さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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問題提起(クエスチョン)

 

 雰囲気が、一変した。

 否、豹変と言った方が適切だろう。

 ロイマンはそれと対峙(たいじ)した瞬間、自然と背筋を伸ばし臨戦態勢を取っていた。

 

「この都市、オラリオが抱えている問題……? それを、此処に居る者で議論したいと?」

 

「ああ、その通りだ。とはいえ、直接的に話を交わしたいのはあくまでも貴方だ、ギルド長」

 

 燃えるような深紅(ルベライト)の瞳が、妖精の碧眼をまっすぐ射抜く。

「なるほど」とロイマンは表向きは優雅に頷きながら、目の前の得体の知れない存在について思考を巡らした。

 

(何だ……!? 何なのだ、この圧力は!?)

 

 驚愕が支配する。

 それだけ、ベル・クラネルが見せた変化は衝撃的だった。

 その辺に居る少年ではなく、又、感じていた『道化』のそれでもない。

 ロイマンは、自分が誰と相対しているのか見失いそうになっていた。

 

()()()()()()()()超越存在(デウスデア)のそれとは全く違う。強いて言うならば、まるで、【勇者(フィン)】と話しているようだ……)

 

 脳裏に思い浮かぶのは、黄金色の髪を持つ小人族(パルゥム)。あの少年も、目の前の少年のように、ギルド長の自分が相手でも生意気な態度を……。

 

(……違う! 【勇者(ブレイバー)】ではない!)

 

 思い違いを正す。

 フィン・ディムナのそれは、格上の相手にそうだと幻覚させる為の、自分が対等に見せる為の演技。小人族(パルゥム)蔑視が今尚ある下界で戦っていく為、小人族(パルゥム)の少年が身に付けた処世術。

 だが、違う。

 違うのだ。

 目の前の只人(ベル・クラネル)のそれと【勇者(フィン・ディムナ)】のそれは似て非なるもの。

 何故、此処に【ガネーシャ・ファミリア】の団長とその主神が居るのか。

 今尚正体を明かしていない小人族(パルゥム)女子(おなご)は誰なのか。

 まず先に聞かなければならない事がある。

 だがロイマンはそれを些末な疑問だと断定し、切り捨てる。

 

「それがクラネル殿……貴方の本当の用件なのですね?」

 

「ああ、そうだ。私は一度、これについて都市運営者と話をしたいと思っていた。これまでは機会に恵まれなかったが、今がその時なのだろう」

 

「なるほど……して、その疑問とは?」

 

 静かに尋ねるロイマンに、ベルもまた静かに答える。

 しかし彼は、話題転換を図った。左隣に座っている女子の肩を持つ。

 釣られて、ロイマンも彼女へ視線を送った。

 

「まずは、彼女の話を聞いて欲しい。彼女は私の仲間のリリルカ・アーデ。所属は【ソーマ・ファミリア】だ」

 

 ロイマンは思い出した。

 少年の担当アドバイザーが上げてきた最新の報告書。その中には、少年が他派閥のサポーターを長期契約した事が書かれていた。

 その相手が、緊張した面持ちをしている小人族(パルゥム)の少女なのだろう。ロイマンが視線を向けると、栗色の瞳が揺れた。

 

「り、リリルカ・アーデと申します……」

 

 萎んでいく語尾。最初は上げていた顔も、自己紹介が終わった頃には下を向いていた。

 

小人族(パルゥム)め……)

 

 ()()()()小人族(パルゥム)()()()姿()()()()()()()()()()()()()()。この場に相応しくない振る舞いに、エルフのロイマン・マルディールは彼女を侮蔑の眼差しで見てしまう。

 そして、それは限りなく悪手だった。

 只人が見詰めていた事に、平生より余裕がないエルフは気が付かなかった。

 

「彼女は、同じ【ファミリア】の冒険者から酷い扱いを受けている。まずは、彼女の話を聞いて欲しい」

 

「……それが、クラネル殿の話に繋がるのですかな?」

 

「ああ、そうだ。避けては通れない」

 

 只人が、そう、断言する。

 ロイマンは逡巡の後に、頷き返した。

 

「…………ならば、良いでしょう。──お願い出来ますかな、アーデ殿?」

 

「は、はい! 良くある話なのですが──」

 

 そう言って断りを入れた小人族(パルゥム)の話は、取るに足らない、『良くある話』だった。

 曰く、生まれは【ソーマ・ファミリア】。両親は幼い頃に無謀な探索によりダンジョンで蒸発し、小人族(パルゥム)の上に戦う才能の無かった少女は『冒険者』の道を諦めて『サポーター』として生きるようになり、仮にも同じ神血(イコル)を流す眷族からは奴隷のような扱いを受け搾取されているのだと言う。

 だが、とロイマンは思う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。寧ろ歓楽街に売られ娼婦(しょうふ)になっていたり、都市外に出荷されて奴隷になったりしていないだけ遥かにマシだ。

 そう。

 これ以上の『不幸話』など、これ以上の『惨劇』など、この世界には星の数ほどある。

 

「ギルド長、管理機関(ギルド)に一通の文書が届いている筈だ」

 

「……ええ、届いておりますが。それが何か?」

 

「それは、此処に居る他ならない彼女が書いたものだ。そうだろう、リリルカ?」

 

「は、はいそうです! 私が書きました!」

 

 リリルカが強く頷いた。

 そして小人族(パルゥム)のサポーターは、事の経緯を話し始める。

 他派閥の冒険者(ベル・クラネル)とパーティを組み、中々の稼ぎを得ている事を【ファミリア】の集会時に知られてしまい、少年を裏切り金品を騙し取れと脅迫された事。

 それを受けてとうとう、少女に微かにあった【ファミリア】への愛情が綺麗さっぱりなくなり、彼等が練ってきた『計画』へ協力する振りを決め、自分の命を賭けて復讐する事を決意した事。

 

「……私が此処に居るのは、本当に偶々です。元より私は昨日、死ぬ気でいましたから。だから私は、あの文書を書いたんです」

 

 復讐の一つとして管理機関(ギルド)へ内部告発文を送り、歪み切った【ファミリア】の在り方を是正して欲しいと、リリルカ・アーデは切実に嘆願した。

 時間にして、数分。その数分が、少女のこれまでの物語(じんせい)を表していた。

 それらを聞いたロイマンは内心で、

 

(ふん、下らんな)

 

 心底どうでも良いと思っていた。

 ロイマンの、小人族(パルゥム)のサポーターへの認識は何も変わっていなかった。

 

(そもそもの話、この話が真実である証拠は何処にもない。気になる点も幾つかある。内部告発文の内容も然り。内容が盛られている可能性が高くなった。愚かな娘だ)

 

 だがそれを指摘するつもりはない。

 ロイマンにとって大事なのは、下らない『過去』ではなく、『未来』。都市最高権威者として、都市の安寧と秩序、そして発展の為にのみロイマン・マルディールの心は動く。

 それが、ギルド長としての務めだとロイマンは疑わない。

 全ては、人類の『悲願』を果たす為。

 その為の労力を、ロイマンは厭わない。

 

「アーデ殿の話はよく分かりました。アーデ殿の勇気を、私は称えましょう。そして必ずや、その覚悟に応えてみせますとも」

 

 ギルド長としての言葉を、ロイマン・マルディールはつらつらと続ける。

 

「内部告発文の真偽の確認を込めて、当事者たるアーデ殿には後日改めて話を伺いたい。宜しいですかな?」

 

「は、はい。それは勿論です」

 

「ありがとうございます。そして、一つ謝罪を。我々が動けるのは、もう少し後になるでしょう。何しろ、今の管理機関(ギルド)は『神会(デナトゥス)』の準備で多忙故」

 

 管理機関(ギルド)にとって、今の最優先事項は『神会(デナトゥス)』である。その点を強調すると、小人族(パルゥム)の少女は「はい、分かっています」と承知した。

 そんな彼女へ、これまで沈黙を貫いていた【象神の杖(アンクーシャ)】が声を掛ける。

 

「元より、【ソーマ・ファミリア】には昔から悪い噂があった。それこそ、『暗黒期』の時からな。だが決定的な証拠がなかった──いわゆる、『グレー』というものだ。アーデ、他ならないお前からの密告があれば真実が白日のもとに晒されるだろう。私達【ガネーシャ・ファミリア】も、管理機関(ギルド)への協力は惜しまない。そうだろう、ガネーシャ」

 

「YES、ガネーシャ!」

 

『都市の憲兵』の言葉に、少女が安堵の表情を浮かべる。

 と、ここで、ベルが口を開いた。

 

「リリルカは【ソーマ・ファミリア】の眷族から、死んだと思われている筈だ。そうだろう、リリルカ?」

 

「え、ええ。恐らくは……ですが……」

 

「彼女にはもう、自分の【ファミリア】に居場所がない。もし戻ったら、今以上に危険な目に遭うだろう。だから、私達【ヘスティア・ファミリア】が身柄を預かりたい」

 

 正直な所、小人族(パルゥム)の逃げ場所などロイマンにとってはどうでも良かった。

 だがそれとは別に、一つの疑問が生まれたのも事実であった。

 

「此処に居る【ガネーシャ・ファミリア】は頼らないのですかな?」

 

 そう、何も【ヘスティア・ファミリア】である必要はないのだ。

 それこそ、『都市の憲兵』たる【ガネーシャ・ファミリア】に任せれば良い。民を守る。それがこの派閥の役割であり、責務だ。

 眷族がたった一人しか居ない零細派閥の出る幕はない。【ガネーシャ・ファミリア】が最も適任だ。

 

「いいや、これについてはこれ以上第三者を巻き込む訳には行かない」

 

「……ほう。それは、何故?」

 

()()()()()()改宗(コンバージョン)()()()()()()()()()()。それが答えだ」

 

 ロイマンは自分の耳を最初疑った。思わず目の前の只人を見返すも、前言撤回される事はなかった。

 

改宗(コンバージョン)だと……? この小人族(パルゥム)に、それだけの価値があるとでも?)

 

 只人から視線を外し、じろりと、小人族(パルゥム)の少女を見る。視線が合うと、少女は居心地悪そうに身動ぎした。

 ギルド長は次に、只人の主神に顔を向けた。話が始まってから現在に至るまで一言も言葉を発してこなかった女神へ、声を掛ける。

 

「……女神ヘスティア。クラネル殿が仰った事は、貴女も認めているのですかな?」

 

「ああ、勿論さ。ベル君だけじゃない。ボクはこの()を、眷族(むすめ)にしたいと思っている」

 

 蒼の瞳は揺れることなく、女神の神意を表していた。

 

「……他派閥からの改宗(コンバージョン)はとても難しい。失礼ながら、それをお分かりになられていない」

 

 改宗(コンバージョン)

 それは所属している派閥から、他の派閥へ移籍する事。無所属(フリー)からの勧誘とは違い、この改宗(コンバージョン)制度を用いる事はとても難しい。

 何故ならば、『所属している派閥の主神の許可』が絶対的な必要条件としてある為だ。

 神の代理戦争の側面がある【ファミリア】運営に於いて、改宗(コンバージョン)とは、自分の派閥の情報がそのまま漏洩してしまうというリスクがある。それを防止しようと思うのは当然である。

 余程の善神(ぜんしん)でなければ、改宗(コンバージョン)は成立しない。

 ギルド長の指摘を、零細派閥の団長は「そうかもしれないな」とあっさりと認めた。

 

「だが、私達は彼女を助けると決めた。その為なら何だってするさ」

 

 理解出来ない、というのがロイマンの本音だった。

 これが例えば、優れた魔法を持つ妖精(エルフ)や力自慢の土の民(ドワーフ)なら分かる。

 だが、何故、この小人族(パルゥム)なのか。【勇者(ブレイバー)】や【炎金の四戦士(ブリンガル)】のような才覚が、この小人族(パルゥム)にあるとでも言うのだろうか。

 

(まさか。この小人族(パルゥム)の『器』は正しく凡夫のそれ。間違っても『英雄の器』でもなければ、『英雄候補』の末席に名を連ねる事さえ出来やしない)

 

 それが、ロイマン・マルディールの見立てであった。

 そして、ロイマンは自分の考えが正しいと思っている。

 それ故に、ロイマンは分からない。()()──。

 

「──何故、リリルカをそうまでして助けようと思うのか」

 

「ッ!?」

 

「ギルド長、貴方の考えは凡そこのようなものだろう」

 

 自分の内心を当てられ、ロイマンは目を見開いた。

 驚愕するロイマンヘ、ベルはこう言った。

 

「人を助けるのに、特別な理由が必要だとは私には思えない。──リリルカは私の大切な仲間だ。そして、仲間が困っているのなら、何とかしてあげたい。助けたい。私は、そう思っているだけだ」

 

 続けて、ベルは言った。

 

「ギルド長の言った通り、シャクティ達に任せる方法もあるとは思う。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 責任の所在を言っているのだと、ロイマンは理解した。

 

「……承知しました。元より、私のはただの疑問。それが【ヘスティア・ファミリア】の総意なのであれば、それを尊重しましょう」

 

「ありがとう、ギルド長」

 

 そう言うと、ベルは歳相応の無邪気な笑みを浮かべた。

 これにより、リリルカ・アーデの身柄は【ヘスティア・ファミリア】が預かる事になった。

 これから先どうなろうと、最悪、『抗争』にまで発展しようと、管理機関(ギルド)と【ガネーシャ・ファミリア】は感知こそするが、干渉はしない。

 そう言った取り決めが今()された。

 

「さて、話の続きをさせて欲しい」

 

 そして、迂遠(うえん)していた話が続く。

 そう、今しがたの話はあくまでも話の『本筋』ではない。勘違いしそうであるが、始まってすらないのだ。

 

「────問おう」

 

 そう言った只人の瞳は、今日一番の輝きを放っていた。見る者を惹き付ける、宝石の紅玉(ルビー)にも似た深紅(ルベライト)の瞳。

 その瞳を(もっ)て、()は言った。

 

「『冒険者』と『サポーター』の間に生じている不和。管理機関(ギルド)はこれについてどう思っている?」

 

「ッ……!?」

 

「私は、それを知りたい」

 

 その声音は、今まであったものとは程遠く、ゾッとする程の冷たさを帯びていた。

 そこで、ロイマンは思い出す。

 少年の女神が事前に告げてきた、忠告を。

 

 ──先に言っておこう。今、ボクの眷族は怒っている。

 

 ロイマンは改めて、ベルを見た。

 そしてロイマンは、女神の言葉の意味をようやく理解した。

 得体の知れない『何か』──正しく、異常存在(イレギュラー)が目の前に居る。

 

「私は何も『サポーター』という概念そのものを否定している訳ではない。個人差というものはどうしても生まれてしまう。才能という言葉で一括りにはしたくないが、それは事実としてある」

 

 だが、と只人は言葉を続ける。

 

「ギルド長、それを考慮しても彼等の境遇……いや、環境と言おうか。あまりにもそれは、劣悪だ。此処に居るリリルカのように、私はダンジョン探索中、沢山の『サポーター』が『冒険者』から虐げられているのを見た」

 

 言葉が段々、重くなっていく。

 

「強靭な肉体を持つ虎人(ワータイガー)が、正しく『荷物持ち』のような扱いをされていた。彼だけじゃない。殆どの『サポーター』が大なり小なり似たような扱いをされている。顔を俯かせ、身体を酷使し、その働きに見合った正当な報酬が支払われる事は殆どなく、自分自身を追い詰めている」

 

 地下迷宮(ダンジョン)という現場で見てきた者からの言葉を、地上という安全地帯に居るギルド長は否定しない。

 

「彼等はそれを、受け入れてしまっている。モンスターと戦う才能がないのだと、()()()()()()()()()()()()()()。そう自分に言い聞かせ、諦観してしまっている。私は、それが許せない」

 

 只人はそう言って、自身の想いを口にした。

 

「……そんな事を、思っていたんですね」

 

 この部屋に来て初めて見せる少年の激情に、仲間の小人族(パルゥム)の少女が戸惑いの表情を浮かべる。

『群衆の主』とその眷族が口を閉ざし静観する中。

 

「……良いでしょう。クラネル殿の疑問に答えましょう」

 

 ロイマンはギルド長として、『冒険者』の疑問に答える事を了承した。

 ティーカップに手を伸ばし、すっかりと冷めてしまった液体を飲み干す。その後、自身の碧眼を深紅(ルベライト)の瞳に向ける。

 

「まずですが、クラネル殿が先程仰った問題は我々も把握しています」

 

「つまり、その上で容認をしていると?」

 

「一つ、訂正を。容認ではありません。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ロイマン・マルディールは一呼吸置き、被害者(リリルカ)一瞥(いちべつ)してから説明する。

 

「クラネル殿が【ヘスティア・ファミリア】に所属しているように、殆どの冒険者は各々、神の派閥(ファミリア)に所属しています。何故だか分かりますかな?」

 

「モンスター──引いては、ダンジョンが危険だからだろう」

 

「如何にも、その通りです」とロイマンは肯定する。それから、長寿種族たる妖精は言った。

 

「神々がこの下界に降臨したのは、およそ千年前。それまで人類は、精霊の助力こそありましたが自分達の力でモンスターと戦ってきました。この辺りの歴史は、ご存知ですかな?」

 

「ああ」と少年は、即答した。

 

「空は支配され、海は血で汚され、森は焼かれた。そんな、嘆きと絶望しかない時代だった。人々に笑顔はなく、ただ、涙と絶望だけがあった」

 

 まるでその目で見てきたかのように、只人は吟遊詩人が詩を(うた)うように言った。真意の読めないその表情は、書物から得た情報をそのまま口にしているとは、ロイマンには到底思えなかった。

 

「──一つ、この世界の物語(れきし)を振り返りましょうか。クラネル殿の疑問に答える為には、それが必要でしょうからな」

 

 妖精は時代を送り届ける賢者の眼差しで、おもむろに話し始めた。

 

「『古代』初期──人類の生存領域はとても狭まっていたと、数少ない文献には書かれています」

 

「そうだな。私も、認識の齟齬があるのならそれを把握しておきたい」

 

 独特な言い回しをする、只人。

 ロイマンがそれについて尋ねる前に、ガネーシャがらしくなく静かに頷いた。そして、男神は言う。

 

「俺達はその時天界で色々あったからな。下界の様子を定期的に見ていたのは余程の神格者(じんかくしゃ)か、余程の暇神(ひまじん)だけだった」

 

「あの時は本当に大変だったみたいだね。まあ、ボクは自分の神殿に引きこもっていたから詳しくは知らないけど」

 

()()()()()()()()()()()()()()()好々爺(こうこうや)()()()()()()。だがあの好々爺も、その時までは激怒していたからな。だからこそ、それまでの雷霆が嘘だったかのように大神の領域が晴れたのには驚いた」

 

 下界の子供たるロイマンには、男神と女神が何を言っているのか推し量る事は出来そうになかった。

 こほん、とギルド長は咳払いをすると話を戻す。

 

「……今尚、正確な時機(じき)は不明ではありますが──()()()()()()()()()()()()()()()()()()。現代で『英雄』と呼ばれる者達が立ち上がり、魔物の侵攻を徐々に押し返し始めたのは」

 

 ()()、人類が反撃の狼煙(のろし)を上げたのか。

 ()()、人類が曲がりなりにも種別の垣根を越えて団結を見せるようになったのか。

 

切掛(きっかけ)』──『引鉄(トリガー)』は何だったのか。

 

 今尚学者達の間で定期的に議論されている議題の一つが、それだ。

『何か』が起こったのは間違いない。だが、その『何か』が何かは未だに解明されていない。

 だが、『誰か』が意図的に隠しているのは間違いない。まるで真実を知る者は居なくて良いように、巧妙に隠されている。

 何故ならば、そうでなければ説明がつかないからだ。当時の価値観や時代背景を考慮すれば、現代から見てもそれは疑いようのない『偉業』である。

 

「昔日の『英雄』達の活躍により、人類は少しずつ活動領域を拡大していきました。そして、大陸の『大穴』──即ち、此処、ダンジョンへ辿り着いてみせたのです」

 

 ギルド長は話を続ける。

 

「『大穴』から溢れ出てくる大いなる魔物。その魔物と戦いながら『橋頭堡(きょうとうほ)』を築くのに、一体どれだけの犠牲と時間が掛かったのでしょう。そして維持が可能になると、今度は『大穴』を監視する者が必要となりました。それが現代に於ける管理機関(ギルド)です」

 

 それはつまり、管理機関(ギルド)の歴史とは人類史とほぼほぼ等しいという事を意味している。

 それを理解したのだろう、小人族(パルゥム)の少女が生唾を呑み込んだ。

 

「時代はさらに流れ……突如として、何の前触れもなく、神々が天界より降臨されました。そして、神々は私達下界の住人に『(かみ)恩恵(おんけい)』を授けて下さったのです」

 

 下界に降臨するにあたり、神々は『神の力(アルカナム)』を封印した。そして全知全能から、全知零能になった。

 神々は『神の恩恵(ファルナ)』を望む者に与え、子供達はそれに感謝し衣食住を提供した。

 神々と子供達による共存生活はそのように始まり、今尚、この形は続いている。

 それこそが、【ファミリア】という神による派閥運営である。

 

「先程申し上げた、『領域ではない』という意味がそこにあります。知っての通り、【ファミリア】とは『神の代理戦争』の一面がある。その【ファミリア】の問題は、その【ファミリア】で解決しなければならないのです」

 

 ギルド長がそう言うと、『都市の憲兵』、その団長も続いて言った。

 

「ギルド長の言う通りだ。余程の例外がなければ、中立の立場である管理機関(ギルド)が【ファミリア】へ干渉する事は出来ない。それを行使する時も、慎重な対応が求められる。もしその対応が間違っていた場合、管理機関(ギルド)への信用はなくなり、有事の際の命令権も剥奪されてしまうだろう」

 

 もし管理機関(ギルド)という抑止力が無くなれば、この迷宮都市は無法都市となる可能性が高い。

 

「クラネル殿の指摘は何も間違っていません。認めましょう。『冒険者』と『サポーター』の間には不和があります。それこそ、『冒険者』と『民衆』以上に大きいと言えるでしょう。なまじ、同業者でありますから」

 

『冒険者』から見た『サポーター』は、才能がない落ち溢れ。自分達がモンスターと命のやり取りをしているのを、安全地帯の後方から眺めている卑怯者。『荷物持ち』でしか用途はなく、代わりなど幾らでも居る有象無象。

『サポーター』から見た『冒険者』は、決して逆らう事の出来ない加虐者。逆らえばモンスターの餌にされ、『荷物持ち』として雑に使われる。精一杯働いてもそれに応じた賃金は発生せず、搾取されてしまう。

 強者と弱者。

 それがこの二つの関係であり、本来の『支援者(サポーター)』からは程遠く、決して対等ではない。

 

管理機関(ギルド)は把握こそしているが、動く事は出来ない。つまり、そういう事か?」

 

「ええ、そうです。そして──」

 

 ロイマンはその先を言おうか言わまいか判断に迷った。

 そしてその逡巡を、只人は事も無げに言い当てる。

 

「そして、管理機関(ギルド)は『サポーター』ではなく、『冒険者』の肩を持つ。そうなのだろう?」

 

「……ッ! ええ、そうですな……」

 

 ギルド長の言葉を、只人の少年は予想していたようだった。

 そこに落胆はなく。

 悲しみもない。

 ただ、『事実』を確認する。

 

「迷宮都市の主産業は、魔石製品の輸出だと聞いている。魔石製品によって、この都市は発展を重ねてきたと言っても過言ではない。違うか?」

 

「仰る通りでございます。そして、それを作る為の材料……魔石は『冒険者』がダンジョンから持ち帰ってきたものです」

 

「『冒険者』か、『サポーター』か。管理機関(ギルド)としては、利益を出す『冒険者』を優遇するのは必然か」

 

 良く調べている、とロイマンは舌を巻くばかりだった。

 この只人からは、子供のような癇癪が微塵も感じられない。

 

(考え方が、大人のそれではないか。本当に十四なのか……?)

 

 事前準備を入念に行い、この場に臨んでいる。

 ()()()()()()()()()()()小人族(パルゥム)()()()()()()()()()()()()()()()()()。本人にその気はなくとも、ロイマンにはそう映ってしまっている。

 

「話は分かった。問題解決が難しいのも、管理機関(ギルド)の事情も分かった。その上で、私はギルド長に問題提起しよう──このままで、本当に良いのか?」

 

「……と、仰いますと?」

 

「貴方達も分かっている筈だ。『冒険者』と『サポーター』の不和……これを放置し続ければ、大きな火種となる事は」

 

 言葉に詰まる、ギルド長。

象神の杖(アンクーシャ)】が「どういう事だ、クラネル」と只人へ尋ねる。

 

「搾取され続けてきた彼等が、本当に搾取され続ける事を甘んじて受け入れるだろうか? 私には到底、そうは思えない。不満は溜まり、やがて爆発する。何も不思議じゃないだろう」

 

「……それは、どのように爆発するんだ?」

 

「私の予想では、かなりの規模になる。──()()。たった一人でも大きな問題を起こせば、彼等は同士を助ける為に助けるだろう。これまで一度でも不当な扱いを受けてきた者達は徒党を組み、『冒険者』──引いては、管理機関(ギルド)へ牙を剥くだろう」

 

 それを想像したのだろう。【象神の杖(アンクーシャ)】はその整った顔を歪めた。

 次に疑問を持ったのは、自分の境遇を話した後、いっそ不自然な程に口を閉ざしていた小人族(パルゥム)の少女だった。

 

「……確かに、『サポーター』の不満はかなりの物です。しかし、『冒険者』様や管理機関(ギルド)に歯向かうとは到底思えません。それにこう言っては何ですが、仮に暴動を起こしてもすぐに鎮圧されるのがオチなのでは?」

 

「そうだな。まず間違いなく、私達や管理機関(ギルド)命令の元招集された多くの派閥によって、瞬殺されるだろう。だが一度でもそれが起きたら、それは『禍根』となる」

 

「……『禍根』、ですか。そうかもしれません。しかし私には、先程申し上げたように、全てを投げ打ってでも自滅する道を『弱者(わたしたち)』が選べるとは思えません」

 

「大半の人間はそうだろう。だが中には──いや、だからこそ、とでも言おうか。それが分かっていて尚選べる者が居る。それは『勇気』でもあり、『蛮勇』でもある」

 

象神の杖(アンクーシャ)】がそう言うと、小人族(パルゥム)の少女は中途半端に頷いた。

 二人の会話が終わり、応接間には何度目かの静寂が降りた。

 そして全ての視線が、只人の質問に答えていない妖精に向けられる。

 ロイマンは、おもむろに口を開けた。

 

「現状が良いとは、私達も思っていません。クラネル殿の懸念は尤もなものです。それは認めましょう。しかし、現実的にどうすれば良いのでしょうか?」

 

「『サポーター』への支援を、今以上に強化する。それしかないだろう」

 

「なるほど。それで、その具体的な内容は?」

 

 ギルド長が問うと、只人の『冒険者』は即答した。

 

「幾つかあるが──例えば、正当な報酬を受けていない『サポーター』に、迷宮都市(オラリオ)が彼等へ支払う、というのはどうだろう?」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 ロイマンはソファーから勢いよく立ち上がり、只人を強く睨み付けた。

 

「巫山戯ているのか、貴様は!?」

 

 相手が客人である事も、神の御前である事すらも忘れ、ロイマン・マルディールはこれまでの丁寧な対応をやめ、怒声を上げていた。

 今、ロイマンの目には憎たらしい程の澄まし顔をしている只人しか入っていなかった。

 

「先程から下手に出て貴様の話に耳を貸してやっていたと言うのに、何だ、それは! まさか本気で言っている訳ではあるまいな!?」

 

「いいや。私は至って本気だよ、ギルド長」

 

「それならば貴様は、現実が何も見えていないただの夢想家(ロマンチスト)だ! いや、それにすら劣る!」

 

 だがギルド長の怒りを直接浴びても、冒険者は表情一つすら変えなかった。それどころか、笑みを浮かべる始末。

 それが益々、ロイマンの癪に障る。

 

「貴様は、自分が何を言ったのかその意味を分かっているのか!? 如何に荒唐無稽、机上の空論なのか、分かっているのか!? どうなのだ、()()()()()()!?」

 

「そう聞かれると、首を縦には振れないな。だが私が思い浮かぶだけでも、もしそれをやろうと言うのなら、解決すべき問題と課題は山のようにある」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! だと言うのに、何故、そのような提案をしてくる!?」

 

 ロイマンは碧眼をギラつかせ、ベルの深紅(ルベライト)の瞳を真正面から射抜く。

 

「ああそうだろう! 確かにそうだ! 確かに『サポーター』へ最低賃金を設ければ、『サポーター』は満足するだろう! だが、それ以外の者はどうだ!? 前線で命を張っている『冒険者』はどうだ!? 迷宮都市の財源で出すと知った時の、民衆の反応はどうだ!? それだけではない! 貴様のした提案は、これまでの管理機関(ギルド)と【ファミリア】の信頼関係を無にするものだ!」

 

『冒険者』は激怒するだろう。ただでさえ彼等には、『サポーター』を雇ってやっているという意識がある。それだと言うのに、『サポーター』へ手厚いサポートをすると知ったら不満が生じるだろう。

 民衆は戸惑うだろう。何故、自分達が都市に収めている税金がその事に使われるのだろうか、と。

 そして、【ファミリア】──引いては、各派閥の主神は自分の興じている遊戯(ゲーム)に茶々を入れられたと思い、その矛先を管理機関(ギルド)へ向けるだろう。

 

「この時間は正しく浪費でしかなかった! もう、貴様と話す事は何も無い!」

 

 その言葉が喉から出た瞬間、ロイマンは、自分が目の前の只人に『期待』していたのだと自覚した。

『期待』……そう、『期待』していたのだ。

 もしかしたら、この只人こそが久しく登場していなかった『英雄候補』になれるのではないかと、そう、心のどこかで思っていたのだ。

 だがそれは、『失望』に変わった。

 せめて二柱の神と【象神の杖(アンクーシャ)】には謝罪をすべきかと思った、その時。

 

「貴方は、この都市を愛しているのだな」

 

 ごく自然と、ロイマンはベルへ身体を向けていた。

 ベルは、とても穏やかだった。口角を上げ、とても嬉しそうに笑っていた。

 

「オラリオを愛している……!? 何を言うのかと思えば!」

 

「違うのか? いいや、違わないだろう?」

 

「……っ」

 

 口を閉ざすロイマンへ、ベルは言う。

 

「貴方のこれまでの発言は、都市の未来を憂いた物ばかりだった。そこに、貴方の個人的な感情はどこにも無かった。貴方は、公私混同しない優れた組織の長で──尊敬に値する、とても素晴らしい妖精だ」

 

 ロイマンは、自分の内に秘めている想いを口にした事は全くない。それこそ、自分が仕えている創設神や、付き合いの長い生意気な小人族(パルゥム)を除けば、ゼロに等しい。

 それ故にロイマン・マルディールは他ギルド職員から『豚』と呼ばれているし、冒険者からは嫌われているし、神々からはちょっかいを掛けられている。

 だが、それで良いとロイマンは思っている。理解者など居なくても、この『英雄の都』が栄えてくれれば、それで良いのだ。

 そんなロイマンの内面を、ベルはその深紅(ルベライト)の瞳であっさりと見透かしてくる。

 動揺するロイマンへ、ベルは賢者のように言った。

 

「どうか、今一度考えて欲しい。貴方はきっと、先程のリリルカの話を聞いて『良くある話だ』と思ったのだろう」

 

「……っ」

 

「貴方のそれは、間違ってはいない。そう……本当に、『良くある話』なんだ。だけど、それを『当たり前』にしては駄目だと、私は思う。『当たり前の悲劇』程悲しい物語は、この世にはないと思う」

 

 ベル・クラネルの言葉は、とても重かった。

 

「そうして見向きもされてこなかった『一』が『百』になった時──私達はそれを『悪』と看做(みな)してしまう。私は、それを防ぎたい」

 

 その言葉を受けて、ロイマンは『暗黒期』を思い出した。

『英雄の都』で起きた、『正義』と『悪』の戦いを。

 

「最初から『一』を切り捨てるのは、やっぱり、おかしいと思う。『サポーター』だけじゃない。この世界には『誰か』が手を伸ばすだけで救える『一』が、確かにある」

 

「……だが、それで『一』を救ってどうするというのだ。もしそれで大多数の『九十九』が救えなければ、意味がなかろう」

 

「その通りだ。それ故に、私は何度でも言おう。まずは目の前の救える『一』を。『一』は『二』となり、『三』となり……段々と大きくなっていく。そうする事で、『九十九』の先──『百』に繋がる。そして、その中には産声を上げていない『英雄の雛』が居る。私は、そう信じている」

 

 それを聞いたロイマンは、鼻で笑おうとして──出来なかった。

 あまりにも都合の良い話だと一蹴する事が、この時のロイマンには何故か出来なかった。

 

(まさか……この私が、ほんのわずかでも共感したとでもいうのか?)

 

 自問自答する。

 

「……何の『力』もない貴様に言われても、説得力が欠片もないわ」

 

 苦し紛れの皮肉も、只人にはまるで効かない。

 

「私は、『英雄』になりたい」

 

「……ッ」

 

「ロイマン・マルディール。迷宮都市(オラリオ)を愛し、この世界を陰から守護する偉大なる妖精よ。どうか、力を貸して欲しい」

 

「…………ッ!」

 

「そろそろ、時代を前に進める(とき)が来た」

 

 差し出された右手。

 ロイマンは周りを見た。

 女神と男神は穏やかに見守り、【象神の杖(アンクーシャ)】と小人族(パルゥム)の少女は真剣な表情を浮かべている。

 

「……」

 

 憎たらしい程の満面の笑みを浮かべている少年の手を、ロイマンは手に取り、すぐに離した。

 

「──良いだろう、貴様に、ほんの少しだけ賭けてやる。私にここまで言わせたのだ、折れてくれるなよ、只人」

 

 

 

 

§

 

 

 

 話が終わった。

 先に【ガネーシャ・ファミリア】が、次にリリルカ・アーデが、そして最後に【ヘスティア・ファミリア】が応接間からソファーから立ち上がった。

 

「待て、ベル・クラネル」

 

 部屋を今正に出ようとするベルを、ロイマンは呼び止めた。

 応接間には、妖精と只人の二人しか居ない。

 そして、ロイマン・マルディールは兼ねてからの疑問を、異常存在(イレギュラー)へ尋ねた。

 

「貴様、何者だ?」

 

 それは、ロイマンが何度も抱いてきた疑問。

 齢十四とは思えない『知識』に、それを活用する『知恵』。他者を圧倒する『覇気』に、惹き付けてやまない『魅力』。

 何よりも最後に見せた、普通の人間では思い浮かべられない──『未来への展望』。

 

「貴様もしや、滅亡した国家の生き残りか? そこの『王族』だったのではないか?」

 

 そう、ロイマンが尋ねると。

 ベルはきょとんとした顔になり、次の瞬間。

 

「あは、あははははははははははっ!」

 

 何が面白いのか、腹を抱えて大笑いした。

 苛立ちを見せるロイマンへ、ベルはすぐに笑いを収めると、こう言った。

 

「いいや、残念ながら違う──私は、ベル。ベル・クラネル。『()()()()()、『()()()()()()()()()()()()()()()()()

 




三ヶ月振りの更新となってしまい申し訳ございません。
今回のお話もまた、難産でした。二回ほど最初から書き直し、今回ようやく、自分が納得のいくお話になりました。
題名の『問題提起』はどういう意味なのか。読者の皆様は分かってくれたと思います。今回のお話はそれだけの意味がある物となっています。
感想等頂けるととても嬉しいです。


そして、次話の題名は『今代の英雄候補達』と書いて『ロキ・ファミリア』と読みます。お楽しみに!

§

追記
小説版『アルゴノゥト』、皆様はお読みになられましたか? まだ読まれてない方は、是非、書店に行って手に取って下さい。きっと、後悔しないと思います。自信を持って勧められます。
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