さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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斯くして、時計の針が進んだ Ⅲ

 

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオは朝から悪天候に襲われていた。

 大量の雨と強風が都市を、ひいては都市に暮らす人々を襲う。最近は快晴が続いていたが為に、住民達が受ける精神的苦痛はかなり倍増していた。

 管理機関(ギルド)は天気予報士と呼ばれる専門職(プロフェッショナル)から話を受け、大雨警報を早期から発令。不要不急の外出を禁止とした。住居が安定していない貧民窟(スラム)の住民には建築系【ファミリア】に強制任務(ミッション)を課し頑丈な仮設テントを設置させた。

 これにより現在、都市を出歩く者は少ない。

 とはいえ、それはあくまでも『一般人』の話である。

 八本あるうちのメインストリート、その一本だけは平生と変わらず賑やかであった。

 

「おぉい、風強いな!? こりゃ普通じゃねえぞ!?」

 

「飛ばされるんじゃねえぞ!? あっ、あくまでも商品な!?」

 

「何だとゴラァ! 俺が飛ばされても良いって言うのか!?」

 

「貴重な商品が駄目になるよりかは何倍も良いだろうが!」

 

 北西のメインストリート──通称『冒険者通り』。此処だけはこの悪天候の最中であっても普段と変わらない様子を見せていた。

 街路に並んでいる屋台の数は三十にも及び、その全てが様々な魔道具(マジックアイテム)を駆使して対策をしており、寧ろ、雨音と風音を弾き飛ばす勢いで目抜き通り往来する『客』に声を掛けていた。

 そう、商人が居るという事は、逆説的に言えばそこには『客』が居る事と同義だ。

 そして、『客』──『冒険者』達は装備の上から合羽を纏った状態で掘り出し物を探していた。

 

「おい、何だこの回復薬(ポーション)の値段は!? 吹っ掛けてくるのにも限度があるだろうが!? これなら【ディアンケヒト・ファミリア】で買った方がまだマシだぞ!」

 

「なにぃ、()の【万能者(ペルセウス)】が製作した魔道具(マジックアイテム)だと!? おい店主、嘘を吐いているんじゃないだろうなァ!?」

 

「今日から『中層』に行くんだが、精霊の護符──サラマンダー・ウールはあるか!? 値段は問わないぞ!」

 

 野太い叫び声が響く。冒険者達は自分が追い求める商品は何処にあるのかと店主に尋ねていた。時には、自分が納得しない値段を請求されて怒鳴り声を上げる事も。

 彼等は今日も日銭を稼ぐ為、あるいは、自分の欲望(ゆめ)を叶える為、ダンジョンへ赴く。その為の労力を彼等は厭わない。

 その一方で、朝から酒場に屯している冒険者も居た。

 

「聞いたか!? もうすぐ【ロキ・ファミリア】が『遠征』するってよ!」

 

「そんなのとっくの昔から知ってるよ! とはいえ、今回の間隔(インターバル)は随分と短いが……何か理由でもあるのか?」

 

「それも重要だが、一週間後には神会(デナトゥス)があるぞ! 俺、つい二日前に『昇格(ランクアップ)』したんだ! どんな『二つ名』が授けられるか楽しみでしょうがないぜ!」

 

「数週間後には【神月祭(しんげつさい)】も催されるぞ! 噂によれば、今年の【神月祭】には彼の貞潔の女神(アルテミス)様が居らっしゃるとか!」

 

「「「なにィ!? それは本当かァ!?」」」

 

 通りに並んでいる酒場では冒険者達が集い、情報を交換している。朝っぱらから酒を飲んでは騒いでいた。

 外では屋台が、内では酒場や店が。悪天候など関係ないとばかりに普通に営業している。一般市民がこの光景を見れば呆れるか、理解出来ないと倒れるだろう。

 だが、彼等には関係ないのだ。冒険者である彼等の稼ぎ先は異常事態(イレギュラー)が日常茶飯事な地下迷宮(ダンジョン)。その適応能力は随一だ。

 天候など一切関係ない。精々、巨塔(バベル)に行く際に濡れるくらいであり、それだって対策を講じれば何も問題ないのだ。寧ろ彼等はダンジョンに潜る同業者が減る事を望み、少しでも自分に利益が出る事を期待してすらいる。

 管理機関(ギルド)から派遣されたギルド職員が「危険ですから本日は本拠(ホーム)でお過ごし下さい!」と声を出しているが、彼等はそれを歯牙にもかけない。寧ろ、若くて可愛い女子だったらナンパをする始末だ。

 荒くれ者が多い冒険者がこの程度で静かになる筈がない。管理機関(ギルド)としてもそれは重々承知のうえだが、彼等にも都市を守るという立場がある。故に、新人職員が駆り出される事となっていた。

 

「……」

 

 様々な亜人族(デミ・ヒューマン)が忙しなく道を往来する中、一人の子供が歩いていた。合羽を着ることも、傘を差すこともしないで道端を独り歩く子供を、酒場で酒を飲んでいた数名の男が見付ける。

 

「何だよ、アレ? 小人族(パルゥム)か?」

 

「外見上は完全にそうだな。ははっ、馬鹿だな。この雨を対策していなかったのか? やっぱり小人族(パルゥム)は今日も落ちぶれているなぁ!」

 

「いやいや、よく見ろよ。ナップサックは防水仕様されているぞ」

 

「って事は、自分の雨具の準備だけ忘れたのか! 何て間抜けな奴だ!」

 

 違いない! 男達はゲラゲラと笑い、子供を酒の肴にした。

 品性の欠片もない笑いはすぐに伝染し、瞬く間に、酒場は下卑た笑いで包まれる事となる。酒に呑まれている彼等は顔が真っ赤で、正常な思考をとうの昔に無くしていた。

 

(陰口でないだけ、まだマシと言えますか)

 

 子供──リリルカ・アーデは自分が嘲弄の標的(ターゲット)にされている事を分かっていながら、聞こえない振りをしていた。振り返って抗議の視線を下手に送ろうものなら、面倒事に巻き込まれるのは確実。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この場に留まって絡まれるのを避ける為、彼女は目当ての道具屋に足を運ぶ。そして数十分後、目的地に辿り着くと店が汚れるのも気にせず躊躇なくそのまま店内に入った。

 

 

 

 

§

 

 

 

 北西のメインストリートから二本ほど外れた小道に、その道具屋(アイテムショップ)は建っていた。

 店内は店主を除けば無人だった。

 それも仕方ないな、と店主であるヒューマンの男は店内に流れる音楽をぼんやりと聴きながら思う。

 何せ早朝という時間帯に加えてこの悪天候だ、他の店を差し置いて、中途半端な立地にあるこの店にわざわざ足を運ぶ物好きはいないだろう。

 一応店は開けたが、この調子が続くなら今日の売上は零になりそうだ。

 そう思った、その時だった。

 

 カラン、コロン。

 

 店の唯一の出入口である扉に括り付けた鈴が、軽やかな音色を奏でた。

 

「へい、らっしゃい──うげっ」

 

 店主は最初こそ歓迎の表情を浮かべたが、入店した客を視界に入れるや否や顔を顰めた。

 というのも、その客は全身ずぶ濡れの状態だったからだ。

 クリーム色のローブを目深に被っている所為で、正体は分からない。体格から察するに、小人族(パルゥム)亜人族(デミ・ヒューマン)の子供だろうか? 

 彼は面倒な客だと敏感に察するも、追い出す事はしなかった。『冒険者通り』は激戦区であり、店を維持するのはとても難しいのだ。元より、相手するのは冒険者。店に直接的な損害を生み出したら直ちに魔道具(マジックアイテム)の警鐘を鳴らし『都市の憲兵』たる【ガネーシャ・ファミリア】を呼ぼうと、魔道具(マジックアイテム)の置かれている位置を確認し、いつでも通報出来るように構える。

 多少の『訳あり』なら目を瞑ろう。

 その人物は他の商品に目を()れることなく長台(カウンター)に近付くと、囁くようにして言った。

 

「すみません、店主様。ダンジョン探索用に、探している道具(アイテム)があるのですが」

 

 女性特有の高音。

 店主はそこでようやく、目の前の客が女性である事を知った。

 とはいえ、未だに正体不明なのは変わらない。

 確実に言える事は、彼女が『恩恵持ち』だという事だ。『冒険者通り』に近い場所に建っている道具屋(アイテムショップ)に訪れている点もそうだが、何よりも、小さな身体に背負われている不釣り合いなナップサック。これがそれを証明している。普通の子供なら平然と歩く事は出来ないだろう。

 とはいえ、子供だからと油断は出来ない。小人族(パルゥム)の外見は生まれた時から死ぬ時まで殆ど変わらないし、『神の恩恵(ファルナ)』を授かっている冒険者ならば『神に近しい存在』となっているからだ。

 外見が幼いからだと警戒を解くのは愚の骨頂。迷宮都市(オラリオ)の常識の一つである。

 

「……何だい? 自慢じゃあないが、ウチは大半の道具(アイテム)なら取り扱っているよ」

 

 自然と、喉から出た声音は低くなっていた。

 しかし、少女は気分を害した様子を微塵も見せなかった。

 

「そうですか。なら安心ですね」

 

 そう言って、少女はにっこりとフードの奥で微笑んだ。

 無邪気な可愛らしい笑みだと、店主は思わず警戒を幾許(いくばく)か解いてしまう。

 

「それで? 探してる物は何かな?」

 

「ええ、実はトラップアイテムを探していまして。より具体的には──」

 

 少女の言葉を聞いた店主は「なるほど」と頷いた。

 

「それなら有るよ。冒険者がよく使う道具(アイテム)でもあるからね」

 

「わあっ、それは良かったです。これなら、()()()()も喜ばれるでしょう」

 

()()()()()……? まあ、良いか。それで、幾つ欲しいんだい?」

 

 リリルカはその質問に即答する。

 

「お店にある在庫、全て」

 

「……? お嬢ちゃん、今なんて?」 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 店主は自分の聞き間違いでない事を確認すると、堪らずに目を見開いた。

 そして、彼は今一度少女を見る。栗色の瞳と目が合うと、少女はにっこりと先程と同様に笑った。

 

「……一応、確認するけどね。お嬢ちゃん、これを何に使うつもりだい?」

 

 すると、少女は意味が分からないとばかりに小首を傾げた。逆に彼女は、不思議そうに尋ねる。

 

「こちらの商品の用途は一つだけでしょう?」

 

 何か他にあるのですか? 彼女の瞳がそう問い掛けてくる。無垢な瞳を向けられ、店主は「うぐっ」と言葉に詰まった。

 

「あー、いや、何でもないよ……」

 

 結局、店主はそう言って(にご)すしかなかった。それから彼は頭を振って切り替えると、商談を始める。

 

「しかし、店に置いてある全てか……」

 

「買い占めはお店のルールで駄目だったりしますか? それならば、許される限りでも構いませんが」

 

「いいや、そういう訳じゃないんだが。かなりの量だ。失礼だが、お嬢ちゃん、お金はあるのかい?」

 

 払えるだけの金を所持しているのかと、店主は尋ねる。倉庫に置いてある物も含めれば数十個にもなり、当然、その分だけ価格は高くなる。

 相手は冒険者だ。ここで値段を提示し、しっかりと確認しなければ面倒な事になる。実際、何度か『都市の憲兵』を呼ぶハメになった事もある。

 これまでの経験を活かし、彼は少女に算盤を弾いてみせた。

 

「これだけの額だ。どうかな?」

 

「構いません。先に支払わせて頂いても宜しいでしょうか」

 

「あ、ああ……私としてもその方が助かるが……」

 

 店主が正直にそう言うと、少女は面白そうにクスクスと笑った。

 そして彼女は懐に手を伸ばすと、三つの宝石を見せた。

 

「これは……?」

 

 訝しむ店主に、少女は「ご存知ありませんか?」と言った。

 

「ノームの宝石ですよ、店主様」

 

「なっ……! これが!?」

 

 店主は思わず叫んでいた。

 ノームの宝石や鉱石はとても貴重だ。土精霊が生み出すこれらには確かな『信用』と『価値』がある。

 更には、少女が見せてきた宝石はどれもがかなりの大きさだった。初めて見る現物に、店主は興奮を隠せないでいた。

 

「申し訳ございません、実はヴァリス金貨の手持ちはあまりなくて。こちらでも宜しいでしょうか」

 

「も、勿論だ! でも、良いのかい? こんな貴重な物を三つも?」

 

「ええ、喜んで。お店を汚してしまった罪滅ぼしもしたいですから」

 

 少女は笑みを携えて言った。

 そこからの商談は早かった。店主は少女の気が変わらないうちに、彼女が欲しいと言った品物を掻き集めてみせた。そしてわずか数分後、長台(カウンター)の上にはそれが山のように積み重なっていた。

 

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

 

 少女は花のような笑みを見せると、宝石を店主に渡した。受け取った彼が「おお……!」と感動している間に、彼女は淡々と慣れた様子で購入した品物を纏めていた。

 そしてナップサックの中に入れると、店を出ようとする。

 

「お嬢ちゃんは、やっぱり冒険者なのかい?」

 

 気付けば店主は、そのような当たり前の質問をしていた。

 遅れて、しまった、という後悔が募る。不必要な会話を拒む客は多いからだ。店主は何となく、今回の客はそのタイプだと思っていたのだが、しかし、彼女は出口の前で足を止めると、振り向いてこう言ったのだ。

 

「いいえ? (わたし)は『冒険者』ではありませんよ?」

 

「……え?」

 

(わたし)は『サポーター』。無力で卑しい寄生虫なのです」

 

 唇を歪め、戯けるように少女は言うと、呆然とする店主を置いて店を出ていった。

 そして店主が我に返ったとき、そこには、水浸しになった床だけがあった。

 

章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)

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