さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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昼過ぎ、大通りでの一幕

 

 昼下がり。

 雲一つない快晴。今日も蒼空(そら)は青い。太陽が頂点に達してからややずれた頃、ベルは北西のメインストリート──通称『冒険者通り』を歩いていた。

 往来が最も激しくなる最高潮(ピーク)はとうの昔に過ぎている為、目抜き通りに冒険者の姿はあまり見られない。迷宮都市(オラリオ)の大半の冒険者は日が()し込まない地下迷宮(ダンジョン)に挑戦しているのだ。

 

「フッ、私は賢い。過去の失敗から学ぶことが出来る男子(おのこ)だ。そして私の直感が告げている。連日の営業妨害をしたら『出禁』を食らうと!」

 

 荘厳な大神殿をベルは忌々しそうに睨む。

 何でも管理機関(ギルド)要注意人物一覧(ブラックリスト)なる物を作っているという噂を以前彼は耳に挟んでいた。

 ギルドは迷宮都市(オラリオ)の支配者だ。そして彼等と最も繋がりがあるのは冒険者である。

 ギルドからの支援(サポート)を受けなければ冒険者は満足にダンジョン探索を行えない。

 場合によっては冒険者の名称を剥奪(はくだつ)されることもある。それは迷宮都市(めいきゅうとし)での居場所を無くすということと同義だ。

 ぶるりと、ベルは身を震わせた。

 

「よし、やはり今日は普通に入ろう。さっさと換金をして、さっさと出る。それが最善だ」

 

 決死の覚悟を持って、ベル・クラネルはギルド本部に足を踏み入れた。中庭を通過し、広いロビーに入る。すれ違った他の同業者が少年の(ただ)ならぬ雰囲気に何事かと注意していたが、それに彼が気付くことはなかった。

 黙っていても彼は騒動を起こしていたのである。

 そしてロビーの一角に設置されている『換金所』の列に並び始めた。

 

「……ふっ、任務完了(ミッションコンプリート)。我ながら気配を隠すのが上手いものだと自画自賛しよう」

 

 全然隠せていないが!? とベルの前に居た只人は内心で突っ込んだが、己のこれまでの経験が、『こいつには関わっちゃ駄目だ』と告げていた為何も言わなかった。

 中々列が進まず、ベルが飽き始めた頃だった。

 

「あれ? ベル君?」

 

 近くを通った受付嬢──ミィシャ・フロットがベルに気付き声を掛けた。

 刹那、ベルの二列前に並んでいた獣人の男が歯軋りした。

 ミィシャ・フロットは多くの冒険者から人気がある。

 鮮やかな桃色の髪は美しく、綺麗な女性が多い受付嬢の中で、彼女は珍しくも可愛い系だ。本人の性格は明るく、仕事を度々忘れてしまい()けているところもあるが、そこも含めて可愛いと──言わば、男子の理想の一つであった。

 冒険者の間で密かに行われている『ギルド受付嬢ランキング』では常に上位にランクインしている。ちなみに一位はエイナ・チュールだ。

 そんな彼女に声を掛けられるだなんて──いったいどんな奴だと、獣人の男は嫉妬の炎で身を燃やしながら、己の耳に集中した。

 獣人は五感──視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚──がどの種族よりも優れている。さらには『恩恵』を主神から授かっている為その感覚には磨きが掛かっている。聴覚に全神経を使う(さま)滑稽(こっけい)と言うことなかれ。これは男子(おのこ)の聖戦なのだ。

 

「おおっ、ミィシャ!」

 

 ──名前呼び……だとッ!? 獣人の男は驚愕で目をあらん限りに見開いた。彼は恥ずかしがり屋であったので、とてもではないが、異性の名前を呼ぶ、さらには、呼び捨てなど出来なかったのである。

 

「昨日は大変だったね〜。エイナ、怖かったでしょ! 怒ったエイナは無敵だからね!」

 

「ああ、それはとても怖かったとも。何ならすっかりと黒歴史になった程だ。いやはや、エルフが怒るとあのようになるのだなと、久し振りだったからかすっかりと忘れていたようだ。我ながら恥ずかしい」

 

 獣人の男は鼻で笑った。

 ミィシャが出した名前──『エイナ』とはエイナ・チュールのことだろうと推測する。優しいと(もっぱ)らの噂の彼女に怒られるとは、なんて情けない奴だと見下した。

 

「あれ? ベル君、エルフに知り合いが居るの? しかもその言い方だと仲が良いんだ?」

 

「……あー、随分と昔のことだ。今はもうエイナ嬢以外には居ない」

 

「あっ……ごめんね」

 

 そう言って謝罪をするミィシャに、ベルは「気にしないでくれ」と言った。

 

「ところで、今日は冒険者活動はお休みなんだ?」

 

 話題を変えるように、ミィシャが尋ねる。

 ベルは「ああ」と頷きながら。

 

「昨日はあの一件があったから『魔石』を換金するのを忘れてしまっていたんだ」

 

「あはは……なるほど。どうする? エイナに声掛けていく?」

 

「いや、やめておこうと思う。エイナ嬢も連日問題児(わたし)の相手をするのは疲れるだろう。すぐに帰るさ」

 

 自分が問題児なのは自覚しているんだなと、ミィシャは内心でそう思った。同時に、その自覚があるのならもう少し控えろとも思った。

 

「そっか〜、うん、分かったよ。じゃあ私もそろそろ行くね!」

 

 ばいばーい、とミィシャは事務所に向かっていった。

 自分が危惧していた展開にならなかったので、獣人の男は安堵の吐息を零す。ちょうど自分の番になったので、『魔石』を入れた包を片手に窓口の前に立つのであった。

 

 

 

§

 

 

 

「500ヴァリスか……分かっていたこととはいえ、やはり少ないな……」

 

 大神殿をあとにし、『冒険者通り』を歩きながら、ベルは気難しそうに(うな)った。

『魔石』を換金すると言えば聞こえは良いが、換金率は非常に悪いのが換金所の実情だ。『魔石』は大きければ大きい程より多くの金貨を得ることが出来、逆に小さければ小さい程に得られる金貨は少なくなる。

『魔石』の大きさは魔物の強さに比例する。何故なら『魔石』はモンスターの生命であり、人間で言うところの心臓だからだ。

 

「ふむ、やはり、『上層』では大した稼ぎにはならないな……」

 

 ダンジョンは『上層』『中層』『下層』そして『深層』の四つにカテゴライズされている。

 ベル・クラネルは二週間前に冒険者登録をしたばかりの新人だ。到達階層も5階層と駆け出しの駆け出しである。

 とはいえ、ベルに限らずオラリオに在籍している過半数の冒険者は『上層』で二の足を踏んでいるのが実情である。

『中層』への挑戦権は一般的には『昇格(ランクアップ)』を果たし、『器』を昇華させる必要があると言われている。パーティを組めばLv.1でも行ける可能性はあるが、どちらにせよ、Lv.2以上の上級冒険者が必須とされていた。

 

「シルにはあのように言ったが、これではあまりにも手持ちが厳しい。主神(ヘスティア)が汗水垂らして稼いできた金を使うわけにも行かないしな……」

 

 ベルが丸一日ダンジョンに(こも)って得られる『魔石』の総額は平均1500ヴァリス。

 はっきり言って生命(いのち)()してこれでは割に合わない。

 これまでベルはあまり気にしてこなかったが──無頓着とまでは行かなくても、それ程興味がなかった為──ここに来て初めて(わび)しい思いを感じた。

 そしてそれは他の冒険者も同様である。

 中には計算が合っていないと抗議する者も居るくらいだ。ギルドとしても間違いがあってはならない為、抗議があったら算盤を弾き直す。改めて提示した額を見て納得する者が大半だが、一部の者は巫山戯るなと恐喝を始める。もちろん、ギルドは一貫して対応を変えることはない。その為、彼等は時間を浪費して文句を言いながらも換金所をあとにするしかないのだが。

 

(日雇いのアルバイトでもやるか?)

 

 迷宮都市(オラリオ)は日を重ねるごとに発展している。

 都市の至る所では真っ当なものから胡散臭いものまで幅広く求人が出されている。

 思案しながら歩いていると、

 

「此処は……?」

 

 気が付けばベルは『冒険者通り』から北のメインストリートに足を運んでいた。

 この大通りは高級住宅街が近隣にあり──ギルド関係者も住んでいる──商店街として活気付いている。

 そして北のメインストリート界隈は主に服飾関係で有名だ。迷宮都市には──否、世界には様々な種族がそれぞれの営みを築いている。

 ヒューマン、エルフ、ドワーフ、小人族(パルゥム)女戦士(アマゾネス)、獣人等だ。そして獣人は狼人(ウェアウルフ)虎人(ワータイガー)兎人(ヒュームバニー)犬人(シアンスロープ)猫人(キャットピープル)等と分かれている。

 それぞれの種族は各々自分達の領域で生活をしている。神々が天界から下界に到来し、時代が『古代』から『神時代(しんじだい)』に移り、他種族とも関わりは持つようになり始めたが、エルフのように外界との接触を拒む種族も居る。それが嫌で出奔するエルフも中には居るが、彼等は同胞からは異端とされていた。

 

 そして此処は『世界の中心』──迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオ。

 

 世界中の種族──亜人(デミ・ヒューマン)が集まるこの都市では現在に至るまで様々な揉め事が起こってきた。

 その一つが衣服である。

 例えば小人族(パルゥム)は成人になっても身長は殆ど伸びず、ドワーフは低身長で横幅がある。女戦士(アマゾネス)は姿形はヒューマンと同じだが、彼女等は露出度が高い衣服を好む。

 体格の問題に、その種族独自の趣味嗜好。

 衣服を仕立てる時に揉め事は絶えず、店と客との乱闘が起こった事例もある程だ。

 だが、そこに目を付けたのが商人達だ。彼等は種族ごとの専門店を多数構えることで需要と供給を成立させたのである。信頼と実績を瞬く間に勝ち取った彼等はそのまま規模を拡大し、これに乗じるように幾つかの商業系【ファミリア】が市場に参加した。

 こういった経緯があり、北の大通りは服飾関係で賑わっている。

 

「うぅーむ……女戦士(アマゾネス)の服は控え目に言っても際どいな。しかし、私好みではある!」

 

 店内に男一人で入ると警備員を呼ばれかねない為、店外に飾られている布面積が非常に少ない衣装を至近距離で吟味する少年の姿がそこにはあった。

 近くを通り掛かった犬人(シアンスロープ)の女性がドン引きしていたことにも気付かず、ベルは至って真剣に批評していた。

 

「──ハッ! 危ない危ない。時間を無為に過ごすところだった。なんて巧妙な罠だ」

 

 営業妨害で追い出してやろうかと店主が青筋を浮かべたところで、ベルは本来の目的を思い出した。

 同時に、あることを思い出した。

 

主神(ヘスティア)が勤めている場所は確かこの近くだった筈だ。今晩外食することを相談するとしよう」

 

【ヘスティア・ファミリア】は派閥を運営するにあたって独自のルールを設けていた。

 これ事態はおかしなことではない。多かれ少なかれ、どの【ファミリア】でも主神が神意(しんい)のもとで作っている。

 ベルが所属する【ヘスティア・ファミリア】では一つ、『外食をする場合は事前に主神に告げる』というものがあった。これは()の女神としての考えであり、彼女はこう言った。

 

 ──『ボク達は家族(ファミリア)だ。それなら出来るだけ、ボクは眷族達(こども)と一緒に過ごしたい。けど束縛する気は毛頭ないぜ。今はまだベル君に友人は居ないけれど、この都市で生活する以上、それなりの付き合いが生まれるだろう。それを否定する訳じゃない。むしろ思う存分にやってくれて構わないさ。ただし家族には一報すること。それさえ守ってくれれば、ボクは良いよ』──

 

 直接言うか、本拠(ホーム)に戻って羊皮紙に一筆するかの二択だ。その手の専門職(プロフェッショナル)に頼めば言伝(ことづて)廃教会(ホーム)に届けることも可能だが、少なくない費用が掛かってしまう。

 忙しなく往来する馬車に()かれないようにしながら、ベルは主神の労働場所を探した。

 しかし目抜き通りを行き来する交通量は多く、中々見付からない。

 

「私が獣人だったらジャガ丸くんの香ばしい匂いを嗅ぎ当てることが出来るのだが……いや、この人の多さだ。逆に気持ち悪くなりそうだ──ん? あれは……」

 

 そこでベルは長椅子(ベンチ)に腰掛け、仲良くジャガ丸くんを食べている一組の猫人(キャットピープル)の親子を発見した。服装と気配──『神の恩恵(ファルナ)』を刻まれた者には独特の気配がある──からして市民だろうと当たりを付けながら、ベルはゆっくりと近付いた。

 

「突然すまない。私は【ヘスティア・ファミリア】所属の冒険者、ベル・クラネルという」

 

「は、はい……冒険者の方が私達に何のご用件が……?」

 

 母親は警戒しているのか、息子を抱き締めながらそう尋ねた。

 冒険者と市民の仲はそれ程良いものではない。むしろ一部の市民は冒険者を毛嫌いしている程だ。

 それはひとえに冒険者が荒くれ者の集まりだからである。冒険者には教養がない者が殆どだ。粗暴な口調、そして厳つい強面は市民からは恐怖の対象となりやすく、また、帯剣している為、益々拍車を掛けている。

 もちろん、彼等も全ての冒険者がそうであるとは思っていない。中には礼儀正しい者も居るのは理解している。

 だが彼等は潜在的に恐れていた。ともすればそれは、ダンジョンのモンスターよりも。

 それが分かっているから、ベルは敢えて、自分が冒険者だと名乗り、自らの真名(まな)を告げる。そして所属している派閥も明らかにすることで、自分の身分を証明した。

 

「親子の憩いの場を荒らすような真似をしてしまいすまない。ただ、貴女達に一つ尋ねたいことがあったのだ」

 

 母親は、この冒険者(しょうねん)は悪い人ではないと思った。

 こちらを気遣い、頭を下げる彼は粗暴な荒くれ者とは思えなかったのだ。

 

「私で答えられる範囲内だと良いのですが……」

 

「ああ、その心配は不要だ。貴女達が召し上がっているそちらのジャガ丸くん。それを何処で購入したのかを尋ねたい」

 

 母親が安堵の溜息を内心で吐きながら、答えようと口を開くその前に。

 

彼処(あそこ)だよ!」

 

 (よわい)六歳にも満たないであろう少年が元気良く答えた。

 息子の突発的な行動に慌てる母親を他所に、ベルは少年にさらに尋ねた。

 

「ふむ……彼処とは何処だ?」

 

「あっち! さっきお母さんに買って貰ったんだ!」

 

「おお、それは良かったな! ──なるほど……街壁近くか。ところで少年」

 

「少年じゃないよ! 僕はイフリード! 父ちゃんが付けてくれたんだい!」

 

 母親は息子の行動が末恐ろしかった。顔を青ざめていく彼女をどうして笑うことが出来ようか、否、出来まい。

 そんな母親を他所に、ベルは笑みを浮かべて「素晴らしい名前だ。とても似合っている」と優しく少年の頭を撫でた。

 

「では、イフリード。その店で幼い女神が居なかったか?」

 

「うん、居たよ! 僕と全然身長が変わらなくて吃驚しちゃった!」

 

「そうかそうか、それは驚くだろうな! ありがとう、きみのおかげで尋ね人が見付かった」

 

 もう一度イフリードの頭を撫で、ベルは最後に、唖然としている母親を見遣った。

 

「すまない。礼をしたいのだが、生憎、私には手持ちがなくてな。どうか許して欲しい」

 

「いえ、そんな! 全然大丈夫ですから!」

 

 恐縮そうに言う彼女をこれ以上刺激するのは良くないと考え、ベルは「本当にありがとう。親切な猫人(キャットピープル)の親子達」と言葉を残して別れた。

「ばいばーい!」と冒険者の背中に手を振るのを見て、母親は息子の将来は安泰だと謎の確信を抱いた。

 

「此処か……。とても賑わっているな」

 

 イフリードに教えて貰った方角を進むこと数分、ベルは迷宮都市の北部に辿り着いた。

 すぐ近くには関所があり、とある【ファミリア】が管理機関と連携して門番の役目を担っている。

 辺りをゆっくりと見渡し──ベルはある一点で瞳孔の動きを止める。そこからは食欲が唆られる『熱』が醸し出されていた。

 見付けたぞ、ベルは空腹を覚えながら小さな屋台に近付く。

 

「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ! いらっしゃいませええええええええええええ!」

 

 客を歓迎する声が辺り一帯に響く。

 何事かと一人が足を止め、もう一人が足を止め、それが何度も続き、連鎖していく。

 

「ヘスティアちゃん! 今度はこっちを頼むよ!」

 

「おばちゃん、女神にも限界はあるんだぞ!?」

 

「ヘスティアちゃんなら出来る! あたしはそう信じている!」

 

「都合が良いことを言わないでくれぇー!?」

 

 幼い少女が悲鳴を上げながらもパタパタと忙しなく動く。彼女の漆黒の二本の髪の毛が宙を舞い、踊る。

 今しがた迷宮都市(オラリオ)にやって来たばかりの人々は『女神が働いている』という、これまでの価値観を根底から覆す信じられない光景にぎょっと目を剥き、都市に永住している人々は『ああ……今日も働いているのか』と憐れみの眼差しを送った。

 

「……話には聞いていたが、まさかこれ程とは」

 

 店の制服を着込み、素早く与えられた指示に応えるその姿は正しく専門職だ。

 ベルは本拠(ホーム)でダラダラと過ごしている彼女しか知らない為、新たな一面に少しばかり戸惑った。

 そして合点した。

 普段のあの怠惰な生活はこの過酷な労働環境(アルバイト)がそうさせているのだろう──と。しかし悲しきかな、ベルの推察は間違っており、幼女神(ヘスティア)は元からぐうたらな性格の持ち主である。

 売上に貢献するべく、長蛇の列に並ぶこと数十分。ようやくベルの番になった。

 

「ジャガ丸くん五種のチーズ味を二つくれ!」

 

「まいどー! チーズ味は他の種類よりも高いから一個50ヴァリス。合計100ヴァリスだよ!」

 

 ベルはジャガ丸くんを受け取り、さらにこう言った。

 

「店主よ! この『女神ヘスティアを思う存分に愛でよう!』という偉大な企画に参加したいのだが!」

 

 立て看板に共通語(コイネー)で書かれた文字を音読する。すると、齢50過ぎのヒューマンの店主はじろりと少年を見下ろした。

 

「ふぅーん……あんた、歳は?」

 

「十四だが……」

 

「なら良し! ヘスティアちゃん、こっち来て! お客さんがご指名だよ!」

 

「んにゃあっ!? またかいおばちゃん!」

 

 作業を他のスタッフと入れ替わり、ヘスティアは「ボクは愛玩動物(マスコットキャラクター)じゃあないんだぞ!?」とぶつぶつと言いながら、仕事場から出た。

 女神の威厳は無くなるが、しかし、同時にこれは幸運(ラッキー)でもあるのだ。時間制限こそあるが、この時間は忌々しい店主の監視がなくなるのだから。

 客も自分を可愛いと褒めてくれるし愛でてくれる、正しく、束の間の休息(レフト)なのである。正しく、ウィン・ウィンの関係だ。

 さて、今回はどんな子供かな。可愛いと尚良し──とヘスティアは客の前に立った。身長が低い自分を忌まわしく思いながら顔を見上げ──目の前の人物を見て、あらん限りに目を見開く。

 

「ベベベベベベ、ベル君!?」

 

「ヘスティア。今朝振りだな」

 

「どどどどどど、どうしてきみが此処に!?」

 

 自分が愛してやまない眷族(こども)の登場にヘスティアは動転する。一方ベルは普段の三割増しで笑みを受かべていた。

 

「実は今朝、とある女性と(えにし)が交わってな。彼女が働いている酒場に行く約束をした。ヘスティアも一緒に行かないか?」

 

「外食? しかもベル君と!? 行くいく、行くに決まっているじゃないか!」

 

 ぴょんぴょんとヘスティアは跳ねた。我が子(ベル)との外食、断る理由は一切ない。

『とある女性』発言は、まあ、女好きを公言しているので何も思わない。むしろよく、この奇天烈な少年と(えん)が交わったなと思った程だ。

 類は友を呼ぶらしいと聞いたことがある。一応、心の準備だけはしておこうとヘスティアは誓った。

 

「そうか! それは良かった!」

 

 満面の笑みをベルは浮かべ、そしておもむろにヘスティアに手を伸ばした。

 

「……ッ!? ベル君、何だいその手は!?」

 

 ベルは無言でニヤリと嗤った。そして胡散臭い笑みを携えてこう言った。

 

「この企画──『女神ヘスティアを思う存分に愛でよう!』は素晴らしいものだ。神々と子供達の交流、貴女はそれを推進している。眷族として貴女を誇りに思う!」

 

「……本音は?」

 

「合法的に女神と触れ合えるだなんて最高だネ!」

 

「言うと思った!」

 

「ヘスティア、いざ、お覚悟!」

 

 ボクはいったいどんな目に遭うんだ!? とヘスティアは頼りになる店主(おばちゃん)に助けを求める視線を送った。しかし悲しきかな、彼女は客への対応で多忙極まっていた。

 野次馬達は野次馬らしく何もせず傍観に徹していた。むしろ愉快そうに笑っている。男神(おがみ)がこの場に居ないことだけが救いだった。

 仮にも女神の窮地だぞとヘスティアは怒りを覚えるが、彼等は全力でスルーした。

 もう駄目だ……!? とヘスティアが目をきつく閉じた時だった。

 

「お疲れ様。いつも私の為にありがとう」

 

 あたたかい声。

 ゆっくりと、そして優しく、ベルはヘスティアの頭を撫でた。「へあっ!?」と狼狽える彼女に、無理矢理。

 (いたわ)るように、感謝の念を伝えるように。何度も何度も、時間の許す限り。

 ヘスティアが我を取り戻したのは、屋台から指示が飛んできた時だった。

 

「ヘスティアちゃん! そろそろ戻っておいで!」

 

「わ、分かったよおばちゃん!」

 

「おっと、もう時間か。それじゃあヘスティア、そういうことだから、今日は早く帰ってきてくれ」

 

「う、うん……」

 

 アルバイト頑張ってくれ! その言葉を贈り、ベルはジャガ丸くん片手に屋台を離れていく。ヘスティアが声を掛けようと思った時には既に雑踏の中に姿を消していた。

 

(全く……本当に困った眷族()だ)

 

 そう思いながらも、ヘスティアは笑った。

 女神の微笑みを運良く見ることが叶った人々はその美しさに息を呑む。

 彼女は「よし!」と言うと、てとてとと仕事に戻る。

 

「おばちゃん、戻ったよ! さあ、ボクは何をすれば良い?」

 

「おっ、何だいなんだい。そんなやる気を漲らせて。良い事でもあったかい?」

 

「おうともさ! 今のボクはいつものボクじゃない! それを今日の売上で証明しよう!」

 

 店主に臆することなく、堂々と啖呵(たんか)を切ったアルバイトに、この後山のように仕事が降り掛かることとなった。

 幼い女神は「うぎゃああああ!」と悲鳴を上げながらも、宣言通り全てを捌き切り、この日のジャガ丸くんの売上に多大な貢献をしたという。

 

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