さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

57 / 91
斯くして、時計の針は遡る Ⅱ

 

 慕っていた花屋の老夫婦に拒絶されてからというもの、リリルカ・アーデの『何か』が壊れた。それが『こころ』なのだと気付くのに、彼女は数年の年月を要する事になる。

 リリルカはそれきり、日々、自堕落に生きていた。強制的に戻された本拠(ホーム)の狭い自室で、寒さもろくに(しの)げない薄い毛布を頭まで被って外界との関わりを無くした。そうしてぼんやりと、植物のように一日を過ごしていった。

 とはいえ、生物である以上食事は取らなければならない。その時は生物の本能に従って街の路地裏を彷徨い、ゴミ箱を漁り、空腹を持ち越していた。ただでさえ細かった身体はさらに細くなり、骨と皮だけになっていった。

 とはいえ結果論ではあるものの、リリルカの行動は正しかったと言える。

 何故なら、迷宮都市(オラリオ)では『正義』と『悪』の戦い──『暗黒期』が末期に突入していたからだ。闇派閥(イヴィルス)と呼ばれる過激派は『絶対悪』と名乗る邪神の登場によって纏まりを見せるようになり、日夜問わず事件が相次いでいた。『正義』はこれを重く受け止めるようになり、派閥の垣根を越えて協力体制を取り、『悪』に対抗していた。

 もしもリリルカが街に出ていたら、その戦いに巻き込まれていた可能性は高いだろう。

 そして──『正邪決戦』と呼ばれる戦いが行われ、邪神を天界へ送還した事で『正義』が勝利した。これを以て『暗黒期』は幕を閉じ、今の迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオへゆっくりと時間を掛けて再生する事になる。

 

 それが、今から七年前。リリルカ・アーデが八歳の頃だった。

 

 

 

§

 

 

 

「おい、さっさと歩け! このノロマ!」

 

 罵声が飛ぶ。それが自分に向けられたのは考えるまでもない事だった。

「申し訳ございません」とリリルカは形だけの謝罪をし、雇用主である男のあとを懸命に追う。追いついた頃には既にモンスターとの戦闘が始まっており、サポーターである彼女はそれを見守る事しか出来なかった。

 

 ──迷宮都市(オラリオ)が平和を取り戻した一方で、リリルカの生活は殆ど何も変わっていなかった。

 

 他者から虐げられる日々はちっとも変わらなかった。それ故に彼女は非戦闘員である『サポーター』としてダンジョンに潜り日銭を稼いでいた。

 本来は仲間である【ソーマ・ファミリア】の団員から侮蔑の眼差しを向けられようが、他の派閥の冒険者から荷物持ちとして扱われようが、それでも彼女は連日のようにダンジョンへ足を運んでいた。

 罵倒され、暴力を振るわれる。それがどんなに理不尽な事であっても、リリルカ・アーデは表では偽の笑顔を、裏では氷のような無表情を浮かべて従順な下僕として『冒険者』に雇われる道を選んでいた。

【ソーマ・ファミリア】の呪縛から解き放たれたいという思いはあったものの、それは無理だと半ば諦めていた。

 何故なら、派閥(ファミリア)の脱退は非常に難しいからだ。

 たとえ末端であったとしても、派閥に属するという事はその派閥の情報を持っているという事になる。もし脱退者が敵対派閥に転宗(コンバージョン)した場合、最悪【ファミリア】の崩壊を招く事に繋がる。

 それ故に、主神が眷族の脱退を認める事は非常に少ない。

 善神なら眷族の意思を尊重する事もあるだろうが、脱退希望者に無理難題な『試練』を与える事は珍しくないと聞いていた。暇を持て余している神はそれを『娯楽』としてニヤニヤと眺めるのだ。

 主神(ソーマ)がどのような対応をするかは分からないが、団長(ザニス)の定めた新たな規律により、主神と面会するにはノルマ──それも法外な額のヴァリスを献上しなければならなくなった。例外は幹部陣である。今の【ソーマ・ファミリア】は団長の私物と化している為、たとえそのノルマを満たしたとしても新たなノルマが課されて終わりだ。

 そうして気が付けば、リリルカは地上へ帰還していた。場所は、バベルの下にある中央広場(セントラルパーク)。そこからやや離れたベンチだ。

 

「いよーし! 今日もダンジョン探索ご苦労さん!」

 

 パーティのリーダーである強面の獣人が、そう労いの言葉を掛ける。右手にはヴァリス金貨が入った巾着袋があった。少し揺れるだけで軽快な金属音が鳴る。たった今ギルド本部で換金してきた、今日の収入だ。

 

「今日の総収入から、お前たちの活躍度合いによって引いた額を配るぞ」

 

 待ってました! と言わんばかりにパーティの間で歓声が出た。

 

「ただ、予想よりも少ない気がするが……まあ、気の所為だろうな。よしそれじゃあ、始めるか」

 

 異なる派閥の眷族が組む臨時パーティ、そのサポーターとしてリリルカは今日、ダンジョン探索を行っていた。【ソーマ・ファミリア】に居場所がないリリルカがダンジョンに潜る為には、こうして、どこかの臨時パーティに混ざるしか方法はない。『荷物持ち(サポーター)』でしかないリリルカ・アーデに単独(ソロ)という自殺行為はとてもではないが出来なかった。

 パーティリーダーがメンバー一人ひとりに労いの言葉を掛けながら、報酬を配っていく。そして最後に、リリルカの番となった。それまで笑顔を浮かべていた獣人の男は彼女の前に立つと「チッ」と露骨な舌打ちをすると、

 

「ほらよ、これがお前の取り分だ」

 

 と、不機嫌そうに金貨を数枚地面に落とす。その額、わずか10ヴァリス。それが、今日のダンジョン探索に於けるリリルカの貢献度だとパーティリーダーは告げた。

 

「まさか文句があるとは言わないよな。なあ、サポーター?」

 

 身体の小さな小人族(リリルカ)を見下ろしながら、獣人は見下した笑みを浮かべる。他のパーティメンバーも似たり寄ったりの表情を浮かべており、誰も、リリルカを庇わなかった。

 

「おい、拾わないのか?」

 

 無言を貫くサポーターに、パーティリーダーがヘラヘラと笑いながら声を掛ける。しかし彼は次の瞬間、驚愕で目を見開く事となる。

 

「ありがとうございます、冒険者様! こんなにも多くのお金を頂けて、嬉しいです!」

 

 何故なら男の予想とは違い、リリルカは満面の笑みを浮かべていたからだ。それどころか感謝の言葉を言っている。

 これには男も困惑せざるを得なかった。同時に、自分の思い通りに行かなかった事への苛立ちが生まれた。しかしそれをぶつける事は出来なかった。その時には既に、リリルカは帰り支度を終わらせていたからである。

 

「それではまた、ご縁がありましたら宜しくお願いいたしますね!」

 

 そう言って深々と頭を下げた後、リリルカは臨時パーティから離れた。中央広場から人混みのある大通りに入り、そこから裏路地へ。

 そして周りに誰も居ない事を確認してから、彼女は「ふぅ」と小さく息を吐いた。

 

「全く……分かっていたとはいえ、たったの10ヴァリスですか。舐めるにも程があるでしょうに」

 

 人好きのする満面の笑みなど、そこには欠片もなかった。あるのは、周りを凍てつかせる冷笑のみ。

 

「まあ……良いです。その方が私も心置き無く対応出来るというものですからね」

 

 そう呟きながら、リリルカはローブの内ポケットから一つの短剣を取り出した。鞘から刀身を少し抜くと、鈍い光が月光に反射する。

 リリルカはそれを見詰めながら、ニヤリと獰猛に嗤った。

 

「ふふっ、今回は楽ちんでした。あまりにも不用心ですよ、冒険者様?」

 

 この短剣はリリルカのものではない。これは、先程のパーティメンバーの予備武器(サブウェポン)であり、盗品であった。

 ダンジョン探索中、隙を晒した愚かな冒険者からリリルカが拝借したのだ。いつになったら自分の武器が無くなっている事に気付くのか、その時に浮かべるであろう表情を想像し、リリルカは悪い笑みを深くする。

 

 ──リリルカ・アーデは『悪』に堕ちていた。

 

 花屋の老夫婦から拒絶され、世界の不条理さを叩き付けられた彼女は、綺麗事を一切信じなくなった。残酷過ぎる現実に『こころ』は砕かれ、尊厳は踏み(にじ)られ、そして、居場所が何もない少女がその道を辿ったのは当然の帰結と言える。

 真っ当な方法では生きていけないのだと、リリルカは悟ったのだ。

 以後、リリルカ・アーデは様々な悪事に手を染めるようになる。()()はその代表例だった。外見上無垢な容姿を持つ彼女にとって、相手の懐に入るのは造作もない事だった。サポーターとして培われた観察眼を活かして初めてヴァリス金貨を盗んだ時はあまりにも呆気なく成功したものでとても驚いたものだ。

 そして徐々に『技術』すらも身に付けた彼女は、表では『サポーター』、裏では『盗賊』として活動する事となる。

 とはいえ、彼女が本来搾取される側の人間である事には変わらない。その本質は変わらない。

 

「──チッ、これしか持ってねえのか! この役立たずがよ!」

 

 案山子(かかし)のように殴られ、蹴られ、汚い地面に顔をつけるリリルカに、獣人の男が苛立ちの声を上げる。

 その男の真名()は、カヌゥと言った。彼は【ソーマ・ファミリア】の団員であり、リリルカを度々標的(ターゲット)にしては金や武具、道具(アイテム)を搾取していた。

 

「……」

 

 全身から血が出るが、リリルカは止血しなかった。痛みで悲鳴を上げる事もせず、反抗する事もせず、人形のように静かだった。

 その態度は益々カヌゥからの怒りを買い、暴力はより一層激しくなった。

 

「ソーマ様の『神酒(ソーマ)』も飲まず、よく頑張っているなぁ、アーデ?」

 

 力尽きる自分をカヌゥとその取り巻きたちが見下ろす中、集団から一歩離れた場所で傍観していた細面のヒューマン──【ソーマ・ファミリア】団長ザニスが歪な笑みを浮かべながらそう言った。

 団長の立場にあるザニスは、本来ならカヌゥとその一味を取り締まらなければならない。だがしかし、彼はカヌゥたちの行いには何も言わず、傍観していた。それどころかまるで面白い(ショー)だとでも言うかのように、主神の酒蔵から盗み出した『神酒(ソーマ)』を飲んでいる。

 

「何か願い事でもあるのか、アーデ?」

 

 団長からの問い掛けに、団員は何も答えなかった。さっさと答えろとカヌゥから追撃が来るのも構わず、沈黙を貫く。

 

(願い事……? そんなもの、ありはしませんよ)

 

 この派閥からの脱退は半ば諦めている。団長にその旨を伝えたら、法外な額のヴァリスを要求された。主神(ソーマ)との面会も叶わず、まずは金を用意しろ、話はそれからだと言われる。

 

「団長、やっぱり娼館(しょうかん)にでも売っちまいましょう」

 

「ふむ……何故、そう思う?」

 

「こいつは居てもいなくても良い人間ですぜ。それなら、いくら『ちんちくりん』な小人族(パルゥム)と言えど、繁華街にでも連れていけば変態が声を掛けてくるでしょう。そうすれば多少は纏まった金になりまさぁ」

 

「なるほど、確かにそれは一理あるな」

 

 ザニスは相槌を一度打つと、顎に片手を当てて考えた。そして彼から結論が出される、その直前。

 

「お前達、何をしている」

 

 それまで無かった、野太い声。

 リリルカはぼんやりと、偶然誰かがここを通り掛かったのだろうと考えた。

 

「おお、チャンドラの旦那! 今日もダンジョンへ?」

 

「そんな事は何も関係ない。それよりもお前達は今、何をしている?」

 

「へ、へい! 実はですねぇ……──」

 

 瞼をゆっくりと開けると、リリルカの視界にはうっすらと、ずんぐりとした筋骨隆々の輪郭が浮かんだ。

 そして、チャンドラというドワーフの男が最近入団した事を思い出した。この派閥で最近頭角を現しているLv.2の戦士だ。今の所は自分を虐げず、害にもなっていないドワーフの顔を思い浮かべながら、二人の会話を聞く。

 チャンドラは心底呆れたように「はぁ……」と溜息を吐くと、一言、

 

「やめておけ」

 

 と、強い口調で言った。

 まさかの返答にカヌゥが動揺する中、チャンドラはさらに続ける。

 

「こいつは曲がりなりにも『恩恵』を持っている。そんな女を売ったとしても、密偵か何かだと疑われるだけだ。もし女神イシュタルの癇に障ったらどうするつもりだ」

 

「うぐっ……」

 

「ドワーフの俺が言える事ではないが、もっと考えろ。短絡的な行動は身を滅ぼすだけだ」

 

 カヌゥがチャンドラの指摘を受けて言葉に詰まる。

 力を振り絞って顔を上げると、ドワーフの男はリリルカを守るかのように背を向けていた。

 そして彼はそれ以上何も発言せず本拠(ホーム)に足を進める。

 先程までの騒ぎが嘘であるかのように、裏庭には不気味は程の静寂が訪れた。

 それを破ったのは、ザニスだった。

 

「ふむ、そうだなぁ……。よし、決めたぞ」

 

 ザニスは相も変わらずリリルカを見下ろしながら、結論を出したようだった。

 

「チャンドラの言う通り、娼館に売るのはよそう。アーデにはこれからも我が派閥に尽くして貰おうじゃないか。お前達も、それで良いな」

 

 団長の決定に、カヌゥ達一般団員は逆らわない。同意の返事をする。

 もう行け、とザニスからの命令を受けたカヌゥとその一味は裏庭から姿を消した。

 

(みじ)めだなぁ、アーデ。だが、それが良い。面白いものを見せてくれよ」

 

 ザニスはそう哄笑すると、『神酒(ソーマ)』が入っているワインを口元に傾けた。全て飲み終わると、地面に落とす。パリン、と硝子の砕ける音が小さく鳴った。

 裏庭に一人残されたリリルカは、ゆっくりと立ち上がった。全身は傷だらけ、着ている衣服も土まみれであり、自分が卑しい存在なのだと告げてくる。

 

「……!」

 

 ギリッと、歯噛みする。

 リリルカは全てが憎かった。自分を虐げてくる冒険者が、あるいは神でさえもが憎かった。

 復讐したくて堪らない。報いを受けさせたい。自分が味わった絶望を、嘆きを、この激情を与えてやりたい。

 だがそれは出来ない。自分は搾取される側の人間だからだ。『力』が何もない自分には、『何か』を変える事が出来ない。

 こうして、胸の内にドス黒い復讐心を仕舞いながらも、リリルカは絶対的弱者である『サポーター』から抜け出せないでいた。裏の顔である『盗賊』で得られる収入にも限度はあり、憂鬱な日々は変わらなかった。

 

 

 

§

 

 

 

 それから、さらに数年が経った。

 迷宮都市(オラリオ)はすっかりと平和を取り戻し、【ロキ・ファミリア】及び【フレイヤ・ファミリア】が名実ともに都市最強派閥となっていた。人類の悲願である『黒龍』の討伐を果たす為、冒険者達はダンジョンに日夜潜っており、『冒険者の街』は活気に満ちていた。

 その一方、この時リリルカ・アーデは十二歳になっていた。何も変わり映えしない生活に心底嫌気がさしながら泥を被る日々。何の為に生きているのか自問自答しながら、彼女は『表』と『裏』の活動を続けていた。

 

 そして──生まれてから十二年と半年が経った時。

 

 リリルカ・アーデに、二度目の転機が突然訪れる。

 

「変身魔法──【シンダー・エラ】。これが私の固有魔法(オリジナル)……」

 

 それは、気紛れだった。

 流石に少しは【ステイタス】が上昇しているだろうと考えたリリルカは多額のヴァリスを派閥に納め、【ステイタス】更新を行った。とはいえ結果は想像通りの微々たる上昇であったのだが。

 しかし渡された羊皮紙に、これまでなかった『魔法』の欄に記入があった。最初は何かの間違いかと主神(ソーマ)におずおずと声を掛けるも、返答はなく。それが事実なのだと理解するのに少しばかりの時間を要した。

【シンダー・エラ】。それが、リリルカ・アーデに発現した固有魔法(オリジナル)だった。その効果を簡単に述べるとするならば、それは変身魔法だった。彼女が変身したい『誰か』を強く想像すればする程、その変身はより完璧なものになる。

 

「これはまた、何とも言えない『魔法』ですね……」

 

 格安の宿屋の、ボロボロの寝台(ベッド)の上で羊皮紙を睨む。派閥の本拠(ホーム)では誰が盗み聞きしているのか分からない為、すぐに移動したのだ。

 リリルカは「はぁ」と溜息を吐いた。攻撃魔法だったら文句なしだったのだが、それは嘆いた所で仕方のない事だろう。

 寧ろ『魔法』を取得出来た事に喜ぶべきだ。『古代』に比べて発現確率は大幅に上昇したとはいえ、『魔法』が希少なのは変わっていない。神曰く『神の恩恵(ファルナ)』とはあくまでも『促進剤』でしかなく、それを活かせるかどうかは自分次第なのだそうだ。

 

「変身魔法……せっかく発現したのですから、役立てたいですよね……」

 

 三つあるうちのスロット、そのうちの一つを埋めているのだ。有益に使わなければ宝の持ち腐れだろう。

 羊皮紙に書かれた【シンダー・エラ】に関する記述は以下の通り。

 

【シンダー・エラ】

 ・変身魔法

 ・変身後は詠唱時のイメージ依存。具体性欠如の場合は失敗(ファンブル)

 ・模倣推奨

 ・詠唱式【貴方(あなた)刻印(きず)(わたし)のもの。(わたし)刻印(きず)(わたし)のもの】

 ・解呪式【(ひび)十二時(じゅうにじ)のお()げ】

 

 何か妙案はないかと思考に耽ける。

 小人族(パルゥム)ではなく、他の亜人族(デミ・ヒューマン)に変身すればどうだろうか。そうすれば『ちんちくりん』だと馬鹿にされる事はないだろうし、多少はまともなパーティに入れて貰えるかもしれない。

 

「いえ、何も変わりませんね」

 

 しかしその考えを、リリルカは自虐しながらすぐに切り捨てた。『冒険者』なら兎も角、自分は『サポーター』だ。他種族の『サポーター』が()き使われているのを、何度もこの目で見てきた。屈強な虎人(ワータイガー)でさえも顎で使われるのだ、たとえ他種族に成り済ましても意味はないだろう。

 実用的な運用方法を考えなくてはならない。

 リリルカ・アーデという小人族(パルゥム)の少女が死んでいるかのように見せ掛け、【ソーマ・ファミリア】から逃げ出す事も考えたが、それも難しいだろう。疑問に思った眷族が主神であるソーマに聞けばすぐにバレる事だ。主神は『恩恵』を授けた己の眷族(こども)の生死が分かるからである。

 

 リリルカは改めて再度、羊皮紙に書かれている記述を読み返した。頭の中で何度も言葉を反芻させ、この変身魔法の使い道を模索する。

 そして、蝋燭(ろうそく)の火が消えた暗闇の中。光が全くない部屋で、彼女はふいに唇を歪めた。

 

「ふふっ、あははははははっ……! そうだ、これなら上手くやれば出来る! 出来る筈です! あははははははははははっ!」

 

 導き出した結論。それにリリルカは満足した。

 そして彼女はどこまでも邪悪に笑い、『悪』の産声を上げたのだった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 さらに月日は進む。

 リリルカ・アーデが【シンダー・エラ】を手に入れてから半年後の、十三歳の誕生日を迎えた頃。

 

 少女は、復讐を実行した。

 

 雨が降る、迷宮都市。その、裏路地。

 

「待ちやがれ! この盗賊が!」

 

「奴を絶対に逃がすな! 盗まれた物の中には『魔剣』もあるんだぞ!」

 

 激しい怒声と罵倒が飛び交う中、美しいエルフの少女が荒い呼吸を繰り返した。小さな身体を活かし俊敏に動く彼女を、追手である男達は捕らえきれないでいた。

 水が跳ねる音と、けたたましい足音が奏でる音楽。それも数分後には終わっていた。

 追手を完全に()いたエルフの少女は壁にもたれ掛かると、呼吸を落ち着かせる。そしてその可憐(かれん)で美しい顔を歪めると、唇を開いた。

 

「──(ひび)十二時(じゅうにじ)のお()げ】

 

 その解呪式が出された、刹那。エルフの少女の身体を、灰色の光膜が包み込む。

 次の瞬間、そこにはエルフの少女は居なかった。その代わりに居るのは、雨で栗色の髪を張り付かせた小人族(パルゥム)の少女──リリルカ・アーデだった。

 彼女は冷たい手を震わせながら、胸に抱えていた包みを開く。するとその中には、金銀に輝く腕輪や指輪といった冒険者用装身具(アクセサリー)稀少種(レアモンスター)戦利品(ドロップアイテム)、さらには小型ナイフの『魔剣』さえもが入っていた。

 

「やった……やった! やってやりました! ざまぁ──みろっ!」

 

 歓喜と嘲弄が混じった声が響く。

 

「ふふっ、この『魔法』があれば、私は……ッ!」

 

【シンダー・エラ】が発現されてからこの半年間、リリルカはずっと変身魔法について研究していた。どのような効果なのか、持続時間はどれ程なのか、様々な実験を行い理解していった。

 そして彼女は、復讐の為にある計画を立てる。それは、他種族に化けた上で臨時パーティに入り、隙を突いて金品や冒険者の武具を奪うというものであった。

 結果は、この通り。大成功である。

 

「あははははははははははっ!」

 

 必死に我慢しようとするも、それは出来なかった。腹を抱えて彼女は笑い声を上げる。

 そうしていると、被害者である男達の怒号が聞こえてくる。リリルカは奪った金品を包みの中に入れると、ちょうど近くに置いてあった樽の中に放り投げた。

 そのタイミングで、男達が姿を現す。男達はリリルカの姿を認めると、険しい表情を浮かべながら近付いいてきた。

 

「おい、そこの小人族(パルゥム)! 聞きたい事がある!」

 

「はい、何でしょうか冒険者様?」

 

「お前とそう背丈が変わらないエルフの餓鬼を見なかったか!?」

 

「いいえ、申し訳ございませんが見ていません。しかし冒険者様、そのような形相で何かあったのですか?」

 

「ああ、実はその糞餓鬼に装備を盗まれたんだ! 中には『魔剣』もあったんだが……ちくしょう! 絶対に許せねえ!」

 

「まあっ、そのような事があったのですね。冒険者様の仰る通り、許せるものでは到底ありません。とっ捕まえてギルドに連行しましょう!」

 

 嘘だらけの言葉。

 しかし男達は、リリルカの言葉を信じる。何故なら男達の目の前に居るのは無関係な『小人族(パルゥム)』であって、探している『妖精(エルフ)』ではないからだ。

 見掛けたら教えてくれ、と彼等は言葉を残すと走り去っていった。リリルカはニコニコと彼等を見送ると、樽の中に放り込んでいた盗品を回収する。

 

「誰も疑いませんでした。それだけ私の変身が完璧だったという事でしょう」

 

 作戦は成功した。それを確かめたのなら、これ以上の長居は無用である。

 

「さあ──『復讐劇』を始めましょうか、冒険者様?」

 

 灰色の雨空を仰ぎ見ながら、リリルカは壊れた魔道具(マジックアイテム)のように狂った笑い声を上げ続ける。

 こうして、リリルカ・アーデの復讐が始まったのだった。

 

章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)

  • 必要
  • 不必要
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。