さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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命名式

 

 ざわめく『神会(デナトゥス)』会場。円卓を囲む神々が顔を見合わせ己の意見や感想を口にする中。

 計略(けいりゃく)の女神が、動いた。パン! と手を叩き、大きな音を出した女神は、司会者として、()の女神へ問うた。

 

()の女神ヘスティア、その言葉に、嘘偽りないな?」

 

「ああ。私の真名(しんめい)に誓って」

 

「……ええで。この場に加わる事を計略の女神たるうちが認めたる。──他の(やつ)も、それでええな?」

 

 ロキの確認に、他の神々は慎重に頷いた。

 ロキは溜息を吐くと、ヘスティアに、席に腰掛けるよう声を掛けた。ヘスティアはほんの僅かに出していた神威を収めると、神友が集まっている所に近付いた。そして、ヘファイストスの隣に座る。

 

「ア、アンタねぇ……! 何度私の肝を冷やせば良いの!?」

 

「ご、ごめんよぅヘファイストス。だけどこうすれば、先手は打てるだろ?」

 

「そりゃあ、そうだけど……」

 

 口篭るヘファイストスに、ヘスティアは「心配してくれてありがとう」と笑い掛けた。

 それからヘスティアは、司会者に視線を送る。

 ヘスティアをこの場に案内したギルド長ロイマンに、退室を命令していた所だった。

 

(今回の司会者がロキで良かったな。とはいえ、ロキだからこそボクはあの振る舞いが出来たんだけど……)

 

『ミノタウロス上層進出事件』の被害者である【ヘスティア・ファミリア】は、【ロキ・ファミリア】に対して『貸し』がある。

 これくらいの事であれば、計略の女神たるロキが自分を庇ってくれると、ヘスティアは確信していた。

 

「──そんじゃあ、ドチビの所為で時間が押してるからな、『神会(デナトゥス)』再開するでー。まずは情報交換からや」

 

 司会者の進行に、参加している神々は落ち着きを取り戻す。思う所はあれど、後回しで構わないと判断したのだ。

 一柱の男神が、挙手する。注目を集めた男神はテンション高く言った。

 

「何でも最近、俺達の聖女が慈善活動(ボランティア)を始めたそうです! 冒険者、市民、そして神々(おれたち)を問わず人気が大爆発中!」

 

『何だって────────────────ッ!?』

 

「マジか」

 

「俺達の聖女が」

 

「聖女が!?」

 

「誰がお前達の聖女だ!? アミッドは儂の眷族だ!?」

 

「あっ、それ俺知ってる。不定期で回復薬(ポーション)を配っているんだよな。眷族が貰ったって言ってた」

 

「私の眷族もよ。それにしても、初めて聞いた時は驚いわ。ディアンケヒト、お金にがめつい貴方がよく許したわね?」

 

「儂は許可など出しておらんッ! アミッドが勝手にやってる事だ! 儂は何回も、やるなら金を取るように言っている!」

 

「えっ。それって、何?主神(あなた)の無許可って、事?」

 

「そうだと言っている!」

 

「草。つまりアレか、反抗期って奴か」

 

「笑。良かったなぁ、ディアンケヒト。可愛い眷族の反抗期だぞぅ。もしかしたらそのうち、『主神(おとうさん)とは一緒に洗濯出来ません。別々でお願いします』とか言われるかもしれんぞ?」

 

「な、何だと……!? っていや、違う! 元々別々だ!」

 

「そんな事知ってるよ。寧ろそうだったらドン引きだよ。それにしても、随分と手を焼いているようだなぁ」

 

「……そうなのだ。最近は特定の冒険者の肩を持つような真似もしていてな……なぁ、儂はどうすれば良い? 眷族にどう向き合えば良い? 今までも【ファミリア】の運営方針で意見が対立する事はあったが、今回ばかりは初めてのパターンでな……」

 

「おっと、ガチめの悩み相談が始まったぞ」

 

「ねえ、ディアン。その特定の冒険者って、もしかして、男の子?」

 

「ああ、そうだが」

 

「「「キャ────!」」」

 

「ねえねえ!」

 

「ええ!」

 

「そうよね、それしか考えられない!」

 

「「「ディアンケヒト、それって、恋よ!」」」

 

「何ィイイイイイイイイイイイイイ!?」

 

「俺達の聖女が、恋!?」

 

「そんなぁ、あんまりだぁ!」

 

「認められない! 認めたくない!」

 

「わ、儂は認めんぞ! 絶対に認めん! あんな冴えない男子(やつ)に、儂の眷族(アミッド)を任せられるかぁ!」

 

「そのうちアミッドちゃん、お前の所にその冒険者を紹介に来るかもな。『私、この方とお付き合いをしています』とか言ってな」

 

 最初の情報交換から、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。話題の人物たる【戦場の聖女(デア・セイント)】の人気が窺えると言えるだろう。

 男神は悲鳴を上げ、女神は黄色い声を上げ、そして主神たるディアンケヒトは頭を抱えて叫んだ。

 そしてヘスティアは、その情報に物凄く心当たりがある。何だったら心当たりしかない。

 だが今その事を口から洩らしたら、先程よりも注目を集める事は想像に難くない。

 

本拠(ホーム)に戻ったら、派閥会議だ」

 

 目が据わる、ディアンケヒト。そんな彼は、一瞬、ヘスティアに視線を送った。

 ヘスティアは全力で気付かない振りしつつ、自身の眷族を脳内でぽかぽかと叩いた。

 

「ディアン、ご愁傷様! 結婚式には呼んでくれよ! ──そんじゃあ、次は俺だ! あとほんの数日後には【神月祭(しんげつさい)】が開催される訳だが、アルテミス様はまだ迷宮都市(オラリオ)に来てないのか? 姿を見ていないんだが」

 

「それ俺も思ってた。そろそろ現地入りしないとマズいだろ」

 

「なんか、アルテミスらしくないよな。いつものアルテミスなら、余裕を持って行動しているだろ」

 

「そうねえ。あの生真面目が服を着ているようなアルテミスがねえ」

 

「何かあったのか? 誰か知ってる(やつ)居る?」

 

「ああ、その事ならアルテミスから言伝を貰っているよ。何でも都市までの道中、眷族が体調を崩してしまったらしい。ギリギリにはなってしまうだろうが、必ず来るそうだ」

 

「そうか、それなら良いんだが。ところで、何でお前が知っているんだよヘルメス?」

 

「同郷だし、知っての通り、俺は旅神だからね。それに今回の【神月祭】は俺の派閥(ファミリア)も関わらせて貰っているから、内部事情には詳しいのさ」

 

 そう言って笑う、旅神ヘルメス。

 

(ヘルメスか。随分と久し振りに顔を見るなー)

 

 そこで、ヘスティアは思い出す。下界に降りてからは、初めてだ。

 同郷ではあるが、彼とはあまり接点がない。とはいえ、教会に年がら年中引きこもっていたヘスティアの交友関係は、決して広いとは言えないのだが。

 

「はい、それじゃあ、次! 挙手してなー」

 

「俺が、ガネーシャだ!」

 

 次に手を挙げたのは、象の仮面を被っているガネーシャだった。

 ロキは「はいはい、ガネーシャガネーシャ」と適当に返してから、発言を促す。

 

「まずは、この場を以て改めて謝罪をさせて欲しい! 『怪物祭(モンスターフィリア)』では迷惑を掛けた! そして、感謝を! お前達のおかげで民衆は被害に遭わなかった!」

 

「そうは言ってもなぁ、俺の派閥、何もしてないし」

 

「それな。ロキの所が殆ど脱走したモンスターは倒しちゃったしな」

 

「まあ、捕獲していたモンスターの管理はしっかりしろよとしか言えないな。最初、『暗黒期』の再来かと思ったぜ」

 

「おいやめろ。嫌な事を思い出させるんじゃない」

 

「事実だろ」

 

「犯人はまだ見付かってないんだろ? もし闇派閥(イヴィルス)の生き残りだったら、面倒だよなぁ」

 

「『絶対悪』は天界へ送還したし、それなりの数の邪神も送還したけど、生き残りはまだ居るもんなぁ。こんな時、正義の女神(アストレア)が居れば、どんなに良かったか」

 

「やめなさいよ。それはもう、過去の話。今はもう、居ないのだから」

 

「そうだけどさぁ」

 

 七年前の『暗黒期』を知っている神々が、口々に言う。

 ヘスティアは隣のヘファイストスに小声で尋ねた。

 

「ねえ、ヘファイストス。『暗黒期』って、そんなにヤバかったのかい?」

 

 つい数ヶ月前に下界に降りてきたヘスティアは、現在の世界情勢に疎い。

 当時の出来事をその紅い瞳で見てきたであろう鍛冶神は、声を低くして言った。

 

「ヤバいなんてものじゃないわよ。私の眷族()も先の大戦で、何人も倒れたわ」

 

「……そっか」

 

 同情や共感を、ヘスティアはしなかった。それが冒涜に繋がると、炉の女神は知っている。

 

「来年はやるのか?」

 

「うむ! そこは管理機関(ギルド)と検討中だ! だが俺としては、やりたいと考えている!」

 

「ガネーシャ、それは何故? 【群衆の主】を標榜する貴方らしくないじゃない。他ならない貴方が知っているでしょう? モンスターが恐ろしいと、小さな男子(おのこ)女子(おなご)が泣いているのを、私は何人も見たわ。正直言って、理解に苦しむわね」

 

「批判も覚悟の上だ!」

 

「おいおい、どうしたガネーシャ。女神(そいつ)の言う通り、お前らしくないぜ。はっきり言ったらどうなんだ?」

 

「何をだ!?」

 

「単純明快だろ。ストレスが溜まりがちな市民達の為の『パンとサーカス』。表向きの理由がこれで、『怪物祭(モンスターフィリア)』の発案は管理機関(ギルド)。そしてお前の派閥は協力している。少し考えれば分かるさ──創設神(ウラノス)()()()()()()()()()()()()()?」

 

「黙秘する!」

 

 二の腕を組み、ガネーシャは堂々と宣言した。これには他の神々も呆れるしかない。

 ガネーシャは席から立ち上がると、円卓を見回しながら訴えた。

 

「全てを明かす事は出来ない! だが俺には、これからの世界には()()が必要だと考える!」

 

「随分と好き勝手言うのねぇ、ガネーシャ。困ってしまうわ」

 

「うむ、すまない! だが、俺は神だ!」

 

「そう言われると、何も言えないわね」

 

 他の神々もその言葉に首を縦に振る。

 自分の好きなように振る舞う。それこそが、神が神たる所以。

 そう言う意味では寧ろ、象神は誠意を見せていると言える。

 

「まあ、『怪物祭(モンスターフィリア)』についてはまたそん時に考えればええやろ」

 

 司会者(ロキ)の言葉に、他の神々は頷く。

 その結果、『怪物祭(モンスターフィリア)』を今後開催するか、あるいは中止するかは保留となった。

 ガネーシャが「すまない! ありがとう」と頭を下げる。

 

「はいはい、それじゃあ続いて、ちと真面目な話を!」

 

「うん、喋ってみぃ」

 

「何でも、王国(ラキア)がまた性懲りもなく迷宮都市(オラリオ)へ攻め込もうと準備をしているらしい」

 

 その言葉に、他の神々は顔を顰めた。

 

「あいつもほんと懲りないよなー」

 

「何であの(バカ)に子供達がついて行くのかさっぱり分からん」

 

「そりゃあ、馬鹿だからだろ。それにどこか憎めない性格をしてるしさ。ああいうのを好きな子供達は多くいるだろうな」

 

「実際、国民からはめちゃくちゃ慕われてるみたいだしな。流石、国家系【ファミリア】と言った所か」

 

「あれで馬鹿じゃなかったらなー」

 

 王国(ラキア)迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオへ侵攻しようと企て、実行に移すのは今回が初めてではない。

 だが主神の軍神アレスは執拗(しつこ)いくらいに、迷宮都市(オラリオ)を落とそうとしてくる。

 

「もし来たとしても大丈夫だろ。迷宮都市(おれたち)には負ける訳がない」

 

「まあ、そうだな」

 

「そうね」

 

 この場に居る全員に、焦りはなかった。

 それ所か弛緩した空気さえ流れている。

 王国(ラキア)の軍隊を舐めている訳ではない。将軍の中には、『昇格』を果たした者も居る。

 だがそんな王国(ラキア)よりも、『世界の中心』たる迷宮都市(オラリオ)の抱えている冒険者達の方が強いというだけである。

 それは主観的ではなく、客観的な事実である。

 

「けどま、注意しておくに越した事はないな。恐らくうちとフレイヤんとこが駆り出されるやろ」

 

「あら、何故私まで? ロキだけで充分でしょう?」

 

 これまで一言発していなかった美神フレイヤが、美しいとしか形容出来ない美声を出す。

 多くの男神が骨抜きにされる中、ロキは「何言ってんねん」と突っ込んだ。

 

「普段から好き勝手やってるうちらや。管理機関(ギルド)は間違いなくうちらをこき使うに決まっとるやん」

 

「ふふ。それを自分で言ったら世話がないわね」

 

「黙らっしゃい」

 

 都市を代表する二大派閥。本人達にそのつもりがなくとも、他の神々は首を小さくし嵐にならない事を願うしかない。

 最初に折れたのはロキだった。「チッ」と舌打ちすると、司会の役割に戻る。

 その後、情報交換は順調に進んで行った。そのどれもが『世界』にとって重要な物であり、この場に居る神々全員がそれを理解している。

 

「──他に居る(ヤツ)は居るかー?」

 

 ロキは円卓を見回すと、満足そうに一度頷く。

 

「そんじゃあ、特に大事な事は二つやな。一つは、間近に控えている【神月祭】や。ヘルメス、必ずアルテミスは来るんやな?」

 

「ああ、約束しよう。旅神(オレ)の真名に誓ってね」

 

「ん、それならえぇ。うちはアルテミスが嫌いやけど、【神月祭】に月の女神が居ないのは困るからな。大々的に宣伝もしてもうてるし」

 

 続けて、ロキは言う。

 

「二つ目は、王国(ラキア)やな。ウラノスのジジイなら独自の情報網で知っとるかもしれんけど、報告しておくに越した事はないやろ。ここに居る(ヤツ)は、強制任務(ミッション)がいつ出されてもおかしくない心積りでいるようにな」

 

「「「了解」」」

 

 その返事に、ロキは笑って満足そうに頷いた。

 そして、ニヤッと笑うと、神会のメインイベントを告げる。

 

 

 

「そんじゃあ──命名式の始まりや!」

 

 

 

 緊張が円卓に走る。

 神会(デナトゥス)常連の神々はゲスな笑みを浮かべ、逆にこれまで口を閉ざしていた新参者は顔色を悪くする。

 命名式。

 それは【ランクアップ】を果たした者を称えると同時、その者に贈呈される『二つ名』を決める格式高い儀式である。

 神会(デナトゥス)の最も高い注目度が、これである。今も管理機関(ギルド)のロビーでは多くの人が集まり、貼り出されるのを待っているのだ。

 

「資料、配っていくでー。隣の(ヤツ)に渡していってなー」

 

 ロキが羊皮紙を回し始める。

 それは、ギルド職員が事前に制作した資料である。氏名、性別、種族、冒険者登録する際に写実された似顔絵、所属派閥、主武器、到達階層、そしてどのような『冒険』を乗り越えたのか等。そう言った、その人物の概要が書かれている。一冊の本と言えるかもしれない。

 ヘファイストスがヘスティアに声を掛ける。

 

「ヘスティア、大丈夫?」

 

「フッ、どうせボクは洗礼を受けるのが決まってるのさ。それなら精々、意地を張るさ」

 

「アンタのそういう所、嫌いじゃないわ。──タケミカヅチも見習いなさい。武神の名が廃るわよ」

 

「無理を言うな、ヘファイストス。お前のように、強い発言権が何も無い俺のような零細派閥にとって、この命名式は文字通り地獄だぞ」

 

 言い返す、タケミカヅチ。

 そこに、群青色の薬神、ミアハが窘めるように言った。

 

「確かにヘファイストスの派閥はそれなりの発言権がある。だが、ロキやフレイヤのようなものではない。我々のような商業系【ファミリア】では、探索(ダンジョン)系【ファミリア】には及ばないのが実情だ」

 

「そういう事よ。手は貸すけれど、あくまでも一票でしかないの。自分の眷族を守れるのは、他ならない主神でしかないわ」

 

「……そう、だよな」

 

 そして、資料が行き渡る。

 

「そんじゃあ、記念すべき一人目! セトのとこのセティっちゅう奴やなー」

 

「た、頼む! どうかお手柔らかに……!」

 

 眷族の主神が、懇願するように頭を下げた。

 そんな彼を、他の神々は嘲笑う。とてもイイ笑顔で死刑宣告する。

 

「「「断る!」」」

 

「ノォォォォォォォォォォォォ!」

 

 慟哭が響いた。

 何柱かの神が同情の眼差しを向ける中、多くの神は嬉々として『二つ名』を議論し始める。

 ──超越存在(デウスデア)たる神々と、下界の子供達の感性に大きな齟齬はない。

 だが、命名の感覚(ネーミングセンス)だけはその限りではない。

 神がおかしいのか、子が愚かなのか。

 神々が前衛的過ぎるのか、子供達の時代が追い付いていないのか。

 神時代になってから、千年。その真偽は未だ定かになっておらず。

 兎にも角にも、子供達が瞳を輝かせる裏で神々は身悶えてしまう『痛恨の名』が確かにある。

 そしてそれは、新参者の神々の所属している眷族に『洗礼』として送られる事が恒例行事となっていた。

 

「よっしゃ、決まりや! 冒険者セル・セルティ。『二つ名』は【暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)】や!」

 

「うわぁあああああああああああああ!?」

 

「「「HAHAHA! イテェエエエエエエエエエエ!」」」

 

『痛恨の名』を阻止出来なかった男神の嘆き苦しむ声。しかしそれを裏回る愉快犯の高笑い。

 それは『悲劇』か、あるいは、『喜劇』か。

 どちらにせよ、確実に言えるのは、目の前に混沌(カオス)があるという事である。

 

「これは、酷いね……」

 

 ヘスティアはドン引きした。

 数分後には自分も仲間入りするかもしれないと思うと、胃が痛くなる。

 

(いや待てよ。良くよく考えてみれば、あの子なら何でも喜びそうだな)

 

 寧ろ『痛恨の名』程テンションが高くなりそうな気がする。

 ──それからも混沌(カオス)はより広く、より深くなって行った。四つん這いになり苦渋の表情を浮かべる神々と、ゲス笑いを隠しもしない神々。

 無垢な子供達には到底見せられないなと、ヘスティアは心から思った。

 

「次は……おっ、めっちゃ可愛ええ。主神はタケミカヅチか」

 

 何人かの命名が終わり、次の番は、タケミカヅチの眷族だった。

 ヘスティアは、その横顔を伺い──そしてドン引きした。武神は大人気なく神威を出していた。極東に於いて最高位の彼は、プライドなんてものを捨て去ったようだ。

 

「名前は、ヤマト・(ミコト)ちゃんか」

 

「黒髪美少女キタコレ!」

 

「hshs」

 

「フヒヒヒ」

 

「この黒髪に埋もれたい。というか、ここまで『大和撫子』って言葉が合う娘も随分と久し振りじゃないか?」

 

「それな。最後は多分……七年前か……」

 

「ああ、【アストレア・ファミリア】の……」

 

「おい、やめようぜ。今はこの()の命名式だ。この()に向き合うのが、俺達の仕事だろうが!」

 

「そうだな。その通りだ。うん、それに正義の女神(アストレア)の眷族に比べたら、この命ちゃんは初心な気がする! 俺の神としての直感がそう言っている!」

 

「グヘヘヘ」

 

 男神達が気色の悪い笑みを浮かべる。

 そこで一柱の女神が言った。

 

「流石にこんなに可愛い娘に可哀想な事は……」

 

「うーむ、確かに。胸が痛くなる……じゃなくて、良心が痛むよな」

 

「うむ。そうだな。俺達のカスくらいしか残ってない良心が、訴えてくるな」

 

 審議する神々。

 

「た、頼む! 命は俺が手塩をかけて育てて来たんだ! 立派な『二つ名』を贈りたい!」

 

 アピールするまたとない機会(チャンス)だと思ったタケミカヅチが立ち上がりながら、強くそう訴えた。

 神会(デナトゥス)に於いて、『痛恨の名』を防ぐ方法は幾つかある。

 その一つ目は、上級冒険者を多数抱える事だろう。所属している上級冒険者の数はその派閥(ファミリア)の実力に直結している。【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】をはじめとした都市最高派閥、【ガネーシャ・ファミリア】のような有力派閥がこれに該当する。

 二つ目が、都市への貢献度だ。これは主に商業系派閥が関係してくる。日頃からお世話になっている派閥に、他の神々は失礼な態度を取れない。もしそんな事をしたら、結んでいる契約を切られる可能性がある為だ。

 三つ目は、事前に金銭を貢ぎ回るという事。だがこれを行うにあたって、法外な額を要求をされる事は日常茶飯事である。

 さて、それでは、ヘスティアやタケミカヅチのような新興派閥にそれらが出来るかと言えば──当然、否である。

 彼等に出来るのは精々が後ろ盾を作る事くらいである。

 そして、そんな彼等が『痛恨の名』を防ぐ為に出来る一番確率の高い方法は──眷族が気に入られる。これに限る。

 美男美女。

 或いは、『偉業』を何度も見届けてきた神々でさえも思わず興奮してしまうような、そんな、物語を綴った者。

 

「頼む、どうか!」

 

 一縷の望みをかける、タケミカヅチ。

 しかしそんな武神を、他の神々はとてもイイ笑顔を向けて言った。

 

「だがタケミカヅチ。テメーが駄目だ!」

 

「この天然ジゴロがぁ……!」

 

「女神だろうが子供達だろうがぞっこんさせやがって!」

 

「な、何言っているんだお前達!?」

 

『痛恨の名』を防ぐ為に出来る一番確率の高い方法は──眷族が気に入られる。

 同時に、『痛恨の名』を阻止出来ない一番確率の高い要因は──主神が嫌われている。

 これに尽きる。

 タケミカヅチはよくモテる。それはもう、よくモテる。それを、他の神々──男神達は決して許さない。モテない男の醜い妬み? 彼等はそれを自覚しながら、されど、その在り方を変えられないのだ。

 

「よっしゃ、このオレが引導を渡してやる! ──【未来銀河(フォーチュンギャラクシー)】!」

 

「命ちゃん、きみは悪くない。悪いのはきみの主神だ。恨むんなら、主神を恨むんだな──【零落聖女(ラストヒロイン)】」

 

「さっきタケミカヅチは、手塩にかけて育てたと言っていた。俺は尊敬を込めてこう名付けたい──【天使(テ・シーオ)】」

 

「「「それだ!」」」

 

 盛り上がる円卓。そして、歯を食いしばる武神。

 いくら本来の神格が高くとも、悲しきかな、『神の力』を封じている下界に於いてそれは意味を為さない。

 ヘスティア、ヘファイストス、ミアハがタケミカヅチの味方をするも、多勢に無勢だった。

 それから数分後、貴公子然とした甘いマスクを被っている一柱の男神が、意見を聞かれて言った。

 

「ふむ。そうだね。【絶†影(ぜつえい)】なんて、どうかな」

 

「ヒュー! 最高にイカすぜ! 流石、ディオニュソスだ!」

 

「「「決定」」」

 

「うわぁあああああああああああああ!」

 

 文字通りの血涙を流す神友を、ヘスティアは気の毒に思った。今度酒を奢ろうと、心に決める。

 それからも犠牲者はあとを絶えなかった。

 円卓がそれらしい厳粛な雰囲気を取り戻したのは、中小派閥が終わり、上位派閥に所属している眷族の命名に移った時だった。

 

「次行くでー。次は……ファイたん所か……」

 

「【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】……」

 

 一柱の男神が神妙に呟く。

 

「ヘファイストスの眷族も、昇格してたんだね。おめでとう!」

 

「ありがとう、ヘスティア。とはいえ、お礼を言うのは私達の方なのだけれどね」

 

「……? それって──」

 

 どういう意味なのか。

 ヘスティアの疑問が形になるよりも先に、それまでふざけていた神々が、真剣な表情になって口々に言う。

 

「ロキやフレイヤ様の眷族も大概だけどさ、やっぱり、こいつだけはその枠組みから外れてるわ」

 

「ほんとそれなー」

 

「ここまで来ると最早反則(チート)だろ」

 

「鍛冶師なのにLv.5か。これでとうとう、単眼の巨師(キュクロプス)に並んだな」

 

「一体何をどうやったらこうなるんだ……?」

 

「それが分かったら苦労しない」

 

 ヘスティアは首を傾げた。

 殆どの神が、取り扱いに困るように眉を顰めている。

 司会者のロキが咳払いを打ち、注目を集める。

 

「あー、まあ、これで【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】も晴れてLv.5や。まずは第一級冒険者への仲間入りを果たした『偉業』を称えようや!」

 

「そりゃ、そう出来るなら素直にそうしたいさ。けどなぁ、こいつはなぁ……」

 

 ヘスティアは訳が分からなかった。

 同じ新参者のタケミカヅチも同様のようで、不思議そうにしている。

 昔から迷宮都市に居るミアハは、真意の読めない表情で静観していた。

 それならばと、ヘスティアは神友を見上げた。美しい紅い眼と、一瞬、目が合う。

 鍛冶神(ヘファイストス)は少しだけ微笑むと、唇を引き締め立ち上がった。

 

「彼の主神である、私が説明するわ。ロキ、構わないかしら」

 

「あ、あぁ……まあ、断る理由はないけど……」

 

 らしくなく、歯切れの悪いロキ。

「ありがと」とヘファイストスはロキにお礼を言うと、円卓を見回した。

 

「資料に書かれている通りだけれど、私の口からも改めて報告するわ。私の眷族、ヴェルフ・クロッゾは先日、Lv.5に器を昇華させた。昇格(ランクアップ)に至った直接的な要因は──『深層』への単独による攻略階層の増加」

 

「「「──!」」」

 

 どよめく円卓。

 

「そして、もう一点報告がある。今回の昇格にあたり、【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】の打つ『魔剣』はもう一段階進化したわ」

 

「「「──ッ!」」」

 

 驚愕と混乱が、場を支配した。

 一柱の男神が興奮を隠さず鍛冶神へ尋ねる。

 

「その『魔剣』は一体、どのような品物なのだ!?」

 

「それは言えないわ。知っているのは、本人と、主神である私と、創設神(ウラノス)のみよ。団長の椿でさえ教えてないわ」

 

「なんと……!? それだけの品物だと言うのか!?」

 

「その質問に、私は肯定する。そして、断言しましょう。もしこれが量産化でもされようなものなら、()()()()()()()()()()()

 

 鍛冶師の頂天──『至高』に至っている隻眼の鍛冶神の言葉に、神々は言葉を失った。

 一柱の女神が尋ねる。

 

「ヘファイストス。貴女は、彼がまだ先に進めると思う?」

 

「断言は出来ないけれど、恐らくは。そしてもし彼がこれからもそうなった場合、『魔剣』という分野に於いては鍛冶神(わたし)を超えるかもしれない」

 

 息が詰まるような静寂が、円卓を覆った。

 そして一柱の男神が、ヘファイストスへ尋ねる。

 

「ヘファイストス。何度目になるか分からないが、確認させて欲しい。本当に、『不正』はしていないんだな?」

 

「ええ、してないわ。私の真名、そして、私の『魂』を賭けましょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。けれど、ここまで至ったのは、彼の『情熱』があったからこそよ」

 

 そう言われてしまえば、他の神々は疑う事を出来なかった。

 一柱の男神が、溜息を吐く。

 

「『初代』なら兎も角さ、こいつの代になったらもう、血はあってないようなものだろ。だからこそ、不可解なんだよな。突然変異なんて言葉じゃ生温いぜ」

 

「とはいえ、【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】のおかげで『暗黒期』を乗り越えられたのも事実。月の女神(アルテミス)と共に、もしあとほんの少しでも迷宮都市(オラリオ)に来るのが遅かったら、被害はもっと増えていただろう」

 

「逆に言えば、もっと早くきて欲しかったくらいだぜ。こいつには、それを可能にする『力』があるんだからな」

 

「そう言うな。今でこそ青年だが、当時は年端もいかない少年だ。そこを責めるのは、お門違いだろう」

 

魔剣鍛冶師(クロッゾ)】は何の前触れもなく、迷宮都市にやって来た。彼の打った『魔剣』が生み出す、業火と共に。

 

「ファイたん、ウラノスのジジイは何か言ってたんか?」

 

「彼からしたら、『魔剣』を都市に納めさえすれば良いみたい。本当に何も言われなかったわ」

 

 ロキの質問に、ヘファイストスは静かに答える。

 暫くして、ロキは司会者としてではなく、都市最高派閥を率いる主神として意見を口にする。

 

「【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】はうちも気になるけど、ファイたんは不正をしていない。真名と『魂』まで賭けているんやから、疑うなら、うちらも相応の物を出す必要がある。そんなら、そういうもんやと思うしかないやろ」

 

 反対意見が出る事はなかった。

 ロキは神妙な顔で頷くと、ヘファイストスの名前を呼んだ。

 

「なぁ、ファイたん」

 

「な、何よ」

 

「ファイたんは、【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】の『二つ名』どうしたい? 何か希望はあるんか?」

 

 ランクアップを行う度に、『二つ名』を変更する権利がその者には生まれる。

 その質問に、ヘファイストスは慎重に答える。

 

「別にないわ。ただ本人は、『二つ名』が家名と同じだと紛らわしいと言っていたわね」

 

「そうか。それなら、もしうちらが素敵な物を思い付いたら、それにしてもえぇな?」

 

「まあ、そうね」

 

 刹那、ロキはニヤリと嗤った。

 円卓を見回すと、嬉々として爆弾を放り投げる。

 

「よっしゃ! 言質取ったで! ──みんな、スクープや! 実はな! ファイたんと【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】、付き合っとるんやで!」

 

「「「な、何だって──────ッ!?」」」

 

 今日一番の喧騒が生まれた。

 男神はもちろん、女神でさえも目を見開きヘファイストスを凝視する。

 

「おぉ! そうだったのかい、ヘファイストス! ボク達の仲だろ、教えてくれても良かったじゃないか!」

 

 断って言っておこう。

 純粋な気持ちで、ヘスティアは神友を祝った。

 ヘスティアは知っているのだ。ヘファイストスが右眼にしている眼帯をコンプレックスに思っている事を。醜いと自嘲する彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな彼女が、男子と付き合っているのだ。処女神であるが、ヘスティアは炉の女神でもある。であるならば、祝うのは当然の事だった。

 しかし、笑顔のヘスティアとは対照的にヘファイストスは真顔だった。それから口元をひくつかせた鍛冶神は、計略の女神を強く睨む。

 

「ロキ、何でそれを言うのよ!? 黙っててって、言ったじゃない!」

 

「えっ、だってあまりにも惚気けてたから。うちてっきり、そういうフリかと思ったんやけど」

 

「惚気!? この、私が!?」

 

 狂ったように悲鳴を上げるヘファイストスへ、ロキは頷いた。

 

「せやで。合同遠征の話し合いだっちゅうのに、ずっと【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】の事を言ってたやん」

 

「そそそ、そんな事ないわよ!?」

 

「そんな事あるわ。ファイたん、あの時のジブンは正にこうやったで──『素敵な彼氏が出来た! だけど隠さないと! ああでも、誰かに話したい! 自慢したい!』。道化の神たるうちに惚気けたのが間違いだったんや」

 

 そして、ロキはとどめを刺す。

 

「うちだけじゃない。うちの団長(フィン)も間違いなく察してるで」

 

「そ、そんな……」

 

 がくり、とヘファイストスは項垂れた。普段の格好良い鍛冶神の姿はそこにはなかった。

 ヘスティアが神友の背中を優しく摩る中、場は一気に沸き立った。男神のみならず、女神までもがニヤニヤと嗤っている。

 

「よっしゃ、ヘファイストスの新たな恋路を祝って! ここは俺達が盛大に祝わないとなぁ!」

 

「おうともさ!」

 

「クッ、まさか神を堕とすとは……! おのれヴェルフ・クロッゾ! なんて恐ろしい!」

 

「ふふ。男神達に便乗する訳ではないけれど、気合いが入るというものね」

 

「そうね、そうね! それなりの物を考えてあげないと失礼だわ!」

 

 こいつらには人の心がないのか──ヘスティアは心から思った。いや、人ではなく神か。

 善神を代表して、またヘスティア陣営を代表してミアハが窘めるも、その声が届く事はない。

 本来なら司会者のロキが収めるべき場面であるが、そのロキはというと腹を抱えて傍観している。道化の神らしい振る舞いと言えるだろう。

 

「ねえ、ヘファイストス。貴女の恋を、私達は応援したいの。これは決して、嘘じゃないわ」

 

「……全く信じられないんだけど」

 

 半眼になるヘファイストス。

 彼女へ声を掛けた一柱の女神は、微笑を深くすると言った。

 

超越存在(デウスデア)たる私達と、子供達が付き合う。それって禁断で、背徳的で、だからこそ美しいと思うの。ヘファイストスも、そう思わない?」

 

「……それは、まあ、そうかもしれないけど」

 

「その子にとっては長くても、私達にとっては短いわ。それは避けられない事。それなら、素敵な物にしなければ。そう思わない?」

 

「…………まあ、ね」

 

「だから、ヘファイストス。貴女と彼のなりそめを教えて欲しいのよ。一緒に考えましょう? 格好良い彼氏の、格好良い『二つ名』を」

 

 差し出された手を、ヘファイストスは葛藤の末におずおずと握った。

 刹那。

 女神は口角を上げて振り返ると、固唾を飲んで見守っていた神達に言った。

 

「それじゃあ皆、そういう事だから!」

 

「「「イエ──────ス!」」」

 

 はしゃぐ神達。

 これ新手の詐欺だろ、とヘスティアは心から思った。

「話が違うわよ!?」「もしふざけた物を考えたら、暫くうちの武器は売らないから!」とヘファイストスは憤慨していたが、その言葉は届かず。

 それから神達による──主に女神達による──ヘファイストスへの尋問が始まった。どちらが告白をしたのか、ヘファイストスはいつから恋心を抱いていたのかなど、乙女の秘密が全て晒されてしまう。

 暫くして、『二つ名』は決定したようだった。先程の女神が司会者のロキに近付き、羊皮紙を渡す。

 

「ほう、これは中々……──【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】ヴェルフ・クロッゾ、新しい『二つ名』は【不冷(イグニス)】! これで決定や!」

 

「「「おぉおおおおおおおおおお!」」」

 

 わざとらしく額を拭いやり切った感を出す神達に、ヘファイストスは何も言えないでいた。というか、頭から湯気を出して突っ伏していた。これが鍛冶神だと、誰が思うだろうか。

 

「そんじゃ、次いくでー!」

 

 ノックダウンしているヘファイストスを放置し、次の眷族の命名に移る。

【ヘファイストス・ファミリア】の次は【ガネーシャ・ファミリア】だった。

 

「俺が、ガネーシャだ! 皆の者、まずは俺の考えてきた素晴らしい案を──」

 

「はいはい、ガネーシャガネーシャ」

 

「ガネーシャの所は何でも良いよ。主神(おまえ)の案で良いさ」

 

「あれっ!?」

 

 声高に主張する象神を面倒臭がって、【ガネーシャ・ファミリア】の命名式はすぐに終わった。

 続いて、【イシュタル・ファミリア】の番となる。派閥の等級(ランク)も高く、歴戦の女戦士(アマゾネス)を数多く抱えている。

 そんな【イシュタル・ファミリア】の主神、女神イシュタルは美の女神であった。男神達を自らの美貌で魅了し自分の陣営に引き入れていたイシュタルはさっさと眷族の命名式を終わらせると、フレイヤへ声を掛ける。

 

「フレイヤぁ、今期はおたくの眷族()は【ランクアップ】してないみたいだねぇ?」

 

 緊張が走る。

 他の神々が口を閉ざす中、声を掛けられた銀の女神は嫋やかに微笑んだ。

 

「ええ、そうね。残念だけれど、私の眷族(こども)の『魂』が輝く時は、今回じゃなかったみたい」

 

「それは本当に残念だねぇ。しかしそれなら、どうしてわざわざこんな所に足を運んでいるんだい? 天下のフレイヤ様が?」

 

「ただの暇潰しよ、イシュタル。貴女も同じ神なのだから、知っているでしょう? 『退屈』は私達を殺す毒だもの」

 

「確かにそうだねえ。──そう言えばおたくの眷族()主神(おたく)に似ているのか、最近は牛の怪物と戯れているみたいじゃないか」

 

 イシュタルは目を細め、煽る様に言う。

 

「牛の怪物と言えば、何でも『中層』に居るべきそいつはなんと『上層』に現れたって専らの噂だよ? フレイヤぁ、まさかおたくの仕業だったりするのかい?」

 

 その質問に、フレイヤは微笑を崩さず答えた。

 

「ふふ、それはロキの所のミスでしょう。私の眷族()はそんな事しないわ」

 

「いや、うちだってわざとそうした訳じゃないからな!? それにそれはもうひと月前の話やで!?」

 

 突然の飛び火に、ロキはぎょっと驚いてから弁解する。

 フレイヤは「そうだったかしら?」とわざとらしく首を傾げてみせると、ふと思い出したように言った。

 

「そう言えば、聞いて頂戴。貴女の言う通り私の眷族()はそのモンスターと遊んでいたのだけれど、その途中に野蛮なアマゾネス達が襲い掛かってきたのよ」

 

「ッ!」

 

「まあ、私の眷族()は強いからそれに惹かれてしまったのでしょうけど。アマゾネスの性よね、それは仕方ないわ。問題はその後……そのモンスターが突然暴走してしまったの。勿論、私の眷族()はすぐに追い掛けたわ。ロキの所みたいに被害を出す訳には行かないものね」

 

 もんの凄い形相になっているロキを放置して、フレイヤは事の顛末を語る。

 

「幸い、被害は出なかったわ。私の眷族()がそのモンスターに追い付いた時には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……へえ、そうかい。それは何よりだね」

 

「ええ、本当に良かったわ。それにしても、いくらアマゾネスとは言え場所は選んで欲しいわ。その子達も主神(おや)に似ているのかしらね?」

 

 その美貌を、イシュタルは盛大に歪めた。それでも尚美しいのは美の女神故か。

 フレイヤは悠然と微笑むと、話は終わりだと言わんばかりに視線を切る。

 これにて、今下級冒険者達の間で議論が交わされている事件の真相は闇の中となった。少なくとも、この場に居る神達はそう決めた。

 

「茶番もこれくらいにしとき。あとフレイヤ、後で話があるからな、覚悟しときや。ほんじゃあ、次は──うちのアイズたんや!」

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」

 

 ロキが無い胸を張ると同時、他の神達が今日一番の歓声を上げる。

 

「【剣姫(けんき)】キター!」

 

「相変わらず姫は美しいな!」

 

「うむ、流石アイズたん!」

 

「これでまだ美しくなると言うんだから、末恐ろしい」

 

「本人はその辺無頓着そうなのが、また良いよなー」

 

【ロキ・ファミリア】所属──【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。最強の剣士の一角として名を馳せている彼女は、その美貌も相まって、下界の住民のみならず神々も虜になっている。

 

「もう、Lv.6か」

 

 一柱の男神が、そう呟く。

 

「Lv.6に【ランクアップ】する冒険者が現れるのは、本当に久し振りだな」

 

「そうだな。それこそ『暗黒期』以来だ」

 

「【剣姫(けんき)】はその直後にLv.4になったよな、確か。っていう事は、たったの七年で二つ階位(レベル)を上げたって事か」

 

「【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】──じゃなかった、【不冷(イグニス)】も反則(チート)だけど、この娘も本当に大概だよなぁ」

 

 常軌を逸した『器』の昇華。

 まだ二十にも満たない少女の止まることを知らない躍進に、神々は驚きと期待を寄せる。

 

「【ランクアップ】の直接的な要因は──階層主(モンスターレックス)ウダイオスの討伐か。何でも一振の大剣がドロップしたらしいぜ」

 

「ククッ、ウダイオスは四天王の中でも最弱。まだ他の四体が控えている」

 

「ンな訳あるか。本当の最弱はゴライアスだろ」

 

 

「今の戦力が順調に育てば、嘗ての最強(ゼウス・ヘラ)を超えられるか?」

 

「いや、まだだ。当時の最高階位(レベル)を考えれば、まだ足元にも及ばないだろう。決定打に欠ける」

 

「何せ、末端団員ですらLv.3だったもんなぁ」

 

「課題は変わらないわよ。いくら第一級冒険者が出ても、上級冒険者の母数を増やさなければ話にならないわ。やはり、『暗黒期』で第二級冒険者を多数喪ったのが痛手よね」

 

「だが、或いは──本当の本当に、そうなるやもしれん」

 

「実際問題、『次』はないだろうしな。時間制限(タイムリミット)は着実に迫ってきている」

 

 超越存在(デウスデア)たる神々のみぞ識る、『世界』。下界の住民が決して足を踏み入れてはならない領域が、此処、神会(デナトゥス)にはある。

 

「最有力候補は順当に行けば【猛者(おうじゃ)】だが、【剣姫(けんき)】がそうなる可能性も十分にある」

 

「何を言っているのよ。それは、この世界に居る子供達全員よ。誰がそうなるかは、神たる私達ですら分からないわ」

 

「それもそうだ」

 

 神々はそう頷き合うと、アイズ・ヴァレンシュタインの命名式に移った。

 

「【剣聖】とかどうだ?」

 

「却下。そんなの、可愛いアイズたんには似合わない」

 

「まあ、最終候補は【神々(おれたち)の嫁】だよな!」

 

「「「だな!」」」

 

「今発言した奴等、この後潰しに掛かるからよろしゅうな」

 

「「「冗談ですすみませんでした」」」

 

 円卓に額を振り下ろす男神達を、ロキは射殺さんばかりの眼光で牽制した。

 それから真面目に議論が変わらせるが、結局、アイズ・ヴァレンシュタインの『二つ名』は更新せず、【剣姫(けんき)】のままとなった。

 そしてついに、配られた羊皮紙は一枚となった。神会(ドナトゥス)が始まってから報告が上がった冒険者の真名は──ベル・クラネル。

 所属【ヘスティア・ファミリア】。ヒューマンの、十四歳。【ランクアップ】に至った直接的な要因は──『怪物』ミノタウロスの討伐。

 

「感慨深い、とも言えないわよね。あんたの眷族()、そんな事を思う間もなく昇格(ランクアップ)を果たしたんだもの」

 

「……ああ、そうだね」

 

 調子を取り戻したヘファイストスの言葉に、ヘスティアは固い声音で答えた。

 そんな彼女を安心させようと、ミアハが「大丈夫だ」と声を掛ける。

 

「私達がついている。ベルを守り抜くとも」

 

「ミアハ……!」

 

 なんて頼もしい言葉だと、ヘスティアは感激した。

 円卓は静まり返っていた。痛い程の静寂が、ヘファイストスを襲う。

 だが、これは避けては通れない事である。

 ヘスティアは覚悟を決め、己を鼓舞し、眷族(むすこ)の命名式に臨もうとする。

 

「あー、何や、ドチビ。一つ、確認したい事があるんやけど、えぇか」

 

 そんなヘスティアの出鼻をくじいたのは、ロキだった。

 計略の女神は珍しく口をモゴモゴとさせながら、しかし確かな神意を乗せて、この場に居る殆どの神の意見を代弁する。

 

「ジブン、この少年(こども)に『改造』をしてないやろな?」

 

「勿論だ。ボクは炉の女神。決してそのような愚行はしないよ」

 

 即答する、ヘスティア。

 

「まあ、それはそうやろな。ジブンのようなノロマが、そんな事出来るとはうちも思っとらん。うちはジブンが心底嫌いやけど、ジブンの神性を考慮すれば、それは土台無理やろうな」

 

「けどなぁ」とロキは、疑いの眼差しをヘスティアへ向けた。

 

「『戦姫(せんき)』やの、狂戦士(バーサーカー)やの揶揄されているうちのアイズでも、一年。年がら年中ダンジョンに篭って、モンスターを虐殺して尚、それだけの年月が必要やった」

 

「……話が長いな、ロキ。つまり、何が言いたい?」

 

「簡単な話や。有り得ないっちゅう事や、ドチビ。それこそ『改造』でもせんと、この記録は打ち出せん。他の(やつ)も、そう思うやろ」

 

 ロキの言葉に同意するように、何柱もの神が頷いた。

 この場に居る神は、その全員が、眷族が【ランクアップ】を果たしている。その苦労を、身を以て味わっているのだ。

 それ故に、彼等はヘスティアの神性を理解した上で疑っているのだ。

 

「ヘスティア。貴女の派閥、管理機関(ギルド)が手を貸して情報を非公開にしているわよね。何か隠し事があるんじゃないのかしら?」

 

 そう言ったのは、蜂蜜色の髪を持つ豊穣の女神デメテルであった。

 彼女の言葉が切掛(トリガー)となり、神々は議論を交わす。

 

「何でそんな事をするんだ」

 

「分からねえ。創設神(ウラノス)が認めるとは到底思えねえよ」

 

 どよめく、神会(デナトゥス)

 

「デメテル……」

 

 おおらかな性格の持ち主である彼女はヘスティアの同郷であり、神友でもある。

 ヘスティアは突然背後からナイフで刺された気持ちになった。ロキは兎も角として、まさか彼女から追及されるとは全く想定していなかったのだ。

 

「中立の立場である管理機関(ギルド)が関わっているという事は、少なくとも、貴女は悪事を働いていないという事でしょう。もし貴女の隠し事が、貴女の眷族(こども)の事であるのなら、腑に落ちるわ」

 

「だからこそ」とデメテルは穏やかに微笑んで言った。

 

「この場で身の潔白を証明しましょう? 私は、貴女が辛い思いをしているのを見てられないわ」

 

 それは救いの手だった。それは、善意だった。

 もしヘスティアが、ベルが発現させた『英雄回帰(アルゴノゥト)』をこの場で発表すれば、どんなに楽だろうか。ヘスティアの悩みの種は一つ解消される。

 それこそロキの言葉を借りれば、ヘスティアの事をノロマだと思っている神達(れんちゅう)を見返せられるだろう。

 

「どうしたの、ヘスティア?」

 

 デメテルが不思議そうに首を傾げる。

 ヘスティアは元来面倒臭がり屋だ。出来れば一日中どころかずっとぐうたらしていたいと思ってしまうような、駄女神(だめがみ)である。

 それ故にヘスティアは争い事が苦手だった。自分が争いの種となる事なんて、許容出来る筈もない。それなら流された方が良い。事なかれ主義のヘスティアは、天界に居た頃はそうやってやり過ごしてきた。

 

「……」

 

 ヘファイストスやミアハ、タケミカヅチといった神友達がヘスティアの決断を尊重するように口を閉ざしていた。

 そして、ヘスティアは伏せていた顔を上げると、

 

「おいおい、冗談はよしてくれよデメテル」

 

 にんまりと笑いながら、差し出されたその手を思い切り突っぱねた。

 目を見開くデメテル、そしてその他大勢の神を見回しながら、ヘスティアは椅子から立ち上がって主張する。

 

「ボクは一切の不正をしていない! ボクの眷族(むすこ)が【ランクアップ】したのは、彼が仲間と共に『冒険』に臨み、乗り越えたからだ!」

 

 続けて、ヘスティアは言う。ツインテールを動かし、牽制する。

 

「そもそもボクはその『改造』とやらの方法だって知らないんだぞ!?」

 

「そうね。ついこの前まで『恩恵』を『施錠(ロック)』する事すら知らなかったし。そんなヘスティアなら、途中で失敗しそうだわ」

 

「うむ。その通りだな」

 

 神友の鍛冶神と薬神が援護する。

 ヘスティアは心の中で感謝しながら、勢いに乗った。

 

「そういう訳だ! 分かったかい!?」

 

「「「お、おぅ……」」」

 

 論理立てた説明とは到底言えないそれに、しかし他の神達はそう言っていた。

 ふんす、とヘスティアは胸を張る。たわわに実ったその果実の主張に、数名の神がごくりと生唾を呑み込んだ。

 だが、全ての神が納得した訳ではない。ヘスティアの思わぬ反撃に言葉を失っていたデメテルだったが、我を取り戻すと、再び口を開けようとした、その時。

 

「私はヘスティアを支持するわ」

 

 銀の女神が、美しいソプラノの音を奏でた。

 誰もが美神の参戦に文字通り身を固まらせる中、その張本人は真意の読めない表情で微笑を浮かべる。

 

「ヘスティアが不正をしていないと言うのなら、それで良いじゃない」

 

 フレイヤは円卓を静かに見回しながら言った。

 

「そもそもの話、派閥運営は主神に一任されているわ。そこは互いに不干渉の筈。ましてや団員の能力(ステイタス)だなんて、禁制(タブー)なのだから」

 

「「「……!」」」

 

「もし本当にヘスティアが不正をしていたとしましょう。それなら、その証拠を用意しておかなければ話にならないわね」

 

「違うかしら?」とフレイヤは首を傾げた。

 

「ロキ、貴女の言動は分かるわ。貴女の今回の役割は司会者。ヘスティアの眷族(こども)は言わば異常存在(イレギュラー)。司会者として、ヘスティアに尋ねる義務があるわ」

 

「……チッ」

 

 舌打ちするロキを、フレイヤは柔らかく包み込むような笑みで見詰める。それから彼女は旧知の間柄の女神から視線を外すと、デメテルを見て言った。

 

「分からないのはね、デメテル、貴方よ」

 

「フレイヤ、何を言って……──」

 

「貴女は、自ら事を荒立てる性格じゃないわ。貴女の事はあまり知らないけれど、それは分かる。先程の貴女は、貴女らしくない」

 

 銀の双眸に見透かされ、デメテルは押し黙り、そのまま席に座った。

 フレイヤは彼女から視線を切ると、こう言った。

 

「この冒険者は、奇跡的にもあのミノタウロスを倒したというのでしょう? 階位(レベル)の差という、それまで私達の間にあった絶対的な条件を覆して。それなら、『器』を昇華させたとしても何ら不思議じゃないわ」

 

「おいおい、フレイヤぁ。それ、本気で言っているのかい? ミノタウロスはLv.3の冒険者ですら返り討ちに遭う化け物だよ? それをLv.1の餓鬼が倒したと?」

 

「勿論よ、イシュタル。この羊皮紙にはロキの眷族()が見届けたと書いてあるわ。その冒険者がたった一人でミノタウロスを倒したと言うのなら私も疑っていたと思うけれど、彼には優秀な仲間が居る。さらには『魔剣』もあったと書かれているわ。条件は整っている。それなら、不可能では決してない筈よ」

 

 展開されたその考察に、異議を唱えたイシュタルは口を閉ざした。

 神会(デナトゥス)は、美の女神によって掌握されていた。

 

「フレイヤ様の言う通りかもな。この下界にはまだ俺達の知らない『未知』が沢山ある。つまり、そういう事だろう」

 

 一柱の男神が同調したのを切っ掛けに、他の神々も「ふむ」と思案を始める。

 それから、暫く時間を置いて。

 興味は湧くが、ベル・クラネルの実態を無理に暴く必要はないという声が多数上がるようになり、やがて、一部を除いたこの場の総意となった。

 

「……何だい、フレイヤ。もしかしておたく、この餓鬼を気に入ったのかい? こんな小便臭そうな餓鬼を?」

 

 イシュタルが最後の抵抗とばかりに、フレイヤへ突っかかる。

 それに対しフレイヤは、

 

「ふふ」

 

 微笑みながら頷いた。

 ぎょっと目を剥くイシュタルや男神達を面白そうに眺めながら、フレイヤは爆弾発言をする。

 

「実は私、前々からこの子の応援者(ファン)なのよ」

 

「「「な、何だって──────!?」」」

 

 神々は身体を震わせた。

 フレイヤの発言が、つまり、そういう事であるというのは周知の事実である。

 

「ヘスティア」

 

 声を掛けられたヘスティアの顔は真っ青だった。

 

「な、何だい? 言っておくけど、ボクの眷族(むすこ)は君には絶対渡さない──」

 

 声を震わせながらも言葉を紡ぐヘスティア。

 それを遮り、フレイヤは言った。

 

「安心して、私は応援者(ファン)。彼を悲しませるつもりはさらさらないの。私の真名と『魂』に賭けて誓いましょう」

 

「ほ、本当に?」

 

 聞き返すヘスティアに、フレイヤは頷く。

 

「ええ、本当よ。彼が応援者(わたし)を楽しませてくれるうちは、何もしないわ」

 

 それってもし退屈させたら何かするという事じゃね? 当事者のヘスティアや、他の神々も一様にそう思う中、フレイヤは今日一番の笑みを浮かべた。

 

「そ、そうかい! それなら安心だ! 何せうちのベル君は、誰かを楽しませる事なんて息を吸うよりも簡単にするからね!」

 

「ええ、そうね。だから、大丈夫よ」

 

 虚勢を張るヘスティアに、フレイヤは再度頷いた。

 そんな二柱の女神の様子を見守りながら、他の神々は小声で意見を交わし合う。

 

「あのフレイヤ様が気になる男子(おのこ)を見付けて、何もしないでいられるのか?」

 

「いや、無理だろ」

 

「私も難しいと思うわぁ。だってフレイヤ様だし、美の女神だし」

 

「ヘスティアも可愛そうね。せっかくの初めての眷族(こども)が寝盗られるだなんて」

 

「俺なら泣く自信があるな。初めての眷族(こども)っていうのは、それだけ思い入れがあるものだ」

 

「そうね。それが『感傷』でしかないとしても」

 

「私は我慢出来なくなったフレイヤが十日以内に襲い掛かるのに10万ヴァリスを掛けるわ」

 

「いんや。俺はフレイヤ様を信じるぜ」

 

「私は半年以内に襲うのに20万ヴァリス」

 

「うーん。他の女神からのフレイヤ様の心象が如実に出ている」

 

「それは仕方ない」

 

 フレイヤの奔放さを知る神々が賭けを始めた所で、司会者のロキが憐憫の眼差しでヘスティアを見詰めながら言った。

 

「ドチビ、ご愁傷様や──そんじゃあ改めて、現【ヘスティア・ファミリア】所属にして未来の【フレイヤ・ファミリア】所属の冒険者ベル・クラネルの命名式を始めるで! 『偉業』は、ミノタウロスの討伐や!」

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」

 

 今回の神会(デナトゥス)最大に最後のイベントに、神々は今日一番の大歓声を上げた。この場に居る誰もが、『雄牛倒し』を成し遂げた新たな『英雄候補』の誕生に興奮を隠せない。

 

(よし、ボクはボクの『冒険』をしよう)

 

 ヘスティアは両拳を握り、改めて気合いを入れた。

 配られた資料を食い入るように凝視し──その興奮もやがて収まって行った。

 一柱の男神がぽつりと呟く。

 

「何だコイツ、ふざけてんのか?」

 

 その独り言は円卓に響いた。

 それを皮切りに、神々は口々を言う。

 

「たったのひと月半でこれは不正(チート)を通り越して故障(バグ)だろ」

 

「何だこれ、イカれてる」

 

「うぅむ、これは……」

 

「何をどうしたら、こうなるんだ……?」

 

「確かにこれなら【ランクアップ】は可能だろうが……」

 

 一柱の女神が代表して、主神に尋ねた。

 

「ミノタウロスを倒した事も驚愕すべき事だけれど……ねえ、ヘスティア。さっきのデメテルじゃないけれど、ここに書かれているのは本当に嘘じゃないのよね?」

 

 出鱈目にも程がある。

 それが、ギルド職員(エイナ・チュール)が提出した資料を読み終えた神々の感想。いっそ適当にでっち上げましたと言われた方が良かったくらいだ。

 それだけ、羊皮紙に書かれている文字の羅列は奇想天外であり、理解不能であった。

 超越存在(デウスデア)であり『神の恩恵(ファルナ)』を与えている神であるが故に、受け入れるのには時間が掛かる。

 

「ボクの言葉は何一つ変わらないよ。ボクは不正をしていないし、それは全て眷族(むすこ)の頑張った結果だ」

 

 淀みのないヘスティアの返答に、最終確認をした女神は溜息を吐いた。

 

「……そう。それなら私達も、思う所はあるけれど、そのように対応しましょう。炉の女神である貴女の神性と、新たな『未知』を提示した子供を信じます」

 

 そして、神々は話し合う。

 

「それにしても……いくら管理機関(ギルド)が協力して秘匿していたとはいえ、完全にノーマークだったなぁ」

 

「この成長速度を考えれば、攻略階層もどんどん増やしていったんだろう。噂になる前に消えて次の場所に行っているんだ、そりゃ、追い付かないさ」

 

「ヒヒッ。それにしてもこれ、面白いな。口癖は『英雄になりたい』だってよ」

 

「それな、俺も自分の目を疑ったわ。今の時代でわざわざ喧伝するとはな。こいつ、生まれる時代を間違えたんじゃないか? 具体的には千年くらい」

 

「うん……? ちょっと待て、俺、こいつの事知ってるかも」

 

「その話詳しく」

 

「いつかは思い出せないが、ギルド本部で何やら騒ぎを起こしていた気がする……。そうだ、エイナちゃんに折檻されてたわ!」

 

「何それ裏山(うらやま)──じゃなくて、俺も思い出した事ある。怪物祭(モンスターフィリア)の時、銀の野猿(シルバーバッグ)と追いかけっこしてたわ、こいつ。女の子を抱えてた。記録にある銀の野猿(シルバーバッグ)討伐がこの時だな、多分」

 

「あっ、それ俺も見たわ。何か兎みたいなヒューマンだった気がする」

 

「私も思い出した事があるわ。眷族と一緒に北のメインストリートへ服を買いに行った時、彼にそっくりな人相の男の子がアマゾネスの服を凝視してたわ。何かブツブツ言ってたし……ねえ、ヘスティア。本当に彼、炉の女神(あなた)眷族(むすこ)なの?」

 

「そういや、俺の眷族も何か言ってたな。数日前の大雨の時に、バベルにめちゃくちゃうるさい冒険者のガキが居たって……。外見的特徴も合ってる」

 

 それからも、ベル・クラネルにそっくりなヒューマンの様々な奇行が、神々からの口から次々と報告される。

 そしてそれは推定から確定となり、神々のベル・クラネルへの心象は複雑化していった。

 向けられてくる視線の数々に、ヘスティアは居た堪れなくなくなり、下手な口笛を吹く事で誤魔化した。

 唯一ニコニコと満面の笑みを浮かべているのは自称応援者(ファン)であるフレイヤだけだ。特に怪物祭(モンスターフィリア)の時の話が出た時は誰の目から見ても分かる程に上機嫌だった。

 

「──そんじゃあ、そうだな。まずはオレから行かせて貰うぜ」

 

 一柱の男神──ヘルメスが挙手して案を口にする。

 

「【道化(どうけ)】なんて、どうだい?」

 

(……ッ!)

 

 驚愕の声を出さず、無表情を貫いた自分を心から褒めたいと、ヘスティアは思った。

 

(偶然か……? まさか、ベル君の『秘密』を──?)

 

 視線を旅神へ寄越すと、その男神はヘスティアに気が付いていないのか、普段の胡散臭そうな笑みを浮かべながら理由を語った。

 

「オレは最近旅から帰ってきたばかりだからその少年の事は知らないが、話を聞く限りでは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。正しく、【道化(どうけ)】が適して──」

 

「却下よ、ヘルメス」

 

 ヘルメスの案を、フレイヤが微笑みながら一刀両断する。

「ふ、フレイヤ様……?」と困惑するヘルメスへ、自称応援者(ファン)の美神は言った。

 

「貴方、ふざけているのかしら。【道化(どうけ)】だなんて、そんな可愛くないのは認めないわ。ましてや【道化(それ)】だと、ロキにも通じる所があるもの。私は嫌よ。それなら、【美神の推し(ヘンマ・フレイア)】で良いわ」

 

「ちょっと待ってくれ! ベル君はボクの眷族(むすこ)だぞ!?」

 

「あら、ごめんなさいねヘスティア。つい、うっかり」

 

 可愛らしく舌を出す美神に男神達がすっかりと魅了される中、ヘスティアは抗議しながら思った。

 

(これは応援者(ファン)なんてものじゃない! これは所謂、『ガチ恋勢』だ!)

 

 なんてこった、と頭を抱えるヘスティア。

 その間にもガチ恋勢(フレイヤ)の暴走は止まらなかった。初恋を迎えた乙女のように、様々な『二つ名』の案を口に出す。

 

「おいアバズレ、一旦落ち着け。いやほんと本気(マジ)で。ジブン、キャラが崩壊してるで」

 

 フレイヤを、長い付き合いのあるロキが止める。溜息を吐いた彼女は、「ドチビ」とヘスティアへ声を掛ける。

 

「な、何だい?」

 

「ジブン、少年(ベル・クラネル)の主神やろ。そんなら、主神なりの要望がある筈や。違うか?」

 

「ま、まぁ、それはあるけど……」

 

 口篭るヘスティアに、ロキは言った。

 

「それ、言ってみぃ。うちらは、それを参考にするねん」

 

「い、良いのかい? 初参加のボクが、そんな事をして?」

 

 ヘスティアがおずおずと尋ねると、ロキは後頭部をガリガリと思い切り掻きながら頷いた。

 

「仕方ないやろ。フレイヤを止める為にも、それが最善や。言うだけなら無料(タダ)やしな」

 

「そ、それなら遠慮なく……──」

 

 ヘスティアは円卓を見回すと、事前に考えていた要望を口にする。

 

「ここに書かれている通り、ボクの眷族(むすこ)は『英雄』に憧れている。なろうとしている。それを汲みたい」

 

 沈黙が返ってきた。

 そして、一柱の男神が言う。

 

「『英雄』ね。ヘスティア、その『意味』が分かっているのか?」

 

「勿論だ」

 

 別の女神が言う。

 

「貴女は分かっているでしょう。神なのだから。けれど、その眷族(こども)はどうなのかしら?」

 

「覚悟しているよ」

 

 また別の男神が言う。

 

「不相応だな。ロキやフレイヤ様の眷族なら話は別だが、それを口にするのは早いだろ」

 

「そうかもしれないね」

 

 また別の女神が言う。

 

「ヘスティア、貴女は本気で自分の眷族(こども)がそうなれると思っているの? ベル・クラネルが──『救界(マキア)』を成し遂げ、『最後の英雄』に?」

 

 ()()()()()()()()()()()

 そして神々も、それは同じである。

 世界崩壊を目論む邪神を除き、神々は『最後の英雄』が誕生するのを待っている。

『英雄』になりたいと思うのも、口にするのもそれは自由。だがそれ以上を目指すのであれば、そこには責任が付随してくる。

 ヘスティアは向けられる重圧(プレッシャー)を真正面から受け止め、跳ね返した。

 

「ボクの眷族(むすこ)は以前、こう言っていた。──『『始まり』があれば、『終わり』があると思うのは何ら不思議ではない。何事にもそれはある。ただし、『英雄』は──『人』は違う。『一時の終わり』は確かにあるけれど、すぐにまた必ず、最後に代わる『人』が立ち上がる』──とね」

 

「「「──ッッ!」」」

 

 息を呑み、目を見開く神々。

 最後に、ヘスティアは言った。

 

「ボクは、眷族(むすこ)を信じるよ。だって、どこに出しても恥ずかしくない、自慢の眷族(むすこ)だからね」

 

 深々と一礼すると、ヘスティアは静かに腰掛けた。

 言いたい事を言い、伝えたい事を伝えたヘスティアに後悔はなかった。例え他の神に反感を買われようとも、これだけは譲らない──譲れないと思っていたから。

 

「──よし、ドチビの要望は分かった。そんじゃあ、再開やな」

 

 司会者のロキが真意の読めない表情で、号令を掛ける。

 最後の命名式は一番厳かに、しかし一番の『熱』を孕んで再開する。

 神友のヘファイストスが、ヘスティアの頭を優しく撫でる。ミアハとタケミカヅチも、笑みを向けた。

 そして、暫く経ち──。

 

「「「決まったァー!」」」

 

 爆発が起こった。

 神会(デナトゥス)、閉会。

 

 

 




次話予告──船の鐘と書いて『船鐘』。
『世界』が新たな『英雄候補』の誕生を、風の訪れ、そして船鐘の鳴る音と共に識る。

§

約五ヶ月振りの更新となりました。またぼちぼちと活動再開していきます。宜しくお願いいたします。
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