さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

45 / 91
『英雄候補』による考察

 

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオ最北部、北のメインストリートから一つ外れた街路の脇に、その建物は建っていた。

 狭い敷地面積に無理やり築かれたような(やかた)は、仰ぎ見た者の首が痛くなる程の高さを誇っていた。高層の塔が槍衾(やりぶすま)のように幾つも重なり、お互いを補完し合っている。各塔の屋根が剣山のように突出し、見る者を威圧させる。巨塔(バベル)の次に高い建築物だと説明されても納得出来るだろう。

 一言で言うならば、『長邸』。

 それが、【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)──『黄昏(たそがれ)(やかた)』であった。

 そして、その大食堂。主神であるロキの方針によって個人の時間差こそ認められているものの、眷族は基本的にこの場所で食事を取る事となっている。食事を共にする事で交友を深め、家族(ファミリア)の絆を深めるという考えからだった。

 五十人以上の眷族と、その主神が夕食を食べ始めていた。

 

「ねぇー、なんか最近、アイズに元気なくなーい?」

 

 賑やかな話し声が絶えない大食堂に、殊更明るい少女の声が響いた。

 声主は、褐色肌が特徴的な少女であった。初見ではヒューマンだと思われがちだが、彼女はアマゾネスという亜人族(デミ・ヒューマン)の一人である。

 明るく(ほが)らかに笑いながら、その少女──ティオナ・ヒリュテは、そう、話題を振った。

 

「そうね、確かに……。アイズ、どうしたの? ついこの前、私達に先駆けして『昇格(ランクアップ)』したとは思えない顔よ?」

 

 ティオナの話題に真っ先に反応したのは、彼女と瓜二つに似ている少女であった。

 

「あっ、ティオネもそう思う?」

 

 ええ、とティオネと呼ばれた少女は肯定の頷きを返す。

 ティオネ・ヒリュテ。彼女はティオナの親族であり、実の双子の姉であった。

 

「わ、私もそう思いますっ! アイズさん、元気がないというか……いつも以上に、何を考えているか分からないというかっ!」

 

 ティオネに賛同の意を示したのは、長い山吹色の髪が特徴的なエルフの少女──レフィーヤ・ウィリディスであった。

 彼女は、コクコク、と小さな首を縦に振りながら、周りの反応を窺う。

 

「あァ? そうかァ?」

 

 対して、疑問の声を上げたのは頬に刺青(いれずみ)を入れた狼人(ウェアウルフ)の青年──ベート・ローガであった。

 これに答えたのは、ティオナだった。彼女はフッと、小馬鹿にしたように笑ってから。

 

「ベートみたいな無神経男には、女の子の繊細な気持ちは分かんないよーだ!」

 

「何だと手前(テメェ)!?」

 

「わー! ベートが怒ったー! そんなんじゃまた、リヴェリアから拳骨を貰うよー!?」

 

「うるせぇ!? だいたい、手前(テメェ)のような()()()()()()に『女の子の繊細な気持ち』だなんて誰も言われたくねぇよ!」

 

 そう言いながら、ベートはティオナの胸を指さす。

 そこには平らな胸があった。そう、それはまな板だった。

 

「な、何だとぅ!? ティオネー、ベートが言っちゃいけない事を言ったぁー!」

 

 ワーワーギャーギャー、と、アマゾネスの少女と狼人(ウェアウルフ)の青年が喧しくも騒ぎ立てる。

 それは食事には相応しくない光景であったが、誰も取り合う事はしなかった。我関せずとばかりに沈黙を貫き、自分が食べたい料理を口に運ぶ事に専念する。中にはどちらが勝つのか内密に賭け事をする者も居た。

 至る所で話し声、笑い声が引き起こされる。これが、世間が畏怖している都市最大派閥の実態であった。

 数十分後、大食堂はようやく静けさを取り戻しつつあった。大半の団員が席を立ち食堂をあとにしてそれぞれの時間を過ごそうと行動に移る中、【ロキ・ファミリア】の幹部陣を筆頭に、何人かの団員は残っていた。

 

「それで? アイズは結局、何を考え込んでいるの?」

 

 ティオネがそう言いながら、未だ開口していない一人の少女に話し掛ける。

 それまで喧嘩をしていたティオナとベートが変わった空気を敏感に感じ取り黙る中。

 

「……」

 

 その少女──アイズ・ヴァレンシュタインは自分が視線という視線を集めている事を自覚すると、金の瞳をゆっくりと開け、窮屈そうに身動ぎした。

 

「えっと……その……」

 

 数秒後、唇から困ったような、それでいて悩まし気な声が零れ出る。

 それを見た周囲の面々の反応は様々だった。

 

「何だアイズ、はっきり言えよ。そんなんじゃ何も分かんねぇぞ」

 

「もー! ベートうるさーい! そんな高圧的な言い方じゃ、アイズも話すに話せないじゃん!」

 

「あぅ……アイズさん尊い……」

 

「煩いのはあんた達よ。レフィーヤは早く戻ってきなさい」

 

 ベートが苛立ち、ティオナがアイズを庇い、レフィーヤが恍惚とした表情でトリップする。

 話が一向に進まないので、唯一、この中で比較的常識人であるティオネが話を纏める立ち位置にいた。

 

「アイズ、貴女のペースで構わないわ。良ければ、話を聞かせて欲しいの」

 

「でも……そんな大層な話じゃないよ……?」

 

「それでも良いわ。それが大きいだろうと小さいだろうと、抱えている悩みがある。そっちの方が大事じゃない」

 

 ティオネはアイズをそう説き伏せながらも、内心では驚いていた。

 アイズは最近でこそ様々な表情を見せるようになり始めていたが、それでも、内向的な傾向が未だに根強い。

 彼女が興味を示すものはこれまでダンジョン探索に関連するものが多く、この反応から察するに、それではないのだろう。

 また、直近の彼女の悩みの種である『昇格(ランクアップ)』も、先日、たった一人で『階層主(モンスターレックス)』を斃した事で解決している。近日中にでも主神が管理機関(ギルド)へ正式に報告し、迷宮都市(オラリオ)に新たな伝説が刻まれる事となるだろう。

 そのような彼女が、普通の少女のように何かに悩み、考え込むという事はとても珍しいのだ。

 

「勿論、無理に言う必要はないわ。貴女一人で解決出来ると思うならそれで良いし、私達が頼りなく思うなら団長(フィン)副団長(リヴェリア)に相談すれば良い」

 

 そう言うと、アイズは首を横に振った。

 

「ち、違う……そんな事はないよ……」

 

 アイズは仲間を信頼している。数多の戦場を共に駆け抜けてきた仲間だ、流石に彼女の『秘密』全てを打ち明ける事は出来ないが、今抱えている問題なら相談出来る。

 そして彼女は覚悟を決め、ゆっくりと言った。

 

「あ、あのね……男の子に声を掛ける為には、どうすれば良いと思う?」

 

 刹那。

 文字通り、空気が凍った。それまであったあたたかな空気が瞬く間に凍り付く。

 狼人(ウェアウルフ)の青年と妖精(エルフ)の少女が引き攣った笑みを浮かべる中、アマゾネスの妹は面白そうに「おお〜!」と言った。

 そして、その中で真っ先に我を取り戻したのはティオネだった。彼女は辺りを見渡し、自分達以外誰にも話を聞かれていない事を確認すると、ひとまずは安堵の溜息を吐く。

 そんな、それぞれの反応を示す仲間達を、アイズは不思議そうに眺めていた。

 

「えーっと、ごめんなさいねアイズ。私達の聞き間違いかもしれないから、もう一度聞かせて欲しいわ。貴女、気になっている男性(おとこ)が居るの?」

 

「……? うん、そうだけど……?」

 

「「……っ!?」」

 

 狼人(ウェアウルフ)の青年と妖精(エルフ)の少女が声なき悲鳴を上げているのを気にせず、ティオネは動揺を抑え込みながら、【ロキ・ファミリア】の幹部として慎重に尋ねた。

 

「その男性(おとこ)は身内? それとも、他所(よそ)?」

 

 前者であってくれと、ティオネは切実に願った。

 しかしながら、その願いは儚くも砕け散る事となる。

 

「……? 違う派閥(ファミリア)の子、だけど……?」

 

 本気(マジ)か。

 そう思い、ティオネはアイズの金の瞳を覗き込むが、その輝きに淀みは見られなかった。

 いや、まだだ。アイズは『声を掛ける方法』を聞いただけであり、その相手が意中の相手なのかどうかは判明していない。

 彼女の口下手で若干コミュ障な性格を考えれば、単に知り合いの可能性だって充分に有り得る。知り合いならそんな方法聞くまでもなくね? と告げてくる脳を殴り飛ばし、ティオネはさらに尋ねた。

 

「その男性(おとこ)の事を、アイズはどう思っているのかしら?」

 

「……? どう思うって?」

 

「そ、それはつまり──」

 

 穢れを知らない純粋な瞳と共に尋ねられ、ティオネは思わず言葉に詰まった。

 うぐっと、彼女がたじろんでいると、横に座っているティオナが「はいはーい!」と元気よく挙手しながら言った。

 

「その子のことを好きなのかって、事だよ!」

 

 ティオネは妹を久し振りに褒めた。同時に、考え無しの行動を貶しもしたが。

 狼人(ウェアウルフ)の青年は興味がない振りこそしていたが、それが演技なのは誰の目にも明らかだった。

 妖精(エルフ)の少女は絶望に染まりきった表情で、滂沱(ぼうだ)の涙を流していた。

 そして、数秒後、アイズは不思議そうに小首を傾げながらも答えた。

 

「好きかどうかは分からないけど……嫌いではない、と思う……。少なくとも悪い子じゃない、かな……?」

 

 それは事実上、好意を寄せていると宣言しているようなものだった。

 狼人(ウェアウルフ)の青年が硬直し、妖精(エルフ)の少女が壊れたように笑い、アマゾネスの少女が「ヒューヒュー!」と口笛を吹く中。

 ティオネは真剣な表情で尋ねた。

 

「アイズ……もし良かったら、その相手が何処の派閥で、誰なのかを教えて貰えるかしら」

 

「えっと……ごめん、それは出来ない、かな……。あの子に迷惑を掛けちゃうから……」

 

 迷惑を掛ける、という言葉を、ティオネはそのまま返す。

 

「貴女の気持ちは分かるわ。私も貴女の友人として、応援したいという気持ちはある。これは嘘じゃない」

 

「……? うん、ありがとう?」

 

「でも、私達は【ロキ・ファミリア】よ。そして私達はその幹部。私達は私情を殺してでも【ファミリア】に、ひいては主神のロキに尽くさなければならない」

 

「そんな事思ってもない癖にー──イダッ!? 何するのさティオネ!?」

 

 余計な事を言ってくる馬鹿な妹(ティオナ)を制裁しつつ、ティオネはさらに問い掛けた。

 

「この事は私達以外に誰かに言った?」

 

「うん……。フィンと、リヴェリアと、アリシアには相談したよ……。でも三人とも、まだ時期じゃないって……せめてもう少し待った方が良いって、そう、言われた」

 

 ここでティオネは幾つか疑問を覚えた。

 団長(フィン)副団長(リヴェリア)に相談するのは分かる。派閥を率いる立場の二人だし、ここにドワーフのガレス・ランドロックと主神のロキを含めれば、彼等の付き合いは此処にいるどの面々よりも長い。無論、付き合いの長さが全てとは思わないが、アイズはこれまで相談事はその三人や主神にしていた筈だ。

 だが何故、アリシアにまで相談する必要があるのだろうか。確かにアリシアは団員達から姉のように慕われており、ティオネも信頼しているが、彼女は典型的なエルフでもある。とてもではないが、アイズが名前も知らぬ男と交際する事を歓迎するとは思えないのだが。

 一番引っ掛かるのは『もう少し待て』という言葉だ。確かに最近は色々と忙しく、【ロキ・ファミリア】は新たな勢力との戦いに身を投じ、さらには、『遠征』が目前に控えているが、どうにもそれとは違う意味のニュアンスを感じる。

 

「団長達が待てと言ったのでしょう。なら、待ちなさい」

 

 派閥の長からの命令は絶対だと暗に告げるも、アイズは意外な事に食い下がった。

 

「『遠征』が始まる前にどうしても、あの子に会いたいの……」

 

 うぐっ、とティオネは言葉に詰まった。

 アイズのらしくない強情さはさておいて、ティオネ自身、その気持ちは分かるからだ。

『遠征』は文字通り命懸けだ。自分達は都市を代表する第一級冒険者だが、その自分達でさえ、下手をすれば死ぬ。

 ましてや今回の『遠征』の目的は、誰も辿り着いた事がない未到達階層に進む事だ。何が待ち受けているか分からない『未知』に、自分達は挑む事になるのだ。

 当然、死ぬ気は毛頭ない。その為に修練を重ね、武具を身に纏い、仲間と連携するのだ。

 しかしそれでも尚、絶対の保証はない。ダンジョンは容赦なく牙を剥き、『深層』は異常事態(イレギュラー)の連続となる。

 死地に赴く前に自分が懸想する相手と会いたい──その乙女の心が、ティオネは痛い程分かる。彼女自身、団長(フィン)に恋をしている身だ。もし恋慕している小人族(パルゥム)の少年が他の派閥に居たら、ティオネは派閥幹部という立場を捨ててでも夢中になるだろう。

 

「うぐぐぐぐぐぐ……!」

 

 ティオネは葛藤した。

 狼人(ウェアウルフ)の青年がアイズに相手は誰かと詰め寄り、妖精(エルフ)の少女が相手に怨嗟(えんさ)の念を送り、馬鹿な妹が呑気に笑っている中、彼女だけは思考を放棄すること無く考えていた。

 

「ごめん……やっぱり、自分で考えるね……」

 

 相談相手の様子を見て、アイズはそう言った。平生は無表情な彼女であったが、それが『落胆』だと言うことは誰の目にも明らかだった。

 ティオネは、これで良いのかと自問自答する。

 恐らくアイズはこれから、たった独りで戦うのだろう。全ては、意中の相手と結ばれる為に。アイズを溺愛している主神(ロキ)と、彼女を実の娘のように想っている母親(リヴェリア)が他所の派閥の男性との交際を認めるかは分からないが、彼女はそれでも戦っていくのだろう。

 異なる派閥との結婚はそれだけ至難の道なのだ。そんな茨の道を、彼女は歩もうとしている。

 それを、自分は黙って見ているのか。自分の恋慕の相手は身内に居て良かったと思いながら、彼女が戦う様を遠くから眺めているのか。

 いいや、そんな事があってはならない。あって良い筈がない。

 自分は、自分だけは彼女の味方でいなければならない。

 ティオネはこの時、自分が性に奔放なアマゾネスで良かったと心から思った。種族という大義名分を使えば、友人を応援する事は何ら可笑しくない。

 決心する。ティオネはこの時すっかりと、『冒険』する心構えだった。たとえ多くの敵を作ろうとも、アイズの味方で居ようと己の『魂』に誓う。

 

「待ちなさいアイズ」

 

 席を立ち、大食堂から出ようとするアイズを引き留めた。怪訝な表情で顔を向けてくる彼女に、ティオネが宣言しようと口を開き掛けた、その時だった。

 大食堂に、一組の男女の話し声が近付いてきた。

 

「ふぅ、ようやく夕ご飯か。すっかりとお腹が空いてしまったよ。この時間、皆はもう食べてしまっているね」

 

「しかし『遠征』が近付いている今、少しでもやれる事はやらなければなるまい」

 

「そうだね。嘗ての最強派閥(ゼウス・ヘラ)が辿り着いていない『未知』に、僕達はこれから挑戦していく事となる。ああ、これぞまさに『冒険』だ。今までは先達(せんだち)の背中を追うだけだった」

 

「それが今変わろうとしている、か……。団員達の士気は高いぞ、フィン。これなら期待以上の働きをしてくれそうだ」

 

「それは何よりだ。『遠征』直前ではあるけれど、ラウル達第二軍も肩慣らしに『小遠征』を企画しているからね」

 

「確か、アリシアが言い出したのだったな。彼女らしからぬ突発的なものだと聞いた時は思ったが……何か心変わりがあったのだろう」

 

「皆、最近はダンジョン探索へ益々意欲を見せているね。【フレイヤ・ファミリア】もダンジョンに潜っているみたいだ。僕もそうしたいよ」

 

「残念だが、それは出来んぞ。『遠征』を目前に控えている今、首脳陣の私達が仕事を放り出しては【ファミリア】の運営が回らなくなる。あのガサツなドワーフだって事務仕事をしているのだぞ」

 

「それは分かっているさ、リヴェリア。ただ、僕もそろそろ次の階位(ステージ)に手を掛けたいんだよ」

 

「それならば余計に、『遠征』への準備を抜かりなく行わなければ。明日は【ヘファイストス・ファミリア】の元へ伺うのだろう?」

 

「ああ、そうさ。丁寧に挨拶をしてこなければね。返事は既に貰っているから、そんなに気を張るものでもないけれど」

 

「いや、ロキの監視をしっかりと頼むぞ。あの女神が何か粗相をしそうで、私は気が気でない」

 

「HAHAHA、うん、まあ、注意しておこう」

 

「ああ、頼むぞ──おい何だ、その笑い方は?」

 

「おっと失礼。友人の笑い方の癖が移ってしまったようだ」

 

「全く、お前は……。くれぐれも他の団員の前ではやらないようにしてくれよ」

 

「HAHAHA、分かってるサ。いやごめん、反省したから詠唱を唱えないでくれ。冗談だと分かっていても震えてしまうよ」 

 

 そう言いながら大食堂に入ってきたのは、小人族(パルゥム)の少年と美しい妖精(エルフ)の女性だった。

 彼等が訪室した瞬間、それまであった緩い空気がピシッと締まる。

 それもその筈、彼等こそが他ならない【ロキ・ファミリア】の団長と副団長なのだから。

 末端の団員が席をたち敬礼する中、

 

「あー、フィンにリヴェリア!」

 

 ティオナが嬉しそうに手をブンブンと振り、二人に声を掛けた。

 刹那、それまであった緊迫とした空気が嘘のように霧散する。こういった所は凄いなと、彼女の姉は素直に評価していた。

 フィンとリヴェリアは「こっちに来てー!」というティオナの誘いに苦笑いで応えた。カウンターで料理を受け取り、幹部陣が居る席に近付く。

 

「お疲れ様です、団長、副団長(リヴェリア)

 

 この場を代表して、ティオネがそう挨拶する。

 フィンはそれに「うん、ありがとう。皆もお疲れ様」と笑みを浮かべて返した。それを直視したティオネは赤面して撃沈する。だが、いつもの事なので誰も取り合わなかった。

 

「まだ残っていたのかい。てっきり僕はリヴェリアと二人悲しく夕食を食べるものだと思っていたよ」

 

「むっ、何だその言い方は。まるで私と食べる事が不服のようだな」

 

「HAHAHA──コホン、失礼。まさか、そう思う筈がないよ。もしそんな事を言ってしまえば、僕は世界中のエルフを敵に回してしまう」

 

 そう言って、フィンは一度笑ってから、勘違いさせてしまったことを謝罪した。

 リヴェリアは王族(ハイエルフ)だ。殆どのエルフが彼女の事を尊敬している。もし万が一にでも彼女に不敬をすれば、その時はエルフという種族を敵に回す事と同義だ。

 

「それで、どうかしたのかい? ベートが此処に残っているのも珍しい。彼が残る程の何か面白い話題でもあるのかな?」

 

 フィンが団員達を見渡しながら、そう、尋ねた。

 その質問にティオネは、さてどうしたものかと思い悩む。

 この場で彼の質問に答えられるのは自分だけだ。

 馬鹿な妹は厨房に無理を言ってお代わりを頼んでいるし、狼人(ウェアウルフ)の青年と妖精(エルフ)の少女はすっかりと撃沈している。フィンとリヴェリアが此処に来たことは流石に認識していると思うが。

 アイズに言わせる訳にもいかないだろう。となると、必然的に、自分しか居ない。損な役回りだと思いつつも、意中の相手と話せる事に喜びを感じながら答えようとするが。

 

「ちょっと、皆に相談していた……」

 

 他ならないアイズが、そう言った。

 ティオネが驚愕する中、フィンとリヴェリアは「ほう」と揃って息を吐く。

 

「まさか、アイズが僕達以外に何かを相談する日が来ようとはね」

 

「そうだな。とはいえ、私としては驚きよりも嬉しさの方が優る。これも成長と言えるだろう」

 

 両者の偽りのない感想にアイズは羞恥心を覚えた。

 頬を赤く染めながら、こくり、と小さく頷く。

 フィンは穏やかに笑いながら、

 

「それでアイズ、君は何を相談していたんだい? 見た所、解決策は見付かってないようだし、僕達で良ければ一緒に相談に乗ろう」

 

 と、善意でそう言った。

 

「えっと……──」

 

「お言葉ですが、団長達の出番はありません。私達でアイズの悩みを解決してみせます!」

 

 アイズが何かを言う前に、割り込む形で、ティオネが叫ぶ。

 小人族(パルゥム)の少年の面食らった表情を脳内の記憶領域に刻み込みんでいると、リヴェリアが言った。

 

「なら、ティオネ達に一任するとしよう」

 

 その言葉を聞き、ティオネは安堵した。問題の先送りでしかないが、これで多少は時間が稼げるだろう。

 相手は強大だ、まずは準備を怠る事なく──ティオネがそう考えていると、アイズが。

 

「ううん……ティオネには悪いけど、フィンやリヴェリアにも聞いて欲しい。どの道、団長(フィン)の許可が欲しくなるから」

 

 真剣な表情でそう言った。

 その覇気から問題の重要性を感じ取ったのだろう、フィンとリヴェリアは顔を見合わせてから表情を引き締めた。

 

「僕の許可が必要、か。いいよアイズ、言ってみると良い。まずは話を聞く事からだ」

 

 うん、とアイズは頷いた。

 ここまで来れば止められないとティオネはそう判断し、行く末を見守る事に決めた。

 張り詰めた空気がアイズを中心に流れ出る。

 いつの間にか復活していた──瀕死の状態ではあったが──ベートとレフィーヤが固唾を呑み、ティオナがお代わりした料理をガツガツと食べ、そしてフィンとリヴェリアが少しばかり身構えた。

 そして、アイズは打ち明けた。

 

「あの子と──ベルと話したい。まだ駄目かな……?」

 

 反応は主に二つに別れた。

 

「ちょっと待って、『ベル』って確か……」

 

「うん、あの男の子だよね。私達が迷惑を掛けちゃった相手でしょ」

 

「チッ、あの兎野郎か……」

 

「ベル・クラネル。あの人が私のアイズさんを……! ああ、恨めしい! これが神々が言うところの『寝盗られ(NTR)』ですか!?」

 

 ティオネとティオナが記憶から掘り起こし、ベートが苛立ちながら舌を打ち、最後に、レフィーヤが手巾を噛みながら怨嗟の念を送る。

 一方で、フィンとリヴェリアの反応はというと冷静に話していた。

 

「ああ、なるほどね。確かにそれは僕の許可が必要だ。しかし、友人と会いたいか……。うーん、これは困ったね。リヴェリアはどう思う?」

 

怪物祭(モンスターフィリア)──『モンスター脱走事件』から既に数週間が経っている。あの少年への関心も幾らかは薄らいできているだろう。神々の興味も、月末に開かれる神会(デナトゥス)に向いている筈だ。そういう意味では、向こうが断らなければ私は良いと判断するが」

 

「……そうだね、そこには僕も賛成だ。とはいえ僕達が下手に接触すれば、邪推する者も現れるだろう」

 

 その会話を聞いた面々は瞠目した。

 彼等はそれまで、団長と副団長の立場に居る二人は絶対に、アイズの交際を認めないと思っていた。しかし蓋を開けてみれば、意外にも、アイズにとって良い方向に進もうとしている。

 

「う、うわあああああああああああん!?」

 

 とうとう我慢出来なくなったのだろう、レフィーヤが奇声を上げた。

 

「れ、レフィーヤ……? どうしたの? 大丈夫?」

 

 心配したティオナが声を掛けるも、レフィーヤには届いてないようだった。他の面々が──彼女の師であるリヴェリアでさえも──妖精(エルフ)の少女にドン引く中、彼女は椅子から立ち上がると、現実逃避をするように大食堂を嵐のように去った。

 

「な、何だアイツ……」

 

 ベートが、思わずと言ったように呟く。

 リヴェリアは嘆息し、眉間に手を当てながら言った。

 

「どうにも話がおかしい方向に進んでいる気がするのだが……これは私の気の所為か?」

 

「いや、僕も同じように感じていた。ティオネ、君達はアイズの相談事をどのように解釈しているんだい? まずはそこから擦り合わせよう」

 

 フィンの質問に、ティオネは恐る恐る答えた。 

 

「私達は、その……──アイズが他所の派閥……ベル・クラネルに懸想していると、そのように思っていました。彼に声を掛ける為にはどうすれば良いのか、その相談を受けていました」

 

「……なるほどね」 

 

 フィンはそう呟くと、続けて言った。

 

「うん、これは多分、アイズが悪いかな」

 

「えっ?」

 

 まさか責められるとは思っていなかったアイズが、ぽかん、と間抜け面を晒す。

 フィンはそんな彼女を一瞥すると、公言する。

 

「アイズが僕の友人──ベル・クラネルに会いたがっているのは事実だ。その相談は僕とリヴェリア、ガレス、アリシアが前々から受けていた。主神(ロキ)も相談事自体は知っている。その上で断言しよう。彼女が件の少年に会いたがっているのは、彼に恋をしているからではない」

 

 そうだろう? と、目でアイコンタクトされ、アイズは何がなんだか分からなかったが、兎に角首を縦に振った。

 リヴェリアが補足するようにさらに言う。

 

「恐らく、この子の天然発言(考えなしの言葉)が誤解を生んでしまったのだろう」

 

「……私もしかして、(けな)されている?」

 

 アイズが遅まきながら反応するのを尻目に、ティオネは深く納得した。確かに言われてみれば、こちらが驚愕すればする程、アイズの反応はあまり芳しくなかったような気がする。

 

「レフィーヤには私から後で言っておこう。彼女の師としても、言うべき事があるからな」

 

 ティオネが早とちりしてしまった事を恥ずかしく思っていると、リヴェリアが若干の怒気を放ちながら言った。

 すると空気を変えるように、ティオナが「でもさー!」と、アイズに尋ねる。

 

「恋をしてないのは分かったけど、何でアイズはそこまでしてその子に会おうとするの?」

 

 ティオナはそれが疑問だった。

 彼女の知る限りではあるが、アイズがベルと接触したのはたった一回──いや、二回か。そしてその二回とも、話す時間はあまりなかった。

 最近はティオナやレフィーヤなどと雑談を話す間柄になりつつあるが、それは彼女達の積極的なアピールがあったからだ。それまでのアイズはダンジョン探索にしか眼中がなく、四六時中ダンジョンに潜っていた。

 そのような彼女が、他所の派閥の、異性の男子(おのこ)に会いたいと訴えている。その理由がティオナは知りたかった。

 

「それは、えっと……──」

 

 ティオナ、ティオネ、そしてベートが聞く姿勢を取り、視線を集中させる。

 しかしアイズが答える前に、フィンが口を開いた。 

 

「アイズ、何もそこまで答える必要はないさ。これ以上は彼女個人の問題だからね」

 

 フィンのその言葉は全くもって正論だった。

 アイズは「ごめんね」とティオナ達にしながらも、助け舟を出してくれたフィンに心の中で感謝した。そして、脱線した話を戻す。

 

「酒場でベルと会う約束をしてから……もう少しで一ヶ月が経とうとしている。フィンやアリシアは会っているのに……私だけ会えていない。これは不公平……」

 

「しかしそれは、お前が無計画にも『階層主(モンスターレックス)』に挑んだ弊害もあるだろう」

 

 不満を口にするアイズを、リヴェリアが窘めた。

 

「うぐっ……」

 

 言葉に詰まり、アイズは呻き声を上げる。

 リヴェリアが言ったのは事実であった。先日、アイズは自身の『壁』を壊す為にたった一人で階層主(モンスターレックス)に挑み──リヴェリアの『魔法』による補助がありはしたものの──勝利を収めた。

 この『偉業』により彼女はLv.5からLv.6に『階位(レベル)』を上げた。

 しかしパーティから離脱した事により、フィン達がベルとダンジョンで遭遇した時に居なかったのである。

 その事をティオナから聞いた時、アイズは、それはもう落ち込んだ。念願の『昇格(ランクアップ)』をした事さえも忘れてしまう程に。

 まるで呪われているかのように、約束を交わした少年と会えない。

 団長(フィン)副団長(リヴェリア)に相談するも、【ヘスティア・ファミリア】に迷惑が掛かることを理由にされ、会いに行くことは許可されなかった。ガレスは「会いたいのなら会いに行けば良い」と言ってくれたが。

 

「向こうから会いに来てくれれば──それがベストだね」

 

「確か、少年には本拠(ホーム)への出入りを許可したのだろう? ならば近いうちに来るのではないか?」

 

「ンー……それは何とも言えないな。ベルは今地盤を固めている時期だ。ダンジョン探索や【ヘスティア・ファミリア】の事情を考えれば、やはり、まだまだ多忙だと思うよ」

 

 団長と副団長の会話を聞き、アイズは風向きが悪い事を察した。

 このままでは少年と話をする事が出来ない。焦る彼女を見たティオナが優しく話し掛けた。

 

「ねっ、さっきも聞いたけどさ。何でアイズはそこまでしてその子に会いたいの?」

 

 フィンに諌められた事は百の承知の上で、ティオナはその質問を投げる。

 実の姉が深い溜息を吐くのを無視し、彼女はアイズの金眼をジッと見詰めた。

 そして数秒後、

 

「知りたい事が……あるの……」

 

 ぽつりと、アイズの唇から呟きが落ちた。

 

「あの時……あの子は──ベルは猛牛(ミノタウロス)に戦いを挑んでいた……」

 

「それって、私達が取り逃したミノタウロスの事だよね?」

 

 アイズはこくりと頷く。たどたどしくも続けた。

 

「ミノタウロスは、強い。冒険者になって日が浅い駆け出し冒険者じゃ……絶対に勝てない」

 

「そうだね、アイズの言う通りだ。『恩恵』を背中に宿している僕達とは違い、モンスターには【ステイタス】という目に見えた数値はない。僕達は何体ものモンスターを倒す事で情報を集め、そのモンスターの強さを推定している」

 

「うん。そしてミノタウロスの推定『階位(レベル)』は──Lv.2強。Lv.3のパーティですら全滅させるだけの脅威がある」

 

 それは、幾千幾万ものモンスターを切り捨ててきた【剣姫(けんき)】の評価だった。

「なのに」とアイズは言葉を続ける。

 

「あの子は本気で猛牛(ミノタウロス)に勝とうとしていた……少なくとも、私にはそんな風に見えた」

 

「しかし件の少年は時間稼ぎをしていたとも、アイズ、お前は言っていた筈だ。私達の到着を待ち侘びていたように声を掛けてきたとも。ならば、それは矛盾しているだろう」

 

「確かにそうよね。もしベル・クラネルが本気で戦おうと──『冒険』に臨もうとしていたのなら、アイズに助けられた後の反応は可笑しいわ」

 

 リヴェリアとティオネの指摘に、アイズは「違うの」と金の瞳に力を込めて言った。

 何がどう違うのだと顔を見合わせる二人に、彼女はどうにかして伝えようとするが、口下手が災いして上手くいかない。

 

「簡単な事だろ。ババァが言っている『矛盾』はあくまでも結果でしかないって事だ」

 

 アイズに助け舟を出したのは、意外な人物だった。

 

「それはどういう意味だい、ベート?」

 

 フィンが面白そうに尋ねると、今まで口を閉ざしていた狼人(ウェアウルフ)の青年は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「時間稼ぎをしていたのは本当だろう。だが同時に、あの餓鬼(ガキ)は『もしも』の時を考えていた。アイズや俺達が間に合わなかったらという仮定だ」

 

「あー! なるほどね! つまりあの子は()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「……馬鹿なお前にしては珍しく的を射ているな」

 

「ムキーッ! だから馬鹿って言うなァッ!」

 

 罵り合いを始めようとする二人を、フィンが「まあまあ、落ち着いて」と笑いながら窘める。

 

「しかしながら、Lv.1の彼では土台無理な話である事に変わりはあるまい。私ならば戦意は失わずとも戦おうとはせず、撤退するだろうな」

 

 リヴェリアの言葉に対して『臆病者』だと言う者は居なかった。

 この場に居るのは第一級冒険者。(まこと)の戦場を知らない『半端者』とは違い、彼等は多くの『勝利』と同時に『敗北』も味わっている。それを延々と繰り返した果てに、彼等は立っているのだ。

 

「アイズやお前達も大概だが……流石に『神の恩恵(ファルナ)』を刻まれて間もない頃に『格上』と戦い、勝利を収めよう等とは思わないだろう」

 

「さて、それはどうかな。その状況に陥らなければ分からないよ、リヴェリア。君も言ったが、皆、血気盛んだからね」

 

「それはそうだが、私は今、あくまでも『常識』の話をしている」

 

 それもそうだね、とフィンは両肩を竦めた。それから彼は冷静に続ける。

 

「『常識』なら、多くの人間は逃げるだろう。それが冒険者になりたての駆け出しなら尚更だ。いや、『逃走』を出来るだけでも凄いと僕は評価するよ」

 

「……そうですね、私も団長に同意見です。彼は、私やティオナ、ベートのような身体能力に秀でた亜人族(デミ・ヒューマン)でもなければ、リヴェリアやレフィーヤのような『魔法』に秀でた魔法種族(マジックユーザー)でもない。アイズの規格外じみた『付与魔法(エンチャント)』もない。只人です。何も『武器』がない人間が異常事態(イレギュラー)という『未知』に遭遇し、膝を屈することなく思考を保てただけでも素晴らしいでしょう。多くの人間は猛牛(ミノタウロス)と遭遇した時点で死んでいますから」

 

「だがベル・クラネルは違った、という事か。彼は猛牛(ミノタウロス)の上層進出という異常事態(イレギュラー)に疑問を抱き、自分が取れる最善とは何かを考えた。そして彼は僅かな人間しか取れない選択肢の中から答えを出し、疑問を抱く事なく実行してみせた……」

 

「それだけじゃないよね。フィリア祭の時も、確か、あの子は銀の野猿(シルバーバック)を討伐しているんでしょ? これも充分に可笑しいよ」

 

猛牛(ミノタウロス)には劣るけど、銀の野猿(シルバーバック)も強い……。あの時のベルじゃ勝てない……と、思う……」

 

 リヴェリアが真剣な表情でフィンに尋ねる。

 

「フィン、お前は一度ベル・クラネルとダンジョン探索に赴いていたな。あの時は社会的な付き合いだからとさほど気にならなかったが……お前は少年の戦う様子を実際に見て、どのような感想を抱いた?」

 

「私も、気になる……。ベルと会うのが駄目って言うなら、せめてそれだけでも……!」

 

 アイズの必死な訴えに、フィンは「そうだね」と言うと考え込むように碧眼を閉ざした。数週間前の出来事を思い返すように、彼はリヴェリアの質問に答えた。

 

「最初に抱いたのは『驚愕』だ。ベルは既に、自分の戦闘様式(スタイル)を確立していた」

 

「なに……? それは本当か?」

 

「下らない嘘は吐かないさ、リヴェリア。とはいえ、君の疑念も分かるよ。僕もそうだったからね」 

 

 苦笑いするフィンに、リヴェリア達は何も言えないでいた。

 早期での戦闘様式(スタイル)の確立。

 口で言うのは簡単だが、実際に行うのは非常に難しい。自分の体格、性格、使う得物、特技、それら全てを自己覚知し、統合し、自分なりの戦い方を修得していく為には途方もない努力と、何よりも、長い時間が必要となる。

 

「戦闘様式(スタイル)の確立は、安定性──言い換えれば効率性に繋がる。ベルは難なくモンスターを倒していったよ。でも、それは才有る者なら有り得ない話じゃない。傲慢かもしれないが、此処にはその前例が居る」

 

 第一級冒険者達は皆等しく『才能の塊』だ。

 一を教えれば十を得る。学ぶのではなく、完全に自分の技術とする事が可能だ。

 

「だからこれには、すぐに呑み込める事が出来た」

 

「なら団長は、いったい何に『驚愕』されたんですか?」

 

 ティオネの質問に、フィンは勿体ぶらずに即答した。

 

()()()()

 

 小人族(パルゥム)の少年が言った意味が分からず、ティオネは思わずティオナにアンタは分かった? と視線を送った。しかし当然とばかりにティオナは首を横に振る。

 

「ねぇー、ベートは分かる?」

 

「……」

 

「無視するなァー!」

 

 何度目になるか分からない喧嘩が起こる前に、アイズが慌てて自分の考えを──たどたどしくはあったが──言った。

 

「それは……落ち着いているって事……?」

 

「それもある。猛牛(ミノタウロス)の件からも分かるように、彼の視野は広い。でも、僕が言っているのはそことは少し違う」

 

「そ、それって……?」

 

「彼は──ベルは異常な程に『死』の気配に敏感なんだ。強襲してくるモンスターを察知し、慌てることなく剣を構え、そして迎え撃つ。何を当たり前の事を、と思うだろう。だが、この当たり前を出来るようになるのはとても難しい」

 

 アイズにもその覚えはあった。

 浅い層──『上層』はまだ良い。しかし『中層』からは違う。モンスターの産生(ポップ)率は『上層』とは比較にならないほど上がり、遭遇(エンカウント)率も跳ね上がる。

『上層』でしっかりと心構えを身に付けていなければ、瞬く間にモンスターの物量に押し潰されるのだ。

 

「少なくとも、駆け出しが出来る芸当じゃないよ。それがましてや、迷宮都市(オラリオ)に来るまではただの農家だった少年なら尚更だ」

 

「だがフィン、少年が『嘘』を吐いている可能性もあるだろう」

 

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオは下界で唯一地下迷宮(ダンジョン)を保有しているが、何も、この地でしかモンスターと戦えないかと言われるとそうでもない。

 今も『古代』からの生き残りが、世界中に散らばっている。地下迷宮(ダンジョン)に比べると遥かに弱いが、敵がモンスターである事に変わりはない。

 あるいは、モンスターでなくとも同族(ヒト)が居る。王国(ラキア)を筆頭に、この世界には多くの軍事国家があるのだ。

 リヴェリアの理に適った指摘に、フィンは答えた。

 

「僕も疑問に思って確認したけれど、きっぱりと否定されてしまったよ。その時神はいなかったから信憑性はあまりないけどね」

 

「お前が見抜けない『嘘』があるのなら、それはそれで異常だがな」

 

王族(ハイエルフ)の君に褒めて頂けるとは、嬉しい限りだ」

 

 フィンは(おど)けるように笑うと、自身の考えを口に出した。

 

「あの時の様子から判断するに、彼は『嘘』は吐いていない。しかし同時に、『真実』も話していなかった」

 

 どういう意味だ? と団員達が顔を見合わせる中、小さな首領は真剣な表情で続ける。

 

「いくら考えても分からないんだ。憶測の域を出ないものばかりで、根拠には決してならない。そして、アイズが言っている彼の『強さ』は恐らく、ここにあるだろう」

 

 フィンはアイズの金色の瞳を見詰めながら、優しく語り掛けた。

 

「アイズ、君の気持ちは分かるつもりだ。しかし、相手の事も考えなければならないよ。これは分かるね?」

 

「う、うん……」

 

「【ファミリア】の団長としては、まだ待つべきだと言わざるを得ない。なに、ベルは美しい女子(おなご)に興味津々のようだから、君の誘いを忘れている訳では決してないさ」

 

 私も美しい女子(おなご)と言って欲しい! と興奮するティオネとは反対に、アイズの反応は微妙なものだった。

 

「そうかな……?」

 

「そうだよアイズ! もっとお洒落すれば絶対にモテるって! こんなに可愛いんだからさ!」

 

 ティオナが握り拳を作り、そう、力説する。そんな彼女をベートは半眼で見ていた。

 フィンは笑うと、最後に意味深にこう言った。

 

「とはいえ、偶発的に会う事もあるだろう。お互い顔は知っている仲だ。挨拶程度ならするのが礼儀だろうね」

 

「……ッ! 分かった、そうする!」

 

 アイズはそう言うと、表情を微かに緩めた。

 ティオナが「あぁー、やっぱり可愛い!」と抱きつく中、ティオネとベートは呆れたように溜息を吐く。

 暫くした後、四人は席を立った。他の団員も大食堂をあとにし、広い空間にはフィンとリヴェリアの二人のみとなった。

 

「良かったのか、あのような事を言って」

 

 静まり返った空気の中。

 リヴェリアが、フィンにそう切り出す。

 

「あのような事とは?」

 

「惚けるな。先程のアイズへの言葉だ。まず間違いなく、あの子は明日から『遠征』まで少年を探し、偶然を装って声を掛けるだろう。それが良いのかと尋ねている」

 

「良いか悪いかと聞かれたら、まあ、悪いね」

 

「なら……!」

 

 咎めるような言い方に、フィンは両肩を竦める。

 

「仕方ないさ。アイズの不満は尤もで、近いうちに爆発するのは時間の問題だ。そしてその時までにベルが本拠(ホーム)を訪れるかは分からない」

 

「だから実質的に許可を出したのか?」

 

「怖い顔をしないでくれよ、リヴェリア。君だって最近のアイズの成長を喜んでいたじゃないか」

 

 リヴェリアは「それとこれとでは話が違うだろう」と反論する。

 異なる【ファミリア】が関係を築くのはとても難しい。【ファミリア】が神の代理戦争という一面を持つ以上、そこにはどうしても打算が絡んでくる。

 現在でこそ都市最強派閥【ロキ・ファミリア】とて畏れられているが、力が無かった頃は仲間だと思っていた【ファミリア】から騙される事が何回かあった。

【ファミリア】の今後を憂う副団長を、団長は笑いながら窘めた。

 

「大丈夫さ、リヴェリア。アイズはかなり成長した。【ロキ・ファミリア】の幹部としての心構えは君が徹底的に叩き込んだ。そうだろう?」

 

「それはそうだが……しかし、私はやはり心配なのだ。あの子が何か問題事を起こしそうでな。そういう意味では主神もそうだが……あの子はそれ以上だ」

 

母親(ママ)だねぇ」

 

 誰が母親(ママ)か!? と、リヴェリア反射的に言葉を返す。

 フィンは「ごめんごめん」と軽く謝りながら、再度、言った。

 

「どちらにせよ、二人が会わないという可能性も高い。この迷宮都市は広いからね」

 

「……だと良いがな」

 

 リヴェリアは諦めたように溜息を吐くと、トレーを持って椅子から立ち上がった。

「もう行くのかい?」と声を掛けるフィンに、彼女は振り返って言う。

 

「今からレフィーヤに灸を据えなければならないからな」

 

「ああ、なるほど……。夜ももう遅いから、程々にしときなよ」

 

「それは無理な相談だ。彼女は私の後釜だ、師匠として弟子を教育せねばなるまい。それにそろそろ、次の階位に進んで欲しいからな、その話もするつもりだ」

 

 リヴェリアはそう言うと、大食堂をあとにした。

 だだっ広い空間と化した大食堂に一人残されたフィンは、何となく思い立ち、窓から夜空を覗く。

 しかしながら、そこに美しい月は浮かんでいなかった。

 

「そう言えば、雨が続くと言っていたな。合羽の準備をしておこう」

 

 彼の碧眼には、幾層にも重なって出来た灰色の雲が映っていた。ヒュー、ヒューッと、強い風が窓を叩く。

 そうして暫く眺めていた、その時だった。フィンは右手を持ち上げ、親指を注視する。

 

「親指が(うず)く。また『何か』が起こるのか……?」

 

 そう呟き、睨むようにして目を細める。

 碧眼が捉えるのは、常闇。

 フィンは嘆息すると、何れ直面するであろう新たな戦いに備える為動き出したのだった。

 

章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)

  • 必要
  • 不必要
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。