも渡り合えます。それだけ多いと『顔は知っていても名前は知らない』ことも起こりますよ」

 

「……それは、そうかもしれないが……」

 

「それに、大丈夫ですよ。すぐに終わります」

 

「大丈夫って何が……!?」

 

「ほら、見て下さいヘスティア様。『口論』が終わりました」

 

 そんな馬鹿なと思いながらヘスティアが顔を向けると、リリルカが言った通りの光景が広がっていた。

 苦情を言っていた冒険者の男はギルド職員に唾を飛ばすと、舌打ちと共にギルド本部を出て行ったのだ。ギルド職員の「もう来るんじゃねえ!」という言葉を無視し、男は立ち去った。

 愕然とするヘスティアに、リリルカは言った。

 

「ギルド職員に楯突(たてつ)けば、私達冒険者は彼等の支援(サポート)を受けることが出来なくなります。最悪、要注意人物一覧(ブラックリスト)に登録されるでしょう。そうなったら『冒険者』という称号が剥奪され、ダンジョンに潜ることも出来なくなります。あの人もその境界が分からないほど愚鈍ではないということでしょう」

 

 やや間をおいて、ヘスティアは静かに問うた。

 

「ソーマは……主神はこのことを知っているのかい」

 

「さあ、どうでしょうか。組織の末端でしかない(わたし)には分かりません」

 

「なッ!?」

 

 驚愕で目を見開かせるヘスティアとは対照的に、リリルカはどこまでも落ち着いていた。

 リリルカがこれまでに語った【ファミリア】の実情に、ヘスティアは己の考えをぶつけようとして──それはマナー違反だと気付き口を噤んだ。

 各【ファミリア】にはそれぞれの運営指針がある。それに口出しをすることは禁じられている。それは都市の支配者である管理機関(ギルド)も同様であり、何か大きな問題事が起きないと対応しない。

 それ故に、ヘスティアは質問することしか出来ない。

 

「ベル君から聞いているけど、昨日は【ソーマ・ファミリア】は月に一度の集会があったそうだね。その集会にソーマは出席していたのかい?」

 

「いいえ、出席していませんよ。あの方は趣味神なので、【ファミリア】の運営には基本的には口出ししません。団長がソーマ様の代わりに(わたし)達組織の末端に指示を出し、(わたし)達はそれに従います」

 

「……」

 

「ヘスティア様はそれで【ファミリア】の運営が上手くいくのかとお思いでしょう。その疑問に答えると、答えは『イエス』です。極論を言えば、主神は『神の恩恵(ファルナ)』を刻み、【ステイタス】を更新するだけで良いんですよ」

 

 リリルカが言ったことは何も間違っていなかった。『神の力(アルカナム)』があるなら話は別だが、下界に降りた神は無力だ。『全知零能』である神は、一部の神を除いて戦うことすらままならなくなる。そう、彼女が言ったことは何も間違っていない。

 元より【ファミリア】の根幹はそこにある。

 神は『神の恩恵(ファルナ)』を授ける。

 下界の子供達はそれに感謝して神の為に動くことを誓う。

 それが分かっているからこそ、ヘスティアは何も反論出来なかった。

 

「君は……君は──いや、何でもない。忘れてくれ。今日はありがとう、君と話が出来て良かったよ」

 

「いえいえ、滅相もございません。ところでヘスティア様は先程ギルドに用があったと仰っていましたが、何の御用が?」

 

「……ああ、ベル君の担当アドバイザーと話があってね。しかしどうやら、彼女は今日此処に居ないようだから帰るよ」

 

「では、出口まで一緒に」

 

 リリルカとヘスティアはソファから立ち上がり、ギルド本部をあとにした。大通りに出て、二人は別れの挨拶を交わす。

 

「恐れ入りますが、ベル様には『お大事になさって下さい。今後とも宜しくお願いいたします』とお伝え頂けますでしょうか」

 

「君の言葉、確かに伝えよう」

 

「それではヘスティア様、(わたし)は此処で失礼致します」

 

 最後に一礼して、リリルカはヘスティアに背を向ける。雑踏に紛れる彼女をヘスティアは無言で見送った。

 

 

 

§

 

 

 

 雇用主の主神と笑顔で別れを告げたリリルカは、己の行動を反省していた。

 

(神には嘘が効きませんから……ほんと、困ったものです。話すのに疲れてしまいます)

 

 とはいえ、感触としてはそう悪くなかったと思う。少なくとも悪い印象はもたれていないはずだ。身内が馬鹿なことをしていなければもっと良かったのだが……そこは仕方がないと思うことにした。

 リリルカは誰にも尾行されていないことを確認すると、大通りから路地裏に入った。光がまるで射さない小径を通る。柄の悪い男達──所謂、日陰者達が真昼間から酒を飲んでいるのを尻目に、彼女は歩みを進めていった。

 角をいくつも曲がり、複雑な構造の道程を慣れた動きで歩いていくと、目当ての建物が現れた。

 少し開けた場所に佇んでいる木製の建造物──骨董品店『ノームの万屋(よろずや)』。

 リリルカはこの店の常連だった。ドアを開け、括り付けられている鐘を鳴らす。

 

「おお、お前さんか。会うのは久し振りかのぅ」

 

 カウンターで情報誌を読んでいたその老人はリリルカの来店に気が付くと、そう、声を掛けた。赤い帽子を被り──毛がないので隠しているのだろうとリリルカは思っている──白い髭をこれでもかと蓄えている彼は『地精霊(ノーム)』と呼ばれている精霊の一人である。

 精霊は、神に最も近しいとされる種族だ。『古代』の時代、『古代の精霊』達が神々の代わりに『力』を『英雄』達に与えていたということもあり、神の次に慕われている。基本的に精霊は自我が薄いのだが店主──ボム・コーンウォールははっきりとした人格を持っていた。

 リリルカは差し出された冷水を受け取りながら答える。

 

「……ええ、そうですね。最近は新しい雇用主のもとで働いていますから。必然的にこの店に来ることもなくなります」

 

「そうか、そうか。それは良かったのぅ」

 

「……世間話は後でも出来ます。まずは鑑定の結果を教えて下さい」

 

 爺との再会を喜ぶよりもよりもそっちの方が優先度が高いのじゃな……店主は寂しそうにそう嘆きつつ、一度、店の奥に姿を消した。硝子(ガラス)のケース内に並べられている色とりどりの宝石群を眺めながら待つと、店主はすぐに帰ってきた。

 その両腕には一本の短剣が大事そうに抱えられている。ボムはカウンターの上にそれを置くと結果を告げた。

 

「鑑定の結果、申し分のない得物じゃった。流石は『クロッゾの魔剣』と言ったところかのぅ。しかもまだ一度も使われていないときた。文句の付けようのない一級装備品じゃよ、これは」

 

「当然です、(わたし)もかなり危ない橋を渡ったのですから」

 

「声を上げて驚いてしまったわい」

 

「……そうですか。腰を痛めないで良かったですね」

 

「ほんと、お主は冷たいのぅ……。顔に似合わぬ毒舌。はあ、もう少し愛嬌というものを覚えた方が良いと思うんじゃが。そんなんじゃ嫁の貰い手が見付からんぞ」

 

 遠慮ない言葉にイラっとしつつも、リリルカは平静を装って言う。

 

「……それで、結局幾らですか」

 

「そうじゃのぅ……300万ヴァリスでどうじゃ」

 

「それでお願いします。支払いはいつもの方法で!」

 

 現金な奴じゃ……と呆れる店主を他所に、リリルカは内心の喜びを抑えることが出来なかった。

 300万ヴァリス。鑑定を依頼する前におおよその予想はつけていたが、その額には驚き、ついつい喜んでしまうというものだ。

 そこからは淡々とやり取りが進み、ものの数分で終わった。今日は一日暇だ、良い額を提示してくれた店主に付き合うのも悪くないだろう。いや、それが良い。

 リリルカは有頂天だった。そんな彼女を見て、ノームはおもむろに口を開けた。

 

「のぅ……そろそろやめにせんか?」

 

 それまでの機嫌の良さが、そのたった一言でなくなる。無表情になるリリルカに、ノームは窘めるように言った。

 

「最近、冒険者の間で噂になっとるよ。手癖の悪い小人族(パルゥム)が金品を盗んでいるとな。パーティ全体が被害に遭ってからは下級冒険者を中心に広がっておる」

 

「……」

 

「お主の『秘密』にまで辿り着く者が現れても可笑しくはない。いや……もう現れている。先日はそのパーティに『正体』がバレてしまったのじゃろう?」

 

「…………」

 

「儂はお主の『協力者』じゃ。もしお主が管理機関(ギルド)に突き出されたら、一緒に捕まる覚悟はとうの昔に出来ておるし、それを違える気はさらさらない。じゃがなあ……そろそろ潮時じゃと思うんじゃ」

 

 ノームはさらに言った。優しい言葉を投げかける。

 

「今ならまだ間に合う。数週間──一ヶ月もすればお主のことは忘れ去られるじゃろう。だから、のぅ、これを契機に足を洗ってはどうじゃ。お主──リリちゃんの事情は分かっている。住む場所がないというなら此処を使っても良いし、何なら一緒に──」

 

「ごめんなさい、ボムお爺さん。それは出来ません」

 

 言葉を遮って、リリルカはそう言った。

 口を閉ざすノームに、彼女は無表情で言葉を続ける。

 

(わたし)は……リリは【ソーマ・ファミリア】の眷族です。(わたし)が此処に居ることを知られたら、冒険者達は此処を襲いにくるでしょう。少なくとも、前回はそうでした。(わたし)が言えたことではありませんが、冒険者は屑です。自分のことしか考えず、目先の欲に従い、周りのことなんて何も考えない……」

 

「リリちゃん……」

 

 悲しそうに目を伏せるボムに、リリルカは「でも!」と叫んだ。

 

「でも、あと少しでそれも終わりです! 【ソーマ・ファミリア】を脱退し、一般市民になれば、彼等もリリに構うことはないでしょう! そして、目標金額まであと少しです。今回の『クロッゾの魔剣』であと本当に少しになったんです。今の雇用主は比較的良い方で『正当な報酬』を貰っていますから、犯行に及ぶつもりはありません」

 

 だから──と彼女は言葉を続ける。

 

「だから──リリが【ソーマ・ファミリア】を脱退したら、その時はっ! 一緒に住んでも、良いですか……?」

 

 此処が、この小さな店がリリルカにとって最後の居場所だった。『運命』という言葉がリリルカは大嫌いだが、しかし、ボムとの出会いは『運命』という言葉で表現しても良いと思っていた。

 だから、それに縋ってしまう。最後の『希望』に頼ってしまう。

 静寂が降る。長い長い時間の末、ボムはおもむろに頷いた。

 

「リリちゃんが心からそれを望むなら、こんな老いぼれの爺でも良いのなら、儂は喜んでお主を歓迎しよう」

 

 リリルカはその言葉を聞いて顔に花を咲かせた。

 仮初のものでない、彼女の本当の笑顔。そんな彼女を見ながら、ボムは声を掛けた。

 

「お主は『冒険者』が──『英雄』が嫌いじゃったな」

 

「……? ええ、そうですが……それがどうかしましたか?」

 

 小首を傾げるリリルカに、ボム・コーンウォールは──地精霊(ノーム)は彼女の栗色の瞳を真っ直ぐ見詰めながらぽつりと言った。

 

「『英雄』はまるで『風』じゃ。ふらりと現れては、歴史に名を刻んでいく。かと思えばすぐに居なくなってしまう。それを延々と繰り返す。今この瞬間も『英雄』は産声を上げているやもしれん」

 

「……何を言いたいんですか?」

 

「リリちゃん、『英雄』は確かに居るんじゃよ。ましてや『英雄都市』と言われている迷宮都市(オラリオ)なら尚の事。『神時代』になってからはやくも千年が経っておる。嘗ての最強派閥(ゼウス・ヘラファミリア)が壊滅してからは数年じゃ。両派閥が『黒龍』に敗れたと聞いたときはもう駄目かとも思ったものじゃが……しかし、それは大きな間違いじゃった。『英雄の雛』は残っていたのじゃ。雛達は成長し、悪が台頭し、支配した『暗黒期』を乗り越えた。そして今代(こんだい)。これ程の『英雄候補』が集まるということも珍しい。きっと『約定(やくじょう)』は果たされるじゃろう」

 

「……だから、ボムお爺さんは何を言いたいんですか!?」

 

 脈絡のない話に苛立ったリリルカが声を荒らげるが、ボムはそれを無視する。そして精霊は言った。

 

「きっと、リリちゃんの前にも『英雄』は現れる。儂はそう思う」

 

 ──そんな訳がない! リリルカは声を大にしてそう言いたかった。ボムの言葉を否定して『英雄』なんていないのだと、存在しないのだと言いたかった。

 少なくとも彼女はそう思っていた。

 だが、この時彼女はボムの言葉を否定出来なかった。反論出来なかった。

 それは、この世で最も信頼しているボムが言ったからかもしれないが、あるいは──。

 リリルカはそこまで考え、迷いを断ち切るように顔を横に振ると、カウンターの上に置かれていた宝石を手に取った。懐に大事に入れる。

 

「次は【ファミリア】を脱退した時に来ますね」

 

 ボムに別れを告げ、リリルカは骨董品店を出た。

 路地裏を通って、目抜き通りに向かいながら、リリルカはボムから言われたことをもう一度考えた。

 ──きっと、リリちゃんの前にも『英雄』は現れる。

 リリルカはフッと嗤った。ボムには悪いが、その言葉を否定する。

 

(ボムお爺さんの言う通り、『英雄』は居るのかもしれません。でも、私には絶対に現れない。だって(リリ)は──)

 

 ────何もない『才無き者』なのだから。

 

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