さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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今代の英雄候補達(ロキ・ファミリア)

 

 その日、アイズ・ヴァレンシュタインは朝からソワソワしていた。毎日欠かさず行っている朝の鍛錬は普段の精彩さを欠き、朝食時も食堂の喧騒さが全く耳に入らず友人のアマゾネス姉妹から何度も声を掛けられた程だった。彼女を慕う山吹色の妖精(エルフ)はそれが可憐だと騒ぎ立てていたが。

 アイズは元々、戦闘時以外はぼんやりとしている天然少女だった。最近は他派閥の少年について──それこそ、()()()()()()()()()想いを馳せているのを知っている。

 だが、それを加味しても可笑しい。アマゾネス姉妹の妹、ティオナ・ヒリュテはそれを直感で悟っていた。

 

「ぐぬぬ……」

 

 両腕を組んで友人の今朝からの様子について考えるも、悲しきかな、地頭が良くない彼女がどれだけ考えても答えに辿り着く事はない。

 現実はいつだって残酷だ。

 そしてティオナは考える事を放棄した。手っ取り早く、本人に聞けば良いのだ。

 ティオナが思考していた間に、アイズは朝食を済ませ大食堂を後にしていた。普段よりもだいぶ食事時間が短かったような気がするが、これは気の所為ではないだろう。

 兎にも角にも、行動指針は定まった。

 

「アイズー!」

 

 すっかり冷めてしまった朝食を文字通り丸呑みし、ティオナは食器を下げると食堂を飛び出した。その後ろ姿を、彼女の姉は呆れて眺めていた。

 それから数分後、ティオナは食堂に戻ってきた。ガックリと肩を落としながら、姉の隣に座る。

 

本拠(ホーム)を探し回ったけど、見付けられなかった……」

 

「あら、そう。それは大変だったわね」

 

「ダンジョンにでも行ってるのかなぁ?」

 

 アイズを探すも金髪の少女を見付けることは出来なかった。本拠(ホーム)に居なければ、彼女が行く場所は大概ダンジョンである。

 だがしかし、妹の予想を姉は「馬鹿ね」と一刀両断する。

 

「明日、私達は『遠征』に行くのよ? それなのにダンジョンに行く訳がないじゃない」

 

「うぐっ、それはそうだけどさぁ……。アイズなら有り得るじゃん。準備運動とか言ってさ」

 

 言葉を詰まらせながらも反論するティオナだったが、ティオネは「絶対にないわ」と否定する。

 その断定に、さしものティオナも違和感を覚えた。

 

「もしかしてティオネ、アイズが何処にいるのか知ってる?」

 

「さてね」

 

「あー! それは知っている時の反応だ!」

 

 ティオナは怒った。

 つまりティオナの数分間にも及ぶアイズ探しは全て無駄だったという事だからだ。

 ティオナの推測通りなら、この意地の悪い姉は無駄だと知りながら黙っていたという事になる。

 こんな事が許されて良いのか、否、良くない。

 

「ねー! 教えてよー!」

 

 ティオネの両肩を強く摑み、ガクガクと激しく揺らすティオナ。

 それは傍から見れば姉妹がじゃれ合っている微笑ましい光景だったが、当事者たる姉の心境は『うぜぇ』というものだった。

 

「朝からうるさいわよ、この馬鹿ティオナ!」

 

「なっ!? 馬鹿って言った! 実の妹に! 朝から酷くない!?」

 

「朝だから言うんでしょうが!」

 

 ギャーギャーと騒ぎ立てるアマゾネス姉妹。派閥団員達はいつもの事だと相手にしない。それ所か一瞥もせず、皆、神妙な面持ちをしていた。

 普段の喧騒さが嘘かのように、大食堂は異様な静けさに包まれていた。

 

「……みんな、表情固いね」

 

「そりゃ、そうでしょう。『遠征』は文字通りの命懸け。ましてや前回の事を思えば尚更。寧ろあんたみたいに楽観的な奴の方が珍しいわ」

 

 姉の辛辣な言葉にも、ティオナは「そうかなぁ」と首を傾げる。

 

「だってさ、その日は絶対に来るんだよ? それならさ、少しでも楽しく過ごしたいと思わない?」

 

「……あのねぇ」

 

 妹の呑気過ぎる発言に、ティオネは怒りを通り越して呆れてしまう。

 皮肉を口にしようとした、その時だった。

 ()()()()本拠(ホーム)()()()()()()

 

 

 

「たのもー!」

 

 

 

 それは、とてもよく通る声だった。

 少年と青年の狭間特有の、男子の声。【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)、『黄昏の館』は突如として襲ったその大音声によって困惑が支配した。

 

「ふっ、ここに訪れるのはこれで二度目だな! 一度目は門番に為す術なく追い払われてしまったが、今の私は一味違う! 何故ならば! 私は! 今日! ここに招待されたのだからな!」

 

「ふはははははははは!」と大食堂にまで響く高笑い。その雑音に多くの団員達が顔を顰める中、ティオナはこの声にどこか聞き覚えがある気がしていた。

 

「ちょっ、団長達の配慮を!?」

 

 ティオナが首を傾げるその横で、ティオネは慌てていた。

 

「へーい、そこの門番! 会うのは二ヶ月振りだな! 元気にしてたー?」

 

「黙れ! 貴様のような変質者と私が知り合いな訳ないだろう!」

 

「えー!? でも私達、一度会ってるゼ☆」

 

 見目麗しいエルフの団員が不快極まるとばかりに表情を険しくする中、その雑音はそんなの知ったこっちゃないと言わんばかりに響く。

 

「いやー! 今日も良い天気だネ! おっ、あの雲は何だか鮭に似てない? そう言えばこの前読んだ本に、鮭を好む馬が昔居たとか書いてあったな!」

 

 他者の事を一切考えない、自分本位の意味不明な言動。

 数人の団員が敵襲かと武器を執ろうと動き始める、その直前。

 ティオネは顔付きを変えると、口を静かに開けた。

 

「あなた達は此処で待機してなさい。対応は私達『上』がするわ」

 

「そんな、ティオネさん達の手を煩わせる必要はありません! 僕達が対応を──」

 

「同じ事を二度言わせる気?」

 

 派閥幹部の言葉を、下位団員はそこでようやく完全に理解した。

 これは自分達のような組織の末端が関わってはならない案件だ、と。

 

「そういう事だから、悪いわね。皆、気にはなるだろうけれど『遠征』の準備は怠らないようにしなさい」

 

「「「は、はい!」」」

 

 団員達の返事を聞いたティオネは静かに微笑むと、今なお小首を傾げているティオナの後頭部を引っ叩いた。

 ゴンッ! と軽快とは程遠い音が鳴る。

 

「痛ったァーい!? 何すんの!?」

 

「ボサッとしてるあんたが悪い。ほら、行くわよ」

 

「行くって、何処に!?」

 

 涙目になりながら後頭部を摩る妹に、姉は顔だけ振り向かせて言った。

 

「あんたが探してた、アイズの所よ」

 

 

 

 

§

 

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインはソワソワしていた。ティオナの想像通り、朝から──否、数日前からソワソワしていた。

 無論、そこには理由がある。

 約一ヶ月前、アイズは一人の少年と『約束』を交わしていた。だがそれは中々果たされる事はなかった。

 それは仕方のない事だった。自分は曲がりなりにも派閥の幹部であり、他派閥の少年と気軽に会いに行ける立場ではない。そして少年は少年で、落ち着く暇もなく様々な出来事に巻き込まれているらしかった。

 だが、それも今日で終わりだ。

 数日前、少年と偶然会った仲間のエルフが──自分はあれから一度も会えてないというのに、二度も会っているという。拗ねたのは内緒だ──気を利かせて今日という日をセッティングしてくれた。執拗(しつこ)いくらいに何度も確認したから間違いない。

 そう、アイズは今日という日を心から待ち侘びていたのだ。

 だがそれも、つい先程までは、という注釈がつくが。

 

「えぇい、良い加減にしろ! 貴様! 何をしに此処へ来た!? 此処が【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)だと知っておきながらの狼藉か!?」

 

「おっと、まずは槍を下ろそうか。じゃないと、私が死ぬからネ」

 

「ふざけているのか、貴様!? 何だその舐め腐った態度は!?」

 

「ムッ、それは違うぞ。私はいつだって大真面目だ」

 

「尚悪いわ!」

 

 目の前で繰り広げられているやり取りを前に、アイズは呆然と立ち尽くしていた。

 騒動を聞いて真っ先に此処に辿り着いたのは自分で、今回は誰にも先を越されてないと安堵したのが数刻前のようにすら感じる。

 その安堵を、アイズは今激しく後悔していた。

 

「私は貴方の仲間に招待されて、此処に来た!」

 

「嘘を吐くな! 誰が貴様のような胡散臭い者を本拠(ホーム)に招き入れるか!」

 

「おっと、これは手厳しい!」

 

 アイズは仮にも派閥幹部だ。下位団員が処理出来ないと判断した場合、代わりに対応する責務がある。

 というか、彼を招待したのは他ならない自分。そう言った意味でも、自分が動くべきだろう。

 だが、アイズの足は一向に動き出そうとしなかった。ここで彼等に声を掛けたが最後、抵抗虚しく、あそこに巻き込まれると本能が訴えてくるのだ。

 何故か。

 それは門番が相手をしている人物が、見るからに怪しい恰好をしていた為だ。十人が十人、変質者だと断定するだろう。

 

「しかし、心外だな。一体、私の何処が胡散臭いというのだ!?」

 

「その恰好以外に何がある!?」

 

 門番が突っ込みを入れる。

 それを受けても、変質者は心底不思議そうに首を傾げるばかりだった。

 さて、その変質者の装いと言えば──虹色のコートに、ニードルラビットを模した仮面だった。

 

 ……。

 …………もう一度、言おう。

 

 

 変質者は虹色のコートに、ニードルラビットを模した仮面を被っていた。

 

 

 その破壊力や凄まじく、もし此処に神が一柱でも居ようものなら腹を抱えて地面を転げ回るだろう。そして神速で新たな伝説が生まれるに違いない。

 アイズは、自分が口下手である事を自覚している。もし此処にアマゾネスの友人が居れば通訳もお願い出来たのだが、今此処には居ない。

 つまり、詰みだ。ダンジョンでは凶悪なモンスター相手に無双しているアイズ・ヴァレンシュタインにも、出来る事と出来ない事がある。

 

(どうしよう……どうすれば良いんだろう……)

 

 結果、現実逃避しオロオロする少女が誕生した。

 だが、そうは言っても事態の鎮静化を図る必要がある。それこそ門番が【ガネーシャ・ファミリア】でも呼ぼうものなら益々混沌と化すだろう。

 

(で、でも……私が声を掛けないと……)

 

 アイズの中に居る、幼い少女(アイズ)が『頑張れー!』と応援している。

 そして、アイズがなけなしの勇気を振り絞ろうとした、その時だった。

 

「やあ。相も変わらず、君の周りは賑やかだね」

 

 アイズがハッと背後を振り返ると、そこには黄金色の髪を持つ小人族(パルゥム)の姿があった。

【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナである。さらにその後ろにはアマゾネス姉妹や狼人(ウェアウルフ)も見受けられる。二階の窓からは、王族(ハイエルフ)土の民(ドワーフ)が眼下を見下ろしていた。

 

「来たぞ、友よ! 遅くなってしまい済まないな!」

 

 少年が大きく手を上げる。

 フィンは「本当に、相変わらずだね」と苦笑しつつも、それに応じた。

 

「団長! それに、皆さんも!?」

 

 槍の穂先は少年に向けたまま、門番が顔を振り向かせる。まさか上層部がわざわざ出向いてくるとは思っていなかったのか、そこには驚愕の色がありありと浮かんでいた。

 

「あー、済まない。『彼』は僕が招待していた客人だ。昨日伝えていたと思うけどね」

 

 本当はアイズだが、団長であるフィンが招いたという(てい)にしてある。どうやら今日の門番係には話をしていたようだった。

 

「た、確かにそれは事前に伺っていましたが……」

 

 そう言い淀んだ門番は、途中でハッと変質者を見やった。

 まさか、この変質者が? そう疑心暗鬼に陥る門番に、変質者は得意げに答える。

 

「フッ、【ロキ・ファミリア】の主神は天界きっての道化師(トリックスター)だと耳に挟んだ。それならば、郷に入っては郷に従えという極東の格言がある。私はそれに倣ったまで!」

 

「な、なァ……!?」

 

「そして、驚くが良い! この仮面の下に隠されていた、我が絶世の美男子と呼ばれる所以(ゆえん)の顔をな!」

 

 そう言うと、変質者は仮面を脱いだ。

 白髪紅眼の少年。処女雪のような白髪に、紅玉(ルビー)のような輝きを持つ深紅(ルベライト)の瞳。その姿を見て、アイズは何処か懐かしさを覚えていた。

 

(えっ? 私今、何て……?)

 

 その知らない感情にアイズが困惑する中、少年の素顔を見た門番は衝撃を受けたように呟いた。

 

「ふ、フツメンだ……」

 

「ゴフッ!? さ、流石美男美女しか居ないと(もっぱ)ら評判の【ロキ・ファミリア】……。私の顔面偏差値でようやく、フツメンとはな……」

 

「いや、確かにウチは美男美女が多いが。顔面偏差値の暴力だが。それを差し引いても貴様の顔はフツメンだと思うのが」

 

「うーん、容赦ない言葉が私の心を抉る! 」

 

 盛大に顔を引き攣らせながら、そう強がる変質者。

 門番もそこで、目の前の相手が注意人物──ある意味では注意人物なのだが──ではないと判断したようだった。槍の穂先を下ろす。

 それを見たフィンが、門番へ声を掛けた。

 

「──と、まあ、そういう訳だ。通して貰っても良いかい?」

 

「は、はい! 勿論です、団長!」

 

 門番はすっかりと萎縮してしまっていた。団長が苦笑しながら「気にしなくて良いよ。寧ろ、彼の人柄をまだ理解し切れてない僕の落ち度だ」とフォローする。

 それを見たアイズは、今しかない! と思った。今なら声を掛けられると、そう、思った。

 そして、アイズが口を開く、その直前。

 

「おっ、ドチビのとこの眷族やないか! フィンから話は聞いとったが、来たんやな! 久しゅうー!」

 

 ……。

 開き掛けた口のまま、石像のように固まるアイズ。

 その横を通り少年へ近付くと、ロキは「何やなんや!」と腹を抱えて笑いだし始めた。

 

「何やその仮面! 何処に売っとるん!?」

 

「フッ、何処にも売ってないさ! 何故ならこれは、私が作った物だからな! つまり、世界で一つだけの物(オンリーワン)!」

 

「何やて!? ジブン、見掛けからは想像出来ひんけど、器用なんやなぁ!」

 

女子(おなご)にモテるための努力を、私は決して欠かさない! モテるためには自分を磨く必要があるからな!」

 

「ヒュー! そのドヤ顔、クソほどウザい! その顔面殴りたいでー!」

 

 少年とロキが会って話すのは、アイズの知る限りでは今回で二度目の筈だ。

 だが二人は、まるで旧知の仲でもあるかのように和気藹々(わきあいあい)と談笑している。

 

「まさか、そのコートも自分で作ったんか!?」

 

「残念ながら、それは違う。北のメインストリートで売られていた所を買ったんだ!」

 

「あそこは服飾関係で賑わってるからな! それにしても、このド派手なコートを選ぶだなんて、ジブン、センスなさすぎ!」

 

「はっはっはっ! そう、褒めてくれるな!」

 

「褒めてないっちゅうねん!」

 

 笑い声が通りに響く。

 アイズが呆然と立ち尽くしている間に、話はトントン拍子で進んで行った。

 

「ロキ、彼を気に入ったのは分かったけれどそろそろ中に通そう。ご近所さんに迷惑だからね」

 

「せやな。よっしゃ、行くでぇ! ジブン、着いてこい! ウチが直々に案内したる!」

 

 ロキに肩を回され、少年は移動する。

「アイズ! 良かった、元気そうで何よりだ!」という少年の言葉も、アイズには届かない。

 

「今日は君一人で来たのかい?」

 

「ああ。ヘスティアは諸事情で忙しくてな!」

 

「ねー、あたし、君と何処かで会った事があるような気がするんだけど、どうかな?」

 

「い、妹が逆ナンしてる!? えっ、まさかあんたこういうのがタイプなの!? こういうのが好みなの!? 衝撃の事実なんだけど!?」

 

「……チッ。雑魚が」

 

 そして気が付いた時には、アイズは一人取り残されていた。ヒュゥゥゥ、と風が一つ通り抜ける。立ち尽くすアイズに、門番が「あ、アイズさん?」と遠慮がちに声を掛けてた。

 暫く俯いていたアイズだったが、数秒後、おもむろに顔を上げると門番へ静かに尋ねる。

 

「ベルは……何処……?」

 

 極限まで細められた金の瞳。

 その美しさの中から、門番は得体の知れない恐怖を感じる。あっ、これはヤバい。下手に答えたら死ぬ。言葉に詰まる門番へ、再度、同じ言葉が投げられる。

 

「お、恐らくは応接間だと思われますが……」

 

 門番が何とか舌を動かしてそう答えると、アイズは「そう」と短くだけ言った。

 そして、唇を小さく動かし、呟く。

 

目覚めよ(テンペスト)

 

 刹那。

『風』が、吹き荒んだ。

 突如として出現した暴風に、門番は為す術なく吹き飛ばされる。そして槍を杖代わりに立ち上がった時には、アイズの姿はそこになかった。

 

「一体、何だったんだ……?」

 

 朝からとんだ騒ぎに巻き込まれたものだと、門番は長嘆せずにはいられなかった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 文字通りの『風』となりアイズが応接間に辿り着いた時には、既に場は盛り上がっていた。廊下まで聞こえてくる笑い声。それに疎外感を覚えながら、扉をガチャリとわざと音を立てて開ける。

 

「ん? おお、アイズ。何処行っとったんや? アイズが呼んだんやから、ちゃんと居なきゃダメやでー?」

 

 出入口にぽつんとアイズが立っていると、幸いな事に主神(ロキ)が気が付き声を掛けてくれた。

 何処に行くも何も、勝手に動いていたのはそちらの方だとアイズは心底思ったが、放心していて出遅れたのは事実。

 

「はい……ごめんなさい……」

 

 形だけの謝罪を口にしつつ、アイズは室内に入る。

 応接間には、主神であるロキと団長であるフィン、そして客人である少年のみが居た。どうやら他の団員は居ないようだ。一緒に移動していた為、居るものとばかりに思っていたのだが。

 

「何の話をしていたの……?」

 

 用意されていたソファーに座りながら、アイズは首を傾げた。その質問に、ベルが答える。

 

「このソファー、座り心地がとても良いなと思ってな。それを女神ロキに伝えた所、なんと、この部屋は【ロキ・ファミリア】が所有する応接間の中でも最も高いグレードだと聞いてな。それで盛り上がっていた所だ!」

 

 それの何処に盛り上がる要素があるのだろうか。

 口下手でコミュニケーションが苦手なアイズには甚だそれが不思議だった。

 

「しかし、この客室を使うのは随分と久し振りだね」

 

 ふと思い出したように、フィンが呟いた。

 アイズの記憶が正しければ、この応接間を使った事は数える程しかない。

 フィンの言葉に、ロキが頷く。

 

「せやな。最後に使ったのは、『暗黒期』の時ちゃうか?」

 

「そうかもしれないね。そうか……あれからもう、七年が経ったのか……」

 

 感慨深げにフィンが呟く。

『暗黒期』はアイズも覚えている。『正義』と『悪』との戦いに於いて、【ロキ・ファミリア】は当然『正義』側に立ち戦った。数々の派閥(ファミリア)を纏め上げたのが此処に居るフィンであり、『正義の陣営』は小人族(パルゥム)指揮の元奮戦したのである。その中には、当時まだ幼女と言っても差し支えなかったアイズも含まれていた。とはいえ、母親代わり(リヴェリア)にはギリギリまで参戦を渋られていたが、当時のアイズ・ヴァレンシュタインの階位(レベル)はLv.3。上級冒険者を出し惜しみする余裕など、当時のオラリオには無かったのである。

 

「さて、それじゃあ僕とロキは一度席を外そうかな。アイズがこれ以上妬いたら大変だからね」

 

 茶目っ気たっぷりに小人族(パルゥム)の少年が笑う。

 カァーッ、とアイズが雪の肌を赤く染めると、その様子を見たロキが「アイズたん、()えー!」と叫んだ。後で絶対にシバこう。アイズは心に決めた。

 

「それじゃあ、ベル。また後で話そう」

 

「ああ、是非!」

 

 ベルが頷いたのを見ると、フィンは「行こうか、ロキ」と主神へ声を掛け、そのまま部屋を出ていった。

 広い客室の中、ベルと改めて向かい合う。金の瞳で少年を見詰め、アイズはすぐに気が付いた。

 

(前会った時よりも……強くなっている……?)

 

 冒険者としての直感が、そう告げてくる。

 

(詳細な能力値(ステイタス)は分からないけど……かなり良い評価アビリティを得ている……筈……)

 

【剣姫】として磨き上げた観察眼が、そう断定する。

 だが──と、アイズは思う。

 何をどうしたら、こうなるのだろうか。

 分からない。

 知りたい。

 

「あー、アイズ……?」

 

 ハッと、アイズは我に返った。見れば、ベルが困ったように方頬を掻いていた。

 どうやら少年が困る程、自分は夢中になって見詰めていたようだった。

 それを自覚した瞬間、アイズは自分の顔が熱くなるのを感じた。顔を俯かせる。

 

「アイズ」

 

 少年に名前を呼ばれ、アイズは無視する訳にも行かず、おもむろに顔を上げた。そこには、とても綺麗な輝きを放つ深紅(ルベライト)の瞳と、無邪気な笑みがあった。

 目が合うと、ベルは笑みを収めて真剣な表情を浮かべた。

 

「会いに来るのが遅くなってしまって、本当に済まない。随分と待っただろう」

 

 そう言って、頭を下げるベル。

 

「う、ううん……えっと、大丈夫だから……頭を上げて……」

 

「だが……」

 

「本当に、大丈夫だから。君が中々来れなかったのは、分かるから。それにアリシアから、約束を忘れていた訳じゃないって聞いているから……」

 

 だからどうか、頭を上げて欲しい。

 アイズは謝られるのに慣れていなかった。迷惑を掛ける事は数あれどその逆を殆ど経験してこなかった彼女にとって、誠意が込められた謝罪はむず痒かった。

 何よりも、アイズは何故か分からなかったが、少年が自分に謝るのが嫌だった。

 

「ありがとう。君は、とても優しいな」

 

 頭を上げたベルが、そう言って笑う。

 それにアイズは心臓がザワついてしまう。

 さっきから、アイズはこんな調子だった。『彼』と話す度、『彼』が笑みを見せてくれる度に心臓が飛び跳ねて、ぽかぽかとしたあたたかい気持ちになる。

 

「それではお言葉に甘えて、真面目モードは終わりにしよう!」

 

 そう言うと、ベルは笑った。

 その笑い方に、アイズは何処か既視感を覚えた。

 少年の笑い方と、数少ない友人のアマゾネスの少女の笑い方が似ているような気がしたのだ。

 気の所為かと内心で首を傾げているアイズに、ベルはこんな無茶振りをしてくる。

 

「アイズ、せっかくの再会だ! 楽しい話をしよう!」

 

「た、楽しい……?」

 

 戸惑うアイズに、ベルは「ああ、そうだ!」と頷く。

 

「楽しい話題が良い! クスッと笑えるとさらに良いな!」

 

 アイズは困った。それはもう、困った。

 何度でも言うが、アイズ・ヴァレンシュタインは自分が口下手でコミュニケーションが苦手なのを自覚している。幼少期からダンジョンに潜り、強くなる為の一心でモンスターと戦ってきた弊害である。

 最近でこそ派閥の団員と会話をしようという気持ちが芽吹き始めてきたが、相手を楽しませる話題など今の自分には提供出来そうになかった。

 例えるなら、駆け出し冒険者が階層主(モンスターレックス)と戦うような物である。

 

「えっと……その……あっと……」

 

 あうあう、と口を動かすも中々言葉にならない。

 幼い少女(アイズ)が『頑張れー! そこだー! 差せー!』とエールを送ってくるが、無理な物は無理だった。所で、差せって何だろう?

 情けなくなり、中途半端に開いていた口が閉じようとした、その時。

 

「難しく考える必要はありませんよ、淑女(レディ)

 

 ベルが口調を態とらしく変えて、そう言った。

 だがその表情はとても穏やかで、優しさで満ち溢れていた。

 

「失礼しました、困らせるつもりはなかったのですが。私は、貴女と話せるだけで十分に楽しいのです」

 

「でも……私……何も……」

 

「意気消沈する必要は何処にもありません。貴女はとても魅力的な女性だ。それも、貴女の魅力の一つなのです」

 

「……本当に?」

 

「ええ!」

 

 笑顔で断言する、ベル。

 それがアイズは堪らなく嬉しくて、何処か懐かしい気持ちになった。

 

(懐かしい……? 何で?)

 

 何度目になるか分からない、違和感。

『彼女』が疑問を持っていると、『彼』は演者のように言葉を続けた。

 

「そうだ! ここは、貴女という女性に恥をかかせてしまった私を詰る場面です!」

 

「えっ!?」

 

 違和感が遥か彼方に飛び、アイズは素っ頓狂な声を出した。

 

「どうか思い切り罵声を飛ばし、冷たい目で私を見下ろして下さい! 蔑んだ表情を見せてくれるとさらに良いです!」

 

「……!? ──っ!?」

 

「さあ! 遠慮する事はありません! さあ、さあ!」

 

「ば、『馬鹿』……?」

 

「ブヒィー!」

 

 豚のような鳴き声を上げ、ベルは身体をクネクネと動かした。控え目に言って、とても気持ち悪い。

 だが、アイズは気が付けば口元を緩めていた。笑っている、と自覚するのに数秒掛かった。

 

「ああ、素敵な笑顔。やはり、貴女にはそれが似合う」

 

 軽薄な男子(おのこ)がナンパする時に使いそうな文言。

 だがしかし不思議な事に、『彼女』はそれが不快ではなかった。『彼』が心からそう思い、そう言ってくれているのが伝わってくるからだ。

 

「まだ沢山、話したい。良い……?」

 

「勿論」

 

 それからアイズは、ベルと話した。

 とはいえ、アイズは基本的には聞き手に回りベルが話し手になる事が多かったのだが、それでも、アイズから勇気を出して話題を振るとベルは傾聴してくれた。

『彼女』は奇妙な感覚を覚えていた。『彼』と過ごす時間はとても居心地が良く、愛おしさすら抱き始めていたのだ。

 それが可笑しな話である事を、アイズは重々承知していた。出会ってまだ数回の相手に、このような感情を抱くなど、可笑しな話に決まっているだろう。

 

「それにしても、アイズ達は明日『遠征』か! 凄いなー!」

 

 少年の称賛を受け、アイズは思考を切り上げる事に決めた。今はまだ、答えを出さなくても良いだろう。

 話題は当然と言うべきか、ダンジョン探索に関係する物にシフトしていた。

 

「ベルも、いつか行けるようになるよ……」

 

 順調に強くなり階位を上げ、到達階層を増やしていけば自ずと『遠征』をする必要がある。

 アイズが先輩冒険者としてそう諭すと──初めて歳上の威厳を出せて、幼い少女(アイズ)はガッツポーズをしていた──駆け出し冒険者のベルは「それもそうだな!」と素直に頷いた。

 

「だがまだまだ先の話になりそうな気がするな。私はまだLv.1だし、派閥(ファミリア)も私しか居ないしな」

 

「……そうだね。ベルは今、独り(ソロ)?」

 

「いいや、今は頼りになるサポーターを雇っている。二人一組(ツーマンセル)だな」

 

「そっか……」

 

 アイズは酷く安堵した。

 もしベルが単独迷宮探索者(ソロエクスプローラー)なら、忠告しようと思っていた為だ。独り(ソロ)はメリット以上にデメリットの方が大きい。一部の昇格(ランクアップ)を重ねた上級冒険者なら話は別だが、下級冒険者ならパーティを組むのが定石(セオリー)だ。

 だが同時に、アイズは心配だった。

 そのサポーターを悪く言うつもりは一切ないが、『サポーター』はあくまでも非戦闘員である。戦闘員がベル一人なのはとても心配だった。

 

「『上層』なら、今のパーティ構成でも大丈夫だと思うけど……もし昇格(ランクアップ)して『中層』に行けるようになったら、もう一人『冒険者』を入れた方が良いかな」

 

「やはりそうなのか。そうなると、至急、パーティを募集した方が良いかもしれないな」

 

「……?」

 

 その言い方に、アイズは引っ掛かりを覚えた。それを解消すべく、静かに尋ねる。

 

「今のベルは、何処まで行けるの?」

 

「それはダンジョン探索で、という意味だよな?」

 

「うん」

 

 アイズが一度頷くと、ベルは衝撃的な事を言った。

 

「到達階層は10階層だな。次の探索の際には、11階層まで行こうと思っている」

 

「……………………え?」

 

 アイズは固まった。

 駆け出し冒険者の言葉を聞き間違えたかと思った。

 それ故に、アイズは聞き返す。

 

「じゅっ、10階層……?」

 

「ああ、そうだ」

 

「もっと上の階層じゃなくて?」

 

「ああ、そうだ」

 

 アイズは、自分の耳が正常である事を知った。

 そして、その言葉を正しく理解した瞬間、金の瞳を大きく見開かせた。

 

(その話がもし本当なら……ベルの能力値(ステイタス)は、Lv.1の中でも上澄みに居る……?)

 

 自分の立てた考察を、アイズは最初信じられなかった。

 だが現実問題、10階層は『上層』の奥部に位置付けられている。かなりの高評価アビリティを得ていなければ、地上への帰還は出来ない。

 

(凄い……)

 

 アイズは素直にそう思った。

 冒険者になってからまだ二ヶ月も経っていないというのに、『上層』を踏破しようとしている。はっきり言って異常である。

 

(これは、昇格(ランクアップ)もすぐにあるかも……)

 

 もし本当にそうなったら、それは間違いなく『偉業』だ。自分の持っている、一年という世界最速記録(ワールドレコード)を塗り替える事になるだろう。アイズにはその事については特に強い拘りはないが、神々や他の冒険者が知れば大騒動になる事間違いなしだ。

 

(どうやったら、そんなに強くなれるんだろう)

 

 アイズ・ヴァレンシュタインの中で、一つの疑問が生まれる。

 否、それは適切な表現ではなかった。

 アイズ・ヴァレンシュタインは、ベル・クラネルを呼んだ本来の用件を思い出した。

 

「ねえ、ベル」

 

 雰囲気を一変させ、アイズは【剣姫】の顔を見せる。

「アイズ……?」と突然の事に困惑の声を上げる少年に、アイズはソファーから身を乗り出して顔を近付け、囁くようにして尋ねた。

 

「君はどうして、そんなに強いの? どうすれば、そんなに強くなれるの?」

 

「……それは勘違いだ。私は、強くなんてないよ」

 

「ううん、君は強い。君と初めて会ったあの時から、不思議だった」

 

 アイズの金の瞳とベルの深紅(ルベライト)の瞳が交錯する。それは、何かが起これば互いの唇が触れてしまいそうになる程の超至近距離。

 

「私は、強くなりたい。だから、君の強さの理由を教えて欲しい」

 

「今よりも、強くか?」

 

「うん、そう」

 

 言葉を交わす。

 アイズは、答えを聞くまで引くつもりがなかった。

 そして、それをベルは感じ取ったのだろう。()()()()()()()()()、アイズの両肩を優しく摑み、ゆっくりと押し返した。

 

「さっきも言ったが、私は強くなんてないさ」

 

「そんな事はないよ。だって、君はもう10階層に居る。私はそんなに早く行けなかった」

 

「それは仲間が居るからだ。彼女が居なければ、私はもっと上の階層に居たよ」

 

「……それなら、どうしてあの時猛牛(ミノタウロス)と戦おうとしていたの?」

 

「生命の危機に瀕していたんだ。例え勝てなくても、足掻こうとはするさ」

 

「それは、嘘。あの時の君は、猛牛(ミノタウロス)に勝つつもりだった。違うの?」

 

「ああ、違う。私は格好付けたがりだからな。きっと貴女の目には、そう見えたのだろう」

 

 段々と苛立ちが募っていくのを、アイズは感じた。

 それを感じ取ったのだろう、()()()()()()()()()()()

 

「何度でも言おう。私は、強くなんてない。そのうち、鍍金が剥がれるだろう」

 

 そう言うと、ベルは苦笑を浮かべた。

 だが、違う。それは、アイズの欲しい答えではない。

『彼』が自虐するのを、『彼女』は決して認められなかった。

 

「……君は、私に中々会いに来てくれなかった」

 

「あ、ああ……そうだな」

 

 突然の話題転換にベルは戸惑いを見せるも、アイズの言葉を肯定した。

 そしてその隙を、アイズは突く。自分でも卑怯だと分かっていながら、だがこれしか思い浮かばないのだからと言い聞かせ、話を続ける。

 

「君は、私に一つ償いをしなければならない。うん、そうするべき。違う……?」

 

「ま、まあ確かにそうだな。というか、そのつもりでは元々あったのだが」

 

 曖昧に頷く、ベル。

 言質を取ったアイズは、無表情で淡々と、その償いを要求した。

 

「それなら──ベル、私と戦って欲しい」

 

「ああ、良いぞ………………──え?」

 

 きょとんと、恐らくは素の表情で固まるベルを見て。

 アイズはしてやったりと笑うのだった。

 

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