さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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自分は応援者(ファン)なのだと、美神は微笑んだ

 

 豪雨は依然として続いていた。

 前日よりは弱くなっているものの、通常よりも断然と強い雨である事に変わりはない。 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオは今日もまた休まざるを得なくなった。

 そして。

 

「ハア──」

 

 天を()巨塔(バベル)、その最上階。

 美の女神フレイヤは都市を見下ろして、静かに溜息を吐いた。美しい銀の長髪を細い指で弄る姿は、芸術家が見たら卒倒するだろう。

 最近フレイヤは機嫌がすこぶる良かったが、今はすこぶる悪かった。「ハア……」ともう一度溜息を吐く。

 

「……雨は嫌ね。恵みの雨なら話は別だけれど、これはただの災害。これじゃあ、子供達が輝けない」

 

 雲の隙間から時折、魔石灯(ませきとう)の微かな光が()れる。それは人々が生活を営んでいる事の証だが、フレイヤが見たいのは絶妙に違った。

 女神(フレイヤ)が見たいのは、子供達だ。

 下界で暮らす子供達の『魂』──その色を視る事が出来るフレイヤにとって、物理的に視界を遮られる今の天気は嫌いな部類に入る。これでは日課の、『魂』の識別が出来ないからだ。

 

「ヘディン、貴方はこの雨をどう思う?」

 

 フレイヤは視線を外すことなく、背後に控えている人物に声を掛けた。

 果たしてそこには、一人の妖精が立っていた。透き通るような白い肌に、闇の中でも(きら)めくであろう金の長髪。眼鏡を掛けたその双眸(そうぼう)は細く、理知的な雰囲気を醸し出している。ヘディン、と呼ばれたそのエルフは主神の問い掛けに即答した。

 

「貴女と同じく、私もこの雨は好きません。行き過ぎた恵みは全てを奪う災害となります故」

 

「そう。貴方も私と同じ考えだったのね。嬉しいわ、ヘディン」

 

 そう言って、フレイヤは眼下の景色から視線を外すと、ヘディンに微笑を向けた。

 普通の男子(おのこ)ならそのたった一つの微笑だけで天にも昇る幸福感を覚えるものの、ヘディンは身動ぎ一つせずに慇懃(いんぎん)な態度を崩さない。フレイヤはヘディンのそれが長所だと思っていたが、同時に、詰まらないとも思っていた。最愛の眷族の一人である黒妖精(ダークエルフ)ならもっと面白い反応を示してくれるだろう。とはいえ、居ない人物の事を考えても仕方のない事だ。

 

「天気予報士によると、あと三日は続くみたい。幸いにも『神会(デナトゥス)』には間に合いそうだけれど、この不快な景色を三日も眺めるのは退屈ね」

 

「恐れながら、カーテンを閉めましょうか。さすれば貴女の鬱憤も、多少は紛れるでしょう」

 

「有難い申し出だけれど、それは断らせて貰うわ。本当に稀にだけれど、貴方(こども)達の強い輝きが見えるのよ。とはいえ、それは見慣れているものだけれど……この際、それは仕方のない事だと割り切りましょう」

 

 フレイヤの言葉に、ヘディンは頷きを返した。会話はそこで終わり、フレイヤの興味は再び灰色の世界に注がれる。ヘディンは主の邪魔をしないよう、努めて空気と化した。

 そうして、フレイヤが暇を持て余していると。

 

「失礼致します! フレイヤ様、至急報告がございます!」

 

 控え目なノック音と共に、一人のヒューマンが入る。男は【ファミリア】の構成員だった。

 ヘディンは心の中で舌を打った。控え目なノック音と反比例するかのように声が大きい事もそうだったが、せっかくの主との二人切りの時間を邪魔されたのが、妖精にとってはただただ不快だった。

 とはいえ、それを表に出す事はしない。その代わり、裏で罵倒の限りを尽くす。

 

「何かしら?」

 

 フレイヤは眷族の振る舞いには特に言及せず、端的に要件を尋ねた。

 美しい銀の瞳を向けられてヒューマンは赤面するも、己の仕事を果たす為に何とか自我を取り戻す。そして懐から一枚の羊皮紙を取り出し、主神に近付くと手渡した。

 

「──なるほど、ね」

 

 羊皮紙に書かれた共通語(コイネー)を一読すると、フレイヤはそう呟いた。それから、自身の眷族に優しく微笑んだ。

 

「ありがとう。貴方が送り届けてくれたこの手紙によって、私の退屈も無くなったわ」

 

「い、いえ! 恐縮です!」

 

「ふふっ、そんなに畏まらないで。確か貴方は『昇格(ランクアップ)』間近だったかしら。『神会(デナトゥス)』がすぐに控えているけれど……もしそれまでに貴方が『男』を見せてくれたら、ご褒美を上げましょう」

 

「本当ですか!?」

 

「ええ、本当よ。私の真名(まな)にかけて約束するわ。だから、頑張って?」

 

 ヒューマンは「はい!」と元気よく返事をすると、最敬礼をしてから神室をあとにした。バタバタという雑音を聞かされ、ヘディンは本拠(ホーム)に帰ったら直々に制裁を与える事を心に決めた。

 すると、そんなヘディンの内心を見透かすかのように、フレイヤが窘める。

 

「あまり厳しくしちゃ駄目よ、ヘディン。あの子の良い所はそこにあるのだから」

 

「……承知致しました。善処しましょう」

 

「はあ……まあ、良いわ」

 

 フレイヤは嘆息すると、改めて、手に持っていた羊皮紙に視線を落とした。

 

「ふふっ」

 

 万人を魅了する微笑みを浮かべる、美の女神。そして上機嫌な表情を見せながら、ヘディンに話し掛けた。

 

団長(オッタル)から(ふみ)が届いたわ。どうやら、あともう少しで準備が完了するみたい。今は最終段階に入っているとの事よ」

 

「……そうですか。しかし、やけに遅い。それ程、苦戦していたのでしょうか」

 

「ええ、そうみたいね。とはいえ、それだけオッタルも本気だという事でしょう。副団長(アレン)と同じように、あの子もまた、闘志を漲らせている。この任務が終われば、単独遠征をしたいと申し出てきたわ。【剣姫(けんき)】が『階層主(モンスターレックス)』を倒してLv.6に至ったそうだから、その対抗心もあるでしょうけれど」

 ヘディンはフレイヤに言った。

 

「オッタルがダンジョンに潜ってから既に数日が経過しています。『深層』ではなく、『中層』に滞在している事は他の【ファミリア】にも知られています」

 

「それは私の耳にも入っているわ。何でも、私達と【ロキ・ファミリア】の『抗争』の前触れだと騒いでいる男神も居るそうね」

 

「仰る通りです。そして偶然にも、【ロキ・ファミリア】は『遠征』を間近に控えています。そのような憶測が飛び交うのは仕方のない事でしょうが……【ロキ・ファミリア】も少なからず警戒しているようです」

 

「とはいえ、本気でそう思っている訳ではないでしょう。私もロキも、戦う時は今じゃないと考えているもの。けれど、『都市最強』のオッタルが不可解な行動をすれば、警戒せざるを得ない」

 

「如何致しましょう?」

 

 フレイヤは「ふむ」と考える仕草をとる。しかしすぐに解除すると、どうでも良いように答えた。

 

「放置しておきなさい。今回のような憶測が飛び交うのは何も初めてではないのだから。いつものようにすれば良いわ」

 

 承知致しました、とヘディンは主の意向に賛同を示した。同時に──有事の際は動け、という女神の神意も受け取る。

 ヘディンは【フレイヤ・ファミリア】の『(ブレーン)』を実質的に担っていた。主神が信を寄せる数少ない相手でもあり、何かあれば頼っていた。

 妖精が頭の中で多くの策を練る中、フレイヤは「そう言えば」と話し掛けた。

 

「そう言えば、貴方の意見をまだ聞いていなかったわね。【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】たる貴方に聞くのが一番だというのに、聞く機会がなかったからすっかりと失念していたわ」

 

「……?」

 

「ねえ、ヘディン。貴方はあの子の『魔法』が何か分かる?」

 

 唐突な話題に困惑を隠せないでいたヘディンだったが、フレイヤの言葉を最後まで聞き、何の事を言っているのか理解した。

 

「確認ですが、ベル・クラネルが発現した『魔法』でしょうか」

 

「ええ、そうよ。他ならない貴方の口から聞きたいわ」

 

『魔法』を得意とする魔法種族(マジックユーザー)たる、妖精(エルフ)。ヘディンは昔日(せきじつ)、その妖精の『王』だった。とはいえ、正統な王族(ハイエルフ)ではない。これには複雑な事情が関係しているのだが、兎にも角にも、白妖精(ホワイトエルフ)が【フレイヤ・ファミリア】の中でもトップクラスの『魔法』の使い手であることは確かだった。

 そして彼は、おもむろに口を開ける。

 

「オッタルからの報告書は私も目を通しています。そして結論を申しますと──申し訳ございません、現段階では『未知』としか言えません」

 

 その返答に、フレイヤは意外だと感じた。

『未知』というあまりにも抽象的な表現を、ヘディンが用いるとは思っていなかったからだった。

 

「全く分からないのかしら?」

 

「いえ、そのような訳ではございません。大凡(おおよそ)の効果は考察出来ております」

 

 矛盾した回答に、フレイヤは小首を傾げた。銀の瞳でその先を促す。

 

「オッタルが感じたように、奴の『固有魔法(オリジナル)』──『アナステイスィス・イロアス』は【ステイタス】の補正で間違いないでしょう。より厳密には【ステイタス】の『基本アビリティ』……『力』『耐久』『敏捷』『器用』『魔力』の五つの評価値を上昇させています」

 

「そうね。それは私も同じ考えだわ」

 

「そして、この効果が奴の『固有魔法(オリジナル)』を表していると言えるでしょう」

 

「ようは、追加効果(バフ)だという事よね。ならヘディンは、何を以て『未知』と断定しているのかしら?」

 

 ヘディンは一拍置いてから、静かに答えた。 

 

「まず一つは、『魔法』の詠唱式です。はっきりと申し上げますが、()()()()()()()

 

「弱い……? 自身の【ステイタス】を上昇させるこの『魔法』が? 【ステイタス】の上昇は強さの証明だと、私は思うのだけれど?」

 

「ええ、通常ならそうでしょう。例えばLv.1の冒険者とLv.2の冒険者。普通なら、Lv.2の冒険者の方が強いと考えるでしょう」

 

 第一級冒険者ならその限りではないが、一般的には『階位(レベル)』の差は覆す事は出来ないとされている。

 だが、ベル・クラネルが【アナステイスィス・イロアス】は隔絶したその壁を壊す事が出来る可能性を秘めていると、オッタルから直接報告を受けたフレイヤは考察していた。

 しかしヘディンは、それが弱いと評価した。その根拠を、派閥(ファミリア)の『(ブレーン)』は語る。

 

「私が弱いと言ったのは、今から申し上げる所にあります。【ステイタス】の補正、なるほど、通常なら強い部類に入るでしょう──()()()()()()()()()()()()

 

「……なるほどね。貴方の言いたい事が分かったわ」

 

「納得して頂けて幸いです。つまり、私が言いたいのは──」

 

「『アナステイスィス・イロアス』には、もっと別の効果がある、という事ね」

 

 仰る通りです、とヘディンは主の言葉に頷いた。妖精は眼鏡のレンズの奥で、より一層目を細くした。

 

「『魔法』に於いて『詠唱』とは、『砲台』を意味しています。詠唱式が長ければ長い程、練られる『魔力』はより強く、より濃くなる。フレイヤ様もご存知でしょうが、『魔法』の強弱をする際、この詠唱式の長さを比較するのが一般的です」

 

「そうなると、あの子の『魔法』にはもっと別の効果があると考えられるわね」

 

「私が申した『未知』が、そこです」

 

 しかしながら──と、ヘディンは続ける。

 

「手掛かりが全くない訳でもございません。オッタルが見たという、地面に浮かんだ『謎の紋様』。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()魔法円(マジックサークル)とは似て非なる()()が、彼の『魔法』の『根幹』を為しているのはまず間違いないでしょう」

 

 そして最後にヘディンは、このように言った。

 

「これ以上の推測は申し訳ございませんが、難しいです。私のような先天性(エルフ)ならまだ多少は絞り込めますが、ベル・クラネルは魔導書(グリモア)を介しての後天性。さらには、最高品質によるものです。オッタルの報告にあったように、本来の効果が何かは中々推測が出来ません」

 

「だからこそ、貴方は『未知』だと評したのね」

 

「はい、仰る通りです。力及ばず、申し訳ございません」

 

 ヘディンは深く頭を下げ、女神の許しを乞うた。

 そして眷族の謝罪に、主神は「謝る必要はないわ」と声を掛ける。さらには、「頭を上げなさい」とも命令を出した。

 

「オッタルのように、『魔法』を直接見た訳ではないのだから、仕方のない部分は多分にある。寧ろ貴方は良くやったわ、ヘディン」

 

「はっ! お褒めに与かり光栄です!」

 

 フレイヤは微笑を浮かべると、「ねえ、ヘディン」と眷族に静かに問うた。

 

「貴方、私に聞きたい事があるわね?」

 

「……」

 

「ふふっ、可愛い子。貴方のそういう真面目な所、私は好きよ」

 

 フレイヤは笑みを深くした。そして彼女はどこか面白そうに言った。

 

「良いわ、貴方の質問に答えましょう。報酬を与えなければ、神として失格だもの」

 

「……ならば、ご厚意に甘えさせて頂きます。最近、フレイヤ様は大きく動かれているように感じられます。その理由を知りたいのです」

 

「あら、それは心外ね。寧ろ私は、今まで以上に静かにしているつもりだけれども」

 

 それは、確かな事実ではあった。

 フレイヤが少年を見初めてひと月が経っている。だが女神は、表立っては何も動いていなかった。この場合の表立ってとは──少年を自身の派閥に招き入れる事である。

 とはいえ、招き入れる、という表現では適切ではない。フレイヤのそれは『強奪』であった。一般人なら比較的容易く出来るものの、他派閥となればそれは難しくなる。

 それがたとえ零細派閥であろうとも、面倒事は避けられない。

 だが、美の女神であるフレイヤはそれを気にしていなかった。男子(おのこ)であろうと、女子(おなご)であろうとフレイヤには『魅了』がある。あるいは、都市最強派閥という絶対的な『力』がある。それを見せ付けられたら、相手は絶対的女王であるフレイヤに屈服せざるを得なかったのだ。

 だからこその、『強奪』である。

 これに真正面から対抗出来るのは【ロキ・ファミリア】くらいだ。

 見初めたら、即行動。それがフレイヤの基本的な行動指針であった。

 ところが、今の所という注釈こそつくものの、美の女神は動いていなかった。今までの行いをその目で見てきた眷族からしたら、それは不思議で仕方のない事だった。

 

「興が乗らなかった、とでも言おうかしら。あの子を視界に映したのは本当に偶然で、欲しいとも思ったのだけれども……動こうとは何故か思わなかったのよね」

 

 フレイヤはさらに続けた。多分、と前置きする。

 

「不遜にも女神からの『試練』を『喜劇』だと宣ったあの子の愉快な言動をもっと観たいと……そう、思ったからかしら」

 

「なるほど。ベル・クラネルへの貴女の行動は分かりました。しかしながら、私が伺いたいのは別の所にあるのです」

 

「それは何かしら」

 

「……何故、あの小人族(パルゥム)にも貴女は干渉されているのですか?」

 

 フレイヤは微笑を浮かべ、続きを促した。

 主神からの許可を得たヘディンはさらに言った。

 

「ベル・クラネル……ひいては、【ヘスティア・ファミリア】を嗅ぎ回っている情報屋の始末は分かります。女神ヘスティアが管理機関(ギルド)と秘密裏に結んでいる契約を尊重すれば、必要な事でしょう」

 

「……」

 

「しかし、貴女は小人族(パルゥム)にまで干渉されていらっしゃる。危険を冒してまで、彼女に助言をされていらっしゃる。彼女も貴女のお眼鏡にかなったのでしょうか?」

 

 現在、フレイヤの『執心』の対象は少年ただ一人。

 ところが、フレイヤは少年とは別に、一人の小人族(パルゥム)に『助言』を独断で行っていた。ヘディンはそれを『大きく動かれている』と表現して嗜めながらも、彼女の神意を尋ねていた。

 

「そうね……」

 

 フレイヤは考える素振りをみせると、その問いに答えた。

 

「あの子が私の所に来るのも、それはそれで面白そうではあるけれど……恐らく、あの子では耐えられないでしょう。『魂』が輝き始める前に潰れるわ、間違いなくね」

 

「……ならば、何故?」

 

「それはきっと……私以外の手で『魂』が変わる所を見てみたいからかしら。今のあの子の『魂』は、今の外の景色と同じ。幾つもの分厚い雲が重なって、本来の光を閉ざしている。女神(わたし)が声を掛ければ、すぐにでもそれを視れるでしょう。でも、それは何処か違う気がするのよね」

 

 フレイヤはそう言うと、ヘディンから視線を外した。そして再び、眼下の景色に想いを馳せる。

 そして女神は突然、「ふふっ」と微笑みを浮かべた。目を細め、熱い吐息を吐き出す。

 

「つまるところ、私はあの子の応援者(ファン)なのよ」

 

 顔を振り向かせてフレイヤが言うと、知的な妖精は珍しくも困惑を浮かべるのだった。訳が分からない、という内心が表情に出る。

「幾つもの『魂』が集まっている。舞台は既に整えられているわ。他者を、世界を、そして自分自身さえも嫌っているあの子に、貴方はどうするの?」

 ──ねえ、ベル? 

 

章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)

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