さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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芽吹き

 

 その日も──否、その日はいつも以上にギルド本部は朝から賑わいを見せていた。様々な種族の亜人族(デミ・ヒューマン)が訪れている。

 

「うわー、凄い人集りだね! 呼吸するのも忘れちゃいそう!」

 

「こら、職務中! 話し掛けてこない!」

 

 ギルド受付の隣の窓口から耳打ちしてくるヒューマンの友人に、エイナは軽く注意した。

 ミィシャは「ごめんごめん」と手を上げて謝ると、順番を待っている獣人の冒険者へ声を掛けた。

 現在時刻は午前九時。朝方から続く長蛇の列もようやく、最後尾が見えようとしていた。

 歴戦の受付嬢達は無言でアイコンタクトを交わし、一致団結して『冒険』に臨む。

 

「チュール、そしてフロット。少し小休憩を取ってきて良いぞ」

 

 獣人の上司から声が掛かったのは、それから三十分後の事だった。

 

「ありがとうございます! それじゃあ、失礼しますね!」

 

 そう言うや否や、ミィシャはエイナの手を取って席を立った。引っ張られる形で、エイナも立ち上がる。

 

「ちょっ、ちょっとミィシャ!?」

 

「早く行くよ。残ってたら次の仕事が来るかもしれないじゃん!」

 

 ミィシャ・フロットは非常に逞しい精神の持ち主だった。上司に軽く会釈をし、エイナを引き連れて奥の休憩室へ向かう。

 休憩室に、他の同僚は居なかった。「独り占めだー!」とはしゃぐミィシャをくすりと笑い、そこでようやく、エイナは肩の荷を下ろした。

 

神会(デナトゥス)が今日だから、【ランクアップ】続出の話が冒険者達の間でも持ちきりになっているみたい」

 

「そうだね。毎度の恒例行事と言えばそうだけど……」

 

 三ヶ月に一度開かれる神会(デナトゥス)。この神会(デナトゥス)では、【ランクアップ】した冒険者に『二つ名』を贈呈する命名式がある。これはとても名誉な事であり、もう少しで昇格出来そうな冒険者達はこれに間に合わせようと張り切るのだ。無論、向こう見ずな『冒険』に失敗して命を落とす者もいる。

『二つ名』を予想し、それを交わす冒険者達は多い。だが今回に於いてはそれ以上の理由があった。

 

「でも、一番の話題はやっぱり──『上層』にミノタウロスが現れた事だよね」

 

「……うん」

 

 それは、ほんの数日前の出来事だった。

 とあるパーティが管理機関(ギルド)に、ダンジョン『上層』にミノタウロスが出現、多数の被害者が出ている事を報告してきたのである。

 

「遠征中の【ロキ・ファミリア】が偶々居たから良かったけど……もし居なかったらと思うとゾッとするよね」

 

「そうだね。被害は甚大だったと思う」

 

 ミィシャの言葉に、エイナは心底同意する。

 報告を受けた当初、管理機関(ギルド)は半信半疑だったが、報告者には都市最強派閥たる【ロキ・ファミリア】の団員が付き添っていたのを見て、その認識を改めた。そして、その団員は【勇者】フィン・ディムナからの文書を預かっていたのである。

 その文書には、対応は【ロキ・ファミリア】に一任して欲しい事が書かれており、管理機関(ギルド)はそれを承諾したのである。

 

「ダンジョンの性質が変化したって、冒険者達はとても不安がっているけど……大丈夫、だよね?」

 

 ミィシャを安心させる術を、エイナは持たなかった。

 ダンジョンでは異常事態(イレギュラー)が発生する。それは下層に行けば行く程増える傾向にある。

 だがここ約一ヶ月の間、『上層』で起こっている異常事態(イレギュラー)は一体何なのだろうか。

 下級冒険者では到底乗り越えられない、()()。命を賭けている冒険者達からしたら正しく死活問題であり、正否は問わず、何らかの答えを出そうと躍起になるのは無理もなかった。

『未知』を、人は嫌い、恐れる。

 

「【ロキ・ファミリア】からの報告によれば、今回のミノタウロス出現の被害者数は、発見している遺体だけでも十八人だけど……」

 

「十八人……それだけの人が亡くなったんだよね……」

 

 冒険者全体の数から見れば大した事はないのかもしれない。だが命は何にだって一つであり、彼等には帰りを待つ人が居ただろう。

 

「ねえ、エイナ。あの子……ベル君は大丈夫かな? エイナは何か知らない?」

 

 その名前が出た時、エイナは身体を硬直させてしまった。動揺を隠し、ミィシャの質問に答える。

 

「今の所、私の耳には届いていないから……大丈夫だと思う……」

 

「……そっか。でも私、心配だよ。最近顔を見せてくれていないし……。エイナも心配だよね?」

 

「……うん、そうだね」

 

 エイナは曖昧に頷いた。

 エイナの担当冒険者──ベル・クラネルは数日管理機関(ギルド)に来ていない。

 ある日を境に、エイナはベルと顔を合わせていなかった。

 そしてエイナは、その原因が分かっている。

 

(私がベル君と最後に会ったのは、【ソーマ・ファミリア】について話した時。それからは一度も会っていない……)

 

 雇っているサポーター、リリルカ・アーデについてベルは相談してきた。【ソーマ・ファミリア】内で劣悪な環境に身を置かれている仲間を助けたいと、ベルは言った。

 そしてエイナは賛成しなかった。それ所か反対した。

 異なる【ファミリア】の問題に首を突っ込むなど、ただの自殺行為でしかない。ましてやベルの所属している【ヘスティア・ファミリア】は零細派閥。結末は火を見るより明らかだ。

 エイナは何度も説得した。その選択は、将来ベル・クラネルが『英雄』になった時『汚点』になるかもしれないと脅しまでした。

 そうだと言うのに、ベルは頑なだった。一歩も引かず、出会って間もない小人族(パルゥム)を助けるのだと、ずっと主張していた。

 

(あの時のベル君、いつもと様子が違った……)

 

 エイナは今でもはっきりと覚えている。

 あの時の少年は、普通ではなかった。

 普段浮かべている明るい笑みはそこにはなかった。あったのは、何かに対する落胆と、痛苦だったように思う。

 そう──エイナには、あの時の少年が泣いているように見えたのだ。

 

(結局、話はそのまま平行線だった……)

 

 エイナも、そしてベルも互いの主張を譲らなかった。言葉を荒くして言い争いにならなかったのは、幸運かもしれない。

 

(あの後【ソーマ・ファミリア】について、私も改めて調べてみたけど……)

 

 それこそ昔の(えにし)を辿って【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)を訪ね、計略の女神であるロキから話を聞いた程だ。

 その結果分かったのは、【ソーマ・ファミリア】は無法地帯であるという事。主神である酒神(ソーマ)は派閥運営に欠片も興味がなく、神酒(ソーマ)の製造の為だけに【ファミリア】を築いた。団員もまた主神には敬意を持っておらず、褒美として下賜される神酒(ソーマ)の為だけに行動している。

 換金所での問題行動も、少しでも多くのヴァリス金貨を得る為のもの。

 せめて神酒(ソーマ)の材料に違法な薬物などが使われていれば大々的に管理機関(ギルド)も動けるのだが、そのような材料はなかった。

 つまり神酒(ソーマ)は合法であり、その酒の魔力はとても危険ではあるが、取り締まる事は出来ないのだ。

 さらに、団員達が度々起こしている問題行動も、最後の一線は越えていない。

 エイナに出来たのは精々、上層部へ提言するくらいだった。その報告書だって果たして、どこまで回っているのかは分からない。

 

(嫌われちゃったかなぁ……)

 

 エイナは溜息を吐きたくなった。せめてベルに会えたら……そこまで考え、苦笑する。

 これではまるで、恋する乙女のようではないか。

 だが、そうではない事をエイナはよくよく分かっている。

 ベルに向ける感情は、出来の悪い弟に向ける親愛でしかない。間違ってもこれが恋にはならないだろう。

 少年の恋人になった相手は苦労するだろうなと考えていると、休憩室に上司が入ってきた。

 そろそろ現場に戻れという事だろう。ミィシャがげんなりとした表情を隠さない中、上司はこんな事を言ってきた。

 

「チュール、お前に客だ」

 

「……お客様、ですか? 一体何方でしょうか?」

 

 皆目見当もつかない。

 エイナが首を傾げると、上司は「決まっているだろう」と呆れたように言った。

 

「お前の担当冒険者がアドバイザーとの面談を希望している」

 

「……」

 

「大事な話だと先方からは聞いている。面談ボックスは俺から手配し、既に案内もしている。お前も早く行け」

 

「フロットもそろそろ上がれよ」と言うと、上司は忙しそうに休憩室をあとにした。

 そして、ミィシャが面倒臭さを隠そうともせず椅子から立ち上がる。

 

「それじゃあエイナ、私行くね。ベル君によろしく」

 

「う、うん」

 

 ひらひらと手を振りながら、ミィシャは部屋から出て行った。

 一人取り残されたエイナは、たっぷりと十秒後、両手で顔を叩いて気合いを入れる。

 

「行かないと……」

 

 ベルが待っている。

 ギルド職員エイナ・チュールは面談ボックスに向かうべく、椅子から立ち上がった。

 数分後、エイナは目的地に到着していた。深呼吸を一度行い、ドアを数回ノック。面談ボックス内に居るであろう先客へ来訪を告げ、ゆっくりとドアノブを回し、訪室する。

 

「エイナ嬢、久し振りだな!」

 

 朗らかな声と共に、ベルが挨拶してきた。帯剣こそしているが、私服である。

 普段と変わらない笑みに、エイナは内心ホッと安堵の息を吐いた。

 

「うん、久し振りだね。ベル君、元気にしてた?」

 

 対面のソファーに腰掛けながら問い掛けると、ベルは「ああ!」と元気よく返事をする。

 

「大きな怪我もしてないみたいだね。良かった」

 

「……あー、うん、まあ、大丈夫だ!」

 

 視線を彷徨(さまよ)わせ、ベルは曖昧に頷いた。

 その様子を見て、これはまた無茶をしたのだなとエイナは確信する。だが、叱る訳には行かない。結果論ではあるが、今こうして五体満足で元気ならそれで良いだろう。

 

「それで? 今日は何の用で来てくれたのかな?」

 

 挨拶も早々に、エイナは切り出した。

 とはいえ、用件はある程度予想してきている。

 十中八九、件の【ソーマ・ファミリア】の事についてだろう。管理機関(ギルド)にはまだ報告が上がってきていないが、当人達の間で何か進展があったのだろう。

 そう身構えるエイナだったが、ベルは中々口を開けなかった。

 

(……? 何か、凄く機嫌が良さそうな?)

 

 良くよく見れば……否、良くよく見なくても、ベルの顔は一目見て機嫌が良いと分かる物だった。発見が遅れてしまったのは、ひとえにエイナが久し振りに会う彼に緊張していた為である。

 というか、機嫌が良い所の話ではなかった。率直に言って、今のベルは気持ち悪い程に、ニヤニヤ、ニタニタと、いっそ不気味に笑っていた。もしベルに交際相手が居てこれを見たら確実に幻滅するであろう。百年の恋も冷めるレベルである。

 

「えっと……何か良い事でもあったの?」

 

「お、分かるかエイナ嬢! 分かっちゃうか!?」

 

 そりゃそんだけ分かりやすければ誰でも分かるよ! と内心で叫びながら、エイナは「まあね」と鷹揚に頷いた。

 

「アーデ氏との問題が解決したの?」

 

「いや、それは完全にはまだだ! だがそれに関しては目処が立った! エイナ嬢には随分と心配させてしまったし、迷惑も掛けた! 申し訳なく思う!」

 

 勢いよく頭を下げる、ベル。

 エイナは慌てながら、疑問に思った。

 ベルに再三言ったように、他【ファミリア】との問題はそんな簡単に解決出来るものではない。ましてやこんな短期間に、その糸口が摑めるなど、一体どういう事だろうか。

 

「ううん、それは良いの。あの時は私も言い過ぎちゃったと思うし……その、最近ベル君ギルドへ来てくれていなかったから、嫌われちゃったと思ってた」

 

「まさか! この私が、女子(おなご)を嫌いになるなんて事はないさ! あれがエイナ嬢の優しさから来ていたのは分かっていた!」

 

「そ、そっか……うん、それじゃあ、仲直りだね」

 

 恐る恐るエイナが言うと、ベルは顔を上げて深く頷いた。

 

「ああ! 特別喧嘩はしていないが仲直りしよう!」

 

 エイナは胸のつかえが取れたのを感じながら、はて、それじゃあ一体何があったのだろうと益々疑問に思った。

 頭上に疑問符を浮かべるエイナに、ベルは子供のようにはしゃぎながら言う。

 

「実はな、エイナ嬢! 実はだなっ!」

 

「う、うん」

 

 テンションマックスなベルに押されながら、エイナは続きを促した。

 ベルは深紅(ルベライト)の瞳を輝かせて、弾けんばかりの笑顔で言ったのだ。

 

「つい先日、Lv.2になったんだ!」

 

 エイナは固まった。

 綺麗な笑みを浮かべ、固まった。

 そして、その表情のまま静かに問い掛ける。

 

「ごめん、今なんて?」

 

 ベルはエイナの引き攣った表情に気付かず、興奮したまま言った。

 

「だから、Lv.2になったんだ! 【ランクアップ】したんだ、エイナ嬢!」

 

 エイナは、深呼吸を一度行った。そして、綺麗な笑みを浮かべ尋ねた。

 

「Lv.2? 【ランクアップ】?」

 

「ああ!」

 

「いつ?」

 

「昨日だ! 昨日判明した!」

 

「誰が?」

 

「この私、ベル・クラネルが!」

 

「どこで?」

 

「ダンジョンで!」

 

「どんな風に?」

 

「ミノタウロスを仲間と一緒に倒した!」

 

「ベル君、『冒険者』登録したのっていつだっけ?」

 

「大体ひと月半前だな!」

 

「嘘は吐いてないよね?」

 

「ああ! 主神(ヘスティア)に誓って!」

 

 問答はそこで終わった。

 そして、次の瞬間。

 エイナ・チュールは固まっていた表情筋を動かし、思わず内心をそのまま口にし叫んでいた。

 

 

 

「たったの一ヶ月半でLv.2〜〜〜〜!?」

 

 

 

「うおっ!?」とベルが身体を大きく仰け反らしたのが、エイナには印象的であった。

 

 ──話を聞いたのが防音性に優れた面談用ボックスで良かったと、エイナは心から思った。

 

 もしこれが受付窓口のあるロビーだったら……そう思うと、エイナは顔を青ざめさせ、この部屋を用意した上司へ感謝した。

 そしてこの頃にはエイナも冷静さを取り戻していた。

 

「そっか……昇格か……」

 

 エイナはベルを見詰めた。当の本人と言えば、呑気に鼻歌を歌っている。

 

(いずれ、こうなるとは分かっていたけど……いくら何でも早すぎる)

 

 数日前、ベルに無理を言って【ステイタス】を見た時から、エイナはある程度の覚悟を決めていた。

 だがその覚悟を、ベル・クラネルは兎が跳ぶかのように軽々と飛び越えてみせた。

 

(どうしよう……? 神会(デナトゥス)は目前。提出資料は酷い出来にはなっちゃうだろうけど、今ならギリギリ滑り込める。でも逆に言えば、見送るという方法もあるんじゃ……)

 

 葛藤する。

 ベルが『偉業』を成し遂げたのは素直に嬉しい。嬉しくない訳がない。

 だが、べル・クラネルは既に『期待の新人(ルーキー)』として一部の神や冒険者から注目を集めてしまっている。

 そんな今の状態で、世界に大々的に世界最速記録の事を報告しても良いのだろうか。

 一ヶ月半。そう、一ヶ月半である。

 あまりにも前例のないこれは、【猛者】オッタルの二年はおろか、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの一年という記録すら大幅に覆している。

 もし、これを他者が聞いたらどう思うだろうか。

 

(まあ、面白くはないよね……)

 

 娯楽好きな神々は『未知』に狂喜乱舞し、荒くれ者の冒険者達は猜疑するだろう。

 さらには、【ヘスティア・ファミリア】に管理機関(ギルド)が取っている、『特例措置』。ベル・クラネルが昇格するまでの間【ヘスティア・ファミリア】に関するありとあらゆる情報を秘匿するというこれも、今回の件で無くなってしまう。

 恐れていた事態が発生しようとしていた。

『土台』のない零細派閥に、この窮地を乗り越えられるとはあまり考えられない。

 

神会(デナトゥス)から暫く経った後に報告するくらいしか、私には思い付かない……)

 

 神会(デナトゥス)は三ヶ月に一度開かれる。先送り問題かもしれないが、次回に持ち越せば【ヘスティア・ファミリア】の置かれている状況も変わっているだろう。そして周りからの注目度が低い時機を窺えば、あるいは……──。

 そこまで考え、エイナはベルを改めて見た。紅玉のような深紅(ルベライト)の瞳が、キラキラと輝いている。

 そしてエイナは、思い出した。そうだ、初めてベルがギルド本部へ訪れた時も、今と全く同じ表情をしていた。出会って早々、開口一番に『英雄』になりたいなどと大声で叫び、弾けんばかりの笑顔を浮かべていた。

 

(よし)

 

 エイナは一度頷くと、柔らかく微笑んだ。

 そして、心からの称賛を込めて、言葉にする。

 

「──おめでとう、ベル君。私も嬉しいよ」

 

 

 

 

§

 

 

 

【ランクアップ】した際、管理機関(ギルド)は冒険者に活動記録を書いて貰っている。

 全ては、冒険者の質の向上の為だ。もっと言い換えれば、効率良く『魔石』を収集する為でもある。

 そして情報を精査した管理機関(ギルド)はその冒険者や【ファミリア】に不都合が生じない範囲で公開する。

 異例の【ランクアップ】を果たしたベル・クラネルの場合は、獲得してきた【経験値(エクセリア)】が焦点となってくる。

 要は、どのような物語(みち)を辿ってきたのか、なのだが……。

 

「うぅーん……」

 

 エイナは唸り声を上げた。ベルが書いた活動記録を、その翡翠色(エメラルド)の瞳で睨み付ける。

 

(これは……とてもじゃないけど他の冒険者には見せられない……)

 

 そこに書かれているのは、冒険者ベル・クラネルの軌跡だ。

 Lv.1に於ける、ベル・クラネルの上位の【経験値(エクセリア)】は以下の通り。

 一つ。ダンジョン5階層で行われたミノタウロスとの逃走劇。

 二つ。怪物祭(モンスターフィリア)の際に行われた銀の野猿(シルバーバック)との戦闘。

 三つ。ダンジョン9階層で行われた『謎の冒険者』からの襲撃。

 四つ。ダンジョン7階層で発生した異常事態(イレギュラー)、『怪物の宴(モンスター・パーティー)』。

 五つ。【ロキ・ファミリア】幹部、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン】との模擬戦。

 そして、六つ。ダンジョン10階層で行われた『怪物』ミノタウロスとの死闘。

 

(こんなの、見せられる筈がない。見せた所で、一体誰がこれを信じるというの……)

 

 なるほど、これだけの【経験値(エクセリア)】があれば、たった一ヶ月半で昇格するのも頷ける。

 だが他の冒険者からしたら、これを見本にしろと言われたら苦情物だ。死地に行けと言われているようなものである。

 

(というか、担当アドバイザーの私でも今知った内容が書かれているし……)

 

 四つ目と五つ目なんて、初耳だ。特に四つ目のダンジョン7階層での『怪物の宴(モンスター・パーティー)』など、公表しようものなら他の下級冒険者達はパニックに陥るだろう。

 こめかみを押さえるエイナを見て、ベルが「大丈夫か?」と心配してくる。原因は君にあるのだと、エイナは声高に主張したかった。

 とはいえ、それを言っても仕方がないだろう。

 

「……うん、ありがとうベル君。私の方で纏めておくね」

 

 エイナ・チュールは管理機関(ギルド)に勤めてから初めて、報告書の内容を適当に書く事を決意した。

 そして、エイナは「それで?」と尋ねた。

 

「今日のベル君の用事はこれで終わり?」

 

 エイナの質問に、ベルは「いいや、まだだ」と首を横に振った。

 

「本題はここからだ。『発展アビリティ』について相談したい」

 

「あっ、そっか。Lv.2になったんだもんね」

 

『発展アビリティ』は『基本アビリティ』とは別の評価項目である。

 発現する時機(タイミング)は、【ランクアップ】した時である。階位が上がる都度、発現する可能性がある。特殊的、あるいは専門職の能力を開花、強化させる事が可能だ。

 

「実は、複数の『発展アビリティ』が出てきてな。相談に乗ってくれるか?」

 

「もちろんだよ。一応確認だけど、まだ【ランクアップ】はしていないんだよね?」

 

「ああ」と、ベルが頷く。

『発展アビリティ』は【ランクアップ】を経た【ステイタス】上に発現する。よって、厳密に言えば、今のベル・クラネルはまだLv.1の下級冒険者だ。

 

「それなら良かった。中には早く【ランクアップ】したくて後先考えずに決めちゃう人も居るし……発現しない人も居るから」

 

 候補に出てくる『発展アビリティ』は、その者がこれまで獲得し、積み重ねてきた【経験値(エクセリア)】に大きく関係してくる。つまり、その者の行動次第という事である。

 逆に言えば、特筆すべき【経験値(エクセリア)】がなければ【ランクアップ】しても『発展アビリティ』は発現しない。

 

「それにしても、三つかー。ベル君、頑張ったね」

 

「ふはは、そう褒めてくれるな! 照れてしまう!」

 

 ベルが愉快そうに笑う。

 とはいえ、三つ全てが選択可能な訳ではない。一度の【ランクアップ】につき選べるのは一つだけである。そして選択されなかったものが次回の【ランクアップ】時に候補に出る保証はない。

 つまり、選ぶ際は慎重に考える必要がある。

 

「それで? 何が発現したの?」

 

「まずは『耐異常』、『狩人』だな」

 

 良い『発展アビリティ』だと、エイナは思った。

『耐異常』は『毒』をはじめとした状態異常を防ぐ効果がある。地味ではあるが、ダンジョンでは下層に行けば行く程状態異常を与えてくるモンスターが増えてくる。あって困るものではない。

 次に『狩人』は、対モンスター専用の『発展アビリティ』だ。一度交戦し【経験値(エクセリア)】を獲得した事のある同種のモンスター戦に限り、能力値(アビリティ)が強化される。尚、この『狩人』はLv.2への【ランクアップ】の時にのみ候補として出る。その条件は、短期間のうちに大量のモンスターを撃退するというものであり、達成するのは難しい。冒険者達のみならず神々からも非常に人気の高い。ベルの場合は恐らく、ダンジョン7階層で発生した異常事態(イレギュラー)、『怪物の宴(モンスター・パーティー)』が起因となっているのだろう。

 どっちも捨て難いと思いつつ、エイナは三つ目を尋ねた。

 

「もう一つは何かな?」

 

「あー、いや、何て言ったら良いのかな……」

 

「……?」

 

 珍しく、ベルは非常に言いづらそうにしていた。

 一呼吸置いて、おもむろに口を開ける。

 

「……三つ目は、『禍福(かふく)』だ」

 

 何だそれは、とエイナは思った。

 管理機関(ギルド)に勤め、それに慢心せず日々勉強を重ねているエイナでさえも、その名前には聞き覚えがなかった。

 単語としての意味なら知っている。

 

 禍福──不運と、幸運。真逆の二つの意味を内包している。

 

 ベルの気持ちが分かった。

 なるほど、確かにこれは得体が知れない。

 どのような『発展アビリティ』なのか、想像もつかない。

 

「……ヘスティア様は何て仰っているの?」

 

「言葉の意味そのまま……『不運』と『幸運』。二つの事柄が起こり得るだろう、と。この『禍福』は私そのものだとも言っていたな。それ以外の事は分からないそうだ」

 

「そっか……」

 

 つまり超越存在(デウスデア)たる神であっても、この『発展アビリティ』は『未知』に分類されるという事か。

 熟考する。

『不運』とは、何か。

 そして、『幸運』とは何か。

 

「……私の考えを言っても良いかな?」

 

「ああ、是非聞かせて欲しい」

 

 ベルが頷いたのを確認し、エイナは持論を展開する。

 

「私はこの『発展アビリティ』を取るべきではないと思う。どんな効果があるのか想像出来ないから」

 

「特に」と、エイナは続けて言う。

 

「『不運』って言うのが、私には不気味に思えてならない。度合いにもよるけれど、もし、命の危機に直結するような物だとしたら……この『発展アビリティ』を所持する事がリスクになる」

 

 迷宮(ダンジョン)探索に於いて、冒険者達に襲い掛かるダンジョンからの悪意──異常事態(イレギュラー)

 もしこの『不運』がそれにまで影響を与えてしまうのなら……そう考えるだけで、エイナはゾッとする。

 

「私のスタンスは変わらないよ──『冒険者は冒険をしてはならない』」

 

 口にし、言葉にこそしていないが。

 正直に言うならば、エイナはベル・クラネルの【ランクアップ】を手放しに喜べられない。

 飛躍的に強く、強くなろうとする、少年。

 ()()が憧れ、焦がれている『英雄』への道筋なのだとしたら。

 エイナ・チュールは、それが『破滅』に繋がっているのではないかと疑ってしまう。

 だが、しかし。

 これは、エイナ・チュールの物語ではない。

 これは、ベル・クラネルの物語だ。

 

「でも。君は多分、これからも様々な出来事に首を突っ込んで、そして、巻き込まれるんだと思う。その先に、君の思い描く『英雄』が在るのなら、君は躊躇しないんだろうね」

 

「エイナ嬢……」

 

「その時。()()()()()()、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『不運』も『幸運』も、同じ『運』である事に変わりはない。結局の所、捉え方次第でしかない。

 そして、エイナ・チュールはベル・クラネルに言った。

 

「どの選択も、間違っていないよ。だから、無責任に聞こえるだろうけど、君自身が選んで。私に言えるのは、これだけかな」

 

 

 

 

§

 

 

 

 エイナと別れ、ベルは居候先である『青の薬舗』へ戻った。

 ナァーザと一緒に、薬品棚の整理を手伝っていたリリルカがベルの帰宅に気が付く。

 

「お帰りなさいませ、ベル様。それで、ギルド職員は何と仰っていましたか?」

 

「うん、為になる助言を貰えたよ。ヘスティアは居るか?」

 

「ええ、奥に。ミアハ様と一緒に、何やら作戦会議を開いています」

 

「そうか、ありがとう」

 

 リリルカに礼を言い、ベルはナァーザにも一声掛けてから奥の居住エリアに入った。

 薄暗い廊下を進み、リビングに行く。そこではリリルカの言った通り、ヘスティアが真剣な表情を浮かべてミアハと話し合っていた。

 

「ただいま」

 

「おお、お帰りベル君!」「うむ」

 

 女神と男神に迎え入れられる。

 

「何を話していたんだ?」

 

「この後の神会(デナトゥス)について、ちょっとね!」

 

 そう言ったヘスティアは、グッと握り拳を作る。

 

「安心してくれ、ベル君! ボクは眷族(むすこ)の為ならどんな労力も厭わないぞ! なあ、ミアハ!?」

 

「私も出来る限り協力しよう。あとはヘファイストスや、タケミカヅチと戦線を張れば、何とか戦えるだろう」

 

「負けない! ボク達は絶対に負けないぞー!」

 

 ベルには二柱の神々が何を言っているのかさっぱり分からなかったが、追及するのを控えた。

 

「それで? アドバイザー君とは話せたのかい?」

 

「ああ。流石エイナ嬢だな、私にはない視点を持っていたよ」

 

「そうか。その様子なら、仲直りも出来たみたいだね。良かった、良かった」

 

 ヘスティアが何度も頷く。

 

「ヘスティア、【ランクアップ】の更新をお願いしたい」

 

「分かったよ。ミアハ、そういう訳だから、出発するのはもう少し後でも良いかい?」

 

「無論だ。時間はまだある。ゆっくりと行えば良い」

 

 ミアハに見送られ、ベルはヘスティアと一緒に二階の寝室へ行った。

 簡素なベッドの上で、ベルは上着を脱いだうつ伏せの姿勢で横になる。

 

「それじゃあ、最終確認だ。発現させる『発展アビリティ』は何だい?」

 

 その質問に、ベルは答えた。

 

「──『禍福』」

 

「分かった」

 

 そして、ヘスティアは自身の神血(イコル)を眷族の背に一滴垂らし、手を動かし始める。

 厳粛な儀式はすぐに終わった。

 ヘスティアがベルに、優しく声を掛ける。

 

「おめでとう。これで君は、たった今からLv.2だ」

 

「……何か、あまり実感がないな。もっとこう、力が身体から溢れるみたいな展開を期待していたのだが」

 

「期待に添えなくてごめんね。でも、『器』が昇華したのは間違いないさ。まあ、モンスターと戦えば否応なしに実感出来るだろうさ。それこそ、制限時間(タイムリミット)がある君の二刀流も、それが緩和していても可笑しくないくらいにね」

 

 ヘスティアはそう笑った。

 そして、黒色のインナーに腕を通したベルに、【ステイタス】を写した羊皮紙を渡す。

 上から順番に目を通したベルは、ある一点で深紅(ルベライト)の瞳を留めた。ガバッと顔を上げ、主神に尋ねる。

 

「これは、まさか……本当に!?」

 

「ああ、本当だよ。そこに書かれている通り、『発展アビリティ』とは別に『スキル』も発現した」

 

 その『スキル』の名は、【神話継想(リ・プロローグ)】。

『英雄』達が繰り広げてきた『英雄神話』。

 それを受け継ぎ、次代へ繋いでいくというベル・クラネルの強き想いが、開花した。

 

 

 

 

§

 

 

 

 ベル・クラネル

 Lv.2

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

 禍福:I0

 

《魔法》

【アナスティスィス・イロアス】

 ・詠唱式及び効果は省略

 

《スキル》

神話継想(リ・プロローグ)

 ・能動的(アクティブ)行動に対するチャージ実行権

 

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