さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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前話の後書きでお伝えしていた予告『【猛者】の真意』をやめ、『1ベル』へ変更しています。

1ベル
意味:劇場に入って貰う『客入れ』の時に鳴らすブザー音や鐘の事。


1ベル

 

 ダンジョン、10階層。

 正規ルートから外れた広間(ルーム)にて、二人の冒険者が対峙していた。

 片や、【ロキ・ファミリア】所属──【剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタイン。都市最強の剣士として名が挙げられる、金髪金眼の美しい剣士である。その階位はLv.6。ダンジョン中毒者とも言われ、モンスターを屠る姿は別名、【戦姫(せんき)】。

 もう片や、【フレイヤ・ファミリア】所属──【猛者(おうじゃ)】オッタル。都市最強にして、『最恐』。錆色の髪に同色の瞳の武人。数多の冒険者の(いただき)に立つその姿は正しく『頂天』。その階位は下界で二人しか居ないとされているLv.7。

 どちらも、迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオを代表する冒険者である。

 その二人が、ダンジョン10階層という比較的『上層』にて相対していた。

 

「そこを、通して下さい……。その奥に、私の友人が居るんです……!」

 

 最初に口を開けたのは、アイズだった。

 この遭遇が偶然ではないと内心で確信しながらも、自分の目的を告げる。

 今のアイズにとって、目の前の【猛者(おうじゃ)】はどうでも良い存在だった。そんな事よりも、この奥で『怪物(ミノタウロス)』に襲われているであろう少年(ベル)のもとへ駆け付けたいという想いの方が勝っていた。

 だが──。

 

「ならん。俺は、止まれと言った筈だ」

 

 オッタルはアイズの言葉を切り捨てた。

 錆色の瞳を剣のように細め、アイズを射止める。思わず言葉に詰まるアイズに、オッタルは言った。

 

「【剣姫(けんき)】、手合わせ願う」

 

 アイズは金の瞳を目いっぱい広げ、驚愕の表情を浮かべた。

 

「何で……!?」

 

 その疑問に、オッタルは答える。

 お前は一体何を言っているのだと、至極当然と言った顔で。

 

「俺達は敵対派閥。ならば、こうなるのは何も可笑しくあるまい」

 

「そう、かもしれないですけど……!」

 

 納得出来ないと、アイズは言った。

 オッタルが所属している【フレイヤ・ファミリア】とアイズ・ヴァレンシュタインが所属している【ロキ・ファミリア】は敵対派閥である。

 だが両派閥とも都市最高戦力であり、もし全面戦争なんて事になれば周りへの被害は尋常ではないだろう。文字通り、世界が動く事となる。

 緊張は常時あるが、少なくとも、雌雄を決するのは今ではない。

 それが両派閥の共通認識だった。

 だった筈だ。

 

「本気、なんですか……!?」

 

 アイズが尋ねる。

 オッタルは、それに、抜剣する事で答えた。

 

「来い、【剣姫(けんき)】」

 

「──ッ」

 

 戦闘は【剣姫(けんき)】からの攻撃で幕を開けた。

 踏み込みからの袈裟斬り。下級冒険者なら視認すら出来ない神速の一撃。

 だがそれを、【猛者(おうじゃ)】は何なりと防いでみせる。

 

「──温い」

 

 火花が飛び散り、空間を一瞬照らす。

 至近距離で両者は瞳を交錯させ、互いの意思を見逃さぬようにする。

剣姫(けんき)】の長剣を【猛者(おうじゃ)】は弾くと、お返しと言わんばかりにそのまま斬り払いを披露する。対する【剣姫(けんき)】は弾かれた勢いを逆に利用しそのまま回転斬りを行う事で迎撃した。

 

「そこを、退()いてッ!?」

 

退()かんと言っている」

 

 オッタルはアイズの言葉を再度切り捨てると、空いている片手で殴り掛かった。

 アイズはそれを、上半身を横に倒す事で避ける。眩い輝きを持つ金髪が宙を舞った。これ以上は危険だと判断し、アイズは一度大きく跳躍。剣の間合いから脱出する。

 静寂が広間(ルーム)を包もうとするが、それを遮る音がした。

 

「うおおおおおおおおおおおッッ──!」

 

『ヴゥアアアアアアアアアアッッ──!』

 

 人間の雄叫びと『怪物』の咆哮。

 耳朶を打ったそれに、アイズは顔を歪めた。今こうしている間にも、少年はミノタウロスと戦っている。この広間(ルーム)の先で、絶望的な戦いに臨んでいる。

 今すぐにでも助けに行きたい。死なせたくない。

『彼』と、話したい事が沢山ある。

 だがそれは出来ない。眼前に居るのは『最恐』であるが故に。

 

「此処を通りたければ、俺を倒す事だ」

 

 それは、あからさまな挑発だった。

 

「──ッ! 【目覚めよ(テンペスト)】ッッ!」

 

 詠唱を口にし、アイズ・ヴァレンシュタインは『風』を纏い直す。アイズの激情に呼応してか、『風』は平生よりも荒々しく、『暴風』と言っても差し支えなかった。

 だが、オッタルはそれを見ても表情一つすら変えない。大剣を構え直し、待ちの姿勢を取る。

 刹那、アイズは地を蹴っていた。先程の比ではない速度で剣の間合いに入る。

 

「ああああああああああッッ!」

 

 連続攻撃。

 一撃一撃が途轍もない破壊力を持つ斬撃を、アイズは行う。

 直撃すればオッタルとて無傷ではいられない攻撃。

 その全てを、オッタルは大剣で迎え撃った。真正面から受け止める。

 そして、武人は呟いた。称賛を僅かに込めて。

 

「そうか──新たな高みに至ったか、【剣姫(けんき)】」

 

 それは紛れもなく、【猛者(おうじゃ)】オッタルが【剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタインを認めた瞬間だった。

『器』を昇華させ、昇格を果たした『英雄候補』を、【猛者(おうじゃ)】は歓迎する。

 

「だが、足りん。まだ温い」

 

「……ッ!」

 

 圧倒的な経験値の差。研鑽(けんさん)を積み上げてきた『技』に、幾度もの死闘で培ってきた『駆け引き』。

 それこそが、【猛者(おうじゃ)】オッタル。今代(こんだい)の『英雄候補』の中で、最も『英雄』に近いとされている武人。英雄競走(レース)の暫定一位。

 

「それなら──!」

 

猛者(おうじゃ)】の更なる挑発に、【剣姫(けんき)】は応える。

『暴風』をさらに強くし、剣に纏わす。それは付与魔法(エンチャント)の領域から大きく外れていた。

 そして、【剣姫(けんき)】は『切り札』を切る。

 

「──リル・ラファーガ!」

 

 それは言うなれば、風の閃光。

 超大型、若しくは、階層主専用の神風が一直線に突き進む。

 広間(ルーム)を縦断するその大風の螺旋矢に対し、オッタルはカッと目を見開く。それは都市最強の冒険者が本格的な行動をしなければならないと思った証拠であった。

 全身の筋肉を隆起させ、それまで片手で扱っていた大剣、その柄を両手で強く握り締める。

 そして、大上段から勢いよく大剣を振り下ろした。

 

「ああああああああああああ──ッッッ!」

 

「オオオオオオオオオオオオ──ッッッ!」

 

 神風と剛閃。

剣姫(けんき)】と【猛者(おうじゃ)】がぶつかり合い、ダンジョンの階層に地響きが走る。

 そして、爆音が巻き起こった。

 全身を殴り付ける衝撃波。一瞬後、両者は反動で後方に吹き飛ぶ。

 攻撃の相殺が発生した。

 

「……嘘」

 

 尻餅をついたアイズが、呆然と呟く。

 相手を殺さぬよう無意識の手加減をしていたとはいえ、今の一撃──『リル・ラファーガ』は紛れもなくアイズ・ヴァレンシュタインの『切り札』である。喰らえばひとたまりもない。

 そうだと言うのに。

 オッタルは立っていた。超然と佇み、纏っている覇気は微塵も衰えていない。

 ()()()()

『最恐』の武人は純粋な『力』のみで、アイズ・ヴァレンシュタインの必殺を防いでみせたのだ。

 

「見事だ、【剣姫(けんき)】」

 

 オッタルが、心からの称賛の言葉をアイズへ送る。

 武人の身体には幾つもの裂傷が出来ていた。纏っていた防具は壊れ、破損してしまっている。大剣は刀身が折れ、事前に置いていたのであろう、オッタルは壁に立て掛けていた予備(スペア)の柄を片手で握った。

 そして、最初の位置──広間(ルーム)中央へ戻る。

 どうする、とアイズの中で焦りが募っていく。アイズの切り札を以てしても、オッタルを抜ける事は出来なかった。

 敵対派閥云々はただの建前である事など、アイズはとうに分かっていた。理由は不明だが──オッタルは本気で、アイズを少年の元へ行かせまいとしている。

 

「どうして……貴方は……」

 

 地面から立ち上がり、アイズは尋ねた。答えが返ってくる事はないだろうと予想しながら。

 だが、その問いに、オッタルは答えた。

 

「【剣姫(けんき)】よ、貴様とて分かるだろう。この先にあるのが、何なのか」

 

「……」

 

 アイズは押し黙り、オッタルの言葉を肯定した。

 アイズとて、分かっている。分かっているのだ。

 聞こえてくる雄叫びは決して絶えず、無くなる気配は全く感じられない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まさか俺達が、それを否定する訳にはいかんだろう」

 

 それはオッタルなりの、諭しだったのかもしれない。

 あまりにも言葉足らずだったそれは、しかし、事実だった。

 

「……」

 

 だがそうだとしても、アイズは。

 アイズ・ヴァレンシュタインは。

 或いは、『彼女』は。

 それを認める訳には行かなかった。

 

「そうだとしても……! 私は、あの子の所に行く!」

 

「……そうか。ならば、言葉を交えるのはこれで終わりだ。何度も言おう。此処を通りたければ、俺を倒す事だ」

 

 そう言うと、【猛者(おうじゃ)】は大剣を構え直した。今度は最初から両手で柄を握り、手加減はしないと暗に告げる。

剣姫(けんき)】もまた、長剣の切っ先を向け戦意を表した。

 

 そして、緊迫した空気が爆発を迎えようとした──その時。

 

「アイズ、やっと追い付いた──―って、何で此処に【猛者(おうじゃ)】が居るの!?」

 

 驚愕の声と共に現れたのは、女戦士(アマゾネス)のティオナだった。パーティから飛び出したアイズを追って来たのだ。

 アイズの横に並び、「どういう事!?」と説明を求める。

 

「えっと……──ッ!?」

 

 状況を説明しようとしたアイズだったが、それは出来なかった。

 そんな暇は与えないと言わんばかりに、オッタルが攻撃した為だ。

 それをアイズは、何とか長剣で受け止める。

 激しい剣戟を繰り広げる二人を見て、ティオナは状況がさっぱり分からないと首を傾げた。

 だが、それは一瞬。表情を変えると、戦闘領域に躊躇いなく入った。

 

「【大切断(アマゾン)】……!」

 

「あっ、【猛者(おうじゃ)】もそんな風にあたしを言うんだ! ショック!?」

 

 眉間に皺を寄せるオッタルを見て、ティオナが心底不服だと言う。その思いを乗せ、自身の得物である超大型近接武器を振り回す。

 ティオナの参戦により、戦況は変わりつつあった。

 さしもの【猛者(おうじゃ)】と言えど、第一級冒険者を二人相手取るのは難しい。ましてや【剣姫(けんき)】の『切り札(リル・ラファーガ)』を真正面から受け止めたのもあり、反応に遅れが生じつつあった。

 だが、それでも【猛者(おうじゃ)】は膝を付かない。それどころか益々戦意を漲らせ、大剣を縦横無尽に振るう。

 

「やっぱり、強い!?」

 

 後方に吹き飛ばされ、壁に直撃したティオナが「痛てててて」と言いながら、自身の得物を杖にしながら立ち上がろうとする。

 だがそれよりも、オッタルの方が早かった。アイズをティオナの逆方向に追いやり、身体を反転。此処で仕留めるとティオナに迫り、大剣を上段から振り下ろす。

 

「ティオナ!?」

 

 アイズの悲鳴が広間(ルーム)に響く。

 だが、ティオナが斬られる事はなかった。二人の間に割り込んできた一人の獣人の蹴りによって、受け止められていたのだ。

 

「一旦下がれ!」

 

「……ッ、ありがとう、ベート!」

 

 お礼を言い、ティオナは両足に力を入れて戦闘領域から離脱した。安全圏まで後退し、高等回復薬(ハイ・ポーション)を一気飲みする。

 仕留め損なった女戦士(アマゾネス)をオッタルは見送る事しか出来ず、その代わりに、眼前の狼人(ウェアウルフ)を睨む。

 

「【凶狼(ヴァナルガンド)】……!」

 

「おい、この猪野郎。手前(てめえ)、何をしているのか分かっているんだろうなぁ、あぁ!?」

 

 その返答は簡潔だった。

 大剣の一閃。

 ベートは顔の刺青を歪めると、それを大きく回避。後方のティオナ、そしてアイズの下まで下がり合流しようとするも、猛追撃がベートに迫る。

 派閥(ファミリア)の中で最も脚の速いベートだったが、二つもの階位が離れていてはそう上手くいかない。徐々に回避は追い付かなくなり、遂にその切っ先が獣人の首筋を捉える。

 

「させないわよ!?」

 

 だがその寸前で、高速で飛来してきた湾短刀(ククリナイフ)が大剣に直撃、軌道を逸らす。

 

「ティオネ!」

 

 アイズが、参戦してきた女戦士(アマゾネス)の名前を叫ぶ。

 土煙が巻き起こり、それは迷宮構造(ダンジョン・ギミック)の『靄』と混ざる。さしもの第一級冒険者であろうと、視界が完全に遮られては戦闘の継続は難しく、【猛者(おうじゃ)】は追撃を中止し、【ロキ・ファミリア】の冒険者達は今度こそ合流を果たした。

 そして土煙が晴れた時、【猛者(おうじゃ)】と【ロキ・ファミリア】は睨み合っていた。どちらも戦意を隠さず、緊張が走る。

 だが、静寂が訪れる事はない。

 

「うぁあああああああああ!」

 

『ヴォオオオオオオオオオ!』

 

 奥の広間(ルーム)から届く、二種類の叫喚。

 ティオナ、ティオネ、そしてベートがピクリと反応を示し、顔付きをさらに険しくさせた。

 そして、ティオネがアイズに小声で言う。

 

「此処に来るまでの途中、あの子の仲間を名乗る女の子を保護したわ。女の子も、その女の子が必死に守っていた二人の負傷者も無事よ」

 

 その言葉を聞いて、アイズはホッと安堵の息を吐いた。

 

「……良かった」

 

「今は団長と副団長(リヴェリア)が保護してる。きっと、すぐに来てくれるわ。──それで、あの子はこの広間(ルーム)の奥に居るのね?」

 

「うん」

 

 ティオネの問いに、アイズは頷いた。

「そう……」と言ったティオネはキッと猪人(ボアズ)の武人を睨みながら、妹と仲間の狼人(ウェアウルフ)に言う。

 

「四対一とはいえ、相手はあの【猛者(おうじゃ)】よ。しかも何の冗談か、アイツは私達を通すつもりがないらしいわ。本気でね。どうする?」

 

 その質問に、二人は即答した。

 

「決まってる。押し通る!」

 

「当たり前の事を聞くんじゃねえよ」

 

 その頼もしい返答に、ティオネはにやりと口角を上げた。

 そして、アイズに囁く。

 

「私達が絶対に隙を作る。アイズ、あんたは先にあの子の所に行きなさい」

 

「……分かった。その、ごめん……」

 

 アイズは金の瞳を伏せ、謝罪した。

 仲間達の強さを疑う訳ではないが、ティオネが言った通り、相手はあの【猛者(おうじゃ)】だ。さらに言えば、三人の階位はLv.5。Lv.7の【猛者(おうじゃ)】とは二つも階位が離れている。苦戦は必至となるだろう。

 だが、そのアイズの謝罪をティオナは受け取らなかった。大双刃(ウルガ)で空気を切り裂きながら、こう言った。

 

「こういう時はね、アイズ! 『ありがとう』って言って欲しいな!」

 

「……うん。ありがとう、皆!」

 

「どういたしましてっ!」

 

 ティオナは笑顔を浮かべると、アイズのお礼を受け取った。そして、

 

「行っくよー!」

 

 威勢よく飛び出した。

 弓から放たれる矢のように飛んでいく女戦士(アマゾネス)を、彼女の姉は「この馬鹿ティオナ!」と怒声を上げて追い掛ける。すぐに戦闘が再開し、剣戟の音が響く。

 

「おいこら、このバカゾネス共!?」

 

 それに本当の罵声を出したのは、ベートだった。

「チッ」と舌を打った狼人(ウェアウルフ)の戦士は、アイズを見る事なく、参戦の時機を伺いながら言う。

 

「【猛者(おうじゃ)】と戦えるのは歓迎だ。──だがな、あの只人をお前は本当に助けたいと言うのか?」

 

「……はい」

 

「それは何故だ?」

 

 理由を問われ、アイズは戸惑った。

 超実力主義を掲げるこの狼人(ウェアウルフ)が、ただの悪人でない事はアイズも知っている。恐らくは、彼なりの考えがあるのであろう事も、何となく察している。

 だがそれを加味しても、今のベートは、アイズの知っているベート・ローガではないように感じられた。

 

「フィンもお前も、あの只人に随分と拘っている。それは何故だ?」

 

「何故って……」

 

「俺には──()には理解出来ないな。あの只人は無知蒙昧、大言壮語を周囲に吹聴するただの愚か者、『道化』でしかないというのに。そうだと言うのに、お前達はあの『道化』に過度な期待を押し付けている」

 

 普段の粗暴な口調からは考えられない、落ち着いた口調。一人称も変わっている。纏っている雰囲気も、違う。

 別人なのではないかと、アイズがそれに混乱する中、女戦士(アマゾネス)達と【猛者(おうじゃ)】の戦闘は激化していく一方だった。だがよく見れば、徐々にではあるが女戦士(アマゾネス)達が追い込まれている。

 会話する時間的余裕は、ない。だがベート・ローガは話を続けた。

 

「お前はあの只人に、何を望んでいる?」

 

 その静かな問い掛けに、アイズは。

剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタインは。

 或いは、ただのアイズ・ヴァレンシュタインは。

 また或いは、『彼女』は。

 

「……」

 

 すぐに答える事が出来なかった。

 呆然とするアイズを見ても、しかし、ベート・ローガは責めなかった。

 琥珀色の瞳を細め、ただ前を見据え、言う。それは彼なりの助言だった。

 

「この先にあるのは、何人たりとも立ち入る事が赦されない『舞台』だろう。そして私達は、ただの『観客』でしかなく、『舞台』が終わるまで観るしかない」

 

「……」

 

「お前がそこに行こうとするのなら、自分の立場と、何を本当にしたいのかを今一度考え直す事だ」

 

「……ベート、さん。貴方は……」

 

「──私が奴の姿勢を崩す」

 

「……っ」

 

「私から言えるのはこれだけだ」

 

 そう言うと、狼人(ウェアウルフ)の戦士は獣の如き雄叫びを上げた。派閥(ファミリア)最速の脚力を以て参戦する。

 

「おっそーい!?」

 

 ティオナが文句を言う中、ベートはそれを無視した。獰猛な【凶狼(ヴァナルガンド)】が捉えるのは『最恐』のみ。

 

「よぅ、猪野郎。俺達にその座を明け渡す準備は良いか、あぁ!?」

 

 その挑発に、【猛者(おうじゃ)】は大剣の一撃を以て答える。

凶狼(ヴァナルガンド)】のメタルブーツと【猛者(おうじゃ)】の大剣がぶつかり、激しい火花を飛ばす。

 そこに【大切断(アマゾン)】と【怒蛇(ヨルムガンド)】の二人が加勢し、【ロキ・ファミリア】の冒険者達は高度な連携を見せる。

 だが、三人の猛攻撃を受けて尚、【猛者(おうじゃ)】は倒れなかった。第一級冒険者を三人相手取り、互角の戦いを見せている。

 だが、数的不利なのには変わりない。さしものオッタルも、全ての攻撃を捌くのは不可能だった。

 そして、アイズ達の目的は撃破ではない。

 

「──仕掛けるぞ!」

 

 僅かに姿勢を後ろへ揺らした【猛者(おうじゃ)】。それを、狼人(ウェアウルフ)の琥珀色の瞳は見逃さなかった。

 仲間の女戦士(アマゾネス)達に号令を掛ける。

 刹那、【ロキ・ファミリア】の冒険者達は打って出た。

 

「喰らえーッ!」

 

「喰らいなさいッ!」

 

大切断(アマゾン)】によって大双刃(ウルガ)が走り抜け、【怒蛇(ヨルムガンド)】の湾短刀(ククリナイフ)が交差する。

 

「ぬぅ……!?」

 

 初めて、【猛者】が苦し紛れの声を出した。

 絶対防御に綻びが生まれる。

 

「喰らいやがれえええええええ!」

 

凶狼(ヴァナルガンド)】が叫び声を上げながら、渾身の蹴りを放った。

 そしてその一撃は、【猛者(おうじゃ)】の絶対防御を破るのに至る。

 猪人(ボアズ)の巨体は吹き飛ばされ、そのまま背中から壁面に直撃。刹那、壁は地響きと共に崩落を始めた。

 

「今だよ! 今しかない! 行って! アイズ!」

 

 ティオナがそう言った時には、アイズは駆け出していた。

 

「ありがとう!」

 

 仲間達に礼を言いながら、長方形の広間(ルーム)を走り抜ける。そして【猛者(おうじゃ)】が守護していた通路口に飛び込むと、その先へ疾走するのだった。

 

 ──アイズ・ヴァレンシュタインが広間(ルーム)を出ていった、その直後。

 

 瓦礫の山を粉砕し現れるは、【猛者(おうじゃ)】オッタル。全身という全身に傷を負っている猪人(ボアズ)の武人は、しかし、戦意を無くしていなかった。

 己が守護していた通路口を見、金髪金眼の剣士を追い掛けようと試みる。

 

「そうはさせないわよ」

 

 だが【猛者(おうじゃ)】の前に、【怒蛇(ヨルムガンド)】が立ち塞がった。両隣に居るのは、【大切断】に【凶狼(ヴァナルガンド)】。三人とも視線を鋭くし、オッタルの一挙一動にしている。

 立場が逆転したのだと、オッタルは悟った。

 

「──やれやれ、これは困ったな」

 

 緊張に満ちた広間(ルーム)に、一声が投じられる。

 

「フィン……!」

 

「やぁ、オッタル。こうして君と、ダンジョンの中で会うのは随分と久し振りだね」

 

 オッタルが頬を歪めると、フィンは旧来の共に再会したかのように、にこやかな笑みを浮かべた。

 その背後には絶世の美貌を持つ王族(ハイエルフ)。そしてさらに後ろに居るのは、身体に不釣り合いな大きなナップサックを背負っている女子だった。

 

「それでオッタル、どうする?」

 

 小人族(パルゥム)の少年による、要領を得ない質問。

 その質問の意味を、オッタルは正しく理解し──構えていた大剣を静かに下ろし、そのまま納刀した。

 

「各員に告ぐ。武器を下ろすんだ」

 

「で、ですが団長!? コイツは──」

 

「二度は言わないよ、ティオネ」

 

「────失礼、しました」

 

 ティオネは己の非礼を言うと、湾短刀(ククリナイフ)を仕舞った。姉に倣い、ティオナも続く。最後にベートが「チッ」と舌を打ち団長の指示に従った。

 

「ありがとう。済まないね、皆」

 

 フィンはそう言うと、「さて」とオッタルに近付いた。

 

「此処を通して貰っても良いかな、オッタル?」

 

「……好きにするが良い」

 

「ありがとう。それなら、遠慮なく。──ティオナ、先に行ってて良いよ。君も彼の事が気になるだろう」

 

「うん!」とフィンの声掛けにティオナが返事する。そして駆け出そうと……したが、その直前に身体を反転。フィンの後ろにいる少女の所に行き、膝を屈伸させて目線を合わせた。

 

「ねっ、君!」

 

「な、何でしょう……?」

 

 戸惑う少女に、ティオナは言った。

 

「君、ベルのサポーターだよね。リリルカちゃんでしょ?」

 

「それは、そうですが……。その、どうして私がリリルカ・アーデだと分かったのですか?」

 

「……? だって私達、一度会ってるじゃん!」

 

 何を言っているの? とティオナは首を傾げる。

 それに対し、少女──リリルカ・アーデは驚愕の表情を浮かべた。確かに数日前、二人はダンジョンの中で会話をしている。だがその時のリリルカは自身の変身魔法【シンダー・エラ】により、犬人(シアンスロープ)の姿になっていた。ローブのフードを目深に被っていた為、髪色や瞳の色は本来の自分の物であり、今化けている白髪紅眼のヒューマンとはかけ離れている。

 そのリリルカを、ティオナは何て事のないようにあっさりと見破ったのだ。これが第一級冒険者なのかとリリルカが戦慄する中、彼女の内心を知る由もないアマゾネスの少女は「リリルカちゃん」と再度声を掛けた。

 

「あたしと一緒に行こう! その方が早いよ!」

 

 言いながら、ティオナは手を差し伸べた。

 そして、リリルカはその手を迷う事無く強く摑む。

 

「お願いします! どうかリリを、あの人の所へ!」

 

「うんっ! それじゃあ──行っくよー!」

 

 ティオナは笑顔でリリルカの小さな身体を引き上げた。

 

「えっ」

 

 素で声を出すリリルカは、ふわりと宙を舞い。そのまま地面へ落下する。

 視界が揺れるリリルカだったが、地面とぶつかる事はなかった。

 ティオナがリリルカの身体を俵担ぎの要領で、ギシッと固定していた為だ。

 これは何か既視感があるような具体的には先程何処ぞの女剣士にお姫様抱っこをされたがと困惑リリルカだったが、この場にもう一人居るアマゾネスと目が合った。

 

「あー……愚妹(ぐまい)が、ごめんなさいね?」

 

「えっ」とリリルカが反射的に聞き返した時には遅かった。

 

「レッツ、ゴー!」

 

「きゃああああああああああああ!?」

 

 ダンジョンに響く悲鳴。

 通路口に消えたティオナとリリルカの二人を、ティオネはこめかみを押さえながら見送った。

 

「ティオネとベートも先に行ってて構わないよ」

 

 フィンの声掛けに、しかし、女戦士(アマゾネス)狼人(ウェアウルフ)はこう答える。

 

「いえ、私は団長と一緒に居たいので」

 

「勘違いすんな。俺は雑魚に興味ねえ。アイズとあのバカが居れば向こうは良いだろうが」

 

「それに」とベートは猪人(ボアズ)の武人を睨み付けながら言った。

 

「この猪野郎がいつまた動くか分かんねえからな」

 

「……俺にはもう、お前達と敵対する意思はない」

 

「ハッ、その言葉を信じるのは頭がお花畑で出来ている奴だけだろうよ」

 

 オッタルの言葉を、ベートは鼻で笑った。

 そこで、小人族(パルゥム)の少年が動いた。おもむろに歩き出した彼は、猪人(ボアズ)の武人にゆっくりと近付く。

 

「【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナが【フレイヤ・ファミリア】団長、オッタルに問う。何故僕達と、この時間、この場所で矛を交えた?」

 

「何故とは面白い事を言う。敵を討つ事に、時と場所を選ぶ道理はない。違うか」

 

「尤もだ。それでは、重ねて問おう」

 

 フィン・ディムナは碧眼を細めて、己の倍以上の身体を持つ武人を見上げた。臆する事なく、堂々と。体格差などただのハリボテだと告げるその姿は、正に、小人族(パルゥム)の『光』そのもの。

 

「今回のこれは、派閥の総意──ひいては、君の主の神意と捉えて良いのだろうか? 女神フレイヤは、僕達【ロキ・ファミリア】と全面戦争を望んでいるのだろうか?」

 

「……」

 

「もしそうであるのなら、僕は(ただ)ちにこの薄暗い迷宮から地上へ戻り、僕達の主神にして計略の女神たるロキに報告しなければならない」

 

 オッタルの顔付きが険しくなる。

 ベートとティオネも息を呑む中、唯一、小人族(パルゥム)の少年と長い付き合いのある王族(ハイエルフ)だけは態度を変える事なく悠然と傍に居た。

 

「だが──」

 

 重苦しい沈黙の中、小人族(パルゥム)の少年はそこから一転、明るい口調で言った。

 

「もしこれが僕の勘違いであるのなら。僕はこの勘違いを悪戯好きの主神にバレないよう振る舞うだろう」

 

 そこに、リヴェリアが喉奥で静かに笑いながら乗っかる。

 

「何て言うつもりだ、フィン?」

 

「そうだね──『猪かと思ったら牛頭人身の怪物だった! 靄の所為で見間違えてしまった!』なんて、どうかな」

 

「傑作だな、それは。あの女神も腹を抱えて笑うに違いない」

 

「そうだろう? 最近出来た愉快な友人を真似てみたのさ」

 

 笑い合う小人族(パルゥム)の少年と、絶世の美貌を持つ王族(ハイエルフ)

 二人のやり取りをティオネが羨ましそうにしている中、ベートは放っていた戦意を完全に霧散させた。

 そして、笑いを収めたフィンが「さて、返答は?」と改めて尋ねた。

 小人族(パルゥム)の碧眼と、猪人(ボアズ)の錆色の瞳が交錯する。

 そして、先に視線を逸らしたのは猪人(ボアズ)だった。

 

「……俺の独断だ。勘違いをさせたのなら、謝罪しよう。俺は元々、口が達者ではないからな。俺に非があるようだ」

 

「それはよく知ってるよ。何せ、僕達は『腐れ縁』だからね」

 

「……生意気な小人族(パルゥム)め」

 

 オッタルは少しだけ口元を緩めると、静かに歩き出した。想い人を馬鹿にされたと思ったティオネが鬼の形相と化す中、それを無視し、フィンの横を素通りする。

 

「お前達が徒党を組む以上、俺に勝ち目はない」

 

「そう言って貰えると助かるよ」

 

 フィンが苦笑を返す。

 それ以上言葉を交わす事はなく、斯くして、【ロキ・ファミリア】と【猛者(おうじゃ)】の予期せぬ遭遇は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 背後で宿敵達が動いたのを、オッタルは感知する。

 そして、らしくなく、猪人(ボアズ)の武人は溜息を一つ落とした。

 

「申し訳ございません、フレイヤ様」

 

 謝罪相手は、自らが仕えている美神。

 己の力不足をオッタルは恥じ、敬愛している主神からの神命を完全に果たす事が出来なかった己自身に怒りを抱いていた。

 

「フレイヤ様……今も、ご覧になられているのでしょう。()の者の戦いを」

 

 ──ええ、もちろんよ。オッタル。貴方はよくやってくれたわ。

 

 オッタルはフレイヤが微笑を携えながら答えたのを、確かに聴いた。

 そして、オッタルの耳は拾う。

 雄と雄の魂の咆哮を。雄叫びを。勝利を摑み取らんとする、勝者でもなければ敗者でもない、まだ何者でもない者達の産声を。

 

「覚悟は見た。そして、『泥』を与えた」

 

「ならば」とオッタルは続ける。

 それは、激励。

 それは、冒険者の『頂天』たる【猛者(おうじゃ)】が贈る発破だった。

 

「次にやるべき事は決まっている。お前が本当に俺のもとに来ようとするのなら、この戦い、乗り越えてみせろ。さすれば、俺達の道は再び交わるだろう」

 

 そして最後に、オッタルは言った。

 

「──『冒険』を。『英雄』ならば、『冒険者』ならば『冒険』をするが良い。これは、お前が刻む物語だ。誰にも譲らず、自分の物だと声高に主張し、前に進む事だけを考えろ」

 




次話予告──『2ベル』。
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