からん。
蹴り飛ばされた空き缶が、理想的な放物線を描いて綺麗にゴミ箱に収まる。お陰で先程まで燃え盛っていた苛立ちが、少し冷めたような気がした。
しかし、
「さすが元サッカー部のエース、やるぅ」
ひゅー、と口笛を吹いて囃し立てる横のクソガキのせいで、またぶり返してしまったのだが。
「うっせえ!もう用は済んだんだ、帰るぞ」
「えー!もう帰っちゃうのかよ。デザート欲しいよ」
踵を返して歩き出すと、作斗は慌てて引き留めておねだりをしてくる。
「バーカ。タダでさえ配給が枯渇してるってのにそんな大層なもんが置いてあるかよ」
にべもなく返すと、バイクに跨る。エンジンをかけようとするが——
「つっ、まだ寝てやがんのかこのポンコツ」
「兄貴が意地悪するのが悪いんだ。バチが当たったんだぜきっと!」
今日はとことんツキがないらしい。またしても煽られて、苛立ちが募るばかりだ。と、
ガタッ!ブルルル…
ようやくエンジンがかかったらしい。全くこのオンボロめ。と小声で悪態をついてみるが、バイクは応えてくれやしない。どうせなら、とアクセルを全開にする事にした。
「わああああああ!!急に速度出すのやめ、ぎゃあああ!!」
——少し溜飲が下がった。
「ただいま!」
「戻ったぞ」
「あ、おかえり〜。早かったね」
玄関に入ると、台所から香來の声が聞こえた。晩飯の仕込みでもしているのだろうか。
「そうだよ〜。配給所にはもうちょっと長居すると思ってたから、それまでに終わらせようと思ってたんだけど」
「…ナチュラルに思考読むのやめない?姉さん」
「え〜、だって波巳、何考えてるかすぐ分かるんだもん」
からからと楽しそうに笑う香來。相変わらず、何を考えているのか分からないというか、掴み所が無いというか…
「あれ?作斗、今日は何も買ってこなかったの?いつもは何かしらデザート入れてくるのに」
「それがさ、聞いてよ姉ちゃん!行った時にはアイスもグミも何もかも無くなってたんだよ!みかんまで!」
「ここが奴らに荒らされてない地域だって噂がどっかから立っちまったみたいでな。近くの市区に住んでた奴らが一斉に押し寄せてきて配給根こそぎ奪っていきやがったよ」
下を向く作斗。昔なら母方の実家から山ほどみかんが送られてきたものだが、今ではどこに出現するかも分からない奴らのせいで、農業ですら大打撃を受けている。今まで毎日のようにみかんを摂取していた彼には堪えるのだろう。
「それは残念ね。私だってママレード作ろうと思ってたのに」
「姉さんもなのかよ」
「あれ、波巳はそうじゃないの?」
「全くないといえば嘘になるけど、そこのクソガキ程じゃねえよ」
「なんだと〜!!」
「はいはい、そこまでそこまで」
食ってかかろうとする作斗を香來が止める。波巳の言うことは聞かないくせに、いつも香來には頭が上がらない。まあ、彼らと自分の血は繋がって居ないのだから当然だが。いつの間にか再婚相手を決めていたかと思えば、すぐに義父と姉弟を連れてきた母が懐かしい。けれど、今あの人達は…
全く、
「波巳、何呆けてるの。肉全部取られちゃうよ?」
「あーっ!!作斗お前勝手に!」
「ぼーっとしてる兄貴が悪いよ。べーだ」
全く、現実は非情である。
* * * * * *
ところで。
災害と言えば、何を思い浮かべるだろうか。
地震雷火事親父とは昔から言うものだが、勿論それだけではない。台風だってそうだし、竜巻だって災害だ。ただこの著名な災害(親父除く)には、一応、とは先につけておくが、共通点がある。それは、
"予兆がある"ということだ。
緊急地震速報は、P波が無ければ成立しない。雷の前には必ず雲がある。台風、竜巻とて例外ではない。火事だって、先に煙が立つはずだ。
ともかく、現代の科学技術をもってすれば、何らかの予測が可能なのが、「災害」だ。しかし、「それ」だけは違った。
例えば、
「藍川、状況報告よろしく」
「り、了解です」
例えば、誰かの仕事中に。
「あなた、ゴミ出してって言ったじゃない」
「…そうだっけかな?」
例えば、誰かの休日に。
「兄貴〜!それ僕が取った肉だぞ!」
「この世は弱肉強食だ、知らなかったか?」
「その使い方、ちょっと違うよ〜」
——例えば、誰かの晩餐に。
"それ"は、突然、現れた。
ガァァァァン!!
轟音とともに、テーブルが揺れ、コップが倒れる。
「え、何、地震!?」
「いや、ここまでの地震で何の予測も出来なかったはずがない。これは…地震じゃねえんだ」
「じゃ…もしかしてやっぱり…」
「なあなあ!兄貴も姉ちゃんも何のこと言ってんだよ!わかんないよ」
一人怯える作斗。無理もない。彼だけは、あの時の災害を経験していないのだから。
慌ててテレビの電源を入れた時、目にしたのは——
あの時と寸分違わない、"怪獣"だった。
「姉さん、俺、行ってくる!先に作斗を連れて避難してて!」
「ちょっと!一人でどこ行くの!」
反駁する香來に対して、走り出しながら叫んだ。
「俺だって救助隊の端くれだ!避難の誘導くらい手伝わねえとな!」
「…まだ1ヶ月でしょ!!」
香來の声が、遠くに聞こえた。
* * * * * *
「きゃああああああ!!」
「ほ、本物の、怪獣だあああ!!」
「皆さん!落ち着いてください!誘導に従って下さい!!」
当然の事ながら、街は大混乱だった。ましてやここは、つい最近「怪獣が出ない」というので有名になってしまった地域。パニックが大きくなるのも当然だろう。
「今日が、世界の終わりがはじまる日だったとはね…」
「突っ立って何言ってるんですか!早く!早く!避難してください!」
驚きと恐怖で放心状態になったのか、何かぶつぶつ呟いている老人を急かし、避難させる。
「景山!お前今日非番じゃ?」
「休んでる場合じゃねえだろ!いいから避難させるぞ!」
「…おう!」
同僚と合流して、大勢の民衆に声をかける。どうやら、たまにはマニュアルを読んでいるやつもいるらしい。思っていたよりすんなり、避難が進んでいく。
「対怪獣災害マニュアルなんて、読んでる奴ら居たんだな!」
「ああビックリだよ!今、第三区画シェルターの人数は?」
「ちょっと待て!今調べる…124世帯、219人だ!」
「…まだ10人以上も避難出来てない奴らが居るのか…あん?」
♪〜
聞き慣れた着メロが流れる。香來だ。
「作斗◎※△…」
「姉さん?!落ち着け!どうした!?」
「作斗が…作斗が居なくなった!!」
「はーん作斗が…は!?」
早口で香來が捲し立てているようだが、全く動けない。気が動転しているのはどちらなのか。機能停止した体を、ぼんやりと見つめる自分がいる。
「聞いてんの!?波巳!助けてって言ってるの!!」
その一言で、スイッチが入った。
「…どこで見失った」
「確か、ハウスモールの近くだと思う!私も探しに行きたいんだけど、道が塞がれてて…」
「姉さんはシェルターに入ってろ!俺が連れ戻す!」
言い終わるか終わらないかくらいに通話ボタンを切り、走り出す。
「おい!どこ行くんだ!まだ避難出来てない人が居るんだぞ!」
「そいつを探しに行くんだよ!他は任せた!」
置き言葉を残し、その場を走り去る。
——待ってろよ、クソガキ。
* * * * * *
「作斗ーーーー!!何処だ!返事しろ!!」
大声で名前を呼びながら、ハウスモール前の道路を疾走する。もう既に怪獣の余波に晒されているらしく、辺りには土煙と瓦礫が舞い、視界が悪い。見つけ出すには、向こうに答えてもらうしか無さそうだ。
だが。
「くっそぉ…!返事がねえ。ケータイにも出やがらねえし…」
いつもあれだけうるさい作斗のことだ。すぐにでも声が聞こえると思ったのだが、15分も探し回っているのに一向に気配すら感じられない。まさか、瓦礫で身動きが取れなくなっているのだろうか。それなら、1人で助け出すのは骨が折れそうだ。
「ったく、こうなったら…」
そこら中の瓦礫を全部片付けてしまおうと、コンクリートに手を伸ばした時だった。
♪〜
また聞き慣れた着メロが鳴り響く。しかしこの音は…
「作斗か!おいクソガキ!今何処だ!!」
聞こえたか聞こえないかのうちにケータイを掴み取り怒鳴る。
「兄貴!ここだよ!!ここ!」
声は聞こえるが姿が見えない。本当に瓦礫に閉じ込められてしまったらしい。
「お前、瓦礫に埋まってんのか!どれだ!」
「僕に聞かれてもわかんないよ…あ、そうだ!」
「どうした?おい!作斗!…は?切れやがった!」
何かを思いついたらしい作斗だったが、突然通話が切れてしまう。電池切れか、それとも…
「っなんだよ!せっかく繋がったのに…あん?」
ギュイイイン…ジャララン…
辺りにギターの音が響いた。確か、作斗が最近ハマっている曲のイントロで…
「!そこか!」
後ろから大きく聞こえてきた。どうやらそこに閉じ込められているらしい。
「ふんっ!…うおおおおおおおああああああ!!」
全力を込めて、コンクリートの塊をどかす。その度に段々音が大きくなっていく。ビンゴだ。
「…にき!兄貴!!」
「作斗!っおらぁっ!」
ようやく顔が見えた。周りの瓦礫を投げ飛ばし、引きずり出す。
「いってっ!何すんだよ!」
「馬鹿が!なんで姉さんから離れた!死ぬとこだったんだぞ!!」
「だって、サミーが…」
「あん?なんだそいつ」
「ハウスモールのとこの猫ちゃん!あいつがここで迷子だったんだよ!」
どうやら、猫を助けていたらしい。全く、周りの見えないやつだ…それに…
「ってえっ!なんでまた叩くんだよ!」
「猫助けはいい!けどな!それで自分が死んじまったら…本末転倒にも程があるだろうが!!俺達は…」
——香來ちゃん!波巳!逃げなさい!!
「俺達はな!!」
——早く!逃げるんだ!!
「俺達は!絶対に自分の命を勘定に入れとかなきゃならねえんだよ!!じゃなきゃ…残った奴らの事くらい考えろってんだよ!あのクソ!」
「…兄貴?」
「…!こんなとこで立ち止まってられねえ!早く逃げるぞ!」
雑念を振り払い、作斗の手を引いて走り出す。ここからならシェルターまで5分とかからない。すぐにたどり着ける。"はずだった。"
「…嘘だろ…?」
「う、わ」
踏み潰された道路の上から見下ろすのは、獰猛な瞳。鋭い牙をギラつかせる巨大な影。
"怪獣"だ。
グギシャアアアアオオン!!
咆哮した怪獣は、こちらへと歩を進める。一瞬で気付かれたらしい。1歩大地を踏みしめる度地響きがして、まともに立って居られない。
同じだ。
二人を喪ったあの時と、同じだ。
あの時と同じように、自分は無力だと、突きつけられているような気分だ。いや、自分だけじゃない。
"あの巨人"だって、勝てなかったのだから。何も出来るわけがない。
「うわああああああ!!」
振り下ろされる足を前に、恐怖で動けない作斗を抱えて、咄嗟にその場に伏せた。…何をやっているのだろう。自分は。こんな事をしても、助かるわけが無いのに。生き残るすべは、もう無いのに。
「クソおおおおおおおおおお!!」
波巳の叫びが、木霊した…
* * * * *
「…あれ?」
「何?どうなってやがる?」
おかしい。
いつまで経っても、意識が途切れない。それどころか、体を潰される痛みが来る気配もない。訳が分からなかった。
「ンッ…デエェッ…!」
何かに、耐えているような声が聞こえる。
「まさか…」
見上げた先にいたのは——
「ねえねえ兄貴!僕!知ってる!本当に居たんだ!」
前の姿とは違う。けれど確かに——
「…おい、マジかよ…」
「「ウルトラマン!」」
"光の巨人"だった。
ギシャアアア!!グルオオオオオオン!!
邪魔された怪獣が雄叫びをあげるが、巨人はてこでも動かない。そして、
「ハァァァッ!セァッ!」
怪獣を掴んで、投げ飛ばす。
グアアアオオン!
怪獣は地面に叩きつけられ、悲鳴をあげている——かと思えば、直ぐに耐性を立て直し、威嚇の姿勢をとる。
「…シェアッ!」
対する巨人も、一歩も引かない。構えをとり、怪獣をスっと睨みつけた…
グギャアアアッ!
先に動いたのは、怪獣だった。
「ハッ!」
飛び掛ってくる怪獣を受け止めた巨人は、そのまま蹴りを繰り出す。
ガァァァッ!
効いたのか怪獣が怯み、追い打ちをかけようとする巨人。
「…ダァッ!?」
しかしすぐ回復した怪獣は、巨人に尻尾を叩きつける。何とか受け止める巨人だったが、そのままの勢いで引き倒される。
「ッ!デエッ!?ダッ!」
怪獣にのしかかられ、鉤爪で引き裂かれてしまう。苦痛の声をあげる巨人。
——やはりあの時と同じように、戦いは巨人の劣勢だった。
「…はっ!見てる場合じゃねえ。今のうちに逃げるぞ!作斗!」
「う、うん!」
我に返った波巳は、作斗を連れて走る。こんな人智を超えた戦いに、もう二度と巻き込まれるつもりはなかった。
この時は。
ガシャアアン!!
「!ハァッ!?デエッ!?」
この時は。
「ぐはあっ!?」
「うわあああ!!」
もう1人、失うなんて、思わなかったのに。
* * * * *
痛い。
身体が、重い。
生暖かい液体が頬をつたう。どうやら血が出ているらしい。
…血?
「!ケホッ!ゲホッ!」
跳ね起きたとたん、粉塵を吸ったのか、激しく咳き込んでしまう。何がどうなったのか、全く分からない。横には気を失った作斗が倒れていて——
「…そうだ!作斗!おい!」
必死に揺り起こすが、返事がない。まさかと思い胸に耳を当てるが…
「っ、なんだ、動いてんじゃねえかよ。おい、起きろ!逃げんぞ!」
生きているはずなのに、目が開かない。息もしているのに、目を覚まさない。嘘だ、嘘だ、ありえない。またいつものように、兄貴を煽って楽しんでいるのだ。そうに違いない。でなければ…
「なんで起きねえんだよ!!馬鹿が!」
拳を地面に叩き付けて、崩れ落ちる。
また、失ったのか。
もう二度と別れなんてしないと決めたのに。
だから救助隊になったのに。
今までの想いは、努力は、涙は、
「なんの為にあったんだよ…」
キュオン、キュオン、キュオン…
雫が流れ落ちて、警告音が鳴り響く。戦いの場を見つめると、巨人の胸の中心が紅く点滅していた。やっぱり、変わらないじゃないか。結局勝てないんだよ。怪獣に為す術もなく蹂躙され、消えてしまうんだ。ほら、指先から砂が零れ落ちてる。腕も光り輝いて…
"光り輝いて"?
優勢だったはずの怪獣の動きが止まっている。巨人の腕に見える黄金色の光に、怪獣は怯んでいるようだった。光はどんどん強くなっていき…
「…シェアッ!!」
巨人は手を、クロスさせた。
「うっ!」
眩い光の奔流が、巨人の腕から迸った。光は怪獣を押し返し、その皮膚を焼いていく。堪らず悲鳴をあげているようだった。巨人は立ち上がり、さらに光を放ち続ける。どんどん怪獣は押され、そしてついに撃破——
「ッ!?ウァッ!デエッ…」
されはしなかった。黄金色の光が、突如消え去ったからだ。
「…どうしたんだ」
見ると、巨人から流れ落ちる砂の量が、先程とは比べ物にならなくなっていた。指先だけではなく、背びれ、肩からもキラキラした砂が流れていく。
グギャアアア…
それを見つめる怪獣だったが、反撃するにはダメージが大き過ぎるらしい。地面を掘り、潜っていく。そして。
「デァァッ…」
巨人は、崩れ落ちた。
* * * * * *
しばらく波巳は、その場に立ち尽くしていた。動けなかった、と言った方が正しいのかもしれないが。
無力感に苛まれていた波巳を動かしたのは、聞こえてきた声だった。
「…れで終わったことに感謝しなあかんな。そんで今回のデータは…」
「そうだ!あの!!誰か!助けて下さい!義弟が……!」
「…っぱりこんくらいが限界みたいやな。おい、砂は貴重なんや。ちょびっとでも集め直しとき。あとあいつも回収せ…な。お?」
…この再会を、後に波巳は、「最悪」だと振り返る事になる。
「迅義…」
「こんなとこで、会うとはなあ」
狼谷迅義が、へらへらと笑っていた。
ある小説を読んでたら思いついた駄文です。
昔より書くの下手くそになったかな…