さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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駆け出し冒険者(ベル・クラネル)VS第一級冒険者(アイズ・ヴァレンシュタイン)

 

「友人の家に遊びに行ったら、その友人と戦う事になった件について」

 

 本の題名(タイトル)にしたら売れるかもしれない。らしくもなく、そんな現実逃避をしながらベル・クラネルはそう呟いた。

 場所は、【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)──『黄昏(たそがれ)(やかた)』。その中庭で、ベルは遠い目をしながら空を見上げた。

 

(ああ、空が今日も青い。今日も、この世界は平和ダナー)

 

 雲一つない、快晴。普段は心躍るこの景色を見ても、今のベルの内心の暗雲を晴らす事は出来そうになかった。

 

「ベル……?」

 

 我が家(ホーム)に帰りたい、帰って幼女神(ヘスティア)に甘やかされたいと思っていると、正面に立つ金髪金眼の少女がベルの名前を呼ぶ。

 現実逃避をやめ、ベルは目の前のアイズを見た。そこには、遠慮がちに自分を見詰めてくる少女が居た。

 

「ごめんなさい……やっぱり、嫌だった……?」

 

 上目遣いで、そう言ってくるアイズ。ベル・クラネルはボディブローをされた気分だった。

 

(心の中で綴るぞ、英雄日誌! ──男子(おのこ)諸君、美少女の上目遣いは何時の時代も良い物だ! もしその場面に運良く立ち会えたら、目を大きく開けて心に刻むように!』──フッ、我が人生に一片の悔いなし)

 

 風と共に消滅しようとする、ベル。お星様になっても下界の様子は見守っていようと決意するが、再度、少女に名前を呼ばれて意識を取り戻した。

 

「やっぱり、やめる……?」

 

 ベルが気が付いた時には、アイズの顔は超至近距離にあった。女神と見違う美貌に、ベルは羞恥する以上に感嘆してしまう。

 あの薄暗いダンジョンで初めて会った時と同じように、『彼』は『彼女』から目を逸らせないでいた。

 

「やめるとは、面白い事を言うな。言い出したのは貴女だろう?」

 

「うっ、そ、そうだけど……。でもベル、この話を持ち掛けた時から、その……詰まらなそうだから……」

 

「詰まらなくはない。貴女と居る時間はとても楽しい。これは決して嘘じゃないさ」

 

「本当……?」

 

「ああ、我が真名、我が主神に賭けて。ただそうだな……貴女の目にそう映ったのなら、それはきっと、この状況に戸惑っているからかもしれないな」

 

 そう言いながら、ベルは辺りを見渡した。

 

「皆さん、勢揃いですね!」

 

 

 ベルとアイズを取り囲むように、【ロキ・ファミリア】の団員が立っている。抜剣こそしていないが、彼等から送られてくる奇異の眼差しは、普段そう言った類の物に慣れている『道化』と言えど堪える物があった。

 この状況は言うならば、子兎が獅子に囲まれているような物である。当然、退路はない。

 何も、最初からこうだった訳ではない。

 アイズからの要求を、ベルは内心はどうであれ了承した。そうなると、今度は何処で戦おうか、という問題が浮上し、金髪金眼の剣士が選んだのが、この中庭であった。

 案内された片手剣使い(ソードマン)の駆け出し冒険者は、なるほど、確かにこの広い空間(スペース)なら模擬戦を実施するのは何も問題ないと頷いた。

 いざ始めようと二人の剣士が剣の柄に手を伸ばした所で、一人のヒューマンの女性魔道士が偶々通りかかり、その場面を見てしまった。

 

『ア、アイズさんが人殺しになっちゃいますー!?』

 

 その女性魔道士は、真剣な表情を浮かべているアイズを見て誤解してしまった。そう、『模擬戦』ではなく『虐殺』だと思い込んでしまったのである。

 結果、彼女の叫び声に釣られて他団員が数人足を運び、騒動も時間の経過と共に大きくなってしまい──現在に至る。

 

「HAHAHA……」

 

 引き攣り笑いを浮かべるのに、ベルは精一杯だった。友人の治療師に慰められたいと、思わずにはいられない。

 

「アイズー? 一体どうしたのー!?」

 

 膠着した状況の中、人垣を掻き分けて一人の少女が明るい声と共に飛び出してきた。

 

「ティオナ……」

 

 オロオロしていたアイズが、ホッと安堵の吐息を出す。

 ベルから見ても、アイズと、この元気な褐色肌の少女──恐らくはアマゾネスだろう──の仲は良いように窺えた。

 ティオナ、と呼ばれたその少女は、ニコニコと向日葵(ひまわり)が咲くように、眩しい笑顔を浮かべている。

 

「えーっと、改めて、初めまして! あたしはティオナ・ヒリュテ!」

 

 そう言って、ティオナが人好きのする笑みをベルに見せた。

 アマゾネスの少女が『初めまして』と言ったように、ティオナとベルは顔こそ何度か合わせていたものの、言葉を交わした事はまだなかった。

 ベルもまたそれに笑顔で答えつつ、自己紹介をする。

 

「初めまして、ベル・クラネルだ」

 

「うん! 宜しくね、()()!」

 

 ベルの名前を嬉しそうに言う、ティオナ。その事に、アイズが何故か衝撃を受けたように固まっていた。

 アマゾネス特有の距離の詰め方ではなく、これは生来の性質に因る物だろうな、とベルが考察していると。

 

「それでさ、二人は何をしようとしていたの?」

 

 ティオナが二人にそう尋ねた。

 ベルはアイズに、ここは自分が話そうと目配せをする。アイズが頷いたのを確認し、事情を説明しようとした、その時。

 

「それは僕も気になるな。教えてくれるかい、アイズ?」

 

 人垣の向こうから、凛とした声が出された。

 自然と人集りが崩れ、声主が現れる。そこには、小人族(パルゥム)の少年を先頭にして、王族(ハイエルフ)土の民(ドワーフ)、アマゾネス、狼人(ウェアウルフ)が立っていた。

 

「フィ、フィン……それに、みんなまで……」

 

 悪戯(イタズラ)がバレた子供のように、アイズの顔が顔面蒼白になっていく。

 その様子を見ながら、ベルは友人の小人族(パルゥム)へ話し掛けた。

 

「先程振りだな、フィン」

 

「うん、そうだね。そろそろ二人の会話が終わったと思い部屋に言ったら、既にもぬけの殻だったから驚いたよ。それで君達を探していたら、中庭から騒動を感じ取ってね。全く、君はとことん巻き込まれ体質のようだ」

 

「はっはっはっ、そう褒めてくれるな」

 

「褒めてはないけどね」

 

 ベルと軽口を叩き合き終えると、「それで?」とフィンがアイズへ尋ねた。

 

「アイズ、君は今から客人に無理言って何をしようとしていたのかな?」

 

「フィン、それはだな──」

 

「悪いけど、ベル、君には聞いていない。僕は仮にも派閥の団長で、アイズはその幹部だ。僕は、部下からの報告を受け状況を把握する責務があり、アイズは上司の僕に報告する義務がある」

 

 そう道理を説かれてしまえば、ベルに出る幕はなかった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 アイズは胃が痛かった。

 それもこれも、全ての原因は自分にあるのだから始末が悪いのだが、兎にも角にも、この状況を打破するべく、必死に頭を回転させていた。

 だが、相手は団長である。ましてやフィンは、自分の育て親とも言える間柄であり、下手に嘘を吐こうものなら一瞬で看破されるだろう事は想像に難くない。

 だがしかし、フィン以上に恐るべき相手が今この場には居た。無論、自分を娘のように想ってくれている王族(リヴェリア)である。アイズは、彼女の顔を見たくなかった。絶対に怒っているだろうからである。

 結果、アイズは取った──取れる行動は一つだけであり、それは潔く白状する事だった。

 

「えっと……ベルと、戦おうと、していました……」

 

「それは何故だい? 何か理由があるのだろう?」

 

 当然の質問に、アイズは答えられない。

 口を(つぐ)むアイズを見て、フィンは態とらしく長嘆した。心が抉られる為、やめて欲しい。だが、この育て親はこれが一番自分に効果がある事を熟知している為やめないだろうとも、アイズには分かっていた。

 

「ねえ、どうしてアイズはベルと戦いたいの? こう言っちゃ悪いけどさ、ベルはアイズの相手にならないよ? それなら、あたしやティオネとかと戦った方が良くない?」

 

 ティオナが心底理解出来ないと言うように、疑問を口にする。

 確かに、女戦士(アマゾネス)の言葉は正しかった。

 だが違うのだ、アイズが少年と戦いたい理由はそこにはない。

 そんなアイズの内心を、フィンの碧眼は事も無げに見抜く。

 

「なるほど、つまり、完全に『私情』という事だね」

 

「………………はい。ごめん、なさい……」

 

 居た堪れなくなり、アイズは頭を下げた。その事に、事態を遠巻きに眺めている他団員達から、どよめきの声が上がる。

 幼い少女(アイズ)はすっかり涙目で、白旗を上げていた。だが、それを考慮するフィンではない。淡々と、言葉を続ける。

 

「アイズ、君の気持ちはある程度は分かるつもりだ。言葉に出来ないでいる、その理由も察してはいる」

 

 頭上から降り掛かる団長の言葉は、とても重い。

 

「しかしそれなら、何故、事前に言ってくれなかったんだい? そうすればもっと穏便に、話を進める事が出来たと言うのに」

 

 フィンの言う通りだった。

 ベルから言質を取ったアイズは、彼の気持ちが変わらないうちに動く事ばかりを考えており、その行動が招く結果を何も考えないでいたのだ。

 

「派閥団員同士での模擬戦なら、僕は何も言わないよ。寧ろ推奨している。だが彼は、他派閥──ましてや、僕達が以前迷惑を掛けてしまった【ヘスティア・ファミリア】だ。この意味が、分かるね?」

 

「……はい」

 

 アイズが頭を下げたままそう言うと、フィンは「頭を上げて」と言った。

 そして、今度はフィンが【ロキ・ファミリア】の団長として、ベルに頭を下げる。 「団長!?」とアマゾネスの団員が驚愕の声を上げた。

 その動揺は他団員にも広がっていったが、フィンはそれを無視した。

 

「ベル・クラネル、団長の僕から謝罪させて頂きたい。突然の事に戸惑っただろう」

 

「その謝罪を受け取ろう。元より、私にも責任はある。何より、今の私は【ヘスティア・ファミリア】としてではなく、貴方達の友人としてこの場に居る。気にする事はない。あとそちらのアマゾネスからものすんごい殺気が送られてきているので早く頭を上げてくださいお願いします」

 

「……ありがとう。寛大な言葉、感謝するよ」

 

 そう言うと、フィンは頭を上げた。団長としてではなく、友人としての笑みをベルへ向ける。

 そして、アイズに顔を向けると言った。

 

「さて、説教は終わりだ。アイズ、彼と模擬戦をやれば良い」

 

「い、良いの……?」

 

「相手の許可も、一応は得ているのだろう。通すべき筋は今通した。それなら、団長の僕が止める理由はないな」

 

 笑みを浮かべ、フィンは「それに」と続ける。

 

「僕も、友人の成長度合いには興味があるからね」

 

 その言葉を聞いて、アイズは確信した。つまりフィンは、アイズを利用したのだ。

 フィンが新しく友人となった只人に興味津々なのは、アイズを含めた【ロキ・ファミリア】の主要メンバーなら知る所である。

 だが、互いに派閥(ファミリア)を率いる立場の二人が模擬戦とはいえ戦うとなると、問題はないが色々と面倒な事になり兼ねない。

 他団員の目が沢山あるこの状況で、フィンがらしくもなくアイズに公開説教したのは、ベルの退路を完全に断つ為だったのだ。

 

(大人ってズルい)

 

 幼い少女(アイズ)も同意を示すように、ぷんすかと頬を膨らませている。

 だがしかし、フィンの手助けがなければアイズ一人でこの流れにする事は出来なかっただろう。

 アイズは内心の複雑な気持ちに蓋をすると、ベルに話し掛けた。

 

「ベル……お願い出来る……?」

 

 返答は、苦笑いが一つ。

 それを見る度、アイズは心臓がキュッと痛む。何故かは分からない。今日何度目になるか分からない、正体不明の想い。

 それに気が付かない振りをふりをして、アイズは返事を待った。

 

「……分かった。戦おう」

 

「ありがとう」

 

 アイズは短く礼を言うと、ベルとフィンから離れた。そして今度こそ鞘から剣を抜き、その切先を相手へ向ける。

 

「『模擬戦』という形を取るのなら、審判が必要だね。どうだろう、ここは僕が──」

 

「その話、ちょいと待った!」

 

 フィンが言い終わるよりも前に、声が出される。この場に居る全員が声主に顔を向けると、そこには、ニヤニヤと嗤っているロキが居た。

 

真打(しんうち)、登場! ってな!」

 

「何が真打よ。どうせ、登場する時機(タイミング)をずっと見計らっていただけじゃない」

 

 ティオネが呆れたように指摘するが、ロキは「聞こえなーい! 何も聞こえないでー!」と両耳を塞いで無視を決め込む。

 そして、こう言った。

 

「話は他の眷族から聞いたで! その審判、ウチがやったるわ!」

 

「あー……申し出はありがたいけれど、ロキには難しいんじゃないかな」

 

「なんやと!? フィン、それはどういう意味や!?」

 

 説明を求めるロキに、フィンはその根拠を言った。

 

「そのままの意味さ。『神の力(アルカナム)』があるなら話は別だけれど、今のロキはそれを封印している身、全知零能だ。とてもじゃないけれど、二人の剣戟を視認する事さえ難しいんじゃないのかい?」

 

 確かに、とアイズは思った。

 武神ならまた話は変わってくるだろうが、ロキは計略の女神だ。間違っても、肉弾戦を主とする女神ではない。

 フィンの指摘に、ロキは降伏だと言わんばかりに両手をヒラヒラと振った。

 

「ちぇっ、分かった、分かったわ! 仕方ない、ここはフィンに譲ったる!」

 

「ただ単に派手に登場したかっただけだろう、お前は」

 

「そうとも言う! 流石リヴェリアママ!」

 

「誰が母親(ママ)だ、誰が!」

 

【ロキ・ファミリア】恒例の即興芝居(コント)。それを見たベルが眩しそうに目を細めているのを、アイズは見逃さなかった。

 

「やはり、良い家族(ファミリア)だな」

 

 そう人知れず呟いたベルは、「女神ロキ」と、リヴェリアと言い合っているロキへ話し掛けた。

 

「貴方の眷族と戦う事を、貴方の大事な娘に剣を向ける事をどうか許して欲しい」

 

「ジブン、思いの外真面目やなぁ。──えぇで、ウチが認めたる。その代わり、今ジブンの出せる全力で戦うんやで。間違っても、ウチのアイズの顔に泥を塗らんといてや」

 

「我が主神に賭けて誓おう」

 

 ロキは満足気に頷くと、「そんじゃ、楽しみにしとるわ」とベルから離れると、胡座をかいて芝生の上に座った。そして何処からかジョッキを取り出すと、それを呷る。

 

「こんな昼間から酒を飲む人間が何処にいる!」

 

「此処にいるやん」

 

「開き直るな! ロキ、今日という今日はその性根を叩き直してくれる!」

 

「えー、神に性根と言われても困るんやけど」

 

 話が全く進まないので、アイズは、主神と母親のやり取りを聞かない事にした。

 今は、目の前の少年に集中せねば。

 それはフィンも感じていたようで、話を進める。

 

「あー、それじゃあ、審判は僕が務めよう。一応、ルールを決めておこうかな。アイズ、君には制限(ハンデ)を設ける。良いね?」

 

 その確認に、アイズは頷いた。

 ベル・クラネルの階位(レベル)がLv.1なのに対して、自分はLv.6。普通に戦えば、戦いにすらならないのは明らかである。

 アイズは何も、この模擬戦に勝ちたい訳ではない。

 少年の強さの秘訣を知りたい。ただ、それだけなのだ。

 

「ハンデとして、アイズ、君にはLv.1相当の出力しか許可しない。とはいえ、それは難しい面もあるだろうから大きく逸脱しなければ良いとする。また、『魔法』も禁じる。そして、使う武器は『剣』じゃなくて『鞘』だ」

 

 間違っても少年を傷付けてしまわぬよう、刀身のある『剣』ではなく『鞘』を使えという命令。アイズは素直に頷き、ティオナに主武器(メインウェポン)の愛剣を預けた。

 

「反対にベル、君には特に制限(ハンデ)は設けない。思う存分に戦ってくれ」

 

「ああ、分かった。遠慮なくそうさせて貰う」

 

 ベルも条件を承諾する。

 

「最後に、勝敗についてだけど──そうだね、急所への寸止め、もしくは戦意喪失にしようかな。あと、ベルに身の危険を感じたら審判が介入するから宜しくね」

 

 審判の言葉に、アイズとベル、二人の剣士が頷く。

 

「二人とも、準備は良いかい?」

 

「うん」「ああ、何時でも良いぞ」

 

 フィンが数歩後ろに下がり、ようやく、その時は来ようとしていた。

 

(……やっぱり、戦い慣れている……)

 

 アイズの中にあった違和感が、今、確信に変わった。

 独特な構えは、見た事がない。何処かの流派か、我流で培った物か。

 どちらにせよ言えるのは、決して『素人』ではないという事。

 

「──始め!」

 

 審判が、片手を振り下ろしてそう宣誓した。

 だが、アイズも、そしてベルも。

 二人の剣士は動かなかった。

 

(開始と同時に突貫してこなかった。やっぱり、この子、冷静だ)

 

 アイズ・ヴァレンシュタインはベル・クラネルの事をそう評した。

 ベルの一番高い勝率は、それだった。最初の一撃に全てを賭け、渾身の一撃をお見舞いする。

 だが、片手剣使い(ソードマン)はそれをしなかった。それは彼が、アイズに防御された時の反撃を恐れた事の証拠であり、無謀だと判断したからである。

 

(この子は……ベルは、『臆病』なんだね)

 

 血気盛んな冒険者が聞いたら、きっとベルの事を臆病者だと、なんて情けない奴なんだと嘲笑するだろう。

 だがしかし、アイズはそうは思わない。

 

(彼我の実力者を瞬時に理解するのは、簡単なようで難しい。そして、逃げるのは何も悪い事じゃない。この子は、逃げた先に得られる物がある事を知っているんだ)

 

 それが堪らなく、『彼女』は嬉しかった。無謀と勇敢を履き違えていないという事は、単純に生存率の向上を意味している。

『彼』が『生』にしがみついている事に、『彼女』は安堵を覚えたのだ。

 

 無音の時間が流れる。

 

 そして、一陣の風が通り過ぎ──その瞬間、アイズはベルへ攻撃を仕掛けた。

 

「凄い、ベル」

 

 心からの感嘆を込めて、アイズが呟く。

 アイズの大上段からの振り下ろしを、ベルは自身の剣の刀身を横に倒し受け止めてみせたのだ。

 

「次、行くよ」

 

「……ッ!」

 

 数々の斬撃を繰り出す。

 ベルはそれを全て、ギリギリの所で対処してみせた。特に受け流し(パリィ)の技術は目を見張る物があり、第一級冒険者のアイズ・ヴァレンシュタインをして、その練度は『武器』だと認めた。

 だが。

 

(…………?)

 

 違和感を覚えたのは、四度目の攻撃を防がれた時だった。

 一度大きく距離を置き、アイズは小首を傾げる。

 

「ハア、ハア……!」

 

 既に荒い呼吸を繰り返す駆け出し冒険者を、第一級冒険者は無言で暫く見詰めた。

 

(何だろう、これ……?)

 

 違和感が、増大していく。

 それを抱きながら、アイズは突き技を仕掛ける。これに対し、ベルは右にステップをする事で回避、初めての隙を見逃さず反撃を開始した。

 

「うおおおおおおおお!」

 

 裂帛の雄叫びと共に、ベルがアイズに攻撃する。それは駆け出し冒険者とは思えない程冴えた剣技だったが、アイズには届かない。

 

「やっぱり、第一級冒険者は凄いな!」

 

 心からそう思っているのだろう。送られてくる称賛は聞いていて気持ちが良い。

「ありがとう」とお礼を言いつつも、アイズの胸の内はモヤモヤとしていた。

 

(間違いなく、ベルは強い。基本アビリティの熟練度も、その殆どが高い。私は、こんなに早く強くなれなかった。やっぱり、ベルは凄い。私なんかより、よっぽど。それなのに……──)

 

 ──どうして自分は、ベル・クラネルの実力がこんな物なのかと思ってしまっているのだろう。

 そこで、アイズは我を取り戻した。

 なんて傲慢、なんて失礼な事を自分は思ってしまったのだろうと、自己嫌悪する。

 だがしかし、一度芽生えてしまったそれは払拭されなかった。

 

(ねえ、君の力はそんな物なの……?)

 

『鞘』で片手剣使い(ソードマン)の斬撃を受け止めながら、アイズは深紅(ルベライト)の瞳を見詰めた。だが模擬戦に必死な少年はそれに気が付かない。

 

(私は……私は……──)

 

 金の瞳を細める。

 自分でも気が付かないうちに、アイズの『鞘』を握る手には力が込められていた。

 そして、ギアを一つ上げる。

 

「……ッ!?」

 

 当然、ベルもすぐに気付く。驚愕は一瞬。刹那のうちに冷静さを取り戻した片手剣使い(ソードマン)は、置いていかれないよう懸命にしがみつく。

 だが全てを防ぎ切る事は出来ず、身体のあちこちに『鞘』が当たってしまう。審判はそれを有効打とは数えず、模擬戦は続く。

 時間の経過と共に上がっていく、ギア。

 

「す、凄いっす……。制限(ハンデ)を負っているとはいえ、アイズさんにあれだけ付いていけるなんて……」

 

 そう呟いたのは、ヒューマンの青年だった。同じ種族として思う所があるのか、その青年──ラウル・ノールドは驚嘆の眼差しをベルへ送っていた。

 だがそれが、アイズには酷く雑音(ノイズ)に聞こえた。少年が褒められるのは自分の事のように嬉しい筈なのに、それ以上に何故か感じる不快感。

 

「──ッ!?」

 

 ベルの反応が次第に遅れ──ついに、受け流す事に失敗し、剣が手から落ちてしまった。

 咄嗟に回避行動を取るも、それは間に合わない。

 そしてアイズは、激情に支配されたままがら空きの胴体に『鞘』を──。

 

 

 

「────そこまでにしろ」

 

 

 

 獣を思わせる低く、獰猛な声。

 刹那。

 ガキィン! と。

 アイズの『鞘』が、真下から吹き飛ばされた。クルクルと回りながら宙を舞い、カラン、と音を立てて『鞘』が芝生の上に落ちる。

 

「……ベート、さん?」

 

 アイズが困惑の声を上げる。

 狼人(ウェアウルフ)の青年──ベート・ローガが、まるでベルを守るようにして、右脚を蹴り上げた状態で立っていた。

 否、居るのはベートだけではなかった。ふらつき後ろに倒れるベルの身体を、ティオナが後ろから支える。

 

「ベル、大丈夫? 怪我は……──って、聞くまでもなくボロボロだよね。──ティオネ、万能薬(エリクサー)持ってきて!」

 

「はぁ!? 精々が高等回復薬(ハイ・ポーション)よ! 『遠征』を明日に控えているのに、万能薬(エリクサー)なんて使える訳──」

 

「良いから! すぐに持ってきて! あたしが後で立て替えるから! だから早く! お願い!」

 

「……っ。ああ、もう! 分かったわよ! ちょっと待ってなさい!」

 

 妹の激しい剣幕に押され、姉はその『懇願』に素直に従い、中庭を一度離れた。

 その後ろ姿をぼんやりとアイズが眺めていると、審判のフィンが近付いてくる。

 

「ベート、これはどういう事だい? 何故、二人の模擬戦に割って入ったのかな?」

 

「……あァ?」

 

 フィンの質問に、ベートは不機嫌そうに鼻を鳴らすばかりで中々答えなかった。

 そのまま中庭を立ち去ろうとするが、その進路方向にロキが立ち塞がる。

 

()ちぃな、ベート。ウチも気になるさかい」

 

「……ロキ」

 

主神(ウチ)からの頼みや。堪忍や、ベート」

 

 ロキの顔は、普段の表情からは想像できない程、真剣だった。

 主神の神意に、眷族は逆らえない。「チッ」と舌打ちした狼人(ウェアウルフ)は、左頬にある刺青(いれずみ)を歪めた。

 

「俺は雑魚が嫌いだが、雑魚をいたぶる趣味はねぇ。その様子を見て愉しむ、そんな屑にはなりたくねぇ。ただそれだけだ」

 

 その言葉は短剣(ナイフ)のように、アイズに刺さった。

 頭の中で、ベートの言葉が何度も巡る。

 立ち尽くすアイズを一瞥してから、ロキが「なるほどなぁ」と言った。

 

「つまりベートの目には、二人の『模擬戦』が『公開処刑(リンチ)』に映ったんやな?」

 

「フン……そこの馬鹿もそうだったみたいだがな」

 

 そう言って、ベートはティオナに視線を向ける。普段のティオナなら馬鹿と言われたら憤慨するが、何故か、それをしなかった。

 

「質問には答えてやった。もう良いだろ。俺は行くぞ」

 

「……ん、えぇよ。ありがとうな、ベート」

 

「チッ!」

 

 眷族は主神に舌打ちすると、ゆっくりと歩き出した。他団員が恐れをなすように、獣人に道を開ける。

 だが狼人(ウェアウルフ)の青年は中庭を出る時機(タイミング)で、何を思ったのか一度立ち止まると、ティオナに介抱されているベルを一瞥する。

 狼人(ウェアウルフ)の琥珀色の瞳と、只人の深紅(ルベライト)の瞳が交わる。

 

「おい、只人」

 

「……何だろう、狼人(ウェアウルフ)

 

「お前この前、『英雄』になりたいとかほざいていやがったな」

 

「……ああ、そうだな」

 

()()()()()。雑魚のお前には、『英雄』なんて目指すだけ時間の無駄だ。雑魚は雑魚らしく生きろ、虫唾が走る」

 

「…………」

 

 そう唾を吐き捨てると、狼人(ウェアウルフ)の青年は今度こそ中庭を出ていった。

 

「ほら、万能薬(エリクサー)持ってきたわよ──って、何この空気? お通夜みたいじゃない」

 

 ベートと入れ替わるにして、ティオネが一本の試験管を持って戻ってきた。【ディアンケヒト・ファミリア】の徽章が刻まれているそれは、間違いなく万能薬(エリクサー)である。

 

「そんなのどうでも良いから、それ頂戴!」

 

「はいはい、分かったわよ。別に深手を負っている訳でもないんだから、急ぐ必要はないでしょうに」

 

 呆れたように言うティオネから万能薬(エリクサー)を奪い取り、ティオナはそれをベルに見せた。

 

「ベル! これ飲んで!」

 

「いやでも、気持ちは嬉しいが、そこのお姉さんの言う通り、何も万能薬(エリクサー)を飲む必要は──」

 

「良いから、黙って飲む!」

 

 試験管の封を開け、ティオナは強引に万能薬(エリクサー)をベルに飲ませた。数秒後には体力や傷が快復したようで、笑みを浮かべる。

 ゆっくりと立ち上がったベルは、転がっていた自身の愛剣を手に取るとそのまま鞘に納めた。そして、困ったように片頬を掻く。

 

「あー、今日は私、そろそろお暇しようかな?」

 

 気を遣っているのは誰から見ても明らかだった。そして、それを拒むだけの理由を、【ロキ・ファミリア】は持ち合わせていなかった。

 主神のロキが「済まんなぁ」と言い、客人を送るように団員へ指示を出す。

 

「あたしが本拠(ホーム)まで見送るよ。良いでしょ、ロキ?」

 

「……ん、ティオナならウチも安心や。任せたで!」

 

「うん! ──行こっか、ベル」

 

 ティオナに手を引かれ、ベルが移動を始める。

 待って、とアイズは言いたかった。だがそれを口にする事は出来なかった。

 そんなアイズの胸中を感じ取ったのか、ベルが、顔だけ振り向かせて言った。

 

「アイズ、また会おう」

 

 そこにあったのは、笑顔だった。普段から浮かべている無邪気な笑みを、少年はアイズに見せてくれた。

 それが、それだけがアイズには救いだった。

 

「……うん。またね、ベル」

 

 その言葉を紡ぐのに、アイズは勇気が必要だった。そしてそれに、ベルはやはり笑顔で応えた。

 それから、只人の少年は友人の小人族(パルゥム)の少年へ深紅(ルベライト)の瞳を向けた。二人は無言で頷き合うと、視線を切ったのだった。

 最後に、ベルは【ロキ・ファミリア】にこう言った。

 

「【ロキ・ファミリア】、偉大なる先達よ! 明日からの『遠征』、その成功を陰ながら私も祈らせて貰おう! 貴方達には不要だろうが、敢えて、この言葉を贈らせて欲しい! 頑張れ、と!」

 

 その言葉を残して、少年は『黄昏の館』を後にした。

 斯くして、ベル・クラネルの【ロキ・ファミリア】への訪問は幕を閉じたのである。

 

 

 

 

§

 

 

 

 そして、アイズ・ヴァレンシュタインが次にベル・クラネルと会ったのは、始めて会った日と同じ場所──ダンジョンであった。

 

 




ベートさん、マジかっけぇす! なお話でした。

当初のプロットだと、原作と同じようにアイズがベルをボコボコにして膝枕! という展開だったのですが、キャラクターが勝手に動いてこうなりました。それはつまり、これがこの作品の軌跡だという事なのでしょう。

明日も同じ時間に投稿します。

そして明日のお話で、物語は大きく加速します。お楽しみに!
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