さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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船鐘

 

『世界の中心』たる迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオから、号外が出された。

 届く場所は、文字通りの『世界』である。

 それは陸路、海路、空路と全ての移動手段を用いて世界の至る所に届けられた。

 表紙を飾っているのは、三ヶ月に一回催される『神会(デナトゥス)』、その内容である。

 神々が話し合った『世界の議題』を、管理機関(ギルド)の職員が議事録から取り纏め世界に発信するのだ。

 大人も子供も、老若男女問わずしてその新聞を購入し、食い入るようにして読み耽る。

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオから発信される情報という物は、そういう物である。

 そして一番下界の住民達が興味を持つのは、命名式にて神々から名付けられた冒険者達の『二つ名』。

 そこには、この三ヶ月の間に『器』を昇華させた『英雄候補』達の名前が名簿と共にずらりと並んでいる。

【ランクアップ】を果たした冒険者一人ひとりに紹介記事が書かれていた。

 

「おぉい、【剣姫(けんき)】がLv.6だってよ!」

 

 とある村。

 昔からの応援者である男性は、階層主(モンスターレックス)を討伐し【ランクアップ】を果たした金の剣士の『偉業』を称えていた。

 

「こっちには【魔剣鍛冶師(クロッゾ)】の事が書かれてるぞ! 【不冷(イグニス)】だってよ! 俺、七年前の迷宮都市(オラリオ)で助けられたんだ!」

 

 とある街。

 七年前の『暗黒期』の際、迷宮都市(オラリオ)で生活を営んでいた男性は、当時少年であった赫灼の鍛冶師の姿を思い返していた。

 

「イシュタル様の眷族もだ! あそこの娼婦はヤバい! とんでもなくヤバい! 相変わらずのエロさだぜ!」

 

 とある大きな港町。

 嘗て迷宮都市(オラリオ)の繁華街に訪れ、そこの娼館を利用した事のある男性はその時の感動(かいかん)を思い出した。

 

「この『二つ名』痺れるぜ!」

 

「見て! この『二つ名』とても可愛くて素敵だわ!」

 

「僕もこんな格好良い名前が欲しい!」

 

 神々が命名した『二つ名』の数々。

 何よりも、『英雄候補』達の躍進に下界の住民達は感動する。期待を寄せる。

 何時(いつ)の日か、『悲願』が果たされる事を願って。

 そして。

 特集された最後の一(ページ)を名残惜しみながら捲った時。

 彼等は──否、『世界』は爆発し、喧騒に包まれた。

 

「おい、これって!?」

 

「嘘でしょ!? 新しい『偉業』!?」

 

 どの種族も読めるよう、共通語(コイネー)を以て。

 彼等は驚愕と高鳴る心臓と共に──自分の目が正しいか疑いながら──読み返す。

 文章の出だしはこうだ。

 

『炉の女神が率いる【ヘスティア・ファミリア】。新興派閥ながら、その最初の眷族が【ランクアップ】を果たした』

 

 ここまでは、至って普通の文面。

 新たな、しかし世界にとっては何回も繰り返して起こっている『英雄候補』の誕生。

 だが、続く文字が『既知』を『未知』へ変える。

 

『種族、只人(ヒューマン)。年齢、十四。性別、男性。()()()()()()()()。モンスター撃破記録、3526』

 

 冒険者でなくとも分かる異常な記録。

 ()の【剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタインの──破られる事は未来永劫ないだろうと思われていた記録を、その冒険者は容易く塗り潰したのだと、そこには簡潔に書かれていた。

 

銀の野猿(シルバーバック)の討伐など、様々な異常事態(イレギュラー)に襲われながらも、新たな『英雄候補』は『冒険』に臨み──猛牛ミノタウロスを討伐する』

 

 余分な情報は一切なく。

 淡々と、書き手のあるがままの事実を書くという姿勢がそこには反映されていた。

『世界』は、その冒険者──『英雄候補』の一角に名を連ねた只人を認知しようとする。

 そして。

 文面の最後に、その人物の名前と、神々から贈呈された『二つ名』が記載されていた。

 

『ベル・クラネル。『二つ名』──【未完の英雄(リトル・ルーキー)】』

 

 飄々と胡散臭く、しかし見る人を元気付ける満面の笑みを浮かべ、その似顔絵の人物は『世界』へ産声を上げた。

 

 

 

 

§

 

 

 

未完の英雄(リトル・ルーキー)】に、『世界』が震撼する。

 

 

 

 

§

 

 

 

「そうか、ヘスティアも下界に来たのか……。ああ、もう少し早く来てくれれば、()えたのに……」

 

 迷宮都市(オラリオ)から遠く離れた場所。

 美しい蒼色の女神──アルテミスは新聞を読んでいた。

 

「オラリオに居るのか、ヘスティア……? もしそうなら、逢いたいなぁ。嗚呼、だが……今の私を見て貴女は何を思う?」

 

 都市へ通じる道を歩いていた彼女は、後ろを振り返った。

 そこには、草木の枯れた大樹海があった。そしてその奥にあるのは、古の遺跡。

 

「『()()()()』、あなたは何処に居る……?」

 

『彼女』は空を見上げると、憂いの表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 迷宮都市(オラリオ)から遠く離れた場所。

 世界三代秘境の一つ、『聖域』と呼ばれる場所にて。

 

「エトン様」

 

「……レアか」

 

「こちらを」

 

 空色の長髪を持つその青年は、巫女から新聞を受け取ると目線を下げた。

 そして、レアと呼ばれた妙齢の女性が指し示す文面を読むと──エトンと呼ばれた青年は笑った。

 

「そうか、そこに居たのか。それならば、向かうまでの事。レア、巫女達と共に迷宮都市(オラリオ)へ行け」

 

 命令された巫女は恭しく一礼すると、純白に彩られた祭壇から出ていった。

 ふと、エトンは新聞に乗っている似顔絵を見た。

 

「ふん、下らん。何が新たな『英雄候補』だ。『英雄(おれ)』達を殺すのは何時(いつ)だって『世界』であると言うのに」

 

 吐き捨てられた憎悪の言葉と共に。

 ぐしゃりと新聞は握り潰され、何処からか現れた『炎』によって焼かれ消し炭となった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 迷宮都市(オラリオ)から離れた場所。

 地図にも載っていない小さな人里、その小さな民家。

 そこに、羽根つき帽子を被った青年──否、男神が訪れていた。

 

「報告に来たぜ」

 

「ようやくか。儂は暇で暇で仕方なかったわい」

 

「そう言うなよ。これでも急いで来たんだぜ?」

 

 好き放題に文句を言う老人に、旅神ヘルメスは肩を竦めてみせた。

 椅子を引き、老人の前に座ったヘルメスは懐から一冊の手記を取り出した。

 

「ほら、これでご所望の品は合っているんだろう?」

 

 ヘルメスはそう言いながら、辛うじて原型を留めているボロボロの手記を老人へ手渡す。

 老人は慎重にそれを受け取ると、パラパラと捲り、静かに頷いた。

 

「うむ、確かにな。よくやったぞ、ヘルメス──って、何じゃ。その気色悪い物を見るような眼差しは」

 

「貴方が素直に礼を言ってきたら、オレだけじゃなくて他の(ヤツ)も似たような反応をするさ」

 

「フンッ、相変わらずの生意気ヘルメスじゃ」

 

 老人とヘルメスの間には親しげな雰囲気があった。

 老人が、ヘルメスへ尋ねる。

 

「ヘルメス。お主、これは読んだか?」

 

「まぁな。止められていなかったし」

 

 悪びれもなく言うヘルメス。

 老人は気分を害した様子もなく、「そうか……」と呟くと手記の表紙を優しく撫でた。

 何かを懐かしむように、何かを思い出すように。

 感傷に浸る老人へ、ヘルメスは言葉を投げ掛ける。

 

「話は貴方から聞いていたし、この目で手記も読んだが……正直、今でも半信半疑だな。本当に、『彼』がそうだというのか?」

 

「儂を疑っているのか?」

 

「そりゃ、そうもなるさ。もし本当にそうなのだとしたら世界はひっくり返るぞ」

 

 要領の摑めない会話。

 否、前提が間違っている。

 もしこの場に他者が入れば、その者は疑問を抱くだろう。

 何故超越存在(デウスデア)たるヘルメスが、言葉こそフランクだが、その実、態度では只の老人に敬意を表しているのか。

 

「あと数日で【神月祭(しんげつさい)】だ。アルテミスとは──『彼女』とは道中に落ち合う予定だが……」

 

「そうか。そちらはお主に一任する」

 

「分かった」

 

 それから二人は、様々な事柄について話し合った。

 西陽が窓から射し込む頃、ヘルメスが言った。

 

「もう行くよ」

 

「何じゃ、もう行くのか。茶でも飲んでいったらどうじゃ」

 

「遠慮しとくさ。これ以上の長居はあまりしたくない。それに他の神に勘付かれたら元も子もないだろう」

 

「老人の厚意を無碍にするなんて、なんて罰当たりの奴じゃ。雷が落ちても知らんぞ」

 

「ははっ、貴方が言うと冗談にも聞こえないぜ」

 

 苦笑を浮かべながら、ヘルメスは椅子から立ち上がった。

「つまらない奴じゃのう」と不満げに言う老人。

 

「そうだ、忘れる所だった」

 

 そんな老人へ、玄関口に立ったヘルメスはふと思い出したように振り返ると、懐から新聞を取り出すと投げ渡した。

 

「何じゃ、これは?」

 

神会(デナトゥス)の事が書かれている」

 

「それはさっき、その場に参加していたお主から直接聞いたじゃろう」

 

 首を傾げる老人へ、ヘルメスはにやりと笑い掛けた。

 

「最後の(ページ)を見て欲しい。貴方が待ち望んでいたものが、そこにはある」

 

「何じゃ、勿体ぶりおって……」

 

 ブーブー言いながら、老人はヘルメスに言われるがまま指定された(ページ)を見た。

 直後。

 

「ぶはぁっ!?」

 

 目を思い切り見開かせ、老人は驚愕の声を上げた。

 唾を盛大に飛ばす老人を汚いと思いながら、ヘルメスが言う。

 

「さっきも言ったが、俺はまだ半信半疑だ。だが、信じられる部分があるとするなら──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 老人は答えなかった。

 真剣な眼差しで記事を凝視し──そして、大声を出した。

 

「ぶわっはっはっはっはっ!」

 

 腹を抱えて爆笑する、老人。

 

「それじゃあ、また次の定期報告でな」

 

 してやったりとヘルメスは思いながら、老人を置いて建物から出ていった。

 里の唯一の出入り口では、馬と共に妙齢のヒューマンの女性が立っていた。美しい水色の髪型が、一房だけ白く染まっている。銀の(フレーム)の眼鏡を掛けている彼女は、主神であるヘルメスへ苦情を言う。

 

「遅いですよ、ヘルメス様!」

 

「悪い悪い。話す事が山程あったんだ」

 

 悪いとは思ってない口調で謝罪するヘルメスを見て、女性はいつもの事だと思いそれ以上労力を割くのを止めた。

 

「よし。それじゃあアスフィ、迷宮都市(オラリオ)へ戻るぞ」

 

「それは構いませんが……今回の旅は、これだけですか?」

 

「ああ、そうだ」

 

 確認してくる眷族に頷き、ヘルメスは馬に跨る。そして困惑している彼女より一足先に移動を始めた。すぐに追いかけて来る気配。

 

「ヘルメス様、定期的に此処に来ていますが……一体、何方とお会いになられているんですか?」

 

「フッ、可愛い彼女さ」

 

「つまり答える気はないのですね」

 

「察しが早くて助かるぜ」

 

 ハア、と溜息を吐く眷族。

 ヘルメスはそんな彼女へ、続けていった。

 

「アスフィ、迷宮都市(オラリオ)に戻ったらベル・クラネルについて調べろ。信憑性の高いものから低いものまで、全てだ」

 

「はぁ!? 急に何ですか!?」

 

「頼んだぜ☆」

 

 キザなウィンクを送られ、アスフィは憤慨した。「ヘルメス様ァ!」と柳眉を逆立てる。

 その時、一陣の風が吹いた。何処からともなく運ばれてきたそれは、沢山のものを乗せて次に行く。

 

「時代を移せるだけの力があるのか、この『調停者(ヘルメス)』が見定めよう」

 

 その呟きは風に溶けた。

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