衛宮異聞 倫敦の少女   作:シオヒサ

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いつか、抑止力として名も無い英雄モドキになる、かもしれない士郎をイメージして物語を作ってみました。

セイバールートよりの世界なので、この世界の遠坂とはうまくいってません。
その代わり、ちょっと変わった人物と上手くいってしまいました。

Fate関連の作品の設定を色々お借りしてます。
よろしくお願いします。


倫敦の少女2話 病院での出来事

2章 病院での出来事

 

***

 幼い頃、ハムエッグを作った。

 どうすれば、こんなに簡単な料理を失敗するのかと言われそうな、散々な出来だった。

 でも、じいさんはニコニコしながら食べて、「ああ、美味しいよ」と笑う。

 その瞳に涙が浮かんでいるのを見た衛宮士郎は、その理由がわからなかった。

 藤ねえが笑いながら言う。

「嬉しかったんだよ」

「マズイモノを食べたのに?」

「マズくないよ」

「どうして?マズイよ」

 藤ねえが衛宮士郎の頭を撫ぜた。

「違うよ。家族が自分の為に作った物は、全部美味しいの!」

 更に、「やっぱりわからん、なんで?」と食い下がる衛宮士郎を、藤ねえはポカ、と頭を叩いてにげる。

 理由は、後でなんとなく判った。

 衛宮士郎の義父、衛宮切嗣には家族がいなかった。いや、いたらしいのだが、自らの目的の為に遠い国に置いてきたのだという。

 正義の味方をやる、というのはそういう事なのだ、と理解した。

 衛宮切嗣は、人を救う為に正義の味方になり、自分を、家族を犠牲にしたのだ。

 もう引退したらしいが、きっともう、この人は人並みの幸せを掴む事は無いのだろう。

 だから、家族を感じる行為に、子供が作った食事に涙したのだ。

 子供心に、その姿は、ただただ格好良かった。そこまでの犠牲を払い、父は人々を救おうと戦ったのだ。

 憔悴しきった父の助けになりたかった。その志を引継ぎたかった。

 

 父と同じ、正義の味方になりたかった。

***

 

 

 窓から鳥の声が響く。

「う・・・」

 カーテンの隙間から射す朝日に照らされて、遠坂凛はゆっくりと覚醒した。

(あいつの、記憶かしら? なんで?)

「ん?」

 遠坂凛は、いつもの朝とは違う違和感を感じた。

 いつもと変わらない、散らかしたデスク。必要最低限の物しか置いてない筈なのに、雑然とした書斎兼寝室。

 何故か、部屋の扉が開け放たれていて、其処からリビングの様子が見えた。

「あ。そうか」

 一人暮らしの安アパートに、自分以外の影を認める。違和感の主だ。

 朝の静謐な空気が、其奴を冴え渡らせる。

 余分なモノを一切付けない、鍛え上げ洗練された上半身。下はジーパンを履いているが、上半身と同じ様に細くしなやかな筋肉を纏っている事がシルエットで伺えた。

 ヒュッ、と気を吐くと両手を前方にかざし、掌底の型を取る。

 相手がいないので、掌底は空を切り、続けて、右脚を直上に振り上げ、膝と鼻先が付きそうな距離で静止する。

 そのまま、十秒。ツルの様に片足で、ぶれる事なく立ち続ける。

 今度は振り上げた脚を、下ろす事なく膝を使って振り回し、蹴りの連打を宙に向かって叩き込む。

 その体幹バランスは、達人の域にあった。

「昨日、身体に三発も弾をくらってなきゃ、ね」

 やれやれ、と。遠坂凛はシーツに包まってのそりとベッドから立ち上がった。

 美しい黒髪は朝日を浴びてツヤを放ち、長い手足は日本人離れしている。

 細面の顔立ちは整い、その姿は女神と見紛うと言っても言い過ぎでない。

 その美しい顔に、渋面が浮かぶ。

「ちょっと」

 声をかけると、リビングで徒手空拳の素振りを行なっていた男、衛宮士郎は此方に振り向いた。

「おはよう。遠坂」

 のほほんと答えてくる。

「おはよう、じゃないわよ。あんた、自分が昨日どんな状態だったか、判ってるの?」

「どんな状態って・・・」

「まったく、馬鹿じゃないの?」

「馬鹿とはヒドイな。朝の鍛錬は欠かした事ないんだぞ?」

「違うわよ。ソレじゃなくて、昨日の今日で、そんな事してるアンタのおめでたいアタマの事よ」

 ウンザリだとばかりに、遠坂凛は頭をかかえる。

 昨晩、夜中二時を回る頃、身体中から出血した衛宮士郎は遠坂凛のアパートに転がり込んだ。

 余り真っ当でない職業の衛宮士郎が、倫敦で唯一といって良い、遠坂凛に助けを求めたのは無理からぬ事だった。

 もう、ぐっすりと寝入っていた頭が叩き起こされ、其れから1時間、手当てに追われる事になる。

 貯めて置いた、なけなしの魔石を大盤振る舞いで使い、魔力治癒で一晩では到底成し得ない治癒を可能にした。

「一応さあ、塞がっただけなんだから、無理しないでよね。アレだけ宝石使って、死なれたらたまったものじゃないわ」

「大丈夫だよ。遠坂の魔術は信頼してる」

「うるっさい! とにかく動き回んないで! 心配するこっちの身にもなってよね」

 腕を振り上げて、怒りを露わにする。全く、この朴念仁は人の事をなんだと思っているのか。

「・・・どうしたの」

 衛宮士郎は何故か、苦笑いを浮かべて此方から視線を逸らしている。

「なによ」

 更に聞くとと此方を指差した。もっと言えば、胸の辺り。

「あ」

 遠坂凛は視線を落として、自らの状態を見やる。

 腕を振り上げた時にシーツがずり落ちたお陰で、控え目な胸が露わになっていた。

「ま、まあ。今更恥ずかしがる様な事でもないし」

 フォローを入れてくる。が、

 その瞬間、衛宮士郎の後方で鉄製のフライパンが甲高い音を上げて破裂した。

 振り返り、その破壊力に衛宮士郎は青ざめる。

「ちょ! ガンド撃つことないだろ!」

 ガンド。黒魔術を由来とする、呪いの一種だか、遠坂凛は其れを魔力で撃ち出す事が出来る。その破壊力たるや、金属のフライパンが裂けた事で説明に足る。

「うるさい!うるさい!」

 涙目で叫ぶ。

 昨晩、治療が終わった後。戦闘で著しく消費した衛宮士郎の魔力を補う為、という名目で遠坂凛は行為に及んだ。

 ほんの一年だけだったが、遠坂凛と衛宮士郎は魔術の師弟だった。とは言え恋人同士でもあり、魔力を受け渡しする手段として性交を使う魔術回路を作ったのだ。

 結局のところ、衛宮士郎が今の生き方を選んだ事で破局し、かといってキッパリ別れるでもなく、こうして友達以上恋人未満の曖昧な関係を続けている。

 そんな未練がましい状態のお陰で、外では完璧とまで称される、魔術大家遠坂の跡取りは、この男だけには痴態をさらす羽目になるのだ。

 それが、堪らなく恥ずかしい。

「もう! まったく! しろーは!」

 罵声を浴びせながら、寝室に逃げ帰る。

(でも。本当に文句を言いたいのは、いつまでも彼奴が好きな私自身なのよね)

 自嘲気味に苦笑し、服を着込んだ。

 

「ここが天下の倫敦だ、って忘れそうになるわね」

 漸く、身支度を整えた遠坂凛を、芳しい朝食が迎える。

 白飯に焼魚、味噌汁に漬物。完全なる日本の朝食が倫敦のど真ん中で展開されていた。

「和食、懐かしいだろ?」

「まあね。でも、良く材料が揃ったわね」

「近所の朝市で買ったんだ。昨日のお礼も兼ねて、作ったよ」

 はいはい。とテーブルに着く。

(ああ、そうか)

 先刻の夢を思い出す。この男にとって、食事を振る舞う事は最高の感謝の証なのだ。

 好きな人への気持ちが、直に伝わる手段。

 だから、こんなに美味しいのだ。

 

 

「召喚霊薬?」

 遠坂凛は首を傾げた。

 食事が終わり、昨晩あった事の顛末を聞いていた遠坂凛はその言葉に引っかかった。

「ああ。見たままでいうなら、使用者の身体に英霊を降ろす魔術薬品てとこかな」

「信じられないわ。英霊を降ろす程の大魔力、そんな注射器程度に収まる筈がないもの」

 二人共、八年前に日本の某都市で行われた聖杯戦争の生き残りだ。

 英霊を現界させるには、霊脈の強い土地や魔術装置、その他諸々の大掛かりな準備が必要になる。

 それを、理解し体験している二人には、到底信じられない話だ。

「だけど現実に起こってる。たぶん、だけど・・・」

 衛宮士郎は、朝食で使った茶碗を指差し、

「俺たちが経験した聖杯戦争では七騎を同時に、永続して現界させるって大魔術だったから、これくらい必要だったけど」

 今度はテーブルの上の水滴を指す。

「英霊本人を現界させるんじゃなく、生きた人間に、しかも時間と能力を制限すれば、これくらいでも可能なのかも知れない」

「理屈はわからなくも無いけど、そんな簡単にいくかしら。余程の魔術師でない限り、システムの確立は難しいわね」

 嘗て、ハンドバッグ程あった携帯電話が手の平サイズになったように、英霊召喚システムも小さく出来たのかも知れない。

 だが、事が魔術となればそれは途方も無い年月を必要とする筈だ。十年やそこらで出来るものではない。

 規格外の魔術師の存在、新種の魔術物質などでもなければ説明がつかない。

 予測するには、足りない要素が多過ぎた。

「実際、犠牲者は出続けてる。出所を掴まなきゃな」

 現在、召喚霊薬、それによるデミサーヴァントが起こしたと思われる殺人が、世界中で頻発している。

 その状況を許せる衛宮士郎ではない。

 それを許せる正義の味方ではない。

「わかったわ。こっちでも、時計塔の情報を探ってみる。でも、あんまり期待しないでね。あ、そうだ」

 時計塔とは、倫敦に本拠を置く、魔術の総本山であり学院だ。遠坂凛は、其処の非常勤講師をやっているのである。

「何?」

「士郎、エルメロイ先生は知ってるわよね?」

「ああ、遠坂の先生だろ? 時計塔で一度会ったことあるかな」

「こないだ、貴方の事聞かれたわ。士郎が色んなところで「仕事」してるのに感づいてるかも知れない。一応、気を付けてね」

「ふーん。わかったよ。でも、遠坂の先生って事はかなりの魔術師なのか?」

「ううん。魔術師としては、二流以下よ」

「え。じゃあそんなに警戒しなくても」

「彼、私達の前の、聖杯戦争の生き残りなのよ。・・・そうね、なんて言ったらいいのかしら。物事の本質を見抜く力に長けてるのよ。はっきり言って、今時計塔で一番敵にしたくないわ。オマケに、弟子が傑物揃い。時計塔が牛耳られるのは時間の問題ってくらいね」

「そりゃあ、厄介だな。まあ、誰に邪魔されても俺はやめるつもりはないけど」

 そんな事は、わかってる。

 だけど、今みたいな事を続けていれば確実にロード・エルメロイの一派とぶつかる事になる。

 何より、時計塔は魔術師の世界に魔術師以外が介入する事を極端に嫌う。

 如何に相手が犯罪者でも、一匹狼で魔術師と対していれば、時計塔は放っておかない。

「まあ、その先生に怪しまれない程度に頼むよ。無理はしなくて良いから。コッチも、調べてるし・・・」

 と、衛宮士郎のスマートフォンが小さく震えた。

「はい、もしもし。・・・、ああ、ちょっと待ってくれ。カメラに切り替えるよ」

 衛宮士郎は、スマートフォンをテーブルに置き、立て掛けた。

 

「もしもし!? 今何処にいるんですか?」

 スマートフォンに映し出された女性が、がなり立てる。

 此方も、遠坂凛に負けず劣らずの美女だ。

 プラチナブロンドをアップに結い上げた美しい髪。雪の様な白い肌に、真紅の瞳、高い鼻梁、艶やかな唇。

 まるで、『人形』の様に理想の造形。

 だが、その理想をぶち壊す、忿怒の表情。

「敵のアジトに踏み込んでから、あんなメール一通きりで!一体今どうしているんですか?」

「大丈夫、心配しないでくれ。霊薬の売人は倒したし、俺もこの通りだから」

 頼りない笑顔を浮かべる衛宮士郎を、通話先の美女はスマートフォン越しにしげしげと見つめる。

「無事、のようですね。・・・良いですか? 貴方に勝手に死なれては困るのです。貴方は、わたくしが見ている前で惨たらしく死ぬのですから・・・、ん? 其処は何処ですか?ホテルではありませんね?」

「ああ。ちょっとケガしたから、遠坂に治癒を頼んだんだ」

 衛宮士郎はスマートフォンのカメラを遠坂凛に向ける。

「はーい。セラ、元気そうね」

 ヒラヒラと手を振って挨拶する遠坂凛を見るや、通話先の美女、セラは再び怒り出した。

「なっ! どうして遠坂の小娘と一緒になどいるのです! 」

「いや、言っただろ。怪我の治癒を頼んだんだ」

「怪我の治癒など、わたくしがやるのですから、そんな女に任せてはいけません!」

「なんでさ?」

「なんでも何もありません! まったく!まったく士郎は!・・・まさか、魔力、まで?!」

「え? あ、うん」

 答えなければ良いのに、遠坂凛が嘆息する。

 すると、スマートフォンの向こうから声にならない怨嗟が響く。

(あー。セラも「そう」なのね。この、超絶天元突破朴念仁の罪深さは底なしね)

 遠坂凛は呆れ果てる。

 今も、スマートフォンの向こうでは、美しい顔に目くじらを立てて、セラが衛宮士郎に文句を言っている。

 憎まれ口を叩いているが、セラも、衛宮士郎に「やられて」しまった一人なのだろう。

 ある意味、同胞として、同情を禁じ得なかった。

 

 セラの怒りが一頻り爆発してから、漸く収まり、まともな話になった。

「貴方のメールに添付されていた写真の解析が終わりました」

「どうだった?」

 衛宮士郎は通話をウインドウ表示にして小さくし、写真フォルダを開く。其処には、昨晩霊薬の売人が持っていた注射器や硝子容器の写真が格納されていた。

 昨晩の戦闘の後、セラにこの写真を送り、調査を依頼していたのである。

『容器は、珍しくない注射器とアンプル容器でした。製造業者は、倫敦郊外にあるスート製罐。確認をとりましたので間違いありません』

「そうか。そっちから追うのは無理かな?」

『そうでもありません。先程、スート製罐のサーバーに侵入して調べましたら、面白い事がわかりました』

「面白いこと?」

『はい。出荷記録に改竄の形跡がありました。通常の十倍のアンプル容器を出荷している病院があります。後ろめたい理由でも、あるのでしょう』

「成る程。調べる価値が十分あるな」

『そう思って、既に向かっております』

「え」

 何故か眉を顰めた衛宮士郎に、セラは自分のスマートフォンを操作して窓の外を見せてくれた。

 どうやら、今は電車に乗っているらしい。

「おいおい、今の話を公共の電車の中でしてたのか?」

「構いません。日本語で話していますし、そもそも、認識阻害の術をかけてますから周りの民草には雑音にしか聴こえないでしょう』

「あ、そうですか」

 はあ、と衛宮士郎は嘆息する。遅れて倫敦に入ったセラには、レンタカーを借りる様に言っていたのだが、何故か拒否される。

 ならば、ホテルでじっとしてくれれば良いのだか、働き者の彼女はこうして自分で動いてしまうのだ。

 有り難いのだが、どんな危険があるか分からない仕事なので、出来れば自分で動きたい、というのが衛宮士郎の希望だった。と、

『あ!こらやめなさい!それはお姉さんのです!」

 スマートフォンの向こうで、セラがばたばたとし始めた。画面を見ると、可愛らしい顔がカメラを覗いている。

 どうやら、隣に座っている子供に懐かれている様だ。

「もう!どうして認識阻害が効かないの? これだから子供は!」

 もはや、会話どころでないセラに生温かい視線を向け、

「まあ、わかったよ。俺も行くから、その病院のデータ送っといてくれ」

「わ、わかりました。あ!変なところを押してはいけません!あっ!」

 プツッ、と通話が切れた。

 

「行くの?」

 遠坂凛は聞く。

「うん、ちょっと調べてくるよ。もしも時計塔の力を借りたい時は連絡するから」

 とはいえ、時計塔からすれば、霊薬の製造者も衛宮士郎も共に敵なのだが。

「もう・・・」

「ん?」

 こんな、馬鹿な仕事はやめて。と言いたかった。

「今度、あんな治療させたら、お金取るからね? 覚悟しときなさいよ?」

 そんな、憎まれ口を言うに止まった。

「わかったよ、覚悟しとく。ホントありがとう。都合の良い事ばっかり言ってるのは承知してるけど、・・・でも、ありがとう」

 衛宮士郎はヒラヒラと手を振って、アパートの玄関をくぐった。

「はいはい。夢見が悪いから、まだ死なないでよね」

 そんな風に送り出すと、衛宮士郎は苦笑しながら立ち去った。

 

 ああ。

 何処で、何を、間違えたのか。

 或いは、共に魔術を研鑽し遠坂の家を継ぐ未来もあったのだろうか。

 日々「悪」と戦い、日々磨耗していく彼を止める事すら出来ない。日々、良い様に世界から使い棄てられていく彼を繋いでいられない。

 ああ。

 此れを不幸と呼ばずにどうする。

 

 

 ヒースロー空港から電車、地下鉄を乗り継いで、セラは倫敦市内の目的地に到着した。

 ジャパンブルーメディカル。

 日系の経営者が運営する病院だ。倫敦でも有数の綜合病院だ。

 衛宮士郎が寄越したメールの写真に写っていた容器を、最近大量に購入している。

 昨日、討ち倒された霊薬の売人の仕入れ元、としては御誂え向きといったところか。

「人々を救う筈の病院が、裏で人を貶めているなど、虫酸が走りますが」

 独り、ごちる。

 病院の敷地に入ると、整備された美しい中庭を抜け、端のベンチに腰掛けた。

 周囲の人目に注意を払い、右手を前方に翳す。と、不思議な事に小鳥が数羽、何処からともなく飛んできて、その手に止まった。

(いきなさい)

 今度は、すっと手を引くと、小鳥達はセラの手を離れて病院の建物へ飛び去っていく。

「さて。うまく尻尾を掴ませてくれるかしら」

 自然の野鳥をみずからのサーヴァントとしたセラは、調査を開始した。

 

 完璧。

 とは、きっと彼の為にある言葉だった。

 ヴァン・スミス。

 この、ジャパンブルーメディカルに於いて、若手最高の医師と目されている。

 背が高く、何処かのファッション誌の表紙を飾っていてもおかしくないスタイル。女性の様な美しい顔を持ち、長い髪は傷みなど微塵もない。

 数々の困難なオペを成功させ、数々の病魔から人々を救ってきた。

 そして、底抜けに優しく、誰に対しても平等に接する。特に、子供には並々ならぬ愛情を持って対する。

 そんな彼が、この小児病棟の全てを司る、部長を任されるのは、自然な流れだった。

 いつもの様に、看護婦達が囁く。

 ヴァン先生が、また奇蹟を起こす。

 陽気な昼下がり。

 ヴァン・スミスは、自らが受け持つ小児病棟の中庭へ散歩にやってきていた。毎日の壮絶な激務から解放される、数少ない癒しの時間だ。

 後ろで手を組み、歩いているとすれ違う看護婦達が会釈し、背後で黄色い声を上げる。

 自分が特別だ、などとは思わないがアレはやめて欲しい。ハイスクールの様で照れ臭くなる。

 中庭の中央へ着き、ベンチに腰掛ける。此処で、ゆっくりと日本のティーンズ向け小説を読むのが、最近の数少ない楽しみだ。

 だが、それは儚い夢と消える。

 同じ様に、散歩に来ていた入院患者の子供達に囲まれてしまったのだ。

「先生、何読んでるの?」

「先生、いっしよにあそぼう!」

「先生、彼女いるの?」

 白人、黒人、アジア人。この病院に入院している様々な国の子供達がまとわりつき、次々に浴びせられる質問に疲れ果て、苦笑する。

「よおーし! 今日はみんなと遊んじゃうぞー!」

 観念したヴァン・スミスは、手近な子供を抱え上げ、振り回す。

 子供達はきゃっきゃと笑ってヴァン・スミスの後を走り回った。

散々遊びまわって。ゆったりと芝生の上で寛いでいる時にそれは起こった。

「先生!」

 子供の一人が悲痛な叫びを上げる。

 ヴァン・スミスが其方を見ると、白人の子供が、激しい嘔吐を繰り返していた。

 すぐさま、近くにいた看護婦に救急指示し、自分は彼の元へと走り寄る。

 吐瀉物が白衣を汚す事など、御構い無しに、子供を抱え上げ、治療室へ向かう。診察の後、直ちに緊急オペが始まった。

 

 その血はゆっくりと流れ。

 切開した胸部に、強引に、乱暴に指を差し入れる。

 ゴリゴリ、コリコリ。

「あ・・・・・ギギッ」

 口から奇妙な音がして、身体がビクビクと跳ね上がる。

「コレも、ダメですかー。そっかー。マジかー」

 その「心臓があった場所」から、親指程の大きさの丸いものを取り出した。

 それは、真紅の宝石だった。

 宝石に纏わりつく赤い管。血管と呼ばれる筈のそれは、無機質な宝石から血液を吸おうと痙攣する。

「ムリムリ。もう、コレは心臓の代わりになんてならないんだから」

 ニヤニヤと笑って、ブチブチと宝石から引き剥がす。その後暫く、痙攣していた身体は動かなくなった。

「ちょいと、予定よりも早かったけど、まあそこそこの収穫かな」

 宝石をシゲシゲと眺める。魔力が溜まった証である、紅い光が揺らめいていた。

「じゃあ、新しいのに移すかー」

 隣のベッドに「作っておいた」身体の胸部に、宝石を押し付けた。

 ずぶり、と沈み込み、指先で所定の位置まで押し込む。

「後は、売人から注文があったら抽出させて貰うよ」

 隣のベッドの身体には、もう、流れる血も残っていない。

「先生」

 オペを終えると同時に、呼ばれたので其方を見やると、ひとりの看護婦が立っていた。

「何?」

「例の売人。校倉甚八が何者かに殺された様です」

「知ってるよ。バラバラにするなんて、ヒドイ話もあったもんだ」

「如何しますか?」

「何もしなくて良いさ。気付かれてないんだろう?」

「いえ。先程魔力を帯びた使い魔を発見しました。かなりの術者だと」

「もうココを突き止めたかー。スゴイスゴイ。じゃあさ」

「はい」

「気付いてたら、殺して? あ、でも可能なら生かして連れてきてよ。色々試したい「実験」もあるしさ」

 満面の笑み。最高の気分。

「わかりました、先生。・・・『ヴァン・ホーエンハイム』先生」

 

 今日も、ヴァン・スミス先生が奇蹟を起こした。

 心臓が悪く、経過観察中だった白人少年の病状が悪化。

 緊急の動脈バイパス手術を敢行し、見事に成功させたのだ。

 数日後、少年は笑いながらいう。

「もう、大丈夫だよ! ぜんぶ、ヴァン先生のおかげさ!」

 まだまだ入院は必要だが、きっと彼は快方に向かうのだろう。

 今日も、看護婦達が囁く。

 ヴァン先生が、奇蹟を起こした。

 

 小児病棟の地下で。

 奇蹟の代償が腐乱していても。

 

つづく

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