さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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女神による、試練(きげき)筋書き(シナリオ)

 

 ダンジョン、17階層。『中層』と呼ばれるこの階域(かいいき)に足を運ぶ事が出来るのは、『偉業』を一度以上成し遂げた者のみ。

 

「──良いぞ。だが、足りんな」

 

 正規ルートを離れた広間で、剣戟の音が響いていた。

 広間(ルーム)の中央で、一人の冒険者が悠然と佇んでいた。

 冒険者の頂天(ちょうてん)──オッタル。『中層』でありながら軽装なのにも関わらず無傷なのは、彼が【猛者(おうじゃ)】たる証である。だが彼を知る者がもし此処に居れば、その者は疑問を抱くと共に首を傾げるだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()片手剣直剣(ワンハンド・ロングソード)。それはあまりにもアンバランスであり、事実、その武器種は彼の主武器(メインウェポン)でもなければ予備(スペア)でもなかった。

 

「どうした、早く立て。いつまでそこで横になっているつもりだ」

 

 冷徹な声で、オッタルは広間(ルーム)の壁を背に倒れている『それ』──モンスターに声を掛ける。

 

『ヴゥゥァ……!』

 

 モンスターは、誰の目から見ても傷だらけであった。五体満足なのが不思議なくらいであり、身体中の至る所からどす黒い血が噴出している。だが傷ついて尚洩れる覇気は普通ではなく、大きな目玉は紅く血走っており、憎々しげにオッタルを睨む度胸があった。

 

「まだ足りん。もっと、もっと出せ。出し尽くせ。それが選ばれたお前の義務だ」

 

『ヴゥゥゥゥゥ……!』

 

 モンスターの唸り声を、オッタルは無視する。懐から紫紺の結晶、『魔石』と呼ばれるそれを取り出した。

 そして、それをモンスターの口に躊躇なく放り投げた。飼っている動物に餌を与えるように、ごく自然とである。

 もしこの場に他の冒険者が居たら、その冒険者は驚愕で目を見開くだろう。

 何故ならば、モンスターが『魔石』を喰らう事は『強化種』の誕生になり兼ねなく、百害あって一利なしである為だ。

 それは当然、オッタルも分かっている。

 

「さあ、喰え。お前はまだ、強くなれる筈だ」

 

 結晶が砕け散る音と共に、モンスターが大量の涎を撒き散らしながら『咆哮(ハウル)』を轟かせる。下級冒険者が聞けば行動停止(スタン)となるそれを直接浴びても、オッタルは表情一つ変えない。

 

「──次だ。構えろ」

 

 忠誠を誓う女神の神意に応えるべく。

 猪人の武人は淡々と、粛々と、課せられた使命を果たす為、()すべき事を()す。

 モンスターの雄叫びと剣戟の音が鳴り止んだのは、それから、暫く後の事だった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 人々が寝静まる、深夜の時間帯。

 天にまで聳え立つ巨塔(バベル)、最上階は今尚明かりがついていた。雲の上にある為、下界の住人がそれに気付く事はない。

 美神が微笑みながら眼下を見詰めている事を知るのは、ごく少数の人間だ。

 神々の領域(プライベートルーム)に、一人の妖精が現れる。眼鏡を掛け、美しい金の長髪を持つ白妖精(ホワイトエルフ)(かしず)くと、簡潔に用件を告げた。

 

「フレイヤ様、団長(オッタル)より報告が上がって来ております」

 

「……そう。『準備』が出来たのね」

 

 眷族からの報告を聞いたフレイヤは、銀の双眸をそちらに向ける事なく呟いた。

 

「そうなると──時機は、明日と言った所かしら」

 

「恐らくは」

 

「ふふっ、()()()()()

 

 フレイヤは口角を上げ、手に持っていたワインのグラスを上げた。冷たく射し込む月光が、白ワインを映し出す。

 

「ねえ、ヘディン」

 

「はっ、何でございましょう」

 

「あの子は、この前私が与えた『試練』を『喜劇』と言ったわ。それなら今回も、あの子はそう言うのかしら」

 

 ヘディンはそれに答えない。口を閉ざし、無言を貫く。

 何故なら白妖精(ホワイトエルフ)は、主神が答えを求めている訳ではないと理解している為だ。

 主神の神意──即ち、話の傾聴に徹する。

 

「オッタルは随分と気合いが入っているみたい。それだけの『仕込み』をしていたという事でしょう」

 

「……恐らくは、そうでしょう」

 

「あの子、死んじゃうかもしれないわね」

 

 そう言った女神の口調に、悲しみは含まれていなかった。彼女にとって、ただ予想される未来を口にしただけに過ぎないのである。

 超越存在たる美神にとって、『生』か『死』かなどあまり関係ないのだ。

 

「誂えた『試練』は、一体何なのかしら」

 

「こちらの報告書に、全て書かれています」

 

 差し出される封書。フレイヤは「ありがとう」と礼を言うとそれを受け取り封を切った。

 中には、数枚の羊皮紙が入っていた。

 

「ふふっ。オッタルったら、こんなにも丁寧に書かなくても良いのに」

 

 寡黙な武人による、無骨な字。だがそれは決して汚くはなく、読み手の事を最大限に考えられていた。

 そしてフレイヤはそれを一瞥しただけで、その羊皮紙を眷族に返す。

 

「オッタルには悪いけれど、これを読む気にはなれないわ。だって、明日には全て分かる事だもの。楽しみは取っておくとしましょう」

 

 それはあまりにも自分勝手な言動だったが、それを指摘する者も、それを諌める者も居ない。

 何故ならば、巨塔(バベル)を統べる女神は女王。

 誰も逆らおうとはしないし、眷族はそれを承知で仕えている。

 

「あの時の貴方風に言いましょう。さあ──『試練(きげき)』を始めましょう」

 

 グラスの中に入っている液体を全て飲み干し、フレイヤは何処までも妖艶に笑う。

 

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