さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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舞台への切符

 

 ダンジョン、『上層』。

 その7階層に、冒険者の大規模パーティが居た。

 全員が全員、例外なく尋常ではない覇気を出しており、その纏っている防具や鞘に仕舞われている得物は上級鍛冶師(ハイ・スミス)によって製作された一級品である。

 それもその筈、彼等は迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオを代表する冒険者──【ロキ・ファミリア】である。

 先頭に立つのは黄金(こがね)色の髪を持つ小人族(パルゥム)。そのすぐ傍に、魔導士の王族(ハイエルフ)。さらにその後ろに、金髪金眼の剣士、獣人の戦士、女戦士(アマゾネス)の姉妹と続いている。

 彼等のただならぬ重圧(プレッシャー)を付近のモンスターは感じ取っているのか息を潜めているようであり、ダンジョンであるのにも関わらず、異様な静けさがそこにはあった。

 それ故に、パーティの行進は必要以上にダンジョンに響いていた。

 

「それにしても、凄いねー! まさか【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師(ハイ・スミス)が『遠征』に来てくれているんだなんてさ!」

 

 殺伐としたダンジョンには似つかわしくない、元気溌剌(げんきはつらつ)とした声。

 声主のティオナは「不思議ー!」と首を傾げながら、背後を振り返った。少し距離を置いて、支援者(サポーター)──そうは言っても、全員第二級冒険者であるが──と、その中に鍛冶師が混ざっていた。

 そう、今回の【ロキ・ファミリア】は【ヘファイストス・ファミリア】に協力を持ち掛け、合同で『遠征』を行っている。

 ティオナの疑問に答えたのは、彼女の姉だった。

 

「この馬鹿ティオナ。ミーティングで話し合った事をもう忘れたの?」

 

「あはは、そうかも! だって難しい話は、あたしにはよく分からないし!」

 

「開き直らない!」

 

 姉の叱咤も、妹には届かない。何処吹く風とばかりに、ティオナは呑気に笑っている。

 そんなティオナに、王族のリヴェリアが話し掛けた。さながら賢者のように諭す。

 

「ティオナ、私達が前回の『遠征』で撤退を余儀なくされたのは、何故だ?」

 

「えーっと……そうだ! あの変なモンスターの所為だよ!」

 

「その通りだ。我々は未知のモンスターと会敵し、武器を溶かされてしまった。不壊属性(デュランダル)の武器は出来る限り用意したが、鍛冶師は居て困らない。これからの『遠征』は特にそうなるだろう。今回の『遠征』はその試験運用も兼ねているのだ」

 

 厳かな口調で言われたティオナは、「なるほど!」と大きく頷いた。

 

「本当に分かっているのかしら……」

 

 ティオネが溜息を吐く。

 妹の将来を案じる姿は、正しく姉だった。

 そこで、先導していた団長のフィンが速度を落とし、会話に混ざる。

 

「神ヘファイストスには相当無理を言ってしまった。不壊属性(デュランダル)の武器は勿論だけれど、上級鍛冶師も多くを派遣して貰っている。それは僕達に対する期待と信頼があるからだ。ティオナ、分かってはいると思うけれど、くれぐれも粗相がないようにね。まあ、君なら大丈夫だとも思っているけれど」

 

「うん! あたしは大丈夫だよ! だけど、【ヘファイストス・ファミリア】に武器を見て貰うのはなんか新鮮かも! いつも【ゴブニュ・ファミリア】にお願いしてるから!」

 

 そう言うと、ティオナは身の丈を軽々と超える大剣に手を伸ばした。『神の恩恵(ファルナ)』、重ねてきた昇格(ランクアップ)がなければ構える事さえ満足に出来ないだろう。

 

「しかし、ティオナの気持ちは私にも少しある。まさか『彼』も来てくれるとはな……」

 

「……? 『彼』?」

 

 リヴェリアの言及している人物が分からず、ティオナは首を傾げた。姉のティオネも眉を顰める中、それまで黙って話を聞いていた金髪金眼の剣士がぽそりと言った。

 

「【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】……」

 

「嘘!? ()()魔剣鍛冶師(クロッゾ)()()()()()()()、団長!?」

 

 ティオネが驚愕の声を上げる。

 そして、団長のフィンは「ああ」と頷いた。

 

「神ヘファイストス曰く、彼自ら志願してきたそうだよ」

 

「鍛冶師は変わり者が多いですが、その中でも【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】は飛び抜けていると聞いた事があります。変わり者筆頭のあの椿でさえ手を焼いているとか……」

 

「まあ、そうだね。僕は何度か顔を合わせて話した事があるけれど、確かに彼は変わり者かな」

 

 苦笑する、フィン。

 話についていけないティオナが姉に「【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】って、誰?」と尋ねると、ティオネは有り得ないとばかりに妹を思い切り詰った。

 

「アンタねえ、まさか【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】を知らないの!? 嘘でしょ!?」

 

「嘘を吐いたってしょうがないじゃん! 知らないものは知らないもん! その人と会った事があれば話は別だけど、全くないし!」

 

「今度こそ開き直ったわね!?」

 

 ギャーギャーと、アマゾネス姉妹の言い合う声がダンジョンに響く。

 そこに、「チッ」と舌を打ったのは狼人(ウェアウルフ)だった。不機嫌極まると言わんばかりに刺青を歪める。

 

「お前達は此処が何処だか忘れたのか、あァ? その耳障りなキーキー声をやめろ」

 

 言い方こそ問題あったが、ベートの言葉は正論だった。

「うぐっ」と、これにはアマゾネス姉妹も言葉に詰まる。度を越した騒ぎは控えなければならない。

 黙る彼女達に、リヴェリアが静かに口を開ける。

 

「ティオナ、『暗黒期』は流石に知っているだろう?」

 

「うん、まあ……。でもそれだって、伝聞だよ。あたしとティオネはその時迷宮都市(オラリオ)に居なかったし……。知っている事は少ないよ」

 

「ある程度の概要を知っているなら、それで良い。──『彼』……【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……突如? 参戦? 迷宮都市(オラリオ)の産まれじゃないの?」

 

「違う。【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】の出自はラキア王国だ」

 

 ラキア王国とは、度々迷宮都市(オラリオ)へ侵攻してくる国家である。噂では、近々何度目かの侵攻を計画しているという事だった。

 

「ふぅーん。でもさ、それだと可笑しくない? 確かその『暗黒期』って時はさ、迷宮都市(オラリオ)の出入りが今以上に厳しかったんでしょ?」

 

「その通りだ。特に末期になると、都市にある全ての門に『都市の憲兵』が常駐し、厳しく検問していた。それにより、人や物の動きは制限される状態にあった」

 

「それじゃあ、その人はどうやって都市の中に入ってきたの?」

 

 その疑問に、リヴェリアは苦笑と共に答えた。

 

「決まっている。都市の外壁を壊したのだ、彼は。常識外れの『魔剣』を使ってな」

 

「…………へ?」

 

 ティオナは最初、リヴェリアが冗談を言ったのだと思った。

 しかしこの王族(ハイエルフ)がそう言った類の冗談を好まないのを、ティオナはよく知っている。

 だが、だからと言っておいそれと信じる事も出来ない。口を中途半端に開けるティオナを見兼ねて、フィンがリヴェリアのフォローに入る。

 

「リヴェリアは末期と言ったけれど、より厳密に言うとそれは違う。彼が現れたのは、最終決戦の終盤の終盤でね。リヴェリアとアイズはその時ダンジョンに居たから直接見てはいないけれど、僕は地上で指揮を執っていたから、よく覚えているよ。あれには僕も驚いた。良くも悪くも、ね」

 

 フィンは当時の事を振り返りながら言った。

 

「あれはそうだな……適切な表現は難しいけれど、強いて言うなら、『獄炎』が一番しっくり来る。『古代』にあったという、『精霊の奇跡』。僕はあの時、思わずそれを連想したよ」

 

「フィンがそこまで言うだなんて……そんなに凄かったんだね」

 

「ああ、そうだ。『暗黒期』が終わった後、私もこの目で彼の打った『魔剣』が使われる所を見た事がある。そして、断言しよう。当時の私よりも、【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】の打った『魔剣』の方が上だった。出力、という面の話ではあるがな」

 

「嘘でしょ、リヴェリア!?」

 

 これに驚愕したのは、ティオネだった。ティオナも信じられないと言わんばかりの表情をしている。

 何故なら、リヴェリア・リヨス・アールヴは迷宮都市の中で最高位の魔導士である。

 アマゾネス姉妹をはじめ、【ロキ・ファミリア】の団員達はそれを知っている。何度、王族(リヴェリア)の『魔法』によって窮地を脱したか分からない。

 

「他の同族(エルフ)が居る前ではとても言えないがな、れっきとした事実だ。Lv.6に至った今でこそ私の方が上だがな」

 

「そうだとしても、にわかには信じがたいわね……」

 

「うん、全然想像出来ないよ……」

 

 顔を見合わせる、アマゾネス姉妹。

 

「今の迷宮都市(オラリオ)には、二種類の『魔剣』がある。一つは、従来通りの『魔剣』。言わば、『魔法』の劣化版だね。そしてもう一つが、彼の打った『魔剣』──別名、『クロッゾの魔剣』だよ」

 

「あっ! そう言われると思い出したかも!」

 

 ティオナが「確か」と、頭を捻りながら言う。

 

「『クロッゾ』って、原典(オリジナル)が不明の一族だよね」

 

「どういう意味よティオナ?」

 

 姉に尋ねられたティオナは、水を得た魚のように滔々と答えた。

 

「『クロッゾ』って言うのはね、ティオネ。簡単に言えば、『精霊』と交わった一族なんだよ。この交わるって言うのはね、『クロッゾ』って人が『精霊』を助けたは良いものの死にかけて、その助けた『精霊』から血を与えられた事を意味するんだ。『クロッゾ』は元々無名の鍛冶師だったんだけど、彼の造った作品は何故か全然売れなくて……でも、『精霊』の血を与えられてからは不思議な武器──『魔剣』を打てるようになったんだよ!」

 

「早口で何を言っていたのかよく分かんないけど……つまり、『魔剣』の根源が、その『クロッゾ』って鍛冶師にあるのね?」

 

「その通り! それで、原典(オリジナル)が不明って言ったのにはね勿論理由があって! 『初代クロッゾ』が『古代』の人物なのは間違いないんだけど、いつから表舞台に登場したのか現代でも全く分かっていないんだよ! これってとても変な事でね! 誰かが意図的に隠していたと言われているんだ!」

 

 ティオナは興奮していた。

 何故ならば、ティオナは英雄譚が大好きなのである。休みの日はまだ見ぬ英雄譚を求めて古書店を巡っている程だ。

 

「とはいえ、『クロッゾの物語』の幕引きはとっても呆気なかったんだけどね……」

 

「あんたとは違って英雄譚に詳しくない私でも、それは知ってるわ。『クロッゾの魔剣』は凄過ぎた。最初はモンスター相手に使われていたそれが、何時しか人相手に使われるようになり……『クロッゾの魔剣』は対人兵器として使われるようになったよね」

 

「……うん、そうなんだ。そして『クロッゾの魔剣』は、『精霊』が好むとされている森や湖、つまり、自然を焼き払うまでに至ったの。『クロッゾの魔剣』の力の源は、あくまでも『精霊』。怒った『精霊』は、その殆どの『クロッゾの魔剣』を壊した……」

 

 それは、調子に乗った罰だった。『精霊』によって『クロッゾの魔剣』が後、『クロッゾの系譜』は『特別な魔剣』を打つ事が出来なくなってしまった。

 また、『クロッゾの系譜』はラキア王国に仕え貴族の地位を与えられていたが、この出来事により没落してしまう。

 

「ねえ、その【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】は本当に『クロッゾ』の子孫で、『クロッゾの魔剣』を造る事ができるの?」

 

「ああ、そうだ。事実、管理機関(ギルド)から公開されている彼の【ステイタス】がそれを証明している」

 

 フィンの言葉に、ティオナは「えっ!?」と驚いた。

 

「【ステイタス】を公開しているの!? 何で!?」

 

 一般的に、【ステイタス】は例え派閥の仲間同士でも秘匿すべき物である。

 それを管理機関(ギルド)が大々的に公開しているというのは、あまりにも変だ。

 ティオナの疑問に答えたのは、意外にもベートだった。

 

「決まってんだろ、奴は奴隷なのさ」

 

「……奴隷?」

 

「首輪を付けられているんだよ」

 

 要領を得ない回答に、ティオナは困惑してしまう。

 

「『暗黒期』が終わり、都市の情勢が落ち着いた頃、彼の処遇を決める話し合いが設けられた。ティオナ、これが何故か分かるかい?」

 

「何故って……そんなの、あたしには分かんないよ」

 

「答えは簡単だ。同じ過ちを防ぐ為だよ」

 

 フィンは碧眼を一度閉ざすと、当時の事を振り返っているのだろう、神妙な面持ちで言った。

 

「【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】──いや、敢えて『彼』と言おうか。最初に言った通り、『彼』は突然現れた。手土産と言わんばかりに『クロッゾの魔剣』を持ってね」

 

「先程言ったように、『クロッゾの魔剣』は当時の私の『魔法』よりも強かった。そして『彼』は、それを製造する事が出来る……出来てしまった」

 

「リヴェリアの言う通りだ。当時の迷宮都市(オラリオ)にとって、いいや、世界と言っても良いかもしれないか……『クロッゾの魔剣』はそれだけ危険だったんだ、ティオナ。何せ、本当に突然、何の前触れもなしに現れたんだ。迷宮都市(オラリオ)……引いては、世界はね。『彼』を疑ってしまった」

 

 フィンは言葉を続ける。

 

「『彼』の処遇については、神会(デナトゥス)で激しく議論されたと聞く。だが当然、出身であるラキア王国に返すという訳には行かなかった。『彼』の力はあまりにも強大且つ危険だったから、迷宮都市(オラリオ)で管理したかったんだよ。あるいは、反則(チート)を疑う神も居たようだったけれど……『彼』は『クロッゾの魔剣』さえ除けば、『彼』は凄腕の鍛冶師であり、何よりも、少し変な人間だった。そして紆余曲折の末、『彼』は【ヘファイストス・ファミリア】所属となったという訳だ」

 

「その人は、嫌じゃなかったの?」

 

「そうだね、普通ならそう思うだろう。『彼』は第一級冒険者である僕達以上に『自由』がない。都市から出る事も決して認められないだろう。だけどね、ティオナ。『彼』は話をしに言った僕にこう言ったんだよ──『こうなる事は分かっていた。俺は鍛冶師だ、それさえ出来れば、それで良いさ』とね」

 

「……それなのに、何故、【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】は来たのですか? 私には理解出来ません」

 

 ティオネがそう言う。

 それはティオナも同じ思いだった。何かに縛られる等、そこに『自由』や自分の意思が存在しないだなんて、それは『奴隷』と変わらない。

 

「元々、『彼』は迷宮都市(オラリオ)へ来ようとしていたらしい。その時機(タイミング)が偶々『暗黒期』だったと、『彼』は言っていたけれど……その理由は、多くは語ってくれなかったよ」

 

 それまで何も関係のなかったフィンに全てを曝け出す道理はない。

「ただ」とフィンは言葉を続けて言った。

 

「どうやら『彼』は、待っているらしい」

 

「待っている……? それって、何?」

 

「そう思って僕も聞いたら、答えはとても簡潔だったよ。──『船』だ」

 

「……『船』?」

 

「ああ」とフィンが頷く。

 

「何でも、『彼』は『船』を待っているらしい」

 

 あまりにも抽象的だと、ティオネは思った。

 何の事かさっぱり分からない。

 リヴェリアが停止し掛けた話を進める。

 

「兎にも角にも、そう言った経緯があり、【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】は都市監視下の元で鍛冶をするようになった。後は知っての通り」

 

「それじゃあ、【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】は本当に、ずっと『クロッゾの魔剣』を造ってきたの?」

 

「ああ、その通りだ。求められるがままに、ずっと、ずっとな」

 

 それはとても悲しい話だと、ティオナは思う。

 皆、『クロッゾの魔剣』を通してしか【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】を見ていないような気がするのだ。

 

「【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】は工房に住んでいる──そう言われている程でね。あの椿が困っているくらいだと言えば伝わるかな」

 

「椿がですが!?」

 

 椿と言えば、試し斬りで『深層』に向かうような頭可笑しい鍛冶師の筆頭である。鍛冶師でありながらその階位は何と第一級冒険者に匹敵するLv.5。ティオナやティオネ、ベートと同じだ。今回の『遠征』でも参加して貰っており基本的にはサポーターの役目をお願いしているが、緊急時には戦って貰う可能性がある。

 

「だから、【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】の姿を見た事がある人はとても限られていてね。まあ、闇派閥(イヴィルス)の事とかを考えるとその方が良いんだろうけど……見た事があるのは、【ロキ・ファミリア】だと主神のロキに、団長の僕、リヴェリア、ガレス、後はアイズかな」

 

 正体不明の鍛冶師。それがアマゾネス姉妹の抱いた感想だった。

 

「ね、アイズはその人に会った事があるんだよね? どんな人だった?」

 

「……何年も前だから、覚えてない、かな。だけど……うん、不思議な人だった、気がする……」

 

「そっかー! ありがとう、アイズ!」

 

 ティオナがお礼を言うと、アイズは「ううん、ごめんね」と謝罪し、小さく呟いた。

 

「でも……何で、今回の『遠征』に来てくれたんだろう……?」

 

「……確かにそうね。──団長、先程【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】自ら志願してきたと仰っていましたけど、それは本当なんですか?」

 

「ああ、嘘ではないさ。何だったら、僕とロキが、女神ヘファイストスと椿と話し合いをしている所に突然現れてね。『俺も連れて行ってくれないか』なんて言うもんだから、あれには驚いたよ」

 

 そう言うと、フィンは苦笑した。

 

「でもその人って強いの?」

 

 ティオナが思った事を口にする。

 

「あ、アンタねえ!」

 

 ティオネはティオナの頭を全力で叩きながらも、内心では良くやったと妹を褒めていた。

 あまりにも直接的な質問だったが、それは的を射ていた。

 いくら破格の出力を出せる『クロッゾの魔剣』を打てたとしても、鍛冶師である事に変わりはない。もし『遠征』中、事故に巻き込まれて死ぬような事があれば、それは世界の損失である。

 勿論、【ロキ・ファミリア】とて全力で護衛はする。それを条件に、【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師を『遠征』に同行して貰っているのだ。

 だが、ダンジョンに絶対はない。

 もし観光気分なら、ただのお荷物だ。

 しかしそんなティオネの危惧を杞憂だと言ったのは、何と驚くべき事に、アイズだった。

 

「それは大丈夫……あの人は、強いよ」

 

 何処までも強さを追い求め続けている剣士の一言。

 そこに、リヴェリアが補足説明する。

 

「【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】の階位はLv.4だ。充分に戦える」

 

「嘘!? 何でただの鍛冶師が!?」

 

「まず、迷宮都市(オラリオ)に来ていた時点で『彼』の階位(レベル)はLv.2だった。そして、『暗黒期』での活躍が偉業として扱われ、そのままLv.3へ昇格。あれから七年が経っているのだ、さらにもう一つ上がっていたとしても可笑しくはあるまい」

 

「それでもLv.4……椿の一つ下じゃない。あたし達冒険者の立つ瀬がないじゃない」

 

「そうだね。それなら、追い付かれないよう精進するしかないだろう」

 

 フィンの言葉はとても重たかった。

 小人族(パルゥム)率いる冒険者の集団は、順調にダンジョンを進んでいき、9階層へ。

 異変に気が付いたのは、団長のフィンだった。

 

「──総員、止まるんだ」

 

 静かな指示。

 すぐさま、団員達は指揮官から出された指示に従う。

 それから数分経っても、フィンは次の指示を出さないでいた。

 

「団長、一体どうしたんですか?」

 

 隊列の後方から団長に近付き直接質問をしたのは、ヒューマンの青年だった。ラウル・ノールド。Lv.4の第二級冒険者であり、【ロキ・ファミリア】の二軍の中でも中心的存在である、その役割は二軍と一軍を繋ぐ橋渡しだ。

 

「他の皆が困惑しています。このままじゃあ……」

 

 ラウルの言う通りだった。

 団員達は指示に従ってこそいたが、説明のないそれに戸惑いを隠せないでいた。

 此処が『下層』や『深層』なら分かる。何故ならそこは異常事態(イレギュラー)が日常茶判事だからだ。

 だが、此処は『上層』。例えどのような異常事態が起こったとしても、都市を代表する冒険者たる自分達が対応出来ない筈がない。

 それは自負であり、事実だった。

 それ故に、二軍以下の団員達は団長の突然の指示が分からなかった。顔を見合わせ、小声で自分の意見を交わす。

『遠征』が始まってからまだ数刻も経っていない。ましてや、目標到達地点である『深層』はまだ遥か下である。

 これ以上は士気に関わるかもしれない──ラウルはそれを危惧し、それを防ぐべく、指揮官のフィンに直接聞いているのだ。

 そしてその質問に、フィンは。

 

「ラウル、この階層に来てから僕達は何回モンスターと遭遇(エンカウント)したかな?」

 

 質問を質問で返した。

 ラウルは面食らいつつも、すぐに冷静さを取り戻し答えようとして。

 

「ええっと……──あれ……?」

 

 言葉の途中で、ラウルは首を傾げた。まさかと考え直そうとする部下に、団長は先回りして言う。

 

()()()()()()()。この階層──9階層に来てから、次の広間(ルーム)で半分を越える。そうだと言うのに、僕達は一度も、モンスターの姿はおろかその鳴き声も聞いていない」

 

「……ッ!?」

 

「最初は気の所為だと思っていたんだけどね。どうやら、そういう訳ではないようだ」

 

 そこまで言われれば、ラウルにも分かった。

 フィンは異常事態(イレギュラー)を警戒しているのだ。

 だが、とラウルはこうも思う。

 何度も言うが此処は『上層』。フィンは警戒し過ぎではないか、と。

 そんなラウルの内心を見透かすように、リヴェリアが言った。

 

()()()()()()()()()()。調べた所、数日前では8階層の広間(ルーム)の壁が崩落し、つい数日前では、7階層で『怪物の宴(モンスター・パーティー)』が起こった形跡があり、そこには共に十数名の冒険者の遺体があったという。もし本当に『怪物の宴(モンスター・パーティー)』が起こっていたのだとしたら、それは真正の異常事態(イレギュラー)だ。知っての通り、『怪物の宴(モンスター・パーティー)』は10階層以下の階層から起こるからな」

 

「何ですか、それ……あまりにも頻度が……」

 

「そうだ、ラウル。あまりにも頻回過ぎる。下級冒険者の間では、ダンジョンが変質したという噂が広がっている。そして、その可能性は決してゼロではない」

 

 副団長の言葉はとても重たかった。

 ラウルは猛省した。考えがあまりにも浅かった。

 見れば、戸惑っている自分達二軍とは違い、一軍のアイズやティオネ、ベートと言った面々はそうではない。考えるのが苦手なティオナですらそうだ。

 全員、真剣な表情を浮かべいつでも対応出来るよう準備をしている。

 これが第一級冒険者なのだと、ラウルは戦慄する。同時に、自分では彼等のような存在には決してなれないのだという諦めがあった。

 考えを纏めた指揮官が、ラウルに声を掛ける。

 

「──このまま此処に居たら、ガレス達に追い付かれてしまうか。ラウル、警戒を厳にするよう伝えてくれ」

 

「そ、それじゃあ……」

 

「ああ、前進する」

 

「承知しました! 確かに伝えます!」

 

 ラウルは力強く頷くと、後方へ戻って行った。

 フィンの指示の元、冒険者の集団は歩みを始める。歩幅は小さく、行軍速度は遅くなったが、それは仕方のない事だと彼等は割り切っていた。

 

「……四人、来るぞ。この足音からして、何かから逃げているな」

 

 獣人のベートが、その音を真っ先に拾い迅速に報告した。

 

「流石だね、ベート」

 

「こんだけ静かならすぐに気付く。それに……だいぶ余裕がないみたいだな」

 

 団長からの称賛を、ベートは鼻を鳴らして答えた。

 数秒遅れて、他の団員達もその音を聞く。

 そしてさらに二分後、十字路の左手から、四人の冒険者達が取り乱した形相で接近してきた。

 ベートの報告通り、頻りに背後を振り返っており、何かから逃げているのだと推測出来る。

 

「フィン、どうする? 声を掛けるか?」

 

 副団長が団長に確認を取る。

 基本的にダンジョンの中では相互不干渉が暗黙の了解となっている。

 だがそれは、緊急時を除いた話だ。

 フィンはリヴェリアから視線を外し、後方に控えているティオナを見る。

 

「ティオナ。彼等に声を掛けてくれるかい?」

 

「分かった!」

 

 ティオナは元気良く即答し、近付いてくる四人の冒険者達の所へ向かう。

 

「ねえ、どうしたのー?」

 

 緊張さの欠片もない、間延びた声。

 冒険者達はそこで初めて、【ロキ・ファミリア】の存在に気が付いたようだった。慌てて急ブレーキし、足を止める。

 

「うわぁ!? 何だ──って、げえっ!? 【大切断(アマゾン)】!?」

 

「その反応はちょっと……いや、かなり嫌だなぁ!? ──フィンー、声掛けたよー」

 

「良くやったね。ありがとう、ティオナ。下がっていてくれ」

 

「はーい!」

 

 ティオナは笑顔で頷くと、元の場所に戻った。「あんたにしちゃ良くやったじゃない」と、姉に褒められ、妹は素直に喜んだ。アイズもコクコクと頷く。

 

「ロ、【ロキ・ファミリア】がどうして此処に!?」

 

「僕達は『遠征』中だ。──そんな事よりも、一つ伺いたい。貴方がたの先程の様子は普通じゃなかったように思いますが……何かありましたか?」

 

 四人の冒険者達にとって、その質問は現実を思い出すのに充分だった。

 恐怖で身体をガタガタと震わせながら、自分達が来た方向を凝視する。

 

「安心して下さい。此処には僕達が居ます。【ロキ・ファミリア】が貴方がたを保護しましょう」

 

「ほ、本当かっ!? う、嘘じゃねえよな!?」

 

「ええ。僕達の主神──女神ロキに誓って」

 

「ですから、教えて下さい」とフィンは優しく笑い掛けた。

 四人の冒険者達にとって、その言葉は正しく救いだった。そして、そのうちの一人──パーティリーダーと名乗った──がおもむろに口を開く。

 

「み、ミノタウロスだっ!」

 

 予想だにしていなかった言葉に、【ロキ・ファミリア】の面々は呆けてしまった。

 フィンは冷静に質問を重ねる。

 

「ミノタウロスと言うと、あのミノタウロスですか? 『中層』に出現する、牛頭人身の『怪物』だと?」

 

「あ、ああ! そうだ!」

 

「見間違いではなく、それは確かですか?」

 

「見間違いだったらどんなに良かったか! 俺達も奴を見たのは初めてだったが、間違いねえよ!」

 

 フィンは冒険者の顔を見詰めた。

 恐怖で表情を引き()らせてこそいるが、その瞳は理知を宿している。錯乱はしていないと判断する。

 

「ミノタウロスを見た場所は?」

 

「こ、この下! 10階層! ば、場所は確か──」

 

 手を震わせながらも懐から地図(マップ)を出し、ある一点を指さした。

 正規ルートから随分と外れている。フィン達の現在位置から全速力で向かっても数十分は掛かるだろう。

 フィンは碧眼を細めると、次の質問をする。

 

「下はどのような状態ですか?」

 

「10階層に通じる付近の広間(ルーム)には冒険者の死体が転がっていた! そして10階層はもっと酷い! あ、あれは地獄だ!」

 

「此処までの道中、生存者は見掛けましたか?」

 

 とはいえ、それは絶望的だろう。

 言葉にこそしなかったが、フィンはそう考えていた。それは他の【ロキ・ファミリア】団員も同様である。

 ミノタウロスはLv.2に分別(カテゴライズ)されるモンスター。Lv.1の下級冒険者が敵う道理はない。

 この四人以外に生存者が居るとは、到底思えなかった。

 ところが、そんな【ロキ・ファミリア】の予想を彼等は否定した。喘ぐようにして、声を絞り出す。

 

「せ、生存者は、居る!」

 

「……数は?」

 

「ひ、一人だ! 俺達は今日の探索が終わったから地上に向かっていたんだが、その道中、ミノタウロスと戦っているあいつを見たんだ! あいつは俺達に逃げろって言って……俺達はあいつを見捨てちまって……!」

 

 後悔しているのだろう、パーティリーダーの男は拳をどすんと土の上に落とした。

 だがフィンは、共感しなかった。寧ろこのパーティリーダーは正しい選択をしたとすら内心では思っていた。

 もし自分が同じ立場だったら同じ事をするだろうからだ。名前も知らない赤の他人と、自分を含めた仲間の命。比べるまでもない。フィンは躊躇なく後者を取る。

 此処は、ダンジョン。冒険者はそれを承知でこの迷宮に挑戦するのだから。

 恐らく、彼等が見捨てたというその冒険者も既にミノタウロスに敗れているだろう。

 だが、それを言葉にするのは憚られた。

 

「その冒険者の特徴は? 何かありますか?」

 

 フィンの何度目になるか分からない質問に、パーティリーダーの男は答える。

 そして、その回答はこれまで冷静だったフィンの思考を空白にさせた。

 

「種族はヒューマン! 白髪の子供だった! あとは……そうだ、片手剣を使っていた!」

 

 碧眼を揺らし、フィンは息を一瞬止めてしまった。

 ヒューマン。白髪。子供。片手剣を使う剣士。

 その外見的特徴は、自分の友人と酷く一致している。

 

「ねえ、それってあの子じゃないの……?」

 

 そう呟いたのは、ティオネだった。

 フィン以外の【ロキ・ファミリア】団員も、皆、同じ人物を脳裏に思い描いていた。

 

「ねえ……その子は、本当に一人、だったんですか……?」

 

 これまで事態を見守っていたアイズが、静かに、けれど鋭い視線を向けて問い掛ける。

 

「そうだよ! 確かあの子、サポーターの女の子と一緒だった筈!」

 

 ティオナがアイズの意図を読み、声を上げた。

 だが、パーティリーダーの男は申し訳なさそうにしながら、曖昧に答える。

 

「そ、そこまでは分かんねえ。あいつと言葉を交わしたのは一瞬だったんだ。情けないが、俺達もすぐにその場から逃げたから……」

 

「そんな……!?」

 

 ティオナが悲鳴にも似た声を出した。

 

「な、何だ……どういう事だ……?」

 

「失礼。その冒険者が、僕達の友人かもしれない可能性があってね」

 

 フィンの口調には、それまであった敬語がなくなっていた。

 取り繕うのをやめ、小人族(パルゥム)の【勇者】は団員達に次の指示を出す為、口を開く。

 

目覚めよ(テンペスト)

 

 ──だがそれよりも、動く人物が居た。

 眩い輝きを放つ金の長髪が宙を舞う。

 

「ちょっ、アイズッ!?」

 

 ティオネが声を出す。

 だが、『風』を纏ったアイズにその制止は届かなかった。その後ろ姿は瞬く間に点となり消えていく。

 付与魔法(エンチャント)を使い、文字通りの『風』となったアイズに追い付ける者は居ない。それは【ロキ・ファミリア】最速のベートも含まれる。地の能力値(ステイタス)なら話は別だが、魔法を使っている間はアイズに軍杯が上がる。

 

「──ラウル」

 

「は、はいっ!?」

 

 フィンが名前を呼ぶと、返事はすぐに来た。

 

「僕達はアイズの後を追う。まず、君達は彼等を保護しガレス達と合流。そして六人一組のパーティを組み、彼等を地上まで送り届け、この異常事態を管理機関(ギルド)へ報告するんだ。合流地点は18階層、『迷宮の楽園(アンダー・リゾート)』とする。そして、この部隊の指揮権を一時、ラウル、君に預ける。頼めるね」

 

「は、はいっす!」

 

「良い返事だ。皆を頼むよ」

 

 フィンは笑みを浮かべると、部隊に背を向けた。

 リヴェリア、ティオネ、ベートの三人が既に居り、フィンを待っている。

 

「全速力でアイズの後を追い、合流する。その後は10階層へ行き、ミノタウロスと会敵し撃破。そして、彼等が見たという生存者を探し出す」

 

「「「了解」」」

 

 10階層目掛けて、フィン達は走り出した。




次話──『舞台はすぐそこに』

今月中の更新目指して頑張ります。
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