さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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舞台はすぐそこに

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは全力で駆けていた。

 場所はダンジョン、9階層。第一級冒険者たるアイズにとって、例えるなら、この付近の階層は本拠(ホーム)の庭のようなものだった。

 頭に叩き込んでいる地図(マップ)を思い浮かべながら、最短距離で下の階層──10階層へ向かう。

 

(もっと急がないと……!)

 

 先程まで、アイズは【ロキ・ファミリア】の遠征部隊の中に居た。『深層』を目指すアイズ達にとって、『上層』のモンスターは敵ではない。少しの雑談と共に、『遠征』は順調に進んでいた。

 だが、あからさまに取り乱していた四人の冒険者を発見。団長のフィン指示の下、声を掛けると彼等はこんな事を言ってきたのだ。

 

 10階層にミノタウロスが居りそれから逃げてきた、と。

 

 にわかには信じがたい話だ。ミノタウロスは『中層』に出現するモンスター。たとえ階層越えをしたとしても、それは精々一つから二つほどが関の山であり、10階層にまで移動するなど有り得ない。

 それがこれまであった、ダンジョンの常識。

 だがフィンが言ったように、最近のダンジョン──特に『上層』は可笑しい。

 あまりにも、異常事態(イレギュラー)が起こり過ぎている。とてもではないが、経験の少ない下級冒険者では乗り越えられないだろう。

 ダンジョン内に於いて、冒険者は相互不干渉という暗黙のルールを敷いている。ダンジョンで起こった様々な事象と直面した際は自己責任という形が取られている。

 だが緊急時は違う。度を越した異常事態(イレギュラー)の際はパーティや派閥の垣根を越えて協力する事もある。

 団長は緊急時だと判断し声を掛けて話を聞くと、10階層にミノタウロスが居ると彼等は言ったのだ。

 正直な感想を言うのなら──他の団員もそうだったであろうが──アイズは半信半疑だった。ミノタウロスは『中層』に出現するモンスター。『上層』に現れる道理はない。

 或いは、先月自分達が引き起こしてしまった『ミノタウロス上層進出事件』の際の生き残りかとも一瞬思ったが、もしそうなら管理機関(ギルド)がそれを公表している筈だし甚大なる被害が既に出ているだろう。

 どちらにせよ、真偽を確かめる必要がある。

 派閥(ファミリア)を代表して団長(フィン)が詳しい話を聞いていく。地図を用いた正確な場所、10階層の状態等だ。

 そして最後に、生存者の確認。

 とはいえ、それは絶望的だろうとフィンは考えていたに違いない。事実、アイズはそうだった。

 もし本当にミノタウロスが出現したのなら、或いは、ミノタウロスと同等のモンスターが出現したのなら、下級冒険者の手には負えないだろう。

 生存者は彼等だけかもしれないな、とアイズがぼんやりと思っていると──パーティリーダーを名乗った男は、生存者は一人居ると、そう言った。

 何でも、その人物がミノタウロスに襲われている場面に彼等は遭遇してしまい、その人物から逃げるよう言われ、その言葉のままに逃走をしたらしい。

 その人物は余程のお人好しだな、とアイズは思った。自分が命の危機に瀕しているというのに、他の人の命を優先する事だなんて、中々出来ない事だ。

 そして、その人物がまだ生きている可能性は極めて低いだろう。

 言葉にこそしなかったが、アイズをはじめとした【ロキ・ファミリア】の面々はそう思った。

 せめて勇気ある行動をした冒険者の遺体を持ち帰ろう──フィンは恐らく、そう思ったに違いない。【勇者(ブレイバー)】という二つ名の如く、ファン・ディムナは勇気ある者に敬意を表すことに躊躇いがない。

 フィンは彼等にその人物の特徴を聞き、パーティリーダーの男はこう言った。

 

 ──『種族はヒューマン! 白髪の子供だった! あとは……そうだ、片手剣を使っていた!』

 

 アイズは最初、何を言われたのか分からなかった。

 それは彼等に質問したフィンもそうだったに違いない。何故なら、それまで淀みなく冷静に質問を重ねていた小人族(パルゥム)は、ほんの僅か、けれど確かに息を一瞬止めていたのだから。

 彼等の語った、この下の階層でミノタウロスに襲われ、そして戦っているという人物の特徴は。

 それは、アイズの知っている──ベル・クラネルのそれに酷似していたのだ。

 そんなまさか、という思いがあった。

 アイズは彼等に、本当にその人物が一人だったのかと質問した。昨日会った時、ベルは言っていた。サポーターを雇い二人一組(ツーマンセル)でダンジョン探索を行っている、と。それはもう嬉しそうに。

 団長の顔を立てる事など、アイズの頭からはすっかりと抜け落ちていた。

 友人のティオナが、アイズの意図を読み通訳してくれた。

 だが返答は、分からない、というものだった。

 

(あの子が──ベルが。ミノタウロスと、戦っている……!?)

 

 その瞬間。

 アイズは魔法の詠唱を口ずさんでいた。風属性の付与魔法(エンチャント)、【エアリアル】。

 魔力を練り、『風』を纏う。そしてアイズは後の事なんて何も考えず、衝動に駆られるままに走り出していた。

 

 ──そして、現在。

 

 アイズは9階層の最奥部に辿り着こうとしていた。

 

(この廊下を抜ければ、この階層の最奥部……!)

 

 そこには、10階層へ繋がる階段がある。

 曲がり角のない直線。アイズは脚に力を込め、走り抜けようと──した所で、廊下の奥から、小さな人影が現れた。

 

「……ッ!?」

 

 ぶつかるのを阻止すべく、慌てて急ブレーキする。幸い間に合い、事なきを得た。

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

 アイズは謝罪しながら、バックステップし少し距離を取る。

 人影の正体は、とても小さな少女だった。地味な色のローブに、身体に不釣り合いな大きさのナップサックを背負っている。

 小人族(パルゥム)か。或いは、ヒューマンか。

 そんな思考は、少女の顔立ちを見た瞬間吹き飛んだ。

 白髪紅眼。

 ベルのそれと、少女のそれは酷似していた。もし此処にベルが居て、兄妹(せつめい)だと言われたら信じるだろう。

 ミノタウロスから逃げてきた冒険者が見たという生存者は彼女の事なのか──そんな思考が、アイズの脳を一瞬支配する。

 アイズの金眼と、少女の紅眼が交錯した。

 その瞬間。

 

「あ、あのッ! もしかしたら貴女は、アイズ・ヴァレンシュタイン様ですかッ!?」

 

 少女が、切羽詰まった様子、されどその顔に希望を宿しながらアイズに顔を寄せた。

 アイズは面食らいながらも、コクコクと、首を縦に振る。何がなんだか分からなかったが、そうすべきだと脳が指示を出していた。

 

「良かった……! 【ロキ・ファミリア】が居る! ヴァレンシュタイン様──【剣姫(けんき)】様達は『遠征』でダンジョンに居る、という事で間違いないでしょうか!?」

 

「は、はい……」

 

「無礼を承知で冒険者依頼(クエスト)をお願いしたいです! 今すぐに!」

 

 冒険者依頼(クエスト)

 少女は確かに、そう言った。

 アイズはそれに、首を横に振って答える。

 

「ごめんなさい……私、今急いでいるの……!」

 

 一言、謝罪する。

 この少女には悪いが、付き合っている暇はない。何やら切羽詰まっている様子だが、それは自分も同じだ。

 寧ろ、この会話で貴重な時間を失っている。

 視線を合わさず立ち去ろうとするアイズを、しかし、少女は「待って下さい!?」と呼び止める。

 

「話を! どうか、話を聞いて下さいッ!?」

 

 両手を大きく広げ、少女はアイズの眼前に立った。

 強行突破するか否か、アイズは逡巡する。

 だが無理矢理押し通れば、少女は怪我をするだろう。だが今は、少年の安否が──。

 そんなアイズの内心を見透かしているかのように。

 少女は、瞳を濡らしながら叫んだ。

 

「どうかお願いです! あの人を、助けて下さい! 貴女は、あの人のご友人だと聞きました!」

 

 アイズは足を止め、少女に問い掛ける。

 

「──詳しく、話を聞かせて」

 

 それから、一分後。

 アイズは少女のナップサックを背負い、少女を抱きかかえながら走っていた。

 少女はリリルカ・アーデと名乗り、ベルとパーティを組んでいるサポーターだとも言った。

 ベルが雇っている支援者(サポーター)とは、彼女の事だったのだ。

 話を聞くと、こうだった。

 ベル達はフィン達【ロキ・ファミリア】同様、9階層の異変に気が付いた。その原因を追求する為に奥へ進んだ所、冒険者の死体を発見。そして10階層に降りると、二人の負傷した冒険者を発見し彼等と一緒に地上へ帰還しようとした所に、ミノタウロスが出現した。

 ベルは自ら『囮』となり、リリルカに撤退を命令したという。

 そして一度は雇用主の命令に従ったが、リリルカは思い直し、打開策を考えたという。

 それこそが、ミノタウロスが現れる前に雇用主と考えていた当初の方針──即ち、【ロキ・ファミリア】への冒険者依頼。

 ベルがフィンやアイズと友人だと聞いていたリリルカは、サポーターでありながら単身でダンジョンを放浪し、いつ来るかも分からない、もしかしたら既に下層へ行っていたかもしれない【ロキ・ファミリア】の遠征部隊を探していたのだ。

 モンスターにこそ襲われる事はなかったが、道中、何度も躓き転んだと言うリリルカの身体には擦り傷をはじめとした外傷が沢山あった。

 回復薬(ポーション)を手渡しながら、アイズは問う。

 

「ミノタウロスが現れた場所は分かる?」

 

「10階層に降りてすぐの広間(ルーム)です!」

 

 リリルカが端的に報告してくる。先程まで涙を流していた人物とは到底思えない。

 これまでの説明も非常に分かりやすかった。ベルから話は聞いていたが、このサポーターはとても優秀だ。恐らく、下級冒険者の中でもかなりの場数を踏んでいるのだろう。

 アイズ達は10階層へ通じる広間(ルーム)に辿り着く。

 広間(ルーム)には、保護した冒険者達が言っていた通り、ミノタウロスに敗れたと考えられる敗北者の姿がある。

 物言わぬ彼等の遺体は、しかし、きちんとした処置がされていた。聞けば、ベルとリリルカが行ったという。

 遺体については、自分を追ってきているであろう仲間達がこの後に対応するだろう。

 そう結論付け、アイズは下の階層へ通じる階段へ向かう。

 

「舌、噛まないようにしてね」

 

「えっ──きゃああああああああ!?」

 

 リリルカの悲鳴が響く。

 駆け下りるのも億劫だと思い、そのまま飛び降りたのだ。

 体感にして数(メドル)の距離だったが、アイズの身体は無傷だった。高い能力値(ステイタス)を持つ上級冒険者にのみ許される行為だ。

 

「これだから……上級冒険者は……!」

 

 ごめん、と言う余裕はアイズにはなかった。

 

(霧が……邪魔……!)

 

 10階層から12階層は『迷宮の構造(ダンジョン・ギミック)』として『靄』がある。地面から立ち昇るそれはアイズ達の視界を遮った。

 

「【剣姫(けんき)】様、あの人とミノタウロスが居ません!?」

 

 リリルカが声を上げる。

 焦燥感を抱くリリルカとは対照的に、アイズは内心で、やっぱりなと思っていた。

【ロキ・ファミリア】が保護した冒険者達が教えてくれた場所は、此処ではなかった。

 推測にはなるが、リリルカがこの場を離れた後、ベルはミノタウロスを違う場所へ誘導したのだろう。その時に、【ロキ・ファミリア】が保護した冒険者達がベルとミノタウロスを見たのだ。そして彼等はそのまま逃走を開始、非戦闘員(サポーター)であるリリルカを追い抜き【ロキ・ファミリア】に保護されるのに至ったのだろう。

 

「【剣姫(けんき)】様、あちらの枯木に負傷者が二名居ます! リリ達が応急処置した冒険者様達です!」

 

 そう言って、リリルカは負傷者が居るという方角を指さした。

 

(どうしよう……可能性は低いと思うけど、モンスターが出て来ないと考えるのは、違う)

 

 それは希望的観測だ。

 

「その人達は、かなり危ない状態?」

 

万能薬(エリクサー)を飲ませたのでひとまずは大丈夫だと思いますが……リリは治療師(ヒーラー)ではない為、断定は出来ません」

 

 その負傷者が意識を失っているにせよそうではないにせよ、保護する必要がある。

 だが、この場に居るのはアイズとリリルカの二人のみ。

 どちらかがこの場に残る必要がある──どうすれば良い。

 そんなアイズの葛藤を見透かしているかのように、リリルカがおもむろに口を開き、こう言った。

 

「……【剣姫(けんき)】様、負傷者の方々は私が見ます」

 

「……でも、それだと……」

 

「リリには万能薬(エリクサー)があります。それに数本ですが、『魔剣』も。仮にモンスターが襲ってきても、すぐに倒れる事はないでしょう」

 

「だから」とリリルカはアイズの金の瞳を真正面から見詰めながら言った。

 

「あの人をどうか、助けて下さい。お願いします、【剣姫(けんき)】様」

 

 深々と頭を下げ、リリルカがアイズに懇願してくる。

 アイズは長い葛藤の末、頷いた。

 

「……分かりました。私の仲間がもうすぐ来ると思います。それまで、堪えて下さい」

 

「はい!」

 

 リリルカが深く頷く。

 アイズは頷き返すと、再び走り始めるのだった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 走る。

 走る。

 走る。

 全速力で、走る。

 手遅れにならないように。助けられるように。

 

(後少しの筈……!)

 

 そう思った、その時だった。

 

 ──キィン。

 

『器』を五回昇華させ、その分、超越存在(デウスデア)たる神に近付いたアイズの聴覚がその音を拾う。

 聞き間違いではない。それは、金属音だった。

 方向転換し、発生源へ進む。

 金属音──剣戟の音は少しずつ、しかし着実に大きくなって行った。同時に人間の雄叫びと魔物の咆哮もそれに混ざり、音楽を奏でているようだった。

 

(次……ううん、次の次の広間(ルーム)……!)

 

 特定に成功する。

 そしてとうとう、アイズは目標地点直前の広間(ルーム)に突入しようとした──その時。

 

「止まれ」

 

 一声が投じられた。

 

「──ッ!?」

 

 何て事ない、そのただの一言に、広間(ルーム)に入ったアイズの足は止まっていた。

 広間(ルーム)の中央に、一人の人間が立っている。

 (さび)色の髪に、同色の瞳。二(メドル)を超える身の丈に、背中に担がられているのは一振の大剣。頭部には、獣人を示す特徴的な耳が生えている。

 纏っている覇気は凡庸のそれではなく、他者を圧倒する。

 

(何で……どうして……!)

 

 金の瞳を大きく見開かせ、アイズは呆然と、その人物の真名を呟いた。

 

「【(おう)(じゃ)】……!」

 

 冒険者の『頂天(ちょうてん)』、【猛者(おうじゃ)】オッタル。

 都市最強の冒険者が、アイズ・ヴァレンシュタインの前に立ちはだかっていた。

 




次話予告──『【猛者】の真意』。
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