さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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薬神の派閥(ミアハ・ファミリア)の過去

 

 太陽が東空から顔を出し始める頃。

 迷宮都市(ダンジョンとし)オラリオの幾つかある、外界へ通じる出入口。その東門から、一台の馬車が出ようとしていた。

 

「ベル様、準備完了しました。御者も、いつでも発車出来るそうです」

 

「そうか!」

 

 小人族(パルゥム)支援者(サポーター)が、仕えている主へ端的に報告した。

 ベルは羽根ペンを動かしていた手を止めると、手記と一緒にそれを懐に仕舞う。

 

「ありがとう、リリ。それにしても、流石だな。まさか昨日の今日で商人から馬車を借りられるとは。さらに御者まで!」

 

「そう難しい事ではありませんよ。確かに急ではありましたが、お金を積めば大抵の事は何とかなります」

 

「ははっ、心強いな! 流石現実主義者(リアリスト)

 

 ベルとリリルカが会話をしていると、男神とその眷族が二人に近付いた。

 

「神ミアハ、そしてナァーザ。そろそろ出発しようか」

 

 ベルが朗らかにそう声を掛けるも、【ミアハ・ファミリア】は神妙の面持ちだった。

 ミアハがベルに尋ねる。

 

「……ベルよ。一体どうやって都市外出許可証を入手したのだ? 管理機関(ギルド)には申請していたが、あまりにも、早い。其方が何かしたのではないか?」

 

「何か、という程でもない。ただギルド長に直接お願いしただけだ」

 

「なんと!?」

 

 軽く答えるベルに、ミアハは目を見張った。

 

「その方が早かったからな、少しズルをさせて貰った!」

 

「それって……良いの……? 管理機関(ギルド)に目を付けられるんじゃ……?」

 

「大丈夫だ、心配ない! ギルド長も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 変わらず軽い調子で、笑顔を見せるベル。

 それを見たナァーザは、内心で、ベル・クラネルという只人に得体の知れない不気味さを感じた。

 

「さあ、行こう!」

 

 ベルの一声により、集団は迷宮都市(オラリオ)を発った。

 

 

 

 

§

 

 

 

 天気は快晴。

 草花が生い茂る大草原。その上には、白色の石材が敷かれていた。

 文字通り、『世界の中心』たる迷宮(ダンジョン)都市オラリオに通じる陸路は石材で舗装されている。

 この陸路を作るにあたって人類は多大なる時間と犠牲を必要とした。

『大陸の大穴』──現代に於けるダンジョン──そのものには『古代』初期には数々の英雄達の活躍により辿り着いていた、というのは歴史家達の出している確定した結論ではあるが、同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかしそれでなお、人類(えいゆう)は神々が降臨するその日までに『橋頭堡』を築き上げ、昔日のオラリオを守っていたのである。

 この陸路は、人類が成し遂げた偉業の一つであると言えよう。

 完成した際には『全ての道は迷宮都市(オラリオ)に通ずる』とまで当時の学者に評された程である。

 

「ベル様、バベルがどんどん遠ざかっていきます! 凄い、凄いです! うわぁ!」

 

 風を浴びながら、普段は冷静沈着なリリルカが、興奮を表に出して叫んだ。

 

「ふはは、そうだろう! 凄いだろう!」

 

 リリルカに叫びながら、ベルは自分が馬車が動かしている訳でもないのにドヤ顔を披露した。

 ベルとリリルカ、そして【ミアハ・ファミリア】を乗せた馬車は、都市から見て東の方角に進んでいた。

 ガタン、ゴトン、と馬車が揺れる中で小人族(パルゥム)の少女が再度叫ぶ。

 

「ベル様ベル様! リリ、迷宮都市(オラリオ)から出るの初めてです! 外の世界って、こうなっていたんですね!」

 

「そうだ。実に美しいだろう! 正しく、Beautiful world!」

 

「全く同意ですが、その言葉は不吉な予感がするのでお願いですからやめて下さい!」

 

 きゃいきゃいと燥ぐ、ベルとリリルカ。

 その一方、【ミアハ・ファミリア】は静かだった。

 二人が落ち着いた頃。

 

「ベル……それに、リリルカ。改めて、ありがとう。私達に逆転の機会(チャンス)をくれて……」

 

 意を決したナァーザが、閉ざしていた口をおもむろに開けた。

 ベルはリリルカと顔を見合わせてから、【ミアハ・ファミリア】へ言う。

 

「礼を言われるような事ではない。寧ろ私は、貴方達の矜恃を踏み躙っている。それは今もだ。恨まれこそすれ、感謝されるのは違うとさえ思っているのが本音だな」

 

「いや……それは違うぞベルよ。ナァーザの言う通りだ。其方の助けがなければ、派閥(ファミリア)はあのまま【ディアンケヒト・ファミリア】へ吸収されていたであろう」

 

 ミアハはそう言うと、深々と頭を下げた。

 

「私の意地が、派閥(ファミリア)存続の危機を招いていた。その事に気付かせてくれて、ありがとう」

 

「ミアハ様!」

 

「ちょっ!?」

 

 超越存在(デウスデア)の行動に、下界の住民は慌てる。

 

「やめてください、ミアハ様! リリもベル様と同じく『青の薬舗』に居候させて貰っている身ですし、こんな事、気にしないで下さい!」

 

 対して、ベルはとても落ち着いていた。深紅(ルベライト)の瞳を一度伏せ、静かに言う。

 

「何度も言っているが、私達は隣人だ。助け合うのは当然の事だ。だから、自分をそう卑下しないで欲しい。薬神ミアハ、貴方の『意地』を私は尊敬している。それはこれからも決して変わらない」

 

「……感謝する」

 

 頭を上げたミアハに、ベルは無言で笑い掛けた。

 そして、かねてからの疑問を投げ掛ける。

 

「もし良ければ教えて欲しい。貴方達【ミアハ・ファミリア】が何故【ディアンケヒト・ファミリア】から借金をしているのか」

 

「……それは」

 

 薬神(ミアハ)の表情が固くなった。

 ベルは真正面から見詰めながら、推論を展開していく。

 

「実は、ギルド長から話はある程度聞いている。それこそほんの数年前まで、【ミアハ・ファミリア】と【ディアンケヒト・ファミリア】の等級(ランク)はほぼ同じだったと」

 

 押し黙る、【ミアハ・ファミリア】。

 

「だがある時を境に、【ミアハ・ファミリア】の眷族が次々と派閥を脱退している。最初は、迷宮探索によるものかと考えた。だが、貴方達は製薬を中心に活動している。可能性としては低い。そして記録上、眷族が脱退する直前に【ミアハ・ファミリア】は【ディアンケヒト・ファミリア】から多額の借金をしている。私はこれに因果関係があると考えているのだが、どうだろう?」

 

「ベル様、それ以上は流石に──」

 

「ううん。良いよ、リリルカ」

 

 リリルカの言葉を、ナァーザが遮った。

 

「凄いね、ベル……。今のベルは……私の知ってるベルじゃないみたい。前々から薄らと思ってはいたけど……」

 

「……」

 

「あの冷血女も、それを感じ取ったのかな……?」

 

 そう言ったナァーザは、主神を見た。

 ミアハは少し悩む素振りを見せたものの、おもむろに頷いた。

 

「ベルには知る権利がある。協力してくれている、リリルカにも。ナァーザが良いと言うのなら、私は止めない」

 

「ありがとうございます、ミアハ様。私を、気遣って下さって」

 

 ナァーザは薄く笑った。

 そして、ベルとリリルカを交互に見てから、ぽつぽつと話し始めた。

 

「察していると思うけど、私は『神の恩恵(ファルナ)』を薬神(ミアハ)様から授かっている」

 

「という事は、やはり……」

 

「うん。リリルカの予想通り。私の階位(レベル)は、Lv.2。【発展アビリティ】の『調合』が運良く発現したから、冒険者から薬師(ハーバリスト)に転職した」

 

 リリルカの疑問に、ナァーザは肯定して答えた。そして、ベルを見て続ける。

 

能力値(ステイタス)の数値だけなら、今のベルよりは上かな」

 

「ベル様よりも……」

 

 自分の仕えている主よりも実力があると言われ、リリルカは複雑そうに呟いた。

 

「言ったでしょ……それはあくまでも、能力値(ステイタス)の話。もし仮に私がベルと戦っても……間違いなく負ける……」

 

 戦闘経験はもう何年もない、とナァーザは言った。自嘲的に、自虐的に乾いた笑みを張り付かせる。

 リリルカが遠慮がちに尋ねる。

 

「Lv.2のナァーザ様が転職した理由。何か、大きな出来事があったのですね?」

 

「流石、リリルカ……頭の回転が早いね……。そして、それは正解」

 

 強調する、ナァーザ。

 ベルが「なるほどな」と答えに辿り着く。

 

「貴女は負傷した。それも、命に関わる程の」

 

「ベル、正解。私がLv.2に掛かった期間は……六年。念願だった昇格(ランクアップ)を果たした私は……平たく言えば、調子に乗っていた。そして、()()()()()

 

 そう言ったナァーザは、右腕の服の袖をおもむろに捲った。

 それを見たリリルカが、息を呑む。

 

「これって……!?」

 

銀の腕(アガートラム)。私の罪の、象徴……」

 

 言いながら、ナァーザは『それ』を上から撫でる。

 それは所謂、義手と呼ばれる物であった。人工で作られた腕。又の名を、『銀の腕(アガートラム)』。

 

「文字通り、()()()()()()()()()()()()()。『中層』のモンスターにやられたの。そこを、あの冷血女に助けられた」

 

「アミッド女医か」

 

「うん」

 

 ナァーザは首を縦に振ると、話を続ける。

 

「あの冷血女は、この迷宮都市(オラリオ)でも最高位の治療師(ヒーラー)。並ぶとしたら、【フレイヤ・ファミリア】の【女神の黄金(ヴァナ・マルデル)】くらい」

 

「ありがとうございます、ナァーザ様! ここまで話して下さればもう十分です!」

 

 リリルカの制止は、ナァーザに届かなかった。

 

「ううん……聞いて欲しい。それが、冒険者を引退した先達として、私に出来る事だと思うから……」

 

 ナァーザはもう一度『銀の腕(アガートラム)』を撫でると、それまで辿ってきた人生(ものがたり)を語り始めた。

 

「さっき言った通り、私が昇格(ランクアップ)に掛かった年月は、六年。その時、当時の【ミアハ・ファミリア】は【ディアンケヒト・ファミリア】にも決して引けを取っていなかった……」

 

 それこそ七年前──迷宮都市を襲った暗黒期に於いて、両派閥は多大なる貢献をした。

 特に当時、弱冠十二歳にして既に一部の者の間で聖女と呼ばれ始めていたアミッド・テアサナーレは、万能薬(エリクサー)を凌ぐ程の効力を持つ魔法を使い数多の冒険者を救った。

 

 ──暗黒期は『正義』の勝利で幕を閉じた。

 

 暗黒期後、両派閥は迷宮都市を代表する医療の派閥として認知されるようになる。医療の神(ディアンケヒト)薬神(ミアハ)は競い合いながら迷宮都市(オラリオ)──ひいては、下界の医療を発展させていった。

 しかしそれも、そんなに長くは続かなかった。

【ミアハ・ファミリア】が没落した為である。

 その理由を、ナァーザは詳細に語った。

 

「ベル達がこれから行く場所──『中層』。その『中層』のモンスター達に、私は為す術なく殺され掛けた」

 

「……ッ!? で、でもその時には既にナァーザ様はLv.2だったんですよね!? それなのに!?」

 

「『中層』は、『上層』とは次元が一つ違う。リリルカ、Lv.1の非戦闘員(サポーター)のキミは、ベル以上に覚悟して臨まないといけないよ……」

 

「……ありがとうございます、ナァーザ様。肝に銘じます」

 

 リリルカが自分に言い聞かせるようにして、頷いた。

 

「話を戻すね。全身を灼かれ、死の一歩手前の状態だった私を助けられるのは、【戦場の聖女(デア・セイント)】しかいなかった」

 

 話を聞くにつれて、ベルとリリルカは段々と理解した。

【ミアハ・ファミリア】と【ディアンケヒト・ファミリア】の、因縁とでも言うべき関係性を。

 

「命は助かったけど……右腕の蘇生は無理だった。今の【戦場の聖女(デア・セイント)】なら出来るかもしれないけどね……。不憫に思った主神(ミアハ)様が、ディアンケヒト様にお願いして銀の腕(アガートラム)を用意してくれた。それも、当時の最高品質の物を……」

 

「……なるほどな。借金(ローン)は、その時に出来たのだな」

 

「うん……」

 

 さらに、ナァーザは続けた。

 

借金(ローン)の額は……莫大だった。それまであった派閥(ファミリア)の貯金が容易く吹き飛ぶ程にはね……。団員達は私を除いて脱退を申し出たの……。でもそれは、仕方の無い事……」

 

 生きていくには金が必要だ。

 例え薬神(ミアハ)を敬愛していようとも、それで腹が膨れる訳ではない。

 

「それが、必要な出費だったら話は違ったかもしれない。でも……『銀の腕(アガートラム)』はそうじゃない。ミアハ様は反対する団員達を押し退けてまで、私に良くしてくれた……」

 

 その結果、ナァーザ・エリスイスは日常生活を問題なく送れるようになった。

 だがその代償として当時の団員達は見切りを付け、主神はそれを受け入れた。

 

「私は今でも思ってる。もし私が、調子に乗らなければ……今頃、派閥(ファミリア)迷宮都市(オラリオ)でも有数の派閥(ファミリア)になっていたんじゃないかって……」

 

 悔恨に滲んだ声を吐き出す、ナァーザ。

 決して他人事ではない──冒険者なら誰でも起こり得る話に、リリルカは思わず生唾を呑み込む。

 ベルが偉大なる先達に感謝の言葉を述べる。

 

「話を聞かせてくれてありがとう、【ミアハ・ファミリア】。必ず、迷宮探索に役立てよう」

 

「うん、そうして……。再三言うけど、『中層』は『上層』と次元が一つ違う。それこそ、事前準備で生死に直結する。情報収集を怠らないように……」

 

「ああ」

 

「はい!」

 

 ベルに続いて、リリルカが力強く返事する。

 

「これで、私の話は終わり」

 

 ナァーザは微笑を浮かべると、外の景色に視線を送る。

 

「ミアハ様、そろそろ……」

 

「……うむ。見えてきたな」

 

 迷宮都市(オラリオ)を発ち、数刻。

 太陽が頂点に達する頃、馬車は目的地へ到着する。

 場所は、迷宮都市(オラリオ)から見て真東。アルブ山脈の麓にある大森林──『セオロの森林』である。

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