さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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第五幕、開幕です。
よろしくお願いいたします。


第五幕 ─英雄よ(アナスティスィス)立ち上がれ(イロアス)
昇格(ランクアップ)


 

 摩天楼施設(バベル)にある、治療施設。その、一室。

 そこでは現在、()()()()()()()()()()()()

 

「良いですかベルさん再三申しますが貴方はもっとご自分のお身体を大事になさるべきですええそうです私が渡していた万能薬(エリクサー)がなかったらどうなさるおつもりだったのですかこれは反省が必要ですええそうです私は怒っています怪我をする事ではなく貴方の無鉄砲さにですこれが分かりますか分からないでしょうね貴方には」

 

「はい、仰る通りです、はい……すみません……」

 

 ベル・クラネル十四歳は、ただひたすらに謝罪を繰り返す魔道具と化していた。

 紅玉(ルビー)のような輝きを持つ深紅(ルベライト)の瞳も虚ろとなっており、無心となっていた。

 

「お聞きになっていますか、ベルさん!」

 

 今にも胸倉を摑みそうな勢いで、銀の治療師(ヒーラー)──アミッド・テアサナーレが顔を近付ける。

 神々から精緻な人形、と評されているその美形が、今は修羅になっていた。

 

「き、聞いているよアミッド女医。うん、本当だ。嘘じゃない」

 

 大量の冷や汗を流しながら、ベルは答える。さり気なくを装って距離を取ろうとするも、アミッドはそれを逃がさない。目を細め、ガシッと両手を強く握る。

「ひいっ!?」と情けない悲鳴を上げるベルに、アミッドは竜の息吹(ドラゴン・ブレス)もかくやという勢いでさらに言った。

 

「私が貴方に何本万能薬(エリクサー)をお渡ししたと思いますかええ貴方はその数を覚えていないでしょうねだから私も言いませんしかし何故『上層』でそんなに何回も死にかけるのですか貴方は可笑しいとは思わないのですか思わないのでしょうね貴方は」

 

「あ、あのアミッド女医……? そろそろ私もこの姿勢に疲れてきたと言うか……」

 

「何か仰いましたか」

 

「イエナニモ」

 

 美しい紫水晶(アメジスト)の瞳に射抜かれ、ベルは堪らずに深紅(ルベライト)の瞳を逸らした。甘んじて、極東から伝わったという正座を続ける。正直足が痺れてどうにかなりそうだったが、ここは男子(おのこ)の踏ん張り所だと我慢するしかなかった。

 

「いやー、それにしても長いねぇ」

 

 説教を受け続ける眷族を眺めているのは、女神ヘスティア。彼女はむしゃむしゃと林檎を食べながら、他人事のように呑気そのままだった。

 壁にかけられている時計を一瞥する。

 

「おいおい……もうそろそろ二時間かい? リリルカ君、何とかしてくれよ」

 

 声を掛けられたリリルカは、げんなりとした表情を隠しもせず、首を横に振った。

 

「無理ですよ。リリにそんな命知らずな真似が出来る訳ないじゃないですか」

 

「だよねー」

 

「まぁ」と、ヘスティアは続けて言った。

 

「自業自得だから、仕方ないかー」

 

 そう割り切れば、ヘスティアの行動は早かった。

 林檎を食べ終えたヘスティアはリリルカに、バベルのテナントを散策しようと誘う。暇を持て余していたリリルカもそれに賛同し、幼い女神と小人族(パルゥム)の少女はそのまま部屋を出ていった。

 斯くして、ベル・クラネルは見捨てられたのだった。

 

「ベルさん貴方は私の気持ちが分かりますかヘスティア様が本拠(ホーム)に訪れてきたと思ったら私を見るなり泣き出して何とか宥めて話を伺ったら貴方が重傷を負ったと聞かされた時の私の気持ちが」

 

 アミッドは執拗に追及していた。

 それに、ベルは困ったように笑うばかりだった。

 だがその反応はアミッドにとって地雷そのものであり、視線は鋭く一方だった。

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 アミッドが落ち着きを取り戻したのは、それから暫く経ってからだった。

 荒い呼吸を繰り返すアミッドに、ベルは恐る恐るコップに水を注いでみせる。

 

「あー……その、水を飲んだらどうだろう?」

 

「……頂きます」

 

 そう言うと、アミッドはごくごくと水を飲んだ。余程喉が渇いていたのだろうな、とベルはその様子を見て現実逃避気味に考える。

 それから、ベルは頭を下げて謝った。

 

「すまない。アミッド女医にはいつも迷惑を掛けているな。ありがとう」

 

 それは、ベルの本心だった。

 いつだってこの優しい治療師(ヒーラー)に、ベルは助けられている。

 今こうしてベルが生を謳歌出来ているのは、彼女の献身があってこそだった。

 

「迷惑だなんて、そんな事を仰らないで下さい」

 

 アミッドはそう言うと、続けて言った。

 

治療師(ヒーラー)として、傷付いている人を助けるのは当然の事です。迷惑だと感じた事など、私は一度もありません」

 

「それとも」と、アミッドは尋ねた。

 

「私を頼る事は、貴方にとっては迷惑なのですか」

 

「まさか! そんな事はないさ!」

 

 ブンブンと首を横に激しく振る、ベル。

 アミッドはその必死なベルを見て、初めて口を綻ばせた。

 しかし次の瞬間には治療師(ヒーラー)の顔となり、患者を諌める。

 

「『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』と精神枯渇(マインドゼロ)にはそれだけの危険性があります。命を落とす可能性も、決してゼロではありません」

 

「……」

 

「そうまでして、勝ちたかったのですか?」

 

 その問いに、ベル・クラネルは無言で頷いた。

 

 ──ベル・クラネルとリリルカ・アーデが『冒険』を終えてから、丸一日が経過していた。

 

 リリルカが使用した短剣型の『魔剣』により、『怪物』ミノタウロスの魔石は爆散した。残ったのは紫紺の結晶の破片と、黒灰だけだった。

 勝利を収めてみせた冒険者達だったが、その余韻に浸る事は出来なかった。

魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』を意図的に起こし、その発生源となったベルが身体の至る所に重傷を負っていた為である。

 こうなる事が分かっていたリリルカは狼狽える事もせず、迅速に適切な処置を施した。自身がベルから預かっていた万能薬(エリクサー)を取り出し、それを飲ませた。その効能はすぐに表れ、ベルは九死に一生を得たのだった。

 しかし保有している魔力を全て『魔法』に費やしたベルはそのまま精神枯渇(マインドゼロ)となり気絶してしまった。

 ベルとリリルカを地上まで運んだのは、狼人(ウェアウルフ)の青年とアマゾネスの少女だった。【ロキ・ファミリア】最速の狼人(ウェアウルフ)は団長から指示され、アマゾネスの少女は自分から名乗り出たのである。尚、アマゾネスの少女と金の少女がこの時、自分が行くと主張し言い合いになっていたのを幸か不幸かベルは知らない。

 狼人(ウェアウルフ)の青年がベルを、アマゾネスの少女がリリルカを摩天楼施設(バベル)にある治療施設へ運んだ。そしてほぼ無傷のリリルカがヘスティアへ状況を報告、その報告を受けたヘスティアは【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院へ直行、アミッドへ泣きながら抱きついた。

 アミッドはすぐにベルのもとへ駆け付けた。主神のディアンケヒトが個人に肩入れするなと制止していたがそれを無視し、心配で、必要であれば『魔法』による蘇生も視野に入れていた。

 アミッドが診察してから暫く経って、ベルは目を覚ました。全身の倦怠感は精神枯渇(マインドゼロ)の特徴的な症状であり、ベルは丸一日の安静を言い渡されたのである。

 

「──他の誰かに負けるのは良い。けど、『彼』に負けるのだけは嫌なんだ」

 

 ぽつりと、ベルは言った。

 

「それは、何故?」

 

「ただの『意地』だよ」

 

 ベルは後頭部をぽりぽりと掻きながら、続けて言った。

 

「アミッド女医からしたら、納得は難しいと思う。でも、どうしても、これは譲れないんだ」

 

「……それが例え、自分の命を危険に晒す事になってもですか」

 

「ああ、そうだ。アミッド女医は怒るだろうが……こればかりは仕方ない。多分、もしそうしなかったら、『僕』は『僕』で居られないと思う」

 

 アミッドは暫く黙っていた。銀の瞳を伏せ、考え込んでいるようだった。

 それから彼女はおもむろに口を開けると、溜息を吐いた。

 

「ベルさん……貴方はやはり、分かってはいましたが、『冒険者』なのですね」

 

 紫水晶(アメジスト)の瞳に見詰められ、ベルは頷く。

 そして己の在り方を、宣言した。

 

「そうだ。『僕』は、冒険者だ」

 

 それはとても力強い響きだった。

 アミッドは微笑むと、ベルの手を取って言った。

 

「──おめでとうございます。『冒険』を乗り越え、そして無事に帰還した貴方(がた)を私は誇りに思います」

 

「ありがとう、アミッド女医」

 

 ベルはアミッドと笑みを交わし、見詰め合う。

 穏やかな時間を二人は過ごし、それまでヘスティアとリリルカが戻ってくるまで続いた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 治療師(アミッド)から退院許可を貰い、ベルはヘスティアとリリルカと共に摩天楼施設(バベル)を出た。

 ベルにとっては数日振りの陽の光である。綺麗な茜空に、目を細めた。

 

「ミアハとナァーザ君が待ってる。寄り道せずに帰ろうか」

 

 ヘスティアの言葉に、ベルとリリルカは揃って頷いた。

 中央広場(セントラルパーク)から表通りへ入り、そのまま裏路地へ。暫く歩くと、三人の居候先である【ミアハ・ファミリア】本拠(ホーム)、『(あお)薬舗(やくほ)』が目に見えてくる。

 我が家のような気楽さで、ベルとヘスティアは扉を開けた。チリン、と鈴が軽快な音を鳴らす。その後にリリルカが二歩遅れて中に入った。

 

「いらっしゃいませ……──って、何だ。ヘスティア様達か。お帰りなさい」

 

「おいおい、ナァーザ君。もう少し笑顔を見せてくれても良いんじゃないかい?」

 

「最初は笑顔……でしたよ。まあその後、ヘスティア様達だと分かったので……やめましたが……」

 

 ナァーザの言葉に、ヘスティアは溜息を吐いた。

 

「良いかい、ナァーザ君。接客はとても大切だぜ。お客さんに少しでも好印象を与えといて悪い事はそうないよ」

 

「でもそれは、お客さんが来たらの話……ですよね……。うちは今日も、閑古鳥が鳴いてますよ……」

 

「うぐ……ご、ごめんよ……」

 

 ナァーザの自虐に、ヘスティアは言葉を詰まらせてながら謝った。

 犬人の彼女は「気にしてないので、大丈夫です」と言うと、ベルに視線を寄越して小さく微笑んだ。

 

「お帰り……ベル……」

 

「ああ、ただいま!」

 

「『冒険』、したんだってね……」

 

「ああ! リリと二人でな!」

 

 ベルは笑顔で頷き、リリルカの肩に手を回した。

「ちょっ、やめて下さいベル様!?」と声を上げるリリルカに、ベルは笑って言う。

 

「良いじゃないか、リリ! 私と君だったから、あの『冒険』を乗り越える事が出来たんだ! リリもそう思うだろう!?」

 

「それは、まあ……そうですけど……」

 

 もにょもにょと口を動かし、リリルカは照れていた。

 堪らず、小人族(パルゥム)の少女の頭をベルは撫でる。次の瞬間、リリルカは羞恥から怒りの表情へ変え、失礼な只人を睨んだ。

 

「子供扱いしないで下さい! この前も言いましたが、リリはベル様よりも歳上なのですからね!?」

 

「おっと、これは失礼! ただリリがあまりにも可愛かったから、つい手が伸びてしまった! つまり、私ではなく可愛いリリが悪い!」

 

「何ですか、その暴論は! だ、だいたい、可愛いだなんて……そんな、思ってもない事を言わないで下さい!」

 

「このベル・クラネル、相手を褒める時は一切嘘を吐かない事を信条としている! 故に、先程の言葉に嘘はない!」

 

 リリルカ・アーデはキレた。ドヤ顔を見せるベルの脛へ、何度も蹴りを入れる。そこに躊躇いや遠慮といったものはなかった。

 それを見たヘスティアは、にっこりと笑った。

 

「うん、さらに仲良くなったみたいだね!」

 

「そうだとも!」「違います!」

 

 ベルとリリルカの言葉が被る。

 そんな二人に、ナァーザは苦笑を落とした。

 そして受付の奥から、薬神(やくしん)ミアハが現れる。

 

「奥まで其方達の賑やかな気配が伝わってくるぞ」

 

 柔和な笑みを浮かべ、男神(おがみ)は只人と小人族(パルゥム)をそれぞれ見た。

 

「お帰り、ベル、リリルカ。其方達の帰りを、嬉しく思う」

 

 その言葉に、ベルとリリルカは揃って頷いた。

「さあ、夕餉(ゆうげ)にしよう。実はな、馳走(ちそう)を用意してあるのだ」とミアハが言い、案内する。

 ダイニングでは、ミアハの言う通り、豪華な食事がテーブルの上に並べられていた。

 

「おお、とても美味しそうだ!」

 

 子供のように目を輝かせる、ベル。その様子を、他の面々はあたたかく見守る。

 しかし席を着こうとするベルへ、ヘスティアが声を掛ける。

 

「食事の前にベル君、やるべき事がある」

 

「……やるべき事?」

 

「ああ、そうだ。【ステイタス】の更新をしよう」

 

 女神の蒼の瞳に見詰められ、ベルは静かに頷いた。

 ミアハ、ナァーザ、そしてリリルカに見送られ、ベルはヘスティアと共に二階へ行くのだった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 簡素なベッドの上で、ベルは上着を脱いだうつ伏せの姿で横になった。

 ヘスティアがすぐに跨がり、女神とその眷族は密着する。決して誰も、この神聖な儀式を邪魔する事は許されない。

 

「それじゃあ、ベル君。今から【ステイタス】の更新をするよ。良いね?」

 

「ああ、頼む」

 

 ヘスティアは「分かった」と言うと、粛々と始めた。神血を眷族の背へ注ぎ、『可能性』を広げる。

 無言の時間が流れる。魔石灯の照明が、ベルとヘスティアの顔を照らす。

 それから暫くして、ヘスティアは手を止めてベルへ声を掛けた。

 

「終わったよ」

 

「そうか、ありがとう」

 

「このまま口頭で、伝えても良いかな」

 

「勿論だ」

 

「うん」とヘスティアは頷くと、羊皮紙に転写した【ステイタス】をゆっくりと読み上げる。その口調は淡々としたものであった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:SS1014

 耐久:S900

 器用:SS1012

 敏捷:SSS1257

 魔力:D504

 

 

 

 

§

 

 

 

 最後まで聞いたベルは、静かに息を吐いた。

 ベル・クラネルの現在(いま)の到達点を、噛み締める。

 これで、【ステイタス】の更新は終了である。

 

 ──()()()()()()

 

 ヘスティアはベルから離れようとしなかった。そしておもむろに、その小さな身体をベルへ近付けると、後ろから抱き締める。

 

「ヘスティア……?」

 

 怪訝な声を出すベルに、ヘスティアは感情を押し殺しそうと……しかしそれは適わずに言った。

 

「──()()()()()。【()()()()()()()

 

 所要期間──約一ヶ月半。

 モンスター撃破記録──3526。

『偉業』──『怪物』ミノタウロスの討伐(など)

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの一年という世界最短記録を大幅に塗り替え。

 この日正式に、ベル・クラネルは『英雄候補』の一角として名乗る事を認められた。

 

 そして、停泊していた『船』は(いかり)を上げて次の航海へ行く。

 新しい『風』が、静かに吹き始めていた。

 

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