Fate関連の作品の設定を色々お借りしてます。
よろしくお願いします。
衛宮異聞
前文。
『その男は、大量殺人者と罵られ、憎まれ、疎まれ、蔑まれ、裏切られた上に、処刑された』
***
気が遠くなる程の刻を、待ち続けた。
気が遠くなる程の刻を、追い続けた。
それは、人の理から遥かに外れた、奇跡と呼べる行為。
黄金色の髪を持つ少女は、陽光で黄金に輝く草原で、眠り続けていた。
その姿はとても穏やかで、清廉な佇まいは、高貴な色を纏っている。
彼女は、自らが尽きた筈のこの地で彼が来るのを待っていた。
その草原に。
男は漸くたどり着いた。
旅の初めがどこだったのか、よく思い出せない。気が付けば、既に両手は血に塗れていた。
数え切れない程の哀しみを観て。
数え切れない死を観た。
心身共に磨耗し、ヒトのカタチが残っているのが不思議なくらいだ。男はそう言った人生を歩んで来た。
赤く輝いていた髪は白く燻んで毳立ち、限界を越えて酷使した身体はどす黒く濁る。
それでも、進み続けたのは。
ただ憧れた、純真だったあの頃に見た彼女の姿は理想を体現し、美しい剣閃が男の道を指し示した。
本来持っていた信念が男を武装し、彼女の信念が、男の心を鼓舞した。
どれほどの回り道があったか知れない。どれほどの犠牲があったか知れない。
そう、それでも進み続けたのは間違いなく、彼女への言葉を紡ぐ為だ。
酷い後悔と、懺悔で生きた彼女に、貴方は間違っていないと示す言葉を、自らでもって示す為。
あの清廉な信念に違いは無いと言ってあげたかったのだろう。
そうして。
いつからか男は、その黄金の草原を目指し、今、たどり着いた。
「女性らしい」白いワンピーススカートの彼女を見とめた時、男は駆け出していた。
ああ、俺は、ここに至った。
一言目は、何を話そうか。
やっぱり、ただいま、かな? そんな事を言ったら、彼女はどんな顔をするだろう。微笑んで、おかえりなんて言ってくれるかな。
二人で帰ったら、またあの家で一緒に暮らそう。毎日美味しい料理を作ってあげよう。
ああ、楽しみだ。きっとこれ程の幸せは無い。
「ただいま」
言いながら、男は手を伸ばす。
ごとん。
眼前の美しい景色が消え去った。代わりに現れたのは、無機質なコンクリの壁に囲まれた部屋。
そうか、夢を見ていたのか。
限界まで傷めつけられた身体には拘束衣。目の前には輪を作ってぶら下げられたロープ。
そうか、そうだったな。
男は、もう一度、目を閉じた。そしてロープに首を掛け、床が落ちるのを待つことなくその身を宙に投げ出した。
***
その日。
関東郊外にある処刑場で、一人の男が死んだ。
両腕の神経をズタズタにされ、喋られないよう喉を潰され全身を拘束具に包まれた状態で絞首刑に処された。
この男の罪状には其れだけの重さがあった。
男をよく知る者は語る。
海藻を思わせるウェーブのかかった前髪をかき上げ、軽薄を絵にかいたような笑いを浮かべたその男は、嘲りとも憐憫ともとれる色をその目に浮かべて口を開く。
「どんなに言ってもさ。
男の子は父親に憧れるものなんだ。それが、あんなに鮮烈な出会い方をしたなら尚更。何しろ、絶望的な大災害の中で命を救われたんだ。
そして、その父親の夢が正義の味方なら、もう決定的と、運命だと言って良い。
だから、あいつはなったんだ。
正義の味方に」
死罪を言い渡されるほど、その男に悪はなかった。寧ろ。救われるべきですらある。
男は自分のした事に信念を持っていた。事実、彼は13階段を登り切る、その瞬間まで、ただの一度も恨み言をこぼさなかった。
「彼」は、死の瞬間まで、人の幸福を願い続けたのだ。
序 倫敦の怪物
18世紀。霧に染まる路地裏に、そいつはいた。手にしたナイフで人を捌き、解体する。生きたままナイフを突き立て、恐怖を与え、脅える様を何よりの悦楽として享受するのだ。
そいつは、数か月の間に沢山の女性を殺害し、解体した。
そしていつしか、いなくなっていた
ぴちゃん。ぴちゃん。
赤い月が輝く倫敦の路地裏。密接した住宅の御蔭で、空は狭く切り取られ、月の光も満足に届かない。その、暗闇の中。
びちゃ、びちゃ。
石畳の地面に、水溜りが出来ており、そこに襤褸切れの塊のような何かが蹲っていた。
ソレは、水溜りを啜る人間であった。襤褸切れの隙間から覗く口元が、しとどに濡れ、獣よりも浅ましく喉の渇きを癒そうと水溜りを貪っている。
「・・・ふぅ、ふぅ」
嬌声が零れる。少女の声だ。快楽に身を委ね、愉悦にたまらず声が漏れたのだろう。
遂には、泥や汚れがこびり付いた地面を全て舐めとってしまっていた。
「あぁ・・・・・、あぁ」
切なげな吐息を漏らしながらゆっくりと立ち上がる。襤褸切れの塊は、やはり少女であった。
頬を上気させながら、少女はふらふらと進み出た。僅かに差した月明かりが少女を照らす。
130センチも無いだろう、小さな体。襤褸切れ以外は何も身に着けておらず、幼い肌の全てが露わになっている。
真っ白な髪。胡乱な瞳は自ら発光するように赤く煌めく。
だが、少女の異常性はそんな事ではない。
透き通るように白すぎる肌が、肋が浮いた細すぎる体が、その可愛らしい顔が、真っ赤に濡れそぼっていたのだ。
「あはぁ・・・おいしかったぁ・・・」
お気に入りのスイーツを飲み干した少女はじゅるり、と口を乱暴に拭う。口から零れるのもまた赤い液体だ。
先ほどの水溜りは、水溜りなどではなかった。
空は霧深き倫敦では珍しい、星さえ見える快晴。雨が降った気配はない。だが、それがなんであるかは容易に想像できる。周囲を漂う、新鮮な「鉄分」の臭い。「零れた」未消化の汚物が放つ、生臭さ。
少女が啜っていたのは血だまりであった。
止めどなく滴り落ちてくる血を、少女は啜っていたのだ。
べちょん。
何かが、降ってきた。
「あはっ♪。まだのこってたね。わすれてた!」
つまんで拾い上げると、ソレを握りつぶした。水風船のように破裂したソレから、血が溢れ出す。少女は口を押し当て、ゴクンゴクンと喉を鳴らしながら飲み干した。
「もう、のこってないよね?」
微笑みながら見上げると不思議なことに、中空に女の人影があった。無表情のまま少女を見下ろす女は、何も答えない。
「うん、わかったよ」
満面の笑みで答え、先ほど拾い上げた女の「心臓」を無造作に放り捨てた。
「じゃあね、きょうはありがとう♪」
少女は無邪気に手を振り、飛び跳ねると、いずこかへ立ち去ってしまった。
残されたのは。
四肢を繋がれ、宙吊りにされた上に、首の下程から股間まで切り開かれた女の惨殺死体だった。内臓は全て直下の地面に零れ落ち、滴り落ちた血液は飲み干されている。
18世紀より出でた倫敦の悪夢が、再び現実の色を帯びたのだった。
それは、都市伝説ではない。
夜の倫敦には確かに何者かが蠢く。そいつはうら若き女性を襲い、柔肌に刃を突き立て、その恐怖を悦楽とする。
現代の倫敦で、再び悲鳴が木霊する。
衛宮異聞 <倫敦の少女>
1話 とある売人との対決
校倉甚八は、商人である。
少額で物品を仕入れ、需要のある場に持って行って、仕入れに自らの労務費用とほんの少しの利益を乗せて消費者に売る。
なんのことは無い。世界中で毎日、極自然に極当たり前に、行われている正当な取引だ。
なんだったら、その歴史を紐解いても良い。数千年前から、繰り返されている事だ。
校倉甚八は、そんな真っ当な事を当たり前にするだけの、唯の商人だ。
ところが、最近になって、どうにも歯痒いことが起こっている。
「そりゃあね。商人にしては、髪真っ白だし? 身体半分くらいタトゥー入ってるし? 目付き悪いし?」
それとは関係なく。
校倉甚八の商売に文句を付ける輩が現れ始めたのだ。
そいつらは口々に言う。
お前は、商人の恥だ。いや、商人ですらない。人間として最低だ。
全く、酷い言い掛かりだ。必要経費ギリギリの値段設定、僅かな利益、なんの文句があるのか。こんなに良心的な商売人は他にいないとさえ自負しているというのに。
だけれど、校倉甚八は器の大きい男でもある。
顔を真っ赤にして怒り散らす、周囲の非難を素知らぬ顔でやり過ごす度量があるのだ。
不思議な事に、そうしていると相手は押し黙ってしまう。何も喋らなくなって冷たくなってしまう。
「ん? 何か、おかしいかな」
嘘は言ってない。いや、表現が悪かった。
殺り、過ごしているのだ。
さっきも言った筈。
校倉甚八は器が大きいのだ。
だから、所謂コロシも、毎日の食事の様に嗜んでいる。貴族の様に優雅に、また蛮族の様に荒々しく。
「そうそう、食事といえば」
今日は、いつもご贔屓にして下さっている、お得意様との会食を開いている。
元々ダンスホールだった場所を改装した自宅ホールに豪勢な料理を並べ、数十人からなる顧客をもてなしている。
机やソファーには骸骨の意匠をあしらった特注品で迎える、熱の入れ様だ。
だが。
「全く、皆さん少食に過ぎるね」
テーブルの上の料理は全く減っていない。とはいえ、予想していたので全てデリバリーだ。
「おくゆかしい皆さんには、いつもお世話になっていますよ」
答えるものは1人もいない。
校倉甚八は居住まいを正すと、ソファーに坐り直す。
かちゃん。
ブーツが、ガラス状の何かを踏み潰した。何を潰したかと、足下を覗き込み、校倉甚八は、漸く合点がいったとばかりに頷いた。
「ああ、皆さん既にウチの商品をお使いでしたか。ひの、ふの。いやあ、実に沢山使っていらっしゃる。毎度のご愛顧、痛み入ります」
膝に手を突き、大袈裟に頭を下げて見せる。
その、礼が向けられた先に。
幾重にも折り重なった、何かの塊があった。
いや。何か、等と取り繕う必要はないだろう。数十の男女が重なり、交わっている。
老若男女、美醜に関わらず重なるその姿に、霊長の威厳はない。理性もない。
野生の獣にも劣る欲望の塊が其処にはあった。只々、肉を求め貪り喰らう、餓鬼の姿が、其処にはあった。
その足下に散乱する、薬品の容器。校倉甚八の商品である。
ある者はストレスで。ある者は人生に疲れて。様々な理由で校倉甚八の商品を求め、こうなったのだ。
散乱した硝子容器にはいっていたの は、所謂、幻覚剤である。特別製の。
校倉甚八は、そういった商人なのだ。
頭を上げた校倉甚八は、今度は横柄に身体をソファーに沈めた。
この市場はそろそろ潮時だろう。
「もう、充分に「回収」したしなぁ」
眼前の、狂気の宴にそうごちる。
もう、客が壊れてしまっている。商売を続ける事は出来ない。とはいえ、こうなる前に殆どの財産を搾り上げてはいる。
暫く、金には困らない。色々と、困らない。
後は、こちらの皆さんに、後顧の憂い無く消えてもらうだけだ。
「いやはや。女優を目指すキレイなあの人も、毎夜美女を誑かすあのイケメンさんも、若いツバメが大好きな老婦人も、それではさようなら。また会う日まで。もう会う事なんか無いけどね」
校倉甚八は今回の商売を終らせる。このビルごと、大炎上なんてのも面白いかも知れない。
炎と快楽の中で、命を終えるのも悪くは無いだろう。きっとそうだ。
そんな事に考えを巡らせていた時だった。
階下から、侵入者の連絡を受けたのは。
倫敦郊外の廃ビルに、その男がやってきたのは、夜半も過ぎた頃。
黒いコートに灰色のダメージジーンズと、黒系で身を包んだ男は、愛車のヤマハVマックスを路肩に停めると眼前の建物を見上げた。
嘗てはクラブハウスとして、若者で賑わっていたらしい、そのビルは廃墟と化していた。敷地の彼方此方の陰から、何かが飛び出して来そうな、不気味な雰囲気が漂う。
だが、人の気配はあった。見上げた窓に、チラホラと灯りが点っている。
コートの男は、その灯りで此処が目的の場所だと確信すると歩を踏み出す。
鍵も掛かってない、正面ゲートを潜ると広めのロビーに出た。
すると、奥の暗がりからパチン、とライターの着火音が聞こえ、大きな人影が現れた。時が時なら、このクラブハウスの守衛、といった風情だ。
黒のスーツを着込んだ大柄な黒人が二人、コートの男の前に立ちはだかる。
「何か、御用で? 東洋人の兄さん」
月明りに照らされ、コートの男の風貌が顕になる。
精悍な顔立ちに燃える様な赤い頭髪の東洋人だった。
「ああ。此処の主人の、校倉さんに会いたいんだ。取り次いで貰えないかな」
赤毛の男は、良く通る低い声で聞いた。
途端。
黒服の二人は胸元から拳銃を取り出し、赤毛の男に向かって構えた。
「いやいや。会いたいって言っただけじゃないか」
苦笑いを浮かべているが、黒服の男達は真顔そのものだ。
「その名を口にした奴は、問答無用で殺せと言われてる」
言葉は脅しでなく、真実そうする凄味があった。彼らは「殺す」を実行する手段として使うタイプの人間だ。
そして、容赦無く引き金が引かれる。赤毛の男の釈明を聞く前提はなく、其処に一切の躊躇も無い。
拳銃のサイレンサーが、タン、とくぐもった音を上げた。
「・・・?!」
黒服の黒人に驚愕が浮かぶ。
刹那、拳銃を握る手に激痛が走り、真上に跳ね上がった。いや、蹴り上げられたのだ。
尋常ならざる体捌きで、銃弾を躱した赤毛の男は、捌いた身体の勢いを殺す事なく流れる様に黒服の拳銃を蹴り上げたのだ。
続け様、降ろす脚で今度はもう一人の拳銃を蹴り落とす。
更には片方の黒服の腕を捻り上げて折り、もう一人には首に回し蹴りを入れて床に叩きつけた。
結果。
黒服が引鉄を引いてから実に3秒で、引いた本人達は倒れ伏し、昏倒したのだった。
赤毛の男は、ゆっくりと姿勢を正しながら、黒服の拳銃を拾い上げる。
またもや、くぐもった音が都合4発響き、黒服の肩と大腿部に1発ずつ撃ち込まれた。
一先ずの脅威を払った赤毛の男は、ロビーの奥にあった動かなくなったエスカレーターを見やる。
「やあやあ。いらっしゃい」
校倉甚八は突然の来訪者に少しも動じる事なく出迎えた。
「で? 貴方様ははどちら様で、どんな用向きかな?」
聞くと、不躾な来訪者は、口を開いた。
「あんたが、校倉、さん? 一応、聞くんだけどさ」
「いいよー。なんでもきくぜー」
答えると、男は辺りを見回した。無論、見ているのは周囲で悦楽に身を浸している皆さんだ。
「コレ。反省する気はある? 俺が来た理由、ソレなんだけど」
「あーはいはい」
つまり、この来訪者は、校倉甚八の商売敵達による嫌がらせだ。痛い目にでも合わせて、商売を邪魔しようと。
難だったら、殺してしまうつもりだろうか。だが。
「そういった勧誘には、お答え出来ない事になっております。悪しからず」
「そうかい。じゃあ、大人しくなって貰うしか無いな」
案の定、赤毛の男は懐に手を差し入れて拳銃を抜いた。一般的なオートマチック銃だ。
「そういうの、予想してないとでも?」
予め用意していた「宝石」を、床に放る。それが、呼び水となってある仕掛けが働く。
「何を、した?」
来訪者に焦りが浮かぶ。
床に規則正しく並べてあったそれらが、グシャリと潰れた。
骨の意匠を象ったソファーやテーブルが校倉甚八の宝石に応えるように反応し、崩れ去ったのだ。
それらは、そもそも家具ではなかった。一度崩れ、パーツを組み替えるように再度形を成していく。
ものの五秒も経たない内に、十数体の人型に組み変わった。
骨格は人間のソレだが、頭には竜種のモノが付いていた。いつの間にか、手には刃毀れだらけの片刃剣が握られている。
その異様な光景に、赤毛の男は一歩下がる。
「竜牙兵、か」
「そう。なかなか博識だねえ」
ドラゴントゥースウォリアー。
魔力で動き、ただ目標を殺戮するだけの、自動魔道人形。
校倉甚八はほくそ笑む。
たった一人に少しやり過ぎかとは思うが、下の傭兵どもを倒したところを見ると、そこそこの手練れだろう。
奴ら竜牙兵は、恐怖を知らない。胸を撃たれようが、頭を斬られようが、身体を真っ二つにされようが、動く部分が有る限り行動し、殺戮を繰り返す。
腕力は普通の大人の1.5倍程度。子供なら、楽に両断出来る膂力を持つ。
そんな竜牙兵に大挙して押し寄せられたら、如何に手練れの殺し屋でも、かなうまい。
その、はずだった。
薄暗いホールに、刃の煌きが瞬く。
弧を描き、幾重にも重なった光の軌跡が、骸の腕を裂く。
不可思議な力で強化されている筈の骸の骨が、容易く粉砕されていく。
いつの間にか、赤毛の男の両手には、黒と白の短刀がそれぞれ握られていた。
いずれも、透き通る様な美しい刀身を持ち、黒い方には紅いハニカム模様が彫り込まれ、白い方は薄紫の艶を持つ不思議な意匠の短刀だった。
竜牙兵が肩関節だけを動かし、不自然な体勢で片刃剣を振りかぶる。
不自然であっても洗練されている。人間の剣と違い、それでも力を乗せることが出来る。相手を両断する事が出来るのだ。
だが、対する黒白の短刀は疾風。
竜牙兵の実に3倍の速さで水平に振りかぶり、薙ぐ。
憐れ、骸の兵隊はその力を見せる事なく腕を切断され、肩関節だけが空しくくるくる回る。
「・・・、ざっ、けんなよ」
この、骨のボディガードを「買う」のに幾らかかったか、知っているのか。あの起動用の宝石が幾らか知っているのか。
そんな、砂糖細工みたいに壊して良い代物ではない。
まさか、奥の手まで使わないとならないのか。
そう、思うや否や、最後の竜牙兵が崩れ堕ちた。
赤毛の男は此方を見据える。
「悪いな。「こういうの」とは結構やり慣れててね」
此方の動揺を見透かした様に、言ってのける。
やり慣れてる、だと? 一体、どんな人生を歩んで来ればそんな経験が出来るのか。この暗殺者は、得体が知れなさ過ぎる。
ただ一つ、間違いないのは、此奴が相当に魔術に卓越した殺し屋だという事だ。
斯くなる上は、奥の手を。
そう思った刹那、赤毛の男が何か呟いた。
「起源弾、切嗣」
言うが早いか、懐から先程とは別な銃を引き抜きざま、此方に向かって撃った。
低い音と同時に、左肩口を襲う激痛、そして焼き鏝を押し付けられた様な熱。撃ち抜かれたのだ。
校倉甚八も、ただの商人ではない。それなりの鉄火場は超えてきた。身体に弾丸を喰らった事は幾度もある。こんな、1発の銃弾で行動不能になったりはしない、筈だった。
「ぎっ、あああああああっ!」
貫かれた左肩に変化が顕われた。なんと、みるみる内に傷口が塞がっていったのだ。おかしいのはその後。
傷口は元に戻ったのではない。まるで、溶接したように、無茶苦茶に繋がったのだ。
子供が、修理と称してオモチャの破損部分を接着剤で無理矢理繋げた接合部。それが、校倉の肩に顕われたのである。
「あああっ!あがあああアっ!」
今迄に体感した事の無い痛みが肩から走る。恐らくは、切断されるよりも苛烈な痛みの中、校倉甚八はギリギリ保った意識でたった一つの足掻きを敢行した。
赤毛の男は、自らが放った特殊な弾丸が相手に命中した事で、仕事の終りをみる。
起源弾、切嗣(偽)。
切って、繋ぐ。という由来を持つ男の骨から作り出された弾丸を、「コピー」した弾丸は、命中後、特殊な効果を相手に齎す。
対象物を、切って繋ぐ。だが繋ぐといっても元に戻すのではない。
無茶苦茶に繋ぎ直すのだ。
神経も、血管も、骨も、筋組織も、全てを一緒くたに繋ぐ。流れる筈の血が流れず、骨と筋組織が鬩ぎあう、生物に有り得ない肉塊と化す。
「もう、その左腕が動く事は無いだろうけど。アンタがやった事に比べれば、罰にもならないだろ」
一度切れて、結びなおした糸が元の糸とは別物である様に、この男の腕も、元には戻らない。一生、苦しみ続けるのだ。
ここで狂った人々は、自ら望んだ以上、自業自得ではあるのだろう。だか、ここまで、心を壊される程の罪は無かった筈だ。
この、校倉という男にはそれを痛感して貰わなくてはならない。
「あとは、手頃なトコロに此奴を回収して貰うか」
完全な、油断だった。
起源弾、切嗣を「人間」に命中させて反撃を受けた事がなかったばかりに、この展開を予測出来なかったのである。
「来いよ・・・」
校倉甚八が呻く。余りの痛みに、錯乱したのかと考えた。
「来いよ、ビリィ・・・」
いよいよ意味がわからない。だが、ここで気付くべきだった。
「・・・来いよ! ビリィ・ザ・キッドォ!」
校倉甚八の自由な右手に、注射器の様なモノが握られていた。そして、絶叫しながらソレを自らの左胸に叩きつける。
瞬間。がくん、と身体中から力が抜ける様な感覚を覚えると、狂乱の宴に興じていた人々に恐ろしい変化が起こる。
文字通り、弾けたのだ。水風船を針で突いたあの瞬間が、「人間」で再現されたのである。
彼等の肉は、ぶち撒けたスライムの如く形を失い、後には卑猥に折り重なる人骨が残される。
「くそっ!」
赤毛の男は両手の短刀を振り上げた、
が、時既に遅し。
ホールに響く、三発の轟音。
「がっ!あぁっ!」
今度は、赤毛の男が銃弾を浴びる事になった。
校倉甚八が謎の注射器を胸に叩きつけた直後、尋常ならざる速さで銃を抜いた彼から発射された三発の弾丸が、赤毛の男を貫く。
短刀を握った右手、左脇腹、右大腿部に風穴が開いた。
然りとて、赤毛の男も鉄火場の住人である。血を撒き散らしながらも身体を捌き、物陰へ身を隠す。
(やられた。アレはやはり、憑依型の「召喚霊薬」か)
そこで、一人苦笑する。
やはり、などど言うのであれば、こうなるのは予測できた筈だ。今のこの状況は間違いなく、自分の油断が招いた結果である。
「言っても仕方ない。相手がデミサーヴァントなら、そのつもりでいこうか」
反省は後だ。
今は、この状況を乗り切る手立てを講じなければ。
そもそも。この赤毛の男が、校倉甚八を処断しにきたのには二つの理由があった。
一つは見たままの、幻覚剤を売り捌く犯罪者を断罪する為。
もう一つは、この校倉甚八がデミサーヴァントの使い手だという噂を確かめるためだった。
サーヴァント。本来は使い魔など下級悪魔を指す言葉だが、今は少し違って来ている。
今は、過去の英雄、英霊を呼び出し、使役する事を指していた。英霊召喚といえば、高位の魔術師が数十人がかりで行う大魔術である。おいそれと実行出来るモノではない。
誰かが言っていた。英霊の戦力を現代の兵器で測るなら、それは戦闘機一機に相当すると。
そんな英霊を、個人で使役し、欲望のままに使えばどうなるかは想像に易い。今迄は、その召喚方法の困難さから実現する事はなかった。
だが、八年前のとある事件から、事情が変わる。
人間を触媒とし、一時的に英霊を憑依させる魔術が確立されたのである。
それが、デミサーヴァント。
英霊本来の力を行使する事は難しいが、その強力な力を瞬間的に使用できる。戦闘機の話に戻れば、戦闘機で自由に空を飛ぶ事は出来ないがミサイルを撃つ事だけが出来るのである。
(あいつが、どれ程の能力か見極めないとな)
赤毛の男は、手許に落ちていた建材の欠片を拾い上げる。
(ご丁寧に真名を明かしてくれたのは、幸運というか、彼奴が間抜けと言うべきか)
今、校倉甚八はビリィザキッド、と叫んでいた。本来のサーヴァント戦に於いて、真名、つまりサーヴァントの由来を明かす事は自殺行為とされている。その英雄の逸話を知っていれば、弱点までが露呈するからだ。
今、敵に憑依しているサーヴァントはビリィザキッド。その、能力制限版だとするなら。
赤毛の男は物陰から手を出し、建材の欠片を投げつける。
すぐさま、投げた欠片の数だけ発砲音が木霊した。欠片の全てに弾丸が命中し、粉々になっている。
だが、建材に混ぜておいた鉄片は弾かれただけで、砕かれてはいなかった。
(成る程。超高精度のエイム能力と、無限の弾丸、って認識で良さそうだな)
恐らく、校倉甚八がデミサーヴァント化して使用しているのは、嘗ての英雄が培った恐るべき命中精度と、魔力の弾丸を撃つ能力。
それならば、勝機はある。
赤毛の男は全身の激痛に耐えながら、呟く。
「体は、剣で出来ている」
恐ろしい程の、解放感。
校倉甚八が、デミサーヴァントとなって一番感じたのは、それだった。
奥の手として温存していた召喚霊薬を使わなければならなかったのは痛いが、「やはり」この解放感は素晴らしい。
どんな麻薬をキメようとも、ここまでの快感を得る事はない。オマケに、無敵の英雄様の力を使えるときた。
以前使った時は、興奮の余り、二十人を犯し、二十六人を殺してしまった程だ。全く、クスリの売人が自分のクスリでトリップするなど、恥の極みである。
「いやぁ、本当にお恥ずかしい。てへぺろりって奴だなぁ」
先程までの激痛はどこへやら、平然と立ち上がり、戯けて舌を出す。
「さあ、出て来いよ、コロシヤ」
言いながら辺り構わず、撃ちまくる。
あの殺し屋。竜牙兵を倒す程の実力者だが、身体に3発も銃弾を喰らっては流石に動けまい。
「いや、もしかして、死んじゃってるぅー?」
今度は、殺し屋が隠れている物陰の近くを狙って撃つ。或いは、もう死んでいるかも知れない。
と、物陰から赤毛の殺し屋が身を翻して出てきた。
「あぁ?」
一応は、相手も飛び道具を持っている。当然、拳銃を構えて出てくると思っていた。
が、赤毛の男は先程と同じ、奇妙な短刀を両手に握っていた。
「あきらめたかあ?」
その距離、約10メートル。飛び道具と戦うには不利な距離だ。此方が引き金を引くだけで、勝負が決まる。
校倉甚八は、ゆらり、と緩慢な動きで拳銃を構える。同時に、赤毛の男も短刀を構えた。
「クイックドロー、ってヤツだ」
校倉甚八は引き金にかけた指に力を込める。
本来は、その早撃ちの速度を自らの命を賭けて競うクイックドローだが、今回の勝敗は既に決している。
なにしろ、ビリィザキッドの力で撃つ弾丸は外す事がない。必ず命中するのだ。つまり、敵の反撃は有り得ない。
「さあ、終わりだ。コロシヤ」
言うや、引き金を引く。同時に赤毛の男は此方へ駆け出した。
無論、どうなるものでもない。
爆音と共に撃ち出された弾丸は、狙い違わず敵の眉間へ。
「?!」
撃つ瞬間、赤毛の男が右手を自分の眼前に翳すのが見えた。
(バカか! そんなモンで止められるわけねーだろ!)
拳銃の弾丸が、素手で防げるわけも無い。しかも、英雄の魔力で強化されたソレは人間の頭など簡単に貫く。
が。
ほんの百分の一秒後に展開される筈の光景は存在せず。
赤毛の男は、眉間に命中する筈の弾丸を掴みとっていた。
正確には、掌で受け止めてから、掴みとったのだ。その指から赤い花弁が零れ、霧散する。
「狙いが正確なら、これくらいは、わけない!」
突っ込んでくる男が叫ぶ。ならば。
今度は、その両手を狙う。先刻撃ち抜かれた敵も其れを予想したのか、短刀を前方、此方に向けてきた。
そう見せかけて。
爆音と共に、放った弾は、違いなく短刀へ。そして思惑通り短刀を弾き飛ばす。
接近されるまでに殺せなかったのは業腹だが、攻撃力を奪ってしまえでもやりようはある。
あとは、防ぎきれない程ぶち込んでやれば良いだけだ。
そこまで。
校倉甚八が人間らしく思考したのは、そこまでだった。
短刀を失った男が次に行ったのは腕を最上段に振りかぶること。
無論、武器を撃ち落とされたその手を振り下ろしたところで何も起こるわけがない。
「ぴゃっ?!」
予想外過ぎる光景に、校倉甚八の口から妙な音(声)が漏れ出る。男が振り上げた手の、上方の空間が歪む。緑色の光の粒子が集まり、短刀を。
柄を握り、振り下ろす。
校倉甚八は次の射撃の為に引き金を引く。
「びゃぁぁぁっ?!」
又しても、奇妙な音が漏れる。
脳からの指令を実行するはずの、両腕が、宙を舞っていた。紅い飛沫を上げながら、どちゃりと湿った音を立てて床に落ちる。
「あっ!ぎっ!あぁぁっ!」
反射的に身を引いた瞬間、今度は自分の身体が宙を舞った。
錐揉みして、旋回して、床に堕ちた。
床から、赤毛の男を見上げて、疑問が浮かぶ。其処には、二つの人影があり片方は校倉甚八だったのだ。
しかし、簡単に疑問は氷解する。
ああ、そうかと納得する。自分の殺され方を自覚したのだ。
上顎から、上だけに分断された男は、そこで息絶えた。
敵の両腕を根元から断ち、顔面を水平に切り裂いた赤毛の男は、大きく息を吐きながら両腕を降ろし、戦闘態勢を解いた。
瞬間、その手に握られた短刀が霧散する。
辺りは静寂に包まれ、ただ一人。
十数の折り重なった薄汚い白骨。
呪われた兵士の残骸。
そして、バラバラにされた男の死体。
正常な精神状態では正視出来ない光景のなかで、佇む男の名は衛宮士郎。
正義の、味方だ。
つづく