さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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仲間(かのじょ)』を信じると、愚かな『道化』は言った

 

 早朝。

 迷宮都市(オラリオ)の中心部からやや離れた場所にある廃教会。その隠された地下室から、一人の少年が姿を現した。

 

「行ってきまーす!」

 

「行ってらっしゃーい! 気をつけるんだぞー!」

 

 背中に届くのは、彼が敬愛している女神の言葉。ベルは顔だけ振り向かせて笑顔を向けると、【ヘスティア・ファミリア】本拠(ホーム)──『教会の隠し部屋』をあとにした。

 ベルが間道を縫うように進んでいると、建造物の隙間から朝日が射し込んだ。朝特有の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら、少年は石畳を蹴る。腰の調革(ベルト)に留めている二本の長剣がカチャカチャと軽快な音を立て、着ている漆黒のロングコートの裾が風に(なび)く。

 

「おはようございまーす!」

 

 道中、ベルはすれ違った街の人々に挨拶をしていく。

 声を掛けられた彼等は顔を向け、ベルの姿を目にすると笑顔を浮かべた。

 

「おはよう、今日も早いのねぇ。私の息子にも見習わせたいわぁ」

 

「おいおい、髪の毛跳ねてるぞ! 直せ直せ! 他の連中に笑われちまうぞ!」

 

 ベル・クラネルが『英雄』に憧れ、感情の赴くままに村を飛び出して迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオに来てから、一ヶ月とやや少し。

 最初こそ彼等は冒険者のベルを警戒していたが、徐々に彼の人柄を知っていき、挨拶に応えるようになっていった。

 

「ほらっ、これを持っていけ!」

 

「おっと! これは見事な林檎(りんご)だ! 貰っていいのか!?」

 

「ははっ、だから渡したんだろうが! 冒険者は身体が資本だろう、もっと食え!」

 

「有難く頂戴する! 御礼は出世払いで頼む!」

 

「相変わらず調子の良いことを言うなぁ!」

 

 ベルは中年男性に礼を言うと、頂いた瑞々しい林檎を齧りながら、都市の中央、天高く(そび)え立つ白亜の巨塔へ足を進めた。

 数十分後、ベルは中央広場(セントラルパーク)に出た。バベルをぐるりと囲むようにして作られた円形広場には、既に多くの冒険者が居る。

 表情を引き締め、入念に装備の確認をしているのはベルと同様、今からダンジョンに潜る朝方の冒険者だ。逆に安堵の表情を浮かべ、装備が所々汚れたり破損したりしているのはダンジョンから帰還を果たした冒険者である。

 

(リリは……まだ来ていないか……)

 

 集合場所であるベンチに到着するも、仲間の姿はまだなかった。

 円形広場の各所に設置されている時計をちらりと一瞥すると、集合時間よりもだいぶ早い時間に到達していた。

 その事実にベルは苦笑を禁じえなかった。いつにも増して張り切っているのが自分でも分かる。

 とはいえ、それは仕方なかろう。何せ今日から本格的に、新たな階層の攻略を始めていくのだから。

 今日からベルとリリルカのパーティは10階層に進出する予定だ。これまでは慎重に慎重を重ねて8階層から9階層を狩場としてきたが──担当アドバイザーが許可を中々出さなかったというのも大きい──、今日からはさらに下の階層に行く事となっている。

 

(世界は広い。私よりも強い冒険者は数知れず、彼等は私の遥か先に居る)

 

 先日の謎の冒険者による襲撃で、ベルは、世界の広さを改めて実感した。

 (やぶ)れた事への悔しさは勿論ある。自分がこれまでに培ってきた経験、技術、駆け引き──全てがまるで通用しなかった。悔しいに決まっている。

 だが、それ以上にベルの中には強烈な憧憬があった。自分も彼処の階位(ステージ)に行くという願望が、決意が、想い(いし)(つの)り、それは無限の原動力となっている。

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオ。文字通り『世界の中心』である広大な都市には、数多くの『英雄候補者』が居るのだ。まずは、自分もその一覧(リスト)に名を連ね、(やが)て、『英雄』へ──。

 ベルが妄想をしていると、彼は、近付いてくる一つの気配に気が付いた。勢いよく顔を振り向かせる。

 

「リリ、おはよう──」

 

 随分と早かったな、という挨拶は言葉にならなかった。

 何故なら、そこに彼の仲間は居なかったからだ。代わりに居るのは、強面の大男。身の丈を軽く超える大剣を背中に吊るし、ベルを見下ろす。

 

「貴方は、確か……──」

 

 そして、ベルは彼に見覚えがあった。

 数週間前の出来事を思い返し、記憶の人物と目の前の人物を一致させる。

 

「おお、覚えていたか。そうだ、だいぶ前だが、俺達は会っている。まあ、あの時はエルフも居たが」

 

 ベルは「ああ、久し振りだな」と挨拶を返しつつ、彼の事を完全に思い出していた。

 それは、ベルが【ロキ・ファミリア】所属のアリシア・フォレストライトと初めて会った時の事だ。ベルの前に居る大男もまた、その場に居合わせていた。彼は自身のパーティから『魔石』を盗んで行った小人族(パルゥム)の盗人を追っており、偶然、遭遇したのである。気になったベルが彼から小人族(パルゥム)の盗人について話を聞き、情報料として金貨を一枚支払ったところで、彼とはそこで別れた。

 たった一夜の出会いであり、それ以降、ベルと彼が会ったことは一度もなかった。

 

「それで、私に何の用だろう?」

 

 当然の疑問を、ベルは口にして尋ねた。

 突然の再会に困惑するベルを見て、大男は笑った。友好的な表情を満面に浮かべ、ベルに尋ねる。

 

「なあ、今、暇か?」

 

「……? まあ、暇ではあるが……」

 

「そうかそうか、それなら良かった! 少し話がある、こっちに来てくれないか?」

 

「それは構わないが、しかし、何の話だ?」

 

 大男はベルの質問が聞こえなかったのか──あるいは、聞こえない振りをしたのか──、「付いてこい」と一方的に言うと、歩き始めた。ベルは離れていく背中を見て、彼に付いていって良いのか逡巡する。

 

(これは、何だ……? 悪意や敵意、害意ではない。だが、この男からはそれに近いものを感じる)

 

 結局、ベルは大男の背中を追うことに決めた。

 そして、ベルは、自分の中で警戒度が時間と共に高まるのを感じる。大男と居る時間が長くなればなるほど、彼の表情は固くなっていった。

 大男が案内したのは、中央広場(セントラルパーク)から少し離れた、人目につかない場所だった。

 人の気配がしない路地裏で、二人は正対する。

 大男はそれまで浮かべていた表情をすぐに消し去ると、

 

「お前、あのチビと連んでいるのか?」

 

 と、ベルに尋ねた。

 予想もしなかった突然の質問に、ベルは困惑を隠せない。

 台詞の中で出た、『チビ』という、誰かを表現する言葉が気になりつつ、ベルはゆっくりと、慎重に答えた。

 

「『チビ』というのが私の仲間であるのなら、そして、連むというのがパーティを組んでいるという意味合いならば、貴方の質問に私は『そうだ』と答えよう」

 

「相も変わらずムカつく話し方だぜ。まあ、そんな事はどうでも良い。確認だが、お前はサポーターを雇っている、という事だな?」

 

「如何にも」

 

「そして、お前は今からそのサポーターとダンジョンに行く、これで合っているか?」

 

「……ああ、そうだ」

 

 度重なる質問。

 ベルが可笑しく思いながらも肯定を返すと、大男はニヤリと嗤った。その様子をベルが不思議に思う中、大男はさらに尋ねた。

 

「俺とお前が初めて会った時、俺が小人族(パルゥム)の盗人──いや、盗賊を追っていたのを覚えているか?」

 

「覚えているとも」

 

「そりゃ、良かった。さて、まあ、話は面倒だから色々とすっとばすが──俺が追っていた奴が、お前のサポーターだと言ったら、信じるか?」

 

 大男の口から出されたのは、ベルにとってあまりにも衝撃的な事だった。

 だがしかし、驚きは一瞬。

 ベルは驚愕を一旦胸の中に仕舞うと、冷静に問う。

 

「貴殿の追っていた盗賊が、私の仲間だと仮定しよう。だが、この仮定は成立しないだろうさ」

 

「ククッ、面白い事を言いやがる。それはまたどうしてだ? 根拠があるんだろう? 是非とも聞かせてくれよ」

 

 とても愉快そうに、大男は唇を歪める。

 ベルは大男を直視しながら、自身の考えを口にした。

 

「第一に、私の仲間の種族は犬人(シアンスロープ)だ。貴殿が追っていたのは小人族(パルゥム)だろう、種族が根本的に違う」

 

「それだけか?」

 

「第二に、私もあの時は小人族(パルゥム)の顔を見たが、少年──つまり、男性だった。私の仲間は可愛らしい女子(おなご)だ、間違っても男子(おのこ)ではないよ」

 

 大男は面白い劇を間近で見ているような表情で、終始、ベルの話を聞いていた。

 そして彼は、唇を吊り上げると言った。わざとらしく驚いた様子を見せる。

 

「おっと、確かにそうだった! だが、俺は何も嘘は言っていないぜ。そこら辺で暇をしている適当な神を此処に呼んできて、立証してやっても良い」

 

 超越存在(デウスデア)たる神には、下界の子供の『嘘』を見抜く能力がある。

 ベルは「ふむ……」と考え込むと、大仰な身振りを見せた。

 

「そうか、貴方がそう言うのであればそうなのだろう。私の仲間が盗賊──あるいは、盗賊の仲間である可能性は極めて低いが、確かにある」

 

「ククッ、疑いたくない気持ちは分かるがなぁ」

 

「ああ、疑いたくないとも。それで貴方は、わざわざ私にこの事を教えに来てくれたのか?」

 

 大男は「ああ、そうさ!」と、言った、

 

「とはいえ、それだけじゃないがな」

 

「……なに?」

 

 訝しむベルに、大男は顔を近付ける。そしてベルの耳元で、小声で囁いた。

 

「おい、提案がある。あの糞小人族(パルゥム)をはめるのに協力しろ」

 

「……はめる、とは?」

 

「決まっているだろ、報復さ」

 

「……」

 

「あいつは俺のパーティから金を盗みやがった。しかも後になって確認すれば、小狡い事に、ギリギリバレない程度に自分の分け前を増やしていやがった」

 

 その時の事を思い出したのか、大男はあからさまに苛立った様子で、唾を地面に飛ばした。

 怒気がベルに伝わる。

 それから、「だから、報復するんだよ」と大男は続ける。

 

「お前はいつも通りダンジョンに潜れば良い。あとは適当に別れて、ダンジョンで孤立させろ。あとは俺達がやる」

 

「…………」

 

「どうだ、悪い話じゃないだろう。作戦は絶対に成功する。お前は何もせず、金を貰えるんだ。何なら前金をやっても良い」

 

 ベルは肯定も否定もせず、沈黙を保っていた。顔を俯かせ、大男の話を聞いていた。

 

「報酬は、そうだな──」

 

 そして、大男はそれに全く気付かない。参加するのが当然であるかのように、彼は話を進めようとする。

 

「作戦決行日は──」

 

「悪いが、断らせて貰う」

 

 大男の言葉を遮り、ベルは、そう言った。

 

「──……?」

 

 大男は、困惑する様子を見せた。何を言われたのか分からないと、顔に出ていた。

 そんな、呆然としている彼に、ベルはもう一度、笑みを携えて言った。

 

「すまないが、貴殿の誘いには乗れない」

 

 ここでようやく、大男はベルの言葉を完全に理解したようだった。信じられないとばかりに目を見張る。

 

「て、てめえ、俺の話を聞いていなかったのか!?」

 

「いいや、聞いていた。私の仲間が、貴方の追っている盗賊と同一人物の可能性がある、という話だろう」

 

「だったら分かるだろ! てめえも俺達と同様、あいつの獲物にされようとしているんだよ!」

 

 大男は激昂し、怒鳴り声をあげた。鋭い視線をベルに送り、凄んでみせる。

 ベルは怯えることなく相対すると、深紅(ルベライト)の瞳を向けた。

 

「先程から疑問に思っていたのだが、何故、貴方はそうだと確信を抱いているのだ? 根拠があるのだろう?」

 

「……ああ、当然だ。忌々しいことに、あいつは特殊な『魔法』を持っていやがるんだよ」

 

「……『魔法』だと?」

 

「ああ、そうだ。あいつは『魔法』を使うことで、姿形を自由自在に変化させることが出来るのさ。俺はその瞬間を見ることが出来たから、あいつが盗賊だと分かったんだよ」

 

 まるでマジックの種を明かすように、大男は得意げに言った。

 

「なら何故あの時、私にそうだと言わなかった? 貴方はあの時、『手癖の悪い小人族(パルゥム)』が居るとは言っていたが、その者が男か女か、単独犯か複数犯かすら分からないと言っていた筈だろう」

 

「ハッ! あの時は初対面だったお前に、どうしてそこまで親切に言う必要がある。そんな義理は微塵もないだろうが」

 

 ベルの指摘に、大男はそう言った。

 

「これであいつの正体が分かっただろ。あいつはクソみてえな人間なのさ」

 

「……クソみたいな人間、か」

 

「ああ、そうだ。才能が何も無い奴が行き着くのが役立たず(サポーター)だ。あいつらは俺達冒険者が最前線で戦うのを何もせず呑気に眺めている。こっちとしては同行させてやってるだけで感謝して欲しいくらいだ。何せ『経験値(エクセリア)』を稼げるんだからなぁ!」

 

 彼はさらに続ける。

 

「だと言うのに、あいつらと来たら金を寄越せと言ってきやがる。こっちが何度断っても、あいつらは金を寄越せと迫ってきやがる。仕方なく払ってやれば、今度は少ないと文句を言ってきやがる!」

 

 ここで、ベルは一つ気になる事があった。恐る恐る尋ねる。

 

「聞かせて欲しい。リリ──リリルカには、いくらほどの金額を?」

 

「1000ヴァリスだ! どうだ、大金だろう!」

 

 ベルは言葉にこそしなかったが、内心は吃驚でいっぱいだった。

 

(……1000ヴァリスだと? たったそれだけしか、彼女に払っていなかったのか?)

 

 あまりにも少な過ぎると、ベルは思った。

 ダンジョンは危険地帯だ。凄腕だろうと駆け出しだろうと関係なく、死ぬ時はあっさり死ぬ。それがダンジョンである。それでも尚、ダンジョンへ挑戦する冒険者が後を絶たないのは、危険に見合った利益を得られるからだ。

 ベルや大男が活動している上層では一攫千金を狙えるモンスターはあまり出現しないが、中層からはそれが出来る。

 

「本当にそれが、彼女達『サポーター』へ支払うべき正当な報酬だと、貴方は思うのか」

 

「ああ、思うぜ。1000ヴァリスあれば回復薬(ポーション)を何本購入出来ると思う? 品質を問わず、安い回復薬(ポーション)なら何本も買う事が出来るだろうさ」

 

 その言葉は事実だった。

 例えば、【ミアハ・ファミリア】では売られている回復薬(ポーション)の最低価格は500ヴァリスだ。そしてベルは専属契約を結んでいる為、二割割引されている。

 だが、それでも、ベルは納得出来なかった。

 

「何だ、その顔は。文句でもあるのか?」

 

 大男はベルの態度に気付き、眼光を鋭くした。

 ベルはその言葉に答えず、ただ黙って大男を見詰める。

 そしてベルは、最後に尋ねた。

 

「何故、管理機関(ギルド)を介して訴えない。証拠はあるのだろう、ならば、都市の支配者たる彼等に任せれば良い」

 

「ハッ、それこそどうして奴等を頼る。奴等に任せたら、意味がないだろうが」

 

「……なるほどな。つまり貴方は、あくまでも直接報復をしたいのだな」

 

 当然とばかりに大男は頷いた。

 緊迫した空気が流れる中、大男は言った。

 

「てめえは一つ勘違いをしている。悪いのは金を盗んだ向こうだ。誰がどう見ても、俺達が『正義』に映るだろうさ。寧ろ他の奴等──特に被害にあった同業者(ぼうけんしゃ)は俺達の事を称えるだろうよ」

 

「……そうかもしれないな。貴方の言う事は正しいのだろう」

 

「なら、最後にもう一度だけ聞いてやる。俺らの計画に参加するか、あるいは──」

 

 俺らと敵対するか、と大男は続けた。そして彼はわざとらしく、背中に吊るしている大剣に手を伸ばす。

 ベルの返答によっては、大男は鞘から剣を抜き、その切っ先を向けるだろう。

 そのつもりがなくとも、脅しとしては充分だろう。大男はベルよりもひと周りもふた周りも大きい体格を誇っている。両者とも『神の恩恵(ファルナ)』をそれぞれの主神から授かっているが為に一概には言えないが、それでも尚、体格差というのは戦闘に於いて大きなアドバンテージとなる。

 緊張は臨界点に突入しようとしていた。重苦しい空気が漂い、この場を静寂が支配する。

 そして、ベルは──平生と変わらず、笑った。

 

「すまない、やはり貴方の誘いには乗れないよ」

 

「なッ……!? てめえ!?」

 

「彼女に罪があるのだとしても、それを裁くのは管理機関(ギルド)の筈だ。客観的視点から見ることが出来る第三者を挟まなければならないと、少なくとも私は思う。直接仕返しをしたいという、貴方の気持ちも分からなくはないが」

 

「ハッ、ようはヘタレているんだろう、この臆病者が! てめえは失敗を恐れているだけのビビりだ!」

 

「ははっ、確かに、私は小心者だがな!」

 

 笑声が路地裏に響く。

 大男は顔を歪めると、再度、怒声をあげようとする。

 しかしその前に、ベルは自身の意志を明らかにした。

 

「私が直接その現場を見たのなら話はまた変わってくるが、そういう訳ではない。どうやら、貴方の言っている彼女と、私の知っている彼女はまるで違うようだ。ならば私は、ほぼほぼ初対面の貴方よりも、仲間である彼女を信じよう」

 

「チッ! 言いたいのはそれだけか! なら、此処で──!」

 

 沸点に達した大男はそう言いながら、勢いよく抜刀しようとする。

 そして、完全に鞘から抜く──直前。

 

「本当にそれで良いのか」

 

 ベルの、落ち着き払った声が彼をとめた。

 身体をぴたりと硬直させる大男に、ベルは静かに忠告する。

 

「此処は地上だぞ」

 

「……ッ!」

 

「それが分からない、貴方ではあるまい」

 

 大男は表情を盛大に歪め、ベルを睨んだ。

 何度でも述べよう。

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオの支配者は管理機関(ギルド)だ。そして、支配者たるギルドには、地上で起こった出来事に関して対処する義務がある。

 冒険者が地上で何か問題事──それこそ、刃傷事件を起こし、ギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に載った者は、この都市で非常に生きづらくなる。

 罰則(ペナルティ)として『冒険者』という地位を剥奪されれば、その者はギルドからの支援(サポート)を受けられなくなる。よき相談相手である担当アドバイザーはなくなり、何よりも痛手となるのは、ダンジョンで獲得した『魔石』及び『ドロップアイテム』の換金が出来なくなる事だ。それはつまり収入がゼロになるという事だ。

 また、所属している派閥へ多大なる迷惑を掛けるという事にも繋がる。要注意人物一覧(ブラックリスト)に名前が載った場合、ギルドは公表する。要注意人物一覧(ブラックリスト)に名前が載った者は他者から『危険人物』という目で見られる為、それは自然的に、その者が所属している【ファミリア】にも向けられるのだ。そして主神は、【ファミリア】の体裁をこれ以上悪化させぬよう、その者を切る──『強制脱退』を科すことが多い。

 一番重たい罰則(ペナルティ)は──牢屋行きであり、刑罰だ。ギルドが定めた一定期間、あるいは、終身するまで、牢獄で過ごさなければならない。刑期を終えて出所したとしても、『犯罪者』という烙印が押されている為、真っ当な方法で生活を営む事は不可能に近い。

 

「……ギルドが重い腰を上げるとは思わないが」

 

「さて、それはどうだろう。それはやってみないと分からないだろうさ」

 

 両者、睨み合う。

 一分、沈黙が場を覆った。

 そして、先に視線を切ったのは大男だった。剣の柄を摑んでいる右手をゆっくりと慎重に離す。彼は舌を一度打ってからベルに背を向けると、それ以上何も言わず、姿を消した。

 

(……行こう、リリが待っている)

 

 ベルは石畳を蹴ると、中央広場(セントラルパーク)に戻った。

 中央広場(セントラルパーク)の各所に設置されている時計をベルは確認する。幸いな事に、集合時間にはまだ達していなかった。

 とはいえ、時間に余裕がある訳ではない。ベルは速度を上げた。

 集合場所である円形広場には既に、リリルカが居た。ベンチに腰掛け、ぼんやりと朝空を眺めている。

 

(……? なんだ? いつもと様子が違うような?)

 

 ベルが、そう、違和感を覚えた時。

 

「あっ、ベル様!」

 

 近付いてくる足音に気付いたのだろう、リリルカは顔を振り向かせてベルの名前を呼んだ。ぴょん、と立ち上がり、ベルを迎える。

 

「おはようございます、ベル様! 今日も素晴らしいお天気ですね!」

 

 そう挨拶しながら、リリルカはベルに笑顔を向けた。

 人が好むような、可愛らしい笑顔だ。見た者は彼女の笑みに釣られて頬を緩ませるだろう。

 

「おはよう、リリ!」

 

 リリルカは笑みでそれに対応すると、「おや?」と小首を傾げた。

 

「ベル様、お疲れですか? 息が若干乱れていらっしゃいますが」

 

「あー、実は急いで来たんだ。HAHAHA、寝坊してしまってネ」

 

「それはまた珍しいですねぇ」

 

「いやはや、恥ずかしい限りだ。私もリリのように時間に余裕を取るべきだな」

 

「いえいえ、リリが時間厳守なのは当然ですよ。リリは、ベル様に雇われている身。遅刻など許されません」

 

「はははっ、流石だなぁ」

 

 ベルは呼吸を落ち着かせると、リリルカに声を掛けた。

 

「すまない、待たせてしまった。それじゃあ、リリ、今日も宜しく──」

 

 頼む、という言葉が出る前に。

 リリルカが被せて言った。

 

「申し訳ございません、ベル様。ダンジョンへ行く前に、少々、話があります」

 

「話……? それは何だ?」

 

 リリルカがこのように断りを入れたのは、初めての事だった。戸惑いの表情を浮かべるベル。

 リリルカは顔を上に上げ、ベルを見上げた。

 ベルの深紅(ルベライト)の瞳と、リリルカの栗色の瞳が交錯する。

 だが、それは一瞬だった。

 リリルカは視線を逸らすと、俯いた。そして、深々と頭を下げる。

 

「申し訳ございません、ベル・クラネル様。現在(わたし)達が結んでいる長期契約ですが、解除して頂いても宜しいでしょうか」

 

 感情を押し殺した、無感情な──いっそ、冷徹さまで感じさせる声で。

 リリルカはベルに、そう言った。

 

章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)

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