さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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神会(デナトゥス)

 

「胃が……胃が痛い……」

 

 すれ違う街の人々がギョッと目を剥いているのにも気にせず、ヘスティアはメインストリートを歩いていた。

 そのヘスティアの横には、群青髪の貴公子然とした男神、ミアハが居る。

 

「気持ちは分かるがヘスティア、まだ目的地にすら辿り着いていないぞ。しっかりしなければなるまい」

 

「そ、そうは言うけどさ……」

 

 呆れた様子のミアハに、ヘスティアは力無く答えた。

 ヘスティア達の目的地は、天を衝く巨塔──バベルである。

 この摩天楼施設にて、神会(デナトゥス)が開かれるのだ。

 

「ベルに相応しい『二つ名』を用意すると、あれだけ息巻いていたではないか」

 

「もちろんだ! 女神に二言は無ぁい! だがそれはそれ、これはこれなのさ!」

 

「……そうか。まあ、其方の決意が揺らいでいないのであれば、私は一安心なのだが」

 

 会話をしながら、緩慢とした足取りで歩く事、実に数分。ヘスティアとミアハは大通りから中央広場(セントラルパーク)へ出る。

 見上げるだけで首が曲がりそうな巨塔(バベル)をヘスティアはキッと毅然とした表情で見据えると、ふんす、と気合いを入れた。

 

「それじゃあミアハ、作戦通りに頼むぜ!」

 

「委細承知した」

 

 そう言うと、ミアハは先に摩天楼施設の中に入っていった。

 

「負けられない戦いが、ここにはある……!」

 

 ヘスティアはそう呟くと、眷族(むすこ)が臨んだように、自身もまた『冒険』に臨むのだった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 神会(デナトゥス)とは元々、一部の神々が退屈しのぎに企画したただの集会に過ぎなかった。

 神々が天界から下界に降臨し、『古代』から『神時代』に移ってから、千年。

 最初こそ神々は自派閥の地盤築きに専念し、実力を付けることを最優先としていたが、それも時の流れと共に解決するようになっていった。

 つまり、暇を持て余す神が現れ始めたのである。

 それは一柱、二柱、三柱と出てくるようになり、彼等は同郷の者同士で集まるようになり、些細な事を話すようになったのだ。

 そして、その集会は参加する神が増え始めると、必然、規模も広まり、明確な目的を持つようになる。

 ただの雑談から、情報共有の場へ。

 それこそが、神会(デナトゥス)

 一部の有力派閥の主神のみが参加する事を許された、有名無実ではあるが諮問機関である。『世界の中心』である迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオでの()()は、文字通り、世界にすら影響を及ぼしかねない。

 

「おっすおっす。お久ー」

 

「お前ん所の眷族()、今回は確か【ランクアップ】してなかっただろ。って言うか、来るのもほんとに久し振りだな。暇潰しか?」

 

「風の噂でよ、フレイヤ様とイシュタル様が参加するって聞いてよー。男神(おとこ)なら出るに決まってんだろ」

 

「そりゃそうだな」

 

 神会(デナトゥス)は巨塔、地上三十階が会場となる。

 一つの階を丸々使って改装されたこの大広間は、一切の仕切りが取り払われ、太く、長大な列柱が整然と並び天井を支えていた。

 そして空間の中央にあるのは、巨大な円卓。この場に於いては、天界にあった神の序列はなく、公平な身分である事を表している。

 円卓以外には何も設置されていない。奥の壁際には巨大な硝子が張り巡らされており、その荘厳さは神殿のようでもあった。

 

「あれ、ミアハじゃん。お前も暇潰しかー?」

 

「うむ、そのようなものだ」

 

「お前ん所、昔はディアンケヒトと同等だったのになー。今じゃ最低等級(ランク)の零細派閥か。ねえねえ、今、どんな気持ち? 教えてくれよぅ」

 

「昔は昔だと割り切っている。其方をはじめとして、良き友神(ゆうじん)にも恵まれている。無論、眷族(むすめ)にも。恵まれている事に感謝すれど、そのような事を思う訳がない。それに、今はこれでも客人も居る身でな。毎日楽しく過ごしているぞ」

 

「ちぇっ、相変わらずのイケメン回答だなー」

 

 詰まらなそうに口を尖らす友神に、ミアハは苦笑を浮かべた。

 神会(デナトゥス)が始まるまで、残り数分を切った。今回の参加者は殆ど出揃っていると言って良い。

 その数、三十を超える。

 

「ミアハ」

 

「おお、ヘファイストスではないか」

 

 ミアハに声を掛けたのは、鍛冶神ヘファイストスだった。燃えるような紅髪に、右眼には眼帯をしている。都市を代表する鍛冶系【ファミリア】、【ヘファイストス・ファミリア】の主神である。

 

「調子はどうかしら?」

 

「程々であるな。だが、私には程々くらいがちょうど良いのだろう。不満は全くない」

 

「そう。それなら良かったわ」

 

 ヘファイストスが微笑んだ。それに、ミアハも笑い返す。

 そして二柱に近付く神が、もう一柱。それに気付いたミアハは、「おいおい、どうした」と心配そうに声をかけた。

 

「タケミカヅチ、まるで先程のヘスティアのようだぞ」

 

「……そりゃ、そうだろ。俺もヘスティアも、今回は自分の眷族(こども)の命名式があるんだ。ましてや俺達は弱小派閥。考えただけで胃が痛くなる」

 

「武神とまで呼ばれている其方らしくない。ほれ、胃薬だ。飲むが良い」

 

「ありがとう。世話になる」と頭髪を角髪にした男神、タケミカヅチはミアハにお礼を言った。

 ミアハ、ヘファイストス、タケミカヅチの三柱には元々天界の頃から交流があり、今回の神会(デナトゥス)に於いてもグループを作る腹積もりでいた。

 

「それでミアハ、ヘスティアは何処? 聞く所によると、何でも本拠(ホーム)が崩壊して、今は貴方の所で居候しているって言うじゃない」

 

「ま、マジかよ……。ヘスティアあいつ、ホームレスなのかよ……」

 

 ヘファイストスの言葉に、タケミカヅチが引いた様子を見せる。

【ファミリア】にとって、本拠(ホーム)とはそれだけ特別なのである。

 

「うむ、その通りだ。だが心配する事はない。先程も言ったが、楽しくやっているのでな」

 

 ヘファイストスの心配は杞憂だと、ミアハは断言した。

 

「……そう、なら良いけれど。それにしても、何故ヘスティアは私じゃなくて貴方を頼ったのかしら……。もしかして、廃教会を用意したのを根に持っているのかしら。でもそれは、あの子の自立を促す為であって私だって苦渋の決断だった訳で……」

 

 モゴモゴとヘファイストスは口を動かす。

 ヘファイストスにとって、ヘスティアは自分を救ってくれた掛け替えのない存在である。向ける感情は、女神らしく重い。

 タケミカヅチが脱線し掛けている話を戻す。

 

「そ、それでだ! ミアハ、ヘスティアは結局何処に居るんだ? このままじゃ、神会(デナトゥス)が始まっちまうぞ」

 

「心配には及ばない。ヘスティアは必ず来る。私達は神友が来た時、あたたかく出迎えてやるだけで良い」

 

「つまり、何か考えがあるって事か?」

 

「うむ」

 

 ミアハが力強く頷くと、タケミカヅチは「そうか、分かった」と引き下がった。

 しかし、ヘファイストスは納得しない。

 

「私の女神としての直感が囁いてくるわ。あの子、とんでもない事を考えているのでしょう。ねえ、そうなんでしょう、ミアハ」

 

「さて、どうかな」

 

 涼し気な顔で惚けるミアハを、ヘファイストスは紅蓮の瞳で睨み付けた。

 そして、一柱の女神が「そんじゃ、そろそろ始めるでー」と席から立ち上がった。

 神々からの視線が集まるのも気にせず、その女神──都市最大派閥を率いる主神、計略の女神ロキは堂々とした態度で宣言する。

 

「第ン千回、神会(デナトゥス)を始めさせて貰います。今回の司会進行役はうちこと、ロキや! よろしゅうなー!」

 

『イエー!』と、口笛と喝采が起こる。大盛況である。

 

「なあなあ、今回は何でロキが司会進行役なんだ?」

 

 一柱の男神が、挙手をして尋ねた。

 その質問に、ロキは糸目がちな瞳を笑みの形にして答える。

 

「うちの眷族()ら、今遠征中でなー。暇だから引き受けたんや。うち、あんまし務めた事ないしな」

 

 質問者の男神は、「なるほどな」と頷いた。

 そして他の神々が、ロキへ言葉を送る。

 

「遠征の報告、期待してるぞ!」

 

「そろそろ、時代をもう一つ前に進めようぜ!」

 

【ロキ・ファミリア】の主戦力が現在ダンジョン『深層』へ向けて遠征中である事はこの場に居る神全員が認知しており、嘗ての二大最強派閥(ゼウス・ヘラファミリア)を超える事を期待している。

 ロキはニヤリと笑うと、自信満々に頷いた。

 

「よし、時間は有限や。まずは、情報交換から──」

 

 司会者の役割に務めようとしていたロキだったが、途中で中止した。

 会場唯一の出入口の扉。そこから、ノック音がした為だ。

 他の神々も異変に気が付き始める中、再度、控えめなノック音が出される。

 

「おいおい、誰だよ。仮にもこれは神会(デナトゥス)だぜ? もし此処が天界だったら、不敬者には天罰を与える所だぜ」

 

「マジそれな。あーあ、何だか一気にシラけたわ」

 

「けどよ、おかしくね?」

 

「可笑しいって、何がだよ」

 

「俺も同意見。神会(デナトゥス)中は終わるまで誰も中には入れないようになっているし、扉の傍にはギルド職員が控えている筈だろ? 下手な事をすれば神々(おれたち)の怒りを買う事だなんて、少し考えれば分かるだろ」

 

「たし(かに)な。それはそうと、この前蟹食ったんだけど、めっちゃ美味かったわー」

 

「何その話詳しく」

 

 円卓がざわつき始める。中には全く違う神も居り、神会(デナトゥス)は早速混沌(カオス)と化そうとしていた。

 しかし、司会者であるロキがそれを見過ごさない。パン! と一度大きく手を叩き、注目を集める。

 

「うちが確認する。それでええやろ」

 

 そう言うと、ロキは扉の取手を摑むと少しだけ開けた。

 

「一体何事や……──ジブン、何で此処に居るねん」

 

 驚愕の声を上げる、ロキ。普段は驚かせる側の存在である彼女のその様子に、他の神々も巫山戯るのをやめる。

 異様な静寂が空間を包む中、ヘファイストスがミアハに囁いていた。

 

「ちょっと、ミアハ! まさかだけど──」

 

 しかし、ヘファイストスの言葉は司会者の言葉によって遮られる事となる。

 らしくなく、真剣な表情を浮かべたロキは所定の位置に戻ると、ぐるりと周りを見渡しながらこう言った。

 

「みんな、神会(デナトゥス)は始まった! ただ、この円卓にもう一柱加わる事を許して欲しいんや!」

 

「はぁ?」「何だよそれ?」「遅刻したって事か?」

 

 再びざわつき始める会場。

 ロキは慌てて収めようとするが、それよりも、他の女神による美声の方が早かった。

 

「私は良いと思うわ。この神会(デナトゥス)に参加する条件はただ一つ。即ち、『その神が率いている派閥に、上級冒険者が一人でも居る事』だもの。その条件さえ満たしているというのなら構わないでしょう」

 

【ロキ・ファミリア】と双頭をなす、【フレイヤ・ファミリア】主神、美の女神フレイヤがそう発言する。

 

「フレイヤ様が良いって言うなら」「同じく」「まぁ、遅刻はするなと思うけどな」「以下同文」

 

 他の神々、特に男神も口々にフレイヤに同調する。彼等にとって遅刻してきた神はどうでも良く、美の女神のご機嫌取りの方が遥かに重要なのだ。尤も、他の女神からは呆れられているが。

 

「みんな、ありがとうな! そんじゃあ──ええで!」

 

 司会者に促され、扉が徐々に開いていく。

 果たして。

 そこに居たのは、一人の妖精だった。たっぷりと膨らんだ腹部に、叡智を宿した翡翠色の瞳。管理機関(ギルド)のスーツ姿を着込んでいるのは、ギルド長──ロイマン・マルディール。

 

「ロイマンじゃん」

 

「ロイマンだな」

 

「ロイマンがどうして此処に?」

 

「まさか創設神(ウラノス)が動いたのか?」

 

「まさか」

 

「あいつは『祈祷(きとう)()』から動けないだろ」

 

「それな」

 

「下手に動いたら、それこそ大変な事になっちまうしな」

 

「じゃあ何でロイマンが此処にいるんだよ」

 

「さあ」

 

「知らん」

 

「ロイマン、顔色悪そうだな。まぁ無理もないが」

 

「可哀想に」

 

神々(おれたち)からじっと見られたら、そりゃそうなるわな」

 

「憐れなり、ロイマン」

 

 好き勝手に言う、神々。

 ロイマンは誰の目から見ても分かる程緊張していた。これだけの神に囲まれるというのは、ギルド長であってもそんな頻発に起こる事ではない。

 

「神々よ、ギルド長ロイマン・マルディールです」

 

 ロイマン・マルディールは優秀である。震えそうになる唇を動かし、確かな言葉を紡ぐ。

 好奇と奇異の眼差しを一身に浴びながら、ギルド長は深く頭を下げる。

 

「本来であれば、この神会(デナトゥス)超越存在(デウスデア)たる神々のみが参加出来る集会。それは無論、私も存じております。しかしながら、今回だけはどうかお許し下さい」

 

 最敬礼を終えたギルド長に、ロキが尋ねる。

 

「前置きはええ。それで、ロイマン。どないして、ジブンが此処に来たんや? うちらは、それを知りたいんや」

 

「そうだそうだ」と他の神々も追随する。

 ロイマンは一度頷くと、端的にこう言った。

 

「つい先日──新たな、『英雄候補』が誕生しました」

 

 ぴくり、と反応を示したのはどの神か。

 この場に居る神々全員が真剣な表情を浮かべる。そして一柱の男神が、ギルド長に確認する。

 

「それはつまり、此処に居ない(やつ)派閥(ファミリア)から、他の神(おれたち)が認める程の『偉業』を成し遂げた子供が居るって事か?」

 

「仰る通りです」

 

「へえ、そりゃあ、めでたいな。だが解せないのが、一つ。そんな事はこの千年の間に何度も起こってきた事だ。だがギルド長のお前が直々に紹介するだなんて、中立を謳っている管理機関(ギルド)の理念に反していると思われても仕方のない事だ。──そいつは、余程の『偉業』を成し遂げたのか?」

 

 神の瞳に射抜かれたロイマンは、緊張した面持ちで、しかしゆっくりと頷いた。

 そして、司会者たるロキが問い掛ける。

 

「その『偉業』は、何や?」

 

「Lv.1によるミノタウロスの討伐、でございます」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 文字通り、会場が、爆ぜた。

 熱気が空間を包み込み、神々は顔を見合わせ、意見を交わす。

 

「おいおい、マジかよ。そんな奴が居るのかよ?」

 

「Lv.1で、あのミノタウロスを倒しただとぅ? 俄かには信じ難い話だぜ」

 

「でも超越存在(デウスデア)たる神々(わたしたち)には、それが嘘でないと分かる。少なくとも、ロイマンは嘘を吐いてないわ」

 

「パーティを組めば、あるいは、と言った所か? けどミノタウロスは、Lv.3でも油断すれば余裕で返り討ちに合うしなぁ」

 

「『偉業』である事は間違いないでしょう」

 

「そりゃ、『偉業』だろうさ。『偉業』なのは間違いないだろうが……そんな奴が、まだ居るだなんてなぁ……」

 

 彼の猛牛の恐ろしさを、その強さを、神々は知っている。

 あれは、Lv.1の冒険者では逆立ちしても敵わない相手である。

 だがそれは、通常ならの話である。

『未知』に期待を膨らませ、一柱の女神がロイマンに尋ねた。

 

「その子の名前は? そして、その子の主神(おや)は誰なのかしら?」

 

「名は──」

 

 ロイマンが答える、その直前。

 ロイマンの後ろから、元気な声が出た。

 

「おっと、ギルド長君。ここからはボクの出番だぜ」

 

 そう言って、一柱の小さな女神が現れる。

 艶のある漆黒の髪を二つに結わえ、その幼い身体には不釣り合いな大きな胸を揺らしながらロイマンの横を通り過ぎると、彼女は会場の中央に立った。

 誰もが、予想だにしていなかった新たな新参者に驚きの色を浮かべる中、ヘファイストスがその女神の名前を叫ぶ。

 

「ヘスティア!」

 

「やぁ、ヘファイストス。今日は宜しく頼むよ。それにしても、君は相変わらず綺麗だね」

 

「そんな事はどうでも良いわよ! あ、あんた! 自分が何をやっているのか分かっているの!?」

 

 ヘファイストスの言う通りであった。

 会場の喧騒は最高潮に達し、却って、不気味な静寂が支配するようになっていた。

 ある神は口々間抜け面を晒し、またある神は興味深そうに好奇の眼差しを向け、またある神は意地の悪い笑みを浮かべ、またある神は純粋に歓迎する。

 数多の神意が渦巻く、神会(デナトゥス)

 ヘスティアはにこりと笑うと、円卓を見回して、普段の彼女らしくなく、厳粛な口調でこう言った。

 

「【ヘスティア・ファミリア】主神、炉の女神ヘスティア。眷族が昇格を果たした事を、この場に居る全ての神に報告する。そしてどうか、()神会(デナトゥス)への参列を認めて頂きたい」

 




次話予告──『命名式』

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