さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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斯くして、時計の針は止められない Ⅲ

 

 大型級モンスター──オーク。太く丸まった体型をしているこのモンスターは、その見た目通り動き自体は遅い。ベルがこれまでに戦ってきた猛牛(ミノタウロス)銀の野猿(シルバーバック)と比べるまでもないが、丸太を思わせる腕から繰り出される一撃には注意が必要だ。

 

(まずは攻撃を回避! そこから反撃する!)

 

 白髪紅眼の片手剣使い(ソードマン)──ベル・クラネルは現在、オークと交戦していた。ベルから数歩離れた場所では、サポーターとして雇っているリリルカ・アーデが控えており、戦闘を静かに見守っている。

 彼我の体格差は一目瞭然だった。しかし、ベルは約三(メドル)の巨体に臆することなく、冷静に敵を見据えていた。

 

『ぶるぐぁぁぁぁぁ……!』

 

 白兎のその不遜な態度を、オークは不快に感じた。暗褐色の瞳の輝きをより強くして異質な呻き声を上げながら、右腕を振り被り、そのまま殴りかかった。

 被弾すれば致命傷とまでは行かなくとも、それなりの負傷をする事は明確。しかしながら、ベルにとってその攻撃はあまりにも遅いものだった。 

 

「ふっ」

 

 黒衣の剣士は右に軽くステップをする事で華麗に(かわ)すと、そのままオークの懐に入る。そして、真下から斜め上へ剣を斬りあげた。

 黒閃が走った次の瞬間、オークの身体から大量の血が噴出する。絶叫を上げるモンスター。

 

(浅い……!)

 

 ベルは深紅(ルベライト)の瞳を細め、そのように判断した。オークの身体は脂肪の塊であり、心臓にあたる『魔石』を傷付ける事は意外にも難しかった。

 

「ベル様、もう一体がすぐそこまで近付いています! 次で確実に仕留めて下さい!」

 

 サポーターからの戦況報告と、指示が飛ぶ。

 ベルにとってリリルカ・アーデというサポーターは非常に頼りになる存在だった。非戦闘員である彼女は戦況を見渡せる位置に常におり、その都度、必要事項を報告してくれる。

 それはつまり、これまでベル一人で行ってきた負担を減らす事に繋がる。結果、ベルは余分な事を考えずに済み、戦闘に集中する事が出来ていた。

 そして、ベルは迷うことなく指示通りに動く。上へ振り上げていた剣を、今度は下に振り下ろした。先程の攻撃で体皮は抉られている為、そこに更なる一撃を加える。

 ベルの愛剣《プロシード》は今度こそ『魔石』を()ったようだった。使用者がそれを感じた瞬間、オークの身体は黒灰と化した。紫紺の結晶がころん、と地面に転がる。

 一息つきたいところだったが、状況がそれを許さなかった。『靄』の中から、茶色の肌を持つ巨体がのっそりと現れる。 

 

「うげっ!」

 

 オークの姿を認め、ベルは思わず顔を顰めた。

 姿形は全く同じだったが、今回のオークには先程と違う点が一つあった。先程のオークが素手だった事に対して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ──『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』。

 通常、モンスターは武器を持たない。武器を持つ事は冒険者の『特権』であり、モンスターは生まれ付き持つ牙や爪といったもので攻撃をする。

 神々が降臨する前の『古代』、人類がモンスターを撃退する事が出来た理由の一つがこれだった。本能で生きるモンスターとは違い、人類には理性があり、知恵があった。他者と協力し、武具を製造し、怪物に少しでも対抗出来るように成長していったのだ。

 しかしながら、その『特権』は10階層から無くなる。

 冒険者の進行を止める一手として、母なるダンジョンが我が子であるモンスターに『力』を授ける。その『力』こそが天然武器(ネイチャーウェポン)であり、『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』である。

 例えば10階層の『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』は『特殊な枯木』であり、先が細い枯木の枝が無骨な武器へと変化するのだ。

 

「武装したモンスターか。流石の私も戦った事はないな!」

 

 武装、と言っても冒険者が扱う物と比べたら性能は遥かに劣る。しかしながら、このダンジョンの支援(サポート)は非常に厄介だった。事実、10階層での死者数は『上層』でも最も多い分類に入っている。

 視野を妨げる、『(もや)』。オークをはじめとする大型級モンスターの出現。そして、『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』。これら三つの要素が複雑に絡まり、『壁』となって冒険者に立ちはだかるのだ。

 

「ベル様、来ますよ!」

 

 リリルカの声が鋭く飛んでくる。ベルは目の前の敵に意識を向けると、攻撃に備えた。

 

『ぶるぅぅっっ……!』

 

 豚のような鳴き声を上げながら、オークは棍棒を最上段から振り下ろした。

 その必殺の一撃を、ベルは左にステップして回避する。先程の戦闘と同じように回避しようと──して、ゾクリ、と。

 片手剣使い(ソードマン)は悪寒を感じた。それを信じ、先程よりも大きくステップし、距離をとる。

 

「ぶるぅぅ……!?」

 

 棍棒という武器を持ったオークの一撃は子兎の脳天に直撃する事はなく、そのまま空振りとなる。オークは驚愕の声を上げ、慌てて止めようとするも、全体重を乗せた攻撃を途中で静止する事は出来なかった。結果、棍棒はそのまま地面に当たる事となる。

 ズドン! という衝突音と共に、地面に亀裂が走る。それは周囲を巻き込み、霧を切り裂き、草木がぱらぱらと舞った。

 

(危なかった……!)

 

 額から頬に一滴の冷や汗が流れる。

 もしベルが先程と同じようなステップをしていたら、衝撃波に巻き込まれて少なくない傷を負っていただろう。

 自分の直感を信じて良かったと思いながら、ベルは反撃に出た。自慢の『敏捷』で瞬きのうちに敵に肉薄し、斬撃を見舞う。

 

『ぶるぅぅぁああッ!?』

 

 止まない斬撃の数々に、オークは悲鳴を上げた。

 

「せあああああああッ!」

 

 裂帛(れっぱく)の雄叫びと共に、突進攻撃する。《プロシード》の切っ先は心臓部を穿(うが)ち、『魔石』を砕いた。刹那、断末魔(だんまつま)を上げながらオークは地に伏し、黒灰と化した。

 空気に溶けてゆくそれを見届け、ベルは一息つこうとするも、

 

「ベル様、増援です! 今度は三体! 足音から察するに、恐らくは三体ともオークです!」

 

 サポーターの報告によって、中断される。意識を向ければ、確かに、リリルカの言う通りだった。地響きが徐々に近付いてくる。

 恐らくはオークの上げた悲鳴を、近くに居た同種が聞き付けたのだろう。敵討(かたきう)ちという概念は本能で生きるモンスターにはない筈だが、事実として、増援が来た。

 剣に付着した血を振り払うと、ベルは双眸(そうぼう)を細めた。眦を決し、戦闘を続行する。

 

「一番近いのは真正面! その次が二時、最後に十時の方向です!」

 

「分かった!」

 

 リリルカの言葉に返事をしてから、ベルは霧の中に飛び込んだ。海を思わせる『靄』を、サポーターの言葉通りに進む。

 滑空するように前進する事数秒、茶色の肌が視界に入った。足音を立てぬよう注意しながら、ベルはオークの背面に回り込み、跳躍する。背中に担いでいた剣を、首筋目掛けて真横に振った。

 

『ぶるぅぅあああああああ……!?』

 

 首を切断され、豚頭が地面に落ちる。切断面からは大量の血が飛び出た。ジャンプしていたベルはそれを回避する事が出来ず、その返り血を浴びてしまう。ヘスティアに怒られるなあ、と思いつつ着地した。

 そして、体勢を整えようとした、その時。

 

「……ッ!?」

 

 ブンッ! と霧を裂いて、大剣がベルの顔面に迫っていた。

 それが直撃する寸前、冒険者は【ステイタス】にものを言わせて上半身を逸らすことで回避する。前髪の毛先がぱらぱらと数本切られ、ベルはぶわっと全身の産毛から冷や汗を出した。

 もし瞬間的判断が出来ずに直撃していたら、今頃は天界に昇っている頃だろう。決して油断していた訳ではなかったが、ベルは気を引き締められる思いだった。

『靄』というダンジョン・ギミックの厄介さを痛感する剣士を見下すように、オークが嗤いながら姿を見せる。左手に握られているのは、今まさにベルの生命を刈り取ろうとした無骨な大剣だった。 

 

(あれも『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』か……! エイナ嬢から話は聞いていたとはいえ、本当に厄介極まる!)

 

 そのように奥歯を噛み締めていると、さらにもう一個、ベルの頭上に影が差した。

 もう一体のオークが、遂に合流したのだ。タチの悪いことにこのオークも無骨な棍棒を装備している。

 一対二の状態に、ベルはどうしたものかと迷う。このまま戦闘を続行しても良いが、一度体制を立て直すべきか。

 

「リリ、どうする!?」

 

 相談をしようと、ベルは後ろを振り返った。しかしながら、ナップサックを背負った小柄な少女は見えない。先程まではぎりぎり視認出来る距離に居たが、相次(あいつ)ぐ戦闘によって彼我の距離が離れてしまっていたようだった。

 気配は感じ取れるので、リリルカの所在はある程度分かるものの、安否までは分からない。

 一度合流すべきだとベルは判断し、後退しようとするも。

 

「リリは無事です、ベル様! それよりも目の前のオークに集中して下さい!」

 

 霧の海を掻き分けたリリルカの言葉によって、足を止めてしまう。そんなベルに、更なる声が飛んでくる。

 

「本当に大丈夫なのか!?」

 

「ベル様、リリは亜人族(デミ・ヒューマン)です! ヒューマンのベル様よりも視力は良いです!」

 

 全ての能力が平均的で器用貧乏なヒューマンとは違い、亜人族(デミ・ヒューマン)には何かしらの種族特性がある。犬人(シアンスロープ)であるリリルカ・アーデは、ベル・クラネルよりも五感が優れている筈だ。

 犬人(シアンスロープ)の言葉を信じるのならば、この『靄』の中でも向こうからはベルの姿が見えるという事になる。

 

(だがしかし、私から見えないのではあまり意味がない。非戦闘員(サポーター)のリリを守る為には、やはり、ここは合流すべきか……?)

 

 ベルは葛藤する。

 しかしながら、自分の中で答えを出す前に「ベル様!?」と、仲間の悲鳴じみた声が出された。

 思考を中断しハッと我に返ると、大剣を持ったオークが攻撃の予備動作に移っていた。

 

『ぶるぅぅ……!』

 

 余所見(よそみ)をしている余裕があるのか? モンスターからの嘲りを、片手剣使い(ソードマン)は確かに感じ取った。

 オークは緩慢な動作ながらも腰を捻り──大剣を横に振った。

 薙ぎ払い。

 ベルは咄嗟に《プロシード》を構え、その一撃を真正面から受け止める。途轍もない衝撃が剣から全身に伝わり、渋面を作る。身体はやや後退し、草木にはその跡がくっきりと残った。

 だが、敵の攻撃はそこで終わりではなかった。

 

『ぶるぁああああああああ──ッッ!』

 

 獣声と共に、棍棒が振り下ろされる。まるで連携を取っているかのような、絶妙なタイミング。

 回避は間に合わないと即断し、ベルはそれをパリィした。《プロシード》の刀身を、棍棒が滑る。すぐ隣に棍棒は落ち、衝突音と共に地面が割れた。

 

(反撃をするなら、今しかない!)

 

 ベルは眦を決すると、防御から攻撃に転換した。棍棒を持ったオーク、その(また)を潜り抜けて大剣使いの前に躍り出る。

 

『ぐるぁあ!?』

 

 突如として目の前に現れた子兎に、オークは驚愕の声を上げた。慌てて迎撃しようとするも、その時には既に、ベルは間合いに入っていた。

 下段から中段──左下から右上へ逆袈裟斬りを行い、そのまま巨体の背面へ回る。無防備なその背中向けて、剣士は渾身の一突きを放った。贅肉を抉り、そのまま『魔石』を穿つ。

 大剣使いのオークは前方の棍棒使いのオークを巻き込み、倒れ込みながら絶命した。

 巻き込まれた棍棒使いオークはそのまま前に倒れ、ズドン! と盛大な音を立てながら、うつ伏せとなる。手に持っている棍棒を闇雲に振るうも、それがベルに当たる事はなかった。

 

「うおおおおおおおお!」

 

 ベルはオークの巨体に乗ると、そのまま連続攻撃を仕掛けた。そして最後に豚頭の後頭部を斬り、息の根を止める。

 勝利の余韻に浸りたい身体を理性で抑えつつ、ベルは三百六十度辺りを見渡した。しかしながら、仲間の少女は見えない。先程まで感じ取れていた気配も薄くなり、朧気なものになっている。それだけ物理的距離が離れてしまったのだろうか。

 

「リリ! 無事か!?」

 

 付近に居るであろうモンスターに聞こえる事を覚悟しつつ、ベルは声を張り上げた。耳を澄まし、少女の声を聞き漏らさないようにする。

 ところが、返答は来なかった。

 

「リリ! 聞こえるなら、返事をしてくれ!」

 

 声が嗄れるのも厭わずに、ベルは必死に呼び掛けた。嫌な汗を背筋に流しながら、ベルは微かな気配を頼りに動き始める。

 だがどれだけ走っても、ベルはリリルカと合流出来なかった。両者の【ステイタス】を考えれば、とっくに合流出来ていないと可笑しいのに。

 そして、それが出来ていないのには、明らかな理由があった。

 

「……ッ! そこを通してくれ!」

 

 一つ。大声を出しながら動き回るベルを、モンスターが感知して襲いかかってきた事。その度にベルは足を止めざるを得ず、戦闘を始めなければならなかった。

 

(リリも動いているから、中々合流出来ない!)

 

 さらに、もう一つ。それはリリルカもまた、ベルと同様に動いているという事。

 合流出来ると思った時にはモンスターが襲い掛かり、その戦闘中にもリリルカは移動している。『靄』がなければ最短で仲間の元に駆け付けられるというのに、この霧の海がベルを邪魔して思うようにいかない。

 まるで、そこに何者かの『意思』があるかのように。

 

「──邪魔だッ!」

 

 霧の中から現れたモンスターを、一撃で屠る。

 膝から倒れるオークの横を通り抜けながら、ベルは思考を巡らした。

 

(こちらの呼び掛けには、一切の反応がない。モンスターに襲われたのなら悲鳴が一つあっても良い筈だが、それもない。一人の所を、あの冒険者達に襲われたか?)

 

 脳裏に浮かぶのは、自分に声を掛けてきた一人の冒険者。

 大剣使いの男はベルに、リリルカ・アーデに騙され、復讐を企てていると言っていた。その復讐劇に、リリルカは登壇している──そこまで考え、ベルはそれは違うと却下した。

 

(恐らくは、徒党を組んでリリに接近する筈。だがこの広間(ルーム)には現在、私達以外に冒険者は居ないように感じる)

 

 確証はないものの、この広大過ぎる広間(ルーム)を駆け回ったベルの直感が、そうだと告げている。

 一度冷静になるべきかと、ベルは呼気を整えようとするも、

 

『グギャアアアアアアア!』

 

 霧の中から現れたゴブリンによって、それもままならない。鋭利に発達した爪を最小限の動きで躱し、そのまま反撃に転ずる。隙を晒した敵に、片手剣使い(ソードマン)は連撃を叩き込んだ。

 

(まずいな……体力が消耗してきたか……)

 

 霧の海を走り回った所為で蓄積されつつあった疲労という毒が、徐々にベルの身体を蝕んできた。怪我は負っていないものの、回復薬をレッグホルスターから取り出して一気に呷る。回復薬は傷を癒す事が主な用途だが、少しなら体力の回復も見込められている。

 

「……っ!?」

 

 空となった容器を投げ捨て、深呼吸をした時。

 突如として鼻腔を襲った()()によって、ベルは吐き気を催した。咄嗟に片腕で口元を覆うも、その強烈な臭いを遮断する事は無理だった。

 

(何だ、これは……!? さっきまでは無かった筈だ!)

 

 空気と一緒に、その異臭を吸い込んでしまう。これ以上此処に居たら鼻が捻じ曲がりそうだった。

 

(ダンジョン・ギミックの一つか!? だがそんな事、エイナ嬢は一言も言っていなかったし、情報もなかった!)

 

 担当アドバイザーから受けた講習を思い返すも、そのような事をあの優秀なギルド職員は言及していなかった。

 まっさきに浮かんだのは──異常事態(イレギュラー)。ダンジョンが気紛れを起こし、この現象を起こしているのか。

 

(まずは発生源を突き止めて、この目で確認しなければ……! 本当に異常事態(イレギュラー)ならギルドへ報告しなければならない!)

 

 異常事態(イレギュラー)に直面した際、冒険者は管理機関(ギルド)へ報告する義務がある。似たような事態が起こった時に少しでも対策出来るように、情報共有をする為だ。

 ベルは目を凝らして臭いの元を探すも、『靄』の所為で思うようにいかない。

 

(この広間(ルーム)全体に広がってしまっている……! いや、あるいは、この階層全域に!?)

 

 広間(ルーム)はすっかりと臭いが充満してしまった。

 そして、ようやく。

 ベルは臭いの発生源を発見する。

 それは生々しい血肉であった。それは見付からないように、枯木の根元にあった。ベルは膝を曲げ、それよよく観察する。

 

(これは確か……トラップアイテムか……?)

 

 担当アドバイザーが講義の際に教えてくれた、(トラップ)用の道具。特殊な加工をされているこの血肉は、人にとってはただ臭いだけの品物であったが、モンスターにとっては涎を垂らす程の好物である。

 ダンジョンには数多くの冒険者(どうぎょうしゃ)が居る。冒険者は少しでも【経験値(エクセリア)】を得ようと、これを用いて付近に居るモンスターを誘き寄せ、狩りの効率を上げる事がある。

 嫌な予感を覚えつつ他の枯木の根元を確認すると、そこにもまた、脂の乗った血肉が置かれていた。少し離れた場所に置かれているのを直接見て、ベルは表情を険しくした。

 

異常事態(イレギュラー)ではない……! ()()()()()()()()()()()()()()! 何者かが、確かな『意思』を持って!)

 

 そして、この事態を引き起こせるのは──。

 だがしかし、ベルが答えに辿り着く前に、

 

『ぶるぁああああああああああ──ッ!』

 

 霧の向こうから、低い雄叫びが出される。それに呼応するかのように、獣声は続く。

 

(落ち着け……! 優先事項を見誤るな! まずは──)

 

 しかし、ベルのその考えを嘲笑うかのように。

 それまで沈黙していたダンジョンが目を覚まし、牙を向けた。

 

 ()()()──、と。何処からか音が鳴る。

 

 その聞き慣れた音を拾い、ベルは奥歯を噛み締めた。

 亀裂音は徐々に大きくなっていき、

 

『ぶるぁああああああああああ──ッッ!』

 

 ついに、壁面からモンスターが産み落とされる。ズドン! と巨体が地面に着地した音が連続する。

 広間(ルーム)では地響きが絶え間なく響いていた。血肉求め隣の広間(ルーム)や廊下からはモンスターがやって来て、呻き声を上げる。それは出来の悪い音楽のようであった。

 ──『怪物の宴(モンスター・パーティー)』。

 10階層以下の階層でダンジョンが引き起こす、モンスターの大量発生。

 今回の現象は厳密にはそれではないが、極めてそれに近かった。

 

(クソっ、どうする……!?)

 

 冷や汗と脂汗が混ざり、ベルの全身に流れる。そして気が付けば、ベルは数体のモンスターに囲まれようとしていた。

 ダンジョンが提供する天然武器(ネイチャーウェポン)を装備するモンスターを前に、片手剣使い(ソードマン)は打開策を考える。

 

(一か八か、突貫するしかないか……!?)

 

 塞がれようとしている空間。退路が断たれたが最後、待っているのは蹂躙(じゅうりん)だろう。

 この階層に出現するモンスターは、ベル・クラネルには決して敵わない。それだけ彼我の力には歴然たる差がある。それこそ『上層』の最奥部──12階層ですら、攻略は可能だ。

 ()()()()()()()()

『古代』から『神時代』に移り、戦いの基本は『数』から『質』へと変化した。だがそれでも、『数』が『質』を凌駕する事はよくある事だった。

 詰まるところ──ベル・クラネルは窮地に追いやられていた。

 

 ()()

 

 ベル・クラネルにとってそれは、いつもの事だった。

 

 深紅(ルベライト)の瞳が強烈に光り始める。絶望的状況ながらも戦意はまるで喪失しておらず、あるのは身体を熱くさせる闘志のみ。

 女神の施した『神の恩恵(ファルナ)』が、少年の強き想いに応えるように燃えた。

 そして覚悟を決め、ベルが地を蹴った──その時だった。

 

 

 

「やっぱり、貴方はその選択を取りますか」

 

 

 

 その声と共に、暴風が吹き荒んだ。その風の刃は『靄』を切り裂き、ベルの目の前に居たモンスターを吹き飛ばした。オークの巨体がボールのように飛んで行くのを見て、ベルは呆然と立ち尽くしてしまう。

 暴風が来た方向に視線を送ると、ベルは驚愕の声を上げた。

 

「リリ!?」

 

 廊下へと通じる出入口に、リリルカ・アーデは立っていた。振りかぶっていた短剣を懐に入れると、彼女はベルに言った。

 

「流石にこの危機的状況に陥れば、貴方の絶望した顔を拝めるかと思いましたが……それはどうやら、リリの思い違いだったようですね。非常に残念です」

 

「リリ、大丈夫か!? 怪我はしていないのか!?」

 

「……ハハッ、貴方は本当に愉快ですね。ああ……全く、反吐が出そうですよ」

 

 ベルが必死の声掛けを、リリルカは無視していた。目深に被ったフードの奥から、ベルへ視線を送る。

 そして、ベルが今まで聞いた事のない底冷えた声を出した。

 

「言いたい事は色々とありますが──貴方とは此処でお別れです」

 

「ッ!? リリ、何を言って!?」

 

「言葉通りの意味ですよ。今までお世話になりました」

 

 そう言って、リリルカは頭を下げた。最後にフードを外し、素顔を見せる。

 犬人(シアンスロープ)特有の、ふさふさとした可愛らしい犬耳。だがそれを打ち消す程の、光が灯らない昏い眼差し。表情に活力は一切なく、あたたかみのない冷然とした顔。

 そして、リリルカは唇を滑らかに動かした。

 

(ひび)十二時(じゅうにじ)のお()げ】

 

 その『詠唱(ことば)』を聞いた後、ベルは言葉を失った。何故ならば、それまでリリルカにあった獣の耳が無くなっていたからだった。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 犬人(シアンスロープ)の特徴を失った少女は、ベルから見れば全く他の種族の亜人族に見えた。そして、自身の直感がそれを肯定する。

 リリルカ・アーデは『犬人(シアンスロープ)』ではなく、『小人族(パルゥム)』の少女だったのだ。

 呆然とするベルに、リリルカは嘲弄(ちょうろう)の笑みを向けた。

 

「こういう事です。おっと、これ以上の長居は無用ですね。非力なリリではあっという間に殺されてしまいます」

 

 そして、リリルカ・アーデは言った。

 

「さようなら。貴方とはもう二度と会う事はないでしょう」

 

 その言葉を残して、小人族(パルゥム)の少女は踵を返した。

 

「リリ、待ってくれ! まだ話は終わっていない!」

 

 ベルが遠ざかっていく背中に声を掛けるも、リリルカはそれを無視した。

 やがて払われていた霧が再び立ち込め、『靄』となって視界を遮った。

 今ならまだ間に合うとベルは追い掛けようとするも、周囲に居るモンスターがそれを許さない。まるで彼女の仲間であるかのように振る舞い、天然武器(ネイチャーウェポン)を突き付ける。

 それが、ベルにとってはただただ不快だった。

 

「私の邪魔をするなッ!」

 

 ベルはそう言うと、最も近くに居るオークへ斬撃を浴びせるのだった。

 

章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)

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