さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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斯くして、時計の針が進んだ Ⅰ

 

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオ、その中心部に建っている巨塔、バベル。

 そして、そのバベルの二階、簡易食堂。大半の冒険者がダンジョンに潜り始めているこの時間帯、此処に訪れる者は少ない。数十個ほどテーブルが並べられているが、着いている者は片手で数えられる程度。

 そして、四隅の一角。そこを一組の男女が陣取っていた。彼等はテーブルを挟んだ状態で向き合っている。

 憩いの時間を過ごす為の場である食堂にはあまり相応しくない重苦しい空気が、辺り一帯に流れていた。食堂の従業員として派遣されているギルド職員や他の客は早々に『訳あり』だと察し、一定の距離を置いている。

 

「──早速だが、話をしたい」

 

 口火を切ったのは、少年──ベル・クラネルだった。普段ある、朗らかながらも胡散臭い笑みはそこにはない。真剣な表情を浮かべ、深紅(ルベライト)の瞳を目の前の少女に送る。

 

「長期契約を解除したいとは、どういう事だ?」

 

 問い詰めないよう配慮しながら、ベルは目の前の少女──リリルカ・アーデに静かに尋ねた。

 それは、ほんの数十分前の事だ。

 ダンジョン探索中をする為、ベルはパーティメンバーであるリリルカとバベルの下にある中央広場(セントラルパーク)で待ち合わせをしていた。集合時間になり二人は合流した。そして、ベルが「いざダンジョンへ!」と、気合を入れている時にリリルカが彼を呼び止めて言ったのだ。

 

『──申し訳ございません、ベル・クラネル様。現在私達が結んでいる長期契約ですが、解除して頂いても宜しいでしょうか』

 

 当然、ベルは混乱した。

 リリルカの突然の申し出に瞠目し、暫し、言葉を失った。

 数十秒が経った頃にようやく彼は我を取り戻し、取り敢えず、場所を変える事にした。外で話すような話題ではないと判断したからだ。リリルカはこうなる事を予測していたようで、「バベル二階、簡易食堂に行きましょう」と提案し、ベルは了承した。

 そして、現在に至る。

 ベルは契約内容を思い出しながら、リリルカに再度投げかけた。

 

「契約期間の終わりはまだだいぶ先の筈だろう?」

 

『冒険者』ベル・クラネルが『サポーター』リリルカ・アーデと契約を結んでから、二週間弱。短期での契約ならそろそろ期間が終わるだろうが──短期契約の期間は最大でもひと月ほどであり、早ければ一週間、最短一日で終わりを迎えることは珍しくない。この日雇いこそが短期契約の最大のメリットであり、『冒険者』が『サポーター』を雇う際はこの契約を取ることが多い──、二人が結んだのは長期契約であり、その期間は半年。

 しかしながら、契約期間の半分にもまだ達していない。

 リリルカが契約解除を打診する相応の『理由』があるだろうと、ベルは推測した。

 

「私に何か至らぬところがあるのなら、遠慮なく言って欲しい」

 

 ベルが真っ先に考えたのは、自分の不手際だった。

 人間関係が良好か不良かはとても大事な事だ。それが、危険な状況に常時晒されるダンジョン探索なら尚の事だろう。信頼関係が構築されていなければ、自分の命を相手に預ける事は決して出来ない。

 ところが、リリルカは首を横に振った。簡易食堂に来て初めて、口を開く。

 

「いえ、ベル様に何か問題がある訳ではありません。報酬はきちんと毎回頂いていますし、契約内容は全て遵守されています」

 

「そ、そうか……。私としては、君に迷惑を掛けている気しかないのだが……」

 

「ふふっ、いえ、そのような事はありませんよ。あまり自覚されていないようですが、ベル様はリリ──私達サポーターからすれば最高の契約相手ですよ」

 

 リリルカはベルを安心させるように薄く笑うと、自分を罰するように顔を俯かせる。

 

「これは全て、私の問題です。私が全て悪いんです」

 

「……そう思う、理由を聞かせて欲しい。あまりこう言った事は言いたくないが、私にはそれを聞く権利がある筈だ」

 

「ええ、仰る通りです。私には事情を説明する義務が発生し、ベル様には聞く権利があります」

 

 より一段と重苦しい空気が二者の間に流れる。

 リリルカは横に置いていたバックアップから一枚の羊皮紙──契約書を取り出すと、ベルが見えるようにテーブルの上に置いた。

 

「一言で申しますと、【ファミリア】が原因です」

 

 その言葉を聞いて、ベルはハッと深紅の瞳を見開いた。思い当たる節がある。

 まさか、と思いつつ、彼は尋ねた。 

 

「私が【ヘスティア・ファミリア】で、君が【ソーマ・ファミリア】なのが問題なのか」

 

「……ええ。迷宮都市(オラリオ)の暗黙のルールの一つである、不必要な【ファミリア】間の交流は禁止。これが原因です」

 

【ファミリア】は『神の眷族』だ。言い換えれば、神が運営する組織であるという事である。そして【ファミリア】には『神の代理戦争』という側面がある。

 神々は自らの派閥を率いていく事で『娯楽』に興じている。ある一人の下界の子供は、これを『盤上遊戯(ボードゲーム)』と呼んでいる。

 主神が『指し手』であり、眷族が『駒』だ。

 とはいえ、全ての神々が『盤上遊戯(ボードゲーム)』を楽しんでいる訳では決してない。下界の子供達との交流をする為の手段(ツール)として利用する神。あるいは、生活を営む上で仕方なく『神の恩恵(ファルナ)』を授け、その見返りとして下界の子供達に生活を援助して貰う神など、様々な思惑がある。

 そして、全ての神々が【ファミリア】を結成する訳でもない。

 だがそれは下界全体での話であり──迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオには少々当て嵌らない。住居を構えている大多数の神が【ファミリア】を結成し、都市の支配者たる管理機関(ギルド)に申請、登録している。

【ファミリア】には様々な系統があるが、その多くは探索(ダンジョン)系だ。

 地上で唯一地下迷宮(ダンジョン)を保有している都市、というのも理由だが、何よりも、此処は『英雄達の街』。その時代を担う『英雄』が産声を上げる地なのだ。

 先述した通り、【ファミリア】は『神の代理戦争』という側面を持っている。【ファミリア】という組織体系を作るにあたり、神々は幾つかのルールを定めた。

 その代表的な物こそが『相互不干渉』である。【ファミリア】は必要時を除き、他【ファミリア】とは交流をしない。

 無論、時代の流れと共にこれを形骸化されつつはある。

『古代』から『神時代(しんじだい)』へと転換してから、千年。

 下界に降臨する神々は増え、そして、子供達も増えた。絶対悪たるモンスターが居る以上、他者との繋がりがなければ人類は生存出来ない。【ファミリア】という垣根を越えて協力する事も多くなり──直近の大きな出来事だと『暗黒期』である──また、子供達の自主性を尊重する主神が多い事もあり、近年は【ファミリア】同士が親睦の場を設ける事も多い。

 だがしかし、【ファミリア】という組織の根元には、未だにこの不文律がある。

 

「──つまり、男神(おがみ)ソーマに私との関係を断ち切れと言われた、という事か?」

 

 ベルがそう確認をとると、リリルカは頷いた。

 

「より正確には、団員にですが。今朝、私が利用している宿屋に押し掛けて来まして、そう、言われました」

 

「なっ……! それだけなのか? 他には何か言われなかったのか? 理由とか、説明されなかったのか?」

 

「はい、それだけです。彼等はそれだけ言うと立ち去りました」

 

 彼女はさらに続ける。

 

「正直に申しますと、私も、突然の事で非常に混乱しています。これまでは何も言われなかったのですが……」

 

「……さらに聞かせて欲しい。リリ、君は私と長期契約を結んでいた事を誰かに言っていたのか?」

 

「ええ、勿論です。主神──いえ、厳密には【ファミリア】の団長へ事前に申し出る必要があり、許可を得なければなりませんから」

 

「その時は何も言われなかったのだな?」

 

「ええ、はい」

 

 ベルは「ふむ……」と呟くと、さらに質問した。

 

「思い当たる理由は何かないのか?」

 

「いえ、何も思い当たりません。先程も申し上げましたが、何も前振りなく言われたのです」

 

「そうか……」

 

 ベルは相槌を打つと、閉口する。深紅(ルベライト)の瞳を伏せ、思考に耽る。

 数秒後、彼は(まぶた)を閉ざしたまま、再度、口を開けた。

 

「『男神(おがみ)ソーマは、【ファミリア】の運営はあまり積極的ではない。故に、他所の派閥にも興味は持たない』──と、君は言っていた筈だ。私の担当アドバイザーにも、相談をした際に似たような事を言われた。男神ソーマの気が変わったのか?」

 

「それは、分かりません。とはいえ、その可能性は充分にあるでしょう。神とは、良くも悪くも自由気ままな性格の持ち主ですからね」

 

 神の思惑を完全に推測するのは不可能だと、リリルカは言い切った。

 それから、彼女は深々と頭を下げると懇願するように言った。

 

「こういった経緯があり、非常に申し訳ありませんが、長期契約を解除して頂きたいのです」

 

「……」

 

「無論、此方(こちら)の都合で一方的に迫っていますから違約金は支払わせて頂きます」

 

「…………」

 

「突然の事ですから団員に抗議し、一週間の猶予は貰いました。ベル様にはこの間に代わりのサポーターを雇って頂ければと思います。もし見付からないようでしたら、私が知り合いに掛け合いましょう。ベル様なら彼等も歓迎します」

 

 ベルはリリルカの言葉に返事をしなかった。

 そして、静まり返り、長い沈黙が二人の間に訪れる。

 疎らに居た他の客は既に簡易食堂を出ており、ベル達を除いて客は居ない。

 従業員であるギルド職員が厨房で皿洗いをする音だけが、空間を振動させていた。

 そして、

 

「──分かった」

 

 ベルは、短くそう言った。

 話を終えた二人は簡易食堂を出ると、バベルの下で別れた。ダンジョンに潜り始めるには些か時間が遅く、最悪、帰りが日を跨いでしまうと判断したからだった。

 だがそれ以上に、ベルは、今の状態でダンジョンへ行ったら危険だと思ったのだ。

 

「……」

 

 リリルカから告げられた、突然の離反。

 ベルはこの事を受け止められなかった。故に、足は自然と北西のメインストリート、管理機関(ギルド)へ動いていた。

 信頼しているハーフエルフのアドバイザーの元へ、彼は向かった。

章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)

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