【ヘスティア・ファミリア】の
道中、屋台で手短に夕餉を済ませると、自宅に戻った。
「よし、ちゃちゃっと【ステイタス】を更新してしまおう。ベル君、横になるんだ」
就寝前に、ヘスティアがそう言った。
「ああ、頼む」
ベルは指示通り服を脱ぐとそのままベッドに入り、うつ伏せの姿勢で背中を女神に向けた。
眼前の異性の身体に、天界の三大処女神の
代わりにあるのは、ゆっくりとだが鍛え上げられていく眷族の成長に対する喜びだ。
女神は慈愛の眼差しで子供の背中を優しく一度撫でてから、自身の
ベル・クラネル
Lv.1
力:I82→I92
耐久:I5
器用:I96→H100
敏捷:F396→E410
魔力:I0
《魔法》
【】
《スキル》
【】
ヘスティアは
自分の目は節穴なのかと目を擦ったが、しかし、見える景色は何も変わらない。何か
「……ヘスティア?」
ぐぬぬと、内心で
「さてさて……今日はどれ程伸びたものか……」
黒色の長袖に腕を通しつつ、ベルはヘスティアから羊皮紙を受け取った。
欠伸を噛み殺しながら凝視すると、
「……」
「それが、今の君だ」
ベルは呆然としているようだった。
やがて正気を取り戻すと、深紅の瞳をクワッと見開き、食い入るように羊皮紙を凝視する。
「す、す……!」
す? とヘスティアが首を傾げた、その時。
「SUGEEEEEEEEEEEEEE!」
「んなぁぅッ!?」
「えっ、私凄くない? これならすぐに『
一部の魔物が持つという『
しかし、ベルの叫び声は鼓膜を刺激する。ヘスティアは自分が眩い光の柱となって
「はははははははは! HUHAHAHAHAHAHA!」
この時初めて、ヘスティアは眷族のことがウザいと思った。そんな彼女の内心を
「あー……ベル君?」
壊れたように笑い続ける眷族を見て、主神は一応、声を掛けた。
「あはははははははははははははは! ハッハー!」
「……駄目だこりゃあ」
だがベルには何も届かなかったようで、一つしかない
ヘスティアは「はあ」とこめかみを押さえた。
先日の酒場の時のような、美の女神で釣るという方法も、効きはしないだろう。これを当の本人が聞いたら怒るだろうが、言うつもりはないので大丈夫だ。
(仕方ない……)
同じ空間に居るのは我慢出来そうになかったので、偶には夜空でも眺めようと思い立ち、クッション片手に地下室から一階に出る。
腐り掛けている階段を慎重に登りながら、二階に行き、天井に穴が空いている箇所を発見、その真下に行き、クッションを床に放り投げ、その上に仰向けで寝転んだ。
星空を眺めようと……、
「あはははははははははははははは! これが俗に言う、俺TUEEEEEEEEEEEEって奴か!」
──した所で、喧しい声がした。ガバッと勢いよく上半身を起こす。
「ええい、煩いぞ!? 此処まで聞こえてくるなんて……どんなに嬉しいんだか……」
ヘスティアは女神だ。
全知全能、『不変』である彼女は
悲しくならないと言えばそれは嘘になるが、仕方がないことだと割り切っていた。
「ベル君には近所迷惑を考えて欲しいものだぜ……まあ、ご近所さんは居ないけど!」
廃れた教会はその外観が原因で見る人の足を遠ざけているようで、近くに住民は居ない。
『古代』ならまた話は違ったが、『
「……」
何処からか飛ばされてくる夜風がヘスティアの小さな身体を包み、一瞬の後には過ぎ去っていく。
『下界』から仰ぎ見る『天界』──星々の輝きは圧巻の一言に尽きた。こんな風に見えていたんだなぁとヘスティアは目を細める。だが彼女の意識の大半は別のことに割けられていた。
「【
眷族には伝えていない部分を強く睨む。
ベル・クラネル
Lv.1
力:I82→I92
耐久:I5
器用:I96→H100
敏捷:F396→E410
魔力:I0
《魔法》
【】
《スキル》
【
・早熟する。
・
・
・
ヘスティアには悩みがあった。下ろした髪の毛を指で弄りながら、呟く。
「やっぱり異常だよなぁ……」
女神は「はぁー」と深々と溜息を吐いた。
彼女が言った『異常』とは何なのか。
それは
ヘスティアの初めての眷族はベルだ。そんな彼女は神友から聞いた情報でしか『恩恵』の進捗具合は知らない。
どのような方法なら熟練度が
だが、彼女はれっきとした
故に、ベル・クラネルの
「
しかし、都市の過半数の冒険者は未だにLv.1。階位を上げるには至っておらず、『偉業』を成し遂げていない。
「原因はやっぱりこれか……」
スキル──【
そもそも『スキル』とは【ステイタス】の数値とは別に、一定条件の特殊効果や作用に
【ステイタス】が『器』そのものを強化するものだとするならば『スキル』は『器の中』で特殊な化学反応を起こさせる。
「あの子が
蒼の瞳を閉じれば、あの日──ヘスティアがベル・クラネルと会った日の記憶が蘇る。
中々に強烈な出来事だったが、今は良き思い出だ。
そして、【ヘスティア・ファミリア】を結成する
──『これから家族になる
笑いながら、そう、少年は言ったのだ。
最初聞かされた時はただただ驚愕したし、実のところ、半信半疑であったのだが──神々は子供達の『嘘』を見破ることが出来るが、これは万能ではない。子供達の主観によっては『嘘』も『真』になるということだ──今はもう、
ヘスティアは改めて思う。
(ベル君の
考えても考えても分からない。
分かることといえば【
発現しているスキルの多くは、内実、冒険者の間で共有されている効果効用が多い。
スキルの発現自体は珍しいのだが、いざ蓋を開けてみると、名称こそ違うが、能力はだいたい似通っているケースが非常に多いのだ。同種族ならその可能性はさらにぐっと増し、例えばエルフなら魔法効果の補助、ドワーフなら『力』の補正等だ。
だが、希少なもの──重複しない
「まあ、これに関しては当面の間はボクだけの秘密にして……」
『娯楽』に飢えた神々が聞き嗅ぎ付けたら面倒事になるのは必須。
何よりも、愛しい我が子を守る為だ。
(ベル君がどんな反応をするのかは分からなけど……もし、これが驕りになったら……)
子供達の
即席の自信、即席の力は──子供達を調子に乗らせてしまう。
先程のベルのように。
もちろん、ヘスティアはベルのことを理解している。あれは
だが、物事に絶対はない。
ヘスティアはベルのことが好きだ。初めての
もう少し様子を見てからでも遅くはないと判断し、ヘスティアはそれを見て頭を悩ませた。
「次に分からないのが、この効果なんだよなぁ……」
スキル──【
・早熟する。
・
・
・
何度見ても頭が痛む。
それ程までに
『早熟する』『
だがしかし、四つ目──『
「アバウトにも程があるだろ……いや、【
はあ、と本日何度目かの溜息。
心で再度読み上げる。
──『
噛み締めるようにして、頭の中で何度も反芻させる。ひとつひとつを、ゆっくりと紐解いて行く。
そして、ヘスティアはある一つの『可能性』に達した。目を見開き、考察していく。
(まさか……いやでも、そんなことが起こり得るのか──?)
ぶんぶんと頭を振って、浮かんだ自身の考えを否定する。その先を考えるのがヘスティアは怖かった。
だが──と、彼女は思わずにはいられない。
「確か……明日は『神の宴』だったっけ。行く気はなかったけど……」
『神の宴』とは、下界に降り立った神々が顔を見合せる為に設けられた会合のことである。どの神が主催するのか、いつ開かれるのかは全然決まっていない。
気ままで自由な神々は、ルールに縛られるのを嫌う神物が多いのだ。誰かが『宴開きまーす!』と宣言すれば、それを聞き付けた誰かが『オレ、参加しまーす!』と、そんな具合に開かれるのである。
厄介になった神友に近況を報告しがてら、スキルについてはそれとなく聞いてみようと考えた。
「やばいなぁ……ドレスがないよ……。いや、確か一着あったっけ? でもあれ、かなりボロボロだったような気が……」
仕立て屋を利用しようにも、そのような資金は【ヘスティア・ファミリア】にはない。
ヘスティアは女神の
改めて思ったが、自分は主神として【ファミリア】運営について無知が過ぎる。神友に頭を下げてでも教えて貰わなければ。
そんなことを考えながらぼーっと過ごしていると、不意に、視界上部に影が差した。
ベルだ。
目が合うと、少年は無邪気に笑った。
「あまり長居をすると風邪を引いてしまうぞ」
「……ボクが此処に居るのは誰の所為だと思うのかな?」
ヘスティアがそうやって睨んでやると、ベルは困ったように片頬を掻いた。どうやら反省しているようだとヘスティアは考え、空いている右側を叩く。
そして持ってきた掛け布団をふわりと広げる。二人が入るには窮屈だったので、少し距離を縮めた。
「落ち着いたかい?」
「ああ、落ち着いたとも。すまない、迷惑を掛けたな」
「良いさ。この時間を君と過ごせる切っ掛けになったと思えばね」
とことん甘いなぁ、とヘスティアは自嘲した。
同時に、これは未来永劫変わらないのだとも悟った。
ヘスティアは、ふと、今の状況を神友の
(
三大処女神の一柱の彼女は、こと男女の触れ合いに関してはとても煩い。風の噂でこの下界に居ることは耳に挟んでいるが、果たして、彼女は何処に居るのだろうか。
いつかまた会いたいなぁ、と思っていると。
「──ヘスティア」
ベルが、話を切り出した。ヘスティアが「何だい?」と聞き返すと、彼は言った。
「私の【ステイタス】について聞きたいことがある」
ベルは馬鹿でもなければ阿呆でもない。ましてや愚鈍でもない。
彼だって理解している。
自身の異常性を。
そして恐らく、見当はついてるだろう。
だがその上でベルはヘスティアに質問した。その意味が分からない
「ああ、そのことなんだけどね。ボクも考えていたんだけど……分からないんだ」
「ほう……分からないのか」
「うん、情けないことにね。女神失格だろう?」
「そんなことはないさ。『
「こらっ! そんなことを言っていると罰が当たるぞ!」
「ははは! それは怖い! いや女神であるヘスティアがそう言うと割と
全く……とヘスティアは呆れた。しかし、自分が笑っていることに気付く。
大分毒されているなぁと自覚しつつも、まあ、これでいっかと彼女は思った。
咳払いを打ち、ヘスティアはベルに言った。
「
「ごめん。本当にごめん!」
ヘスティアは普段の意趣返しがしたかったので、ベルの懇願をスルーした。そのまま言葉を続ける。
「訳が分からないが、今の君は成長期のようだ」
「成長期……? いや確かに、私の身長は徐々に伸びているが……目標185
ヘスティアは頭の中で現在のベル・クラネルの身長を思い出した。
そして端的に一言。
「うん、無理だね」
「ごはぁっ!?」
「君、確か165
「がはっ! 悪意のない言葉が私を傷付ける……」
ベルは嘘泣きをした。そして懐から一冊の手記と羽根ペンを取り出し。
「つ、綴ろう……我が英雄日誌……──『ベル・クラネルの偉大な夢は容赦なく女神によって否定されるのだった……』──」
慣れた手つきで走り書きしていく。
ヘスティアは横からそれを眺めながら、あることに気が付いた。
「それ、もう
「おっ、本当だ。羽根ペンもインクが少ないな……。だがそうか──もうここまで来たのか!」
新しいのを買わなくてはな! とベルは嬉しそうに言った。
「その『英雄日誌』とやらは何冊目だい?」
ふと疑問に思ったので、ヘスティアはベルに尋ねた。
少年は「ふぅーむ……」と考える素振りを見せてから、やがて答える。
「確かこれで五冊目だった筈だ」
「五冊目!?」
ヘスティアが驚く一方で、ベルはきょとんとしていた。それからさらに。
「
「ああ、うん……ボクは別の意味で驚いているんだけどね……」
わざわざ書くような
ベル・クラネルなら充分に有り得ると。
ヘスティアは話が脱線していることに気付き、
「話を戻そう。兎にも角にも、今の君は成長期だ。【ステイタス】の伸びが他の冒険者達と比べるまでもない程に」
彼女は言葉を続ける。
「このまま伸び続ければ、君は世界最速記録を達成するかもしれない。それは『偉業』なのかもしれない」
「……」
「だけどボクはそんなの望んでいない。ベル・クラネル。ボクの初めての
言っていることが支離滅裂なのはヘスティア自身分かっていた。
だが
彼は目を細め一度頷く。それは了承の証だ。
「約束しただろう。私は必ず
「そっか、そうだったね。なら、安心だ」
二人は笑い合った。
それから穏やかな時間がゆっくりと流れる。
月を仰ぎ見ながら、ヘスティアは不意に。
「なぁ、ベル君」
「何だ?」
「君の
そう問い掛けると、ベルは静かに声を立てて笑った。何故笑うのかと詰問すると、彼は可笑しそうに言う。
「先日、女神ロキにも同じ質問をされた」
うへえ、とヘスティアは顔を歪めた。
心当たりはある。恐らくはロキがベルを呼び留めた時だろう。こんな事なら外で待っているんじゃなかったと、彼女は過去の己を憎んだ。
ベルは無言で
「私は──『僕』は『英雄』になりたい。それが僕の
自らの
此処に他の
自分の愛しい我が子の夢を笑うのは、親失格だ。
だから、彼女は上半身を起こし、少年に笑い掛けた。伸ばされている手を優しく自身の手で包み込む。
「君ならなれる。ボクは確信している。だってボクのベル・クラネルは──」
その女神の御言葉を最後まで聞いたベルは、心から嬉しそうに笑った。
原作と時系列が今回の話でずれていますが──ガネーシャ主催の『神の宴』は今回のお話の夜に行われていたと思われます──そこはお許し下さい!