さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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斯くして、時計の針が進んだ Ⅳ

 

 分厚い灰色の雲が地上を(おお)う。

 槍の如く降り注ぐ雨が石畳で舗装された路地を強く打ち、万象を吹き飛ばす暴風が魔石灯や店の看板を激しく揺らす。稲妻(いなずま)が走り、閃光が地上を瞬く。

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオが久方振りに活動を休止する一方で、この悪天候の中だからこそ動く者達が居た。

 場所は、都市東部。ダイダロス通り──またの名を、貧民窟(スラム)。一定の生活水準を満たさない者達が此処での生活を余儀なくされている。とはいえ、迷宮都市(オラリオ)貧民窟(スラム)はほかの国家の貧民窟(スラム)に比べれば遥かにマシである。粗末な家屋(かおく)が煩雑に建っており、あまりにも頼りない光が壁の隙間から漏れていた。

 此処での生活を余儀なくされている者も居るが、敢えて此処を選んでいる者も居る。

 貧民窟(スラム)は、太陽が照らす表通りを歩けない犯罪者達の巣窟でもあった。

 ダンジョンと同等、否、それ以上に複雑極まる迷宮街(ダイダロス通り)を完全に把握している者は居ないとさえ言われており、それは『都市の憲兵(ガネーシャ・ファミリア)』や都市の運営を担っている管理機関(ギルド)も含まれている程だ。地図(マップ)でも作ればその限りではないが、現在、そのような物は一切公開されていない。標識(アリアドネ)を見失えば最後、この迷宮街からの脱出は不可能だと言われており──だからこそ此処は、『悪』が隠れるのにはもってこいの場所だった。

 そして、やや大き目の木造建築物(バラック)。一つしかない出入口にはヒューマンの男が立っていた。部外者が万が一にも入らないよう、目を光らせて監視している。

 その建築物の中には、十数名の亜人族(デミ・ヒューマン)が集まっていた。最も多いのはヒューマンで、次に獣人が多い。

 彼等は漏れなく全員『冒険者』だった。大剣や細剣、長槍(ジャベリン)といった各々の得物(えもの)を側に置き、巨大な円卓(ラウンドテーブル)を囲んでいる。武器や防具には【ファミリア】の徽章(エンブレム)が刻まれているが、それはバラバラだった。異なる【ファミリア】の眷族が一堂に会する事はとても珍しい。

 

「──時間だ。『会議』を始めようか」

 

 ニヤリ、と何処までも醜悪に。

 一人の中年の獣人が、静寂を裂いてそう言った。それに無言で頷く冒険者達。

 他ならない彼こそが、この集会を開いた開催者だった。故に、司会進行役は必然的に彼となる。

 

「報告を」

 

 獣人の男とは違う徽章(エンブレム)の冒険者が答える。

 

「指示通り、対象(ターゲット)が例の餓鬼とダンジョンに潜るまで尾行を行った。この雨が味方したな。奴は俺達に気付かずに、裏通りの道具屋(アイテムショップ)道具(アイテム)を購入した。これは店主にも確認済みだ。まず間違いなく、明日動くぜ」

 

「ほう! 奴の利用している換金所が分かればと思っていたんだが……そうか、それは上々だ。クックッ、意外にも早いじゃねえか。()()()()()()。馬鹿正直に守るとは露も思っていなかったが……俺はてっきり、ぎりぎりまで餓鬼を隠れ蓑にすると思っていたんだがなぁ。予想は外れたか」

 

「どうだろうな。その換金所についてはまだ調査中だ、すまねえ」

 

「いや、良いさ。これだけ広い都市だ、短期間で探すのは難しいだろうよ」

 

 司会者は謝罪を受け取ると、次の報告をするように言った。

 

「それで……奴が隠れ蓑にしている例の餓鬼について、何か分かったか?」

 

「すまねえ……それが、何も分かっていない。腕利きの情報屋を雇ったんだが、連絡が途絶えた。その後、路地裏で倒れているのを発見したんだが……ありゃ、駄目だ。廃人同然だったぜ」

 

何だそれは、と顔を見合せる参加者達。己の意見を交わすも、答えは出されない。

 

「……まあ、良い。餓鬼一人で出来る事なんてたかが知れている。敵対するというのなら、それはそれで好都合だ。その時に始末すれば良いだろうさ」

 

 そう、司会者は結論を出す。

 

「とはいえ、作戦が勘付かれている可能性もあるか。決行日は明日にする。異論がある奴は?」

 

 誰も発言せず、口を挟まなかった。司会者はそれに満足そうに頷く。

 

「最終確認を行う。とは言っても、やる事はとても簡単(シンプル)だ。標的は明日、餓鬼を裏切るだろう。力が無い奴(サポーター)独り(ソロ)になったらダンジョンからなりふり構わずに脱出するしかない。()()()()()()()()()()

 

 ──異論がある奴は? 

 再度の問い掛けに、やはり、名乗り出る者は居なかった。

 司会者は笑みを深めると、声を張り上げて言った。

 

「俺達は『被害者』だ。異なる派閥(ファミリア)の俺達がこうして集まり、手を取り合い、協力出来るのはそれが理由だ。そうだろう?」

 

 そうだそうだ! と賛同する冒険者達。

 

「俺達はあの糞小人族(パルゥム)に騙された。金を奪い取られた。何も出来ねえ荷物持ち(サポーター)の癖に、生意気にも程がある!」

 

「俺のパーティからは『魔剣』が取られた! ただの『魔剣』じゃない! 『クロッゾの魔剣』だ! せっかく他のパーティから上手く奪ったというのに! ああ、今思い返しても苛立つぜ!」

 

「俺はモンスターの『ドロップアイテム』を! クソがっ、貴重な『ドロップアイテム』を盗みやがって!」

 

「俺は冒険者依頼(クエスト)の報酬が! せっかく苦労して達成したと言うのに!」

 

 室内を満たすのは怨嗟の声。

 共感の声はまるで止まず。彼等は一様に憎々しげな表情を浮かべていた。

 だがしかし、その矛先は、彼等の怒りをぶつけるべき相手は此処には居ない。故に彼等は剥き出しの感情を(あらわ)にする。鬱憤(うっぷん)はまるで晴れず、寧ろ強まる一方だった。

 

「結構。大いに結構じゃねえか! そうだ、俺達はあの糞小人族(パルゥム)に騙された! 時には金を奪い取られ、時には武器を盗まれ、時には命の危機を感じた奴も居るだろう!」

 

 獣人の男は憎悪を歓迎するかのように、両手を大きく広げた。彼と同じ徽章(エンブレム)の冒険者は唇を三日月に歪めた。

 膨張していく殺意。何処までもどす黒い負の感情。

 

「何度でも言おう! 俺達は『被害者』だ! だからこそ、『正義』は俺達にある!」

 

 賛同する声が上がる。

 そう、彼等は『被害者』だった。『糞小人族(パルゥム)』の被害にあった。故に自分達は正しいのだと、『悪』ではなく『正義』として獣人の男の招集に応えたのだ。

 

「怒りをぶつけるのも良い! 恨みをぶつけるのも良い! 奴と同じ眷族(ファミリア)の俺が赦そう!」

 

 その言葉の意味を彼等は正確に読み取った。

 獣人の男は『殺害』でさえも認めると、そう、宣言したのだ。

 あまりにも行き過ぎた『報復』。否、これは既に『報復』ではなく『復讐』へと変容していた。

 同じ神血(イコル)を流しているとは思えない台詞。

 だが誰も声を上げない。誰も疑問を持たない。彼等は正常な思考のまま、その『復讐劇』に名を連ねる事を認めた。

 

「邪魔者は全て壊せ、殺せ! 舞台は無法地帯(ダンジョン)! 刃傷沙汰など管理機関(ギルド)によって『いつもの事』だと切り捨てられるからなぁ!」

 

 獣人の獣の如き嘲笑が響く。

 場の盛り上がりは最高潮だった。密閉された室内に、激情が充満する。それはまるで感染症のように荒くれ者達に伝染し、いつしか彼等は『殺人衝動』に駆られていた。

 

「解散、と言いたい所だが」

 

 獣人の男はそう言うと、不意に片手を挙げた。

 それが合図だったかのように、彼と同じ徽章(エンブレム)の眷族が静かに動いて奥に消えた。いったい何だと参加者が顔を見合わせる中、彼等は数秒もしないで戻ってくる。

 だがしかし、数秒前とは違う点が一つ。彼等の両手には硝子瓶が抱えられていた。まるで宝石を扱うかのように、慎重に運ばれる。

 やがてそれは全員に配られた。

 

「おい、何だこれは?」

 

 一人の槍使いが疑問の声を上げた。他の冒険者からも同様の視線が出される。

 獣人の男はそれら全てを受け取ると、笑いながら答える。

 

「見て分かるだろう、酒さ。せっかくだ、景気付けに飲もうと思ってなぁ」

 

 なるほど、と冒険者達はすぐに納得した。この面々で楽しむ、最初にして最後の嗜好品。彼等はそれまであった緊張を(ほぐ)すと、目の前に置かれている硝子瓶を注視する。飾り気のない瓶の中には、透明な液体がなみなみと入っていた。

 

「何だこれは、初めて見るな。それに、美味そうにも見えない」

 

 先程質問した槍使いが感想を漏らす。それを拾った隣の大男が、信じられないとばかりに驚愕の声を上げた。

 

「おい、そりゃあ何の冗談だ!? お前、これを知らないのか!?」

 

「……悪かったな。俺はあまり酒を嗜まないんだよ」

 

「はぁ!? だとしても、これを知らないのか!? おいおい、あまり俺を笑わせないでくれよ!」

 

「……おい、あまり俺を怒らせないでくれ。身内なら兎も角、初対面のお前にそこまで言われる筋合いはないぞ」

 

 たちまちに、一触即発の空気が流れる。槍使いの男は静かに柄へと手を伸ばした。

 それを見た獣人の男は面倒そうに溜息を吐くと、ぱん、と手を叩く。

 

「言っただろう、俺達は『協力者』だ。少なくとも今はな。喧嘩をおっぱじめるのは良いが、それは後にしてくれや」

 

 鋭い視線を浴び、槍使いの男は舌打ちと共に引き下がった。

 緊迫した空気が幾分か和らぐ。それを感じ取った大男は我慢ならぬと言わんばかりに、司会者へ問い掛けた。

 

「これ、本当に貰って良いのか!? 飲んじまって良いのか!?」

 

「ああ、良いぜ。言っただろう、これは景気付けだとな」

 

「うぉぉおおおおお! これだけでもこの作戦に乗った甲斐があったというもんだぜ!」

 

 大男が喜色に塗れた声を上げると、もう飲んで良いのかと司会者に顔を向ける。

 槍使いの男が大男の様子に呆然とする中、司会者は一度笑って「まだだ」と制した。硝子瓶を持ち上げながら、彼は円卓(ラウンドテーブル)を見回した。

 

「知らない奴も何人か居るようだから、ここで紹介を。これは俺達の【ファミリア】……ひいては、俺達の主神が造っている酒でなぁ。身内贔屓じゃねえが、味は絶品。これ程景気付けに向いている酒を俺は知らないぜ」

 

 へえ、と何も知らなかった者達が感心する。好奇心が刺激された彼等は酒瓶にゆっくりと手を伸ばした。そして一人の男が、白紙に書かれている銘柄を読み上げる。

 

「『ソーマ』……? これがこの酒の名前か?」

 

「ああ、そうだ。主神と同じ名前なのは、まあ、気にしないでくれ。何せ、うちの主神はだいぶ変わっているからなぁ」

 

「まあ、神々は例外なく変神だが」

 

「ククッ、違いない。とはいえ、うちの主神はドがつくほどの暇神(ひまじん)であり、趣味神(しゅみじん)だかな!」

 

「はははっ、何だよそれは!」

 

 ドッ、と場は大いに賑わった。

「さて、乾杯だ」と瓶の栓を抜く司会者。刹那、酒には似つかわしくない独特な甘い匂いが漂った。違和感は一瞬。こういう酒なのだと認識した他の冒険者は司会者に倣うようにした。室内は瞬く間に甘い匂いで充満する。

 そして、司会者は酒瓶を高く上げる。それに倣う参加者。

 

「作戦の成功を、何よりも糞小人族(パルゥム)への復讐を祝って──乾杯」

 

「「「乾杯!」」」

 

 音頭が取られ、彼等は酒瓶を口元に運んだ。ごくり、と『ソーマ』を喉に通し、

 

「何だこれは……!? 美味ぇ!? とんでもなく美味いぞ!?」

 

 驚愕の声を上げた。

 目を見張り、透明な液体を凝視する。その反応を見た大男は「そうだろう!」と、今度は馬鹿にする事なく満足そうに頷いた。

 槍使いの男は大男の言葉が聞こえていないのか、ひたすらに酒を呷っていた。数秒も掛からずに酒瓶は空となる。

 

「おい、『ソーマ』はこれだけなのか!?」

 

 お代わりはないのか、と尋ねる槍使いの男。

 飲み終えた他の冒険者も声を上げる。

 

 ──『ソーマ』はないのか。

 

 獣人の男は笑って答えた。

 

「あるとも。お前らも安心しろ! 今日はお前達の為に大量の『ソーマ』を用意した!」

 

 うおおおおおおおおお! と歓喜の声が溢れ出る。

 酒瓶が彼等の元に運ばれる。だがすぐに空となる。

 

 ──『ソーマ』はないのか。

 

 酒瓶が運ばれる。だがすぐに空となる。

 

 ──『ソーマ』はないのか。

 

 酒を求める声は途絶えない。快楽を求める声は途絶えない。

 

 ──『ソーマ』を。『ソーマ』を寄越せ。

 

 何時しか彼等の口からは『ソーマ』という単語しか出てこなかった。

 酒に溺れ、彼等は欲望のままに『ソーマ』を求める。此処に集まった目的を忘れ、酒を飲む。

 

 

「美味ぇ!」

 

 飲む。

 

「美味ぇ、美味ぇ!」

 

 飲む、飲む。

 

「美味ぇ、美味ぇ、美味ぇ!」

 

 飲む、飲む、飲む。

 

「美味ぇ、美味ぇ、美味ぇ、美味ぇよ!?」

 

 飲む、飲む、飲む、飲む……──飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む飲む。

 彼等が『ソーマ』を求めれば求める程、酒は出された。

 会話はそこにはなかった。あるのは、ゴクン、という酒を飲む嚥下の音だけ。

 もしこの場に正常な思考の持ち主が居れば、この異常な光景を見て絶句するだろう。

 涙を流し、涎を垂らし、狂気的な笑みを浮かべながら酒を呷る彼等は──とてもではないが『人間(ヒト)』とは言えなかった。

(ケモノ)』。

人間(ヒト)』の身体をした『(ケモノ)』がそこには居た。理性はなく、本能のままに生きる彼等は正しく『(ケモノ)』であった。その在り方はあるいは、『モンスター』にすら劣るかもしれない。

 だが、その『狂宴(きょうえん)』は。

 唐突にあっさりと幕を下ろす事となる。

 

「おっと、これが最後の『ソーマ』だ。悪いなぁ、これ以上の『ソーマ』は出せそうにない」

 

 困ったもんだぜ、というわざとらしい言葉。

 瞬間、獣人の男の首元には幾つもの剣の切先が当てられた。銀の光が鈍く光る。

 彼の本来の仲間が「おい、大丈夫か!?」と心配し、応戦しようと武器の柄に手を伸ばす。だが、獣人の男は片手をゆっくり上げて仲間を制した。

 

「ああ、全く。最後まで話を聞けよ、この馬鹿野郎共が」

 

 その言葉とは裏腹に。

 獣人の男は笑みを浮かべていた。愉快そうに唇の端を吊り上げる。まるで、この狂乱を歓迎するかのように。

 

「『ソーマ』がもっと欲しいのなら、俺達の命令通りに動く事だな。明日一番活躍した奴に、報酬として『ソーマ』をやろう」

 

「それは本当か!? 嘘なら殺すぞ!?」

 

「嘘じゃねえよ。何なら俺達の主神──酒神(ソーマ)の名に誓おうじゃねえか」

 

 獣人の男が宣言する。

 すると、当てられていた武器はゆっくりと収められた。

 虚空を見詰め、『ソーマ』と呟く冒険者達。

 それを見て、獣人の男は笑った。彼の仲間も笑った。

 

「準備は整ったぜ。明日が楽しみだなぁ、えぇ?」

 

 ──アーデ? 

 その言葉は闇に溶け、男達の笑い声だけが響き渡った。

章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)

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