さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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搾取してきた者の末路

 

 ダンジョン、11階層。

 霧が立ち込め視界もままならないこの階層で、大型級モンスター、オークの豚のような悲鳴が響いた。

 

「……チッ、こんなんじゃ全く金にならねぇ!」

 

 その獣人の男──カヌゥは『魔石』の小ささに舌打ちすると、近くに生えていた枯木に八つ当たりした。

 それを見たパーティメンバーが、「まあ、落ち着けよ」と窘めるも、それは火に油を注ぐだけだった。

 

「黙れ! 課せられたノルマを達成しねぇと、団長に殺されるんだぞ、こっちは!? 分かってんのか!?」

 

「別に殺されはしないだろ。ただ、奴隷のように扱われはするだろうけどよ」

 

「同じ事だろうが、この馬鹿野郎が!」

 

 カヌゥの怒声がダンジョンに響く。

 パーティメンバーが「おい、静かにしろよ! モンスターが来たらどうするんだ!」と慌てる中、カヌゥの苛立ちは募るばかりであった。

 

「ちくしょう……本来なら今頃は、派閥幹部になっている予定だったのによ!」

 

 それもこれも、とカヌゥはゴブリンを斬殺しながら感情のままに叫んだ。

 

「それもこれも、全てはあの糞小人族(パルゥム)の所為だ! 死んで尚、俺の足を引っ張ってきやがる!」

 

 脳裏に思い浮かぶのは、自分がこれまで虐げ、搾取してきた小人族(パルゥム)だった。

 

「全てが完璧だった。ああ、全てが完璧だったんだ! それが……クソッ!」

 

 触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに、パーティメンバーは放置する事に決めたようだった。

 元々、カヌゥ達には仲間意識など微塵もない。このパーティの中で最も強いのがカヌゥだから、カヌゥをパーティリーダーにしているに過ぎない。もしカヌゥ以上の人物が居れば、彼等はカヌゥを見限りその人物に付き従うだろう。

 ただ同じ派閥(ファミリア)に属している、赤の他人。それが彼等の共通認識である。

 

「糞が! あいつが、あの糞小人族(パルゥム)の所為で!」

 

 カヌゥは、とある計画を立てており、それを実行した。だがそれは失敗に終わり、現在、窮地に追いやられていた。

 

 

 ──全ての始まりは、他所の派閥(ファミリア)の冒険者から声を掛けられた時だった。

 

 

 その冒険者は、【ソーマ・ファミリア】の団員を探していると言った。普段ならそんな面倒事無視をするカヌゥだったが、その日は機嫌が偶々良く、話を聞いてやろうと思ったのだった。

 その冒険者曰く、【ソーマ・ファミリア】所属のサポータ──―リリルカ・アーデに金品を騙し取られたの事だった。同じ派閥(ファミリア)の団員が行った事へのケジメを付けろと、その冒険者はカヌゥへ訴えた。

 話を聞いたカヌゥだったが、当然、それに頷く筈もない。

 カヌゥからしてみれば、騙される方が悪いのだ。それ所かカヌゥは、リリルカを評価さえしていた。どうやら自分が暫く面倒を見ていなかった間に、あの弱者は抗う術を身に付けたようだ。

 冒険者の話を聞いたカヌゥは、適当にあしらう事にした。リリルカにこの話をネタにして脅すのは確定だが、それはそうとして、他派閥との面倒事など起こしたくもない。

 そんなカヌゥの態度からそれを察したのだろう、その冒険者──ゲドと名乗った大剣使いの大男は言った。

 自分だけでなく、他の冒険者パーティも被害にあっている。その被害はとても大きく、中には貴重な『魔剣』や『ドロップアイテム』を盗まれた所もある──と。

 それを聞いたカヌゥは、疑問に思った。あの弱者にそれだけの事が出来るだけの力があるとは、曲がりなりにも同じ派閥に属しているカヌゥには思えなかったのだ。

 そんなカヌゥへ、ゲドはその理由を言った。

 ゲド曰く、リリルカ・アーデには『魔法』があり、それを使って悪事を働いているというのだ。

『魔法』。

 それは、一部の冒険者だけが発現出来る『可能性の塊』。『神の恩恵(ファルナ)』により、人類の全種族がそれを可能としたのは事実だが、それでも必ず発現出来る訳ではない。それがましてや、小人族(パルゥム)なら尚の事である。

 甚だ疑わしいと思うカヌゥへ、ゲドは力説した。曰く、金品を騙し取られた事に気付いたゲドがリリルカを追うと、丁度、『魔法』の『詠唱』をしていた所であり、姿形が変わったのだと言う。

 話を最後まで聞いたカヌゥは、黙った。そんなカヌゥへ、ゲドは責任を取れと言う。もしも知らぬ存ぜぬを貫き通すのなら、それなりの対応を取るとも言った。

 なるほど、とカヌゥは思った。どうやらこれは、中々に大きな騒動になっているようだ。思えば最近、冒険者パーティが盗賊に襲われ『魔石』をはじめとした金品を奪い取られている、と下級冒険者の間で噂になっていた。

 そしてその盗賊とやらが、自分の所属している派閥の団員であり、自分がこれまで可愛がってきた小人族(パルゥム)らしい。

 黙りこくるカヌゥを見て、苛立ったゲドが胸倉を摑んでくる。

 カヌゥは、悪知恵の働く男であった。迷宮都市(オラリオ)の大半の冒険者と同じLv.1の下級冒険者でこそあったが、その冒険者歴は長い。『冒険』とは程遠い安全重視の迷宮探索しか行ってきたカヌゥだったが、塵も積もれば山となるとはその通りで、その能力値(ステイタス)は平均を大きく超えていた。

 そしてそんなカヌゥの【ソーマ・ファミリア】での立ち位置は、幹部候補、と言った所だった。

 カヌゥはそろそろ、この曖昧な立ち位置に嫌気がさしていた。

 そして、カヌゥは一つの妙案を思い付く。

 カヌゥはゲドに、この事を知っているのは他に誰か居るのか尋ねた。その質問に対し、ゲドはまだ誰にも言っていないと答える。だが被害者に声を掛けつもりだと続けて言った。

 自身の胸倉を摑むゲドの手を払い除け、カヌゥはそのまま大男の鳩尾を右手で殴った。ドスン、という音と共にゲドが苦悶の声を上げながら尻餅をつく。

 カヌゥはゲドを見下ろしながら、一つの提案をした。

 それは、報復をしようという内容だった。騙し取られた金品を奪い返し、強者(ぼうけんしゃ)に逆らった愚かな弱者(サポーター)を共に懲らしめようというものだった。

 そして拍子抜ける程あっさりと、ゲドはそれに乗った。ゲドは生粋の荒くれ者であり、管理機関(ギルド)や『都市の憲兵(ガネーシャ・ファミリア)』といった連中に頼るのではなく、自分の手でカタをつけないと納得しない質だった。

 ゲドと別れた後、本拠に戻ったカヌゥは派閥の取り巻きを集めて計画を話し、賛同を得たのだった。

 作戦をより完璧なものにすべく、カヌゥは独自に動いた。

 まず、リリルカ・アーデが冒険者達から騙し取った金品を換金する為に利用している換金所を探した。しかし幾ら探しても、その店は見付からなかった。それは無理もなかった。ゲドの話が真実なら──カヌゥは未だに、リリルカが『魔法』を発現させた事を認められずにいた。それはカヌゥだけでなく、他の取り巻き達も同じだった──リリルカは言わば、変身魔法を所持している事になる。ゲドにその瞬間を目撃された以上、当然、あの警戒心が高いリリルカが変身魔法を駆使して尾行を撒くだろう事は想像に難くなかった。

 換金所の捜査は難航していたが、吉報があった。

 偶然にもゲドが声を掛けていた被害者の一人が、西の表通りにある酒場へ入るリリルカを目撃したのだ。

 報告を受けカヌゥが現場に向かうと、リリルカは、白髪紅眼の冒険者と一緒に居た。リリルカは小人族(パルゥム)ではなく、犬人(シアンスロープ)の姿形だった。どういう事だと首を傾げるカヌゥヘ、少し遅れて合流してきたゲドが、それこそが変身魔法によるものだと説明した。

 最初こそ訝しんでいたカヌゥだったが、その犬人(シアンスロープ)を注意深く観察してみた所、それが事実なのだと認めざるを得なかった。纏っている雰囲気にその所作は、正しく、姿形こそ違えども間違いなくリリルカ・アーデのものだったのだ。

 この時ようやく、カヌゥはリリルカ・アーデが『魔法』を発現させている事を認めた。

 リリルカには、同伴者が居た。長剣を腰に携えた、白髪紅眼の冒険者である。

 その冒険者は見た目からしてまだ餓鬼(こども)だったが、世間を知らなさそうな田舎者のようだった。リリルカとその餓鬼(こども)は酒場で小一時間ほど過ごした。

 そして利用している宿屋に突入し、ゲド達被害者が居なくなった後で、カヌゥはリリルカと話し──脅迫した。

 それは、かねてからの計画通り、ゲド達被害者を始末する事だった。報復を終えた後、ゲド達がどのような行動をするのか分からない。もし管理機関(ギルド)や『都市の憲兵(ガネーシャ・ファミリア)』に告発されれば、【ソーマ・ファミリア】の立場は危うくなる。それを避ける為、ゲド達を始末するのは既定路線だった。

 その為には、被害者を一箇所に集める必要がある。場所は無法地帯であるダンジョンとし、リリルカは被害者達を誘い出す『囮』になれと、カヌゥは命令した。

 リリルカにとってもそれは、悪い話ではなかった。カヌゥにこそこれからも搾取はされ続けられるが、捕縛され、要注意人物一覧(ブラックリスト)に載るのと比べたら雲泥の差である。元よりリリルカ・アーデは搾取される側の人間であり、何も変わらないのだ。

 カヌゥはさらに、助ける報酬として、これまで盗んできた金品を寄越せとリリルカへ迫った。トラウマをほじくり返してやれば、リリルカは寧ろ懇願してきた。

 リリルカが恐怖で身体を震わせながら頷いたのを見た時、カヌゥは自分の練った計画が達成されるのを確信した。

 カヌゥは派閥に仇なす存在を片付けた事で、派閥への立場をより盤石にする事が出来る。上手く行けば、派閥幹部にだってなれるだろう。更には、リリルカから金品を取り上げる事も出来る。

 そんな風にカヌゥがほくそ笑んでいると、ゲドが一つの提案をしてきた。それはあの白髪紅眼の餓鬼(こども)を誘い、協力関係を築こうというものだった。

 カヌゥはそれを承知した。本来の計画を思えば、関係者は例外なく舞台に上がった方が良い為だ。だがしかし、白髪紅眼の冒険者には冒険者らしくない精神の持ち主だったようで、勧誘は失敗に終わる。

 そもそもの話、その餓鬼の事は幾ら調べても分からなかった。雇った探偵は何故か連絡が途絶え、見付けたと思えば廃人になっていた。何者かの意思がそこに介在しているのは間違いなく、カヌゥは餓鬼については見逃す事に決めた。

 そして最後に、カヌゥは計画をより確実な物にする為動いた。

 それは、【ソーマ・ファミリア】が一般に販売している『神酒(ソーマ)』、それを数本、盗む事であった。無論、これは派閥の規律に反している行為である。見付かれば団長をはじめとした幹部陣から罰則を受けるだろう。否、『罰則』など生温い『粛清』がそこにはある。

【ソーマ・ファミリア】の眷族は、この『神酒(ソーマ)』が如何に強力な酒なのか知っている。ともすればそれは、神でさえ酔うと──超越存在(デウスデア)たる神が本当の意味で酔う事はないのだが──界隈では言われている程だ。下界の住人、ましてや、『神酒(ソーマ)』を初めて飲む者はその魔力に例外なく取り憑かれる事となる。酒好きな冒険者なら尚更だ。

 カヌゥはゲド達にこれを配った。最初の一本目こそ本物の『神酒(ソーマ)』であったが、意識が混濁したゲド達は、二本目から普通の水が出されている事に終始気が付かなかった。これにより、ゲド達はカヌゥの傀儡となった。

 そして、作戦決行日。

 カヌゥはゲドを含む被害者を当初からの計画通り裏切り、ダンジョンで始末した。これまで奪ってきた金品の在処をリリルカが白状しなかったのは想定外だったが、使い道の無くなったリリルカに価値はない。カヌゥは押し寄せるモンスターから逃げる為、リリルカを文字通りの『餌』にした。

 

 ここまでは完璧だった。

 

 そう、完璧だったのだ。計画に狂いが生じたのは、それからだった。

 リリルカはカヌゥヘ、衝撃的な事を言った。

 ダンジョンへ赴く前、リリルカはなんと、管理機関へ内部告発文を送っていたのだと言う。

 それはとんでもない『爆弾』だった。死ぬ覚悟を持ってあの場に来たという小人族(パルゥム)の言葉は、虚勢でも何でもなかったのである。

 もしこの『爆弾』が爆発すれば、派閥はとんでもない事になる。

 本拠(ホーム)へ帰還したカヌゥは、すぐさま団長へこの事を報告した。

 そして、全てを聞き終えた団長は、嘆息してからこう言った。

 

「お前の勝手な行動の所為で、派閥(ファミリア)は存続の危機に瀕する事になった。どう落とし前をつける?」

 

 カヌゥは何も言えなかった。

 そう、一連の計画は全てカヌゥの独断だったのだ。手柄を独り占めにしたいと思ったが故に、カヌゥは取り巻きにも口外しない事を厳命していたし、団長をはじめとした幹部陣にも何も相談していなかったのである。

 さらに悪い事に派閥(ファミリア)の酒蔵から『神酒(ソーマ)』を盗んでいた事も、団長に知られていた。つまり、泳がされていたのである。

 こうして、カヌゥの立場は無くなった。

【ソーマ・ファミリア】はこれまでの悪事の証拠を隠す為奔走する事になり、カヌゥは団長から罰則として厳しいノルマを言い渡される事になった。それはカヌゥのような下級冒険者が稼げない額の大金であり、カヌゥは派閥(ファミリア)の奴隷となる事が決定したのである。

 カヌゥの犯した失態は取り返しのつかない物であったが、それでも、それだけのノルマで済んだのはひとえにカヌゥの能力値(ステイタス)によるところが大きい。

【ソーマ・ファミリア】は構成員こそ多かったが、上級冒険者は現在団長だけであった。その為、下級冒険者の中でも上澄みに居るカヌゥの能力値(ステイタス)は、団長や幹部陣からしたら切って捨てるのが惜しかったのである。

 ちなみに、ではあるが。

 主神のソーマは派閥がこのような状況に置かれていても、動く事をしなかった。主神は今まで通り、派閥運営を団長とした眷族に丸投げしていたのである。

 

 ──こうして、全てを失ったカヌゥはらしくもなく真面目に迷宮探索を行っている。

 

 自分から離れようとする取り巻きを、カヌゥは暴力による支配で逃がさなかった。カヌゥからしたら、計画に賛同した時点で一蓮托生である。自分だけこのような仕打ちを受けるのを認められる程、カヌゥの器は大きくない。

 

「これじゃあ、何の足しにもなりやしねえ!」

 

 ゴブリンを剣で串刺しにし、カヌゥは苛立ちのままに叫んだ。地面に落ちた小さな『魔石』をパーティメンバーに拾わせながら、カヌゥは脳内で本日の稼ぎを計算する。

 だが、全く足りなかった。

 ノルマには勿論、これでは生活の足しにもなりはしない。

 また悪事を働くにしても、今は出来ない。派閥の他団員に、自分の行動は監視されている。少しでも気取られたら最後、今度こそ、カヌゥは終わるだろう。

 苛立ちが焦りに変わりつつあった、その時だった。

 

「向こうから、変な音がしないか?」

 

 パーティメンバーの一人が、そんな事を言い出した。

 

「あァ……? 他の冒険者がモンスターと戦っているんだろうよ」

 

 そんな事を一々言わなくて良い。

 そう思ったカヌゥだったが、念の為、聴覚に神経を注ぐ。

 そして、獣人の耳はその音を拾い上げた。

 

「これは……戦闘音か? いやだが、それにしては大き過ぎるような……」

 

 聞こえてくるのは、特徴的な金属音。それに混ざって、複数の女の声がする。

 

「おい、カヌゥ。行くのかよ?」

 

 発生源に足を進めるカヌゥヘ、パーティメンバーが不安を隠さずに言った。

 カヌゥは顔だけ振り向かせ、その質問に答えた。

 

「遠目から見るだけだ。この階層には視界を遮る『靄』がある。仮に『抗争』を行っていたとしても、遠距離からならバレはしない」

 

「だ、だけどよぅ……」

 

「黙れ。ダンジョンに於いて、些細な情報不足が死に直結するんだ。いいから、俺の指示に従え」

 

 カヌゥがひと睨みすると、パーティメンバーは「わ、分かった」と渋々と言った感じで頷いた。

 他のパーティメンバーにもカヌゥが目を向ければ、彼等は慌てて頷いた。

 カヌゥを先頭にして、パーティは発生源に向かう。近付けば近づく程、その音は大きくなっていた。

 そして、カヌゥ達はそこに辿り着き──呆然と立ち尽くした。

 

「死ねぇええええええええ!」

 

 本気の殺意と共に放たれるその言葉は、カヌゥ達を戦慄させるには充分だった。『靄』の中から、微かに、複数の人が見える。

 

「アマゾネスか……?」

 

 最初は、カヌゥはそれがヒューマンだと思った。

 だが肌面積の多い戦闘衣(バトル・クロス)を見て、それがアマゾネスだと予想する。

 そして、カヌゥはそのアマゾネスの戦闘衣(バトル・クロス)に塗られている派閥の徽章を見て、思わず息を呑んだ。カヌゥと同じく、それを見たパーティメンバーも愕然とした声を出す。

 

「お、おいカヌゥ! あいつら、もしかして……!」

 

「……分かってる。一々騒ぎ立てるんじゃねえ。あいつらは──【イシュタル・ファミリア】だ」

 

【イシュタル・ファミリア】。それは迷宮都市でも上位に位置する派閥であった。派閥等級(ランク)は【B】。何人もの上級冒険者が所属しており、その殆どはアマゾネスで構成されている。

 中でも第一線で活躍する彼女達は『戦闘娼婦(バーベラ)』としてとても有名だった。

 

「な、なんでこんな『上層』に【イシュタル・ファミリア】が居るんだよ……」

 

 それはカヌゥも同じ思いだった。【イシュタル・ファミリア】のような派閥が『上層』に居る理由。それは一体何なのだろうか。

 そして、その疑問はすぐに答えが出た。

 

治療師(ヒーラー)、回復が遅いよ!」

 

「もっと攻撃を激しくしろ!」

 

「あー、もう! 何でたった一人を相手にたおせないの!? 可笑しいよ!?」

 

「文句言っている暇があるならもっと速く武器を振りなァ!」

 

 どうやら、戦闘娼婦(バーベラ)達は何かと戦っているようだった。発言をそのまま受け取ると、相手は一人のようで、彼女達は連携を密に取り、何かと戦っているようだった。

 戦闘は時間の経過と共に激化し、地面から立ち昇る『靄』さえも吹き飛ばしそうだった。

 

「一体、誰と戦っているんだ……?」

 

【イシュタル・ファミリア】が倒し切れない相手など、数は絞られてくる。

 思い当たるのは──そこまで考えたカヌゥだったが、それよりも先に、正体が分かった。

 

「────温い」

 

 獣にも似た、低い声。

 一閃。

 それと同時に響く戦闘娼婦(バーベラ)達の悲鳴。『靄』が吹き飛ばされ、辺り一帯の視界が良好となる。カヌゥ達が隠れている場所が巻き込まれなかったのは幸いだっただろう。

 そして、カヌゥ達は見る。そこに居たのは、衝撃の人物だった。何故こんな所に居るのか分からないが、それは間違いなく、迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオの冒険者の頂天に位置する冒険者にして武人だった。

 

「お、【猛者(おうじゃ)】……!」

 

 迷宮都市唯一のLv.7。【フレイヤ・ファミリア】団長の【猛者(おうじゃ)】オッタルが、そこに居た。

 パーティメンバーが顔面蒼白になる中で、カヌゥはまだ冷静だった。

【イシュタル・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】。両派閥とも、美神を主神とする派閥(ファミリア)である。そして冒険者の間では、【イシュタル・ファミリア】が【フレイヤ・ファミリア】を一方的に敵視しているのはあまりにも有名だった。

 今回のこの戦闘も、恐らくはそれだろう。

 そして、カヌゥは思い出す。そう言えば最近、【猛者(おうじゃ)】の目撃情報が『中層』にあった。Lv.1のカヌゥは関係ない──管理機関(ギルド)が推奨している『中層』の最低能力値(ステイタス)はLv.2である──とあまり関心を寄せていなかった。

 

「──退()け。これ以上は本格的な『抗争』になるぞ」

 

 片手剣直剣(ワンハンド・ロングソード)を一度鞘に納め、【猛者(おうじゃ)】がそう言った。それは忠告であった。

 長い黒髪を持つアマゾネスが【イシュタル・ファミリア】を代表して、自身の獲物を油断なく構えながら尋ねた。

 

「それなら教えてくれるかい? 【猛者(おうじゃ)】、何で『上層』に居る? あたし達はそれを知るまで本拠へ帰ってくるなと、イシュタル様から厳命されているのさ」

 

 そう言ったそのアマゾネスは「ところで」と【猛者(おうじゃ)】へさらに尋ねた。

 

「あんたが大事そうに守っている『それ』……一体、何が入っているんだい?」

 

 釣られてカヌゥが見てみれば、アマゾネスの言う通り、【猛者(おうじゃ)】の後ろには物資運搬用の大型カーゴがあった。

猛者(おうじゃ)】は簡潔に答える。

 

「お前達には関係ない事だ」

 

「そうかい。それなら、あたし達はまだ退けないねぇ」

 

 そう言うと、アマゾネスは仲間達に「行くよ!」と指示を出す。【イシュタル・ファミリア】は一斉に攻撃を仕掛け、【猛者(おうじゃ)】を打破せんとする。

 異次元の戦闘が再開する中、パーティメンバーの一人が「おい、そろそろ離れようぜ……」とパーティリーダーであるカヌゥへ言った。

 だがカヌゥの耳に、その言葉は入っていなかった。

 そして、カヌゥはある一点──即ち、大型カーゴを凝視しながら言った。

 

「あのカーゴ、奪うぞ」

 

「「「……ッ!?」」」

 

 パーティメンバー達が、驚愕の声を出す。

 そしてそのうちの一人が、「おい、カヌゥ。正気か!?」と言った。

 

「あのアマゾネスが言った通りだ。【猛者(おうじゃ)】が身を呈して守る程の価値が、あれにはある。恐らく、中身は【猛者(おうじゃ)】が『深層』から持ち帰ってきた『魔石』や『ドロップアイテム』だ」

 

「そうだとしてもよ、相手は【猛者(おうじゃ)】だぞ! 【フレイヤ・ファミリア】を敵に回すつもりか!?」

 

「今は【イシュタル・ファミリア】から攻撃を受けている。流石の【猛者(おうじゃ)】も相手取るのは苦労しているようだ。隙をつけば、奪取は可能だ」

 

「そういう事じゃねえよ! カヌゥ、やっぱりお前可笑しいぜ! いくら何でも無理だ!」

 

 それは正論だった。

 遠く離れたこの場所にさえ戦闘の余波は来ているのだ、近付く事でさえ至難の業である。仮に大型カーゴを奪取したとしても、【猛者(おうじゃ)】はカヌゥ達の事を覚えるだろう。

 そしてカヌゥ達の元に辿り着くだろう。

 それはつまり、都市最高派閥たる【フレイヤ・ファミリア】に目を付けられる事を意味する。そうなったら最後、【ソーマ・ファミリア】は比喩抜きで跡形もなく消し飛ぶだろう。

 だがカヌゥは、その正論を切り捨てた。

 

「手拭いで顔を隠し、派閥(ファミリア)の徽章も隠せば問題ない」

 

「だ、だけどよぅ……」

 

 弱音を吐くパーティメンバーの胸倉を、カヌゥは本気で摑んだ。至近距離で獣人の睨みを浴びたメンバーは、恐怖で歯をガタガタと鳴らす。

 

「俺も、お前達も! 待っているのは破滅だ! なら、ここで賭けるしかねえ! それが出来ねえなら、冒険者なんてやめちまえ!」

 

 カヌゥにはもう、何も無い。失う物もない。

 仮に失敗したとしても、身の破滅が早くなるだけに過ぎない。

 成功確率はゼロに等しいが、決してゼロではない。それならば、賭けるしかないのだ。

 それは開き直りであった。

 それは『冒険』とは程遠く、『蛮勇』ですらなかった。

 だがしかし、カヌゥの言葉がパーティメンバーの胸を打ったのもまた、事実であった。

 

 

 ──そしてこれが、カヌゥ達の分岐点だった。

 

 

 覚悟を決め、カヌゥはパーティメンバーと頷き合うと息を潜めてその時を待った。

『靄』を最大限利用し、腰を低くし、必ず生まれるであろう隙を待つ。

 そして、その時は来た。戦闘娼婦(バーベラ)達の攻撃を防ぎ終えた【猛者(おうじゃ)】が、反撃に出たのだ。大型カーゴから離れ、【イシュタル・ファミリア】へ足を進める。

 

「──今だ! 行くぞ、手前等!」

 

 指示を出し、カヌゥは身を隠していた枯れ木から飛び出した。

 作戦は上手く行った。【猛者(おうじゃ)】が気が付いた時には既に、カヌゥ達はカーゴを押して『靄』の中に姿を消していた。

 

「愚かな。まあ……良い、これで『舞台』は整った」

 

 武人がそう呟いたのを、逃げるのに必死なカヌゥ達は拾う事が出来なかった。

 カーゴはとても大きく、運ぶのには苦労した。だが興奮した神経はそれを疲労とせず、カヌゥ達は無事に正規ルートから外れた広間(ルーム)に辿り着く。

 

「よし、開けるぞ」

 

 広間(ルーム)の出入口にパーティメンバーを立たせ、見張りとする。カヌゥは他のパーティメンバーに、カーゴを開ける事を告げる。

 中に入っているであろう沢山のお宝を妄想しながら、カヌゥはゆっくりとそれを開けた。

 

「…………へ?」

 

 それは誰の声だったのか。

 パーティメンバーの物だったのかもしれないし、カヌゥ自身の物だったかもしれない。

 だがそんな事は些細な事だった。

 カヌゥ達はその中身を見て、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。

 

「お、おい……! これって、まさか……!?」

 

 パーティメンバーの一人が顔を青ざめさせながら、驚愕の声を出す。他のメンバーも似たようなものであり、目の前の現実を直視したくないと目を逸らす。

 だが、それは出来なかった。

 大型カーゴ、その中に閉じ込められていたものは、カヌゥ達が夢見ていたお宝とは程遠いものだった。

『それ』は正しく、絶望であり、恐怖の象徴であった。

『それ』はカーゴから逃げ出さないよう鎖で雁字搦めに束縛されていた。

 だがそれには、何の意味もなかった。

 

『ヴルゥゥゥ……!』

 

 唸り声を出した、そう思った時には既に遅かった。致命的なまでに、遅かったのだ。

 カヌゥ達は判断を誤った。

『それ』を一目見た瞬間に逃げ出せば、助かった可能性はまだあったのだ。

 だが想像とは真逆のものがカーゴの中にはあり、『それ』はカヌゥ達の思考を奪い去ってしまったのだ。

 結果。

 ぴちゃり。

 何かがカヌゥの頬に付着した。恐る恐る手に触れると、それはドロリと気持ちが悪い液体であった。

 

「…………ぇ?」

 

 その赤い液体を見た時には、遅かった。

 カヌゥはゆっくりと、隣を見た。パーティメンバーが立っていた場所には、そのパーティメンバーは居らず、代わりに、物言わぬ肉塊があった。

 そして、それがパーティメンバーの物だと認識した瞬間──ここでようやく、カヌゥの思考は正常さを取り戻した。

 

「うぁ、うわぁああああああああああ!?」

 

 情けなく悲鳴を上げたのは、このパーティの中で最も弱いメンバーだった。だがその悲鳴も長くは続かない。

『それ』は煩わすそうに鼻を鳴らすと、カーゴの中に入っていた大剣を握り──ぶんっ、と空気が振動したかと思えば、そのパーティメンバーの首から上は無くなっていた。

『それ』は正しく、真正の『怪物』だった。

 

『ヴゥオオオオオオオオオオオオッッ──!』

 

 雄叫び──聞く者も強制停止させる『咆哮(ハウル)』が広間(ルーム)に響く。

 それは、『産声』でもあるようだった。

『惨劇』が幕を開けた事を意味し、カヌゥは、自分が決定的なまで選択を間違えた事を悟るのだった。

 

 ──それから、数刻も経たず。

 

 ダンジョン、9階層。パーティメンバーを犠牲にし逃走を図り、道中、沢山の冒険者に『怪物進呈(パスパレード)』を行ったカヌゥだったが、何と驚くべき事に『怪物』はそこまで追ってきた。

『怪物』は正しく、異常存在(イレギュラー)だった。

 

「畜生……! 畜生!?」

 

 鼻水を垂らすカヌゥに戦意はなかった。奥の手として隠し持っていた『魔剣』も『怪物』にはまるで効かず、その体皮にほんの少しの傷をつける事しか出来なかった。

 辺りにあるのは、冒険者の死体。自分も今からその仲間入りを果たすのだと、カヌゥは恐怖で一杯だった。

『怪物』は殺しを愉しむように、カヌゥをジリジリと壁に追い詰めた。

 そして。

 ゆっくりと時間を掛けて、大剣を頭上に振り上げる。

 

「────やめ……!」

 

 懇願の言葉は、形にならなかった。

 カヌゥが最期に見たのは──どす黒い血ですっかりと染められた大剣を振り降ろす、『怪物』の眼だった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 人間だった肉塊を『怪物』は見下ろす。広間(ルーム)に敵は居らず、自分だけが立っているのだと理解するのに数秒の時間を要した。

 刹那、『怪物』は腹の底からの雄叫びを上げた。

 そして人肉には目もくれず、『怪物』は来た道を戻る。大剣から赤い液体が滴るのも構わず、『怪物』は広大な地下迷宮を徘徊する。

 

 

 

 

§

 

 

 

 白髪紅眼の少年と、少年に付き従う小人族(パルゥム)の少女がこの『惨劇』を目撃するのは、それから数刻後だった。

 

 




前回お伝えした『パーティ・プレイ』という題名は、中止しました。その代わりが、今回の題名です。

今回のお話は、話としてはとてもあっさりとしていたかと思います。前半部分は地の文が占めていましたしね。
因果応報、自業自得。
読み終えた後、そんな四字熟語が思い浮かぶでしょうが、ダンまちの世界ってその辺結構シビアなんですよね。原作ベル君の周囲はあまりそうではないのですが……ダンジョンという危険な『未知』に挑戦する冒険者の末路は、非業の死を遂げる時もあれば、今回のような結末になる時もあるのだと思います。

さて。

次話の予告題名は、本当にそうなります。

次話──「斯くして、『彼』は『運命』と再会した」


今回の章は、次話からいよいよ起承転結の『転』に入ります。
恐らく、多くの読者の皆様が楽しみにして待ってくれていた事でしょう! そんな次話は明日の18時に更新予定です!
お楽しみに!
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