リリルカ・アーデは
発現した変身魔法【シンダー・エラ】を用いて架空の人物に成り済まし、無力で弱者の『
被害者の中には自分の所属派閥【ソーマ・ファミリア】も含まれており、成功した時には少し溜飲が下がる思いだった。
だが、リリルカ・アーデはそれで復讐をやめる事を是としなかった。
変身魔法はあまりにも『劇薬』だった。この『魔法』は使用者の使い方によっては良い事にも悪い事にも使える。そしてリリルカ・アーデは復讐が
それ故に彼女は今更足を洗えないと思っていたし、そのつもりは全くなかった。
自分の瞳がすっかりと
リリルカは、自分が不幸だとは思っていなかった。否、そう思うようにしていた。
何故ならば、自分よりも酷い境遇の人間は星の数程居るからだ。
不器用なドワーフが庇いたてしてくれたおかげで、
『
変身魔法が発現したおかげで、真っ暗だった人生に、たった一筋とはいえ光がさした。
そう、何も悲観的になる事はない。自分よりも劣悪な環境で生きている人間はごまんといる。それなら多少は我慢しなければ彼等に失礼だろう。
『上』には『上』が居るように、『下』には『下』が居る事を忘れてはならない。そして頂点が存在する『上』とは違い、『下』はあまりにも泥沼で底が見えないのだ。
齢十三歳の少女がして良い思考ではない。だがあまりにも凄惨な人生を送っている彼女の価値観は既に壊れており、それを指摘する者も当然居なかった。
たった独りで完結している人生。それがリリルカ・アーデの物語となっていた。
「──お前さんだろう。最近巷で有名になっている『盗賊』は」
盗賊活動に本腰を入れ始めてから一年と半年が経った。この時リリルカ・アーデは十四と半年を迎えており、冒険者達の間で彼女の存在は囁かれるようになっていた。
曰く『サポーターとして活動している盗賊が居る。多くの被害が出ているが、その正体は不明。分かっているのは小さな体格の持ち主であるという事のみ』というもので、下級冒険者を中心に広がっていた。
そして、一番最初にその盗賊がリリルカ・アーデだと突き止めたのは、赤いトンガリ帽子を被った髭を生やしている
「はて、何の事を仰っているのでしょう」
ドクンと震えた心臓の音を巧妙に隠しながら、リリルカは目の前の
精霊とは、神に最も近いとされている種族だ。神時代に入る前、『古代』の時代では『英雄』に力や武具を授けたと伝えられている。現代でも他種族から尊敬されている亜人族でもある。
『ノームの
以後、リリルカは盗品をこの骨董品店に持ち寄っては
「お前さんも同業者じゃろうから、その盗賊の噂を一度は耳に入れた事があるじゃろう」
「ええ、そうですね。知っていますよ。しかし店主様、その盗賊は『正体不明』なのではなかったのですか?」
「そうじゃな。確かにそのように聞いておる」
「それでは、何故?」
にっこりと人好きのする笑みを浮かべ、リリルカが尋ねる。その質問に対して、ボムは真剣な表情を浮かべた。
「根拠は三つある。一つ目は、被害者達の盗品と同じような物を、お前さんが持ってきておる事。二つ目は『正体不明』ながらも、その体格は分かっておる。お前さんと同じくらいの小さな背丈であるという事」
チッ、とリリルカは胸中で舌打ちした。
二つ目は仕方ないとはいえ、一つ目は己の失策だったか。普段なら盗んでから暫く日を置いてから鑑定して貰っていたのだが、今はどうしても欲しい
そしてボムは、三つ目の根拠を口にした。
「最後に、爺の『勘』じゃな」
「……はい?」
「おお、そのような目を向けるでない。お前さんのような娘に馬鹿にされたような目を向けられると、心が折れそうになるからのぅ」
傷心しているボムに、リリルカは言った。
「お爺さんの根拠とやらを黙って聞いていましたが、それは根拠とは言えないのでは。似たような物を持ってきたのはたまたまでしょう。その盗賊の体格が小さいのは私も知っていますが、しかし、それも偶然です。第一、この世界には
頭の中で事前に考えていた言葉を、リリルカはすらすらと口にする。
「そして三つ目ですが、論外ですね」
そう言って、リリルカはボムの憶測を一刀両断した。
これだけ言われたら普通の感性の人間なら多少なりとも堪える素振りを見せるものだが、しかし、ボムはそれを微塵も見せなかった。
「爺はなぁ……これでも精霊じゃ。お前さんも知ってはいるじゃろうが、精霊は基本自我を持っておらぬ」
急にいったい何の話だとは思いつつも、リリルカは話を聞く姿勢をとった。
「『古代の大精霊』のような大それた力を爺は持ち合わせてはおらぬが、これでも精霊じゃ。神々がこの下界に降臨するまでは、
「つまり、何が言いたいのでしょうか?」
「精霊にはそれなりの能力がある、という事じゃよ。例えば、そう、今こうして話しているお前さんが嘘を吐いているか、そうではないか等も分かる」
超越存在の神々のような確実性はないがのぅ、とボムはその白い髭を擦りながら言った。
(何ですかそれは、初耳です!? 精霊についてはまだ分からない事も多くあるとはいえ……まさかそのような能力があるだなんて!?)
フードの奥で目を見開き、動揺を表に出してしまう。そして、スッと警戒の眼差しを送った。
(ここは裏路地、憲兵を呼ぶ為のブザーを鳴らしたとしてもすぐには来ないでしょう。ここでの最適解は──)
逃走だ、それしかない。
念の為に【シンダー・エラ】を用いていて良かった。この店から逃げ切ればあとは普段と同じ手口を使えば良い。この骨董品店を今後利用出来ないのは残念だが、まずは身の安全を確保しなければ。
リリルカはそっと、ローブのポケットに手を入れた。そして、常備している
(カウント、開始。五、四、三、二……──)
一、と胸中で呟き身体を動かそうとした、その時だった。
「のぅ、教えてはくれないか。どうしてお前さんは、他人から物を奪う……?」
その言葉を聞いた時、ピタリと、リリルカの身体は止まっていた。
彫像のように固まる盗賊へ、
「お前さんは既に何度もウチを利用しているのぅ……。ヴァリス金貨が欲しいにしても、ある程度は纏まった金額を得ている筈じゃ。違うかのぅ?」
「……」
「まだ若いじゃろうに、何をそんなに焦っておる。莫大な借金を抱えているにしても、何か理由がある筈じゃ。それを爺に教えてはくれまいか?」
リリルカは何も答えられなかった。ただ、
「……」
考えが纏まらない、思考が乱れる。
生まれて初めて向けられる、気遣うような視線に、リリルカは何も反応出来なかった。
神に近しいとされる、精霊。神々が下界に降臨した今なお、他種族から畏怖される存在。その意味が、リリルカは何となくわかった。
「安心せい、話を聞いた所でこの
「……」
「お前さんの話を聞かせてはくれまいか?」
穏やかな口調で、あくまでもリリルカの意思に委ねるとボムは言った。
久し振りに掛けられた、あたたかい言葉。それにリリルカは絆されてしまう。そして彼女は俯きながら、ポツポツと話し始めた。
「リリは……
設置されている
長い時間を掛けて、リリルカは己の誕生から現在に至るまでの、これまでの人生を全て言った。
「──なるほどのぅ……」
それまで沈黙していた
「『暗黒期』が終わった今は『新たな時代』の節目ではあるが……これはまた、難しい問題じゃ」
「
「……」
「『百』を救う『英雄』は未だ
「よし、決めたぞ」
ボムはそう言うと、リリルカに穏やかな笑みを向けた。
「お前さん、名前は?」
「何故、それを……?」
「ええい、良いから言うのじゃ。顧客の名を覚えておいて損はないじゃろう」
「全く、これだから最近の若者は……」とブツブツ呟くボム。
彼の質問に答える義理はない。寧ろ
「リリルカ。リリルカ・アーデです」
「そうか。それじゃあ、リリちゃん。お前さんさえ良ければ、これからもウチに来なさい」
「……え?」
「お前さんの行いは世間から見れば褒められたものじゃあないだろうがなぁ……話を聞いた上で、爺はリリちゃんが『悪』だとは断言出来なくなった」
『悪』という言葉に、リリルカはぴくりと反応する。第三者から言われたその言葉を、彼女は噛み締めていた。
「爺はこれからも、お前さんとの取引をやめるつもりはない。リリちゃんはどうじゃ?」
「……そうですね。お爺さんがリリを
「ああ、約束じゃ。爺の
これ以上ここに長居したくない、リリルカは今それしか考えていなかった。適当に挨拶をして店を出ようとする彼女の背中へ、引き留める声が届く。
「その代わり、条件がある」
「……? 何ですか? まさか、やめろだなんて言うつもりはありませんよね?」
もしそうなら今の話はなかった事にすると暗に伝えるも、ボムは「そうではない」と言った。
それならいったい何だと
「お前さんは普段、『サポーター』としてダンジョンに潜っているのじゃろう?」
「ええ、そうですが」
「それなら、お前さんは『サポーター』としての仕事を全うするんじゃ。それで尚、お前さんの仕事度合いに見合った報酬が意図して支払われなかった時に初めて、冒険者から装備や金銭を奪うのじゃ」
何だそれは! とリリルカは思わず
だがそんな
だと言うのに今更、真面目に働けだと? そんな綺麗事を言えるのはその現場を一度も見た事がないからだ。
頑張れば頑張った分報われる? そんなのは決して叶う事のない、弱者が願うただの幻想だ。
ボムへ振り返ったリリルカは、そう言おうとした。しかし、それは出来なかった。
「……ッ!」
思わず怯むリリルカへ、
「必ずどこかに、お前さんを正しく評価する冒険者が居る」
「……そんな人、居ませんよ」
「いいや、そんな事ある。『英雄』と同じじゃ。ある日突然、リリちゃんの前に風のように現れるじゃろうて」
そう、強く断言する
リリルカはそれに、何故か反論出来なかった。何故かは分からない。彼が確信を持っているからなのか、自分がヤケになっているのだけなのか──恐らくは後者だろう。
そして気が付けば、リリルカは言っていた。
「……分かりました。ただし冒険者が応えなかった場合、リリは容赦なく彼等に牙を剥きます。それで文句はないですね」
それだけ言い残して、リリルカは骨董品店をあとにした。
これが『盗賊』リリルカ・アーデと『精霊』ボム・コーンウォールとの出会いだった。それは見方を変えれば、『古代』にあった、『英雄』と『精霊』の契約のようでもあった。
──それ以降、リリルカ・アーデは『サポーター』と『盗賊』の二つを本格的に兼業する事となる。
予想通り、彼女がいくら真面目に働いて役に立ったとしても、冒険者達が対応を変える事はなかった。それ所か忙しなくダンジョンを動き回る小さな『サポーター』を馬鹿にし、見下していた。これが現実なのだと彼女は思っていたので、特にショックを受ける事はなかったが。だがその反面、今まで僅かながらに感じていた罪悪感は綺麗さっぱりと無くなっていた。自分の働き具合を計算出来るようになるまで成長していた彼女は犯行に及ぶ際、それを基準にして盗みを行うようになっていた。とはいえ、あまりにも酷い『外れ』を引いてしまった時はそんなの関係なしに『魔剣』や
そうして、何十、何百と臨時パーティに同行していくと、本当に──本当に稀ではあったが、リリルカへきちんと報酬を支払う冒険者が居た。
「あ、あのありがとうございました! あなたのおかげで、モンスターととても戦いやすかったです! 僕達のパーティの稼ぎじゃこれが限界なんですけど……もし良かったら、またお願いしたいです!」
「今回はあんがとさん。ほれ、持っていけ。それにしてもアンタ、凄いねぇ。【ファミリア】に居場所がないって言っていたが、もし良かったらウチに来ないか? 主神なら俺が説得するからよ!」
「ま、まぁ……? あんたには世話になったし? 別に感謝していなくもないし? えぇい、良いからこれを受け取りなッ!」
彼等からその言葉を受け取った時、リリルカの胸にじんわりとあたたかいものが広がった。それが身体全体へ伝わると、ポカポカした。心地よかった、嬉しかった、久しく流していなかった涙さえ流れた。
この時リリルカはようやく、これまでの過酷な人生が少し報われた気がした。傷だらけの『こころ』が少し癒えた気がした。
この出来事によって、
以降、リリルカはボムへ信頼を寄せるようになる。嘗てのトラウマが蘇らなかった訳ではなかったが、『ノームの万屋』へ赴く際は細心の注意を払うようにした。
だが本当の意味で、彼女を必要だと言ってくれる存在はまだ居なかった。
そして──十五歳の誕生日をボムと迎えてから少し経った頃。
リリルカ・アーデはある日、ダンジョン探索中にある噂を拾った。
それは、先日の
『モンスター脱走事件』と呼ばれるこれを、【ロキ・ファミリア】をはじめとした大派閥が解決する中で、一人の駆け出し冒険者が
あまりにも胡散臭い話だ。
リリルカも初めて聞いた時はそのように思った。だが、少し調べてみればあまりにも疑問点が多かった。というのも、その噂の広がり方があまりにも奇妙だったのだ。『娯楽』に飢えているこの都市が、信憑性は兎も角として、これだけの話題をわざわざ寝かせる訳がない。
この都市に於いて、噂は噂の域をすぐに出て明るみになる。
つまり、何者かが意図して噂の
だがすぐに、リリルカは興味を失った。話の真偽は兎も角、何者かが意図している以上、下手に探りを入れたらどうなるのかは分かりきっている。首を突っ込むのは愚か者のする事だ。
──そう思っていたリリルカだったが、幸か不幸か、彼女はその噂の人物と出会いを果たす事になる。
とあるパーティから『クロッゾの魔剣』を盗んだ際、変身魔法を解除する場面を追手に見られてしまったのだ。
大剣使いの大男から逃げている時に、リリルカは運悪く一人のヒューマンと美しいエルフと鉢合わせてしまう。二人に構う事はせず走り続けたおかげで、幸いにも追手を撒く事は出来たが、バックパックを現場に残したままだった。追手が回収しているだろうなと半ば思いつつも時間を置いてから戻ると、そこではヒューマンとエルフが会話をしていた。
そして彼女は、そのヒューマンこそが噂の人物なのだと確信に至った。
名は、ベル・クラネルというらしい。
話を盗み聞きすると、どうやら
あとの話はとても簡単だ。ベル・クラネルに興味を持ったリリルカは偶然を装って彼に接触を図った。もちろん、本来の姿ではなく、【シンダー・エラ】を用いて
そうして、リリルカ・アーデは、ベル・クラネルとパーティを組むようになったのだ。
章題とは別に各話にサブタイトルは? (例:『1話』→『始まり』)
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必要
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不必要