さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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第二幕 ─怪物祭(モンスターフィリア)
治療師(ヒーラー)の友人へ、『道化』は説いた


 

 魔物(モンスター)地下迷宮(ダンジョン)から()まれ落ちる。

 壁から、天井から、至る所から彼等(かれら)()()()()()()()()から作られ、産声を上げるのだ。

 つまり──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 人類が子供から大人へと発達と成長、そして老人へと老化を辿る一方で、彼等にはそれがない。

 モンスターは産まれた瞬間からモンスターであり、生物として確立(かくりつ)されている。下層に棲息(せいそく)しているモンスター程強大な力を有しており、『深層』のモンスターは正しく怪物(かいぶつ)、想像を絶する程だ。

 再度述べるが、ダンジョンはモンスターの『母胎(ぼたい)』である。

 だがしかし、これ以上のことは何も分かっていない。

 広大な地下世界が何時(いつ)作られたのか、人工のものなのか、それとも天然のものなのかすら判明されていないのだ。唯一分かっているのは、ダンジョンは『生きている』ということである。壁が戦闘の余波で破壊されたとしても、天井が崩落したとしても、ある程度の時間が経てば()()()()され、やがて元の姿に戻るのだ。

 ダンジョンへの疑問は絶えない。

 何故、何故、何故──? 多くの学者達が日々議論しているが、真相には至っていない。

 全知全能である筈の神々は、子供達に何も教えない。意図して隠しているのか、それとも、彼等でさえ知らないということなのか。

 とある(とき)、ある一柱(ひとり)の神が言った。

 

──『ダンジョンはダンジョンだろ。ダンジョンに他の何を求めてるんだよダンジョン』──

 

『未知』に挑み続ける冒険者の究極的な使命。

 それこそが、ダンジョンの謎を解明することであり、最終到達点であると言われている。

 

 

 

§

 

 

 

「ぜえ……ぜぇ……」

 

 一人の少年が、肩で息をしていた。

 (よそお)いは漆黒の外套(がいとう)。人体に於いて急所のみを保護している防具が鈍く光っている。左足に()かれているのはレッグホルスターであり、中にはぎっしりと試験管──回復薬(ポーション)──が詰められていた。

 そして調革(ベルト)の留め具に吊るされているのは──一本の片手直剣(ワンハンド・ロングソード)だ。

 ──冒険者ベル・クラネルは片手剣使い(ソードマン)である。

 彼の担当アドバイザーは「足に自信があるなら短剣の方が良いんじゃない?」と以前助言(アドバイス)を送っていたが、彼はそれを固辞していた。

 

「やはり独り(ソロ)では負担が大きいな……」

 

 つい今しがた倒したモンスター──『ゴブリン』の『魔石』を回収しながら、ベルは深々とため息を吐く。

 ベル・クラネルが冒険者活動を始めて、二週間と少し。彼は最近、独り(ソロ)での限界を感じ始めていた。

 ──独り(ソロ)

 文字通り、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 そしてダンジョンでは、独り(ソロ)はあまり推奨されていない。

 単純に、独り(ソロ)では生存率が極めて低いのだ。モンスターは到達階層を増やせば増やすほど、つまり、下に行けば行くほど個体は強くなり、同時に、彼等との遭遇率(エンカウント)も上昇する。

 仲間が居れば連携が出来るが、独り(ソロ)ではそれが出来ない。モンスターの討伐、『魔石』の回収、そして近くに敵が居ないかの索敵(さくてき)等、全ての行動をたった一人でやらなくてはならないのだ。

 ましてや、ダンジョンは異常事態(イレギュラー)に満ちている。

 熟練(ベテラン)冒険者であっても、ダンジョンにはパーティを組んで潜っているのが実情だ。

 

「せめて私以外にも眷族が居れば……」

 

 しかし、パーティを組むことが難しい冒険者が居るのも事実だ。

 ベルが所属している【ヘスティア・ファミリア】のような新興したての派閥は構成員が少ない。つまり、パーティを組む仲間そのものが居ないのだ。

 とはいえ、他所(よそ)の派閥の冒険者とパーティを組むのは禁じられていない。

 だがこれも難しく、そもそも【ファミリア】という組織は内の結束は強くとも、外との繋がりが全然ないのだ。両派閥の主神(しゅしん)の仲が良かったり、あるいは、大手派閥なら話は変わってくるが。

 ましてやベル・クラネルはLv.1の駆け出し。ようするに、()()がないのだ。今のベルは、冒険者としての価値はゼロである。

 

支援員(サポーター)でも募集するか……? いやだが、私にそのような貯蓄はないか……」

 

 ベルが酒場──『豊穣の女主人』を利用してから、一日が経過していた。

 そしてつい一昨日(おととい)、【ヘスティア・ファミリア】の資産は皆無に等しくなった。『豊穣の女主人』での出費は、ただでさえ常に火の車である【ヘスティア・ファミリア】に大打撃を与えたのである。

 

「せめてもう少し下の階層に行けたら……」

 

 現在、ベルが探索している階層は1階層である。

 薄青色に染まった天井に壁。曲がり角、十字路、登り坂、下り坂等、一定間隔で道が形づけられており、太陽の陽が射さないのにも関わらず、内部は明るい。

 

『シャアッ!』

 

「……! 来たか!」

 

『グシャアアアアッ!』

 

 一匹のモンスター──『ゴブリン』が雄叫びを上げながらベルに襲い掛かる。

 考え事をしていたベルは判断が僅かに遅れたが、慌てることなく、片手直剣(ワンハンド・ロングソード)を鞘から(すべ)らせ、油断なく構えた。

 深紅(ルベライト)の瞳が犬頭を睨み付ける。

 ある程度腕が立つ冒険者がこの場に居たら、そしてベル・クラネルが駆け出しだということを知っていたら、その人物は()()()を覚えるだろう。

 それはとてもではないが、我流(素人)の動きではなかった。

 瞬時に於ける意識の切り替え(オン・オフ)は、戦闘行為そのものに恐怖を感じる者の(はや)さの比ではない。

 

「……ふっ!」

 

 ゴブリンの一撃をベルは余裕をもって避けた。

 武器での弾き(パリィ)は消耗度を考えしないようにしている。

 

『……グビャ!?』

 

 自身の必殺技が軽々と対処されたことにゴブリンは驚愕する。そしてそれは純然たる怒りに変貌し、口から()れる吐息は熱を伴った。

 

「今度は私の番だ!」

 

 その宣誓と共に、ベルは(あし)に力を込め──地を蹴った。

 背中に刻まれた『神の恩恵(ファルナ)』が熱を帯びる。これまでに積み上げてきた【ステイタス】が常人とは一線を画す速度を可能にした。

 ゴブリンが『……ッ!?』と目を見張った時には、既にベルは彼に肉薄していた。

 得物(えもの)の範囲に入った瞬間、冒険者は。

 

「うおおおおおお!」

 

 叫びながら直剣を閃かせた。

 銀色の軌跡が走り、それはゴブリンの首を切断する。どす黒い血が宙を舞い、地面に落ちた。

 この(とき)、彼は死を迎えた。変化は一瞬。彼の肉体を構成していた全てが虚無となり、灰塵(かいじん)と化す。地面に付着した血の跡も、まるで最初からなかったかのように無に(かえ)る。

 彼の存在を証明するのは、小さな紫紺(しこん)の結晶のみ。

 それを確認してようやく、ベルは肺に溜めていた二酸化炭素をゆっくりと吐き出した。

 

「ふぅー……勝てた!」

 

 いよっし! とガッツポーズを作る。そして勝利を喜んだ。

 他の冒険者が居たら指をさしてベルを笑うだろう。

 何せゴブリンは数多くいる魔物達(モンスター)の中でも最弱と言われているのだから。

 そのような小物相手に一喜一憂しているベルは笑い物の対象だ。

 しかしベルは喜んだ。どこまでも無邪気に喜んだ。

 

「ははは! まさかこの私が、ゴブリンを真正面から倒せる日が来ようとはな。いやはや、『(かみ)恩恵(おんけい)』とはよく言ったものだ」

 

 先天的に『魔法』を使えるエルフや五感が優れている獣人、力が強いドワーフ等、限定された種族なら魔物と戦うことが出来る。

 しかし、それ以外の種族は違う。彼等は『古代』に於いて、魔物の進撃に逃げることしか出来なかった。

 ところが、神々の到来によりそれは変わった。

神の恩恵(ファルナ)』が刻まれて間もない人間でも、ゴブリンのような下級モンスターなら倒すことが出来るようになったのだ。神々が下界の子供達に授ける『恩恵』の力はそれだけ凄まじく、無限の『可能性』を秘めている。

 

「もっと大きければ苦労しないのだがなぁ……」

 

『魔石』を回収しながら、ベルは忌々しそうにボヤいた。

 ベルが先程の戦闘の際、モンスターの弱点である『魔石』を狙わなかったのは、『魔石』の単価を少しでも上げる為だ。

『魔石』が大きければ大きい程、管理機関での換金率は上昇する。

 個体によって変わるが、ゴブリンやコボルトから取れる『魔石』は指先程の大きさしかない。

 少しでも稼ぎを増やす為、ベルは(たゆ)まぬ努力を続けている。

 

「仕方がない……次層に行くか。2階層だったらエイナ嬢も怒らないだろう」

 

 本音はもう2階層程下に潜りたいのだが、ベルは担当アドバイザーに怒られるのを忌避した。

 たとえ第一級冒険者が相手であろうとも、ベルの担当──エイナ・チュールは退かないだろう。それはひとえに、冒険者を死なせない為だ。

 

「確か……正規ルートはこっちか」

 

 T路地を右に曲がり、ベルは広大な面積を誇る1階層を迷うことなく攻略していく。

 エイナが主催している『勉強会』によって、『上層』の構造を完全に網羅しているおかげだ。

 ダンジョンを攻略するに当たり、ダンジョンの構造を理解することはとても大事だ。もし、逃走の末に行き止まりがあったら、それは死に直結している。また、自分が何処に居るのか分からなければ延々と彷徨(さまよ)うことにもなりかねない。

 戦闘とはまた違った種類の、見当識(けんとうしき)の才能が迷宮探索には必須とされている。

 

「あー……だりぃ! まだ1階層かよー!」

 

「文句言うなって。ほら、あと少しの辛抱だ!」

 

「早く酒飲みてぇー!」

 

「ったく、お前はいっつもそればかりだな」

 

 2階層に通じる階段をベルが降りていると、五人組のパーティとすれ違った。

 探索を終えたのか、早く地上に戻りたいと愚痴を言いながらも、彼等の顔には笑みがあった。

 

「……?」

 

 だが、そこでベルは自身の勘違いを悟った。

 パーティメンバーは五人ではなかったのだ。

 彼等の三歩ほど後ろを、一人の虎人(ワータイガー)が俯いて歩いている。

 

支援員(サポーター)……いや、これは荷物持(にもつも)ちだな……)

 

 他の五人が立派な装備を纏っているのに対して、彼だけが貧弱な装備だった。現在のベルの主武器(メインウェポン)と同じ片手直剣(ワンハンド・ロングソード)──管理機関(ギルド)からの支給品だ。

 そして彼だけが、重たいナップサックを背負っていた。装備の予備(スペア)として数本の大剣や長槍(ジャベリン)が留め具に括り付けられ、道具(アイテム)回復薬(ポーション)、そして『魔石』が大量に詰まっているのが窺える。

 

「ま、待ってくれ……」

 

 虎人(ワータイガー)がそう言ったが、彼等は止まらない。

 話に夢中になっていて聞こえなかったのか、それとも、敢えて無視をしているのか。

 どちらにせよ、彼の懇願は届かなかった。

 

「……俺は、俺はどうして……くそっ……!」 

 

 それは様々な感情が複雑に絡まった嘆きだった。

 彼はよろよろと足取りが覚束なくなりながらも、置いていかれないようにと歯を食いしばって追った。

 ──サポーター。

 冒険者でありながら、冒険者でない。直接的な戦闘はせず、支援を主な仕事とする()()()()のことだ。

 ある冒険者は言う。『支援員(サポーター)は最後の生命線だ』と。

 ある冒険者は言う。『荷物持ち(サポーター)は最高の生贄だ』と。

 先に述べた通り、神々が授ける『恩恵』によって、人類は怪物達(モンスター)と戦う手段を得た。

 互角以上に戦える、その可能性を得た。

 そう──あくまでも『可能性』である。

 つまるところ、『神の恩恵(ファルナ)』を背中に刻まれ、冒険者になったとしても。

 

 ──所謂(いわゆる)()()()()()()()()()()

 

 サポーターはその典型的な例だ。彼等には才能がなく、最弱モンスターであるゴブリンやコボルトであろうとも、一戦一戦が命懸けとなる。

 力がない者、『資格』がない者が辿る末路だ。

 また、たとえ『昇格(ランクアップ)』を果たした冒険者であろうとも、大派閥では勉強という意味合いを兼ねてサポーターをやらせている所もある。先輩冒険者が戦っている所を間近で見ることは、それだけでも価値があるからだ。

 そんなサポーターへの評価は両極端だが、殆どは蔑視の対象となっていた。

 

(ああ……くそ、嫌になる)

 

 一団と充分に距離が出来たところで、ベル・クラネルは静かに怒った。

 だがそれが『偽善』であると彼は自覚している。深呼吸し、頭を冷やす。

 

(落ち着け……私に出来ることは何もない。これは彼等の問題だ。他所の派閥の指針に首を突っ込んでは駄目だ。ヘスティアに迷惑を掛けてしまう)

 

 だが──と、ベルは再度思った。

 

(ああ……不愉快だ……)

 

 そんな時だった。

 

『『グビャビャビャ!』』

 

 二匹のコボルトが壁から産まれ出た。ぱちくりと瞬きしながら、視界を慣らしていく。

 近くに居るこいつは同族だと本能が理解していた為、共食いすることはなかった。

 彼等は何処かに餌が落ちてないかと辺りを見渡し、発見した。

 

『『グビャ……? グビャアアアア!』』

 

 彼等は獲物を見付けると、自分が先に喰らうと主張しながら、嬉々としてベルに襲い掛かる。

 だが、それは悪手の悪手だった。

 

「……」

 

 ベルは無言で抜刀した。そして。

 ──一閃。

 心臓部である『魔石』に、深々と傷が刻まれる。致命傷だった。

 コボルト達は呆気なく絶命した。断末魔を上げる暇もなく、短い生を閉ざしたのだ。

 

「冒険者には全員が全員、憧れてなるものではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、か……。この在り方は未だ変わらずか……」

 

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオは『世界の中心』だ。

 様々な種族が己の野望を抱いてこの地を訪れる。

 だが、全ての人間がそうではない。

 また、人々はオラリオの『光』ばかり見ているが、都市東部には貧相街(スラム)がある。そして都市の支配者である管理機関(ギルド)は彼等には手を差し伸べていないのが実情だ。やっているのはささやかな支援だけであり、根本的解決を図ろうとはしていない。

『世界の中心』と言われていようとも、多くの国、街、村と同じように、『光』と『闇』どちらも内包している。

 

「……()()()()()()()()()()()()()

 

 ベル・クラネルには大願(ねがい)がある。それを果たす為には彼はまだまだ未熟であった。

 深紅(ルベライト)の瞳を一度閉ざし、ゆっくりと開眼。そこにあるのは、普段と変わらない胡散臭い笑みだ。

 

「ん……?」

 

 砕け散っている『魔石』を集めようと(かが)んだところで、ベルはある物に気が付いた。

 それは『ドロップアイテム』と呼ばれる物だった。

 基本的に、倒されたモンスターは『魔石』しか(のこ)さない。だが時折、身体の一部を残すことがある。これはそのモンスターが異常発達した部位であり、彼等の生命源である『魔石』が除去されても独立する力が備わっている。

 

「どうやら今日の私には運があるらしい。まさか二個もゲット出来るとは!」

 

 コボルトのドロップアイテムは『コボルトの爪』だ。

 ベルは上機嫌で鼻歌を歌いながら『魔石』と『コボルトの爪』を回収した。

 ドロップアイテムもまた、『魔石』と同様に、管理機関(ギルド)に持ち込めば換金することが出来る。通常、『ドロップアイテム』の方が換金額が高い。

 その後もベルは自分のペースで探索を続けて行った。ゴブリンやコボルトと遭遇しては剣を振るい、一刀のもとに斬り伏せる。

 

「──現在時刻は……もうこんな時間か」

 

 腕時計は夕刻を指していた。

 ベルは思案してから、来た道を戻っていく。今日は主神(ヘスティア)と共に担当アドバイザーと話し合う約束をしているので──事前予約(アポイントメント)は前日にしてある──そろそろ潮時だと判断した。

 それから幸運にも、ベルはモンスターと遭遇することはなかった。三十分後には『始まりの道』の螺旋(らせん)階段を登っていた。

 摩天楼施設(バベル)の地下一階、そのまま、円形広場(セントラルパーク)に出て、北西のメインストリートに足を運ぶ。

『冒険者通り』を早足で通り、荘厳な大神殿を目指していると、見知った顔の女性とベルは偶然にも出会った。

 

「こんにちは、クラネル様」

 

「……? おお、アミッド女医! 久し振りだな!」

 

 挨拶をされ、ベルは笑顔で再会を喜ぶ。そんなベルにアミッドと呼ばれた女性は微かに表情を崩した。

 彼女はアミッド・テアサナーレ。医療と製薬の派閥【ディアンケヒト・ファミリア】に所属している。神々から授けられた二つ名は【戦場の聖女(デア・セイント)】。此処、迷宮都市(オラリオ)一番の治療師(ヒーラー)として有名だ。

 

「相も変わらず、アミッド女医(じょい)は美しいな!」

 

 会って早々ベルがそう言うものだから、アミッドは困ったように長い睫毛を震わせた。

 アミッドは事実、美少女であった。精緻(せいち)な人形、と言っても良いかもしれない。腰まで伸ばした銀髪は陽の光を反射して白銀に輝き、女性の中でも低い身長に、整った顔立ちは正しく『人形』のようだ。

 そんなアミッドとベルは()()()()()()()()があった。従業員と客の関係ではない。【ディアンケヒト・ファミリア】では回復薬(ポーション)高等回復薬(ハイ・ポーション)をはじめとした様々な薬品が売られているが、ベルは一度たりとてそこで購入したことはない。彼は普段、【ディアンケヒト・ファミリア】とはまた違った【ファミリア】を利用している。

 (えにし)が交わったのは偶然である。ベルが迷宮都市にやって来たばかりの頃、とある出来事を契機に、二人は道で会えば話す間柄になっていた。

 道端に移動したところで、アミッドが尋ねる。

 

「クラネル様──失礼しました。ベルさんはダンジョンからのお帰りでしょうか?」

 

 職業柄、アミッドは物腰柔らかで丁寧な口調で話す。余程のことがない限り名前で呼ばず、(せい)で通している。

 しかし今は友人との雑談ということで、アミッドは少しだけ砕けた口調にした。

 それを知っているベルだから、先程の『クラネル様』には何も反応しなかったが、だがしかし、美しい女子(おなご)から名前を呼ばれるというのは嬉しいものだ。

 頬を緩めながら、ベルはアミッドの尋ねに頷く。

 

「ああ、そうだ!」

 

「随分とお早いお帰りですね。以前会った時はもっと遅かった筈ですが……」

 

「……凄いな。そんな昔のことを覚えているのか」

 

 ベルがアミッドと最後に会ったのは五日前である。

 月日の経過とともに記憶というのは朧気になるものだが、彼女はしっかりと覚えていた。

 ベルの感嘆をアミッドは誇ることもせず。

 

「職業柄、記憶力には自信があります。薬の調合方法や疾病の症状などを完全に覚えなければいけませんから」

 

 その言葉を聞いてベルは益々感心した。

 無邪気に送られてくる尊敬の眼差しにアミッドは微かに身動ぎしてから「こほん」と咳払いをする。

 

「……話を戻しましょう。何かお怪我でもされたのですか?」

 

 尋ねながら、アミッドはベルを観察する。

 その顔は治療師(ヒーラー)のものに変わっており、彼女は上から下までじっと情報収集(アセスメント)した。

 

「……どうやら、外傷は何もないようですね」

 

「怪我は一つもない。モンスターからは一撃も食らわなかったからな」

 

「そうでしたか。『逃げ足』に自信があるというのは本当だったのですね」

 

「あはは……まぁな。実はこの後管理機関(ギルド)に用事があるんだ。だから普段より早く切り上げてな」

 

「……まあ、そうでしたか。申し訳ございません、私の勘違いで時間を無為に取らせてしまいました」

 

 そう言って、アミッドは深々と頭を下げた。

 道の往来で女子(おなご)男子(おのこ)にそうするものだから、道行く人々は痴情のもつれかと誤解していく。二柱(ふたり)の男神がニヤニヤと笑いながらどうなるのかと賭事をしていた。

 これにはベルも苦笑いを浮かべるしかない。片頬を右手で掻きながら、

 

「どうか頭を上げて欲しい。貴女のような美人にそのような行いをさせては祖父(そふ)に怒られてしまう」

 

「しかし……いえ、承知しました」

 

 アミッドは微かに頬を赤らめながらも頭を上げた。

 

「貴女が謝罪することは何もない。私のことを心配してくれたのだろう? なら、私が貴女に感謝することこそあれ、怒りを抱くようなことはしないとも」

 

 それに時間は充分に余裕があるから気にしないで欲しい、とベルは笑い掛けた。

 アミッドも「ありがとうございます」と言い、笑みを零す。

 

「アミッド女医は何か用事でもあるのか?」

 

「ええ、市場に行くところです」

 

「ほう……調合に使う素材集めか?」

 

「はい。とはいえ、今日はあくまでも下見ですが……」

 

 それから二人は立ち話を楽しんだ。

 ベルはアミッドから製薬について尋ね──【ファミリア】の機密情報はもちろん聞いていない──アミッドはベルの冒険者活動について尋ねる。

 

「そういえば、ベルさんは知っていますか?」

 

「……? 何をだ?」

 

「先日、ミノタウロスが『上層』に出現したそうです。そのような噂が一部の冒険者の間に広まっています」

 

「……具体的にはどのようなものだ?」

 

「【ロキ・ファミリア】が『中層』でミノタウロスの群れを『上層』まで逃がしてしまったと。近いうちに管理機関(ギルド)が沙汰を下すとも伺いました」

 

「……そうか。そのような噂が…………」

 

 一瞬、ベルの表情が強張ったのをアミッドは見逃さなかった。銀色の視線が深紅(ルベライト)の瞳を射貫く。

 

「私の推測が間違っていたら申し訳ございません。それでも私は確認せずにはいられません。ベルさん、もしかしたら貴方は──」

 

「いいや、何もなかったとも」

 

「……!」

 

 ベル・クラネルが話し手の言葉を遮ることはごく稀だ。

 アミッドは表情を崩したが、すぐに元に戻した。そして自分は関与してはならないことを悟る。

 

「……これだけはどうか言わせて下さい。くれぐれも無理は()さらないようにお願いします」

 

「ああ、元々そのつもりだ。私の担当アドバイザーからも耳にタコが出来るくらい言い聞かされている。『冒険者は冒険をしてはならない』とな」

 

「私も同意見です。冒険者の方々が『未知』に挑むことは承知していますが……治療師(ヒーラー)としては、五体満足に帰ってきて欲しい。どうか、治療師(ヒーラー)の出番をなくして欲しいと、私は思っています」

 

治療師(ヒーラー)としての存在意義が無くなるような、矛盾したものだとは理解していますが……」とアミッドは言った。

 自虐する彼女にベルは不思議そうに尋ねた。

 

「誰もが傷付かないことを願うことの何が悪いんだ?」

 

「ですが……主神(しゅしん)が聞いたらきっと怒りをあらわにするでしょう。あの男神(おがみ)は金儲けが趣味ですから。もちろん、悪い神ではないと、理解はしていますが……」

 

「なるほど……確かに主神の方針というものは大事なものだ。本当……【眷族(ファミリア)】とはよく言ったものだよ」

 

「ベルさん……?」

 

 アミッドが怪訝な声を上げる。

 ベルは深紅(ルベライト)の瞳を閉じて言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。蹂躙されていた土地を奪い返し、文明は大きく発展し、果てには『大穴』を塞ぐことすらも出来た。創設神と呼ばれる男神(おがみ)の『祈祷(きとう)』によって、魔物達の大進撃を抑えることにも成功している」

 

「……嘗ての時代に比べれば、今世は平和なのでしょう」

 

「ああ、そうだろう。だがしかし、今尚、地下迷宮(ダンジョン)の謎は解明されておらず──そして、()()()()()()()()()

 

「……停滞、ですか。確かに長年に渡って未到達階層は更新されておりませんが……しかし、人類は前進している筈です。より高度な文明を私達は(はぐく)み、日々、成長と進化を繰り返しています」

 

 停滞という言葉は不適切では? とアミッドが指摘する。ところが、ベルは彼女の言葉に頷きを返しつつもこう言った。

 

「アミッド女医、知っているか? 現代に於いての国家間戦争での定石(セオリー)を」

 

「無論、存じております。迷宮都市(オラリオ)付近には国家系【ファミリア】のラキア王国があり、()の国は此処に侵攻を繰り返していますから。私も治療師(ヒーラー)として参戦したことが何度かあります。──『質より量』から、『量より質』になりました」

 

「その通りだ。そして私は、これこそが停滞だと考える」

 

「……と、仰いますと?」

 

「──『神の恩恵(ファルナ)』が万能ではないことは重々承知だ。『恩恵』を授かって無限に強くなれる訳ではない」

 

 その末路が非戦闘員(サポーター)である。

 才能がない彼等は戦闘そのものに対する才能がない。つまり、【ステイタス】が微塵も上昇しない。純粋な支援員が『昇格(ランクアップ)』を果たした事例は片手で数えられる程だ。

 

「だがしかし、敢えて、私は言いたい。『質』と『量』どちらも満たさなければならない、と」

 

「それは……」

 

 アミッドは言い淀んだ。

 ベルの言いたいことは分かる。

 分かるが、彼女は彼の考えを『否』とした。

 

「現実問題として、それは不可能でしょう。大変申し上げにくいですが……ベルさんを含め、殆どの冒険者は未だにLv.1。神々に認められる程の『偉業』を為した者はそれ程多くありません」

 

「……そうだな。私も荒唐無稽な話をしている自覚はある。上級冒険者を増やすのは難しい。神々に認められる程の『偉業』……その難易度はとてつもなく高い。ならば必然、『量より質』──絶対的な『個』の力が有力視されてしまうのは避けられない」

 

 だが──と、ベルは自身の危惧を口にする。

 それは彼が迷宮都市(ダンジョンとし)にやってきた時からずっと抱いている(おそ)れ。

 そしてこれをベル・クラネルが誰かに話すのは、アミッド・テアサナーレが初めてである。

 

「もし、『世界の中心』と言われている迷宮都市(オラリオ)が未曾有の危機に陥ったら。そして、それが『量』と『質』どちらも兼ね備えたものだったらどうなる?」

 

 その質問にアミッドは答えることが出来なかった。

 必死に考えるが、正解は見付からない。そんな彼女に、ベルは張っていた表情を緩め、微笑みを携えて言った。

 

「私も貴女と同じだ。出来ることならば、誰もが笑顔でいて欲しい。誰も傷付かない世界になったら、それはどんなに良い世界になるのだろう」

 

 アミッドはベルの言葉を真剣に聞いていた。

 アミッド・テアサナーレは個人的な付き合いという観点なら、現時点では、彼の主神(ヘスティア)を除いたら、ベル・クラネルと最も親しい人間だ。

 彼等は夕餉を共にしたこともあるし、この前会った時は彼に回復薬(ポーション)を贈ったこともある。

 そして聡明な彼女は、出会った(とき)から少年に対して違和感を抱いていた。

 アミッドの記憶違いでなければ、目の前の少年は未だ齢十四だ。この歳の子供は外で友人達と遊んでいても不思議ではない。もちろん、事情があって冒険者登録をする人間は星の数ほど居るが……つい一ヶ月前だ。ベルが迷宮都市(オラリオ)に足を踏み入れたのは。

 地図にも載っていない小さな村でベルは祖父と暮らしていたという。

 

(やはり、『大人びている』と一言で片付けるには無理が……)

 

 普段は歳相応の子供だ。燥ぎ、騒ぎ、そして笑う。女子(おなご)が好きだと公言しているところが『歳相応』だと言えるかは分からないが、個性だと納得出来る。

 だが時折、ベル・クラネルは纏っている雰囲気を一変させることがある。──正しく、今のように。

 子供の背伸び? いいや、断じて違う。

 

(普段の振る舞いは演じているもの……?)

 

 思考の大海に深く意識が潜り掛けた──その時だった。

 

「すまない、話が随分と肥大化してしまった」

 

「いえ……とても実りのある話をすることが出来ましたから、寧ろ感謝します」

 

「なら良かった」

 

 ベルはさらに言葉を続け。

 

「アミッド女医のその大願(ねがい)はとても美しいものだと、私は思う」

 

「美しい、ですか……?」

 

 戸惑いを見せる彼女に、ベルは「ああ!」と力強く頷いた。彼女の銀の双眸を見詰める。

 

「私は貴女を尊敬する。貴女のような女性(ひと)と友人になれて良かったと心から思う。私のように救われる人が、これからも多く居るだろう」

 

「なっ……!?」

 

「だから、これは私の身勝手な願いだ。どうか、その大願(ねがい)を忘れないで欲しい。その優しさをずっと持っていて欲しい」

 

 アミッドはただただ狼狽えた。

 ベルが「すまない、そろそろギルド本部に行かなくては」と別れを切り出し、彼を見送るまで、彼女は呆然としていた。

 

「困りましたね……」

 

 自身の片頬に手を当てながら、アミッドは呟いた。

 彼女が精緻な人形と言われている最大の所以は、彼女の美貌だけではない。彼女は表情を全く崩さないのだ。もちろん、友人と会えば笑うし、あまりないが、怒りをあらわにすることもある。

 だがしかし、普段は常に真顔だ。それは治療師(ヒーラー)としての『技』でもある。治療師(ヒーラー)が動揺を隠せなかったら、それは患者に伝わり、不安を抱かせてしまう。

 本人の性質以上に、アミッド・テアサナーレは感情労働に従事(じゅうじ)しているのだ。彼女が患者に笑みを見せるのは、患者の容態が快復し、治療院を退院する時だけである。

 ところが、今の彼女は誰の目から見ても分かるくらいに動揺し、感情を表出していた。

 

「私ももう、行かなければ……」

 

 アミッドは深呼吸してから、ベルとは真逆の方向に身体を向けた。

 目指す先は市場だ。すっかりと習慣になっている行動をすれば、この、気持ちが良い鼓動もじきに収まると信じて、彼女は北西のメインストリートをあとにした。

 

 

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