心から安心して、睡魔に身を委ねる事が出来るのは随分と久し振りの事だった。
あたたかい。これが、人が与える温もりなのかと、リリルカはぼんやりと思った。時折、身体が小さく揺れる感覚がする。
コツン、コツン、と鳴る複数の静かな靴音。それを子守唄にしていると、近くから男女の会話が聞こえてくる。眠っている自分を考慮してくれているのか、小声だった。
「全く、無茶をし過ぎです、ベル・クラネル。貴方が強い事は団長から聞いてはいましたが、貴方はまだ駆け出し冒険者の身。勇敢と蛮勇を履き違えては行けませんよ」
凛とした声が女性の口から出される。
注意された男性、ベルはそれにこう答えた。
「おっと、これは手厳しい! 肝に銘じておこう! ふははははははっ!」
「静かになさい。此処はダンジョン、騒いではモンスターから狙われますよ」
「よく言われる、善処しよう!」と、ベルは言うと、声音を真剣なものに変えて静かに尋ねた。
「
「貴方の推測通り、収束しています。幸い、被害者は居ませんでした。この連日の豪雨と夜間帯の時間帯でダンジョンに潜っている冒険者が少なかったのが大きいのでしょうね。他のパーティメンバーにも確認して貰っていますから、漏れはない筈です。大丈夫でしょう」
「貴女達がそう言うのなら、そうなのだろう。そうなると、死者は彼等だけか……。私がもう少し早く間に合っていれば、あるいは……」
「ベル・クラネル、その考えはよくありませんよ。それに、仮に貴方がその瞬間に間に合っていたとしても、事態は益々混乱していたでしょう。貴方が彼女を助け出す事も出来なかったかもしれません」
「……そうだな、そうかもしれない。だが、私はいつも『もし』を考えてしまう。これが良くない考えなのは貴女に言われるまでもなく承知しているのだがな。それでも私は、つい、考えてしまうのだよ」
「……分かっているのなら、私からこれ以上言う事はありません。ただ、重々気を付けなさい。貴方が本当に『英雄』を目指すというのなら、避けては通れない道でしょうから」
「ああ、分かっているよ。ありがとう、やっぱり、私の目に狂いはなかった。貴女は、とても優しい
ベルがそう言うと、女性は「ごほっ、ごほっ!?」と思い切り
煩いなぁ、と思ってリリルカは薄らと
「今日一番の幸運は、貴女達に出会えた事だろう。本当に感謝している」
「……礼には及びません。不干渉が暗黙の了解とはなっていますが、緊急時には【ファミリア】の垣根を越えて協力をする必要がありますから」
「そうは言うがな、私が……いや、私達が助けられた事に変わりはない」
「意外にも律儀なのですね。しかし、それは不要です。ましてや私達は貴方に大きな借りがありますから、それを少し返されたと思えば良いでしょう」
「ありがとう。そう言って貰えるとありがたい」
「とはいえ。短期遠征からの帰還中、強烈な悪臭がすると獣人の仲間が言ったので、急いで駆け付けてみれば、驚いたものです。まさか貴方が、もう11階層に到着していたとは。さらにはあの数の
「ふっ! 主神曰く、今の私は成長期のようだからな!」
「成長期で片付けられる事では断じてありませんが……いえ、これ以上はよしましょう。同じ
会話がまた、途絶える。
靴音がコツッ、コツッとしたものに変わった。上下に揺れる事から、恐らくは階段を上っているのだろう。だが、いくら経ってもそれは変わらず。ダンジョンと地上を結ぶ螺旋階段だろうか。
「そう言えば、ベル・クラネル。アイズが会いたがっていますよ。いつになったら会うおつもりですか?」
「うぐっ……すまない、それについては弁明の余地もない。私も彼女とは話をしたいと思ってはいるのだが……」
「責めている訳ではありません。貴方にも事情があるのは重々承知していますから」
「そう言って貰えると助かる。だが、この私が女子との『約束』をすぐに果たせないとはな。全く、自分が恥ずかしくて仕方がない」
「兎にも角にも、あの子は依然として貴方に会いたがっています。この雨が無かったら迷宮都市を彷徨いていたでしょう。何か言伝があると安心するでしょうから、頼めますか」
「そうか、分かった。それなら、貴女の言葉に甘えよう。──ところで話は些か変わるが、貴女達は近々『遠征』に行くと噂で聞いたのだが、間違いはないか」
「ええ、そうですね。三日後からの予定です」
「なるほど。それなら彼女には、このように伝えてくれ。『美しい人よ。私は明後日の午後、貴女に会いに行きます』と。『遠征』直前で申し訳ないが、それが最短だ」
「……良いでしょう、承知しました。【ファミリア】には私から話を通しておきます。ただし、ベル・クラネル。
「えっ、何それ怖い。もしかして私、闇討ちされちゃったりする?」
「……ノーコメントでお願いします」
引き攣った笑いが、ベルから出された。それが面白くて、リリルカはざまぁみろと愉快な気持ちになる。
「だが、そうか。『遠征』か! 良いなー! 私も行きたいなぁー!」
「貴方にはまだ早いですよ。いくら強いとは言っても、まだLv.1の下級冒険者なのですから。私の【ファミリア】でも、『遠征』に行けるのは第二級冒険者からだと決まっています」
「第二級と言うと……Lv.3からか! それは凄い!」
「その第二級であっても、サポーターとしてでの起用です。余程の事がない限り、前線に立つ事は許されません」
「ゴクリ。おっと、思わず生唾を飲み込んでしまった。それ程、ダンジョンの下層は危険だということか……」
「アイズに会ったら、その辺について尋ねると良いでしょう。その方が、口下手なあの子も話しやすいでしょうから」
「気遣い! これが包容力抜群、美人お姉さんの力か! くぅ、性癖という名の扉が、また新たに開かれてしまうぞぅ!」
気持ち悪い、と女性がおぞましそうに言った。同時に、ズササッ、と離れていく気配。目を開けて見なくとも、女性がドン引きしているのが分かった。
「おっと、失言だったか!」と全く懲りてなさそうな様子の彼に、女性は深い溜息を吐いた。
「はあ……全く、先程の凛々しい表情は何処にいったのですか。話せば話す程、私は貴方が分からなくなります」
「私はミステリアスボーイだからネ!」
「……困ったヒューマンです」
「よく言われます。おっ、もうすぐ地上だな」
その言葉から暫くして、上下の揺れが無くなった。靴音も変わった事から、恐らく、螺旋階段を上り終えたのだろう。そうなると此処は、バベルか。
「あそこに居るのは……貴女の仲間か?」
「そうですね。どうやら心配して、私を待ってくれていたようです。ベル・クラネル、私は此処で失礼致します」
「ああ! 彼等にも、私が心から感謝している事を伝えておいて欲しい!」
「ええ、確かに伝えます。そして最後になりますが、私は貴方に言わなければならない事があります」
女性は真剣な声音で、こう言った。
「貴方は、彼女を助けたいと私達に言った。仲間を説得して貴方に手を貸す事を今回は決めましたが、次回もそうするとは限りません。この意味が、分かりますか」
「……ああ」
「それなら、良いです。私達に啖呵を切ってみせたのです、必ずや助け出してみせなさい」
「……ああ! ありがとう、美しい
ベルの言葉と共に、去っていく一つの気配。
アリシア・フォレストライト……その名前には覚えがある。リリルカが重たい瞼を開けてみれば、
ベルはエルフを見送ると、出入口に足を向けた。
どうやら豪雨はまだ続いているようで、ザーザー、と雨音が響く。強風はやみつつあるのか、音は聞こえなかった。
そして外に出ると、帰路に就く。天から降り注ぐ水は、恵みのものか災厄のものか。
だが、雨はいつか必ずやむだろう。今はまだ降っているが、遠くない未来、雲は晴れる。そして燦々と輝く太陽が顔を出し、地上を照らすだろう。
「──」
そう、やまない雨はない。その事を、自分は少年に教えて貰った。下ばかり向いていても意味はない。それが正しいかどうか、それはまだ分からない。
だから、まずは言われた通りにしてみよう。俯いている顔を上げよう。そして、唇を曲げて、ぎこちなくも笑ってみよう。
今はまだ心から笑えないけれど、いつか、笑える日が来ると信じて。
長かった……とても、長かった。そんな第三幕『才無き者』も、これでようやく終わりです。
第三幕だけで四十話近くも使っておりますが、初期構成ではここまで長くなかったです。本当です、信じて下さい。
しかし気付けばこんなにも長くなってしまい、読者の皆様には忸怩たる思いをさせてしまい、申し訳ございません。
中々話が進まないのが私の作品の特徴ではありますが、今回は本当に、中々話が進みませんでした。
しかし、言い訳をさせて下さい。
今回の第三幕は、今後の物語の基盤となります。そうなる部分も各話に散りばめさせて頂きました。特に、【猛者】オッタルとの戦闘は大反響を当時頂きまして、良かったと思います。
それ故に、慎重に、丁寧に、話を進めていく必要があったのです。
第三幕は、ベル・クラネルではなく、リリルカ・アーデが主な主人公となっています。
第三幕の途中から、特に終盤からは彼女視点で物語が進みました。
作中で述べたとおり、『冒険者とサポーター』の関係なら、二人は相性抜群です。しかし、『ベル・クラネルとリリルカ・アーデ』になると、それは違ってきます。
何故なら、ベルが持っているものを、リリルカは持っていないからです。例えば、主神に恵まれているベルとは違い、リリルカは主神から放置されています。破竹の勢いで成長するベルとは違い、リリルカは自力での成長は絶望的です。
このようにして徹底的に比較させてきました。
そんなリリルカが、ベルの事をどのように思っていたのか──それは、ここまで読んで下さった読者の皆様は既に知っていると思います。
今回のお話では、前話にある通り、『喜劇』という言葉は使いませんでした。その理由は、彼女の物語を『喜劇』という言葉に当て嵌めたくなかったからです。どうしても違和感が拭いきれませんでした。
また、ベルを助けたエルフについても説明させて頂きます。まさかまさかのアリシア・フォレストライトでした。これは彼女が初登場した時から、決めていました。アイズにしようかなとも思いましたが、まだ時期じゃないと判断し見送っています。これについては今後補完しようと思います。
ソード・オラトリアについては、フェルズが頑張ってアイズに接触しました。
そんな第三幕ですが、如何だったでしょうか。感想や評価を頂けると幸いです。
アンケートを行っていた各話のサブタイトルについてですが、話数が多くなってきた為、今後、実施していきます。これまでのお話にも順次サブタイトルをつけていきます。
第四幕は、今度こそ、短めに終わらせるつもりです(確固たる意思)。
リリルカの問題については、第四幕の冒頭で触れたいと思います。原作では有耶無耶となってあまり深く追及されていませんでしたが、この二次小説ではある程度のケジメはつけたいと考えています。
そして、読者の皆様が望んでいるであろう展開になるかと思います。私もこの話を強く望んでいましたから、外れてはいないでしょう。
そんな第四幕のタイトルは──『好敵手(ライバル)』。
しかし、少し準備期間に入りたいと思います。これまで投稿してきたお話の誤字・脱字の確認を行い、より面白いと思って頂けるよう構成を見直します。なので、気長にお持ち下さい。
それでは、またお会いしましょう。
皆さんが思う、第三幕の見所は?
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ベル・クラネルVSオッタル
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リリルカ・アーデの過去
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ベル・クラネルがリリルカを助け出すシーン
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その他