さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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斯くして、時計の針は止められない Ⅰ

 

 豪雨が迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオを襲う。槍の如く降り注ぐ雨が都市の人々の視界を奪う中、その建造物は尚、都市を照らしていた。天然物ではなく人工の魔石灯の光でこそあるものの、都市の象徴である巨塔(バベル)は天を()き、輝いていた。

 そして、その光に引き寄せられるようにして巨塔を目指す人々が居た。冒険者、と呼ばれている彼等は今日もまたダンジョンに挑む為に動いている。

 そして、摩天楼施設──その、一階。日中であればバベルを囲っている中央広場を集合場所にしている冒険者であるが、雨という事もあり、今日は室内を集合場所にしている者が殆どであった。

 

(──遅いですね……)

 

 リリルカ・アーデもまたその一人であった。現在は雇用主を待っている最中であり、手持ち無沙汰な状態だった。

 クリーム色のローブ、そのフードの奥で考える。

 

(本来なら今頃は、あの人がとっくに来ても可笑しくはない筈なのですが……)

 

 それは、先日の一件と似ていた。しかしながら、前回とは違いそこまでの心配はない。

 

(とはいえ、この悪天候です。中止しようと思っても可笑しくはありません)

 

 今日ダンジョンに行く冒険者は例外なく金の亡者だ。普通なら今日は休息日(レスト)にして、派閥(ファミリア)本拠(ホーム)で過ごすのだが、ダンジョン探索をする冒険者が少ないこの時を彼等は稼ぎ時だと考え、わざわざ雨に身体を濡らしてまで本拠(ホーム)から足を運ぶのだ。

 あるいは、怪物(モンスター)との戦闘そのものに快感を覚える狂戦士(バーサーカー)か。はたまたあるいは、生活に困窮している零細派閥か。

 

(……あともう十分待って来なければ去りましょうか)

 

 他の契約者なら話は変わってくるが、現在の契約者ならリリルカが無断で休んだとしても事情を話せば理解を示すだろう。

 

「今日は冒険者が少ない! いいかお前ら、必ずいつもの二倍……いや、三倍は稼ぎを得るぞ!」

 

「いやいや、そんなの無理だって!」

 

「無理じゃねえ、やるんだよ! それに質の良い【経験値(エクセリア)】を得れば『昇格(ランクアップ)』だって夢じゃねえ! お前、【ステイタス】の数値は充分に足りているって、主神に言われているんだろう?」

 

「『昇格(ランクアップ)』も大切だが、俺としては探索に行く前に身体を一回洗いたい。なあ、やっぱりシャワー室を使おうぜ?」

 

「そんな無駄な時間はなぁい! さっき見た、あの長蛇の列を忘れたのか! 今から並んだら、正午になっちまうぜ!」

 

 目の前を、一つのパーティが通った。彼等は和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気で地下へ通じる螺旋階段(らせんかいだん)へと姿を消す。

 リリルカは「チッ」と小さく舌を打つとフードを目深に被り直した。だが視界を遮った所で周囲の声が途絶える訳ではない。また一つ、耳障りな喧騒が耳朶(じだ)を打つ。

 

「おいお前ら、知っているか? 最近何でも、【猛者(おうじゃ)】がダンジョンに潜っているらしいぜ」

 

「……【猛者(おうじゃ)】って、あの【猛者(おうじゃ)】か? それは本当か?」

 

「ああ、信頼出来る(すじ)からの情報だ。『上層』から『中層』にかけて居るらしい。目撃者もかなり出ているそうだ」

 

「……それはまた、珍しいな。『都市最強』からすれば、『上層』はおろか『中層』でさえ、まるで物足りないだろうに。何か理由でもあるのか?」

 

「さあなぁ。ただ……『これではまるで足りん』って、【猛者(おうじゃ)】がモンスターを倒した時に独り言を言っていたのを聞いた奴が居るらしい」

 

「そりゃあ、そうだろうよ。【猛者(おうじゃ)】の『階位(レベル)』は都市で唯一のLv.7だぜ」

 

「そうだろう? 噂じゃあ、【イシュタル・ファミリア】が『ちょっかい』を掛けるって話だ。イシュタル様とフレイヤ様の仲が悪いのは周知の事実だからなぁ。俺達からすれば、どっちも美の女神で、お目にかかれるだけでも幸運なんだが」

 

「俺が聞いたのだと、『遠征』する【ロキ・ファミリア】への襲撃、なんて話もあったぞ。まあ、いくら【猛者(おうじゃ)】でもたった一人じゃ【ロキ・ファミリア】を相手取るのは厳しいと思うから、これはデマだと思うが」

 

「とはいえ、それは困るぜ。無法地帯のダンジョンだ、()り合うのは自由だが、せめてもっと下の階層でしてくれよ。ただでさえ最近は『上層』で異常事態(イレギュラー)が沢山起こっているんだ。これ以上増やされちゃあ、俺達下級冒険者が軒並み死んじまうぞ」

 

「全くだ。ほんと、勘弁して欲しいよなぁ……──」

 

 遠ざかっていく声。

 そしてまた一つ、喧騒が耳朶(じだ)を打つ。

 

「あと数日もすれば『神会(デナトゥス)』が開かれる。今回はかなり多くの冒険者が『器』を昇華させたらしい」

 

「へぇ、そりゃあ楽しみだな」

 

「今期で一番話題となっているのは、【タケミカヅチ・ファミリア】のヒューマンの女だ。確か……『ヤマト・(ミコト)』だったか」

 

「ほっほーう! 名前からして、極東の出身か!? さぞかし美人なんだろうなぁ!」

 

「神曰く、『大和撫子(やまとなでしこ)』って言うそうだぜ!」

 

 遠ざかっていく声。

 聞き取れた情報をリリルカは全て記銘(きめい)し、保持した。

 情報はあればある程良い。だった一つの情報が人生を左右する事だってある。それが、魔物が跋扈(ばっこ)する魔窟なら尚の事だ。

 そして、十分が経った。

 リリルカはベンチから立ち上がると、最後に辺りを見渡した。だが、待ち人たる白髪紅眼の少年──ベル・クラネルは見えなかった。まあ、彼の場合は目で見るよりも耳で聞いた方が遥かに発見しやすいのだが。

 とはいえ、これだけ待ったのだ。言い訳としては充分だろう。そう判断したリリルカは床に置いていたナップサックに手を伸ばした。

 本当は今日『決行』する予定だったが、明日でも構わないだろう。そして背中に背負い、今まさにバベルを出ようと足を向けた──その時。

 

「フハハハハハハハハッ! いやぁー、雨が痛いネ! それはもう痛い! 私の美しい顔が潰されるかと思ってしまった!」

 

 幾つもある出入口の一つ、そこから喧しい声が出された。それは、それまであった喧騒すらも吹き飛ばしてしまう。

 何事かと冒険者達が視線を発生源に向ける中、どこに笑う要素があるのか、声主は尚も笑声を上げていた。いったい何が面白いのか、とても愉快そうに。

 

(うげっ……!)

 

 リリルカはその声に聞き覚えがあった。いや、聞き慣れてしまった、と表現するのが適切か。

 表情を歪める彼女を他所に、その声主はさらに叫ぶ。

 

「何ということだ! この悪天候の最中であっても、こんなにも大勢の冒険者がダンジョンに潜るというのか! 自分の事を棚に上げて言わせて貰うが、みんな、自分の欲望に素直過ぎじゃなーい?」

 

 この場に居る殆どの冒険者がその言葉にイラッとした。

 

(あー、もう! お願いですから黙っていて下さい静かにしてて下さい騒ぎを起こさないで下さい!?)

 

 しかしリリルカの懇願虚しく。

 現在進行形で騒ぎを引き起こしている馬鹿は、自分が注目されている事など(つゆ)も思わないのか。

 

「すみませ──ん! これ、何の列ですかー? えっ、シャワー室の列? わぁお、これは大変だ! うーん、私が仮に並ぶとして、利用出来るようになるのはいったい何時頃だろう? えっ、十二時間!? なんと、それは実に面白い!」

 

 リリルカは目眩(めまい)を覚えた。同時に、頭が痛く感じた。

 あとほんの少しでも早く判断をして、この場から離脱していれば良かったのに! 

 他ならない自分がつい先程思ったばかりではないか。目で見るよりも耳で聞いた方が遥かに発見しやすい、と。

 

(──いえ、待ちなさいリリルカ・アーデ。まだ希望は残っています。幸い向こうは気付いていません。つまり、今ならまだ間に合います!)

 

 自分が置かれている状況を冷静に考える。幸い、彼我の距離は充分にある。さらには、向こうが自分に気付いている様子もない。

 今ならまだ、バベルからの離脱は可能だ。出来る事ならばそうしたい。誰が好き好んで、面倒事に関わりたいと思うだろう。

 そうだ、そうしよう。今日この時を持って少年とのパーティは解散だ。別れの挨拶など不要、『決行』するのは今この時だ。

 

「ヘイヘイヘイヘーイ! そこの美しいエルフよ、私の仲間を見なかったか? 犬人(シアンスロープ)女子(おなご)で、クリーム色のローブを着ていて、大きなナップサックをいつも背負っているのだが!」

 

「知らん。それよりも私に近付くなヒューマン」

 

「辛辣!」

 

 リリルカはついに『決行』した。

 出来る限り身体を小さくし、音を立てずに雇用主とは反対方向に向かう。ゆっくりと、着実に、時には大胆に。

 その間もベルは周りの人間に声を掛けては、リリルカの所在を尋ねていた。無視されても可笑しくないが、不思議な事に、みんなベルの質問に律儀に答える。

 

「ふむ……目撃情報は今の所なしか。私の方が先に到着した、という事か……? だが彼女が時間に遅れるとは思えないのだが……」

 

 ベルが顎に手を当ててそう呟いた、その時。

 一人の亜人族(デミ・ヒューマン)が「おい」と横からリリルカに話し掛けた。肩に手を置き、行動を静止する。

 胡乱な眼差しを向けられた馬人(エクウス)の男は、たじろぎながらも言った。

 

「なあ、アンタじゃないのか? あの餓鬼の言っている仲間は」

 

「……何の事でしょう? 生憎、私の友人や知人にあの方のような愉快な御仁はいませんが」

 

「いや、そうは言ってもな。あの餓鬼が言っている条件に、アンタは見事に的中と思うんだが」

 

「はて、そうでしょうか」

 

 コンチキショー! リリルカは内心、そのように叫んでいた。普段は自分の存在など気にも掛けない癖して、どうしてこのような時に限って注目するのか。

 馬人(エクウス)の男はリリルカを見下ろすと、不意に、スンスンと鼻を鳴らした。そして、特徴的な鼻をリリルカに近付けて……顔を盛大に歪めた。

 

「……アンタ、臭くないか。何だか肉臭い。シャワーを浴びたらどうだ?」

 

「失礼ながら、初対面の相手、ましてや女子(おなご)にそのような事を仰るのは非常識かと思いますが」

 

「そりゃあ、その通りだが。雨の所為で紛れているが、もし天気が晴れだったら俺以外の奴も言うだろうさ」

 

 チッと、リリルカは内心で舌を打った。これだから五感の優れた獣人は嫌いなのだと罵倒する。

 顰め面をフードで隠しつつ、リリルカは馬人(エクウス)の男に言った。

 

「何度も言いますが、私ではありませんよ。もう宜しいですか。先を急いでいますから、失礼致します」

 

 これ以上の会話は危険だ。

 男の言葉を待たず、リリルカは動き始めた。走って脱出したかったが、バベル一階は沢山の人で密集している。この悪天候の中、わざわざ雨に濡れて外で待ち合わせをする者は居ないのだから当然だ。大きな荷物を背負っているリリルカが走れば人とぶつかる危険性がある。

 スタスタと早歩きで動いていると、

 

「おい、お前の言っている仲間はアイツじゃないのか?」

 

 背後で、そんな声が聞こえた。

 思わず足を止め、そちらにゆっくりと顔を向かせる。見れば、馬人(エクウス)の男が少年に話し掛けていた。

 

(余計な事を……!)

 

 チッ、と今度こそ舌を打つ。

 そして、話を聞き終えたのだろう。ベルは馬人(エクウス)が指さす方向──即ち、リリルカが居る場所を見た。

 紅玉(ルビー)のように美しい深紅(ルベライト)を瞳を直視してしまい、リリルカは堪らずに目を逸らした。ベルはリリルカの行動を特に言及せず、ただいつものように笑みを浮かべる。

 

「見付けた! おーい!」

 

 右手をブンブンと大きく振り、大声を出す少年に多くの視線が寄せられる。しかしながら、その本人は気が付いていないようだった。そして自然と、リリルカとベルの間には一本の道が作られていた。

 ベルは馬人(エクウス)の男に礼を言うと、リリルカの居る場所まで一直線に駆け寄ってくる。逃走は不可能だと判断し、リリルカは大人しく現実を受け止める事にした。

 

「すまない、待たせたな! おはよう!」

 

「……あー、はい、おはようございます。それでは、今日も宜しくお願い致しますね」

 

「……? どうかしたか? 元気がないように見えるが」

 

 棒読みで挨拶をすると、ベルが目線を合わせてリリルカの瞳を覗き込んできた。強烈な輝きを放つ紅い瞳を一切見ることなく、リリルカは「何でもありませんよ」と答える。

 周囲の人間は興味がなくなったのか、リリルカとベルに注目することはなくなっていた。

 リリルカは意識を切り替えると、にこりと、人好きのする笑顔を浮かべる。

 

主神(ヘスティア)様の容態はどうですか?」

 

「だいぶ良くなった。元気にしているよ。それはもう元気で、居候先の主に怒られていたな」

 

「それなら、良かったです。これで心置きなくダンジョン探索に集中出来ますね!」

 

 そう言うと、ベルは苦笑いを浮かべた。

 リリルカは昨日のうちに、雇用主から【ファミリア】の状態を教えられていた。暴雨によって本拠(ホーム)が崩壊した事、主神(ヘスティア)が体調不良で倒れた事などだ。いくら契約を結んでいるとはいえ、他派閥の人間に【ファミリア】の重要な情報を教えるのは愚かとしか言えなかったが、指摘はしなかった。

 痛い目を見れば良い、という邪な考えがあったのもそうだが──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(今更、覚悟を己に問う必要はありません。いつものように、やれば良い。そう……それで良いのです)

 

 チクリ、と。

 胸に痛みが走った。リリルカは深呼吸をしてそれを無かった事にすると、雇用主に申し出た。

 

「さあ、行きましょう。ダンジョンへ!」

 

 ベルが何か言うよりも前に、リリルカは地下へ通じる螺旋階段(らせんかいだん)に足を向けた。

 背中に注がれる深紅(ルベライト)の瞳から逃げるように、リリルカはダンジョンに行くのだった。

 

章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)

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