さあ──『喜劇』を始めよう!   作:Sakiru

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セオロの森林

 

 モンスターは地下迷宮(ダンジョン)から産まれる。

 今日(こんにち)では常識である()()を、人類が最初に知ったのは人類史という観点で見ればつい最近の出来事である。

 

 ダンジョン──ひいては、『大穴』がいつからあったのか、それは定かではない。

 

 発生源に辿り着く時まで、人類は『大穴』という存在すら知らず、思い浮かばず、ただ迫り来る脅威に怯えるしか他なかった。

『大穴』そのものに人類が辿り着いたのは、『古代』初期とされている。

 そして『大穴』を塞ぐ『蓋』を担う巨塔(バベル)が本格的に建設され始めたのは神々が天界から降臨してきた神時代に移ってからであり──つまり何千年もの間、『大穴』……地下迷宮(ダンジョン)から、モンスターは地上へ湧き出てきていたという事である。

 

「これ全部、森ですか……。迷子になりそうですね……」

 

「『古代』の時は、妖精(エルフ)達の住処だったらしいよ……」

 

「昔は多くの亜人族(デミ・ヒューマン)が住処を奪われていたからな。人類の生存領域はとても少なかった」

 

 リリルカが「ご存知なのですか?」と、ベルに尋ねる。

 

「英雄譚オタクの間では周知の事実さ」

 

 暇な時間に古書店から取り寄せた英雄譚を読んでいる姿を何度も目にしている為、リリルカはすぐに納得した。

 

「ナァーザ様。今日はどうして此処に来たのですか?」

 

「新薬を開発するにあたって……必要な素材がある……。その採取の為……」

 

「……? それはダンジョンでは採れないのでしょうか?」

 

 ダンジョンにはモンスターのみならず豊富な資源も数多く眠っている。

 人類は──特に、ヒューマンの種族──これを活用し、文明を大きく開花させた。それは今日に於いても続いており、日々、新たな技術が生まれている。

 たった今日まで都市から出た事がない小人族(パルゥム)の疑問に、犬人(シアンスロープ)薬師(ハーバリスト)はやや得意げに頷いた。

 

「モンスターの『ドロップアイテム』とは違うよ……。地上のモンスターとダンジョンのモンスターは、似て非なるものなんだ……」

 

「は、はぁ……なるほど?」

 

 首を傾げる、リリルカ。

 その頭の上に、御者と話をつけた──森林から少し離れた位置で待機するようにした──ミアハがぽんと自身の手を乗せる。

 ミアハはリリルカへ微笑むと、表情を切り替えて言った。

 

「待たせたな。それでは、参ろう」

 

 薬神(ミアハ)の号令の元、一行は森林の中へ踏み入れた。

 

 

 

 

§

 

 

 

「今回採取するのは、モンスターの『卵』だ」

 

「『卵』、ですか……?」

 

 前衛が現役冒険者のベル、中衛を能力値(ステイタス)だけならLv.2のナァーザ。

 そして後衛を非戦闘員(サポーター)のリリルカと、全知零能である神たるミアハという陣形で、パーティは順調にセオロの森林の中を進んでいた。

 ミアハが目的を語ると、リリルカが疑問を口にする。

 

「モンスターは『卵』を産まないのでは?」

 

「うむ、良い質問だ。リリルカの知っての通り、モンスターは基本的にはダンジョンから産まれる」

 

「はい、そうですよね。『ダンジョンは生きている』。リリ達冒険者達の間では常識です」

 

「でもその常識は、ダンジョンから出ると違ってくる……」

 

「今、ダンジョンには『蓋』がされている状態だ。創設神による『祈祷』により、モンスターによる大規模な地上進出は防がれている。だが、『蓋』がされたのは神時代になってからだ」

 

 先頭を歩く主からもヒントを得て、リリルカは「なるほど……」と推測していく。

 

「……つまり、『古代』に於いて地上で生き延びていたモンスター、その子孫は今も尚生きていて、ダンジョン産とは違う方法で子孫を残しているという訳ですね? それこそ、普通の動物と同じように交配をしてると?」

 

「おお……流石リリルカ、頭の回転が早いね……」

 

 答えに辿り着いたリリルカに、ナァーザは瞠目した。

 

「さっきもそうだったけど……ベルは、昔の事にやけに詳しいね……? これも、英雄譚オタクの間では周知の事実なの?」

 

「フッ、当然さ」

 

 辺りを警戒しながら、ベルは顔を振り向かせる事なく、しかし得意げな声音でナァーザに返事した。

 英雄譚オタク怖い……と、ナァーザとリリルカの二人が少し引いた様子を見せる中、ミアハだけが神妙な面持ちを見せる。

 

「──そろそろ森を抜けるぞ」

 

 隊列を組んで慎重に進む中、先頭を歩くベルがおもむろに止まってそう言った。

 

「作戦を始める前に、打ち合わせをしよう」

 

 パーティリーダーの指示に、仲間達は頷きを交わす。

 依頼人(クライアント)である【ミアハ・ファミリア】が説明する。

 

「まず、今回の目的はあくまでも新薬の開発だ。その為には、沢山の素材が必要となる。ベルとリリルカにはこれまで協力をお願いしてきたな。最近だと、ダンジョンに出現する『ブルー・パピリオ』のドロップアイテムがそうだ」

 

「あぁ……あれは大変でしたね。ブルー・パピリオと中々遭遇(エンカウント)しないなと思っていたら、急にダンジョンから産まれるんですもん。それも一気に沢山。あれにはビックリしましたよ……」

 

 当時を振り返ったリリルカがボヤく。

 ミアハは「面倒を掛けるな」と言うと、説明を続けた。

 

「私とナァーザの見込みでは、新薬の開発に必要な素材はほぼほぼ揃っている。恐らく、今日これから採取する『卵』で完成する筈だ」

 

「それで、その『卵』というのは具体的には何のモンスターの『卵』なのですか? これまで頑なに言及を控えていらっしゃった印象を、リリは受けているのですが」

 

「その点についてもすまぬ。隠していたつもりではなかったのだが、迷宮都市(オラリオ)育ちの其方(リリルカ)に勝手に配慮していたのは確かだ」

 

「……? 余程、凶暴なモンスターなのですか?」

 

能力値(ステイタス)的には、Lv.1でも十分に対処可能だ」

 

 ナァーザがミアハの言葉を引き継いで言う。

 

「『卵』の持ち主は……──『ブラッドサウルス』」

 

「……ッ!? ブラッドサウルス!? 30階層から出現する『下層』の大型級モンスターではないですか!?」

 

 それまで小首を傾げていたリリルカが、ギョッと目を剥いた。

 そんなリリルカに、ベルが安心させるように言葉を掛ける。

 

「大丈夫だ、リリ。先程神ミアハが言った通り、地上のモンスターは弱い」

 

「いや、しかし……!?」

 

 主や神の言葉を疑っている訳ではない。

 しかし、支援職(サポーター)としては、すぐには認められなかった。

 そんなリリルカを見兼ね、ベルが言う。

 

「リリ、これは昇格(ランクアップ)した私の試運転も兼ねているんだ」

 

「試運転……ですか……?」

 

「ああ。そうでなければ、私は事前にリリにちゃんと相談していたよ」

 

 パーティの中でリリルカだけが、目的物が具体的に何かを知らなかった。

 それはベルが、現実主義者(リリルカ)を説得する時間を惜しいと判断したが為である。

 都市育ちのリリルカ・アーデにとって、都市外は全て『未知』に等しい。それに対して、いくら(ベル)の言葉で説明されろうとも、すぐに納得するのは難しい。

 

「思う所はありますが……うぅーん、そう言われてしまうと……。昇格(ランクアップ)した時、昇華した『器』に振り回されるという話は有名ですし……」

 

「無理そうだったらすぐに撤退するつもりだ」

 

「それは当然です! ──ハァ、分かりましたよ。リリも腹を括ります。幸い、道具(アイテム)は使える物は念の為全て持ってきました。これなら、早々にやられる事はないでしょうし……」

 

「そうなった場合、出費が怖いですが」と溜息を吐く、リリルカ。

 そんな小人族(パルゥム)の頭をベルは「ありがとう」と頭を撫でた。子供扱いするなとすぐに手酷く振り払われてしまったが。

 ミアハが話を続ける。

 

「とはいえ、あくまでも最優先事項はブラッドサウルスの『卵』だ。私とナァーザが『卵』を採取している間、ベルとリリルカにはブラッドサウルスを引き付けておいて欲しい」

 

 眷族(ナァーザ)が眉を顰める。

 

「ミアハ様……危険です。 『卵』は私が全部回収しますから……ミアハ様は安全な場所に居て下さい…… 」

 

 眷族(ナァーザ)の忠言を、主神(ミアハ)は「それは出来ん」と力強く首を横に振った。

 

「子供達を危険な身に追いやるというのに、神だからという理由だけで安全な場所に居るなど出来る筈もなかろう。ましてやこれは、私の我儘に起因するのだから尚更だ」

 

「で、でも……!」

 

「大丈夫だ、ナァーザ。脅威(モンスター)は私とリリの二人で、全て排除する」

 

「……ベル。出来るの?」

 

「ああ」

 

 只人と犬人(シアンスロープ)の瞳が交わった。

 

「……分かった。信じる」

 

 このパーティで唯一の冒険者(ベル)に言われれば、ナァーザも引き下がる他なかった。

 渋々といった表情を隠す事もせず、「それならせめて、私から離れないで下さいね……」と主神へ言う。

 打ち合わせを終えたパーティは移動を再開し、遂に森を抜け、目的地を見据えた。

 そこは、広々とした窪地であった。

 そして、そこに居るのは五Mを超える大型級モンスタ──―ブラッドサウルス。

 凶暴にして凶悪なその大型恐竜は複数体居り、群れを作っているようであった。

 

「──見えました。確かに、『卵』と思われる物体が確認出来ます」

 

 この中で最も視力の良いリリルカが──小人族(パルゥム)亜人族(デミ・ヒューマン)の中でも視力が優れている──そう報告する。

 

「さあ──『冒険者依頼(ぼうけん)』を始めよう!」

 

 ベルの号令に、仲間達はしっかりと頷き返した。

 打ち合わせ通り、各々が持ち場に散らばる。

 

 ──ブラッドサウルスは散らばって窪地に居た。

 

 そのうちの、うたた寝をしている一体に、ベルはわざと大きな足音を出しながら近付く。

 

『ヴァァ……?』

 

 モンスターは巣に侵入してきた敵の存在に、すぐに気が付いた。困惑の声を上げる。

 

「やぁやぁブラッドサウルス! 大いなる魔物、肉食の恐竜よ! この私、ベル・クラネルがやって来たぞ! 貴方達の『卵』を貰い受けに!」

 

『ヴゥゥウウウウウ……!』

 

 ベルの朗らかな挨拶に、ブラッドサウルスは唸り声で答えた。

 そして、目の前の只人によって気持ちの良い時間を遮られたという事実を、徐々に認識していく。

 

『ヴルゥアアアアアアア……』

 

 憤怒の声を上げながら、ブラッドサウルスは横たえていた身体を起こした。

 ズシン! と地面が悲鳴を上げ、その巨体で以て冒険者を見下ろす。

 

『ヴルアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 

 窪地全域に、肉食恐竜の雄叫びが響き渡る。

 他のブラッドサウルス達も侵入者の存在に気付き、排除しようと動き始める。

 巨体に似合わずその動きは俊敏であり、同じ大型級であっても、ベルが相対した事のある豚面(オーク)とまるで違う事は明白であった。

 

「フッ、ぶっちゃけかなり怖いが! 私を食べるのは遠慮して貰おう! あまり美味しくないと思うゾ!」

 

 ベルは愛剣を鞘から抜き去ると、その鋭い剣先をブラッドサウルスへ向けた。

 人語(ことば)を理解出来ずとも、その声音から挑発されたのだと何となく分かったのだろう、モンスターは低い唸り声を喉仏から震わせた。

 彼我の距離がゆっくりと縮まっていく。

 ブラッドサウルス達は獲物(ベル)を逃がさないように。

 ベルは作戦を成功させる為に。

 思惑は異なれど、両者は『駆け引き』で勝負する。

 

『『『ヴルゥゥゥゥ……!』』』

 

 ブラッドサウルス達がベルを完全に囲もうとした、その時。

 ベルは目を閉じて叫んだ。

 

「リリッ!」

 

 パーティリーダーからの指令(オーダー)に、支援職(サポーター)はすぐに応える。

 

「行きますッ!」

 

 小人族(パルゥム)専用のボウガン──リトル•バリスタを、リリルカは射る。

 ヒュン、という風切り音と共に矢は目標地点へ一直線に進んだ。

 そしてモンスター達のすぐ目の前の地面に鏃が突き刺さると同時──括り付けられていた閃光玉が炸裂する。

 

『『『ヴァァアアアアアアアッ!?』』』

 

 視界を埋め尽くす人工の眩い光に、ブラッドサウルス達はたちまち悲鳴を上げる。中には、その巨体を横転させる個体も居た。

 一方、しっかりと深紅(ルベライト)の瞳を閉ざしていたベルに被害はない。

 漆黒の長剣──《プロシード》を担ぐ様に構え、一瞬の溜めを作る。

 そして、

 

「──フッ!」

 

 地面を蹴った。

 刹那、ベル・クラネルの身体は加速する。

未完の英雄(リトル・ルーキー)】の初陣が幕を開けた。

 

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