さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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神話継想(リ・プロローグ)

 

 

「最後に確認を。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこは承知していますね?」

 

「ああ、分かっている。長期戦になれば、私達に勝ち目はない」

 

 小人族(パルゥム)のサポーターから渡された万能薬(エリクサー)を飲み干しながら、ベルは強く頷いた。

『怪物』ミノタウロスには無尽蔵とすら思える程の『体力』があり、相手(ベル)を一撃で沈める『力』があり、そして攻撃を喰らっても倒れない『耐久』がある。

 ベル・クラネルとリリルカ・アーデが大いなる魔物(ミノタウロス)に勝利する為には、短期決戦しかない。

 

「『技』と『駆け引き』──第一級冒険者がよく使っている言葉があります。これはリリの推測ですが、『技』は恐らく同等。それ故に貴方は生き永らえる事が出来ていた」

 

「『駆け引き』も同等……と言いたい所だが、あのミノタウロス、学習能力が抜きん出ている。それだけじゃない。全く通じなかった訳ではないが、私の事を以前から知っているような……そんな戦い方をしてくる」

 

「まさか、モンスターに『理性』……『自我』があるとでも? いえ、この場合は『知性』と言った方が良いでしょうか?」

 

「断定は出来ないが、本能で動く獣だとは到底思えないな」

 

「……なるほど。実際に戦っているのはベル様ですから、その直感をリリは信じましょう。それなら益々、『駆け引き』では負けられませんね」

 

 共有された情報を基に、リリルカは打開策を考える。

 

「このまま普通に突撃しても、普通に返り討ちに遭うのが目に見えています。勝利条件は短期決戦、これは絶対に変わりません。そして短期決戦する為には……」

 

「相手の意表を突くしかない。そこから一気に勝負に出よう」

 

「問題は、その方法ですね」

 

 生半可な物じゃ、ミノタウロスは戸惑いこそすれ動揺はしない。

 リリルカ・アーデは考える。

 ベル・クラネルの戦法は一撃必殺。自慢の脚力で(もっ)て敵の懐に入り、そのまま急所を狙うという物だ。

 だが相手は『耐久』に優れたミノタウロス。魔石を狙った突き技も、表皮を裂く事さえ出来なかったとベルから聞いている。

 そして同じ攻撃を許す程、ミノタウロスは甘くない。

 

『手札』が欲しい。

 

 リリルカ・アーデはそう考える。

 自分の仕えている主が、あの牛頭人身の『怪物』と対等に戦う為の、『武器』が欲しい。

 何でも良い。

 手段は問わない。

 これは、殺し合いなのだから。

 最後に立っていた者が『勝者』であり、それが結果となる。

 

 そして、長考の末。

 

 リリルカ・アーデは一つの結論を出す。

 栗色の瞳をナップサックの留め具に固定されている、一本の銀の長剣に向けた。

 

「これなら何とか……? いやでも、それでもあと『一手』足りない?」

 

 ブツブツと呟く、リリルカ。

 そんな彼女へ、ベルが「リリ」と名前を呼んだ。

 

「実は、『僕』一人じゃ出来なかった事があるんだ。それを相談したい」

 

「……詳しく聞かせて下さい」

 

「うん。実は、『僕』──」

 

 ベルはリリルカに説明した。

 それは主神が他言無用だと厳命した、ベル・クラネルの『切り札』。

 最初はその『切り札』にただただ驚愕していた小人族(パルゥム)のサポーターだったが、説明を聞き終える頃には顎に手を当てて考え込んでいた。

 

「どうかな。『僕』は、これに()けるしかないと思う」

 

「……正気ですか?」

 

「もちろん」

 

「……失敗すれば、貴方は即死しますよ?」

 

「だが成功すれば、『僕』達の勝利は確固たるものとなる。そうだろう?」

 

「……リリがヘマをしないとは、思わないんですか?」

 

 その疑問に、ベル・クラネルは即答する。

 

「思わないさ。微塵も」

 

「……ッ! あぁ、もう! 本当に、貴方って人は!」

 

 リリルカ観念したように溜息を吐いた。

 それを了承の合図だと判断したベルは、笑顔を浮かべる。

 そして。

 

「──」

 

 広間(ルーム)中央に鎮座しているミノタウロスへ深紅(ルベライト)の瞳を向け、純粋な殺意を飛ばした。

 

 

 

 

§

 

 

 

 ミノタウロスはその場から動けないでいた。

 本当なら、自分の前から閃光と共に消えた『奴等』を追い掛け、この手でその首を()ねたかった。

 だが動けなかった。何故ならば、自分よりも遥か格上の相手が睨んできている為だ。

 

『ヴルゥゥゥ……』

 

 低い唸り声を上げながら、ミノタウロスは隻眼となった暗褐色の瞳をそちらに向ける。

 そこには、六人の亜人族(デミ・ヒューマン)が立っていた。武器を向けられている訳ではないが、ミノタウロスは本能で察知する。

 文字通り、一挙一動を監視されている。

 

『ヴォオオオ……』

 

 その六人の亜人族(デミ・ヒューマン)は──此処に来る前、自分と戦っていたあの猪の雄に雰囲気が似ているように思えた。

 

『……』

 

 ベル・クラネルの推測通り。

 ミノタウロスには『自我』とでも言うべき物があった。

 それは先天的な物か。或いは、後天的な物か。

 それはミノタウロス──『彼』には分からない。興味もない。

 気が付けば『彼』には『感情』があり、それを、より高次元に昇華させるだけの『思考力』があった。

 

『ヴルゥゥゥ……』

 

『彼』は考える。

 あの猪の雄と、先程まで戦っていた只人──戦い方が酷似していた。

 扱っていた武器も、間合いの取り方も、剣技も。

 種族も体格も違う二人だが、『彼』には同じ様に思えてならなかった。

 猪の雄と、只人。どちらが強いのかは語る迄もない。

 それ故に、『彼』は一方的に只人を蹂躙する事が出来たのだ。

 とはいえ、自分の振るった大剣の軌道を、ああも連続で逸らされるとは思わなかったが。

 

『彼』は知らない。

 

 全てが、とある美神が用意した物であるという事を。

 超越存在(デウスデア)たる神の手のひらの上で踊らされている事を、『彼』は知る由もない。

 

『……』

 

 強いと言えば、と。

 今も自分を牽制してきているあの六人の亜人族(デミ・ヒューマン)と、猪の雄。

 一体、どちらが強いのだろうか。

 それは分からないが──確実に言えるのは、自分よりも遥かに強いという事である。

 だが彼等に、自分を殺す意思はないらしい。

 敵意は感じるが、殺意は感じない。

 ……少なくとも、今は。

 自分を殺さない理由が何かあるのだろうと、『彼』は悟っていた。

 

 そして──不意に。

 

 ミノタウロスは殺意を感じた。

 六人の亜人族(デミ・ヒューマン)から視線を外し、向けられてくるそれを追う。

 

『ヴォオオオオオ……!』

 

 ミノタウロスは感情のままに、鳴き声を上げていた。

 鬱陶しい『靄』で姿は見えないが……確かにそこに居る。距離はまだ離れているが、自分を見詰めている。『彼』にはそれが分かった。

 降ろしていた大剣の柄を握り直すと、方向を転換、その殺意を真正面から受け止める。

 六人の亜人族(デミ・ヒューマン)が動く事はなかったが、敵意は向けてくる。

 だがどうやら、邪魔をするつもりはないようだった。

 恐らく、これを待っていたのだろう──そう予想をつけたミノタウロスは、次の瞬間には、そんな事はどうでも良いかと思考から捨て去った。

 今はただ、この純粋な殺意に応えるべきだろう。

 そして、ミノタウロスはこの感情の正体を()る。

 

 これは、『歓喜』だ。

 

 戦いをまだ繰り広げられるという、『喜び』。

 だが、それだけではない。

 これは、何だ。

 ()()()()()()()

 名も知らぬ『歓喜』とは別の『感情(おもい)』が身体を駆け巡る。

 ニヤリ、と。

 

 そして。

 

「うおおおおおおおおおおおお──ッ!」

 

 雄叫びと共に。

『靄』の中から、只人の剣士が突っ切ってきた。

『彼』は口角を上げると、自身の大剣で以て迎え撃つ。

 

 

 

 

§

 

 

 

 戦いの火蓋が切って落とされた。

 地面から立ち昇る『靄』を突っ切り、ベルが突撃する。

 

「せあああああああああ──ッ!」

 

 だがその攻撃を、ミノタウロスは大剣の腹で受け止めてみせた。

 激しい火花が飛び散り、ベルとミノタウロスを照らす。

 そこから始まる剣戟。

 両者は殺意を隠す事はせず、寧ろ剥き出しにして命を奪い合う。

 その様子を見守るのは、都市最強派閥──【ロキ・ファミリア】。

 

「本当に良かったのか、フィン。始まってしまった以上、私達に出来る事は何もないぞ」

 

「ああ、それで良い。僕達は彼等の『冒険』を見届けるんだ」

 

 フィン・ディムナの碧眼は、リヴェリアに向けられていなかった。縦横無尽に動く只人の剣士を追っている。

 

「先日のアイズとの模擬戦といい……フィン、そろそろ真意を教えてくれないか。流石に目に余るぞ」

 

「真意なんてものは何もないさ、リヴェリア。僕はただ、ダンジョン探索に於けるルールを守っているに過ぎないよ」

 

 あくまでも白を切るフィン。

 それに納得出来ないリヴェリアは、立ち尽くしているアイズに声を掛ける。

 

「アイズ、お前は良いのか。あの少年を最も気に掛けているのはお前だろう」

 

「……」

 

「アイズ?」

 

 リヴェリアが名前を呼んでも、アイズからの返答はなかった。その金の瞳は、フィンと同様、眼前の戦闘に向けられている。

 リヴェリアは嘆息すると、仕方なく、意識を元に戻した。そして、戦況を分析する。

 

「……よく戦っている。冒険者になってから半年も経っていないと説明しても、信じる者は居ないだろう。能力値(ステイタス)に振り回されている訳でもなく、驕りも感じない。恐らく、Lv.1の中でも上澄みに居るだろう」

 

「だが」と王族(ハイエルフ)翡翠色(エメラルド)の瞳を細めて断じる。

 

「それはあくまでもLv.1の話。Lv.2に分類(カテゴライズ)されているミノタウロスに勝つ為には、その程度では不十分だ。このままでは少年の方が先に体力が切れ、先程の二の舞となるだろう」

 

「本当にそうかな?」

 

「……何?」

 

 聞き返すリヴェリアに、フィンはやはり、碧眼を向ける事なく言った。

 

「リヴェリア、確かに君の言う通りだろう。それは十分に起こり得る未来だ。だが、先程とは決定的に一つ異なる事があるのも事実だろう?」

 

 リヴェリアは暫く思案し、まさかと思いつつ尋ねる。

 

「まさか、あの小人族(パルゥム)のサポーターの事を言っているのか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 まさかの肯定に、リヴェリアは眉を顰める。

 

「こう言っては何だが、サポーターに出来る事はないだろう」

 

「僕はそうは思わないな。証拠に、絶体絶命のベルを助け出してみせた。何も出来ない訳ではないよ」

 

「そうだな。確かに私も、あの小人族(パルゥム)の行動には驚いている。とても勇敢な行動だったと、素直に称賛もしよう。だがな、フィン。彼女はサポーターだ。これ以上出る幕はない」

 

 これは何も、リヴェリア・リヨス・アールヴがリリルカ・アーデを侮蔑している訳ではない。

 サポーターだからという職業差別をしている訳でも、小人族(パルゥム)だからという『小人族(パルゥム)蔑視』をしている訳でもない。

 あくまでも、『冒険者』と『サポーター』という役割の話をしている。

 続けて、リヴェリアは言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。だが、それを押し付けてはならないだろう」

 

 フィン・ディムナは小人族(パルゥム)の置かれている現状を憂い、『一族の光』となるべく冒険者になった。だが小人族(パルゥム)で活躍しているのはごく少人数である。

 そんな経緯もあり、彼は新たな同士になり得んとする人間を待ち望んでいる。

 だが彼はリヴェリアの指摘を否定する。

 

「これは押し付けじゃないさ、リヴェリア。これは、確信だ。この碧眼()で直接、彼等の様子を視ていたからね」

 

「まさか……この距離で、『靄』もあるというのに視えていたのか?」

 

「ああ」とフィンは事も無げに頷く。

 当然と言ったような口調で、小人族(パルゥム)の【勇者(ブレイバー)】はその理由を語る。

 

「僕達小人族(パルゥム)は視力が良い。ましてや僕は、Lv.6だ。流石に全部は『靄』があったから無理だったけど、一部始終は視れたさ」

 

 フィン・ディムナは確かに視た。

 リリルカ・アーデがベル・クラネルの胸倉を摑み、必死に訴えていたのを。

 そしてそれから、ベル・クラネルが剣を()ったのを。

 

「互いに互いを補完し合っている、良いパーティだ。そして格上と戦う際の定石(セオリー)は、今も昔も変わらず、徒党を組む事だよ」

 

(ぼく)達がそうしてきたようにね」とフィンは言った。

 

「……お前がそこまで言うのだ。それならば、私はこれ以上何も言うまい」

 

 ここで初めて、フィンはリヴェリアに顔を向けた。

 そして、笑みを浮かべて「ありがとう、リヴェリア」とお礼を言った。

 それに対し、リヴェリアも笑みを浮かべる。

 

「何、構わんさ。それに私も、あの少年に興味がない訳ではないからな」

 

 今代を代表する『英雄候補』が集う、【ロキ・ファミリア】。そんな自分達に、『英雄』になると堂々と宣言した只人の少年。

 それが無知蒙昧の大言壮語なのか。

 或いは本当に、『器』があるのか。

 王族(ハイエルフ)のリヴェリアはそれを見極めんと翡翠色(エメラルド)の瞳を細める。

 その先ではベルが、戦闘が始まってから九回目の受け流し(パリイ)に成功していた。

 

「本当によく凌いでいる。受け流しという『技』に限っては、第二級冒険者並か」

 

「それだけじゃないよ。彼の最大の『武器』は『速さ』だ」

 

 感嘆の吐息を出したリヴェリアに、フィンが補足する。

 

「僕と一緒に迷宮(ダンジョン)探索した時とは比べ物にならない。あれは恐らく、天性の物だろうね」

 

 攻撃を華麗に受け流したベルがそのままミノタウロスの懐に入り、二度の斬撃を見舞った。しかしそれは固い筋肉に阻まれ、擦り傷程度にしかならない。

 ベルは顔を顰めると、すぐに大きく跳躍。ミノタウロスと距離を取り深呼吸を繰り返す。

 

「決定力に欠けますね」

 

 そう言ったのは、それまで沈黙していたティオネだった。フィンの隣に陣取る女戦士(アマゾネス)は、やはり、戦士の顔となって断言する。

 

「いくらあの子が『敏捷』に優れ、並外れた『技術』を持っていたとしても、あの子にはミノタウロスを倒せるだけの突破力がありません」

 

 そこでさらに、狼人(ウェアウルフ)のベートが加わった。

 

「……それだけじゃねえ。あの餓鬼の得物、造りからして耐久性を優先しているな。斬れ味が圧倒的に足りねぇんだ」

 

「へえ。あんた、武器の目利きなんて出来るのね。初めて知ったわ」

 

「ふんっ」

 

 ティオネが驚くと、ベートは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「お前等の言う通り、あの餓鬼に勝ち目はねぇ」

 

「だが」と狼人(ウェアウルフ)の戦士は琥珀色の瞳を細めると続けて言った。

 

「それは、馬鹿正直に真正面からぶつかった時の話だ。そしてあの餓鬼は『道化』ではあっても、『愚鈍』じゃねぇだろ」

 

「……ふぅん。あんたにしては、随分とあの子の事を高く買っているのね」

 

「高く買うだぁ? ハッ、それこそ有り得ねえ。俺はただ事実を言っているだけだ」

 

 アマゾネスの指摘を、狼人(ウェアウルフ)の青年は鼻で笑って飛ばした。

 そして観客達が話している間にも、劇は進んでいく。

 

『ヴォオオオオオオオオ──ッッ!』

 

「ああああああああああ──ッッ!」

 

 十回目の、受け流し(パリィ)

 激しい火花が飛び散る中。

 只人の剣士が、雄叫びとは別の言葉を初めて発した。

 

「今だ──リリッ!」

 

 返答は、無言。

 しかし、主の呼び掛けを待っていたかのように。

 ベルが支援者(リリルカ)の名前を言い終える時には、何処からともなく、手投げ玉が投げられていた。

 

「閃光玉……! まだ持っていたのね!」

 

 ティオネが驚愕と共にその道具名を言った瞬間。

 地面に落ちた手投げ玉はワンバウンドし──眩い閃光と共に爆発した。

 

『ヴォ!?』

 

 ミノタウロスが驚愕と悲鳴の声を上げる。大剣を横薙ぎするも、既にそこには只人は居ない。

 

「だが、目眩しをした所で……!」

 

 リヴェリアがローブの袖で顔を覆いながら、そう呟く。

 閃光玉は最初の一回目が最も大きな効果を出す。しかし二回、三回と使えば使う程にモンスターはその光に慣れ、混乱から脱却するまでの時間が短くなる。

 また、使用する時機(タイミング)も重要だ。

 何故この時機で閃光玉を使用したのか──リヴェリアの疑問に答えるように。

 ベルが叫んだ。

 

「リリッ!」

 

 そして、今度は返答があった。

 

()()()()()()()! 十秒後、三時の方向に飛ばします!」

 

 その声がした方向に、【ロキ・ファミリア】が目を向けると。

 そこには枯木に身を潜ませていたであろう小人族(パルゥム)が立っており、特注品だと思われるクロスボウを構えていた。

 

「カウント、十、九……──」

 

 その栗色の瞳は極限まで細められ、発射する時機(タイミング)を口頭で仕えている主に報告している。

 

「あれ、変よ! 番えているの、矢じゃない!」

 

 そう声を上げたのは、ティオネだった。

 

「あれは……剣? いやもっと厳密には、片手剣直剣(ワンハンド・ロングソード)か?」

 

 小人族(パルゥム)勇者(ブレイバー)が、初めて驚きを露にした。

 女戦士(アマゾネス)の指摘と、小人族(パルゥム)の少年の言う通り、小人族(パルゥム)支援者(サポーター)が番えていたのは本来番えるべき矢ではなく長剣だった。

 

「あれをミノタウロスに飛ばすつもりか。見た所、『魔剣』ではなさそうだが……」

 

 リヴェリアが疑問を口にする中。

 

「いや待て。あの剣、まさか……」

 

 長剣を凝視したフィンが、ある事に気が付く。

 それとほぼ同時、遂にカウントはゼロとなる。「行きます!」と小人族(パルゥム)支援者(サポーター)が銀の長剣を発射した。

 風を切ってそれは一直線に突き進み、只人のもとへ向かう。そしてちょうど真横に、それは地面へ突き刺さった。

 

「そうか……そういう事だったのか……!」

 

勇者(ブレイバー)】がある確信を抱くのと、同時。

 剣士は左手で墨色の長剣の柄を、右手で銀の長剣の柄を握った。

 

 

 

「二刀流……?」

 

 

 

 それまでずっと沈黙していた【剣姫(けんき)】が金の瞳を大きく見開かせ、その唇を動かして呟いた。

 そして、観客達が呆然とする中。

 只人の剣士が、二本の長剣を持って走り出す。

 

「うおおおおおおおおおおお──!」

 

 勝利をもぎ取る為に、ベル・クラネルは雄叫びを上げ続ける。

 

 

 

 

§

 

 

 

「……ッ!」

 

 ガタッ、と。

 美の女神フレイヤは衝動に駆られるままに椅子を蹴飛ばし、立ち上がっていた。

 その美しい銀の瞳は愕然と見開かれており、目の前で宙に浮かんでいる円形の窓を凝視する。

 

「……!?」

 

 神々が下界に降臨するにあたり──『娯楽』に興じるにあたり、神々が話し合い定めた『規律』がある。

 それは、『神の力(アルカナム)』の行使の禁止。もしこれを破った場合、その神は規律違反となり天界へ強制送還される仕組みとなっている。

 だが、全ての『神の力(アルカナム)』が禁じられている訳ではない。

 フレイヤが()ているこの窓──『()()()』は『神の力(アルカナム)』の一つである。本来の用途としては天界から下界を覗く為の千里眼めいた能力であり、この『神の鏡(アルカナム)』は下界のとある催しの為にのみ使用許可が出ている特例でもあった。

 だが特例といえど、神一柱(ひとり)の独断で使って良い訳では断じてない。もし私的に使用し他の神に露見すれば即刻強制送還となっている。

 そしてこの『神の鏡』は各チャンネルパターンに於いて特定の波動が出ており、使用すればまず間違いなく最寄りの神達に察知されてしまう。

 それでは、何故、フレイヤは『神の鏡』を使用し且つ使用してから少なくない時間が経っているのにも関わらず今なお下界に居るのか。

 理由はとても簡単である。

 その美貌を用いて、他の神達を誑し込んだからに他ならない。

『今日一日限り』『どの【ファミリア】にも不利益を出さない』『ダンジョンの一部分』という契約の元、リスクを承知で、フレイヤは特等席に着く事を願ったのだ。オッタルをベルに襲撃させ『泥』を被せたのも、オッタルにベルが戦う相手を見繕わせたのも。

 

 全ては、この『舞台』を観る為。

 

 その為だけに、フレイヤは動いていた。

 窓の中では、ベルが二本の長剣を自由自在に扱いミノタウロスへ連撃を叩き込んでいる。

 初めてとは思えないその様子と想定外の出来事に、フレイヤは眷族から上がってきた報告書を読み直す。

 その中には、戦闘中に武人が感じた『違和感』が書かれていた。

 

「そう言えば……オッタルだけじゃなくて……」

 

 フレイヤはさらに思い出す。

 それは以前、土の民(ドワーフ)の酒場にて、そこの給仕の妖精が只人の剣士と話していた事。

 そうだ、確か彼女はこう言っていた。

 

『しかしクラネルさん。貴方の体格、それに戦闘様式(スタイル)を考慮すれば片手剣直剣(ワンハンド・ロングソード)ではなく短剣やナイフの方が適しているのではないですか?』

 

 その問いに対して、只人は『適性がないから』と答えていた。

 だが、それは違うのではないだろうか。いや、適性がないというのは本当なのだろう。

 だがそれ以上に、何か別の理由があるのだとしたら、どうだろうか。

 片手剣直剣(ワンハンド・ロングソード)に拘る理由──そこまで考え、フレイヤは疑念を抱く。

 そして、確信に至った。

 

「前提を、間違えていたというの……!?」

 

 ベル・クラネルは片手剣使い。

 そう、思っていた。それはフレイヤだけではなく、多くの者がそうだろう。

 だが、それは違った。違ったのだ。

 ベル・クラネルの本当の戦闘様式(スタイル)は──二刀流。

 

「ふふ、ふふふふふふっ!」

 

 フレイヤは笑った。

 そして、童女のように銀瞳を輝かせ、身を乗り出して窓を覗く。

 

「嗚呼……なんて! なんて、美しい光景なの!?」

 

 

 

 

§

 

 

 

 左手には《プロシード》。

 右手には《プロミス─Ⅱ》。

 鍛冶師達がその情熱を込めて造り上げてくれた二本の長剣を、決して落とさぬよう、その柄を強く握る。

 先程まであった恐怖が嘘であったかのように身体は何処までも軽く、しなやかだった。

 雁字搦(がんじがら)めになっていた思考は冴え渡っており、あらゆる感覚器官が敏感になっているのが分かる。

 そして、何よりも。

 敬愛してやまない女神から賜った、この身体の背に刻まれている『神の恩恵(ファルナ)』。

 それが今までで一番『熱』を帯び、それが闘志へと変換されている。

 迫り来る大刃を左手の剣で受け止め、空いている胴体を右手の剣で突く。

 頭上から浴びせられる『咆哮(ハウル)』、強制停止(スタン)しそうになる身体を想い(いし)だけで乗り越え、自身の雄叫びで相殺する。

 連撃を叩き込みながら、ふと、思った。

 

 もし。

 

 もしも。

 

 もしも、負けたら──そんな一瞬湧き出てきた考えを一蹴する。

 負けを覚悟して勝負に挑むのは馬鹿だ。

 だって、そうだろう。

 目の前のミノタウロスも。

『僕』も。

 自分の勝利を信じ、微塵も疑っていない。

 そしてこの『冒険』を乗り越えられたら、『僕』は『英雄』になれるのだろうか。

 或いは、『英雄』に一歩近付けるだろうか。

 

『英雄』。

 

 いつから憧れているのか、いつから焦がれているのか、それはもう覚えていない。

 

 だけど、憧憬があった。

 

『前』の『僕』じゃ果たせなかったこの想い(いし)を、『今』の『僕』なら、果たせるだろうか。

 それは、分からない。

 誰にも分からない。

 他の人にだって、精霊にだって──神にだって。

 だから、『僕』は航海をするんだ。

 この果ての見えない大海を突き進むんだ。沢山の人と、沢山の想い(いし)を乗せて。

 

『僕』は決して独りじゃない。それを、『僕』は()っている。

 

 ()()()

 

 さあ、笑おう。

 

 周りの人も巻き込んで、一緒に笑おう。

 

 さあ、何度でも笑おう。

 

『僕』は世界(ここ)に居るのだと、声高に主張しよう。

 

 これが、『僕』の『冒険』。

 

 これが、『今』の『僕』が紡ぐ『冒険(きげき)』だ。

 

 

 

 

§

 

 

 

 誰も、目を離せないでいた。

 

 何故ならそこには、『冒険』があった為だ。

 

【ロキ・ファミリア】──『英雄候補』達は自分達が乗り越えて来たこれまでの『冒険』を懐かしく思い返しながら、しかし、何故自分があの場に居ないのだという嫉妬心を抱えながら、今回は観客としてその『舞台』を観る事に落ち着いていた。

 只人の剣士と『怪物』の戦闘は、佳境を迎えつつあった。

 

「まさか本当に、あの小人族(パルゥム)が活躍するとはな……」

 

「そうね。私もあれには驚いたわ──団長はこうなる事が分かっていたんですか?」

 

「まさか。僕達はあのミノタウロスと同様、彼等の『駆け引き』にまんまと負けたのさ」

 

 リヴェリア、ティオネ、フィンがそれぞれ言う。

『技』と『駆け引き』。今代の『英雄候補』──引いては、第一級冒険者達がよく使う言葉である。

 ベル・クラネルはたった今、『技』と『駆け引き』のどちらに於いても、ミノタウロスを明確に上回っていた。

 そしてそれは、一方的な蹂躙(ワンサイド・ゲーム)から対等な勝負へと変化を見せている。

 

『ヴォオオオオオオオオ!』

 

 ミノタウロスが驚愕と怒りの声を上げる。

 謎の閃光を喰らい視野が回復したと思ったら、それまで一刀で戦っていた相手が二本の刀で猛攻撃をしてきたのだ。

 その衝撃は凄まじく、なまじ『自我』が芽生えていたミノタウロスだからこそ、その動揺から抜け出すのは簡単ではなかった。

 

『ヴォ!? ヴォオオオ!?』

 

 銀の長剣から繰り出される攻撃を、ミノタウロスはすんでの所で回避する。

 そして大きく後ろへ跳躍し、距離の確保に努める。

 だが当然、ベルがそれを許す筈もない。滑空するように地面を蹴り、瞬く間にミノタウロスへ肉薄する。

 

「せああああああああああ!」

 

『ヴォオオオオオオオオオ!』

 

 下段からの斬り上げを、ミノタウロスは大剣の腹で受け止めようとするも、ベルの方が速かった。

《プロミス─Ⅱ》がモンスターの下腹部から胸部まで滑らかに走る。

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオ!?」

 

 傷口から血を噴出させながら、ミノタウロスが悲鳴を上げる。

 それはモンスターが初めて出す悲鳴だった。致命傷とまでは行かないまでも、深手である。

 ベルはそのまま追撃しようとし、すんでの思い留まる。

 股の間を前転で通り抜け、巨体の背後に素早く回る。

 そして、その選択は正しかった。

 苦痛に表情を歪めたモンスターが、手にしている大剣を振り回したのだ。もしベルが攻撃態勢に入っていたら、回避が間に合わなかったかもしれない。

 

「うおおおおおおおお!」

 

 声を上げ、只人は銀の剣と墨色の剣を振るう。

 

「おい、どうなってやがる。あの得物……これまで使っていた物とは斬れ味が段違いだぞ」

 

「あれは多分、僕が以前ベルに贈呈(プレゼント)した物だ。業物だとは思っていたけれど……まさかミノタウロスの肉を断ち切る程だとはね」

 

「断ち切る所じゃねえ。あれは、Lv.1が持って良い品物じゃねえだろ。ミノタウロスにも効いてるじゃねえか。フィン、手前……駆け出しに何を持たせてやがる」

 

 狼人(ウェアウルフ)の戦士は、《プロミス─Ⅱ》の異常性を見抜いていた。

 身の丈に合わない武器は使い手を腐らせる。

 ベートの指摘に、フィンは「僕が持たせた訳じゃないさ」と肩を竦めて言った。

 

「あれは摩天楼施設(バベル)のテナントで、ベルが偶々手に取った物だ。ベート、君も知っているだろう。あそこのテナントには無名の鍛冶師が打った武器が売られている。粗悪な物から、掘り出し物もある。ベルは当たりを引いた。それだけさ」

 

「チッ」

 

 ベートは舌打ちすると、それ以上追及する事はしなかった。

 

『ヴルゥゥウウウウウ……!』

 

 ミノタウロスが苦しげな声を出す。防戦一方であり、叩き込まれてくる連撃に対応が追い付いていない。致命傷こそないが、その巨躯には確実に傷が出来ていた。

 だが、しかし。

 

(まだだ……! まだッ! まだ、足りないッ!)

 

 まだ足りない、とベルは歯噛みする。

 二刀流を駆使しても、ミノタウロスを倒せていない事が何よりの証明だった。

 確かに今は、ベルが押している。

 だがその優位性は時間の経過と共に無くなりつつあった。単純に、ミノタウロスがベルの剣技を学習し始めている為だ。

 攻防を重ねれば重ねる程、何者かに調教され、『自我』が芽生えたモンスターはゆっくりと、しかし着実に学習していく。

 

(もっと……! もっと速く!)

 

 全身を余す事なく使い、ベルは攻撃速度を速める。

 

(《プロシード》じゃ駄目だ! 《プロミス─Ⅱ》でなければ、このモンスターには攻撃が通らない!)

 

 事実、《プロミス─Ⅱ》の時でのみミノタウロスは防御行動に入り、逆に《プロシード》の時は意に介していない。自分を殺し得るのが銀の長剣なのだと、ミノタウロスは理解している。

 

(クソッ……!)

 

 あとほんの少し僅かな時間で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 最上段から振り下ろされた一撃を、二本の長剣を交差させる事で受け止めながら、ベルはその時が来るのをひしひしと感じていた。

 だが、ベルは不味いとは思ってこそいたが、焦りや絶望は感じていなかった。

 冷静に、自分が()すべき事を()す。

 横薙ぎに振られた大剣を、二本の長剣で真正面から迎撃する。両手から全身に伝わる痺れに顔を顰めながらも、そんな暇はないと意識を戦闘に注ぎ込む。

 

(あと少し、あと少しの筈だ……!)

 

 それは、願望ではなく。

 それは、可能性として起こり得る一つの結果。

 ベル・クラネルはそれを、今か今かと待っている。

 

 そして、その(とき)は訪れる。

 

 ピキリ、と。

 

 それまで無かった異音が小さく、しかし確実に鳴った。

 その出処は、ミノタウロスが持つ大剣。

 

『ヴォ!?』

 

 ミノタウロスが動揺し、身体の動きが止まる。

 

(これを待っていた……!)

 

 ()()()()()()()。その事を、ベル・クラネルは身を以て知っている。

 にやりと笑うと、後方へステップ。《プロミス─Ⅱ》と《プロシード》を重ね合わせ、一瞬の溜め(チャージ)と共にそれを解放(バースト)、地面を強く蹴った。

 矢から放たれた矢の如く、ミノタウロスへ接近する。

 

「あああああああああああ!」

 

 狙うは、ミノタウロス──ではなく、()()()()()()()()()()()()()()

 急接近してくるベルに、ミノタウロスは反応が遅れてしまいそれを許してしまう。

 

 ガキィイイイイイイイン! 

 

 異質な金属音が大きく広間(ルーム)全体に響く。

 そして。

 ビキッ! と。

 大剣は音を立てながらその刀身を失い、ただの鉄屑と化した。

 

「武器破壊!? 偶然!?」

 

「違ぇ。あいつは狙っていたのさ」

 

 無造作に労る事なく酷使し続けてきた代償をミノタウロスは払う事になったのだと、狼人(ウェアウルフ)は断言する。

 

「さあ、勝負を決めるなら今だぜ」

 

 決定的な『隙』。

 それは、ベルも十分理解している。

 

(勝負に出るなら、今しかない──!)

 

 そう思った、その時だった。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッッッ!』

 

 ミノタウロスが今までで一番、大きく叫んだ。

 

強制停止(スタン)を狙ったのか……?)

 

 今のベルに『咆哮(ハウル)』は通用しない。ミノタウロスはそれを分かっている筈だ。

 だが何故そうしたのか。

 苦し紛れの行動かとベルは訝しみつつも、勝負を付けるべく駆け出す。

 そして、あと三歩で剣の間合いに入ろうかとした、その時。

 ミノタウロスが突然、右手を斜め後ろに伸ばした。そこにあるのは──枯木。そしてその巨木を、猛牛はその剛腕で勢いよく引き抜いた。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッッッ!』

 

 ミノタウロスが、再度、()える。

 それは、母なる迷宮(ダンジョン)に向けてのものだった。

 刹那、愛しい我が子の想いに応えるように──枯木は無骨な大剣となる。

 そしてミノタウロスは大剣でベルの攻撃を受け流すと、そのまま後方へ跳躍、距離を取った。

 

迷宮構造(ダンジョン・ギミック)……迷宮の武器庫(ランド・フォーム)……!」

 

 ベルは歯噛みした。

 これでは幾ら武器破壊しようとも意味がない。ミノタウロスは何度でも母なる迷宮(ダンジョン)からの供給を利用するだろう。

 

定石(セオリー)としては、迷宮の武器庫(ランドフォーム)に使われそうな物を破壊する事だが……!)

 

 ミノタウロスはそれを見逃す程甘くない。

 

(クソッ……頭が、頭が痛い……!)

 

 ベルが顔を歪める。それは、二刀流の限界時間がすぐそこにまで迫っているという合図。

 それだけではない。体力も既に三分の二程失っている。

 

「ヴォオオオオオオオオオオ!」

 

 攻撃してこないベルに対して、ミノタウロスが声を上げる。戦いはまだ終わっていないと主張しているようだった。

 モンスターと人間の体力には天と地の差がある。それを今、ベルは痛感していた。

 

「はあ、はあ……」

 

 荒い呼吸を繰り返し、ベルは脳が正常に動くように酸素を身体中へ巡らせる。

 深紅(ルベライト)の瞳にはまだ光が宿っており、寧ろ、その輝きはどんどん強くなっていく。

 

 

 

「さあ、ベル。どうする?」

 

 

 

勇者(ブレイバー)】が問い掛ける。

 そして、ベルは決断する。

 ベルは敵の暗褐色の片眼を自身の深紅(ルベライト)の瞳で睨み付けると、仲間の名前を叫んだ。

 

「リリ──ッ!」

 

 刹那、『靄』の向こうから閃光玉が投げられ、爆発する。

 小人族(パルゥム)支援者(サポーター)は傍観せず、いつその時が来ても良いよう、仕えている主から指示が来るのを待機していたのだ。

 眩いばかりの光量。しかし三度目ともなればミノタウロスに驚きはなかった。

 

『ヴォオオオオオオ!』

 

 地面を抉り蹴り、ミノタウロスは大きく後退する。大剣を振り回し牽制しても、今のベルなら容易く掻い潜ってくるという確信があったが故の判断(ほんのう)だった。

 視界を取り戻すまでの数秒を稼ぐ為、ミノタウロスは『靄』を利用し身を隠そうとする。

 対する、ベルは。

 

(行くぞ……最後の『駆け引き』!)

 

 ミノタウロスへ攻撃を仕掛ける訳でもなく、自身もまた『靄』の中に姿を晦ます。

 それまでの剣戟が嘘であったかのように、広間(ルーム)は不気味な静寂に包まれた。

 

「一体何が狙いだ……?」

 

「分からないわ。ただ、『次』で本当に決着がつく気がする」

 

 二人の観客が囁き声を交わす。

 だが、他の観客達も感じ取っていた。

 この『舞台』が静かに、しかしゆっくりと、終焉へ向かっていっているという事に。

 そして、それを告げる『音』が出る。

 

「──(わら)おう、たとえどんな苦難(くなん)があろうとも】

 

 それに真っ先に気が付いたのは、リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 都市最高位の魔導士たる彼女が神々から与えられた二つ名は【九魔姫(ナイン・ヘル)】。

 

「これは……『魔法』の詠唱か……!?」

 

 リヴェリアは確信する。

 この魔力の独特の揺れは間違いなく、『魔法』を発動する為の事前段階であると。

 

「──(つむ)がれるは『喜劇(きげき)』。(やみ)()くは希望(きぼう)(ひかり)暗黒(あんこく)時代(じだい)終焉(しゅうえん)を、(ほろ)びを(むか)える世界(せかい)(わら)いと(すく)いを(もたら)せ】

 

 詠唱が進むと同時、【九魔姫(ナイン・ヘル)】のみならず他の『英雄候補』達も気付く。

 

「ねぇこれ、長文詠唱じゃない!?」

 

「あの光……何?」

 

 金の瞳を細め、アイズがそれを凝視する。

『靄』がある為視認しづらいが、小さな、しかし金の粒子が地面から立ち昇っている。

 

「光だけじゃない。あれは……何だ……?」

 

 そして、この中で最も視力が良い小人族(パルゥム)のフィンがそれを見付ける。

 地面に描かれている、幾何学的な紋様。

 

魔法円(マジックサークル)……?」

 

()()()()。あれは魔法円(マジックサークル)ではない」

 

九魔姫(ナイン・ヘル)】が【勇者(ブレイバー)】の推測を否定し、【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】と同じ結論をすぐに出した。

 翡翠色(エメラルド)の瞳を見開かせ、リヴェリア・リヨス・アールヴは断定する。

 

「威力強化、効果範囲拡大、精神力(マインド)効率化など、『魔法』を行使するうえで様々な補助を(もたら)すのが魔法円(マジックサークル)だが──あれには一切、そのような効果はない」

 

「じゃあ、あれは何だい?」

 

「『魔法』に関係しているのは間違いないだろうが……現段階では、分からない。正しく、『未知』だ」

 

 魔法種族(マジックユーザー)たる妖精の回答に、他の【ロキ・ファミリア】団員達は今日一番の驚愕の表情を浮かべた。

 

『……ヴォ? ヴォオオオオオオオオオオ!?』

 

 これまで隠れていたミノタウロスが声を上げる。

 モンスターは『靄』を突っ切って現れると、辺りを見回した。

 

「気付かれた!? まさか、こいつも魔力に反応したというの!?」

 

 ティオネの推測が正しいとでも肯定するかのように。

 ミノタウロスは暗褐色の隻眼を色濃く光らせ、その巨体をゆっくりと動かす。

 そして、黄金の煌めきと地面に走っている光の線の一部を視認したのだろう。

 

『ヴァアアアアアアアアアアアアアアア──ッッッッ!』

 

 憎悪と闘争に満ちた声を、大いなる魔物は上げた。

 そして、大剣を地面へ放り捨てる。

 

「「「……!?」」」

 

【ロキ・ファミリア】の冒険者達が息を呑む。

 ここで得物を捨てる理由など──そんな彼等の思考を読んでいるかのように。

 ミノタウロスは両腕を地面に振り下ろし、そのまま踏み締め、頭を低く構えた。

 臀部の位置は高く、所謂、()()()()()の姿勢になったその姿は、正しく猛牛。

 

『ヴルゥゥゥゥ……!』

 

 ミノタウロスが、静かに唸り、猛った。

 それは、追い込まれたミノタウロスが度々見せる姿勢。己の最大の角を用いたそれは、進行上の全てを文字通り粉砕する、正真正銘の『切り札』である。

 片角とはいえ、それはとても強力無比なラッシュとなり得る。掠っただけでも、只人の身体は紙切れのように吹き飛ばされるだろう。

 

「『魔法』が完成する前に勝負を付ける気!?」

 

「非常に合理的だ。あのミノタウロス、薄々感じてはいたが『普通』ではない。『知性』すら感じるぞ」

 

怒蛇(ヨルムガンド)】が目を剥き、【九魔姫(ナイン・ヘル)】が冷静に評する。

 

「──嗚呼(ああ)、しかし、(だれ)名乗(なの)りを()げぬというならば】

 

 ミノタウロスが貯蓄(チャージ)する中、ベルの詠唱は続いていた。

 

「駄目……間に合わない……!」

 

剣姫(けんき)】でもなく、剣士でもなく、ただの少女となって、『彼女』は悲痛な声を上げた。

 そして、その時。

 

 突如として、暴風が吹いた。

 

 一度ならず、二度、三度と連続的にそれは起こった。

 それは辺り一帯どころか広間(ルーム)全体の『靄』を吹き飛ばしてしまう程だった。

 視界が良くなった広間(ルーム)

 対峙している只人と、猛牛。

 そしてリヴェリアが、やや離れた場所に立っている小人族(パルゥム)を見付ける。

 

「あの小人族(パルゥム)がやったのか……? それにあれは、『魔剣』……?」

 

 短剣タイプの『魔剣』を振り下ろした姿勢で、リリルカはいた。栗色の瞳は、揺らいでいない。

 

「一体何の為にそんな事をするのよ。これじゃあ、自分から居場所を明かしているようなものじゃない」

 

 事実だった。

『靄』が一時的にとはいえ吹き飛ばされている現在、ミノタウロスはベルを視認している。

 その彼我の距離、約五(メドル)

 突進するにはやや助走が足りないが、それまでも只人を殺すには十分だ。

 何の意図があって、そのような事をするのか。

『英雄候補』達が訝しむ中。

 

「……ッ!」

 

『……ッ!』

 

 ベルとミノタウロスが睨み合い──両雄の互いの想いが複雑に絡み合う。

 一瞬に満たない意思疎通。

 そしてミノタウロスが、ニヤリ、と獰猛に笑った。それは勝利を確信した笑み。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッッッ!』

 

 ミノタウロスが、突撃する。

 地面を強く踏み締めながら最短距離を走り抜ける。

 

「ベル……!」

 

 ただの少女であったアイズが悲鳴を上げた。だがすぐに剣士の顔付きとなると、腰の長剣へ手を伸ばす。

 Lv.6のアイズ・ヴァレンシュタインなら、まだ十分に間に合う。ミノタウロスがベルへ到達するよりも前に、アイズがミノタウロスの進路上に立ち、斬る方が早い。

 だが、アイズはそれが出来なかった。アイズが地面を蹴るよりも前に、アイズの手は横から伸びた手でがっしりと摑まれた為だ。

 

「ティオナ、どうして!?」

 

 顔を向け、アイズは険しい表情で言った。

 どうして止めるのか、アイズには甚だ不思議だった。

『舞台』が始まってから一度口を開かず、ずっと『彼』を目で追っていたティオナは、やはり、アイズの目を見る事なく言った。

 

「大丈夫だよ」

 

 ティオナの顔に、不安の文字はなかった。ただそこには、普段浮かべている、向日葵(ひまわり)のような笑顔があった。

 

 そして、その刻は訪れる。

 

 彼我の距離を瞬く間に詰めてくる『怪物』。

 だが只人の剣士に──ベル・クラネルに、恐れはなかった。

 

「──、行くぞ、ミノタウロスッ!」

 

 声高に宣言し、ベルもまた、突進をする。

 

(詠唱はまだ終わっていない。だと言うのに、何故撤退ではなく前進を選んだ……? 若さ故の判断か?)

 

『魔法』は完成しておらず、練り上げられ、今にも爆発しそうな魔力がベルの身体が覆っている。

 

(あれでは、いつ『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』しても可笑しく……──)

 

 そこまで思考し、【九魔姫(ナイン・ヘル)】は翡翠色(エメラルド)の瞳を見開かせた。「まさか!」と息を呑み、都市最高位の魔導士はベルの狙いを正しく理解し、愕然とした表情を浮かべた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお──ッッッ!」

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッッッ!』

 

 ベルも、ミノタウスも。

 互いに、互いの事しか眼中になかった。

 一気に縮まる間合い。瞳の中で大きくなっていく互いの姿。

 二本の長剣が同時に振り上げられ、一角が巻くように右肩へ溜められる。

 振り下ろしと、掬い上げ。

 激突する互いの得物。

 膠着する戦闘──その間隙。

 

「「「──!?」」」

 

『英雄候補』達が絶句する。

 ベルが二本の剣の柄、それを突然離したのだ。支えが無くなった事により銀の長剣と墨色の長剣が吹っ飛び、地面に転がる。

 

『ヴォ!?』

 

 ミノタウロスが純粋な驚き声を上げる。

 そして、モンスターが晒したその『隙』を冒険者は見逃さない。

 硬直するミノタウロス。その巨体の下に、ベルは滑らかに入り込む。そして傷を負っている腹部に右手を突っ込んだ。

 

「──【『英雄(えいゆう)もどき』の……、私が……、名乗りを……、上げようッ】

 

 たどたどしい詠唱は、『魔法』の失敗へ繋がる。

 

 ド──────────────ンッッッ! 

 

 制御(コントロール)に失敗し、練り上げられた膨大なその魔力は、純粋なエネルギーとなって暴発した。

 爆風と土煙が舞い、観客達は堪らず手で顔を覆った。

 

「あの子……正気? 『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』を意図的に起こして、特攻するだなんて」

 

 信じられないと言うように、ティオネが呆然と呟く。他の観客達も内心で同意する中、土煙が晴れていく。

 そして、観客達は『舞台』の結末を目撃する。

 

『ヴォオ……ヴォオオオ……』

 

 立っているのは、『怪物』ミノタウロス。

 剛角を失い、身体の至る所には深手を負い、その傷口からは紫紺の大きな結晶が露出していて尚──だがそれでも、大いなる魔物は地面に立っていた。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオ……!』

 

怪物(ミノタウロス)』が、猛る。

 その隻眼にはまだ闘志が宿っていた。

 

「うそ……」

 

 アイズが、唖然とする。その金の瞳はミノタウロス……ではなく、少し離れた場所で地面に横たわっている只人へ向けられていた。

 全身血だらけのベルが、そこには居た。処女雪のような白髪も染められており、ロングコートもただの襤褸と化している。

 

「こひゅー……こひゅー……」

 

 浅い呼吸を繰り返しているベルは、今にも事切れそうだった。

 アイズだけでなく、他の観客達も察する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 臨んだ『冒険』に失敗した。

 少年は、憧れている『英雄』にはなれなかったのだと。

 

「ここまでか……」

 

九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴが翡翠色(エメラルド)の瞳を閉ざし呟く。

 

「よくやったけど、ここまでね……」

 

怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテも同意する。

 

「……」

 

凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガが無言で琥珀色の瞳を細める。

 

「ベル……ベル……!」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインが悲痛な表情で少年の身を案じる。

 

「……」

 

勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナが疼く親指を擦りながら、その場に佇む。

 

 だが。

 

『舞台』はまだ終わっていないと、主張する者が居た。

 

 

 

「まだだよ。()()──()()()()()()()!」

 

 

 

 ティオナ・ヒリュテが叫ぶ。

 

「そうだよね!?」

 

 刹那。

 その問い掛けに答えるように。

 たたたっ、と、小さな足音が出た。

 観客達が、ミノタウロスがその存在に目を見張る。

 

「いま、だ……リリ……」

 

 ベルが笑った。

 その小さな亜人族(デミ・ヒューマン)──リリルカ・アーデは【ロキ・ファミリア】の横を通り過ぎると、そのまま脇目も振らず一直線に走る。

 

「うわああああああああああッ!?」

 

 悲鳴とも雄叫びとも取れる叫喚の声を上げながら、リリルカはミノタウロスの前に躍り出る。

 そして、右手で持っていた短剣を思い切り振った。

 刹那、剣の切っ先から爆炎が生まれた。それはミノタウロスの胸部──体内から露出している魔石へ直撃し、紫紺の結晶がビキッと音を立てて砕け散る。

 

『──ッ!?』

 

 断末魔を上げる暇もなく。ただそこには、驚愕だけがあった。

『怪物』ミノタウロスは身体を一瞬膨張させた後、その肉体を黒灰とした。

 

 誰も、何も言わない。

 

 ただ、シンとした静寂がそこにはあり──『舞台』が幕を閉じたのだという事を告げていた。

 

「──もしも」

 

 小人族(パルゥム)の少年が、おもむろに口を開く。

 そこには、羨望があった。そこには、嫉妬があった。

 だがそれ以上に、そこには称賛があった。

 

「もしも、この『舞台(ものがたり)』に名を付けるというのなら」

 

『英雄候補』の一角として、小人族(パルゥム)を代表する【勇者(ブレイバー)】として。

 何よりも、友人として。

 フィン・ディムナは年甲斐もなく興奮した表情を満遍に浮かべながら、言った。

 

「それはきっと、こうだろう。即ち──『人が、雄牛を倒す物語』。或いは、『雄牛が、人を倒す物語』」

 

 ベル・クラネルVSミノタウロス──勝者、ミノタウロス。

 ()()

 ベル・クラネル&リリルカ・アーデVSミノタウロス──勝者、ベル・クラネル&リリルカ・アーデ。

 斯くして、少年少女は『冒険』に臨み、見事、乗り越えたのだった。

 

 神々でさえも認める『偉業』が、達成された。

 

 

 

 

§

 

 

 

 仲間達が、『舞台』を終えた主役達に近付いていく。アイズが一番先に駆け出し、その次にフィン、リヴェリア、ティオネ、ベートでさえも続いていく。

 

 だけどあたしは、それに続く事が出来なかった。

 

「────」

 

 途轍もない頭痛があたしを襲い、呼吸をするのでさえ苦しかった。

 

 倒れなかったのは、立っていられたのは、奇跡に等しかった。

 

 それは、ある種、立ち眩みのようなものだった。

 

 だけど、その一瞬で。

 

(あたし)』は、全てを思い出したのだ。

 

 頬を伝う熱い液体。それが自分の涙だと気が付くのに、かなりの時間を要した。

 

(あたし)』は、泣いていた。

 

 けどそれは、悲しいからじゃない。

 

 悲しいから、泣いているんじゃない。

 

 もう一度逢えたのが堪らなく嬉しくて、あたしは泣いていたんだ。

 

 口角を上げて、唇を綻ばせて。愛おしさを胸に抱いて。

 

 だから、さあ。

 

(あたし)』は笑うよ。

 

 何度でも、『貴方(きみ)』と一緒に。

 

 




お久しぶりです、Sakiruと申します。
物語を作っていく上で、今回のお話はどうしても書きたかった訳ですが……自分的には、少し、書き切れなかった思いがあります。それはひとえに私の力量不足であり、まだまだ精進せねばならないと思うばかりです。


感想や評価を頂けると、とても励みになります。

誤字脱字報告も、いつもありがとうございます。

読者の皆様が居なければ、ここまで来れませんでした。本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。

ありがとうございます、これからもよろしくお願いいたします。

さて、それでは最後に次のお話について少しだけ。


§

物語の頁が、一つ、進んだ。
死闘の末、『怪物』ミノタウロスを倒したベル・クラネルはその報告をする為、久方振りにギルド本部へ足を運んでいた。

「今の君に、次の層は行かせられないかな」

担当アドバイザーに意気揚々と報告するも、しかし、返ってきたのは思いもよらないものだった。
また、居候先である【ミアハ・ファミリア】には今月分の借金を払えとディアンケヒトが訪ねてきており──。

三ヶ月に一度開かれる神会。

登場する男神と、その眷属。

そして、舞台はダンジョン18階層へ移る。


「ヘスティア、魔法の使用許可を」


この日。
歴史が、動いた。

第五幕──『英雄よ(アナスティスィス)立ち上がれ(イロアス)


§

この後21時に、第四幕最後のお話を投稿いたします。よろしくお願いいたします。
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