さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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本拠崩壊

 

「ヘスティア、こっちは塞いだぞ!?」

 

「よくやったぞベル君! よし、これでもう大丈夫──うわあああああ!? 次はこっちか!?」

 

「何ィイイイイイイイイイ!? わーお、それは大変だネ!」

 

他人事(ひとごと)のように言うなァ!?」

 

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオが悪天候に襲われる中──【ヘスティア・ファミリア】本拠(ホーム)『教会の隠し部屋』は普段と同様、否、それ以上に騒々しかった。

 

「コンチキショー! 何で雨漏りしてるんだァー!?」

 

 ヘスティアが半泣きしながら、我慢ならぬとばかりに叫ぶ。

 その嘆きの声に、ベルは「HUHAHAHA!」と高笑いで返した。それから彼は真顔になって正論を言う。

 

本拠(ホーム)がボロいからね、仕方ないネ☆」

 

「ゴフッ!?」

 

「地下の此処まで聞こえてくる雨音に暴風だ、こうなるのは必然だろう」

 

 そう言って、ベルは本拠(ホーム)の唯一の出入口を見た。鉄製の分厚い扉には大量の水が攻め込まれており、嫌な音がひっきりなしに鳴っている。鍵を掛けてこそいるが、突破されるのは時間の問題だろう。

 つまり刻々と、本拠(ホーム)水没という何も笑えない事態が近付いてきているのだ。

 ヘスティアは両手で顔を覆うと絶望の表情を浮かべた。

 

 ──二十分前。

 

 ピチャ、と。

 ヘスティアは頬に冷たい何かが当たるのを感じた。最初は気の所為だと無視を決め込んでいた彼女であったが、数秒後、もう一度同じ感覚を抱いた。これは何か可笑しいとようやく思い、重たい瞼を擦りながら目を開けると、ちょうど、上から何かが降ってくるところだった。

 慌てて目を閉じ、その何かを受け止めた彼女は、そこでようやく、その正体が水だと突き止めた。

 ここで彼女は疑問を抱く。何故水か落ちてくるのか? という、至極当然な疑問だ。

 そしてヘスティアが覚醒(かくせい)した時、彼女は天井から雨音と強風を聴いた。同時に、彼女は悟った。

 ──あっ、これヤバいヤツだ。

 そこからのヘスティアの行動は早かった。普段の鈍臭さを『古代』に置き去った彼女は状況の把握にまずつとめた。そして、危機的状況であるのにも関わらず呑気に爆睡している眷族を叩き起したのだった。

 

 ──そして、現在。

 

「──やめろ、やめてくれェ!? ボクが聞きたいのは正論なんかじゃない! 慰めの言葉だァ!?」

 

 うわぁーん! と、ヘスティアはとうとう幼子のように泣き出した。それは眷族に何も言い返せない悔しさだったり、自分は仮にも女神なのにどうしてこんな思いをという怒りだったり、まともな本拠(ホーム)で暮らせない自分への不甲斐なさだったりと様々であった。

 主神(ヘスティア)が崩れ落ちる中、眷族(ベル)は。

 

「……ハッ! インスピレーションが湧いたぞ! これは書かずにはいられない!」

 

 天井を塞ぐ手をとめ、懐から手記と羽根ペンを取り出した。そして彼は意気揚々と羽根ペンを走らせる。

 

「非常事態でも、否、非常事態だからこそ(つづ)るぞ! 英雄日誌! ──『冒険者ベル・クラネルが主神の必殺技(ツインテールビッグバンアタックスラッシュ)によって起こされると、なんと、本拠(ホーム)が浸水の被害に遭っていた! 廃墟同然の本拠(ホーム)だ、こうなるのは運命、必然と言えよう! 嗚呼、このまま本拠(ホーム)は水没してしまうのか!? ベル・クラネルの冒険はこんな所で終わってしまうのか!? 次号をお楽しみに!』──フッ、長い人生を歩んできた私ではあるが、このような経験は始めてだ……」

 

「悠長にそんな事を言っている場合かァ!」

 

「ギャアアアアアアアアアアアア!?」

 

 再度、ヘスティアから最終奥義(ツインテールビッグバンアタックスラッシュ)を喰らい、ベルは堪らずに断末魔をあげた。

【ヘスティア・ファミリア】は非常事態であろうとも通常運転であった。

 ──五分後。

 天井から降ってくる水は一向にやむ気配がなく、寧ろ増えていた。部屋に散らかっていた木材を掻き集めては蓋をして対処していたが、時間と労力の無駄だと彼等は早々に判断した。

 そして、ベルとヘスティアは寝台(ベッド)の上で向き合っていた。どちらも真剣な表情を浮かべている。

 

「さて、ベル君。ボク達【ヘスティア・ファミリア】が結成してからあと少しで二ヶ月だ。新興派閥なのにも関わらず、ボク達はこれまでに何度も危機的状況に()ってきたけれど、今回はその比じゃないだろう。いやほんと本気(マジ)で。絶体絶命、【ファミリア】の存続を()けた戦いにボク達は挑まなければならない! ──おっ、このお茶美味しいねえ! ウチには無かったと思うけど?」

 

「そうだな。とはいえ、その理由を考えたら実に情けない話なのだが。もしこの話が外部に漏れたら、私達は迷宮都市(オラリオ)の人気者になれるだろう。うん、間違いないネ! ──これは以前、近所のおばちゃんから頂いたものだ。何でも、極東の物らしい。極東は茶が盛んなようでな、様々な種類があるのだとか」

 

「そうだ! 迷宮都市(オラリオ)の全派閥の笑いの種となるだろう! ボク達はそれを何としてでも防がなくちゃあ、ならない! しかし悲しきかな、すぐ近くには絶望がある! つまり(ジ・エンド)って事だ! ──へえ! 今度神友(タケミカヅチ)に詳しく聞いてみるよ! ご近所というと……ああ、いつも良くしてくれる三人家族のご家庭だね。今度御礼に言いに行くよ」

 

「うぅむ、何とかならぬものか。外部に助けを求めようにも、その手段がないからなぁ。やれやれ、昔日(せきじつ)は『未来はきっと世界中の人達と話せるぞ!』と言っては(みな)に笑われたものだが、時代はまだまだ追い付いていないか。──そこの家族だが、最近、妹家族が子供を授かったらしい。そこで何でも、ヘスティアに名付け(おや)になって欲しいのだとか。頼めるか?」

 

魔道具(マジックアイテム)の開発も中々難しいからねえ。まあ、神々(ボク達)からすれば魔石製品の発明こそ革命だけど。ほんと、ヒューマンは凄いねえ。発想力とでも言うのかな? 正直な所、この分野に関してはどの種族よりも飛び抜けて秀でてると思うよ。──名付け(おや)かぁ、これは責任重大だねぇ。それじゃあ今度、その妹夫婦と会ってみるよ。子供は親の影響を受けるから、どんな為人(ひととなり)か知っておきたいんだ」

 

「何でも今代(こんだい)の『英雄候補者』の中には魔道具(マジックアイテム)の製作に長けた者がいるのだとか。もし話す機会があったら提言するとしようかな。──女神である貴女が突然会いに行かれたら彼等も驚いて恐縮するだろう。私が伝言役となり、日程を調整しよう」

 

「まあ、言うだけなら自由で無料(タダ)だしね。言うだけ言ってみると良いさ。──すぐには無理かなぁ。ある程度は考えておくのが礼儀だと思うし……」

 

「そうするさ。何よりも、その人物は絶世の美女らしい! くぅー! 是非お目にかかりたい! さぞや美しいのだろう! 会うのが楽しみだ! ──それに関しては問題ない。聞いた所によると、妹夫婦は都市外の村で住んでいるらしい。だが妊娠した事で都市に永住する事を決めたそうだ。近々大きな祭……【神月祭(しんげつさい)】? だったか。その時に来るらしいからまだ少し先だな」

 

「……ハア、きみってヤツは。昨晩の格好良さは何処へ行ったのやら。──分かった。それなら、ゆっくり考えておくよ」

 

 真剣な表情を浮かべながら、彼等は真剣な話と雑談を交互に繰り返すという、無駄な高等テクニックを披露していた。

 話題が右に行ったと思ったらすぐに左に行くようなものだ。普通の人間なら途中から頭がこんがらがるだろうが、この二人は例外なのか、ごく自然に会議をしていた。しかもお茶を飲みながら。

 先程は呑気な眷族を叱咤し、主神としての威厳を見せていたヘスティアだが、今ではすっかりとそれが消え失せてしまっている。

 もうどうにでもなれ、という諦めの気持ちが彼女の大半を占めていた。お茶をのんびりと飲みながら、【ヘスティア・ファミリア】はゆっくりと静かに壊滅を迎えようと──。

 

「──って、してたまるかァ!? 嫌だよ!? ボクは嫌だよ!? こんな形で天界に送還されるだなんて!?」

 

 下界に居る神々からはニヤニヤと笑われながら見送られ、そして天界に戻ったら「おっかえり〜。はいこれ、お前の仕事なぁ〜」と大量の雑事をニヤニヤと笑われながら放り込まれる未来が見える。

 それは嫌だ。それだけは嫌だ。同じ『社畜』でも、下界の方が遥かにマシだ……! 

 ヘスティアはクワッと蒼の瞳を極限まで開くと、打開策を本気で考えた。

 ベルもまた、夢半ばで死ぬのは御免蒙るので、巫山戯るのをやめて思考を回す。

 そして二人は、

 

「「本拠(ホーム)は捨てよう!」」

 

 全く同じタイミングで、全く同じ事を口にした。

 ぱちくり、と。

 ベルとヘスティアは数秒見詰め合う。そして、自分と同じ考えを相手もしている事を認めると、ニヤリ、と口元を歪ませた。

 

「このままでは本拠(ホーム)共々命尽きるのは必至。ならばその前に!本拠(ホーム)を捨てて脱出しようという作戦だな!」

 

「その通りだ! 譲ってくれたヘファイストスには悪いけど、一度放棄だ! なぁに、優しい彼女だ、きっと許してくれるさ! それにこれを機に掃除も出来る! 一石二鳥だ!」

 

 二人の作戦はとてもシンプルだった。

 ベルが言ったように、あと数分もすれば最後の砦である出入口は大量の水に耐え切れず壊れるだろう。そうなれば当然、せき止められていた水は本拠(ホーム)に浸水する事となる。ならばその前に脱出すれば良いという、『逃げ』の一手だった。

 廃墟同然とはいえ、仮にも派閥の本拠(ホーム)を手放すというのは危険な行為だ。他派閥の主神が聞いたら正気かと疑う案件だが、しかしながら現状、【ヘスティア・ファミリア】に打てる手はこれしかない。

 

「問題はその後だ。何処に逃げる?」 

 

「そうだなぁ……流石に退廃地区(スラム)はなぁ……。それこそ他派閥から攻め込まれたら勝ち目はないし、『ダイダロス通り』は魔窟と聞くし」

 

 ベルの質問に、ヘスティアは「うぅ〜〜ん」と両手を胸の前で組んで唸った。

 

管理機関(ギルド)は一般市民の避難誘導やら何やらで多忙を極めているだろう。そこにお邪魔するのもなぁ……」

 

 そして彼女は、ぽんっ、と手を叩いた。

 そして、至って真顔で言う。

 

神友(ミアハ)の所に転がり込むか」

 

 それはあまりにも突拍子のない且つ他力本願な考えだった。

 ヘスティアは己の考えを口にする。

 

鍛冶神(ヘファイストス)の所でも良いけど、ボクには()()がある。とはいえ、優しい彼女の事だ、ぶちぶち文句を言いながらも泊めてくれるだろう。正直な所、ボクも彼女の所で厄介になりたい。彼処での生活はとても快適だったからね」

 

「なら、何故?」

 

「神の直感サ。何だろう、もしヘファイストスの所に行ったら、今日ボクは天敵と会う気がするんだ」

 

 なるほど、とベルは頷いた。

 それから彼は自身の考えを口にする。

 

「私もヘスティアに賛成だ。【ミアハ・ファミリア】と私達は専属契約を結んでいる。言わば私達は一蓮托生! きっと助けてくれるに違いない!」

 

 それはあまりにも他力本願な考えだった。

 犬人の女性が半眼で物言いたげに見ている気がしたが、ベルはそれを気の所為だと思う事にした。

 

「「フッ、フハハハハハハハハッ!」」

 

 ベルとヘスティアは何度目になるか分からない共感を覚えていた。

 やはり、自分達は根本的な考え方が似ている! 

 派閥(ファミリア)サイコー! と狂喜乱舞し、踊りを始める二人を止められる者は居ない。あるいは、もしこの場に彼等の友人が居れば「似ては行けない部分で似てどうする!」と突っ込むだろうが。

 

「「いえーす!」」

 

 ベルとヘスティアはハイタッチすると、それまで呑気に過ごしていたとは思えない速度で動き出した。 

 

「私の場合、必要なのは──」

 

 ベルはまずダンジョン探索用の装備を全て纏めた。現在の主武器(メインウェポン)である《プロシード》に、予備(スペア)の武器である《プロミス─Ⅱ》。軽装の防具に牽制用の投げナイフ。貯えていたありったけの回復薬(ポーション)に、友人(アミッド)から貰った万能薬(エリクサー)

 次に、故郷から持ってきた思い出の数々。祖父から受け継いだ沢山の英雄譚と書物、これまでに紡いできた『英雄日誌』。そして最後に、派閥の総資産であるヴァリス金貨。【ヘスティア・ファミリア】の貯金は現在、約125万ヴァリス。金庫に厳重に閉まっていたヴァリス金貨を幾つかの巾着袋に分けた。

 

「ボクの場合、必要なのは──」

 

 ヘスティアもまた、準備を順調に進めていた。

 まず絶対に無くしてはならないのは、【ファミリア】の運営に関わる重要書類だ。これを無くせば面倒な事になるのは必至だろう。幸い、眷族が纏めて整理してくれていたおかげで、書類の在処に困る事はなかった。魔道具(マジックアイテム)の封筒に纏めて入れる。

 次に、アルバイトの制服である。これは借りている物の為、無くしたり破いてしまった場合は弁償しなければならず、それは全額自己負担となっていた。予備(スペア)もタンスから取り出し、肩掛けバッグの中に入れる。

 そして最後に、数日分の洋服だ。次いつ本拠(ホーム)に帰って来られるか分からない為、洋服は必要だろう。自分とベルの分をタンスから適当に取り出し、リュックサックの中に入れる。

 

「「準備出来た!」」

 

 ベルとヘスティアは全く同じタイミングで、全く同じ事を言った。互いにサムズアップし、彼等は出口に立つ。

 錆だらけの重厚な扉は、ギシギシと悲鳴を上げていた。耳を澄まさずとも、大量の水が地上から落ちているのが分かる。

 

「……ゴクリ」

 

 この扉を開けた時の光景を騒々し、ヘスティアは思わず生唾を呑んだ。

 そんな彼女を安心させるかのように、ベルは彼女の手を握って笑いかけた。

 人の温もりを感じたヘスティアは我を取り戻すと、にこり、とベルに笑い返す。そして、ぎゅっ、と少年の手を強く握った。

 

「よし、開けるぞ!」

 

「ああ、何時でも構わないぜ!?」

 

 ヘスティアはベルの号令に、そう、叫び返した。

 ベルは「宜しい!」と口元を三日月に歪めると。

 左腰の調革(ベルト)()められている剣──《プロミス─Ⅱ》を鞘から抜いて声高に言った。

 

「言おう、英雄日誌! ──『ベル・クラネルと主神が相対するは災害級の暴雨! 彼等は命を賭し、槍の如く降り注ぐ雨と、身体を吹き飛ばす程の烈風が待つ街中に身を投じるのであった!』──行くぞ、ヘスティア!」

 

 ベルはそう言うと、《プロミス─Ⅱ》を上段から振り下ろした。狙うは、扉の鍵部分。

 銀線が(ひらめ)くと同時、鍵は切れた。そして、最後の防波堤は決壊を起こす。

 

「「……ッ!?」」

 

 それまでせき止められていた大量の水が、雪崩込むように地下室を襲う。ベルとヘスティアの身体は瞬く間に覆われ、呼吸を奪われた。

 想像以上の事象にベルは動揺を隠せない。

 だが彼はすぐにそれを切って捨てた。

 

(行くしかない! 私は兎も角、ヘスティアは下界の住人と能力は変わらないのだから!)

 

神の力(アルカナム)』を封じている女神は全知零能。『神の恩恵(ファルナ)』を授かっているベルとは違い、今の彼女は幼子だ。

 ベルは眦を吊り上げると、ヘスティアを荷物ごと抱き抱えた。決して離れぬよう、彼女の小さな身体を抱き寄せる。

 ヘスティアは一瞬だけ驚くと、すぐに力を抜いてベルに身体を委ねる。それは、自分を守ろうとしてくれる少年への信頼からくるものだった。

 ベルは彼女を抱く片手に更なる力を込めると、一歩、水中で歩き出した。【ステイタス】の『力』にものを言わせ、彼は水を蹴って暗雲立ち込める地上へ向かうのだった。

章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)

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