さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

63 / 91
暫くは休止の予定でしたが、アニメを見て、これは書くしかないと思ったので投稿を再開します。



灰被りの少女

 

『夢』を、見ていた。

 

 それは、記憶。

 自分が嘗て体験し、そして、意図的に忘却した忌まわしき『罪』。

 

『お(ばあ)さん、これは何ですか?』

 

『それかい? それはね、リリちゃん。有名な童話だよ』

 

『……童話?』

 

『ああ、そうだよ』

 

『夢』の中で、幼い少女と老婆が話をしている。

 幼い少女は、自分。手の中には、(ほこり)を被った薄い本があった。

 老婆は、自分が本当の家族のように錯覚していた虚像。懐かしいねえ、と口元を(ほころ)ばせる。

 

『私もリリちゃんと同じくらいの時には、よく、お母さんに読んで貰ったものさ。読んでみるかい?』

 

 にっこりと、老婆が笑う。

 自分は──リリルカは、「お願いします!」と甘い声を出した。老婆の傍に近寄り、上目遣いで見上げる。

 老婆は笑みをさらに深くすると、よく通る声で、朗々と読み始めた。

 それは今にして思えば、なんて事ない、よくある創作物(フィクション)だった。

 悪戯好きの精霊に魔法を掛けられ、絶世の美女に変身してしまうみすぼらしい灰被りの少女。

 淡い夢を見る為王宮に向かった少女は王子に見初められるが、魔法が解けてしまい灰被りに戻り逃げ出してしまう。

 だが王子は少女を見つけ出し、そのまま二人は結ばれる。

 めでたしめでたし。

 ハッピーエンド。

 幸せな結末。

 そんな、よくある話だった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 あたたかな匂いがする──それが、リリルカが目覚めてから真っ先に思った事だった。(まぶた)をおもむろに開けると、古ぼけた印象を受ける天井が視界に映る。そして視線を横に移したリリルカは「えっ!」と驚愕の声を出してしまう。

 しかしそれは仕方のないことだろう。何せすぐ近くに女神の美しい顔があったのだから。

 

「こら、ベル君! 君ってやつはまた人様に迷惑を掛けて! 怒られるのはボクなんだぞぅ! むにゃむにゃ……」

 

 そう寝言を漏らす神物、()女神(めがみ)ヘスティアはとても可愛らしい寝顔を無防備に晒していた。幼女を思わせるその寝顔に神聖さを感じてしまうのは、やはり彼女が女神だからか。

 何故、ここに女神が? 超越存在(デウスデア)とまさかの同衾(どうきん)している事実に混乱し、当然の疑問が頭を埋め尽くす。そしてすぐにリリルカはその答えにたどり着いた。

 

「そうだ、リリは、(わたし)は……あの人に助けられて……」

 

 フラッシュバックする。

 薄暗いダンジョンで、自分は『光』を見たのだ。

 そうだ、自分は助けられたのだ。自分の復讐劇に巻き込んではならないと思い突き放したのにも関わらず、結局、助けられてしまった。

 しつこいくらいに、愚直なまでに『仲間』だと言ってくる、あの少年に。

 

「助けられたんですよね……(わたし)……」

 

 あれからどれだけの時間が経っているのかは分からない。しかし、目を閉じればその時の光景は思い浮かべられる。

 

「……」

 

 自分を『仲間』なのだと、あの少年は言ってきた。自分が必要なのだと、一緒に冒険をしたいのだと、あの少年はその深紅(ルベライト)の瞳で訴えてきた。

 こちらが何度強く拒絶しても少年──ベル・クラネルは手を伸ばしてきた。騙されていたことを知らされた後でも、その意志が変わることはなかったのだ。

 向けられたその熱い想いに、リリルカはついに根負けしてしまった。

 これはもう認めるしかないと──この人の『仲間』になりたいのだと、共に居たいと、そう思ってしまったのだ。

 

 そんな思いをもう一度抱くだなんて、自分はほとほと、愚か者なのだろう。

 

 だから、リリルカは差し伸べられた手を取った。そして、引き上げられた。

 その選択が、今、この寝台(ベッド)で横になっていることに繋がるのだろう。

 この選択を後悔しない──とは思わない。否、思えない。それはリリルカのこれまでの培ってきた人生観によるものだ。後悔だらけの人生を送ってきた自分は、これからもきっと、後悔し続けるのだろう。

 だが、それでも。

 それでもこの選択を後悔はしたくないなと、リリルカは思った。

 少年のあの笑顔をまた見たいと、思う。

 

「──こらぁ、待つんだベル君! 今日という今日は逃がさないぞー! ──ハッ、なんだ、夢かぁ……」

 

 ガバッと、ヘスティアが突然起き上がった。夢から覚めた彼女は眠たそうに眼を擦っていたが、リリルカの視線に気が付くと気まずそうに視線を逸らし。

 

「や、やぁ……おはよう、リリルカ君……」

 

 そう、挨拶をしてきた。

 リリルカはそれに挨拶を返そうとして……──何て答えたら良いのだろうと思案してしまう。

 ヘスティアは眷族(ベル)から何が起きたのか聞かされている筈だ。自分がこれまで少年を騙していた事を、ダンジョンで罠にはめた事を知っている筈だ。

 彼女が眷族(こども)の事をとても大切に思っているのは、この前話した時に知っている。そんな優しい女神に、自分はどんな顔をして向かい合えば良いのだろう。

 

(まずは、謝罪……? それとも──)

 

 そんな考えが堂々巡りしているリリルカ見て、ヘスティアは苦笑いを浮かべた。にっこりと綺麗な笑みを浮かべると、両手を大きく広げてリリルカに身体を近づける。

 身体が反応をする、その前に──リリルカはヘスティアによって、優しく抱き締められた。

 

「っ……!?」

 

 突然の出来事に硬直してしまう。

 目を見開くリリルカの頭を撫でながら、ヘスティアは耳元でこう囁いた。

 

「色々と言いたい事はある。怒りも、悲しみもある。でも、その前に──これまでよく頑張ってきたね、リリルカ君」

 

「ぁ……」

 

「本当に、君はこれまでよく頑張ってきたよ」

 

 その、何処までも優しい言葉を聞いて。

 リリルカは気付けば、静かに涙を流していた。

 誰かの温もりに包まれる事の意味を、リリルカはようやく、知る事が出来た。

 ヘスティアは身体をおもむろに離すと、リリルカを真正面から見詰めながらこう言った。

 

「さあ、まずはあたたかな朝ご飯を食べよう。まずは、そこから。そしてそれから、一緒にこれからの事を考えよう」

 

 その誘いに──コクン、と。

 ごく自然と、小人族(パルゥム)の少女は首を小さく動かしたのだった。

 

「行こう! ボクもお腹がペコペコだ!」

 

 女神はそれを見ると朗らかに笑い、少女の手を取る。

 それはまるで、迷子の子供を案内するかのようだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。