さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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ロイマン・マルディールが送る受難の日

 

 その日、ギルド長──ロイマン・マルディールは朝から胃痛がした。とはいえ、それは最近ずっとのことだった。

 というのも、あと数日で『神会(デナトゥス)』が開かれる。

 その為の資料作りはギルド長しか出来ない仕事であり、ギルド長の捺印(なついん)が欲しい案件もこれに付随してくる為、控え目に言っても過重労働(オーバーワーク)である。

 ただでさえ最近は怪物祭(モンスターフィリア)で起きた事件の苦情(クレーム)処理で忙しかったというのに──当時に比べれば落ち着いたが、まだまだ厄介な苦情(クレーム)は多く寄せられている──、数日後には『神会(デナトゥス)』が控えているのだ。

 ロイマンはこの『冒険』から心底逃げ出したかったが、自分以外に出来る人間は居ないため、仕方なく向き合っていた。【戦場の聖女(デア・セイント)】特製の胃薬がなければ、ロイマンは何度か倒れていただろう。

 

「ギルド長、こちら新たに『昇格(ランクアップ)』を果たした冒険者の資料です! 確認宜しくお願い致します!」

 

「おのれ、冒険者! またもや『昇格(ランクアップ)』を!?」

 

 部下から資料を受け取りながら、唸り声をあげる。

 だが、この資料は『神会(デナトゥス)』で神々に提出する物であり最も注目される。不備があったら神々から『全く〜、頼むぜギルド長〜』とダル絡みされることは明白──というか、ギルド長に就任したばかりの頃にされた。何だったら今でもされる──だ。

 本来、『昇格(ランクアップ)』はとてもめでたいことだ。オラリオに在籍している冒険者のうち過半数がLv.1の下級冒険者の現状を踏まえれば、『昇格(ランクアップ)』はオラリオの戦力増加に繋がり──つまり、金になる。

 それはとても喜ばしい事だ。金になると言うことは、経済が回るという事であり、都市の発展に直結する。

 

「だが何故、冒険者はいつもこうなのだ!? 何故、『神会(デナトゥス)』直前に申請をしてくる!?」

 

「それはもちろん、『二つ名』が欲しいからだと思いますが。三ヶ月に一度しか、開かれませんし」

 

「そんな事は分かっとるわ!」

 

 ダンッ! と、ロイマンはテーブルを強く叩いた。最高品質の素材の所為で、手が痛い。

 なんとも間抜けな姿を見せるギルド長を部下は呆れた目で見ると、「それでは、失礼します」と退室した。

 

「ぐぬぬ……これだから冒険者は困るのだ! 奴らにはもっと計画性を持って貰わねば困る!」

 

 提出期限ぎりぎりになって、嬉々として申請用紙を持ってくる冒険者達。それを受理し、資料を纏めて『神会(デナトゥス)』へ提出するのはギルドの役割だ。

 だが憎き冒険者達はそんな苦労も露知らず、自分勝手に行動している。

 それが冒険者だと言われたら、そうまでなのだが。

 

「胃痛に加えて、頭痛もしてきた……やめよう、これ以上は私の頭がどうにかなりそうだ……。うぅ……何故私はエルフになったのだ……優秀な自分が憎い……」

 

 三ヶ月に一度、『神会(デナトゥス)』は開かれる。

 一世紀もの間管理機関に勤め、十数年前にはついにギルド長に就いたロイマンだったが、毎回、死に物狂いでこの『冒険』に臨んでいた。

 これを乗り越えたら【ディアンケヒト・ファミリア】へ健康診断に行こう。絶対に、絶対にだ。

 ロイマンはそう強く決意すると、充血した目で次の資料と格闘するのだった。

 そうして、何とか午前中の業務を終え、休憩時間に入る。

 今だけは休む事が出来る。そして、優雅な昼食を終えた頃だった。

 

「ギルド長、大変です!」

 

 ノックもせず、執務室に一人のヒューマンが入ってくる。

 そのことにロイマンが苛立ちと不快感を覚える中、その職員はそんな事は些事だと言わんばかりに荒い呼吸を繰り返していた。

 どうやら、余程の『何か』があったようだ。

 

「落ち着け、今のお前は見苦しいぞ。ギルド職員たるもの、もっと冷静さを持て」

 

 だが、ロイマンは部下の動転ぶりを見ても何も動じなかった。

 それは当然のことだ。百年という長い年月、管理機関(ギルド)の最高権威者に就いているロイマンにとって、『異常事態(イレギュラー)』は日常茶判事だからである。

 どうせ娯楽に飢えた神の奇行か、何処ぞの冒険者が喧嘩でもしているのだろう。よくある事だ。

 そんな推測は、あっさりと裏切られる事となった。

 

「【ソーマ・ファミリア】所属の冒険者から内部告発文が届きました!」

 

 ロイマン・マルディールは思わず天井を見上げた。そして、心底思った。

 どうしてこのタイミングなのだ、と。この世界に神は居ないのか──いや、居た。だが余程、神は自分の事が嫌いのようだ。

 腹を抱えて大爆笑している神の姿がありありと脳裏に思い浮かぶ。

 

「えぇい、すぐにそれを持ってこい! 内容にもよるが、至急、緊急会議を開く! 役職者以上の者は全員参加するように伝達しろ!」

 

 ロイマンは優秀なエルフだった。優先順位をすぐに決めたギルド長は、部下に指示を出す。

 今日も残業かと思いつつ、ロイマンは並行して今の報告について思考を巡らせた。

 

「【ソーマ・ファミリア】か……以前、それこそ暗黒期からキナ臭いのはあったが、決定的な証拠がなくて取り締まれなかった。もしや、自分の【ファミリア】を裏切ったのか?」

 

 どちらにせよ、慎重な対応が求められるだろう。

 部下から文書を受け取り、ロイマンはすぐに目を通す。羊皮紙数枚にわたって書かれた直筆の文字は、書いた者の感情がそのまま反映されたような荒々しい物だった。

 

(これは……想像していたよりも、()()。まずは『あの方』へ報告を……)

 

 全てを読み終えたロイマンが対応を検討していた所に、一人の獣人がノックをして入ってくる。これだから獣人は嫌いなのだと、ロイマンは思った。優雅さの欠片もありはしない。

 

「ギルド長、失礼します! 大変です!?」

 

「えぇい、さっきから何なのだ!? 私の方が大変だわ!」

 

 感情のままに怒声を飛ばす、ロイマン。

 しかしこれはいつもの事だった。獣人の女性職員はロイマンの悲鳴を無視すると、報告を行った。

 

「【ヘスティア・ファミリア】──女神ヘスティアがギルド長に話があると! 眷族もお連れしています!」

 

 その名前を聞いた瞬間、ロイマンは泣きたくなった。

 最近、管理機関(ギルド)の悩みの種である派閥(ファミリア)だ。彼らの用件に心当たりがありつつも、ロイマンは静かに尋ねた。

 

「……そうか。それで、女神のご用件は?」

 

「月に一回の、『ステイタス』報告だとの事です!」

 

「えぇい、それは今日じゃないぞ! あと数日は日がある! 女神にはそう伝えるのだ!」

 

 しかし、獣人の部下は「それは既にお伝えしました!」と首を横に振った。そして、続けてこう言う。

 

「何でも……【ステイタス】の報告とは別に話したい事があるようです」

 

「それは何だ!? 当然聞いているのだろうな!?」

 

「それが……ギルド長にのみ話したい内容だそうでして……」

 

 その言葉を聞いて、ロイマンは盛大に顔を歪めた。

 

「【ヘスティア・ファミリア】には三十分後に私が行く事を伝えろ」

 

 指示を出す。

 部下が執務室を慌てて出ていく中、今日は確実に厄日になるとロイマンは悟った。

 

 

 

§

 

 

 

 三十分後。

 ロイマンは胃痛を抱えながら、部下に手配させた応接間に向かっていた。顔を盛大に歪めながら、廊下のど真ん中を通る。すれ違った職員が決して視線を合わせようとしない程、今のロイマンの精神状態は良くなかった。

 応接間の前に立ったロイマンは深呼吸を繰り返した。額から流れる脂汗を手巾で何度も拭い、ネクタイを結び直す。

 たとえ相手が零細派閥であろうとも、相手は女神とその眷族だ。慎重な対応が求められる。

 管理機関(ギルド)こそが『都市の支配者』だと、多くの人間は思っているだろう。

 ギルド長からしたら、その認識は正解でもあり間違いでもある。

 迷宮(ダンジョン)都市オラリオの運営権を管理機関(ギルド)が持っているのは、()()()()()があった為に過ぎない。管理機関(ギルド)は都市の運営と秩序を保つ為、緊急時には【ファミリア】へ命令する事が出来るが、これは、管理機関(ギルド)と【ファミリア】の強い信頼関係がなければ出来ない。

 中立であることを願った創設神の神意により、ギルド職員は『ステイタス』──『神の恩恵(ファルナ)』を授かっていない。

 それはつまり、冒険者が管理機関(ギルド)叛逆(はんぎゃく)した時には何も出来ないという事だ。

 もしそうなったら、この迷宮都市──ひいては、この下界は文字通り崩壊するだろう。その一歩手前までいったのが七年前の『暗黒期』であり、ロイマン・マルディールは同じ(てつ)を踏む気はさらさらなかった。

 それ故に、ロイマンはたとえ相手が零細派閥であろうと敬意を持って対応する事を決めている──とはいえ、それはあくまでも必要時であり、普段はそんな事全く思っていないが──今は弱くとも、将来、力を付ける可能性は無限大にある為だ。

 ましてや相手は、最近、一部の間で話題になっている『期待の新人(ルーキー)』だ。

 真名を、ベル・クラネル。(よわい)十四になったばかりの少年。種族はヒューマン。

 ロイマンとしても、その『期待の新人(ルーキー)』──ベル・クラネルには複雑な感情を抱いていた。

 それは正しく、正と負の感情。

 正は、『モンスター脱走事件』の時に巻き込んでしまった若干の申し訳なさ。もし、ベルが銀の野猿(シルバーバック)を倒していなければ都市の住民に被害が出ていたかもしれない。迷宮都市(オラリオ)を愛するロイマンにとって、それは容認出来るものではなかった。

 負は、問題行動起こしすぎだろ! というものだ。ベルが起こした数々の問題行動。担当アドバイザーには既に言っているが、あまりにも多過ぎる。正直、貸し借りはこれでチャラにしたいくらいだ。

 だがそれ以上に感じるのは、ベル・クラネルという人間の底知れない不気味さだ。

 ロイマンは、ベルと直接話した事は一度もない。【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院に入院中、管理機関(ギルド)の体裁の為に見舞いへは行っていたが、結局、その機会には恵まれなかった。それ故に、担当アドバイザーからの報告書と人伝に聞いた情報でしか判断出来ない。

 

(奴が『英雄候補』足る資格を持っているか、このギルド長が直々に見定めてくれるわ)

 

 何でも、ベル・クラネルは『英雄』になりたいと吹聴しているらしい。

 ベル・クラネルは齢十四の少年だ。現実を知らない子供──と断言するのはあまりにも早計。

 前例は、いくらでもある。()()()()()()()たるロイマン・マルディールは、それを重々承知している。

 

「失礼致します」

 

 ノックをし、ロイマンは優雅に入室した。

 応接間のソファーに、二人の男女が座っている。

 

「やあ、ギルド長君。こうして話すのは数日振りだね」

 

 ヘスティアがにこやかに笑いながら、そう、ロイマンヘ声を掛けた。

 

「ええ、そうですな」

 

 そしてロイマンもまた、ヘスティアと同様、否、それ以上に深い笑みを浮かべて挨拶を返した。

 もしこの場に他のギルド職員が居たら、思わずギョッと目を剥くだろう。

 

「本日はお越し下さりありがとうございます。改めまして、自己紹介をさせて頂きます。私、ギルド長を創設神から任命されております、ロイマン・マルディールと申します」

 

「うん、わざわざありがとう。それじゃあ、ボク達も自己紹介しようかな。ボクは炉の女神ヘスティア、こっちは、眷族のベル・クラネルだ」

 

「初めまして、ギルド長! 私はベル・クラネル! こうしてお会い出来てとても嬉しく思う! 貴方とは前々から話したいと思っていたんだ!」

 

 ヘスティアとベルが、ロイマンに自己紹介する。

 ロイマンは「ええ、宜しくお願い致します」と表では朗らかに返しながら、その内心では、相手を──特に、ベル・クラネルを値踏みしていた。

 報告書通りの、騒々しさ。特に、詐欺師を思わせる胡散臭い笑みはまるで神のようで気に食わない。

 だが、礼儀は弁えている。背筋はピンと伸びており、自分への敬意も隠していない。ロイマンは自分の容姿が馬鹿にされているのを知っているが、少なくとも、目の前の少年からは何も感じない。あるいは、ロイマンに感じさせないだけの演技をしているのだろう。

 冒険者らしくない、冒険者。

 

(いや、敢えて言うのなら──『道化(どうけ)』か)

 

 それがロイマン・マルディールがベル・クラネルに抱いた第一印象だった。

 

「ギルド長、話が終わったら、この後個人的に二人きりで話がしたい! 勿論、貴方に時間の都合があればで全然構わないのだが!」

 

「申し訳ございません、クラネル殿。この後は業務がありまして、また後日で宜しいでしょうか?」

 

「そうか、分かった! こちらも無理を言って済まない! それでは、また後日! せっかくだ、その時は貴方行きつけの店で食事をしたい!」

 

「…………度々申し訳ございません、クラネル殿。私は管理機関(ギルド)に属している身、ましてやその長たる私が一人の冒険者と必要以上に接する訳にはいきませぬ」

 

「むっ、それもそうか。残念!」

 

「申し訳ございません」と誘いを断った事を謝罪しつつ、ロイマンは内心でベルへの警戒度を上げる。

 

「それで、お二人は本日何のご用件でいらっしゃいますかな?」

 

「うん、まずは『特例措置』に則って、ベル君の現在の【ステイタス】を報告しようと思ってね」

 

「なるほど。しかし女神ヘスティア、こちらがお願いした日まで、まだ数日ありますが……」

 

 言外で、【ヘスティア・ファミリア】の行動は非常識だと指摘する。

 

「それについてはごめんよ、ギルド長君。これはあくまでもついでなんだ。他のギルド職員から伝わっていると思うけれど、本題は別にあってね」

 

「……その内容を、伺っても宜しいですかな?」

 

「ああ、もちろんさ。実はボクの眷族は他派閥の眷族とパーティを組んでいたんだけれども、迷宮(ダンジョン)探索中に騙されてしまってね。幸い、この子は無事だったんだけど……その事を相談したいんだ」

 

 そこでようやく、ロイマンは【ヘスティア・ファミリア】の用件が分かった。

 そして、一つ思い出す。確か、部下のハーフエルフが提出してきた報告書には、ベル・クラネルが他派閥の眷族のサポーターと長期契約を結んだ事が書かれていたか。

 

「……確認ですが、その他派閥とは……──」

 

「【ソーマ・ファミリア】さ」

 

 ヘスティアが()()()()()()答えた。

 

「なるほど、話はよく分かりました」

 

 ロイマンは鷹揚(おうよう)に頷きながらも、内心では面倒事になったと舌打ちしていた。

 何の因果かは知らないが、このベル・クラネルという少年は余程の巻き込まれ体質のようだ。

 

「それでは先に、クラネル殿の【ステイタス】をお教え頂けますかな?」

 

 ロイマンは話を切り出した。この後控えている話を思うと気が重いが、これで少しでも気を紛らわせよう。

 ヘスティアが頷き、ベルを無言で見遣る。眷族は主神の神意に従い、着ていた黒色の平服を脱いだ。

 

(ほう、思ったよりも鍛えているな)

 

 露になった冒険者の上半身を見て、ロイマンは率直にそう思った。

 冒険者歴二月にも満たない冒険者にしては、身体が出来ている。

 

「それじゃあ、【ステイタス】の『(ロック)』を解錠する。とはいえ、『特例措置』に則り、『基本アビリティ』のみとするよ」

 

 そう言うと、ヘスティアは掛けていた『(ロック)』を解錠した。男子にしてはやたらと綺麗な白肌に、黒色の文字──神々が扱う【神聖文字(ヒエログリフ)】が浮かび上がってくる。

 

「これが、今のベル・クラネルの【ステイタス】だ」

 

 いくら『期待の新人(ルーキー)』とはいえ、『基本アビリティ』の評価は精々が【F】か【G】くらいだろう。

 そんな予想は、あっさりと外れた。

 

「ンなっ……!?」

 

 驚愕で目を見開いたロイマンは、自分の目が節穴なのではないかと疑った。

 ロイマンは異常な数値を見せるそれを、呆然と見詰める他なかった。

 

 

 

§

 

 

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:S940

 耐久:C672

 器用:S930

 敏捷:SSS1126

 魔力:E491

 

 

§

 

 

 

(馬鹿な……!? 有り得ない!?)

 

 否定の言葉を脳内で作るも、目の前の数値は変わらず。それが事実なのだと、淡々と突き付けた。

 

「──何故ボクが、『特例措置』をお願いしたのか、これで分かってくれたかな?」

 

 声のした方に顔を向ければ、いつの間にそこに居たのか、ロイマンの半歩後ろにヘスティアが立っていた。

 

「め、女神ヘスティア……これは一体……!?」

 

 具体性に欠けた質問。それはロイマンが普段から忌避してやまない、衝動的なものだった。

 だがそんな事は今どうでも良いと思える程、ロイマンは目の前の光景が未だに信じられなかった。

 

「言っただろう、これが今のベル・クラネルが居る階段(ステージ)だとね」

 

 女神の言葉に嘘は微塵も感じられなかった。

 ロイマンは驚愕を振り払うように顔を振ると、再度、少年の背に刻まれた【神聖文字(ヒエログリフ)】を見返した。

 

(何なのだ、この【ステイタス】は……ッ!?)

 

 ロイマン・マルディールは一世紀という長い年月の間、管理機関(ギルド)の最高権威者に就いている。それを可能にしているのは本人の能力の高さもあるが、エルフという長寿種族なのが最大の要因である。

 そしてこれまでの間、ロイマンは様々な異常存在(イレギュラー)を見てきた。特に近年は冒険者の黄金時代とでも言うべきであり、この『英雄の都』では数多くの『英雄候補』が誕生している。

 

(たった二月で、ここまでの階段(ステージ)に到達出来る筈がない! 『神の恩恵』とは、そういった物では断じてない!)

 

神の恩恵(ファルナ)』とはあくまでも、『可能性』。『促進剤』に過ぎないのだ。

 だがベル・クラネルのそれは、その範疇ではない。一体何をどうしたら、こうなるのか。

 

「先に言っておくけれど、『改造』なんて事は一切してないよ。それはボクの真名(しんめい)に懸けて誓おう」

 

 神々がその真名(しんめい)()ける時、そこには言葉以上の重みと意味が伴う。言わばそれは、その神の存在、その在り方を証明するという事。

 破れば、それは神ではなくなる。

 

(だが……だが! 『改造』と言われた方がまだ納得出来るというものだぞ、これは!?)

 

 女神は『改造』をしてないと言った。

 だが優秀なエルフは、優秀であるが故にその言葉に納得出来なかった。

 

(一番の問題点は全アビリティが二月とは思えない程の評価を得ている事──ではない! 何なのだ、()()S()S()S()】とは!? このような評価項目、聞いた事も見た事もない!)

 

『基本アビリティ』の最高評価は評価【S】の999が限界だった。それ以上は上がらず、冒険者は評価【S】や評価【A】に到達するとそこで見切りをつけ、『昇格』を果たす。

 それが、これまでの常識だった。

 だが、ベル・クラネルはその常識を軽々と破った。否、文字通り壊した。常識なんてものは知らないとでも言うかのように、自分の限界など知らないとでも言うかのように。

 アビリティの限界突破──それを、もう一段階、超えている。

 

(『偉業』……!)

 

 ロイマン・アルディールは、これを『偉業』だと思った。

 千年。

 神時代(しんじだい)が始まって、千年。千年もの間誰も到達した事がない地点に、ベル・クラネルは立っている。

 

(いつ『昇格(ランクアップ)』しても可笑しくない! もしそうなれば、【猛者(おうじゃ)】はおろかあの【剣姫(けんし)】の記録を塗り替える!)

 

 そして恐らくは、二度とその記録が変わる事はないだろう。

 

(恐らくは……『スキル』が関係しているに違いない)

 

 もし本当に女神の言う通り、『改造』されていないのだとしたら、この驚異的な成長……否、飛躍を説明するには『スキル』や『魔法』しか考えられない。

 冷静さを取り戻したロイマンは、自分の視線が、少年の【ステイタス】の下部分……即ち、『スキル』や『魔法』が書かれているスロットに下がるのが堪えきれなかった。

 だが、女神が許可したのは『基本アビリティ』の数値のみ。

 そして、ロイマンは引き際を弁えていた。ヘスティアが見ている前で一歩後ろに下がると、少年へ声を掛ける。

 

「確認致しました。もう宜しいですぞ、クラネル殿」

 

「あっ、終わったー? くぅー、エルフの美顔にジッと見詰められると、胸がドキドキしちゃうネ!」

 

「ハハハ……何をご冗談を」

 

 テンション高い少年に、ロイマンは大人の対応をした。内心ではヒューマンを罵倒していたが。

 

「そして、これが今月分の納税だ。確認してくれ」

 

 ヴァリス金貨の入った巾着袋を、ヘスティアが手渡してくる。ロイマンはそれを受け取ると、すぐに確認する。

【ヘスティア・ファミリア】の等級(ランク)は最低評価であり、その分、管理機関(ギルド)への納税額も少ない。だが『特例措置』に則り、額はその二倍となっている。

 

「こちらも確認致しました。問題ありません」

 

 ロイマンはそう言うと、ギルド長の捺印がされた納税証明書をヘスティアへ手渡した。

「ありがとう」とロイマンヘ短く礼を言ったヘスティアは、彼等にとっての本題に入る。

 

「さて、それじゃあ、申し訳ないけれどボク達の相談に乗ってくれるかい?」

 

「ええ、勿論ですとも神ヘスティア。私達管理機関(ギルド)は冒険者への協力を惜しみません」

 

 すると、少年がピクりとロイマンの言葉に反応を示す。一瞬、眉を顰めたのをロイマンは見逃さなかった。

 何か気に触るような事を言っただろうかと内心で思いつつ、ロイマンは話を続ける。

 

「それでは、お話をお聞かせ下さいませ」

 

「ああ……──と、言いたい所だけど。ギルド長君、実はこの話には他の者も交えてしたいんだ。良いかな?」

 

「……? それは、この件の関係者という認識で問題ないですかな?」

 

 ギルド長の質問に答えたのは、女神ではなくその眷族だった。

 

「私が呼びたいのは、()()。全員が当事者だ」

 

『私が』? 

 その言い回しに引っ掛かりを覚えつつも、ロイマンはその提案に頷いた。

 それは、『モンスター脱走事件』で迷惑を掛けてしまった【ヘスティア・ファミリア】に頭が上がらないという思いがあるが故の判断だった。

 少しでも【ヘスティア・ファミリア】からの管理機関(ギルド)への心象を良くしなければならない、という打算があった。

 

「承知しました。呼んで頂いて構いません」

 

「ありがとう、ギルド長。すぐに呼んでこよう」

 

 ベルはそう言って笑みを深めると、部屋を出ていった。

 

「あー、ギルド長君」

 

「はい、何でしょうか?」

 

 ロイマンが返事をすると、ヘスティアは何故か口篭りつつこう言った。

 

「先に言っておこう。今、ボクの眷族は怒っている」

 

「……怒っている? それは、何故ですかな?」

 

「それは──」

 

 ヘスティアが答える、その直前。

 ノックの音がし、少年が戻ってきた。言葉通り、背後には人を連れている。

 というか、そのうちの二人をロイマンはよく知っていた。

 

「神ガネーシャ! それに、【象神の杖(アンクーシャ)】!?」

 

 そこに居たのは、象の仮面を被った上半身裸の神と、群青色の髪を持つ麗人だった。

【ガネーシャ・ファミリア】主神のガネーシャと、その団長、シャクティ・ヴァルマである。

 

「俺が、ガネーシャだッ!」

 

「ガネーシャ……それは先程やったばかりだろう……」

 

「うむ、そうだな! だが、やらなければならない! それが、ガネーシャである!」

 

 想像さえしなかった二人の登場にロイマンが混乱していると、最後尾に居た人物がおもむろに、ロイマンの前に出た。

 栗色の髪に、同色の瞳。ヒューマンの子供か、それとも小人族(パルゥム)か。

 ロイマンがそう訝しんでいると。

 ベルが、深紅(ルベライト)の瞳を輝かせながら決然とこう言った。

 

「ギルド長。話というのは、今のオラリオが抱えている問題についてだ。私はそれについて、今此処に居る貴方達と議論したい」

 




次のお話で、リリルカ・アーデのお話は一区切りつきます。
約四十話も使って、私が何を書きたかったのか。何を伝えたかったのか。それは次のお話で明らかになるかと思いますが、ここまでついてきてくれている読者の皆様なら察しているかもしれませんね。
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