太陽が
──早朝。
そして、その中には白髪紅目の少年が紛れていた。
近くの冒険者達が私服姿の彼に奇異の視線を寄越すのも気にせず、彼は西のメインストリートをずいずいと進んでいく。自分が目立っていることに、彼は全く気付いていなかった。
少年──ベルは
(リリは何処だろう……?)
ベルがきょろきょろと辺りを見渡してパーティメンバーを探していると、一つの声が後ろから掛けられた。
「ベル様、此方ですよ」
その声に従って振り返ると、そこには彼の仲間である
彼女はにこりと柔和に笑いながら「おはようございます!」と挨拶した。ベルも笑顔で挨拶を返す。
「リリ、昨日は──」
「謝罪は結構です」
「だ、だが……」
「ヘスティア様から充分過ぎる程に頂いているので大丈夫ですよ。それよりも……──」
リリルカは台詞を遮ってそう言うと、ベルの全身を観察した。武器である長剣こそ腰に
「ベル様、怪我がまだ完治されていないのでしょうか?」
身体の容態を心配してくるリリルカに、ベルは「いいや!」と笑顔を向けた。
「身体はナァーザ──
「おお、それは良かったです。冒険者は身体が資本。ましてやベル様はこれからがダンジョン探索の本番ですからね。本当に良かったです」
「ただ、武器と防具がなくなってしまってな。だから本当にすまない、リリ。二日連続……いや、君にとっては三日連続となってしまうが、今日もダンジョン探索は中止にさせて欲しい」
「それは構いません。しかしながらベル様、昨日は緊急事態だった為キャンセル料を頂きませんでしたが、今回はそちらの都合なので頂きます」
そう言うと、リリルカはバックパックの中からファイルを取り出すと、一枚の羊皮紙をベルに見せた。
そこには彼女が語った内容が書かれており、詐欺ではないことを証明している。ベルは目を通して頷くと、財布から指定額を取り出した。リリルカに「これで良いか?」と言いながら手渡す。彼女は足りていることを確認すると、無言で頷いた。
「それではベル様、明日からも宜しくお願いいたしますね。場所と時間は此処で宜しいでしょうか?」
そう尋ねるリリルカに、ベルは「ああ、それで構わない」と言うと、彼女が離れないうちに、そのまま言葉を続けた。
「リリは今日、この後何か用事はあるか?」
「……いいえ、何もありませんが」
「そうか、それは良かった! なら、もし良かったら私の買い物に付き合って欲しい!」
リリルカが怪訝そうにしながらも答えると、ベルは顔を輝かせて彼女を誘った。身体を硬直させる彼女に、彼はさらに続けて言った。
「私は冒険者としてはまだまだ駆け出しだ。私よりも断然冒険者歴が長いリリに、教えて欲しいことが山のようにある!」
「は、はあ……。しかし、ベル様、買い物とは武器と防具のことですよね。リリがどうこう言うのではなく、ベル様ご自身が選ばれる方が良いと思いますが」
「それはそうなのだが、君は長い間サポーターをやっているのだろう? その視点が是非とも欲しいんだ!」
期待で輝く
これは本当に
「あー、もう! 分かりました! 確かに暇ですし、ベル様にお付き合いしますよ!」
やけくそ気味にそう叫ぶと、周りの冒険者達が「何だなんだ!?」と好奇の眼差しを送ってくる。カアッ、と羞恥で表情を赤く染めたリリルカは、声を上げて笑っているベルを強く
「……それで、
「うーん、そうだなぁ……。リリは何処が良いと思う?」
「……もしかして、何も決めていなかったんですか?」
その質問に、ベルは何故かドヤ顔で大きく頷いた。
「ぶっちゃけ、私は都市の構造を全く知らない!」
ベルがそう言うと、リリルカは呆れの眼差しを彼に送った。嘆息すると、彼女は「それなら」と提案した。
「【ヘファイストス・ファミリア】はどうでしょうか。ちょうどすぐ上にテナントがありますよ」
言いながら、上空──厳密には、
「なるほど、そう言えばそうだった。すっかりと失念していたよ」とベルは笑うと、一度考える素振りを見せる。
「【ヘファイストス・ファミリア】以外ですと……次に名前が上がるのは【ゴブニュ・ファミリア】でしょうか。知名度は【ヘファイストス・ファミリア】に比べると低いですが、腕が立つ
「へえ……そうなのか。他にはどのような【ファミリア】があるんだ?」
「そうですね……リリが知っているのは……──」
ベルはリリルカの話を聞くと、かえって、何処の店に行くのか決めかねたようだった。両腕を組んで悩まし気な表情を浮かべる彼に、サポーターは提案する。
「時間は充分あります。まずは最寄りの【ヘファイストス・ファミリア】に行けば良いと思います」
「……うん、そうだな! そうしよう! それじゃあ行こうか、リリ!」
ベルとリリルカは方針を決めると、
バベル一階は玄関の役割があり、主要施設は二階からだ。二階は簡易的な食堂があり、三階にはギルド本部と比べると規模は小さいが換金所が備わっている。
「あれ?
階段を使って三階まで昇り、広間の中心に向かうと、ベルが戸惑いの声を上げた。
一階から三階までは階段での昇り降りだが、これより先は階段ではなく昇降盤を用いる必要がある。文字通り、階層間を昇降盤が行き来するのだ。これに搭乗者が乗ることによって、階段よりも早く、体力を使わずに行き来することが可能となっている。この昇降盤は魔石製品の一つであり、神達が『エレベーター』と呼んでいたことから、下界の住人達もあやかってそのように呼んでいた。
しかしながら、いくつもある筈の円形の台座は一つもなかった。リリルカが「今は全部起動されているみたいですね」と、ベルの疑問に答える。
「ベル様は【ヘファイストス・ファミリア】のテナントに行ったことがありますか?」
「ああ、一度だけだが。その時は友人──フィンが案内してくれた」
「……そ、それは良かったですね」
引いたようにリリが呟く。
二人が喋りながら待っていると、程なくして、一つの昇降盤が降りてきた。ベルとリリルカが降りてくる搭乗者の為に道を空ける。昇降盤はゆっくりと地面に着いて、やがて停止した。
「……」
昇降盤には一人の男が乗っていた。獣人の特徴の一つである獣耳──
男の視線が、二人に注げられる。そして、
(この男、何処かであったことがあるような……。この異様な存在感、もしかして──)
ベルは違和感を抱き正体を探ろうとするが、それよりも早く、男が先に視線を切った。男はベルとリリルカが事前に用意しておいた空間を通ると、そのまま、一言も言葉を発せず立ち去った。
(あれだけの巨体なら足音が出そうなものだが……凄いな、全然立たなかった。彼という存在をまるで感じさせなかった)
感嘆しつつも、やはりベルは違和感を拭い去れない。一番可能性が高いのは『あの男』だが……そこまで考え、彼は思考を断ち切った。もし自分の推測が正しくとも、証明する手筈がない。何よりも、『あの男』とはきっといつか、道の交わる時が来るのだから、その時を待とうと思った。
そしてベルは、仲間の少女が尋常ではない様子に気が付いた。身体を震わせているリリルカに目線を合わせ、慌てて声を掛ける。
「リリ、どうした、大丈夫か!?」
「……だ、大丈夫です」
「いや、大丈夫って、そんな様子で言われても──」
「……本当に大丈夫ですから。ベル様、まずは
そう言われてしまっては、ベルは一度引き下がるしかなかった。彼はリリルカを連れて台座に乗ると、備え付けられている装置を操作する。すると魔道具は起動し、昇降盤は地面から離れて浮遊し──昇り始めた。
昇降盤が一定の速度で上階へ昇る中、リリルカが落ち着きを取り戻して言った。
「さっきの男性ですが……間違いありません、あれは【
「……【
「ええ……【
世情に疎いベルであったが、【
都市最強派閥の一角【フレイヤ・ファミリア】に所属している冒険者。『
「……何をされた訳ではありません。ただ、至近距離で対峙しただけです。ただそれだけのことで私は心臓が握られているような錯覚に襲われました」
お恥ずかしいところをお見せしました、とリリルカはベルに謝罪した。ベルは「謝るようなことじゃない」と彼女をフォローする。
「しかし、【
「……? それはどういう意味だ? 冒険者なのだから、ダンジョンに潜るのは当たり前だろう?」
「ええ、ベル様の疑問は尤もです。ですがそれは、あくまでも下級冒険者の話になります」
言っている事が分からず、ベルは首を傾げた。そんな彼にリリルカは苦笑すると、言葉を続ける。
「リリ達のような下級冒険者は自分の好きなタイミングでダンジョンに潜ることが出来ますが、上級冒険者……都市を代表する第一級冒険者になるとそれは難しくなります」
「それはまたどうしてだ?」
「一つは、【ファミリア】を守る為です。ベル様もご存知だとは思いますが、【ファミリア】の活動には神々の代理戦争という側面があります。今は平和ですから想像が難しいですが、昔は【ファミリア】間での
もう一つは、と彼女はさらに続けていた。
「もう一つは、都市を守る為です。【ファミリア】はあくまでも一組織でしかなく、
「都市を守る……? 外敵でも居るのか?」
「ええ、居ますよ。一つは人類共通の敵である『モンスター』。特に世界三大
世界三大
「もう一つは、
「確か……『
「そうです。リリ達がまだ子供の時、絶望に覆われた時代がありました。冒険者、民衆を問わずして死者は後を絶たず、同族であるヒトを殺し合う……そんな時代が数年前までは『世界の中心』である
「ある意味、モンスターよりも劣っていたでしょうね」とリリルカは言うと、さらに言った。
「その『暗黒期』を終わらせたのが、現在の第一級及び第二級冒険者達です。【
「それは……凄いな……」
「この時ばかりは【ファミリア】の垣根を越えて冒険者達は協力しました。
「それは良かったが……しかし、
ベルのその疑問に、リリルカは静かに首を横に振った。
「確かに勝ちましたが、完全勝利ではありません。黒幕である
「…………」
「他にも、
そこまで話を聞いたベルは一度瞬きすると、何かを憂うように溜息を吐いた。
リリルカは隣に立つ彼の普段とは違う様子に驚きながらも「話を戻しますが」と脱線していた話を本筋に戻した。
「【
「そうなのか……」
「第一級冒険者がダンジョンに行くところを他の冒険者が目撃したらすぐに情報は広まります」と、リリルカは言った。彼女は続ける。
「つい最近は【
リリルカがそう締め括ると、
バベルの四階から八階は【ヘファイストス・ファミリア】がテナントを独占している。高い金額を請求されるのにも関わらず、数階層に渡って店を出しているのは【ヘファイストス・ファミリア】だけだ。四階に近いほど高い性能を誇る一級品装備が、八階に近いほど品質は下がっていき……ベル達が現在居る八階では【ヘファイストス】のロゴは許されていない……つまり、【鍛冶】の『発展アビリティ』を修得していないLv.1の
フロアには
「さて、ベル様。まずは何を見ますか? いえ、失礼しました。まずは予算を聞かせて下さい」
「100000ヴァリスかな」
「100000ヴァリス!? ──ハッ、失礼しました。そ、それは……かなりありますね」
戦慄するリリルカ。
ベルは苦笑いしながら右手の人差し指で片頬を掻き、リリルカに朝の出来事を語った。
「
「あははは……しかしヘスティア様のお気持ちも分かるような気がします。ベル様はどうやら
「……まあ、そうだな。彼女には心配を掛けているし、甘んじて受け入れようと思う」
リリルカはにこりと笑うと、「まずは何を探しますか?」とベルに尋ねた。
「うぅーん、そうだなあ……まずは防具から見ようかな。
「分かりました! ベル様は軽装ですから……確か、此方に取り扱い店があった筈です!」
リリルカの案内のもと、ベルはとある防具店に入った。そこは軽装を取り扱っている専門店であり、店内には数名の冒険者達が先客として居た。その横にはスタッフがおり、客の相談や質問に応じている。
ベル達に気が付いた、齢四十ほどのドワーフの男が「いらっしゃい!」と声を張って挨拶した。
ベルはそれに明るく返しながら、スタッフに話しかけた。
「すまない、出来る限り軽く且つ急所を守れる防具を探しているのだが……」
「なるほど、幾つか見繕ってみましょう」
「頼む」
スタッフとは一旦そこで別れ、ベルはリリルカと一緒に店内の中を歩く。軽装、と一口に言っても様々な物があり、気になった商品を手に取って確かめる。
軽く叩いて強度を推し量っていると、スタッフがベル達に声を掛けた。
案内された大きな
「──うん、これにしようと思う」
スタッフやリリルカと相談した結果、ベルは一つの防具を選んだ。
それはライトアーマーだった。胸当てや膝当て、小手、腰部など、最低限の箇所を守っている。逆に言えば、最低限の箇所しか守られていない。
素材にはドロップアイテムである『キラーアントの硬殻』を主に使っており、確かな防御力がある。そして何よりも、軽い。
ベルの要望である『出来る限り軽く且つ急所を守れる防具』をこのライトアーマーは体現していた。
価格の25000ヴァリスを支払うと、スタッフが
「送料は無料です。今晩の夜にでも届くでしょう。如何しますか?」
ベルは逡巡してから、それを丁重に断った。
【ヘスティア・ファミリア】は現在
「それなら、ボックスに入れますね」
スタッフはそう言うと、慣れた動作で素早く木製の箱に詰め込んだ。蓋をすると、ベルに手渡す。
ベルは「ありがとう!」と笑顔でお礼を言うと、スタッフに見送られながら退店した。先に出ていたリリルカと合流する。
「
「はい! ベル様、此方ですよ!」
リリルカはそう言って、ベルを次の店に案内した。八階から七階に移動する。そこはベルが使用している
店内に入ると、先程の店と同様、自分が希望している物をスタッフに伝える。案内されたテーブル席で待っていると、リリルカが「ところでベル様」とベルに話し掛けた。
「前々から気になっていましたが、ベル様はどうして
「……ああ、その事か」
「気分を害されたのなら申し訳ございません。ですが、ベル様の体格、そして戦闘
「どうにも、他の武器種では違和感があるんだ。何ていうのかな……身体が武器に振り回されるというか……」
「なるほど。そうなると、ベル様に適性のある武器種は限られているということになりますね。これだけは絶対に使えないという物はありますか?」
「弓矢かな。距離感がいまいち摑めなくてな」
恥ずかしそうに苦笑いするベルに、リリルカは「そんな事はありませんよ」とフォローする。
「近接戦闘を主流とする剣士が遠距離武器を使う際、ベル様のようになる方は決して少なくありません。遠近、どちらの戦いも出来る万能型の冒険者はあまり居ません」
リリルカがそう言ったタイミングで、数名のスタッフが長剣を抱えてやってきた。テーブルの上に慎重に置き、見映えよく綺麗に並べる。
スタッフを代表して、ヒューマンの男がベルに言った。
「お客様が希望した、『頑丈な剣』は此方となっています」
「ああ、ありがとう。何かあったらまた呼ばせて貰う」
「畏まりました。その際は何なりとお申し付けください」
スタッフは一礼すると、邪魔しないようにベル達から離れて行った。
「さて」とベルは気合を入れると、並べられた武器を
「『頑丈な剣』をベル様は欲しいようですが、それはまたどうしてですか? ベル様の戦闘
「私もそうは思うのだが……私の剣の扱いがあまりにも悪すぎて、すぐに駄目にしてしまうんだ。実は恥ずかしながら、冒険者になってからまだ数ヶ月も経っていないのに剣を何本も折っていてな」
「あー、確かにそれはありますね。実のところ、ダンジョン探索中リリも何回か思っていました」
仲間の少女である突然の告白に、ベルは苦笑を深くした。「そういう訳だから」と彼は手に持っていた剣をリリルカに見せる。
「まずは耐久度がある剣を使って、武器の扱い方を矯正しようと思う」
「そういう事なら納得です。
「まあ、いつかは装備出来ると思ってコツコツとお金を貯めるさ」
ベルはそう言うと、本格的に商品を見始めた。スタッフの許可を得て、気になった剣を空振りし、使い易さを確認していく。自分に合わないと感じた物はすぐに返し、スタッフが新たに持ってきてくれた物を受け取り、試し振りを何度も繰り返す。
空気を裂いていると、椅子に座っていたリリルカが声を掛けた。
「前々から気になっていたのですが、ベル様の戦い方は我流ですか?」
「……? そうだが、それがどうしたのか?」
「いえ……ただ、我流にしては随分と完成されているなと思いまして」
「そうか?」
「ええ、はい。少なくとも、剣の
リリルカはフードの奥で探るように目を細めて、そう、感想を言った。それに気付かないベルは「ありがとう!」と無邪気に喜ぶ。
それから数分後、
「──うん、これが一番手に馴染む」
試し振りを終えたベルは一本の長剣を手に取った。ベルがそれまで使っていた《ニュートラル》よりももやや太い刀身の両刃の刀剣。重量も《ニュートラル》と比べるとあるが、【ステイタス】が伸びているので、重すぎて振れない、という事は決してない。
《プロシード》という銘を持つ長剣は、
「スタッフ、忙しい所すまないがこれを買いたい!」
値段の50000ヴァリスを払ったベルは、防具を買った時と同様、
するとスタッフが「それなら、少々お待ち下さい!」と言い、店の裏に回った。一分も経たず戻ってきた。
「こちら、剣帯です。差し上げます。宜しければお使い下さい」
「えっ、良いのか?」
「はい! 是非ぜひ!」
「お気になさらず!」と笑顔で言うスタッフ。
ベルは逡巡した後、言葉に甘えることに決めた。受け取った剣帯に《プロシード》を差し、身体に巻き付ける。
スタッフに見送られて店を出たベルとリリルカの二人は、
「リリ、四階に行って一級品装備を見ても良いか?」
「構いませんよ、ベル様」
円形の台座に乗り、ベル達は七階から四階へ移動した。【ヘファイストス・ファミリア】最高峰の武具が売られているとだけあって、四階には、一目見て歴戦の冒険者だと分かる者達が大勢居た。
「わぁお……【ファミリア】の全財産を投げ打っても、一つも買えないぞ……。というか、この長剣なんて家が建てられるんじゃ……」
「ちなみに、先程リリが言った
「
ベルが思わず素で呟くと、リリルカはにっこりと「本当です」と言った。
金銭感覚が可笑しくなりながら、フロアを見て回る二人。そして彼等は一つのコーナーで立ち止まった。
「凄いな……これが全部『
その店で取り扱っているのは、全て『魔剣』だった。
──『魔剣』。
使うだけで『魔法』を引き起こす異端の武器。流石は【ヘファイストス・ファミリア】と言うべきか、『魔剣』専門店も幾つか開かれていた。
「お客様、当店をご利用されますか?」
上級冒険者だと思われる獣人の男が、店に入ろうとするベル達に声を掛けた。【ヘファイストス・ファミリア】の紋章が制服に縫い付けられていることから、派閥の構成員である事が分かる。
「ああ、そのつもりだ。とはいえ、見ての通り私達にはこの素晴らしい『魔剣』を買える程の財力はない。だから、見て回ることだけになってしまうが……」
「構いません。ただし、当店のルールとして、装備は全て預からせて頂きます。無論、退店される際に返却致します」
それがルールならと、二人は持っている物全てを店に預ける。そして彼等は店に入った。
「凄い、としか言えないな……!」
数えるのも億劫になる程、多くの『魔剣』が売られていた。
強盗されないようにする為か、他の店とは段違いに厳重に保管されている。勤務しているスタッフも多く、まるで国宝扱いだな、とベルは思った。
(いや……事実国宝だな。『魔法』を──『奇跡』を人為的に引き起こせるのだから、こうなるのは当然か……)
ベルとリリルカは無言で店を回った。
(……?)
その最中ベルはある事が気になったが、それを口に出す事はしなかった。数分後には店内を一周する。客である以上、迷惑行為をしなければベル達はもっと居ても良いのだが、彼等はそれをせずすぐに退店した。
預けた物を全て返却して貰ったベル達は、フロアに設置されているベンチに腰掛けた。
「リリ、一つ気になった事があるのだが……」
「はい? 何でしょうか?」
「今行った店に売られていた『魔剣』だが、安くなかったか? それとも、私の感覚が可笑しいのか?」
ベルの質問に、リリルカは「そこに気付くとは流石ベル様です」と称賛してから、肯定の頷きを返した。
「ベル様の感覚は至って通常です。先程行ったお店で売られている『魔剣』は安いです」
「やはりそうか……。殆どが100万ヴァリスから1000万ヴァリス辺りだっから、可笑しいと思ったんだ。そうなると、さっき行った店は比較的安い商品を取り扱っていたのか?」
「いいえ、それは違いますよベル様。
「『普通の魔剣』……? それはいったいどういう事だ?」
ベルは意味が分からず困惑する。
そんな彼に、リリルカは説明を始めた。
「『魔剣』という武器は『魔法』を放つ事が出来るとされています。とはいえ、厳密にはこれは違い、『魔法』を超えることは出来ないとされています。いつ砕けるか分からない、絶対に折れる武器。つまり『魔剣』とは『魔法』の劣化版でしかありません」
しかしながら、とリリルカは続ける。
「ところが、数年前──『暗黒期』末期に、『魔法を超える魔剣』が突如として出ました。それは当時の【
「……」
「それまでの常識を、その『魔剣』はあっさりと覆しました。記録によれば、あまりにも危険な為、『魔剣』を鍛冶師に打たせないようにすべきか議論されたことも何度かあるようです。しかしながら、未だに結論は出されておらず『保留』扱いとなっています。そして、その鍛冶師は現在も、求められるがままに『魔法を超える魔剣』を打ち続けています」
「…………」
「現在、
ベルはリリルカの言葉を黙って聞いていた。そして、閉ざしていた
「教えてくれてありがとう、リリ。それじゃあ、バベルを出ようか」
リリルカに小さく笑いかけ、ベルはベンチから立ち上がると
二人は四階から一階に降り、玄関を出る。強い陽射しを浴びながらベルはリリルカにお礼を言った。
「今日はありがとう、リリ。とても楽しい時間を過ごすことが出来た!」
「いえいえ、そう思って頂けたのならリリも嬉しいです。しかしベル様、他の物はどうされるのですか?」
「あとは一人で買いに行こうと思う」
「分かりました。そういう事なら、リリは此処で失礼しますね。確認ですが、明日からダンジョン探索を再開する、という事で宜しいでしょうか?」
「ああ! 明日は身体の調子が良かったら、10階層に進出しようと思っている!」
ベルがそう言うと、リリルカは「おお!」と驚いた。それから満面の笑みで言う。
「ならばリリも、頑張るベル様に負けぬよう、精一杯のサポートを行わせて頂きます!」
それではベル様、さようなら! と彼女は別れの挨拶をすると、円形広場を出ていった。
ベルは彼女を見送ると、北のメインストリートへ足を運んだ。この大通りは衣服関係を取り扱っている店がとても多くあり、各種族を対象とした店が営業している。冒険者が身に纏う
「ヘスティアが教えてくれた店は……──」
今回、ベルはそれまで使っていたロングコートを購入しようと考えていた。着心地が良く、これからはその店を贔屓にしようと思っていたのだ。
ヘスティアが描いた簡易的な地図を見ながら大通りを進んでいくと、ベルは、人集りが一つ道端に出来ていることを見付けた。気になって近付くと、人集りの中心部では屋台があるようだった。
(ジャガ丸くんの屋台か何かか……?)
ジャガ丸くんは
最初はそう思ったベルだったが、すぐに自身の考えが間違っていることに気付く。というのも、集まっている人々は殆どが『
ベルが首を傾げた、そんな時だった。
「此方では、
女性特有の美しいソプラノの声がベルの耳朶を打つ。
ベルはその声に聞き覚えがあった。どうやらこの騒動を作っているのは友人のようだと気が付いた彼は、人集りが崩れるまで待つことにした。
(……)
邪魔にならないよう遠くから眺める。数分後、それまであった人集りはすっかりとなくなり、屋台と一人の女性だけが残っていた。
「申し訳ございません、
その女性は作業していた手を止めて顔を上げると、
「久し振りだな、アミッド女医!」
「……久し振り。そうですね、直接会って話すのは久し振りですか」
「……?」
「いえ、何でもございません。こんにちは、ベルさん。お久し振りです」
まるで精緻の人形のような少女──アミッド・テアサナーレはそう言うと、薄く微笑んだ。
そして、彼女はそのままベルの全身を観察し、両腕に抱えられているボックスと身体に巻かれている剣帯に視線を送る。
「買い物をされているのですか?」
「実はそうなんだ。装備一式を買っていてな。あとは
「ああ、なるほど。此処……北のメインストリートは服飾関係で賑わっていますからね。私も行きつけのお店があります」
彼は屋台を一瞥してから、「今は暇か?」と尋ねた。
「ええ、特に用事はありませんが……」
「そうか、それは良かった! どうだろう、久し振りに昼食を共にしないか?」
「……そうですね。私もベルさんには話したい事がありますから」
「少々お待ち下さい」と彼女は断りを入れると、屋台を引いて近くの有料駐車場に向かった。
有料駐車場とは、馬車や屋台を停める場所であり、都市の各地にある。【ファミリア】が運営するものから民間団体が運営するものまで様々であるが、共通サービスとして、一定額の代金を前払いする必要がある。ちなみに、道端に長時間無断駐車した場合、通報を受けた
ベルはアミッドが手続きを終えるのを待ち、終えた彼女と合流すると適当な飲食店に入った。北のメインストリートは服飾関係で賑わっているが、飲食店がカフェやレストランがない訳ではない。
そして、二人は適当なカフェに入った。ベルが従業員に話をし、隅の席に案内して貰う。
「好きな物を頼んでくれると嬉しい。強引に連れてきてしまったせめてもの謝罪だ」
アミッドは迷ってから「そういう事でしたらご厚意に甘えさせて頂きます」と言い、それでも、比較的安い料理を選んだ。その事に苦笑しながら、ベルもまた適当な料理を選ぶ。
従業員を呼び注文すると、数分後、サービスされた。
「先程は何をしていたんだ? 良かったら教えて欲しい」
昼食を食べ終えた頃、ベルがアミッドに尋ねた。
アミッドは美しい紫水晶の瞳でベルの
「
「そうか……。理由を尋ねても良いだろうか?」
「ええ、勿論です。私も貴方に聞いて欲しいと思っていましたから」
アミッドはそう言うと、話を始めた。
「以前お話したことを覚えていらっしゃいますか? とはいえ、ひと月近い前の事なので覚えていらっしゃらないかもしれませんが……」
「……いいや、覚えているさ」
ベルが
「貴女はあの時『
「ええ。そして貴方は、こう、仰っていました。『出来ることならば、誰もが笑顔でいて欲しい。誰も傷付かない世界になったら、それはどんなに良い世界になるのだろう』と──ヒトが居る限り、血は流れます。傷を負う人は絶対に消えてなくなりません」
「……そうだな、悲しくて悔しいことに、それは歴史が証明している。争いを完全になくすのは実質不可能だ。時にはモンスターと、またある時は同族であるヒトと。愚かとしか言い様がないが……これが、ヒトだ」
「私も同意見です。そして私は、私に何が出来るのかを考えました。その答えの一つが、先程の活動です」
「……それが、
彼女は頷くと、強い口調で言った。
「『需要』が沢山ある一方で、『供給』がまるで足りません」
「『供給』?」
「ええ、そうです。それは医療従事者であったり、技術であったり、医療を提供する施設や医療道具であったり──何もかもが足りません。ヒトを傷付け、殺すことは容易ですが、治すことはとても難しい……。例えば、新薬を開発する為には多大なる実験と、何よりも時間が掛かります」
『世界の中心』である
「だからこそまずはその足掛かりとして、
「……」
「荒唐無稽である事は百も承知です。全ての人に理解される事はなく、偽善者だと非難される事もあるでしょう。今はまだ夢物語でしかなく、同時に、『理想』でしかありません」
「…………」
「しかし、同時に私と志を同じくする者も現れる筈です。たとえそうではなくとも、私はこの活動を続けます」
言葉を言い終えると、静かに、「貴方はどう思われますか?」と彼女は尋ねた。
それまで必要以上に口を開けてこなかったベルは──最上級の笑顔と共に自身の偽らざる想いを伝えた。
「素晴らしい事だと思う。嗚呼、貴女のその
「そ、そこまで言う程ではないと思いますが……」
「私は貴女を応援する。いいや、私に出来る事があれば遠慮なく言って欲しい。誰かを笑わすことしか芸がない私ではあるが、どうか頼って欲しいと思う」
「……ありがとうございます。その時は、必ず」
アミッドが重くそう言うと、ベルは「約束だ」と一つ笑った。
「しかし、主神は何も言わなかったのか? 話を聞いている限りでは、貴女の主神こそが真っ先に反対しそうなものだが」
「……そうですね。最初に相談した時はそのように言われました。『そんな金にならん事をやるのは許さんぞ!』と言われてしまいました」
「そ、そうか……。だが、先程活動をしていたという事は納得してくれたんだな」
「いいえ、まだです。まだ渋っていらっしゃいます」
その言葉に、ベルは思わず、素で「え?」と洩らしてしまった。
右手で失言を隠す彼に、アミッドは淡々と言った。
「先程の活動は【ディアンケヒト・ファミリア】としてではなく、個人的な行いです。その証拠に、
ベルが見れば、確かに彼女の言う通りだった。
現在の彼女は、白と青を基調とした派閥の制服ではなく、薄い桃色の衣服を着ていた。髪型も髪を下ろしておらず、銀の長髪を後頭部の高い位置で纏めている。
「活動は休日に行っています。【ファミリア】の活動を疎かにしなければ、主神も口出しはしてきません」
「そ、そうなのか……。ちなみに、配っていた回復薬は?」
「仕事の合間を縫って私が製薬しています。必要な材料があればダンジョンにも行っています。とはいえ、安全圏の『上層』までですが。それ以降は
当然のように言うアミッドに、ベルはただただ感心するしかなかった。
「貴女の行動で助けられる人は絶対に居る」
「そうだと良いのですが……」
「私が保証しよう。此処に居る私が正にそれなのだから。つい一昨日も助けられたばかりだ」
ベルが笑みを浮かべる。
アミッドは微笑みを返そうと、
「……? 申し訳ございません、ベルさん。今何と仰いました?」
──した所で、アミッドは怪訝な表情になる。
ベルはそれに気付かず、満面の笑みで質問に答えた。
「実は、貴女が以前くれた
「……」
「礼を言うのが遅くなったが──本当にありがとう!」
心からの感謝の念を込めて、頭を下げる。
アミッドは暫く無言だった。
数秒後、彼女は「頭を上げて下さい」と静かな声音でベルに言った。
「……詳しく、話を聞かせて頂けますか。貴方の身に何が起こったのかを、余すことなく全て」
外面だけを見ると、アミッドは普段と変わらず物腰が柔らかかった。
しかしその様子を見て……寧ろ、ベルは確信を持った。
──あっ、これは怒られるパターンだ! とベルは敏感に己の末路を予見した。口が滑った事が悔やまれて仕方ないが、退路はない。彼は大量の冷や汗をかきながら説明する。
「じ、実は一昨日──」
一度言葉に詰まってから、ベルはアミッドに白状した。
一昨日、ダンジョン探索中に謎の冒険者に襲われた事。戦闘に臨んだが、まるで敵わず手酷くやられた事。その際にアミッドが渡してくれた
「──と、このような事があったのだが……」
「……」
「あ、アミッド女医? おーい?」
沈黙する友人が怖くなってベルは名前を呼ぶが、反応が返ってくることはなかった。
賑やかなカフェの中、ベル達が居る一角だけ異様な静けさに包まれる。それは従業員達は追加注文を取りにこない程だ。
空気を読めない男子だとこれまでの人生に於いて散々言われてきたベルであったが、今ばかりは身動ぎ一つせず大人しくしていた。
「──……なるほど。話はよく分かりました」
数分後──ベルにとっては正に地獄のような数分だった──、アミッドがそれまで閉ざしていた口をおもむろに開いた。
恐怖で身体を震わせている少年に、彼女は嘆息してから、
「まずは、ベルさんが五体満足で居ることに喜びましょう。私の渡した
「あ、ありがとうアミッド女医──」
「とはいえ……話を聞いている限りでは、あまりにも『無謀』──いえ、この際厳しく言いますが、『蛮勇』だったと評せざるを得ません。ベルさん、貴方は戦う前から敵わないと感じていたのでしょう?」
「そ、それは、まあ……」
「ならば、逃走する事も出来た筈です。実際に出来たかどうかは分かりませんが、その選択を思い浮かべられましたか?」
うぐっ、とベルはその指摘に喉を詰めてしまう。そんな彼を見て、アミッドは「図星ですか」と溜息を吐く。
「貴方にも譲れない『何か』があったのでしょう。それは分かります。しかしながら、些か軽率だと言わざるを得ません」
「……すまない」
「ご自愛して下さい。私から言えるのは、これだけです」
「……肝に銘ずるよ」
ベルが重い口調でそう言うと、アミッドは眉間に寄っていた皺を元に戻した。
「とはいえ、不自然な点が幾つかありますね」
彼女の言葉にベルは首を傾げる。
アミッドは「これはあくまでも憶測の域を越えない推測ですが」と断りを入れると、自論を展開した。
「はっきりと申し上げると、ベルさんの身の回りには突発的な事件が起こり過ぎています。『ミノタウロス上層進出事件』に『モンスター脱走事件』──そして今回の『襲撃』。ましてや襲撃者はベルさんだと断定した上で襲ってきました」
「……何らかの関係性があると言いたいのか?」
「『ミノタウロス上層進出』については、運が悪かったとしか言えないでしょう。此方は【ロキ・ファミリア】が起こした不祥事だと分かっています。しかし、他の二つは違います。『モンスター脱走事件』の犯人は未だに捕まっていません」
『都市の憲兵』である【ガネーシャ・ファミリア】が懸命に捜索しているが、アミッドの言う通り、事件を引き起こした犯人は依然として逮捕されていない。
「さらに、今回の『襲撃』。【ヘスティア・ファミリア】は
「……なるほど。つまり貴女は、『モンスター脱走事件』と今回の『襲撃』は同一犯の仕業だと言いたいのだな」
「証拠となるものは何もありませんが、そうなります。脱獄したモンスターは民衆を襲いませんでした。
「ふむ……確かに言われてみれば、執拗に追われていたような気がする」
「そして、今回の『襲撃』。もし襲撃者が同一の人物もしくは関係者だとしたら、全て辻褄が合うと、私にはそう思えて仕方がありません」
そんな馬鹿な、と一笑に付すことは可能だ。
アミッドが自分で言ったように、証拠となるものは何もない。根拠が一つもないこれは妄想とも言えるだろう。
だがしかし、ベルはそれをしなかった。真剣な表情で考えに没頭する。
(あの男が戦う前に言っていた──『次代の世代を牽引する『器』の持ち主かどうか』という言葉。この言葉の意味が文字通り、そして、私の推測通りなら……)
そして彼はその表情のまま、彼女に言った。
「答えには至ってないが、その道筋は見えた気がする。ありがとう、アミッド女医」
話は終わった。
二人は席を立つと会計し、カフェを出た。眩い光に目を細め、彼等は向き合った。
「今日はありがとう! とても楽しい時間だった!」
「私こそ、ありがとうございます。話を聞いて頂き、とても嬉しかったです」
「それじゃあ、また会おう!」
別れの挨拶を交わし、ベルはアミッドと別れた。そして