さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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神々の憂慮

 

 倦怠感(けんたいかん)

 それこそが、ヘスティアが意識を取り戻した時に抱いた身体の異変だった。

 

「怠い……」

 

 身体を起こそうとするも、自分の思うように身体が動かない。力を入れようと試みるもまるで上手くいかない。視界は鮮明(クリア)になったかと思いきやぼやけ、断続的な頭痛が襲ってくる。

 とてもではないがこれは無理だと、ヘスティアは起き上がるのを渋々ながら諦めた。その代わり今にも閉じそうな眼を強引に開け、事態の把握につとめる。

 目の前にある天井は、自分がいつも目覚めた時に見る物ではなかった。ボロさ、という点では共通しているが、ヘスティアの知っている本拠(ホーム)の天井は頭上の物よりも遥かに汚れていて、罅が走り、今にも破片が落ちてきそうだった。

 顔を左に向けてみれば、やはり、見慣れた景色はそこにはなかった。【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)教会(きょうかい)(かく)部屋(べや)』は地下にある為、窓がない。そうだというのに、そこには雨戸があった。()()()()()()()()

 うんしょ、と、ヘスティアは顔を反対側に向ける。そこで彼女は部屋の全容を把握した。ロッカーの中には沢山の空き瓶や医療器具だと思われる物が仕舞われている。壁の一角に置かれている本棚には沢山の本が並べられていて、そこから取り出したのだろう、テーブルの上には何冊もの本が塔となって積み上げられていた。娯楽品といったものは全然なく、生きていくうえで必要な物だけがこの一室にはあった。

 そして再び仰向けになろうとした時、クシャッ、という物音がヘスティアの鼓膜を打った。思うように動かない右手を懸命に動かして枕元に手を伸ばし、それを摑む。手触りが、羊皮紙のそれだと教えてくれた。

 それを顔面に引き寄せ、そこに書かれている文面を読む。読み終えた彼女は「ああ、そうか」と納得がいったように溜息を吐いた。

 

「ボク達の本拠(ホーム)、無くなったんだっけ……」

 

 その事実だけが、ヘスティアの胸中を満たした。

 そして彼女は、自分の置かれている状態を正確に把握する事に成功した。

 

「あー、ミアハに土下座をしないとなぁ……」

 

 此処は、【ミアハ・ファミリア】本拠(ホーム)──『(あお)薬舗(やくほ)』。

 本拠(ホーム)の『教会の隠し部屋』が豪雨によって崩壊した【ヘスティア・ファミリア】は、助けを求めて知己の仲である薬神の派閥(ミアハ・ファミリア)を訪れたのだ。

 そして、その豪雨はまだ続いている。窓を鳴らす雨音に、ヘスティアは思わず重い溜息を吐いた。

 

 

 

 

§

 

 

 

「ナァーザ特製の粥だ。味は美味く、栄養も満点。其方の疲弊し切った身体を癒してくれるだろう」

 

 男神(おがみ)ミアハはそう言いながら、出来たてホヤホヤの粥とスプーンをヘスティアに渡した。

「ありがとう」と小さな笑みと共にヘスティアは感謝の気持ちを伝え、一口、お粥を口に入れた。

 

「……うん、美味しいよ。とてもね」

 

「そうかそうか、それは実に良かった。心配はあまりしていなかったのだが、その様子なら味覚は正常のようだな」

 

「……おいおい、恐ろしい事を言わないでくれよ」

 

 ヘスティアがそう指摘すると、薬神は「すまぬ、職業柄故にな」と申し訳なさそうに謝った。

 それを受け、うぐっ、とヘスティアは言葉に詰まる。彼女としてはあくまでも冗談のつもりだったのだが、真面目な男神(おがみ)には通じなかったようだ。

 

 ──ヘスティアが目覚めてから、数十分が経った。

 

 メモが遺された羊皮紙を読んだ後、ヘスティアは如何にして自分の覚醒を伝えようかと悩んだものだが、それはすぐに杞憂(きゆう)に終わった。すぐにミアハが夕刻の巡回に来たからである。

 

「しっかし……まさか、殆ど一日中寝ていたとはねぇ……。全然その実感がないや」

 

 ヘスティアが呟いたように、壁に掛けられている時計は十八時を指していた。彼女の記憶が確かなら、本拠(ホーム)が崩壊したのは朝方だ。

 つまりそれ程の長時間、ヘスティアは寝台(ベッド)の上で寝込んでいたという事に他ならない。

 ミアハはその呟きを拾うと、神妙(しんみょう)な面持ちで頷いた。

 

「其方の眷族が運んできた時はもっと酷い状態でな、とても驚いたぞ」

 

「ハハハ……。迷惑を掛けてごめんよ……」

 

 シュン、と項垂れるヘスティア。

 落ち込む女神を、ミアハは「気にするでない。其方が無事で誠に良かった」と笑顔と共に慰めた。

 それを受けたヘスティアは思わず胸を抑えて、

 

「おぉう」

 

 と、呻いてしまう。

 それを状態の悪化だと勘違いして焦る男神を他所に、ヘスティアは心底思った。

 

(な、なるほど……これが噂に聞く、ミアハの『スケコマシ』ってヤツか)

 

 自分が処女神じゃなかったら堕ちていたかもしれない。

「ど、どうかしたのか!?」と尚も勘違いし純粋に心配してくれるミアハが、処女神には恐ろしく映った。

 

「──ベル君はダンジョンかい?」

 

 動揺を抑えつつ、目覚めてから気になっていた事を口にして尋ねる。

 ミアハは無言で頷くと、居住まいを正した。そして、ヘスティアが眠っていた数時間の出来事を説明した。

 

「ベルは意識を失っていた其方を『青の薬舗』に運ぶや否や、其方の診察を頼んだ。そして命に別状がないことを知ると、今度はダンジョンに行くと言い出してな。衣服はびしょ濡れ、身体は消耗し、精神枯渇(マインド・ダウン)の前触れ、さらにはこの悪天候の中でダンジョンに行くなど、正気の沙汰ではない。無論、私とナァーザは今日はやめるよう説得したのだ。だが──」

 

(みな)まで言わなくても分かるよ。ありありとその光景が目に浮かぶ。あの子はミアハ達の説得を聞きつつも、ダンジョンに行くの一点張りだったんだろう?」

 

「──その通りだ。そして、私達はベルを言い負かす事が出来なかった。ベルの目が、自分は絶対に引かないと如実に物語っていてな。私達は精神力(マインド)が枯渇している彼に精神力回復薬(マジック・ポーション)を渡す事と、其方宛への手紙を受け取る事しか出来なかった」

 

 手紙? と首を傾げるヘスティアの前で、ミアハは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

 ヘスティアはそれを受け取ると文字に目を通す。普段から自伝を書いているだけはあり、ベルの字はとても達筆だ。だが今回は慌てて書いた為か形が崩れてしまっている。濡れた手で羽根ペンを走らせたのだろう、水の跡が数箇所ついていた。

 

「えっと──『拝啓、我が愛しの主神よ! この手紙をご覧になっているという事は目が覚めたのだろう! 薬神(ミアハ)から貴女の生命に危機が無いことは伝えられたが、まずは目が覚めた事が嬉しく思う!本当に良かった! ──そのような状態の貴女を残すのは非常に心苦しいが、昨晩話した通り、時間がない。それ故に、私はダンジョンに赴こうと思う。嗚呼、慈愛の女神よ、主神(おや)を置いて死地に飛び込む眷族(こども)の愚行をどうか許し(たま)え! 親不孝者のベル・クラネルより』──どうして手紙でもこんなに賑やかに出来るのかな……?」

 

 これも一種の才能かぁ、とヘスティアは眉間に手を当て嘆息する。そして、ミアハに笑顔を見せた。

 

「まあ、聞いての通りだ。ベル君は今、厄介な問題を抱えていてね。しかも早急に解決しないといけないんだ。だからミアハ、気にしないでくれ」

 

「……そういう事であるのなら、承知した。──さあ、粥が冷めてしまう。その前に完食してくれると、ナァーザもよろこぶだろう。話はそれからでも良いだろう」

 

 言われるがままに、ヘスティアはスプーンを再度動かして粥を頬張った。

 頬を緩ませ、ほう、と感嘆の吐息を吐き出す。

 

「それにしても、全く、ミアハが羨ましいぜ。これだけ美味しい料理を毎日食べられるなら、男冥利に尽きるだろう」

 

「うむ、自慢の娘の手料理だ。毎食美味しく戴いているとも。父としては自慢の娘だ、そろそろ、男子を本拠(ホーム)に連れてきて欲しいのだがなぁ……」

 

「そ、そうだね……」

 

 ミアハの言葉に頷きながらも。

 本気かこいつ、とヘスティアは半眼をつい送ってしまう。

 

(どうしてナァーザ君が自分に恋をしているとは思わないのかなぁ……?)

 

 彼の唯一の眷族、ナァーザ・エリスイスは他ならないこの男神(おとこ)に好意を抱いている。その事は彼女から何度か相談を受けているし、誰が見てもそれは一目瞭然だ。一度たりとて恋愛をした事がない──求婚(アプローチ)された事は何度かあるが──処女神(ヘスティア)でさえ分かるのに、この男神と来たら全く気付かない。

 朴念仁(ぼくねんじん)にも程がある。いや、これはただ『鈍い』という言葉で片付けて良いものなのかと、ヘスティアは内心で唸った。

 どうして目の前の薬神(ミアハ)といい、武神(タケミカヅチ)といい、鍛冶神(ヘファイストス)といい……周りの神友はこうも面倒臭いのだと──ヘスティアは自分の事を棚に上げてつくづくとそう思った。

 

「改めて、謝罪と感謝をしたい」

 

 夕食を平らげたヘスティアは、真剣な顔を浮かべてそう切り出す。そして、【ヘスティア・ファミリア】の主神は深々と頭を下げて言った。

 

「ボク達を助けてくれて、本当にありがとう。君達が居なければ【ヘスティア・ファミリア】は文字通り壊滅していただろう。今回の出来事、そして恩を決して忘れはしないと、ボクの真名(しんめい)、ボクの魂に誓おう」

 

「うむ。その言葉、この私──薬神(やくしん)ミアハが受け取った」

 

 薬神(ミアハ)はそう言うと、炉の女神(ヘスティア)にこのような提案をした。

 

「其方達【ヘスティア・ファミリア】が新たな本拠(ホーム)を見付けるまで、あるいは、建てるまで、好きなだけ此処に居ると良いだろう。まあ尤も、私達【ミアハ・ファミリア】も知っての通り零細派閥な為、あまり豪華な出迎えは出来ないが……その分、気持ちだけでも其方達を歓迎しよう」

 

「わあっ、それは嬉しいな! ありがとう神友(ミアハ)! やっぱり、持つ者は神友(マブダチ)だね!」

 

「はっはっはっ! 実に都合のいい言葉だが、其方が言うと全く気分を害されないのだから不思議だな!」

 

 ミアハはそう爽快に笑うと、そこから一転、同情の眼差しをヘスティアに送った。

 

「しかし、其方達も不運が重なるな。新興派閥がここまで厄介事──失礼、面倒事に巻き込まれるのは聞いた事がないぞ」

 

「待ってくれミアハ。言い直して貰った所悪いけど、それ、あまり意味がないからね」

 

「すまん。まあ、私も神だからな。許してくれよ」

 

 ミアハは神の中では神格者だ。しかし彼が『娯楽』を求める神である事に変わりはない。

 ヘスティアは「ハア……」と深々と溜息を吐くも、それ以上追及するのはやめた。彼女がミアハの立場なら、恐らく、似たような態度を取るだろう。つまり、お互い様という事だ。

 

「始まりはひと月前。【ロキ・ファミリア】が取り逃した猛牛(ミノタウロス)との逃走劇。次は、怪物祭(モンスターフィリア)で繰り広げた銀の野猿(シルバーバック)との死闘。謎の冒険者からは迷宮(ダンジョン)探索中に襲われて大怪我を負わされた。そして今回は本拠(ホーム)の崩壊か……うむ、盛り沢山であるな!」

 

【ヘスティア・ファミリア】と【ミアハ・ファミリア】は正式に同盟を結んでいる訳ではないが、実質的にはそのような関係を築いている。

 それ故にヘスティアは、何か大きな出来事が起こればその都度報せていた。

 

「余程の不運が重ならなければ、こうはならぬと思うのだが」

 

「ベルは余程の巻き込まれ体質(トラブルメーカー)のようであるなぁ……」と感想を漏らすミアハに、ヘスティアは唇を尖らせた。

 

他人事(ひとごと)のように言わないでくれよぅ。もう、解決しないといけない問題が沢山あり過ぎて、ただでさえボクの頭は限界なんだ」

 

 やれやれだぜ、と頭を振るヘスティア。

 ミアハは愉快そうに笑いながらも、助言を送る。

 

「しかし、それが派閥(ファミリア)の主神というものだ。早いか遅いかの違いだけだぞ? 【ファミリア】運営を行うにあたって必ず直面する『壁』。これを乗り越えられなければ【ファミリア】の拡充は不可能だ」

 

「【ファミリア】の拡充、かぁ……」

 

「如何にも。今はまだ眷族はベル一人しか()らぬが……きっと遠くない未来、【ヘスティア・ファミリア】の門を叩く子供が訪れるであろう。そうして仲間を増やし、幾つもの『壁』を踏破し、【ファミリア】は少しずつ成長していくのだ」

 

「偉大な先達である君にそう言われると、言葉の重みを感じずにはいられないね」

 

「『偉大な先達』か……。私達には似合わぬ響きだな」

 

 失笑するミアハを見て、ヘスティアは眉を顰める。

 

「……おいおい、らしくないじゃないか。今でこそ【ミアハ・ファミリア】は等級(ランク)が低いけれど、昔日は違ったのだろう? それこそ数年前に起こった都市滅亡の危機──『暗黒期(あんこくき)』の際は大活躍だったんだろう?」

 

「……誰がそのような事を其方に吹き込んだのだ?」

 

「ヘヘン! 決まっているだろう! ボクの神友、ヘファイストスさ!」

 

「……で、あろうなぁ」

 

 ミアハが遠い目をする目の前で。

 神友の鍛冶神から聞いた情報をヘスティアは記憶から掘り起こした。

 ──『暗黒期』。

 七年前、迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオ──ひいては下界全土を巻き込んだ絶望と嘆きの時代。『正義』と『悪』が己の主張をぶつけ合った、熾烈で苛烈な戦い。

『正邪決戦』、或いは──『歴史の転換期』の一つ。

【ミアハ・ヘスティア】は『正義側』として参戦、医療という分野で大活躍したのだと聞いている。

 

「昔は【ディアンケヒト・ファミリア】と並ぶ程の医療系【ファミリア】だったそうじゃないか」

 

【ファミリア】には幾つかの系統がある。

 最も多いのは探索(ダンジョン)系。迷宮都市(オラリオ)に本籍がある派閥の殆どはこれであり、【ヘスティア・ファミリア】もこれに属している。都市を代表する最強派閥も探索(ダンジョン)系である事から最も注目を浴びやすく、『華』であると言えよう。

 探索(ダンジョン)系の他には、鍛冶系や農業系、漁業系、国家系といったものがある。

 そして、医療系。この派閥は文字通り、医療を提供している。とはいえ、この派閥は数える程しかない。それには幾つか理由があるが、今回は割愛とする。

 話に挙がった【ディアンケヒト・ファミリア】は医療系【ファミリア】の頂点に位置する派閥と言っても差し支えない。多くの治療師(ヒーラー)薬師(ハーバリスト)その他多くの専門職(プロフェッショナル)を抱えているこの派閥は、都市の住民から絶大な支持を得ている。

 その【ディアンケヒト・ファミリア】と、【ミアハ・ファミリア】は嘗てライバル関係にあったのよ──神友から聞いた言葉を頭の中で反芻(はんすう)させるヘスティアに、ミアハは苦い表情で言った。

 

「……とはいえ、それも其方が言ったように昔の事だ。今ではその【ディアンケヒト・ファミリア】に多額の借金(ローン)をし、【ファミリア】運営は辛うじて行えている状況だ」

 

「でもそれは、眷族(ナァーザくん)の為だろう?」

 

「……ヘファイストスにはそこまで言った記憶はないのだが」

 

「そりゃあ、そうだよ。だってナァーザ君から直接聞いたからネ!」

 

 パチン、とウィンクするヘスティア。ミアハが真顔になる中、彼女は表情を正すと優しく言った。

 

「そして君はそれを後悔していない。ボクは君の、そういう所が本当に凄いと思うし尊敬しているんだ」

 

 だから自分を卑下しないでくれよ、とヘスティアは諭した。

 長い付き合いで今更ではあるが、どうもこの男神は自己評価が低い。

 尊敬している神友が必要以上に卑下するのが、彼女には我慢ならなかった。だから彼女はそれが傲慢だと分かっていながら、思っている事をそのまま口にした。

 

「女神である其方にそこまで言われれば、これ以上はよそう。確かに、私は悲観的になっていたのかもしれぬな。気付かせてくれてありがとう、神友」

 

「うん、どういたしまして! しかし、君がまさかそこまで思い込むだなんて。無理には聞かないけれど、今月分の返済額は用意出来た、あるいは、出来そうなのかい?」

 

「それは……。まあまあ、と言った所だ……」

 

 ミアハは困ったように笑うと、ヘスティアから視線を僅かに逸らした。

 誠実な男神にしては珍しい仕草に、鈍臭いと自覚しているヘスティアでさえも察してしまう。

 

「あー……えっと、ごめんよ」

 

 ミアハは「謝る必要はない」と言ってから、言葉を続けた。

 

「承知の通り、私達【ミアハ・ファミリア】は【ディアンケヒト・ファミリア】に借金をしている。それもかなりの多額──いや、()()だ。私達は毎月、向こうが指定してきた額を納めなければならない」

 

「居候させて貰うのだから、幾らか出そうか?」

 

「その申し出はとても嬉しいが、それでは私達の関係が(いびつ)となってしまう。元よりこれは私達の問題なのだから、其方達が気に病む必要はないのだ」

 

 ヘスティアは「なら良いけどさ……」と引き下がりながらも心配だった。

 彼女は【ミアハ・ファミリア】の事情をミアハ本人から聞いているが、その全容までは流石に知らない。つまるところ、どれだけの額を借金しているのか分からないのだ。

 知己の仲とはいえ、踏み越えてはならぬ一線というものはある。ヘスティアも重々それは分かっているので、追及は出来ないでいた。

 

「……しかし、其方達の厚意を無下(むげ)にするのも忍びない。もしもその時が来たら頼りにさせて貰うが、良いか?」

 

「モチのロンさ!」

 

「とはいえ、ベルが定期的に回復薬(ポーション)を購入してくれるだけでも、我々としては非常に助かっているのだが。やはりどうしても、顧客の獲得は難しくてなぁ」

 

 私には商才がないのだろうか、と首を傾げるミアハ。

 

「容姿が整っている神々(ボクたち)が売り子に出れば、一定の売上は期待出来そうなものだけど……?」

 

「最初の一回目は好感触なのだがなぁ……。どうしても二回目、三回目と繋がらぬのだよ」

 

「あー、ボクもその気持ちは分かるなぁ。ほら、一応ボクも『ジャガ丸くんの屋台』で働いているけどさ、常連さんを作るのは大変だと、そう、ひしひしと感じているんだよね」

 

 二柱(ふたり)の神は揃って苦笑した。しかしながら、ヘスティアもミアハもそこに苦しみはない。彼等にとっては、これも下界の醍醐味である『娯楽』なのだ。

 下界の子供達と同じ目線に立ち、苦楽を共にする。それが、神々が下界に降臨した理由の一つである。

 

「私も大通りに足を運んでは、回復薬(ポーション)を売ろうとしているのだが、最近は見向きもされなくなってしまった」

 

「そりゃあ、また何でだい? 君の誘いを断るだなんて、そんな子供がいるとは信じられないよ!」

 

 ──ましてや女子(おなご)が。

 という言葉を呑み込みつつ、ヘスティアは問うた。

 

「いや、無視をされるという訳ではないのだ。此方が話し掛ければ、皆、話には付き合ってくれる。だが、回復薬(ポーション)を売ろうとすると全く駄目なのだ」

 

「へえ……何か理由でもあるのかな?」

 

 うむ、と薬神(ミアハ)は頷いた。

 分かっているのなら勿体ぶらないで教えてくれと、ヘスティアは思いながら目で続きを促す。

 するとミアハは奇妙な事に、どこか嬉しそうな表情を浮かべた。そして、言う。

 

「其方も知っているであろう──アミッドだ」

 

「……? アミッドって、あのアミッド君かい?」

 

「ああ、そうだ」

 

 話に挙がった人物を、ヘスティアは知っている。

 アミッド・テアサナーレ。【ディアンケヒト・ファミリア】に所属している、都市最高位の治療師(ヒーラー)

 だが、そのアミッドがどのように関係しているのだろうか。疑問を浮かべるヘスティアに、ミアハは説明した。

 

「これは噂で聞いたのだが、最近、アミッドは奉仕活動(ボランティア)を行っているようでな。何でも……不定期ではあるが、回復薬(ポーション)を住民達に配っているようなのだ。それも無料で」

 

「へぇー! それはまあ、凄いねぇ!」

 

「そうだろう、そうだろう!」と、ミアハは何故か自分の事のように胸を張ると、これまた何故か誇らしげに何度も頷く。

 

「まあ、そのような理由があってだな。ただでさえアミッドは都市最高位の治療師(ヒーラー)、さらにはあの美貌で人気だった。そんな彼女が自ら屋台を引っ張って活動を始めたと言うのだから、皆、そちらに関心が寄せられてしまうのだよ」

 

「なるほど……それは確かに、そうなるのも仕方ないかもね。あの子はとても優しいから」

 

 アミッドは眷族(ベル)のよき友人だ。そして、命の恩人でもある。彼女が居なければ、銀の野猿(シルバーバック)との死闘で大怪我を負ったベルはそのまま死んでいたかもしれないのだ。

 他人を思いやる心を持った優しい治療師(ヒーラー)を思い浮かべ、ヘスティアは腑に落ちた。

 だがそれとは別に、ヘスティアには腑に落ちない点があった。

 

「でも、おかしくないかい?」

 

「……? おかしいとは、何がだ?」

 

「ずばりミアハ、君の反応さ。アミッド君の人柄は兎も角、彼女は【ディアンケヒト・ファミリア】の所属だろう。彼女の行いによって、君達【ミアハ・ファミリア】は少なからず損害を受けている。だと言うのに、派閥(ファミリア)の主神である君は喜んでいるじゃないか。それが可笑しいのさ」

 

 その指摘に、ミアハは「うむ」と一度肯定した。

 しかし同時に、男神は笑いながらもこう言った。

 

「あの女子(おなご)眷族(ナァーザ)は、いわば同期なのだ。二人の仲があまり良好でない事はヘスティアも知っているだろうが、それでも、険悪な訳ではない」

 

 その理由の一つは他ならない君だけどね、という言葉をヘスティアは呑み込んだ。

 ナァーザ曰く、アミッドもまたこの男神に好意を抱いているようなのだ。とはいえ、最近は分からなくなったとも言っていたのだが。

 まあそれがなくとも、ナァーザとアミッドが純粋な交友関係を築くのは難しい気がする。ヘスティアに置き換えれば、あの不倶戴天の敵である道化の女神(ロキ)と仲良く遊ぶようなものだ。

 

「アミッドは昔日から『精緻な人形』だと言われてきた」

 

「『精緻な人形』か……。それはまた、反応に困る呼称だね」

 

「……うむ、私も同意見だ。あの美貌も()事乍(ことなが)ら、彼女の無表情がそうさせてしまった。私はそれがずっと気掛かりだったのだ」

 

 だが、と男神は続ける。

 

「ナァーザも感じているだろうが……最近のアミッドは良い意味で変わった。私は、それが嬉しいのだ」

 

「……そうか、確かにそれなら喜ばずにはいられないね。子供達の緩く、それでいて確かな『成長』を感じたんだ。ああ、君の気持ちが分かるよ」

 

 ヘスティアとミアハは笑いあった。

 数秒後、笑みを収めた男神は思案顔になる。そして、顎をさすりながら疑問の声を上げた。

 

「……しかし、何がアミッドを変えたのだろうな。私が声を掛け、眷族(ナァーザ)が幾ら煽り散らかして喧嘩を吹っ掛けても──恥ずべき事ではあるが──感情を覗かせる事はあっても、彼女の本質的な部分は変わらなかった。私は、それが気になって仕方がない」

 

「さて、ね……。悠久の刻を生きるボク達とは違い、子供達の一生は短い。ほんの些細な出来事で子供達は影響を受ける。良くも悪くもね。そしてそれは、子供達の新たな一面を引き出すのさ。だからきっと、今回もその一つなんだと思うよ」

 

「……それもそうだな。故に私達は、あの子達の物語を見守る事しか出来ないのだから」

 

 二柱(ふたり)の神は寂しそうに笑いあった。

 それから、ミアハは「ところで」とヘスティアに尋ねる。

 

「先程其方が言っていた、ベルの抱えている問題とは何なのだ? 主神である其方を──言い方は悪いが──放置するなど、普段のベルでは有り得ぬ事であろう?」

 

「い、いやぁー、それはどうかなぁー? ベル君って適当な所があるし、有り得ない事ではないと思うけど!?」

 

「……ヘスティア、誤魔化すのがあまりにも下手だぞ」

 

 ゴフッ、とヘスティアは呻いた。神友からの容赦なくも鋭い指摘はそれだけ効いたのだ。

 多くの神は腹に一物がある。様々な『仮面』を所持しているのは何ら珍しくない。

 だがヘスティアはそれが苦手だった。思っている事、考えている事が表情に出てしまう彼女にとって、心理戦など無理だった。

【ファミリア】に神の代理戦争という側面がある以上、もっと上手くやらなければとは思うものの、それが出来ていたら苦労はしていない。

 項垂れるヘスティアを、ミアハは慌ててフォローする。

 

「と、とはいえだ! 人には……ひいては、神にだって得意不得意はある。其方のそれは確かな魅力だ。だからこそ私やヘファイストス、アルテミス、それにゼウスやヘラといった大神(たいじん)でさえ、其方を認めていたのだから」

 

「その分、アポロンという男神(傍迷惑な奴)には求婚されまくったけどねぇ!」

 

 思い出したくない顔を思い出してしまい、ヘスティアは顔を顰めながら叫んだ。

 ミアハは気の毒そうにしながらも、更なる爆弾を放り投げる。

 

「そのアポロンといえば、この迷宮都市(オラリオ)で派閥を率いているぞ。中堅派閥として、そこそこの知名度を誇っている」

 

本当(マジ)かよ!?」

 

「うむ、本当(マジ)だ」と頷くミアハに対して、ヘスティアは女神にあるまじき表情を浮かべた。

 ミアハは苦笑すると、脱線した話を戻した。

 

「無理には聞かぬが、もし良ければ教えて欲しい。何か力添えが出来るやもしれぬ」

 

 その何処までも誠実な言葉を、ヘスティアは突っ()ねる事が出来なかった。【ミアハ・ファミリア】は【ヘスティア・ファミリア】以上に余裕がない。だと言うのに、他者を思いやる気持ちを持てるのは素晴らしい事だと、炉の女神は薬神へ更なる敬意を抱いた。

 激しい葛藤の末、「他言は無用だぜ?」と一応釘を指してから話をする。

 

「実はベル君は最近、集団(パーティ)探索をしているんだけど」

 

「うむ、それは以前聞いたな。名は聞いておらぬが……確か、其方とそう変わらぬ身長の女子(おなご)だったか。それがどうかしたのか?」

 

「その子供が『訳あり』のようでね」

 

 ほう、とミアハは片眉を上げた。

 ヘスティアが他者の評価をする際に『訳あり』だと濁らせるのはとても珍しい。

 

「其方がそう評するのだ、余程なのだろうな」

 

「やめてくれよ、ミアハ。ボクは傲慢な神にはなりたくないんだ」

 

「それはすまぬ。前言撤回させて欲しい」

 

 ヘスティアはミアハの謝罪を受け入れると、複雑な表情のまま暫し固まった。

 

「それ程までに()()のか?」

 

「……それが、何とも言えないんだ。ボクがその子と会った回数は数える程しかない。眷族(ベルくん)の方が遥かにその子の為人(ひととなり)を知っているのは間違いないんだけどね……」

 

「しかし、ベルがパーティメンバーに選んだのだ。その子供の性格が悪い、という事はないのだろう?」

 

「……そこもまた、何とも言えないのさ。──『嘘』は何一つ吐いていなかった。それは間違いない。でもミアハ、『嘘』を吐いていないからといって、それが真実であるとも限らないだろう?」

 

 ミアハはその確認に頷いた。そして「なるほどな」と神妙に頷いた。

 

「表向きは良い。だが、その内面までは完全には推し量れない──つまるところ、その子供は意図的に『自分』を隠している。それもかなり上手に、と言ったところか」

 

「……全くもってその通りさ」

 

 ヘスティアは嘆息すると、腕を組んで悩まし気な声を上げる。

 

「さらには、あの子が所属している派閥も問題のようでね」

 

「ほう……ちなみに、何処だ?」

 

「【ソーマ・ファミリア】さ」

 

 ヘスティアが教えると、ミアハは「ソーマ……?」と首を傾げる。ややあって、男神(おがみ)は思い出したように言った。

 

「そのような男神(かみ)も確かに居たな。すまぬな、ヘスティア。すっかりと忘れてしまっていた」

 

「謝る必要はないぜ、ミアハ。殆どの神も君と同じだろうさ」

 

 ミアハは苦笑を返した。

 

「──と、まあ、中々に厄介な問題でね。ボクの見解を言わせて貰うと、その子以上に派閥の方が闇が深くて、どうにもきな臭いんだ。ミアハは何か知っているかい? もし何か知っているなら……何でもいい、教えて欲しい」

 

「ふむ……」とミアハは顎を擦りながら思考を巡らした。ヘスティアは期待の目を向けるが、すぐに打ち砕かれる事となる。

 

「【ソーマ・ファミリア】か……すまぬ、ヘスティア。私は()の派閥については有益な情報は何も持ちあわせておらぬ。微かに知っている事柄も、其方のと大して変わらないだろう」

 

「……そっか。いや、良いんだミアハ。元からこれはボク達【ヘスティア・ファミリア】の問題さ。君達を巻き込む訳にもいかないしね」

 

 その言葉に、ミアハは眉を顰めた。

『巻き込む』というヘスティアの表現に、もっと別の意味合いを感じたのだ。

 

「……もしや其方、『抗争』にまで発展させるつもりか?」

 

『抗争』。

【ファミリア】と【ファミリア】が衝突し、都市を舞台にして争う。小さなものから大きなものまで、千年の歴史を持つ迷宮都市オラリオでは、数え切れぬ程の『抗争』が繰り広げられてきた。

 炉の女神は蒼の瞳を閉ざすと、一拍置いて言った。

 

()()()()()()()。ボクも、そしてベル君も──出来る事ならば争いは避けたいからね」

 

「……だが、必要になったらするのだろう? 私にはそのように聞こえたぞ」

 

「どうだろう。ボクは別に未来を見通せる訳ではないから、何とも言えないさ。ただ、きっと、未来のボクが決断をする」

 

「……何ともまぁ、適当な考えだ。自分の事になると面倒臭くなってしまう……ああ、実に其方らしい」

 

 ヘスティアは苦笑いすると、さらに言った。

 

「眷族が主神に覚悟を見せた。決断をした。ならば主神もそれなりの覚悟は決めておくのが道理だろう? ボクは格好良い女神でいたいのさ、息子の前では特にね」

 

「……そうか。ならば私は、何も言うまい」

 

「ありがとう、神友(ミアハ)

 

 ヘスティアは微笑み、神友に感謝の言葉を伝えた

 ミアハは笑い返すと、「あっ」と突然声を上げた。

 

「どうかしたのかい?」

 

「……ヘスティア、朗報だ。【ソーマ・ファミリア】──男神(ソーマ)について知っていそうな神物(じんぶつ)を思い出したぞ」

 

「ええっ!? それは本当(マジ)かい!?」

 

「ああ、本当(マジ)だ。普段の態度こそアレではあるが、彼ほどの善神はそうは居ないだろう。何せ、迷宮都市(オラリオ)の秩序と安寧に大きく貢献してきたのだからな」

 

「うおおおおおおおおお! それはいったい!?」

 

 にやり、と。

 ミアハはドヤ顔で口を開けた。

 

「我らが【群衆の主(ガネーシャ)】だ」

 

 挙がった神物の名に、ヘスティアは暫し呆然と固まった。そして我を取り戻した瞬間、彼女は自分が体調不良だと言うことを忘れて、

 

「ガネーシャだってぇえええええええええ!?」

 

 と、叫ぶのだった。

 そしてヘスティアは、「俺が、ガネーシャだッ!」と謎のポージングをする変態(ガネーシャ)を思い浮かべるのだった。

 

章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)

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