「ヘスティア、こっちは塞いだぞ!?」
「よくやったぞベル君! よし、これでもう大丈夫──うわあああああ!? 次はこっちか!?」
「何ィイイイイイイイイイ!? わーお、それは大変だネ!」
「
「コンチキショー! 何で雨漏りしてるんだァー!?」
ヘスティアが半泣きしながら、我慢ならぬとばかりに叫ぶ。
その嘆きの声に、ベルは「HUHAHAHA!」と高笑いで返した。それから彼は真顔になって正論を言う。
「
「ゴフッ!?」
「地下の此処まで聞こえてくる雨音に暴風だ、こうなるのは必然だろう」
そう言って、ベルは
つまり刻々と、
ヘスティアは両手で顔を覆うと絶望の表情を浮かべた。
──二十分前。
ピチャ、と。
ヘスティアは頬に冷たい何かが当たるのを感じた。最初は気の所為だと無視を決め込んでいた彼女であったが、数秒後、もう一度同じ感覚を抱いた。これは何か可笑しいとようやく思い、重たい瞼を擦りながら目を開けると、ちょうど、上から何かが降ってくるところだった。
慌てて目を閉じ、その何かを受け止めた彼女は、そこでようやく、その正体が水だと突き止めた。
ここで彼女は疑問を抱く。何故水か落ちてくるのか? という、至極当然な疑問だ。
そしてヘスティアが
──あっ、これヤバいヤツだ。
そこからのヘスティアの行動は早かった。普段の鈍臭さを『古代』に置き去った彼女は状況の把握にまずつとめた。そして、危機的状況であるのにも関わらず呑気に爆睡している眷族を叩き起したのだった。
──そして、現在。
「──やめろ、やめてくれェ!? ボクが聞きたいのは正論なんかじゃない! 慰めの言葉だァ!?」
うわぁーん! と、ヘスティアはとうとう幼子のように泣き出した。それは眷族に何も言い返せない悔しさだったり、自分は仮にも女神なのにどうしてこんな思いをという怒りだったり、まともな
「……ハッ! インスピレーションが湧いたぞ! これは書かずにはいられない!」
天井を塞ぐ手をとめ、懐から手記と羽根ペンを取り出した。そして彼は意気揚々と羽根ペンを走らせる。
「非常事態でも、否、非常事態だからこそ
「悠長にそんな事を言っている場合かァ!」
「ギャアアアアアアアアアアアア!?」
再度、ヘスティアから
【ヘスティア・ファミリア】は非常事態であろうとも通常運転であった。
──五分後。
天井から降ってくる水は一向にやむ気配がなく、寧ろ増えていた。部屋に散らかっていた木材を掻き集めては蓋をして対処していたが、時間と労力の無駄だと彼等は早々に判断した。
そして、ベルとヘスティアは
「さて、ベル君。ボク達【ヘスティア・ファミリア】が結成してからあと少しで二ヶ月だ。新興派閥なのにも関わらず、ボク達はこれまでに何度も危機的状況に
「そうだな。とはいえ、その理由を考えたら実に情けない話なのだが。もしこの話が外部に漏れたら、私達は
「そうだ!
「うぅむ、何とかならぬものか。外部に助けを求めようにも、その手段がないからなぁ。やれやれ、
「
「何でも
「まあ、言うだけなら自由で
「そうするさ。何よりも、その人物は絶世の美女らしい! くぅー! 是非お目にかかりたい! さぞや美しいのだろう! 会うのが楽しみだ! ──それに関しては問題ない。聞いた所によると、妹夫婦は都市外の村で住んでいるらしい。だが妊娠した事で都市に永住する事を決めたそうだ。近々大きな祭……【
「……ハア、きみってヤツは。昨晩の格好良さは何処へ行ったのやら。──分かった。それなら、ゆっくり考えておくよ」
真剣な表情を浮かべながら、彼等は真剣な話と雑談を交互に繰り返すという、無駄な高等テクニックを披露していた。
話題が右に行ったと思ったらすぐに左に行くようなものだ。普通の人間なら途中から頭がこんがらがるだろうが、この二人は例外なのか、ごく自然に会議をしていた。しかもお茶を飲みながら。
先程は呑気な眷族を叱咤し、主神としての威厳を見せていたヘスティアだが、今ではすっかりとそれが消え失せてしまっている。
もうどうにでもなれ、という諦めの気持ちが彼女の大半を占めていた。お茶をのんびりと飲みながら、【ヘスティア・ファミリア】はゆっくりと静かに壊滅を迎えようと──。
「──って、してたまるかァ!? 嫌だよ!? ボクは嫌だよ!? こんな形で天界に送還されるだなんて!?」
下界に居る神々からはニヤニヤと笑われながら見送られ、そして天界に戻ったら「おっかえり〜。はいこれ、お前の仕事なぁ〜」と大量の雑事をニヤニヤと笑われながら放り込まれる未来が見える。
それは嫌だ。それだけは嫌だ。同じ『社畜』でも、下界の方が遥かにマシだ……!
ヘスティアはクワッと蒼の瞳を極限まで開くと、打開策を本気で考えた。
ベルもまた、夢半ばで死ぬのは御免蒙るので、巫山戯るのをやめて思考を回す。
そして二人は、
「「
全く同じタイミングで、全く同じ事を口にした。
ぱちくり、と。
ベルとヘスティアは数秒見詰め合う。そして、自分と同じ考えを相手もしている事を認めると、ニヤリ、と口元を歪ませた。
「このままでは
「その通りだ! 譲ってくれたヘファイストスには悪いけど、一度放棄だ! なぁに、優しい彼女だ、きっと許してくれるさ! それにこれを機に掃除も出来る! 一石二鳥だ!」
二人の作戦はとてもシンプルだった。
ベルが言ったように、あと数分もすれば最後の砦である出入口は大量の水に耐え切れず壊れるだろう。そうなれば当然、せき止められていた水は
廃墟同然とはいえ、仮にも派閥の
「問題はその後だ。何処に逃げる?」
「そうだなぁ……流石に
ベルの質問に、ヘスティアは「うぅ〜〜ん」と両手を胸の前で組んで唸った。
「
そして彼女は、ぽんっ、と手を叩いた。
そして、至って真顔で言う。
「
それはあまりにも突拍子のない且つ他力本願な考えだった。
ヘスティアは己の考えを口にする。
「
「なら、何故?」
「神の直感サ。何だろう、もしヘファイストスの所に行ったら、今日ボクは天敵と会う気がするんだ」
なるほど、とベルは頷いた。
それから彼は自身の考えを口にする。
「私もヘスティアに賛成だ。【ミアハ・ファミリア】と私達は専属契約を結んでいる。言わば私達は一蓮托生! きっと助けてくれるに違いない!」
それはあまりにも他力本願な考えだった。
犬人の女性が半眼で物言いたげに見ている気がしたが、ベルはそれを気の所為だと思う事にした。
「「フッ、フハハハハハハハハッ!」」
ベルとヘスティアは何度目になるか分からない共感を覚えていた。
やはり、自分達は根本的な考え方が似ている!
「「いえーす!」」
ベルとヘスティアはハイタッチすると、それまで呑気に過ごしていたとは思えない速度で動き出した。
「私の場合、必要なのは──」
ベルはまずダンジョン探索用の装備を全て纏めた。現在の
次に、故郷から持ってきた思い出の数々。祖父から受け継いだ沢山の英雄譚と書物、これまでに紡いできた『英雄日誌』。そして最後に、派閥の総資産であるヴァリス金貨。【ヘスティア・ファミリア】の貯金は現在、約125万ヴァリス。金庫に厳重に閉まっていたヴァリス金貨を幾つかの巾着袋に分けた。
「ボクの場合、必要なのは──」
ヘスティアもまた、準備を順調に進めていた。
まず絶対に無くしてはならないのは、【ファミリア】の運営に関わる重要書類だ。これを無くせば面倒な事になるのは必至だろう。幸い、眷族が纏めて整理してくれていたおかげで、書類の在処に困る事はなかった。
次に、アルバイトの制服である。これは借りている物の為、無くしたり破いてしまった場合は弁償しなければならず、それは全額自己負担となっていた。
そして最後に、数日分の洋服だ。次いつ
「「準備出来た!」」
ベルとヘスティアは全く同じタイミングで、全く同じ事を言った。互いにサムズアップし、彼等は出口に立つ。
錆だらけの重厚な扉は、ギシギシと悲鳴を上げていた。耳を澄まさずとも、大量の水が地上から落ちているのが分かる。
「……ゴクリ」
この扉を開けた時の光景を騒々し、ヘスティアは思わず生唾を呑んだ。
そんな彼女を安心させるかのように、ベルは彼女の手を握って笑いかけた。
人の温もりを感じたヘスティアは我を取り戻すと、にこり、とベルに笑い返す。そして、ぎゅっ、と少年の手を強く握った。
「よし、開けるぞ!」
「ああ、何時でも構わないぜ!?」
ヘスティアはベルの号令に、そう、叫び返した。
ベルは「宜しい!」と口元を三日月に歪めると。
左腰の
「言おう、英雄日誌! ──『ベル・クラネルと主神が相対するは災害級の暴雨! 彼等は命を賭し、槍の如く降り注ぐ雨と、身体を吹き飛ばす程の烈風が待つ街中に身を投じるのであった!』──行くぞ、ヘスティア!」
ベルはそう言うと、《プロミス─Ⅱ》を上段から振り下ろした。狙うは、扉の鍵部分。
銀線が
「「……ッ!?」」
それまでせき止められていた大量の水が、雪崩込むように地下室を襲う。ベルとヘスティアの身体は瞬く間に覆われ、呼吸を奪われた。
想像以上の事象にベルは動揺を隠せない。
だが彼はすぐにそれを切って捨てた。
(行くしかない! 私は兎も角、ヘスティアは下界の住人と能力は変わらないのだから!)
『
ベルは眦を吊り上げると、ヘスティアを荷物ごと抱き抱えた。決して離れぬよう、彼女の小さな身体を抱き寄せる。
ヘスティアは一瞬だけ驚くと、すぐに力を抜いてベルに身体を委ねる。それは、自分を守ろうとしてくれる少年への信頼からくるものだった。
ベルは彼女を抱く片手に更なる力を込めると、一歩、水中で歩き出した。【ステイタス】の『力』にものを言わせ、彼は水を蹴って暗雲立ち込める地上へ向かうのだった。
章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)
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