西のメインストリートを、一組の男女が傘やレインコートを着ないで歩いていた。否、歩くという表現は不適切で、
「ぎゃあああああああああああ!? ベル君、風で飛ばされるぅぅぅぅぅぅ!?」
「私にしっかりとしがみつくんだ! 絶対に離さないでくれ!?」
「おっとベル君、それは所謂『振り』ってヤツかい──ぶへぇっ!?」
「HAHAHAHAHA! 『振り』なら良かったがな! 生憎
「くそぅ────!? これが世界の終焉ってヤツか!?」
荒れ狂う暴雨と吹き荒れる暴風が支配する表通りを、
槍の如く降り注ぐ雨によって、二人の視界は遮られていた。時折覗き見える
「ベルくぅぅぅぅぅん!? そろそろボク限界だよ!? このままだとポッキリと
「それは困るから是非とも耐えてくれ!」
「コンチキショー!?」
女神としてあるまじき発言をしながら、ヘスティアはこの現状を嘆いた。
しかしながら、彼等は着実に進んでいた。表通りから裏道に入り、光が全く差さない常闇の中を歩く。
「ぜぇ……ぜぇ……!」
「こひゅー……こひゅー……!」
ベルとヘスティアの体力は限界に近かった。
『
しかしそれ以上に、ヘスティアの消耗は酷かった。本来の住処である天界なら話は別だが、神を神たらしめる要因の一つである『
「い、意識が……遠のく……」
「ヘスティア、気をしっかりと強く持つんだ! 貴女が此処で天に昇ってしまったら、私一人だけが住民の笑い者となってしまう!? それは嫌だぞ!?」
「オイ、そこは嘘を吐いてでも『貴方との別れが悲しい!』とか『ヘスティアー!』とか言って叫んでくれよ! そうじゃないと、ボク達に
「神に『嘘』は通用しないからネ、仕方ないネ!」
「あとで覚えておくんだぞ!?」
たとえそれが空元気だとしても、仲良く言い争いをする事で彼等はそれを活力にしていた。だが、しかし、それにも限界はある。
「ヘスティア……?」
「……」
「……ッ! しっかりするんだ、ヘスティア!」
眷族の言葉にすら、もう、ヘスティアは返す気力がなくなっていた。
ベルが庇っているとはいえ、天から降り注ぎ身体に刺さる雨は氷のように冷たく、体温を下げるばかりだ。生暖かい風はただただ不快で、彼女は顔を顰めてしまう。
(まずいな……このままだと冗談抜きで生命に関わってくる。早く『
ベルはとても冷静だった。
ぐったりとするヘスティアの意識、彼女の置かれている状態を正確に把握する。
そして彼は
そして。
「……すまない、ヘスティア。緊急事態だ、使わせて欲しい。──……【
謝罪の言葉と共に、『
刹那、少年の身体から魔力が練られる。そして彼を中心として、
すると紋様の線から大小の黄金の粒子が立ち昇り、ベルとヘスティアの身体を優しく包んでいく。
灰色の世界の中で尚、その眩い輝きは辺り一帯を照らしていた。自宅に避難している住民達が突然の光に何事かとカーテンを続々と開ける中、ベルはそれに構う事はなかった。
「【
二度目の『詠唱』は一回目よりも滑らかだった。だが
「──【
そして、『魔法』は完成され、発動された。
ベルはその事を確認すると、重心を限界まで下げ、右脚に力を入れた。そして
その様子を見ていた近隣住民達が「あっ!?」と驚愕の声を上げた時には、もう、少年は光となって駆けていた。人々は最後に、残っていた黄金の粒子だけを見るも、それも数秒後には何も無かったのように霧散してしまう。結局、彼等は今の出来事を忘れる事に決めたのだった。
「ヘスティア、あと少しの辛抱だ! 『青の薬舗』に着くぞ!」
暴風が逆風となって襲うが、只人の動きは微塵も揺らがなかった。暴雨が視界を遮断し、数えるのも億劫になるほどの数多の冷たい水が身体を刺すが、只人には何も意味がなかった。
黄金の粒子を身に纏い、ベルは表通りを駆け抜ける。そして、目的地がある裏路地へ飛び込んだ。
「──ッ! 見えたぞ、ヘスティア!」
胸に抱いている少女に励ましの声を贈り続ける。
ヘスティアはその声に反応すると、蒼の瞳をおもむろに開けた。そして儚くも美しく笑みを
「……そうか。それなら……良かったよ……」
たどたどしくも、ヘスティアはそう言った。それから、ぐったりと脱力する。綺麗な蒼の瞳は閉じられ、その視線をベルに向ける事はなかった。
ベルは一瞬だけ顔を歪めると、すぐにいつもの笑みを貼り付かせる。両脚にさらなる力を込め、加速。少年の強き
路地裏の更なる深部に入ったベルは、
「見付けた!」
少年の喉から反射的に出た声は喜色で滲んでいた。
線のように走る雨に紛れ、魔石灯の光が辺りを照らしている。外界と隔離されているかのようにぽつんと
ベルは疲弊している身体に鞭を入れる。そして、最後の力を振り絞って数十
「早朝からすまない! 私だ、ベル・クラネルだ! 中に入れて頂けないだろうか!?」
黄金の粒子が消えた──『魔法』の効果が切れた──事にも一切構わず、ベルは両開きの木扉をやや強く叩いた。そうする事で、自分の存在を住民に伝えた。
数秒も掛からずして、ベルは、扉越しに人の──神の
「ベル……? 扉を隔てた先に居る
ベルは声主をすぐに察した。
その気遣い、その優しい声音は
「如何にも! 我が
「何……? 【ファミリア】壊滅の窮地だと? それは誠か?」
「我が
ベルが強くそう叫んで懇願すると、すぐに返答はきた。
「待っておれ。すぐに扉を開けよう」という言葉と共に、ガチャ! と鍵が解錠される。外開きの為ベルが半歩下がったタイミングで、木扉はおもむろに開放された。
「いったい何があったのだ、ベル──ッ!?」
男神ミアハはベル達の姿を認めると、気遣いの表情から驚愕の表情へと変えた。
髪色と同色である群青の瞳を細めると、彼は背後に控えている唯一の眷族に声を飛ばした。
「ナァーザ、すまぬが暖炉の用意をしてくれぬか。幾つか薪が残っていたであろう。それを使えば
分かりました、と返事をするナァーザに「頼むぞ」と言うと、ミアハはベルに優しく微笑んだ。
「この悪天候の中、よくぞ私達を頼ってくれた。まずは中に入るが
「すまない、男神ミアハ。貴方のお慈悲に感謝を」
「そう畏まるでない。私達は隣人、助け合うのは当然なのだから」
そう言うとミアハはベルに近付いて、ベルの背中の荷物を取った。「このような重い物を背負って此処まで来たのか」と驚きながら、彼は
「ありがとう」
ベルは、そう、万感の思いで感謝の言葉を口にした。
この感謝の気持ちを決して忘れぬよう心に誓い、彼はヘスティアと共に『青の薬舗』に入るのだった。
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