さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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斯くして、時計の針は止められない Ⅱ

 

 ダンジョンは複雑怪奇(ふくざつかいき)な構造をしており、下の階層にいくほど1階層に対する面積は広くなっていく。

 そして、各階層にはそれぞれ『役割』がある。例えば、6階層から7階層はウォーシャドウやキラーアントといった『初心者殺し』が出現し、数多くの駆け出し冒険者を亡き者にしている。例えば、8階層から9階層はそれまでの『上層』の総まとめであり、新しい種類のモンスターが出現しない代わりに、ゴブリンやコボルトといったモンスターが手強くなった状態で現れる。

 

 そして、ダンジョン10階層。

 

 この階層から、ダンジョン探索は新たな段階を迎える事となる。

 10階層の性質──それは『(もや)』だった。

 地面から立ち昇ってくる霧は冒険者の視界を物理的に奪い、自分が居る場所を(まど)わせる。それは焦りを(まね)き、やがて、正常な思考能力を失ってしまう。作り自体は8階層及び9階層を引き継いでいるものの視野の遮断はとても脅威だ。事実、この『靄』に狂わされた冒険者は数知れず、そのまま地上に帰還出来なかった者はあとを絶たない。これまであった天井からの摩訶不思議な光も完全には届かず、朝霧を連想させるようなものとなっている。

 各広間(ルーム)に点々と、あるいは森林のように生えているのは枯木であり、中には上から下にいくにつれて先端が尖るという()()なものも見られる。この緑のない木々が、10階層の不気味さをより一層強く演出していた。

 

(そう言えば……この階層に来るのは随分と久し振りですね。最近の契約者は()()()ばかりでしたから、それは仕方の無い事ですが)

 

 ひと一人が通るのがやっとな細長い廊下を通りながら、リリルカはそんな事を考えていた。焦りや混乱はなく、何処までも冷静だった。それもその筈、リリルカがこの階層に来るのは今回が初ではない。両の手では数え切れない程の回数を彼女はサポーターとして探索に同伴している。

 もちろんそれは精神的なものであり、サポーターであるリリルカがこの階層のモンスターと戦う事は出来ないのだが。下手すれば一撃掠っただけで致命傷になりかねない。

 

(そういう意味では、この人は一人前と言えるでしょうね)

 

 自身の数歩先を歩く剣士の少年──ベル・クラネルの背中を見て、リリルカはそのように評した。

 

(分かっていた事とはいえ……やっぱり可笑しいです。この人はどうしてこんなにも落ち着いているのでしょうか)

 

 何度目になるか分からない、疑問。そして、違和感。ダンジョン探索に於ける移動の時間は、考え事をするのに適していた。周囲に意識を割くことを忘れずに、リリルカは思考を巡らす。

 

(これまでの階層は視界だけは保証されていました。しかし、この10階層にはそれがない。そして、視界の確保は戦闘に於ける最も重要な要素(ファクター)な筈です)

 

 普通なら、不安になる。環境が劇的に変化したのなら、それは当然の事の筈だ。

 だと言うのに、ベルは至って自然体だった。10階層に降り立ったその時こそ『英雄日誌(えいゆうにっし)』なる自伝を書いていたが、それ以降は特に何も無い。

 新種モンスターとの戦闘も問題なく行えており、今の所は順調そのものだ。

 

(気配察知能力に長けている事は分かっていましたが……それにしては余裕があります)

 

 担当アドバイザーの教えがあったからだと──そのギルド職員が開く勉強会が強烈(スパルタ)なのは冒険者の間では有名で、リリルカも知ってはいるが──本人は言っていたが、しかし腑に落ちない。百聞は一見に如かず、と極東の言葉にあるように、他人から聞くのと自分の眼で実際に見るのとでは全然違う筈だ。

 まるで慣れているかのように、駆け出し冒険者は気負うことなく普段と何ら変わらない状態で探索をしていた。

 

(まあ……この人の高い【ステイタス】に攻略階層が適していないのも理由の一つに入るでしょうが)

 

 リリルカの見立てでは、片手剣使い(ソードマン)の【ステイタス】は10階層どころか、その下の階層ですら通じるものだ。流石に『中層』には届かないだろうが──一般的に、『中層』からは第三級冒険者になる必要がある為──『上層』の最奥部まで易々と辿り着くだろう。

 本当なら今日、リリルカは11階層を主に探索するつもりだったのだが、少年に次々と降り掛かった異常事態の所為で攻略階層は中々増えていなかった。はっきり言って、神々で言う所の『ヌルゲー』状態となってしまっている。

 とはいえ、それはあくまでも【ステイタス】という数値の話である。この厄介極まる『靄』という特質は『中層』まで続くから、この10階層で完全に慣れる必要がある。

 そのように考察していると、通路を抜けて広間(ルーム)に出た。代わり映えしない景色に、リリルカは思わず溜息を吐いた。

 リリルカの記憶が確かなら、10階層で最も広い広間(ルーム)だ。10階層の最難関として有名な広間(ルーム)であり、耳を澄ませば同業者の雄叫びが聞こえた。

 そして、暫く進んでいると、不意に──()()()()。何かが折れる音が前方から出た。さらに別方向からも、同じ音が発生する。

 耳障(みみざわ)りな雑音に、リリルカはフードの奥で眉を(しか)める。そして、前に居る剣士に声を飛ばした。

 

「ベル様!」

 

「分かっている! リリ、私から離れないように!」

 

「言われるまでもありません! 音の数と大きさから推測するに、恐らくは()()()、それも二体です! ベル様なら大丈夫かと思いますが、お気を付けて!」

 

 その忠告にベルは笑みをもって応えると、腰の調帯(ベルト)に吊るしている剣の(グリップ)に手を伸ばした。滑らかな動作で漆黒の片手直剣(ワンハンド・ロングソード)──《プロシード》を抜くと、油断なく中段の構えをとる。

 そうして待つ事数秒──おもむろに、ベル達の頭上に大きな影がさした。

 

『ブグッゥゥゥ……!』

 

 そのモンスターは低い(うめ)き声を上げながら、のそっと霧の中から姿を現した。

 茶色の肌を持つ巨躯(きょく)に、豚を思わせる頭部。ずるずると剥けた体皮が腰の部分を覆っており、それはまるでボロ衣のスカートのようだった。

 ()()()()()()()()──()()()。それが、管理機関(ギルド)が公式に認めている、モンスターの真名(なまえ)だった。

 剣の切っ先を首元に向けながら、ベルが言った。

 

「既に何回か戦ってはいるが……やはり、大きいな!」

 

 その言葉に、リリルカは内心で激しく同意した。約三(メドル)の巨体は、人間の本能を大きく刺激し、恐怖心を引き起こす。

 初めて見た時は想像以上の大きさに恐怖し、身震いが止まらなかったものだ。その様子を見た、当時パーティを組んでいた冒険者には情けないと嘲笑されたものだが。嫌な記憶を振り払い、リリルカは神経を研ぎ澄ませた。

 

「──、ベル様、二体目です! 二時の方向です! 距離はまだあります! まずは目の前のオークを先に倒して下さい!」

 

「了解! リリ、増援に気付いたら言ってくれ!」

 

「承知しました!」

 

 会話はそこで終了した。そしてリリルカは、剣士が対応出来るぎりぎりの所まで後退した。

 これ以降、サポーターのリリルカに出る幕はない。邪魔にならないよう観戦するだけだ。

 ベルが雄叫びを上げてオークに突進攻撃する。リリルカはそれを眺めながら、ニヤリ、と唇を吊り上げたのだった。

 当然、命のやり取りをしているベルがその様子に気が付くことはなかった。

 

章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)

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