ダンジョン、17階層。『中層』と呼ばれるこの
「──良いぞ。だが、足りんな」
正規ルートを離れた広間で、剣戟の音が響いていた。
冒険者の
「どうした、早く立て。いつまでそこで横になっているつもりだ」
冷徹な声で、オッタルは
『ヴゥゥァ……!』
モンスターは、誰の目から見ても傷だらけであった。五体満足なのが不思議なくらいであり、身体中の至る所からどす黒い血が噴出している。だが傷ついて尚洩れる覇気は普通ではなく、大きな目玉は紅く血走っており、憎々しげにオッタルを睨む度胸があった。
「まだ足りん。もっと、もっと出せ。出し尽くせ。それが選ばれたお前の義務だ」
『ヴゥゥゥゥゥ……!』
モンスターの唸り声を、オッタルは無視する。懐から紫紺の結晶、『魔石』と呼ばれるそれを取り出した。
そして、それをモンスターの口に躊躇なく放り投げた。飼っている動物に餌を与えるように、ごく自然とである。
もしこの場に他の冒険者が居たら、その冒険者は驚愕で目を見開くだろう。
何故ならば、モンスターが『魔石』を喰らう事は『強化種』の誕生になり兼ねなく、百害あって一利なしである為だ。
それは当然、オッタルも分かっている。
「さあ、喰え。お前はまだ、強くなれる筈だ」
結晶が砕け散る音と共に、モンスターが大量の涎を撒き散らしながら『
「──次だ。構えろ」
忠誠を誓う女神の神意に応えるべく。
猪人の武人は淡々と、粛々と、課せられた使命を果たす為、
モンスターの雄叫びと剣戟の音が鳴り止んだのは、それから、暫く後の事だった。
人々が寝静まる、深夜の時間帯。
天にまで聳え立つ
美神が微笑みながら眼下を見詰めている事を知るのは、ごく少数の人間だ。
「フレイヤ様、
「……そう。『準備』が出来たのね」
眷族からの報告を聞いたフレイヤは、銀の双眸をそちらに向ける事なく呟いた。
「そうなると──時機は、明日と言った所かしら」
「恐らくは」
「ふふっ、
フレイヤは口角を上げ、手に持っていたワインのグラスを上げた。冷たく射し込む月光が、白ワインを映し出す。
「ねえ、ヘディン」
「はっ、何でございましょう」
「あの子は、この前私が与えた『試練』を『喜劇』と言ったわ。それなら今回も、あの子はそう言うのかしら」
ヘディンはそれに答えない。口を閉ざし、無言を貫く。
何故なら
主神の神意──即ち、話の傾聴に徹する。
「オッタルは随分と気合いが入っているみたい。それだけの『仕込み』をしていたという事でしょう」
「……恐らくは、そうでしょう」
「あの子、死んじゃうかもしれないわね」
そう言った女神の口調に、悲しみは含まれていなかった。彼女にとって、ただ予想される未来を口にしただけに過ぎないのである。
超越存在たる美神にとって、『生』か『死』かなどあまり関係ないのだ。
「誂えた『試練』は、一体何なのかしら」
「こちらの報告書に、全て書かれています」
差し出される封書。フレイヤは「ありがとう」と礼を言うとそれを受け取り封を切った。
中には、数枚の羊皮紙が入っていた。
「ふふっ。オッタルったら、こんなにも丁寧に書かなくても良いのに」
寡黙な武人による、無骨な字。だがそれは決して汚くはなく、読み手の事を最大限に考えられていた。
そしてフレイヤはそれを一瞥しただけで、その羊皮紙を眷族に返す。
「オッタルには悪いけれど、これを読む気にはなれないわ。だって、明日には全て分かる事だもの。楽しみは取っておくとしましょう」
それはあまりにも自分勝手な言動だったが、それを指摘する者も、それを諌める者も居ない。
何故ならば、
誰も逆らおうとはしないし、眷族はそれを承知で仕えている。
「あの時の貴方風に言いましょう。さあ──『
グラスの中に入っている液体を全て飲み干し、フレイヤは何処までも妖艶に笑う。