さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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斯くして、時計の針が進んだ Ⅱ

 

 

 

 頑張れば報われると、そう、思っていた。 

 

 

 

 例え、生まれ育った環境が劣悪(れつあく)だったとしても。

 例え、幼少期の頃から孤独な人生を歩もうとも。

 例え、何も取り柄が無くて『才能』が無くとも。

 

 

 

 例え──自分の存在が否定されようとも。

 

 

 

 必死に足掻いて、藻掻いて、生きてさえいれば。

 (いず)れは幸せな未来が、希望で満ち溢れた明日が来るものだと、そう、思っていた。

 

 

 

(いま)』ではない『何時(いつ)か』、英雄譚に登場するような『英雄』が自分を見付けてくれると。

 手を差し伸べてくれると。

 助けてくれると。

 そう思い、願い、(すが)っていたのだ。

 

 

 

 だって、此処は『英雄都市(オラリオ)』。

 数多の『英雄候補』が集い、鎬を削り合い、軈ては『英雄』が誕生する地なのだから。

 

 

 

 愚かな(わたし)は──リリは、そう、信じていたのだ。

 

 

 

 

§

 

 

 

 ザアザア、ヒューヒュー、と。

 リリルカ・アーデの一日は、そんな、水と風が窓を叩く音で始まった。

 

(朝……)

 

 有って無いような薄い毛布を剥がし、リリルカはゆっくりと身体を起こした。

 

「最悪な寝覚めですね」

 

 額に手を当てながら、そう、呟く。嫌な汗がじっとりと身体全体に纏わり付いていた。

 内容はあまり覚えていないが、『悪夢』を見たのは明らかだった。最近は快眠が続いていた為に、不快感と、何よりも暗い気持ちが倍増となる。

 ぱちくりと何度か瞬きをし、意識を覚醒し憂鬱な気持ちを取り払おうと試みる。霞んでいた視界は鮮明になり、時間と共に脳が活性化していくのを感じた。

 視線を窓に向けると、そこには灰色の空が映っていた。幾層にも重なった積乱雲により、太陽は完全に隠されてしまっている。

 

(ああ、そう言えば……大雨警報が出されていましたっけ。すっかりと忘れていました)

 

 数日前に見た情報誌の内容を思い返し、リリルカは嘆息した。

 情報誌を購入する事は都市や世界の情勢を知る為の必要対価だと思っていたが、こうもその内容を忘れてしまっては意味がない。

 そのような事を何処か他人事のように思いながら、少し動くだけで不協和音を出す寝台(ベッド)から離れた。

 建て付けの悪い雨戸を開けて外の様子を窺うと、大量の水と風が彼女の小さな身体を襲う。次の瞬間、身体は全身くまなくびっしょりと濡れていて、床は一面水浸しとなっていた。

 衣服が濡れる不快感にも構わず、リリルカは顔をひょっこりと出して顔を見上げた。

 そこでは灰色の景色が広がっていた。

 槍の如く降り注ぐ雨は壁や住居の雨戸を叩き、裏路地を駆け抜ける強烈な風は店の看板を大きく揺らし今にも吹き飛ばしそうだ。雷が落ちていないのが奇跡だろう。

 

(これを吟遊詩人が見たら何て詠むのでしょうか)

 

 ぼうっと見詰めながら、ふと、下らない事を考える。恐らく、大半の吟遊詩人は悲観的な表現をするに違いない。そして事実に更なる加筆をする彼等の事だ、『最悪な朝の始まり』であったり『モンスターが引き起こした大災害』であったり、『神の怒り』であったりと、彼等は誇大気味に詩を紡ぐのだろう。

 

(それならあの人は、何て詠むのでしょうか……?)

 

 思考は分岐し、一人の少年が脳裏に浮かんだ。

 白髪紅目の只人(ヒューマン)。何が面白いのかいつもヘラヘラと笑い、後先考えず本能だけで生きていそうな愚か者。

 彼は、この天気を見て何を一番に思うのだろう。沢山の人のように憂鬱な表情を浮かべるのか、あるいは、それとは違った表情を浮かべるのか。

 嗚呼(ああ)、だが、まず間違いなく。

 次の瞬間には、彼は、あの手記に何かを書き殴るのだろう。自分が思った事、感じた事、考えた事を衝動的に綴るのだ。

『英雄日誌』という、傍から見れば訳の分からない無意味な自伝をまた重ねるのだろう。自分もいつの間にか述べられていて、とても恥ずかしいのでやめて欲しいと抗議したのだが、口が回る彼に言いくるめられてしまった。

 しかし、今思えばそれも悪くないかもしれない。自分のような存在価値の無い人間が、例え『脇役(モブ)』であっても登場するのだ。ならば、この世界に生を受けた甲斐が少しばかりはあったのだろう。

 

(そろそろ、行かないと──)

 

 我に返り、リリルカは雨戸を閉めようとして……考え直してやめた。

 ただでさえ床は一面水浸しになっていて、部屋の至る所には水が飛び移っているのだ。今更閉めた所で意味はないだろう。何よりも、最悪なサービスを提供しているのにも関わらず、こちらが『訳あり』だと敏感に察するや否や高い宿泊料を請求してきた意地悪な宿主にせめてもの報復をしたかった。

 この宿を使う事はもう二度とないだろうから、恨まれようが関係ない。店主の怒り狂った様子を想像し、先程とは一転、何処か晴れやかな気持ちになった。

 ボロボロのハンガーラックから普段纏っているクリーム色のローブを羽織るも、既に全身濡れているので、すぐに濡れてしまう。とはいえ、雨具の用意をしていなかった以上、これから素っ裸で雨の中に入るのであまり関係ないのだが。

 こういう時、癪ではあるが『神の恩恵(ファルナ)』の有り難さを感じる。一般人よりも屈強な肉体を持つ神の眷族は、病に対しても耐性を持っているからだ。そうでないと、閉鎖的空間である地下迷宮(ダンジョン)で『遠征』など出来る筈もない。

 

「よいしょ」

 

 防水仕様のカバーを被せたナップサックを背負い、フードを目深に被る。

 忘れ物が無いか確認し、そして、部屋から出る直前。

 リリルカは唇を動かし──『希望』でもあり、『呪い』でもある『詠唱(ことば)』を囁いた。

 

「──【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】

 

 リリルカが言い切った──刹那。練り上げられた僅かな『魔力』が波動となり、小さな光が彼女の身体を包む。

 そして、光が消え落ちて闇に混ざった時。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その外見は亜人族(デミ・ヒューマン)である犬人(シアンスロープ)の耳に極めて酷似していた。

 少女はその獣のふさふさとした耳の触り心地を確認すると、ニイッ、と嗤う。

 全てを嘲るように、全てを諦観するように。

 

「さあ、今日も行きましょう。今日を入れてあと二日、楽しい楽しいダンジョン探索の始まりです」

 

 少女はそう呟くと、薄暗い廊下を独り歩くのだった。

 

章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)

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