さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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パーティ

 

「おお、この目玉焼きとても良く出来ているぞ! 流石ナァーザだ!」

 

「……ありがとう。でも最近は卵の物価が高くなってきているから……大変……」

 

「そうだよねー! ボクのバイト先も、ジャガ丸くんの値段がちょっと上がっちゃってさ! お客さんから時々苦情(クレーム)を貰うんだよね!」

 

「うむ。最近はあらゆる物の物価が上がっていると聞く。私達のような弱小派閥(ファミリア)にとっては一大事だな」

 

 連日続いた豪雨は嘘であったかのように、迷宮都市は快晴が続いていた。

 それはまるで神々や精霊が祝福をしているようだと、吟遊詩人は(うた)う。

 そして早朝の時間帯、【ミアハ・ファミリア】本拠(ホーム)──『(あお)薬舗(やくほ)』もまた、訪れた一日に感謝しながら準備を行っている所だった。

 

「あ、あのっ!」

 

 それまで黙っていたリリルカが、意を決したように顔を上げた。それまでの会話を中断し、ベル、ナァーザ、ヘスティア、ミアハが小人族(パルゥム)の少女へそれぞれ顔を向ける。

 

「ずっと思っていたのですが! リリ、此処に居ても良いんでしょうか!?」

 

 それは、リリルカが尋ねようと何度も思っては中々口に出せないでいた事だった。

 リリルカ・アーデはベル・クラネルに助けられてから現在に至るまで、【ミアハ・ファミリア】にて厄介になっていた。平たく言えば、居候である。

 その疑問に答えたのは、ベルだった。自信満々に言う。

 

「何を言っているんだ! 良いに決まってるじゃないか!」

 

「……おいおい。居候しているボク達が言える事じゃないだろう」

 

「うーん、ド正論だネ☆」

 

 女神が呆れたように溜息を吐くと、ベルはアルカイックスマイルを浮かべて流した。

 

「リリルカよ、どうしてそう思うのだ?」

 

 男神が優しい笑みを携えて、そう尋ねる。

 その藍色の瞳を直視出来ず、リリルカは小声で答えた。

 

「皆さん知っての通り、リリは犯罪者なんですよ……? それなのに、こんな、匿うような真似……」

 

「だがそれは、既に先日解決した事だろう。其方は『犯罪者』ではなく、『被害者』だ。少なくとも管理機関(ギルド)はそのように判断している。違うか?」

 

「そ、それは違います!」

 

「それは何故だ?」

 

「だってそれは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 事実だった。

 ベルが『都市の憲兵(ガネーシャ・ファミリア)』すら抱き込んで、リリルカが『被害者』だと強く主張する事で、彼女に疑惑の目が向けられる事はなかった。リリルカは必要時以外口を閉ざし、ベルの話に矛盾点が生じないようにしていた。そういう風に、事前にベルから言われていた為だ。

 

「……確かにリリは内部告発文を書いてそれを管理機関(ギルド)に送りました! でもそれは本当に偶々で! せめて死ぬ前に一泡吹かせたくて! こんな……自分の罪を有耶無耶にしようだなんて、そんなつもりは!」

 

 そんなつもりはなかったのだ。本当に、なかったのだ。何せリリルカは、死ぬ気でいたのだから。

 

「……リリは、どうすれば……」

 

 リリルカ・アーデは迷っていた。

 だが過程はどうであれ、結果として、リリルカ・アーデはベル・クラネルに助けられた。そして、これからも生きる事を選んだ。

 その事実は変わらない。それ故に、リリルカは迷う。

 すると。

 

「まあ、良いじゃないか。確かに君は一度道を間違えたけど、今は反省している。そしてその事実を、此処に居るボク達は知っている。それで十分だろう」

 

 ヘスティアがパンをモグモグと咀嚼しながら、そんな適当な事を言った。驚愕するリリルカを他所に、ベルが「ヘスティアだって、私と同じ居候の身。つまり、同じ穴の狢。説得力に欠けるぞー!」と意趣返しをする。

 ヘスティアはそれを無視すると、蒼の瞳を向けて言った。

 

「折り合いを付けるのは、君自身だよ。自分を(ゆる)せるのは、自分だけなんだ。それを他者に求めちゃ駄目だぜ」

 

「うむ、ヘスティアの言う通りだ」

 

「ヘスティア様、それにミアハ様……」

 

 女神と男神の言葉に、リリルカは考え込む。神々は、それを尊んだ。

 それこそが子供達の特権だとでも言うかのように、神々は助言や見守るこそすれ、介入はしない。

 朝食が終わる頃、考えを纏めたリリルカは頭を下げて言った。

 

「……改めて、お願いです。知っての通り、私には帰る場所がありません。これからも、お世話になっても宜しいでしょうか?」

 

「無論、構わぬ。ナァーザも、良いな?」

 

「私はどちらでも……ただ、居候するなら、家事とか手伝ってくれると嬉しいな……」

 

「はい、喜んで!」

 

 久しく浮かべていなかった満面の笑みを浮かべ、リリルカ・アーデは物語を再度紡ぎ始める。

 その様子を、ベルとヘスティアは穏やかな顔で見守っていた。

 

 ──賑やかな朝食を終え、『青の薬舗』は本格的に一日の活動を開始した。

 

 家主である【ミアハ・ファミリア】は店を開ける準備を。

 居候している【ヘスティア・ファミリア】及びリリルカ・アーデはダンジョン探索の準備を。尚主神のアルバイト先であるジャガ丸くんの屋台は本日休みであり、ヘスティアは【ミアハ・ファミリア】を手伝う事となった。

 ヘスティア、ミアハ、ナァーザが、ダンジョンへ赴くベルとナァーザを見送るべく玄関に集まる。

 

【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】──【シンダー・エラ】

 

 リリルカがその詠唱を口ずさんだ瞬間、魔力の光と共に姿形が大きく変わった。()()()()()()()()小人族(パルゥム)()()()()()()()()()()()()。身長こそ変わっていないもののその特徴は間違いなく亜人族(デミ・ヒューマン)のそれであり、その髪と瞳はベル・クラネルと同じ白髪紅眼である。

 

「おお! すっごいね! これが君の『魔法』かい?」

 

 ヘスティアが感嘆したようにぱちぱちと拍手を送った。

 その確認に、リリルカは肯定の頷きを返す。

 

「はい、そうです。これがリリの発現したたった一つの魔法──【シンダー・エラ】です」

 

「私も初めて見た……変身魔法……?」

 

「仰る通りです、ナァーザ様。体格を変える事は出来ませんが、それ以外の事なら大体可能です。衣服すらも想像(イメージ)する事で変更出来ますが、逆に言うと正しく想像(イメージ)出来なければ失敗します」

 

 リリルカ・アーデが発現させた固有魔法(オリジナル)──【シンダー・エラ】は使い所を間違えなければ強力な魔法だった。

 事実、聡いリリルカはこの魔法の有用性にすぐに気が付いて悪用し、盗賊家業を行っていたのである。

 

「苦渋の決断ではありますが、リリはこの人の歳の離れた妹、という設定で行きます。実際、この迷宮(ダンジョン)都市でそれはあまり珍しくありませんから」

 

「うおおおおおお! 新たな扉が開かれる!? くぅ、だが私は幼女趣味(ロリコン)でも妹趣味(シスコン)でもないぞぅ!?」

 

「あの! リリは貴方よりも一個上ですからね!?」

 

「それはそれで有り!」

 

 とてもイイ笑顔で親指を立てるベルに、青筋を浮かべるリリルカ。そんなリリルカに、ナァーザが面倒臭さを隠さずに溜息を吐きながら、話を進めた。

 

「それで……? リリルカはそんなに大きな荷物を持って大丈夫なの……?」

 

 犬人の指摘通り、支援者(サポーター)の荷物はとても多くあった。地味な色のバックパックは市場で売られているのを買い直した物であり、既にある程度膨らんでいる。留め具には、一本の長剣──ベルの予備(スペア)である《プロミス─Ⅱ》──と数本の『魔剣』が留められていた。

 

「いくら『恩恵』持ちでも、Lv.1のリリルカじゃ厳しくない……?」

 

「ご心配には及びません。リリにはそれを補助する『スキル』がありますから!」

 

「へえ、そうなんだ……それは凄いね……」

 

 僅かに目を見張り、ナァーザがそう言った。

 それを聞いたベルも、会話に混ざる。

 

「可笑しいとは思っていたが、やっぱり『スキル』のおかげだったんだな」

 

「ええ。『縁下力持(アーテル・アシスト)』。無いよりはマシの『スキル』ですが……これに助けられてきたのも事実ですね」

 

縁下力持(アーテル・アシスト)』とは、一定以上の装備過剰時に於ける能力補正。能力補正が重量に比例するこの『スキル』は、簡単に言えば、沢山の荷物を持ち運ぶ事が可能になるという物だ。

『スキル』の発現は本人がそれまで歩んできた物語に大きく影響する。この『縁下力持(アーテル・アシスト)』は、これまでのリリルカ・アーデの象徴とも言える『スキル』だろう。

 

「しかし、良かったのか? 私達に『魔法』と『スキル』の事を話して?」

 

 基本的に、能力値(ステイタス)は秘匿すべき物だ。それは例え、同じ主神を持つ【ファミリア】という組織の中でも同様である。

 らしくないリスクを冒す行動にベルが疑問を投げると、リリルカは「別に」とそっぽを向いて言った。

 

「……これから先の迷宮(ダンジョン)探索を思えば、隠す方が身の危険だと思っただけです」

 

「ふぅーん。そっかぁー!」

 

「……何ですか、その含み笑いは?」

 

 ニマニマと笑うベルにリリルカが尋ねると、ベルは言わなくても良いのに、先程と同様、とてもイイ笑顔を浮かべて、空気を読まずこう言った。

 

「リリが私の事を仲間だと思ってくれているんだと思ってな! これ程嬉しい事はないだろう!」

 

「〜〜!? あ〜もう! 本当に、貴方って人は!?」

 

 顔を真っ赤にしてリリルカが怒鳴るも、ベルにはまるで効かない。

 ベルは、誰が見てもハイテンションだった。

 

「それじゃあ、行ってくる! 今日の稼ぎは期待しててくれ! 何せ、リリルカとの本当の意味でのダンジョン探索が始まるからな! ガハハハハ!」

 

「いやいや、言っておきますけど、仕事は真面目にやっていましたからね!? 手なんて抜いてませんからね!?」

 

「フッ、それなら益々期待出来るというものだ! 今の私に死角なし!」

 

 リリルカのそんな指摘すら、今のベルにとっては気分を良くするものでしかなかった。

「行ってきまーす!」と元気良く『青の薬舗』を飛び出し、巨塔(バベル)へ向かう。落ち着きのないベル・クラネルは人の話を聞かない事でも友人間の間では有名だった。

 

「あー、もう! 待って下さい!? ──えっと、それじゃあ、行ってきます」

 

 置き去りにされた事に憤慨しつつも、リリルカは控え目に『行ってきます』の挨拶を口にする。それは小人族(パルゥム)の少女が『青の薬舗』を帰るべき家だと思っている証拠であった。

 

 

 

§

 

 

 

「……それで? ダンジョンに行くのではなかったのですか?」

 

 ベルに追い付いたリリルカが、そう尋ねる。

 その質問に、ベルは「そうなのだが」と前置きしてから言葉を続ける。

 

「その前に、『豊穣(ほうじょう)女主人(おんなしゅじん)』に寄っていこうと思う」

 

「『豊穣の女主人』と言うと……この前行った酒場ですね?」

 

「ああ、そうだ。最近は色々とあったから、あまり行けてなかった。私の直感が告げてくる。そろそろ一度顔を店に行かないとあとが怖い」

 

 主に金を落とせと言ってくる女将(ミア)とか、無言の黒い笑みを浮かべてくる給仕(シル)とか。

 ベルが身体をぶるりと震わせ戦々恐々としていると、リリルカが顔色を少し悪くさせながらこう申し出た。

 

「すみません、リリは先に行ってても良いですか?」

 

「……それは構わないが、何か理由でもあるのか?」

 

「えーっと……そう、道具(アイテム)を補充したくてですね! 実は幾つか足りない物があったんですよ!」

 

「……? 昨日、ヘスティアと買い足しに行っていたのではなかったか?」

 

 ベルが昨日【ロキ・ファミリア】へ足を運んでいた間、ヘスティアとリリルカの二人は仲良くショッピングへ出掛けていた。ショッピングと言っても、ダンジョン探索用の買い足しである。

 ベルの指摘に、リリルカはギクッと視線を彷徨わせる。

 

「実はですね……──」

 

 暫く経って、リリルカは観念したように白状した。

 給仕(ウェイトレス)のシル・フローヴァに疑いの目を掛けられてしまった事。幸い、盗賊家業をしていた事は露呈しなかったものの、リリルカの中では苦手意識が芽生えてしまい、出来れば極力顔を合わせたくない事を打ち明けた。

 

「そんな事があったのか。初耳だな」

 

「……そりゃあ、そうですよ。今言いましたからね」

 

「兎も角」とリリルカは続けて言った。

 

「あの時とは違い、今のリリは犬人(シアンスロープ)ではなくヒューマンです。どうしても言うのなら一緒に行っても良いですが、リリの事はどのように説明するのですか?」

 

「まあ、確かにそうだな。まさか、リリの事情を一から十まで全て説明する訳にも行かないし……分かった。そういう事なら、暫くは近付くのをやめよう」

 

「ええ、それでお願いします」

 

 ホッと、リリルカがベルの返事を聞いて胸を撫で下ろす。

 摩天楼施設を囲っている中央広場(セントラルパーク)で合流する事を約束し、ベルは一旦、リリルカと別れた。

 朝風を感じながら西のメインストリートに出て、そのまま酒場へ向かう。『OPEN』の看板はまだ出ていない。

 

「シルー! ミア母さーん! 私が来たぞ! このベル・クラネルがな!」

 

 分厚い扉を何度か叩き、来訪を告げる。

 反応はすぐにあった。「朝から何だニャ!? 煩いニャア!」と言いながら、猫人(キャットピープル)の女子が扉を開ける。

 

「おおっ! アーニャじゃないか! 久し振りだな!」

 

「うげぇ!? 誰かと思ったら白髪頭ニャ!?」

 

 ベルの姿を認めた瞬間、アーニャは面倒臭さを隠さずに溜息を吐いた。

 

「お(ミャー)のテンションには、さしものアーニャと言えど付いて行けないニャ。やれやれニャ」

 

「いやぁ、それ程でも!」

 

「褒めてないニャ呆れてるニャ」

 

 そう言うと、アーニャは再度溜息を吐いた。

 そんなアーニャへ、ベルは「そう言えば」とある事を思い出して言った。

 

「ミア母さんから既に聞いてるとは思うが、アーニャが貸してくれた本、他の客が忘れてしまった魔導書(グリモア)だったみたいでな」

 

「ニャニャ!?」

 

「ミア母さんには怒られなかったか?」

 

 アーニャはあからさまに視線を右往左往させた。そして、上擦った声を出す。

 

「だだだだだ大丈夫ニャ!? ニャーは大丈夫ニャ!?」

 

「いやいや、その反応を見て『そっか、それなら良かった!』と言う程私は鈍感ではないぞ。そうか……やっぱり、ミア母さんに怒られたんだな!?」

 

「違うニャ!? ミア母ちゃんは大丈夫だニャ!? 寧ろ同情されたニャ!?」

 

「……? 同情? 何で?」

 

「何でって、そりゃあ……──コホン。兎も角! 本当に、本っ当に大丈夫ニャ! そんな過去の事をグズグズと考えているから、お(ミャー)の髪の毛は白くなるんだニャ!?」

 

 唾を飛ばす勢いでニャーニャーと喚く猫人(キャットピープル)は、ベルの目から見ても様子が変だった。

 

「私のこれは地毛なのだが、それはそうとして……」

 

 詳細を知りたかったベルだが、アーニャの尋常ならざる様子から、これは決して口を割る事はなさそうだと判断。気にはなったが大人しく引き下がった。

 そうこうしていると、ドスンドスン、と巨体が近付いてくる音と共に怒声が飛んでくる。

 

「こんの、アホンダラ共が! 朝から煩いよ! 近所迷惑を考えろと、何回言ったら分かるんだい! えぇ!?」

 

 ベルとアーニャは顔を青ざめた。顔を見合わせた二人が恐る恐る顔を向けると、そこには、文字通りの(オーガ)が居た。

 

「今日という今日は許さないよ! 二人とも、そこに立ちなァ!」

 

「「はいぃぃぃぃぃ!」」

 

 悲鳴を上げ、ベルとアーニャは正座をした。それから数分に渡り、二人は女主人の折檻を受けるのだった。

 

「ところでミア母さん、今日はシルは居ないのか?」

 

 後頭部にたんこぶを作ったベルが──アーニャは手こそ出されていないが、馬車馬の如く働かされる事になった──、店内を見回しながら首を傾げる。すっかりと友人と言える間柄となった給仕達の中に、薄鈍色の髪を持つ女子は居なかった。

 

「シルは今日休みです、クラネルさん」

 

 女将の代わりに、見目麗しい妖精(エルフ)が答える。

 

「……そうか。それは残念だ。とはいえ、此処に来た事実は変わらない。リュー、シルには私が来た事を伝えて貰って良いか?」

 

「承知しました。伝えましょう」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 リューに礼を言い、ベルは「それじゃあ」と建物から出ようとする。

 そんなベルを、「待ちな!」とミアが呼び止めた。

 

「坊主、まさか一銭も支払わないで出ようって言うんじゃないだろうね?」

 

「いや、そうは言っても店はまだやっていないのだろう? それに、朝食は済ませてきたし……」

 

 流石にこれ以上腹に何か入れたら、ダンジョン探索に支障をきたしかねない。ベルの胃袋は普通の大きさなのだ。

 

「昼飯は?」

 

「えっ?」

 

「昼飯はどうするつもりなんだい?」

 

 聞かれるがまま、ベルは答えた。

 

「適当な携行食にするつもりだが……」

 

「そうかい。それなら、ちょっと待ってな」

 

 ベルの返事を聞くや否や、女将は厨房に立った。魔石製品を操作して火を付け、その上にフライパンを置き油を敷く。

 困惑するベルに、ミアは視線を寄越す事なく言った。

 

「特別サービスだ。昼飯の弁当、作ってやる」

 

「……良いのか?」

 

「言っておくけど、無料(タダ)じゃないからね! 分かったかい!?」

 

 その言葉を聞いたベルは、満面の笑みを浮かべた。懐から巾着袋を取り出し、それを数枚長台(カウンター)の上に置く。

 

「二人前頼む、女将!」

 

「あいよ!」

 

 客の注文に、女将は威勢の良い声で答えた。

 長台(カウンター)席に座りベルが弁当の完成を待っていると、「クラネルさん」とリューが話し掛けてきた。

 

魔導書(グリモア)を読んでしまったとの事ですが、『魔法』は使いこなせてますか?」

 

「ああ、それがな……実はあんまりだ」

 

 以前、ベルは嘗て冒険者だったというリュー・リオンに『魔法』について相談していた。その内容は主に『魔法』の発現方法だったが、ベルは魔導書(グリモア)を読む事で強制的に発現させ、入手に至っている。

 

「詳しく話を伺っても宜しいでしょうか?」

 

「もちろんだ! と言いたい所だが……私の『魔法』は少し特殊でな。主神からもあまり使わないよう言われているんだ」

 

「……なんと。本当に、貴方は不思議な御仁ですね」

 

 僅かに驚きを見せ、リューがそう言う。

 ただせっかくの親切心を無下にするのも申し訳なく、ベルは一般的な範囲での質問をする事にした。

 

「何回か使って思ったのは、魔力を練る事の難しさだな。これはやはり、何回も経験して慣れるしかないのだろうか?」

 

「そうですね、基本的にはそうなります。魔法適正のある妖精(わたしたち)とは違い、クラネルさんのような只人は『神の恩恵(ファルナ)』を受ける事でその『可能性』が芽吹いていますから」

 

「そうか……そうなると、道は長そうだな……」

 

 げんなりとした表情を浮かべるベルに、リューは真面目な表情で言った。

 

「最初は棒立ちの詠唱で構いません。魔力を練り、そして『魔法』を放つ。まずはこれを意識して下さい。それに慣れ、問題なく出来るようになったら次は並行詠唱へ挑戦するのが良いかと」

 

「並行詠唱か……」

 

「ええ。攻撃、防御、回避、移動などと言った様々な行動を同時に行いつつ『魔法』の詠唱を行う事です。当然、棒立ちでの詠唱とは難易度が段違いですが。しかしこれを極めれば、移動砲台となる事も決して夢ではありません」

 

「ちなみに、リューは出来るのか?」

 

「人並みには修得しています」

 

 真顔でリューは頷いた。

 何でこんな凄い人が酒場の給仕(ウェイトレス)なんてやっているんだろう、ベルは心からそう思った。

 

「クラネルさんなら大丈夫だとは思いますが、『魔力枯渇(マインド・ゼロ)』と『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』にもくれぐれも気を付けて下さい。どちらも死に直結しますから」

 

魔力枯渇(マインド・ゼロ)』とは、精神力(マインド)が文字通り枯渇している状態の事を指す。これが無くなった際、気絶すれば御の字で重症だと後遺症を患う事例(ケース)もある。

魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』とは、『魔法』を使う為に練った魔力、集中力の欠如等によって制御(コントロール)に失敗し、それが魔力という純粋なエネルギーのまま暴発する事を指す。

 

「特に『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』は危険だ。クラネルさんにはまだ縁のない話かもしれませんが、他派閥との『抗争』の際、敵魔導士が『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』を利用し自爆覚悟で突貫してくる事もある。手負いの魔導士にはくれぐれも注意して下さい」

 

「ああ、肝に銘じるよ」

 

「それなら良かった。しかし、先程も言いましたが……貴方は不思議な御仁だ。初めて『魔法』を発現させれば殆どの冒険者は大なり小なり調子に乗り痛い目にあいますが……話をしている印象ではありますが、貴方からそれはあまり感じられない。何か理由でもあるのですか?」

 

 妖精の瞳に見詰められたベルは、こう惚ける。

 

「さて、どうだろう。自分では分からないが、魔法種族たる貴女にそう言われると言うのなら、きっとそうなのだろうな」

 

「……なるほど。つまり、答える気はないという事ですね」

 

「はははっ、『秘密』の特権は、何も女子(おなご)だけの物じゃないという事だ」

 

 ベルが大きく笑っていると、ドン! と長台の上に風呂敷で包まれた弁当箱が置かれる。

 

「待たせたね! 注文通り、二人前だよ!」

 

「ありがとう、ミア母さん! 食べる時が今から楽しみだ!」

 

「フンッ、世辞は良いよ! 次来る時はもっと金を落としていきな! 分かったね!?」

 

「ああ、約束だ」

 

 冒険者はいつ死ぬとも分からない職業である。それを分かっていながら、ベルは『次』を約束する。

 冒険者の返答に、女将は満足したようだった。両腕を組み、「ほら! いつまでそうしているんだい!」と言う。

 これ以上の長居は危険だと判断し、ベルは慌てて椅子から立つと出口へ足を向けた。

 

「リュー! それじゃあ、行ってくる!」

 

「お気を付けて。ご武運を」

 

 妖精の給仕に見送られ、ベルは片手を振りながら酒場を後にする。そして、仲間との合流場所──巨塔に向けて走り始めるのだった。

 

 

 

§

 

 

 

 西のメインストリートの石畳を走るベルは、普段よりも人の往来が激しい事に気が付いた。

 

「……? 何かあるのか?」

 

 疑問を抱きつつも、足を止める事はしない。これ以上仲間の少女を待たせると皮肉を言われる未来が、ベルの脳裏にはありありと浮かぶ為である。

 

「バベル……? いや、中央広場(セントラルパーク)に集まっているのか?」

 

 それは正解だった。

 ベルが西のメインストリートを出て中央広場(セントラルパーク)に差し掛かろうとした時には、朝の時間帯とは思えない程、沢山の人が居たのである。

 これにはベルも足を止めざるを得なかった。走り抜けるだけのスペースは僅かにあったが、ぶつかる可能性の方が高いと判断した為だ。ゆっくりと歩いていると、ベルは、ある事に気が付く。

 

(冒険者も多いが……一般市民の方が多い)

 

 ダンジョンへ向かう冒険者。それ以上に、一般市民が多く居る。彼らは一様に、興奮しているようだった。顔を輝かせている子供達に、笑顔を浮かべている大人達。

 中央広場(セントラルパーク)の至る所では出店が開いており、客を呼び込む声が行き交っている。

 

「道草食いすぎですよ!」

 

 その声にハッとベルが下を向くと、そこには不機嫌丸出しのリリルカが居た。本人は睨み付けているつもりなのだろうが、その愛くるしい容姿の所為で迫力はあまりない──とは、さしものベルも言わなかった。

 

「そんなにも、あの給仕と長話をされていたんですか?」

 

「いや、彼女は休みだった。実はだな、リリ。ミア母さんが親切に弁当を作ってくれてな! 今日の昼食は期待して良いぞ!」

 

「……なるほど。手土産があるのなら、まあ、許しましょう」

 

 リリルカとしても、味気ない携行食は出来れば避けたいらしかった。

 中央広場(セントラルパーク)の隅に移動し、弁当を慎重にバックパックへ入れるサポーターを見守りながら、ベルは情報通の彼女へ尋ねる。

 

「この沢山の人は一体何なんだ? 皆、熱に浮かされたように興奮しているように見えるが」

 

「ああ、そう言えば貴方はまだこの都市にきてまだ日が浅かったですね。これは、『見送り』ですよ」

 

「……『見送り』?」

 

 首を傾げるベルに、リリルカはナップサックを背負い直して言った。

 

「ええ、今日は【ロキ・ファミリア】の『遠征』が始まる日ですから。皆、その『見送り』に来ているのです」

 

「確かに今日は『遠征』があると聞いてはいるが……こんなにも集まるのだな……」

 

 時間の経過と共に、人々は増えていく。

「興味があるのなら、見に行きましょうか」と、リリルカが提案する。ベルはそれに頷いた。

 

「そろそろ、貴方のご友人……【勇者(ブレイバー)】が演説を始める頃だと思います。急ぎましょう」

 

 リリルカの後を追い、ベルは中央広場(セントラルパーク)を移動する。

 そして、人集りが一番大きい場所に辿り着く。数えるのも億劫になる程の何重もの『層』に、ベルは驚愕する。

 そして。

 ベル・クラネルはその光景を見た。

 

「──総員、これより『遠征』を開始する!」

 

 白亜の巨塔を背に、一人の小人族(パルゥム)が声を張り上げる。

 左右の傍らに控えているのは、土の民(ドワーフ)の大戦士に王族(ハイエルフ)の魔導士。

 そして三人と向き合うようにして、都市を代表する派閥の眷族が整列していた。

 それまでの喧騒が嘘であったかのように静寂が生まれる。

【ロキ・ファミリア】団長──【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナは自身の長槍(ジャベリン)を石畳の上に突き立て、『演説』を始める。

 

「階層を進むにあたって、今回も部隊を二つに分ける。最初に出る一班は僕とリヴェリアが、二班はガレスが指揮を執る! 18階層で合流した後、そこから一気に50階層へ移動! 僕等の目標は他でもない、未到達領域──59階層だ!」

 

 ()()()()()()()()()

 この場に居る全員の耳朶(じだ)を震わせるそれは、決して大声でもなければ叫び声でもなかったが、まるで『風』のように行き渡った。

 

「君達は『古代』の『英雄』にも劣らない勇敢な戦士であり、冒険者だ! 大いなる『未知』に挑戦し、富と名誉を持ち帰る!」

 

 都市の住民が。

 冒険者が。

 神々が。

 多くの人々が見守る中で、【勇者(ブレイバー)】は宣言する。

 

「犠牲の上に成り立つ偽りの栄誉など要らない! 全員、この地上の光に誓って貰う──必ず生きて帰ると!」

 

 暫しの別れを惜しむように、【ロキ・ファミリア】が蒼穹に想いを馳せる。

 そして、【勇者(ブレイバー)】は号令を放った。

 

「遠征隊、出発だ!」

 

【ロキ・ファミリア】が(とき)の声を上げ、『見送り』に来た人々が大歓声を上げた。

 

「──と、まあ、こんな感じですね」

 

【ロキ・ファミリア】が白亜の巨塔へ行った後も、中央広場(セントラルパーク)には暫く熱気があった。

 

「……少し、意外ですね。貴方ならもっと騒ぎ立てると思っていたのですが……いっそ気持ち悪いくらいに落ち着いていますね」

 

 それまで興味なさそうに『演説』を冷ややかに見ていたリリルカが、ベルに話し掛けた。

 話を振られたベルは「そうでもないさ」と答える。

 

「事実、興奮した。同時に、感動もしたよ」

 

 続いて、ベルは言った。

 

「今尚、この『文化』は残っているのだと思うと嬉しいな。きっと、『彼等』もそう思うだろう」

 

「……? それはどういう意味──」

 

「ベルさん」

 

 リリルカの言葉に被さるようにして、ベルに声を掛ける人物が居た。

 精緻な人形を思わせる銀髪の少女は、「おはようございます」と挨拶をする。

 

「アミッド女医!」

 

 友人との久し振りの再会に、ベルが喜びの声を出す。

 

「驚いた! まさかこんな所で会えるだなんて!」

 

「ええ、そうですね。普段はあまり此処には来ませんから。今日は、【ロキ・ファミリア】の皆様へ、餞別の品を渡す為に来ました」

 

「そうか!」

 

 ベルと話をするアミッドは、そこでリリルカに目を向ける。

 ベルは初顔合わせを手伝った。

 

「アミッド、こちら最近私の仲間になったリリルカ・アーデだ。この前会った時に話題に出しただろう。──リリルカ、こちら私の友人のアミッド・テアサナーレだ」

 

 初めましてと、握手を交わすアミッドとリリルカ。

 そしてそのタイミングで、アミッドが小首を傾げリリルカに尋ねた。

 

「失礼、私、貴女と何処かでお会いした事がありますか?」

 

「い、いえ。初対面ですが……」

 

「……そうですか。失礼致しました。気の所為だったようです」

 

 奇妙な会話をする二人がベルは気になったが、追及するのは憚られた。

 

「そうだ! 貴女から貰った万能薬(エリクサー)のおかげで、また命拾いした! ありがとう!」

 

 ベルが笑顔でお礼を言った、その瞬間。

 それまで薄いながらも微笑みを浮かべていたアミッドの雰囲気が、文字通り、豹変した。

 

「いやぁー、本当に助かった! 感謝してもし足りないくらいだ!」

 

 リリルカが、『あっ、これ地雷を踏みましたね』と察する中、それに気付かないベルは呑気に笑っていた。

 

「ベルさん」

 

 そんなベルに、アミッドは真顔で一歩詰め寄る。

 そこでようやく、ベルは友人の不穏な気配に気が付いた。

 

「ア、アミッド女医……?」

 

万能薬(エリクサー)を使った……? ベルさん、どういう事ですか? 詳しい説明を求めます」

 

 ベルは悟った。

 あっ、これ怒られるパターンだ、と。

 

「正座して下さい」

 

「い、いやぁー? アミッド女医、流石の私も人の往来の激しいこの場所でそんな事をする勇気はないと言うか何と言うか……──」

 

「そんな事?」

 

「はいもちろん喜んでそうさせて頂きます」

 

 光の速度で正座し、ベルは恐る恐る友人を見上げた。

 アミッドは無表情だった。目も一切笑っておらず、人形のような整った顔は、却って見る者を恐怖に追いやるだろう。

 その様子を、熱気から冷めつつあった街の人々は遠巻きに眺めた。だが好奇の眼差しも、怒れる聖女には些事でしか無かった。

 

「説明、して下さいますね?」

 

「……はい」

 

 紫水晶の瞳に見下ろされながら、ベルは懺悔した。

 ダンジョン探索中に『怪物の宴(モンスター・パーティー)』に遭い、仲間のリリルカが深手を負った事。その傷を癒す為に、万能薬(エリクサー)を使った事。

 全てを聞いたアミッドは、「なるほど、経緯は分かりました」と言い、項垂れているベルに声を掛けた。

 

「冒険者である以上、異常事態(イレギュラー)に遭遇するのは日常茶飯事ではありますが……本当に、貴方はよく巻き込まれますね」

 

「ははは、そう褒めてくれるな」

 

「褒めてはいません」

 

「…………はい、すみません」

 

「いつまでそうしているつもりですか。立って下さい」と中々に理不尽な事を言ってくる友人に、ベルは、絶対に逆らわないようにしようと決意した。

 古今東西より、普段優しい人間を怒らせると怖いのだ。

 

「……あまり、私を心配させないで下さい。万能薬(エリクサー)を使ったと聞いて、また、貴方の身に何かあったのだと……」

 

「ありがとう。心優しい友人を持てて、私は幸せだ」

 

「……またそう言って誤魔化すのですね」

 

「ああ、いや……そういうつもりではなかったのだが……」

 

 片頬を掻きながら、ベルは困ったように笑った。

 アミッドは溜息を吐くと、表情を戻して言った。

 

「お時間を頂いて申し訳ございません。お二人とも、ダンジョンに行かれるのですよね?」

 

「ああ、そうだ」

 

「そうですか。それなら、くれぐれもお気を付け下さい。ご武運を」

 

 そう言うと、アミッドは一礼してから離れていった。

 その後ろ姿をベルが眺めていると、薄情にも、ベルが懺悔している間赤の他人の振りをしていたリリルカが合流してくる。

 

「貴方はとことん、奇妙な縁を持っていますね」

 

「……そうかな?」

 

「そうですよ。【勇者(ブレイバー)】と言い、【戦場の聖女(デア・セイント)】と言い……これからの私を思うと、今からでも頭痛と胃痛がします」

 

 続けて、リリルカは言った。

 

「所で、アミッド様とは本当にただのご友人なのですか? 随分と親しいご様子でしたが」

 

「……? まあ、仲が良いとは思うが、それだけだな」

 

「………………はあ。なるほど、なるほど。よく分かりました」

 

「……? 何がだ?」

 

「べっつにー!」

 

 べーッ! と舌を出し、リリルカはバベルへ走っていく。ベルは首を傾げながら、その後を追うのだった。

 摩天楼施設に入ると、先に出発した筈の【ロキ・ファミリア】の遠征隊が他の冒険者の邪魔にならないよう隅に居た。

 

「まだ居たんだな」

 

「今は冒険者のダンジョンへの出入りが最も激しい時間帯ですからね。時間を少しズラしているのでしょう」

 

【ロキ・ファミリア】のような大手派閥が『遠征』の為とは言え『上層』を通り抜ける際にモンスターを倒すと、他弱小派閥から批判が向けられてしまう。それを防ぐ為の措置である。

 リリルカの説明に、ベルは納得した。

 

「声を掛けなくても良いのですか? 今更、ダンジョンに行くのが遅くなっても文句は言いませんよ?」

 

 それはリリルカなりの気遣いだった。

 しかし、ベルは少し考えた後に首を横に振る。

 

「……いや、良い。それは昨日済ませてきた。私の出る幕はないさ」

 

「そうですか。それなら、行きましょうか」

 

 ベルはその言葉に頷くと、最後にもう一度だけ【ロキ・ファミリア】を一瞥してから、ダンジョンへ通じる螺旋階段を降りるのだった。

 

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