さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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避難

 

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオが猛烈な悪天候に襲われる中。

 西のメインストリートを、一組の男女が傘やレインコートを着ないで歩いていた。否、歩くという表現は不適切で、()う、という表現が最も適しているだろう。

 

「ぎゃあああああああああああ!? ベル君、風で飛ばされるぅぅぅぅぅぅ!?」

 

「私にしっかりとしがみつくんだ! 絶対に離さないでくれ!?」

 

「おっとベル君、それは所謂『振り』ってヤツかい──ぶへぇっ!?」

 

「HAHAHAHAHA! 『振り』なら良かったがな! 生憎本気(ガチ)だ!」

 

「くそぅ────!? これが世界の終焉ってヤツか!?」

 

 荒れ狂う暴雨と吹き荒れる暴風が支配する表通りを、少年(ベル・クラネル)幼い女神(ヘスティア)は突き進んでいた。

 槍の如く降り注ぐ雨によって、二人の視界は遮られていた。時折覗き見える魔石灯(ませきとう)の頼りない光とこれまでに培ってきた地理感覚を活用して、彼等は目的地である【ミアハ・ファミリア】本拠(ホーム)──『(あお)薬舗(やくほ)』へ一心不乱に向かっていた。

 

「ベルくぅぅぅぅぅん!? そろそろボク限界だよ!? このままだとポッキリと()って、光の柱になって天に昇るよ!?」

 

「それは困るから是非とも耐えてくれ!」

 

「コンチキショー!?」

 

 女神としてあるまじき発言をしながら、ヘスティアはこの現状を嘆いた。

 しかしながら、彼等は着実に進んでいた。表通りから裏道に入り、光が全く差さない常闇の中を歩く。

 

「ぜぇ……ぜぇ……!」

 

「こひゅー……こひゅー……!」

 

 ベルとヘスティアの体力は限界に近かった。

神の恩恵(ファルナ)』を刻まれているベルは一般人とは比較にならない程の力がある。しかしながら、道中ずっとヘスティアをずっと抱き抱え、さらには、大量の荷物を背負っていては、体力が尽きるのは仕方のない事だった。

 しかしそれ以上に、ヘスティアの消耗は酷かった。本来の住処である天界なら話は別だが、神を神たらしめる要因の一つである『神の力(アルカナム)』を封印している彼女は下界の子供と同等の体力しかない。幼女でしかないヘスティアにとって、今回の決死の避難は精神的にも物理的にも厳しいものがあった。

 

「い、意識が……遠のく……」

 

「ヘスティア、気をしっかりと強く持つんだ! 貴女が此処で天に昇ってしまったら、私一人だけが住民の笑い者となってしまう!? それは嫌だぞ!?」

 

「オイ、そこは嘘を吐いてでも『貴方との別れが悲しい!』とか『ヘスティアー!』とか言って叫んでくれよ! そうじゃないと、ボク達に家族(ファミリア)の絆がないみたいじゃないか!」

 

「神に『嘘』は通用しないからネ、仕方ないネ!」

 

「あとで覚えておくんだぞ!?」

 

 たとえそれが空元気だとしても、仲良く言い争いをする事で彼等はそれを活力にしていた。だが、しかし、それにも限界はある。

 

「ヘスティア……?」

 

「……」

 

「……ッ! しっかりするんだ、ヘスティア!」

 

 眷族の言葉にすら、もう、ヘスティアは返す気力がなくなっていた。

 ベルが庇っているとはいえ、天から降り注ぎ身体に刺さる雨は氷のように冷たく、体温を下げるばかりだ。生暖かい風はただただ不快で、彼女は顔を顰めてしまう。

 

(まずいな……このままだと冗談抜きで生命に関わってくる。早く『(あお)薬舗(やくほ)』に行かなければ。避難先としても、彼女の容態を診て貰うとしても……)

 

 ベルはとても冷静だった。

 ぐったりとするヘスティアの意識、彼女の置かれている状態を正確に把握する。

 そして彼は深紅(ルベライト)の瞳を見開くと、ゆっくりと、されど必死に一歩を踏み出す。

 そして。

 

「……すまない、ヘスティア。緊急事態だ、使わせて欲しい。──……(わら)おう、たとえどんな苦難(くなん)があろうとも】

 

 謝罪の言葉と共に、『詠唱(ことば)』を唱えた。

 刹那、少年の身体から魔力が練られる。そして彼を中心として、幾何学的(きかがくてき)な紋様が地面に描かれた。

 すると紋様の線から大小の黄金の粒子が立ち昇り、ベルとヘスティアの身体を優しく包んでいく。

 灰色の世界の中で尚、その眩い輝きは辺り一帯を照らしていた。自宅に避難している住民達が突然の光に何事かとカーテンを続々と開ける中、ベルはそれに構う事はなかった。

 

(つむ)がれるは『喜劇(きげき)』。(やみ)()くは希望(きぼう)(ひかり)暗黒(あんこく)時代(じだい)終焉(しゅうえん)を、(ほろ)びを(むか)える世界(せかい)(わら)いと(すく)いを(もたら)せ】

 

 二度目の『詠唱』は一回目よりも滑らかだった。だが()()()()()である『魔法』を完成させる為の膨大な魔力を制御する事は難しく、未だ慣れていない。故にベルは『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』せぬよう細心の注意を払いながら、確実に、それでいて早く『詠唱』を紡ぐ。

 

「──【約束(やくそく)(とき)がきた。さあ、『喜劇(きげき)』を始めよう】──【アナステイスィス・イロアス】」

 

 詠唱者(ベル)が最後に名称を言うと、地面に描かれた紋様はより一層の輝きを放ち──。

 そして、『魔法』は完成され、発動された。

 ベルはその事を確認すると、重心を限界まで下げ、右脚に力を入れた。そして深紅(ルベライト)の瞳を輝かせると同時、地面を思い切り強く蹴る。

 その様子を見ていた近隣住民達が「あっ!?」と驚愕の声を上げた時には、もう、少年は光となって駆けていた。人々は最後に、残っていた黄金の粒子だけを見るも、それも数秒後には何も無かったのように霧散してしまう。結局、彼等は今の出来事を忘れる事に決めたのだった。

 

「ヘスティア、あと少しの辛抱だ! 『青の薬舗』に着くぞ!」

 

 暴風が逆風となって襲うが、只人の動きは微塵も揺らがなかった。暴雨が視界を遮断し、数えるのも億劫になるほどの数多の冷たい水が身体を刺すが、只人には何も意味がなかった。

 黄金の粒子を身に纏い、ベルは表通りを駆け抜ける。そして、目的地がある裏路地へ飛び込んだ。

 

「──ッ! 見えたぞ、ヘスティア!」

 

 胸に抱いている少女に励ましの声を贈り続ける。

 ヘスティアはその声に反応すると、蒼の瞳をおもむろに開けた。そして儚くも美しく笑みを眷族(むすこ)に向けた。

 

「……そうか。それなら……良かったよ……」

 

 たどたどしくも、ヘスティアはそう言った。それから、ぐったりと脱力する。綺麗な蒼の瞳は閉じられ、その視線をベルに向ける事はなかった。

 ベルは一瞬だけ顔を歪めると、すぐにいつもの笑みを貼り付かせる。両脚にさらなる力を込め、加速。少年の強き想い(いし)に呼応するかのように、黄金の光は強烈に光り輝いた。

 路地裏の更なる深部に入ったベルは、深紅(ルベライト)の眼を凝らす。

 

「見付けた!」

 

 少年の喉から反射的に出た声は喜色で滲んでいた。

 線のように走る雨に紛れ、魔石灯の光が辺りを照らしている。外界と隔離されているかのようにぽつんと()っている一軒家──【ミアハ・ファミリア】本拠(ホーム)、『青の薬舗』。風で飛ばされる事を危惧してか、派閥(ファミリア)徽章(エンブレム)が描かれた看板は店内に片付けられていた。

 ベルは疲弊している身体に鞭を入れる。そして、最後の力を振り絞って数十(メドル)の距離を詰めた。

 

「早朝からすまない! 私だ、ベル・クラネルだ! 中に入れて頂けないだろうか!?」

 

 黄金の粒子が消えた──『魔法』の効果が切れた──事にも一切構わず、ベルは両開きの木扉をやや強く叩いた。そうする事で、自分の存在を住民に伝えた。

 数秒も掛からずして、ベルは、扉越しに人の──神の神威(しんい)を感じ取った。

 

「ベル……? 扉を隔てた先に居る其方(そなた)よ。其方(そなた)、ベルと名乗ったか?」

 

 ベルは声主をすぐに察した。

 その気遣い、その優しい声音は薬神(やくしん)そのもの。扉一枚を隔てて、男神ミアハが立っているのを、ベルは確信した。

 男神(おがみ)の質問に、ベルは声を張り上げて答える。

 

「如何にも! 我が真名()はベル・クラネル! 貴方達【ミアハ・ファミリア】と専属契約を結んでいる者──【ヘスティア・ファミリア】所属ベル・クラネルだ! 【ファミリア】壊滅の窮地に遭った為、貴方達に助けを求めて此処に参った!」

 

「何……? 【ファミリア】壊滅の窮地だと? それは誠か?」

 

「我が真名(しんめい)、そして、敬愛する我が主神に賭けて誓おう! どうか、私達を助けて頂きたい!」

 

 ベルが強くそう叫んで懇願すると、すぐに返答はきた。

「待っておれ。すぐに扉を開けよう」という言葉と共に、ガチャ! と鍵が解錠される。外開きの為ベルが半歩下がったタイミングで、木扉はおもむろに開放された。

 

「いったい何があったのだ、ベル──ッ!?」

 

 男神ミアハはベル達の姿を認めると、気遣いの表情から驚愕の表情へと変えた。

 髪色と同色である群青の瞳を細めると、彼は背後に控えている唯一の眷族に声を飛ばした。

 

「ナァーザ、すまぬが暖炉の用意をしてくれぬか。幾つか薪が残っていたであろう。それを使えば()い」

 

 分かりました、と返事をするナァーザに「頼むぞ」と言うと、ミアハはベルに優しく微笑んだ。

 

「この悪天候の中、よくぞ私達を頼ってくれた。まずは中に入るが()い、そして、身体をあたためるのだ。話はそれからでも遅くなかろう」

 

「すまない、男神ミアハ。貴方のお慈悲に感謝を」

 

「そう畏まるでない。私達は隣人、助け合うのは当然なのだから」

 

 そう言うとミアハはベルに近付いて、ベルの背中の荷物を取った。「このような重い物を背負って此処まで来たのか」と驚きながら、彼は本拠(ホーム)に入っていく。一般人に等しいミアハがそれを持つのはたいへん苦労するだろうに、それを全く抱かせない振る舞いだった。

 

「ありがとう」

 

 ベルは、そう、万感の思いで感謝の言葉を口にした。

 この感謝の気持ちを決して忘れぬよう心に誓い、彼はヘスティアと共に『青の薬舗』に入るのだった。

 

章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)

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