さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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夜空の下で、少年と女神は語り合った

 

【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)──『教会の隠し部屋』は北西と西のメインストリートの間にある。

 管理機関(ギルド)で受付嬢のエイナ・チュールと面談したベルとヘスティアは、仲良く手を繋ぎながら帰路に就いていた。

 道中、屋台で手短に夕餉を済ませると、自宅に戻った。

 

「よし、ちゃちゃっと【ステイタス】を更新してしまおう。ベル君、横になるんだ」

 

 就寝前に、ヘスティアがそう言った。

 

「ああ、頼む」

 

 ベルは指示通り服を脱ぐとそのままベッドに入り、うつ伏せの姿勢で背中を女神に向けた。

 眼前の異性の身体に、天界の三大処女神の一柱(ひとり)であるヘスティアは最初の頃は気恥しさを覚えていたものだが、今ではそれももうない。

 代わりにあるのは、ゆっくりとだが鍛え上げられていく眷族の成長に対する喜びだ。

 女神は慈愛の眼差しで子供の背中を優しく一度撫でてから、自身の神血(イコル)を一滴垂らした。

 

 

 

 

§

 

 

 

ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I82→I92

 耐久:I5

 器用:I96→H100

 敏捷:F396→E410

 魔力:I0

《魔法》

【】

《スキル》

【】

 

 

 

 

§

 

 

 

 ヘスティアは羊皮紙(ようひし)に写された共通語(コイネー)を見て、口を半開きにして固まった。

 自分の目は節穴なのかと目を擦ったが、しかし、見える景色は何も変わらない。何か失敗(ミス)したのかとも思ったが、自分は仮にも女神である。そのような失敗(ミス)はしていないと胸を張って言える。

 

「……ヘスティア?」

 

 ぐぬぬと、内心で(うな)っていると、心配になったのだろう、ベルが声を上げた。我に返ったヘスティアは「ごめんよ」と謝罪してから、馬乗りをやめ、ベルが起き上がれるようにした。

 

「さてさて……今日はどれ程伸びたものか……」

 

 黒色の長袖に腕を通しつつ、ベルはヘスティアから羊皮紙を受け取った。

 欠伸を噛み殺しながら凝視すると、

 

「……」

 

 眷族(ベル)は先程の主神(ヘスティア)と同じように、口を半開きにして固まった。

 本気(マジ)で? とベルは初めて主神(しゅしん)に胡乱げな視線を送る。ヘスティアは愛しい眷族からのその視線に「ぐおっ!?」と傷心しつつも、無言で頷いた。

 

「それが、今の君だ」

 

 ベルは呆然としているようだった。

 やがて正気を取り戻すと、深紅の瞳をクワッと見開き、食い入るように羊皮紙を凝視する。

 

「す、す……!」

 

 す? とヘスティアが首を傾げた、その時。

 

「SUGEEEEEEEEEEEEEE!」

 

「んなぁぅッ!?」

 

「えっ、私凄くない? これならすぐに『昇格(ランクアップ)』出来るんじゃない!?」

 

 一部の魔物が持つという『咆哮(ハウル)』を連想させる程の歓喜の声に、ヘスティアは堪らず耳を両手で塞いだ。

 しかし、ベルの叫び声は鼓膜を刺激する。ヘスティアは自分が眩い光の柱となって天界(てんかい)に送還されるのを錯覚したが、女神の根性で堪えてみせた。

 

「はははははははは! HUHAHAHAHAHAHA!」

 

 この時初めて、ヘスティアは眷族のことがウザいと思った。そんな彼女の内心を他所(よそ)にベルの高笑いは止まらない。控え目に言って、彼は今、物凄く調子に乗っていた。

 

「あー……ベル君?」

 

 壊れたように笑い続ける眷族を見て、主神は一応、声を掛けた。

 

「あはははははははははははははは! ハッハー!」

 

「……駄目だこりゃあ」

 

 だがベルには何も届かなかったようで、一つしかない寝台(ベッド)を占領し、笑い転げる。

 ヘスティアは「はあ」とこめかみを押さえた。

 先日の酒場の時のような、美の女神で釣るという方法も、効きはしないだろう。これを当の本人が聞いたら怒るだろうが、言うつもりはないので大丈夫だ。

 

(仕方ない……)

 

 眷族(こども)を叱るのは主神(おや)の義務だとは思うが、ヘスティアは非常に疲れていたので、何より、今のベルに対応するのが面倒に感じたので、放置することにした。

 同じ空間に居るのは我慢出来そうになかったので、偶には夜空でも眺めようと思い立ち、クッション片手に地下室から一階に出る。

 腐り掛けている階段を慎重に登りながら、二階に行き、天井に穴が空いている箇所を発見、その真下に行き、クッションを床に放り投げ、その上に仰向けで寝転んだ。

 星空を眺めようと……、

 

「あはははははははははははははは! これが俗に言う、俺TUEEEEEEEEEEEEって奴か!」

 

 ──した所で、喧しい声がした。ガバッと勢いよく上半身を起こす。

 

「ええい、煩いぞ!? 此処まで聞こえてくるなんて……どんなに嬉しいんだか……」

 

 ヘスティアは女神だ。

 全知全能、『不変』である彼女は超越存在(デウスデア)である。子供達の成長を祝福することは出来るが、共感は出来ない。

 悲しくならないと言えばそれは嘘になるが、仕方がないことだと割り切っていた。

 

「ベル君には近所迷惑を考えて欲しいものだぜ……まあ、ご近所さんは居ないけど!」

 

 廃れた教会はその外観が原因で見る人の足を遠ざけているようで、近くに住民は居ない。

『古代』ならまた話は違ったが、『神時代(しんじだい)』に入り、神々の存在が証明された今代に於いて、女神への信仰はあまり流行っていないのだ。ましてや神々が最も多く住まう迷宮都市(オラリオ)なら尚更である。

 

「……」

 

 何処からか飛ばされてくる夜風がヘスティアの小さな身体を包み、一瞬の後には過ぎ去っていく。

『下界』から仰ぎ見る『天界』──星々の輝きは圧巻の一言に尽きた。こんな風に見えていたんだなぁとヘスティアは目を細める。だが彼女の意識の大半は別のことに割けられていた。

 

「【英雄回帰(アルゴノゥト)】かぁ……」

 

 神聖文字(ヒエログリフ)で書かれている原本をヘスティアは改めて読んだ。

 眷族には伝えていない部分を強く睨む。

 

 

 

 

§

 

 

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I82→I92

 耐久:I5

 器用:I96→H100

 敏捷:F396→E410

 魔力:I0

《魔法》

【】

《スキル》

英雄回帰(アルゴノゥト)

 ・早熟する。

 ・想い(いし)が続く限り効果持続。

 ・想い(いし)の丈に応じて効果上昇。

 ・想い(いし)は伝播する。

 

 

 

 

§

 

 

 

 ヘスティアには悩みがあった。下ろした髪の毛を指で弄りながら、呟く。

 

「やっぱり異常だよなぁ……」

 

 女神は「はぁー」と深々と溜息を吐いた。

 彼女が言った『異常』とは何なのか。

 それは己の眷族(ベル・クラネル)の【ステイタス】の上昇具合である。

 ヘスティアの初めての眷族はベルだ。そんな彼女は神友から聞いた情報でしか『恩恵』の進捗具合は知らない。

 どのような方法なら熟練度が加算(プラス)されやすく、また、どのような規則性をもって魔法やスキルが発現するのかというノウハウを彼女は持ち合わせていなかったのだ。

 だが、彼女はれっきとした一柱(ひとり)の女神である。

 故に、ベル・クラネルの()()()が分かっていた。何かが可笑しいぞ、と思うくらいには。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。こんなにも早く易々と熟練度が上昇するなら、都市の殆どの冒険者は上級冒険者に到達していても可笑しくない」

 

 しかし、都市の過半数の冒険者は未だにLv.1。階位を上げるには至っておらず、『偉業』を成し遂げていない。

 

「原因はやっぱりこれか……」

 

 スキル──【英雄回帰(アルゴノゥト)】。

 そもそも『スキル』とは【ステイタス】の数値とは別に、一定条件の特殊効果や作用に(もたら)す効果のことだ。

【ステイタス】が『器』そのものを強化するものだとするならば『スキル』は『器の中』で特殊な化学反応を起こさせる。

 

「あの子が()()()()()()()なのは聞いていたけど……」

 

 蒼の瞳を閉じれば、あの日──ヘスティアがベル・クラネルと会った日の記憶が蘇る。

 中々に強烈な出来事だったが、今は良き思い出だ。

 そして、【ヘスティア・ファミリア】を結成する(とき)少年(ベル)女神(ヘスティア)に自身の『秘密』を明かしていた。

 

 ──『これから家族になるヘスティア(あなた)には隠し事はしたくない』

 

 笑いながら、そう、少年は言ったのだ。

 最初聞かされた時はただただ驚愕したし、実のところ、半信半疑であったのだが──神々は子供達の『嘘』を見破ることが出来るが、これは万能ではない。子供達の主観によっては『嘘』も『真』になるということだ──今はもう、()()()()()()受け入れるしかないだろう。

 ヘスティアは改めて思う。

 

(ベル君の()()がそうさせたのか……? いやでも、なら、どうしてあのタイミングで? それこそ『神の恩恵(ファルナ)』を刻んだ時に発現していても可笑しくない筈……)

 

 考えても考えても分からない。

 分かることといえば【英雄回帰(アルゴノゥト)】というスキルが『レア・スキル』であるということだ。

 発現しているスキルの多くは、内実、冒険者の間で共有されている効果効用が多い。

 スキルの発現自体は珍しいのだが、いざ蓋を開けてみると、名称こそ違うが、能力はだいたい似通っているケースが非常に多いのだ。同種族ならその可能性はさらにぐっと増し、例えばエルフなら魔法効果の補助、ドワーフなら『力』の補正等だ。

 だが、希少なもの──重複しない唯一無二(オンリーワン)なものを、神々は『レア・スキル』と勝手に呼んでいる。

 

「まあ、これに関しては当面の間はボクだけの秘密にして……」

 

『娯楽』に飢えた神々が聞き嗅ぎ付けたら面倒事になるのは必須。本拠(ホーム)に押し入って、無理矢理にでも知ろうとしても可笑しくはない。【ヘスティア・ファミリア】のような零細派閥ではとてもではないが抵抗出来ない。

 何よりも、愛しい我が子を守る為だ。

 

(ベル君がどんな反応をするのかは分からなけど……もし、これが驕りになったら……)

 

 子供達の(さが)だ。

 即席の自信、即席の力は──子供達を調子に乗らせてしまう。

 先程のベルのように。

 もちろん、ヘスティアはベルのことを理解している。あれは一時(いっとき)のもの、日を(また)げば無くなるだろう。

 だが、物事に絶対はない。

 ヘスティアはベルのことが好きだ。初めての眷族(こども)が彼で良かったと心から思っているし、毎日がとても楽しい。何故もっと早く彼と出会わなかったのだろうと思う程に。

 もう少し様子を見てからでも遅くはないと判断し、ヘスティアはそれを見て頭を悩ませた。

 

「次に分からないのが、この効果なんだよなぁ……」

 

 スキル──【英雄回帰(アルゴノゥト)】の効果は以下の通り。

 

 ・早熟する。

 ・想い(いし)が続く限り効果持続。

 ・想い(いし)の丈に応じて効果上昇。

 ・想い(いし)は伝播する。

 

 何度見ても頭が痛む。

 それ程までに埒外(らちがい)のことが書かれているのだ。

『早熟する』『想い(いし)が続く限り効果持続』『想い(いし)の丈に応じて効果上昇』の三つに関しては、まあ、分かる。それは今回の【ステイタス】更新で明らかになった。つまり、上記三つの効果は『器』を『成長』ではなく、『飛躍』させる効果があるということだ。だからこその、異常なまでの熟練度の上昇率。

 だがしかし、四つ目──『想い(いし)は伝播する』。これに関しては本当に分からない。

 

「アバウトにも程があるだろ……いや、【経験値(エクセリア)】として拾い上げたのはボクだけどさぁ……」

 

 はあ、と本日何度目かの溜息。

 心で再度読み上げる。

 

 ──『想い(いし)は伝播する』──

 

 噛み締めるようにして、頭の中で何度も反芻させる。ひとつひとつを、ゆっくりと紐解いて行く。

 そして、ヘスティアはある一つの『可能性』に達した。目を見開き、考察していく。

 

(まさか……いやでも、そんなことが起こり得るのか──?)

 

 ぶんぶんと頭を振って、浮かんだ自身の考えを否定する。その先を考えるのがヘスティアは怖かった。

 だが──と、彼女は思わずにはいられない。

 ()()()()()()()()()──と。ぶるりと身を震わせ、あることを思い出した。

 

「確か……明日は『神の宴』だったっけ。行く気はなかったけど……」

 

『神の宴』とは、下界に降り立った神々が顔を見合せる為に設けられた会合のことである。どの神が主催するのか、いつ開かれるのかは全然決まっていない。

 気ままで自由な神々は、ルールに縛られるのを嫌う神物が多いのだ。誰かが『宴開きまーす!』と宣言すれば、それを聞き付けた誰かが『オレ、参加しまーす!』と、そんな具合に開かれるのである。

 厄介になった神友に近況を報告しがてら、スキルについてはそれとなく聞いてみようと考えた。

 

「やばいなぁ……ドレスがないよ……。いや、確か一着あったっけ? でもあれ、かなりボロボロだったような気が……」

 

 仕立て屋を利用しようにも、そのような資金は【ヘスティア・ファミリア】にはない。

 ヘスティアは女神の矜恃(プライド)を捨て去り、私服で行くことを決めた。幸い今回の主催者は神格者(じんかくしゃ)である【群衆の主(ガネーシャ)】と聞いているから、ドレスコードで門前払いはされないだろう。他の神達からは笑われるだろうが、それは自分が我慢すれば良いだけだ。

 改めて思ったが、自分は主神として【ファミリア】運営について無知が過ぎる。神友に頭を下げてでも教えて貰わなければ。

 そんなことを考えながらぼーっと過ごしていると、不意に、視界上部に影が差した。

 ベルだ。

 目が合うと、少年は無邪気に笑った。

 

「あまり長居をすると風邪を引いてしまうぞ」

 

「……ボクが此処に居るのは誰の所為だと思うのかな?」

 

 ヘスティアがそうやって睨んでやると、ベルは困ったように片頬を掻いた。どうやら反省しているようだとヘスティアは考え、空いている右側を叩く。

 神意(しんい)を理解したベルは嬉しそうに頬を緩ませると「失礼する」と言ってから、ヘスティアの隣に寝転がった。

 そして持ってきた掛け布団をふわりと広げる。二人が入るには窮屈だったので、少し距離を縮めた。

 

「落ち着いたかい?」

 

「ああ、落ち着いたとも。すまない、迷惑を掛けたな」

 

「良いさ。この時間を君と過ごせる切っ掛けになったと思えばね」

 

 とことん甘いなぁ、とヘスティアは自嘲した。

 同時に、これは未来永劫変わらないのだとも悟った。

 ヘスティアは、ふと、今の状況を神友の貞潔(ていけつ)の女神が見たらどんな表情を浮かべるのかと思った。

 

貞潔の女神(アルテミス)はなぁ……きっと激怒するだろうなぁ……)

 

 三大処女神の一柱の彼女は、こと男女の触れ合いに関してはとても煩い。風の噂でこの下界に居ることは耳に挟んでいるが、果たして、彼女は何処に居るのだろうか。

 いつかまた会いたいなぁ、と思っていると。

 

「──ヘスティア」

 

 ベルが、話を切り出した。ヘスティアが「何だい?」と聞き返すと、彼は言った。

 

「私の【ステイタス】について聞きたいことがある」

 

 ベルは馬鹿でもなければ阿呆でもない。ましてや愚鈍でもない。

 彼だって理解している。

 自身の異常性を。

 そして恐らく、見当はついてるだろう。

 だがその上でベルはヘスティアに質問した。その意味が分からない主神(ヘスティア)ではない。

 

「ああ、そのことなんだけどね。ボクも考えていたんだけど……分からないんだ」

 

「ほう……分からないのか」

 

「うん、情けないことにね。女神失格だろう?」

 

「そんなことはないさ。『神の力(アルカナム)』が封印されている女神(あなた)子供(わたし)と変わらないのだろう。なら、全知全能……いや、()()()()の貴女が分からなくても不思議ではないさ」

 

「こらっ! そんなことを言っていると罰が当たるぞ!」

 

「ははは! それは怖い! いや女神であるヘスティアがそう言うと割と本気(マジ)で怖いので、その脅しはやめてもらって良いですか」

 

 全く……とヘスティアは呆れた。しかし、自分が笑っていることに気付く。

 大分毒されているなぁと自覚しつつも、まあ、これでいっかと彼女は思った。

 咳払いを打ち、ヘスティアはベルに言った。

 

()()()()なりに考えてみたけど……」

 

「ごめん。本当にごめん!」

 

 ヘスティアは普段の意趣返しがしたかったので、ベルの懇願をスルーした。そのまま言葉を続ける。

 

「訳が分からないが、今の君は成長期のようだ」

 

「成長期……? いや確かに、私の身長は徐々に伸びているが……目標185C(セルチ)!」

 

 ヘスティアは頭の中で現在のベル・クラネルの身長を思い出した。

 そして端的に一言。

 

「うん、無理だね」

 

「ごはぁっ!?」

 

「君、確か165C(セルチ)だろう。流石に185C(セルチ)は無理じゃないかなぁ……。良くて175C(セルチ)くらいじゃない?」  

 

「がはっ! 悪意のない言葉が私を傷付ける……」

 

 ベルは嘘泣きをした。そして懐から一冊の手記と羽根ペンを取り出し。

 

「つ、綴ろう……我が英雄日誌……──『ベル・クラネルの偉大な夢は容赦なく女神によって否定されるのだった……』──

 

 慣れた手つきで走り書きしていく。

 ヘスティアは横からそれを眺めながら、あることに気が付いた。

 

「それ、もう(ページ)があまりないじゃないか」

 

「おっ、本当だ。羽根ペンもインクが少ないな……。だがそうか──もうここまで来たのか!」

 

 新しいのを買わなくてはな! とベルは嬉しそうに言った。

 

「その『英雄日誌』とやらは何冊目だい?」

 

 ふと疑問に思ったので、ヘスティアはベルに尋ねた。

 少年は「ふぅーむ……」と考える素振りを見せてから、やがて答える。

 

「確かこれで五冊目だった筈だ」

 

「五冊目!?」

 

 ヘスティアが驚く一方で、ベルはきょとんとしていた。それからさらに。

 

迷宮都市(オラリオ)は凄いな。私がこの都市に来て三週間が経とうとしているが、まさかたったこれだけで一冊丸々使うとは」

 

「ああ、うん……ボクは別の意味で驚いているんだけどね……」

 

 わざわざ書くような出来事(イベント)がそんなに有るのか……? とヘスティアは思ったが、すぐに思い直す。

 ベル・クラネルなら充分に有り得ると。

 ヘスティアは話が脱線していることに気付き、

 

「話を戻そう。兎にも角にも、今の君は成長期だ。【ステイタス】の伸びが他の冒険者達と比べるまでもない程に」

 

 彼女は言葉を続ける。

 

「このまま伸び続ければ、君は世界最速記録を達成するかもしれない。それは『偉業』なのかもしれない」

 

「……」

 

「だけどボクはそんなの望んでいない。ベル・クラネル。ボクの初めての眷族(こども)。どうか、油断しないでくれ。驕らないでくれ。死に急がないでくれ。絶対に生きて帰ってくれ。ボクを──独りにしないでくれ」

 

 言っていることが支離滅裂なのはヘスティア自身分かっていた。

 だが眷族(ベル)主神(ヘスティア)が何を言いたいのか分かっていた。

 彼は目を細め一度頷く。それは了承の証だ。

 

「約束しただろう。私は必ず本拠(いえ)に帰ってくると。貴女が待ってくれている、この我が家(いえ)に。だって私は、約束は必ずまもる男子(おのこ)だからな」

 

「そっか、そうだったね。なら、安心だ」

 

 二人は笑い合った。

 それから穏やかな時間がゆっくりと流れる。

 月を仰ぎ見ながら、ヘスティアは不意に。

 

「なぁ、ベル君」

 

「何だ?」

 

「君の願望(ねがい)は何だい?」

 

 そう問い掛けると、ベルは静かに声を立てて笑った。何故笑うのかと詰問すると、彼は可笑しそうに言う。

 

「先日、女神ロキにも同じ質問をされた」

 

 うへえ、とヘスティアは顔を歪めた。

 心当たりはある。恐らくはロキがベルを呼び留めた時だろう。こんな事なら外で待っているんじゃなかったと、彼女は過去の己を憎んだ。

 ベルは無言で蒼空(そら)に手を伸ばした。そしてぐっと宙を摑み、おもむろに。

 

 

 

 

「私は──『僕』は『英雄』になりたい。それが僕の大願(ねがい)です、ヘスティア(かみさま)

 

 

 

 自らの願望(憧憬)を口にした。

 此処に他の男神(おがみ)や女神が居たらどのような反応をするのだろうか、とヘスティアは考える。答えはすぐに出た。彼等彼女等の殆どは腹を抱えて笑うだろう。

 炉の女神(ヘスティア)は笑わない。笑う筈がない。

 自分の愛しい我が子の夢を笑うのは、親失格だ。

 だから、彼女は上半身を起こし、少年に笑い掛けた。伸ばされている手を優しく自身の手で包み込む。

 

 

 

「君ならなれる。ボクは確信している。だってボクのベル・クラネルは──」

 

 

 

 その女神の御言葉を最後まで聞いたベルは、心から嬉しそうに笑った。

 




原作と時系列が今回の話でずれていますが──ガネーシャ主催の『神の宴』は今回のお話の夜に行われていたと思われます──そこはお許し下さい!
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