衛宮異聞 倫敦の少女   作:シオヒサ

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いつか、抑止力として名も無い英雄モドキになる、かもしれない士郎をイメージして物語を作ってみました。

この世界のイリヤは、ユーブスタクハイトに封印されています。それが、イリヤの意思ではなかったので、セラとリズは反乱を起こしました。結果は散々だったようですが。

VSデミジャックザリッパー
このリッパーちゃんは、イレギュラーな召喚をされているので、霊基は同じですが人格が違います。

Fate関連の作品の設定を色々お借りしてます。
よろしくお願いします。


倫敦の少女3話 白い箱庭の中で恋を知る

 

3話 白い箱庭の中で恋を知る。

 

 花が咲いて。

 満天の星空が綺麗で。

 紅葉は鮮やかで。

 雪は、何処までも白くて。

 また、花が咲くのだろう。

 季節が移ろうのを何度も見届けた。窓から見える光景はいつも美しいのだけれど、何かが足りないと、最近思う。

 なんだろう、と首を傾げても、ちっとも思いつかない。

 それは。

 女の子が誰しも抱く感情。切なくて、辛くて、泣いてしまうけどとても幸せなもの。

 少女にとって、それは見たこともない特別なもの。

 いや、見たことはある。だってアニメのヒロインはみんなそれを持っているから。頬を赤くして、それに戸惑っている姿を何度も見た。

 あれは、どんな感情なのだろう。いつか、自分もあんな風になるのだろうか。

 そう、なれたら良いと思う。たぶん、きっと、ステキなことだ。

 

 その日。少女は、恋と出会う。

 

 

 朝九時。

 瀬名水渚(せなみぎわ)は、ベッドから降りるとそそくさと着替え始める。「外出用」の服は、上着とスカートで三種類ずつしか持ってないのだけど、今日はお気に入りのパーカーとスカートに決めた。

 着替え終わると、素早く病室を出る。

 看護婦さんに見つかったら、なんていわれるか分からない。

「でも、これはボクの仕事なのだ!」

 よくわからない使命感に燃えながら、瀬名水渚は小児病棟の階段を、手すりを使って滑り降りる。すると、途中で、いつも会うおばあちゃんと出くわした。

 すとん、と手摺から着地。

「あら、水渚ちゃん。おはよう、今日も元気ね」

「おはよう! ジョニーは元気?」

 すると、おばあちゃんは苦笑する。

「ふふふ。入院してるから、元気とは言えないけど前よりマシになってきたわ」

 このおばあちゃんは、難病のお孫さんを、毎日お世話しにきているのだ。

「大丈夫よ。ヴァン先生がいつか治してくれるわ。ボクもこんなに動けるようになったしね!」

「そうね、ありがとね」

 おばあちゃんと別れると、再び手摺のコースターで一気に一階へ。

「おはよう、水渚」

「やあ、水渚」

「おはよう、今日もお仕事かい?」

 すれ違う沢山の人たちがニコニコしながら声を掛けてくる。それに、元気よく答えながらどんどん進む。

 中庭を抜け、本館業務通路を抜け、本館ロビーへ。

 

 ロビーは、すでに沢山の外来患者さんたちが押し寄せていた。瀬名水渚は、1Fロビーが見渡せる2階エントランスへの階段にちょこんと座り、ロビーを見渡してみる。

 足を怪我して痛そうにしている子供、頭を抱えて怠そうに俯く男性、大きなおなかを愛おしそうに擦る妊婦さん。

 総合病院なので、多種多様な症状を抱えた人々がいる。

 そんな中に、その人はいた。

(アジア人・・・もしかして、日本人かな?)

 色素が抜けた髪と碧眼のイギリス人が多い中で、少し珍しいアジア人の青年がいた。

 赤茶けた髪と健康的に日焼けした肌、目鼻のパーツがしっかりした精悍な顔立ち。背が高く、細身のジーパンとワイシャツを着こなしたスラリとしたスタイル。一般的なアジア人とは変わった風貌をしている。

(初めてきたのかな?)

 青年は、総合案内板の前できょろきょろしていて、何かを探しているようだ。

(わっかりにくいんだよなー、この病院の案内板は!)

 ぴょん、と飛び起きる。

 ステップを踏みながら階段を降りていく。

 瀬名水渚の朝の仕事。それは、初診患者さんなど、初めて来た人たちを適切な受付や手続きが出来るように案内してあげる事なのである。

 ロビーに降り、青年の姿を探すと、まだ彼は案内板の前にいた。

 近づこうとすると、偶然目が合う。すると、なぜか彼の方から近づいてきた。

「やあ、こんにちは。ん、まだおはようか。もしかして、日本人かい? ちょっと教えて欲しい事があるんだけど・・・」

「え?あの、えっと、えと・・・」

 予想外の事に、どぎまぎしてしまう。

「ああ、ごめん驚かせちゃったね。俺は衛宮士郎っていう日本人だ」

「あ、いえ大丈夫です。・・・なんでぼくが日本人て?」

 すると、衛宮士郎と名乗った青年は此方の腰のあたりを指さした。

 そこには、アニメのキャラクターの缶バッジを着けている。

「それ。確か日本のアニメのキャラクターだろ? だから、日本人かなって」

「そ、そうです! これ、ジバニャンっていうんです! あの、妖怪ウォッチのキャラでとっても可愛くて、あの、えっと!・・・あ」

 誰にも気づかれた事のない、お気に入りのキャラクターを知っていた嬉しさで、思わず捲し立ててしまった。

「ご、ごめんなさい、急に沢山しゃべっちゃって・・・あの、その」

 赤面して俯く瀬名水渚。だが、衛宮士郎は優しく微笑む。

「好きなんだね、その猫?が」

「あ、はい! あ、そだ、ぼくは水渚、瀬名水渚って言います!」

 全力で名乗った。

 

「ここに入院してるの?」

「はい、結構長くて、もう2年くらいになります」

 ひとまず、近くにあったベンチに座って話す事になった。

「へえ。最近の入院服はオシャレなんだね」

 やはり、パーカーにスカートの入院患者というのは異質に見えたらしい。

「いえ、これは違うくて、あの、気分転換なんです」

 それだけで、衛宮士郎は察してくれた。

「ああ、ずっと同じ服だと気が滅入るからね。ウチの親父もさ、身体悪くしてからずっと流しっていう着物ばっか着ててね。偶に、やっぱり気分転換だーっていってスーツとか着てたよ」

「ですよねー。・・・ところで、今日はどこを受けに来たんですか? みたところどこも悪くなさそうですけど」

 痩せてはいるが、病気というふうには見えない。

「ははは、別に病気でもなんでもないんだ」

 衛宮士郎はうーん、と首を捻ってから、

「どう言ったら良いかな。ちょっとした調査に来ててね」

「ちょうさ?」

「うん。ああ、っていっても別に怪しい人間じゃないよ? なんていうか、病院の良いところを調べて紹介する記事を書いてるんだ」

 そういうお仕事の人もいるんだろうか。

「よくわからないけど、わかりました。変な事してるわけじゃないんですよね?」

「ああ、勿論。じゃあ、さっそくちょっと調査をしようかな?」

「はい?」

「君の事を教えてくれるかい?」

 衛宮士郎が微笑む。

 

「なん・・・てことなの?」

 使い魔の小鳥が送ってきた映像に愕然とするセラ。

 小児病棟前の中庭に、おかしな魔力の反応を見つけたセラは、使い魔で監視していた。

 そこにいたのは、元気に遊びまわる子供たち。

 だが、

「人間じゃ・・・ないなんて」

 遊んでいた子供のほとんどが、人造人間であるホムンクルスだったのだ。見た目には普通の子供に見えるが、その実、プログラムを与えられて動く魔力の人形なのである。

 しかも、

(疑似人格を移植されている? 彼らは、元は人間であったとでもいうの?)

 気付かれないよう細心の注意を払いながら、ホムンクルスの一人からその意志回路を読み取ってみた。そこにあったのは、普通の人間と変わらない自律した精神構造体。

 有体に言えば、作られた魂を入れられていたのだ。

 魔術生物の大家、アインツベルンで生まれたホムンクルスのセラであればこそ、分かる。

 アインツベルンで作られた自律精神構造体を超えるものは、基本的にありえない。つまり完全な、人間の魂は複製できないのだ。もしも可能であるなら、それは既に魔術の最奥、魔法の域に入っている。

 こんな公衆の面前で、有り得ない奇跡が、白昼堂々展開されているのである。

(そして、あの医師!)

 セラは見逃さなかった。

 遊んでいた子供の一人が体調不良を起こして倒れたのだが、その子供の心臓辺りに大きな魔力の反応があったのだ。

 駆け寄ったあの若い医師はその魔力を探知した様子を見せると、子供の口に、石のようなものを放り込む。あれは恐らく魔石だ。

(わたくしの見立て通りなら、子供の心臓に魔石を使い、飽和した魔力が体調不良となって表れた。それを、魔石で吸わせることで急場を凌いだんだわ)

「一体、なんだというの、この病院は・・・?」

 予想を大きく超えた出来事に放心するセラ。

「とにかく、衛宮士郎と合流しましょう」

 立ち上がり、合流ポイントを目指す。

 

「・・・それで、それでですね、寄せ集めのチームで決勝までいくんです!」

「へえ。でも、相手は名門校なんだろ?」

「そうなんです。でも、チームワークで乗り切っていくんです!」

 瀬名水渚の好きな事を聞いていたら、いつの間にか好きなアニメの紹介に話が移り、今は戦車の競技で全国大会を勝ち進む女子高生のアニメの話で盛り上がっていた。

「面白いアニメがあるんだね。知らなかったよ」

「はい! 士郎さんは、アニメとかみないんですか?」

「あぁ、ウチが、というよりウチのオヤジがテレビ観る人じゃなくてね。オレもそうなんだ」

「へぇー。ボク、色んなの見てるので沢山知ってます! ・・・あんまり、良い方法で観てないんですけど」

 瀬名水渚は、小さな可愛らしいポーチから、年季の入ったスマホを取り出して見せてきた。

「なるほど、海外のサイトで見てるんだね」

 映っていたのは、日本のテレビ放送を違法にアップロードしているサイトだった。

「大きな声で言えないね。早く日本に帰って、ちゃんとみたいね」

「はい…そうですね…」

 明るい瀬名水渚の声のトーンが落ちる。

「経過はどうなんだ?」

 あまり、訊くべきでは無いかも、と思ったが。

「小康状態、を保ってるらしいです。本当は、こんなに動き回ったり出来ないんですけど、ヴァン先生がボクを元気にしてくれたんです。あとは、ドナーが見つかれば良いんですが…」

 医事に詳しくない衛宮士郎でも、心臓の移植提供者が少ない事は知っている。目の前の少女は、元気に見えて日々病気と戦っているのだ。

「あまり、軽率な事をいってはいけないと分かってるけど…それでも、祈ってる。早く快方に向かうように」

 重病患者に、こういった気休めが悪い影響を及ぼすかもしれない事は知っている。それでも、言わずにはおれなかった。

「その気持ちが嬉しいです! ありがとうごじゃます!」

 瀬名水渚は、元気に頭を下げる。衛宮士郎は微笑んでその頭を撫ぜた。

「君は強いな。見倣いたいよ…っと」

 衛宮士郎は視界の端に手を振るセラの姿を視止めた。

「どうしたんですか?」

「知り合いが迎えに来たみたいだ。そろそろ行くよ」

「そうですか…」

 瀬名水渚は寂しそうにシュンとして、顔を伏せた。それを察する衛宮士郎。

「また、明日も来て良いかい?」

 聞くと、少女は目を輝かせて顔を上げた。

「は、はい!」

「さっき言った調査、まだまだ掛かりそうなんだ。明日も話を聞かせてもらっても?」

「も、もちろんです!」

「ああ、でもオレが来たことは他の皆には黙っててくれる? ヒミツの調査なんだ」

「はい!」

 もう一度、元気のいい返事。子供の素直さを利用したズルい頼みだとは重々承知している。

「…じゃあ、今日はありがとう。またね」

「また明日!」

 そして、衛宮士郎は瀬名水渚と別れた。

 

「あの子は…どうしたんですか?」

 衛宮士郎が少女と一緒にいた事を訝るセラ。その目は、完全にジト目である。

「へんな誤解するなよ? 情報を教えて貰ってただけだよ」

「ふん、どうだか。こと異性に関して貴方の信用の無さは自覚しているでしょう?」

「…やれやれ。オレがなにしたっていうんだ」

「自分の胸に聞いてみなさい」

 言って、セラはツカツカと先に行ってしまった。

「はあ」

 肩を落とし、トボトボついていく衛宮士郎だった。

 

 

 

「…そうか。それじゃあいよいよ本格的に、この病院を調べないといけないな」

 セラから、中庭で見た事の報告を受けた衛宮士郎は病院の建物を見上げる。

此処は病院の駐輪場。セラが見たものの凄まじさに、現状では情報も準備も足りないと判断した為、一旦引き上げる事になったのだ。

「はっきり申しまして、あの子供達の異常性は想像を遥かに超えています。どんな非人道が行われているか、考えたくもありません」

 子供達がホムンクルスにすり替えられ、本人達がそれを知らずにいる。

 それを、件の召喚霊薬と結び付けて考えると、凡そ正気の範疇で収まる予想に辿り着けない。

 特に、ホムンクルスに対しては思う所の多いセラには、ただならぬ事態だった。

「一度、ホテルに帰って装備を手配しよう。相手が召喚霊薬の製造元なら、何らかのデミサーヴァントが出てくる可能性がある」

 主に銃が足りない。現状の、オートマチックハンドガンでは、デミサーヴァントの相手は厳しいだろう。

 更に、相手が病院にいるのなら、人払いの為の細工も必要だ。夜間、一般の患者がいない時を狙わなければならない。

 一般人を巻き込む訳にはいかないのだ。

「あ、そうか。電車で来たんだっけ。どうする? 後ろ乗って一緒に帰るか?」

 ヤマハVマックスに跨って、セラに聞くと、何故か顔を煌めかせたあと、無理やりのように不機嫌な表情を作り、

「ま、まあ? 早いに越した事はありませんから、そうしましょう。貴方の後ろなど、本当は嫌なんですけど!」

 そんな事をいう割に、セラはスキップを踏んで、上機嫌で後ろに座った。

 流石、元名家のメイド長である。ロングスカートを乱す事のない横乗りだ。

 

 走り出したヤマハVマックスは、倫敦の街並みを滑る様に走っていく。

 陽射しが暖かい、冬の終わり。

 ブラウスでは寒いかと思ったがそんな事はなく、丁度いい風の冷たさと抱きついている背中の温かさが心地よく。

 レンタカーを借りなくて良かった、とセラはほくそ笑む。

 本当に、温かい想い人の背中。

 あの時。

 セラが棄てられたあの日。

 凍てついた冬の森で、着の身着のままで放り出され数十の同胞と戦い、歯を食いしばって全てを殺した。

 既に限界だったにも関わらず、更に襲って来た魔術兵達に痛めつけられ、凌辱され、ボロボロにされた。

 もう、生きる事を諦めた時、この背中に助けられた。

 一緒に、イリヤを助けよう。

 嘗ての主人の名を聞いた瞬間、再び命の火が灯る。今もきっと、何処かで眠っているお嬢様を放っておいて死ぬなど、メイド長としてありえない。

 この背中は、其れに気付かせてくれた。

 もう一度、渾身の力を込めて抱き締める。まったく、この男は自分のやった事をわかっているのか。

 そんな、フワフワしたことを考えていると、頭の奥で電流の様な信号が走った。

 すぐ様、衛宮士郎に耳打ちする。

「気付いていますか?」

「ああ。尾けられてるな」

 衛宮士郎はバックミラーを動かして、セラに後方を見せる。

 後方、数十メートルにある街灯の上に、何者かが立っていた。

「病院からでしょうか」

「タブン。気付いたら居たよ。どうしたもんかな」

「追手が掛かるには、些か早すぎる気もしますが」

「何か心当たりが?」

「在るわけございません! 誰に物を申しているのですか?」

「ごめんごめん」

「一先ず、郊外に場所を移す。相手がどんなつもりか知らないが、街中でドンパチやる訳にはいかない」

 デミサーヴァントとはいえ、相手は英霊である。その一撃は想像を絶する。

 衛宮士郎が知る、最高クラスの剣の英霊は石柱程度なら軽く両断し、最高出力を出せば一撃で城を落とす事が出来る。

 あの追跡者が其処までとは思わないが、街中を避けるに越した事はない。

「セラ!」

「なっなんですか?」

 真剣な顔で突然呼ばれたセラは、思わず顔を赤らめる。が、

「降りてくれ!」

「・・・ふぁっ?!」

 答える間も無く。

 次の角を、ヤマハVマックスはありえない速度で突っ込み、ドリフトを掛けながら無理矢理曲がる。

 一瞬、バックミラーから追跡者が消えた。

「今だ!」

 衛宮士郎は叫び、ハンドルから手を放すとセラの手を掴む。

 すると、掴まれたセラの手に緑色の光の粒子が集まり、手の平大のナイフが現れた。

 そのまま、衛宮士郎が中空を指差すと、魔術で作られたナイフは、その方向へロケットの様に飛び出した。

 無論、セラと一緒に。

「ひいやああああー!」

 名門貴族のメイド長の威厳は何処へやら。間抜けな声を上げながら、セラは倫敦の街をすっ飛び、露店の屋根に着地した。

 

「こ、このわたくしに、この様な狼藉!」

 露店の屋根の上で、ひっくり返ったセラは、ワナワナと身体を震わせる。ロングスカートが捲れない様に抑えているのは流石というべきか。

 衛宮士郎の考えはわかる。二人乗りのままであの追跡者を迎撃するのは難しい。早々にセラが降りる必要があったのだ。

 後でセラに危険が及ばぬ様、キチンと敵の視界から外れた場所に飛ばした配慮も中々の判断だ。

「でも、だからってパートナーにこんな扱い! 許されて良いわけがありません!」

 そんな事を呟いて、ふと顔を上げる。視線の先は先程の大通り。

 瞬間、影が瞬く。あの追跡者が横切ったのだ。

 何か、襤褸切れを張り合わせた薄汚い外套。その端々から覗く、白過ぎる細い手足。狂気を帯

びた真っ白な髪と真っ赤な瞳。

 そして。その瞳は確かに、セラを観ていた。セラを見て、楽しそうに笑い、通り過ぎていった。

「なんだというのです? 見逃された?」

 正体不明の敵に、セラは戦慄する

 

 セラが無事に降りた事を確認すると、バックミラーを確認する。

 今しがた曲がった角から現れた追跡者は、セラが居なくなった事に気付かなかったのかなんなのか、そのまま、追いかけて来て居た。

「引っかかってくれたのは有難いが」

 ハンドルにクレイドルごと取り付けたスマートフォンで周辺の地理を確認する。

 丁度、10分も走った所に農園などがある地域があった。適度な広さがあり、夕暮れに近い今は一般人が少ないだろう。

 誘き出すには御誂え向きと言えた。

 が、

「?!」

 バックミラーから、追跡者の影が消える。次の刹那、衛宮士郎は反射的に短刀を取り出した。

 金属の悲鳴が上がる。

 敵が斬りかかって来たのだ。なんとか斬り払うと、敵は体勢を崩し、道路をゴロゴロと転がる。だがすぐ様、立て直し、再び駆け出す。

「女の子?!」

 チラリと見えた敵の姿に戦慄する。

 黒いボロ切れの様なマントを羽織って いるが、ハッキリと視認した。

 敵は少女。さらにその異常性を際立たせる真っ白な髪。胡乱な瞳。

 そして、そのマントの下は殆ど何も着ていない。股間と胸を申し訳程度に隠した、正気の沙汰ではない格好をしていた。

「なんだ?! 一体・・・」

 マントに、半裸の少女が時速60キロ以上で走り続ける最高排気量クラスのバイクを追い掛けてきているのだ。

 こんな事、笑い話にすれば、もっとリアリティを持たせろと言われてしまう程荒唐無稽な話だ。しかし、十分に在り得る。こんな事が起こる原因を衛宮士郎は知っている。

「デミサーヴァント!」

 こんな奇怪な現実を顕現する事件を追っているのだ。

「くそっ」

 衛宮士郎は、出来るだけ人の少ない通りを選び、ヤマハVマックスを加速させる。

 既に時速80キロを超えているにも関わらず、敵は軽々と追いついてきた。

 横並びとなり、敵の少女は衛宮士郎を見て笑う。まるで三日月を横倒しにした様に口端を釣り上た、奇怪な笑み。

 その手に、幅広のナイフが煌めく。

 今度は、左手を振りかぶる。

 次の瞬間、敵の身体が、不自然に跳ね上がり、ナイフを振りかぶる。

 振りかぶった両者の得物が描く、銀色の軌跡が激しく重なり、火花を散らす。

「がっ! あぁっ!」

 今度は完全に斬りはらうことは出来なかった。敵少女の攻撃は、衛宮士郎の短刀を容易く裂き、僅かに手を斬りつけるに至ったのだ。

(そろそろ、走りながらじゃ不味くなってきたな)

 思った刹那、ガクンと車体が大きく揺れる。

 敵少女が、タンデムシートに飛び乗ってきたのだ。

 そして、後ろから衛宮士郎の首に組み付き、ナイフを振り上げる。そのまま、首に突き立てるつもりか。

(間に合った!)

 街中を抜け、視界が開けた瞬間、後輪ブレーキを一気に踏み抜いてロックさせ、バランスを崩して横倒しに倒す。

 ヤマハVマックスから放り出された衛宮士郎と敵少女はお互い、明後日の方向へ転がっていく。

 受け身を取り、立ち上がると、周囲を見渡す。

 無論、バイクから放り出された程度で、デミサーヴァントが止まるわけもない。真っ直ぐに此方へ向かって来ていた。

(これは、最初っから全力じゃないとダメみたいだな)

 二度、打ち合っただけだが、敵の力は想像以上だった。英霊の格で言えば、ビリィザキッドを軽く超えているだろう。

「トレース・オン」

 自らの身体に流れる魔術回路に魔力を通す。魔術を行使する為の準備だ。

「身体は、剣で出来ている」

 たった一つ。

 衛宮士郎がたった一つだけ使える魔術を発動させる。

 いや、正確には魔術ではない。「衛宮士郎」にしか、使えない「世界」だからだ。

 いつの間にか現れた、緑色の光の粒子が、川辺の蛍のように舞い踊り、幻想的な様相を見せる。そして、

「投影。永劫の呪い、選定のツルギ(偽)」

 呟くと粒子が集まり、シルエットはシンプルだが金色の装飾が施された美しい白剣が現れ、右手に握られる。

「投影。夫婦剣、干将」

 今度は、左手に白い刀身の短刀が握られる。あの、霊薬の売人を葬った双剣の、一振りだ。

 白光一閃。

 恐ろしい程の速さで向かって来る敵に最上段から白剣を振り下ろす。速さは最速、並の人間なら容易く両断する神速だ。だが相手は人間の範疇を遥かに超える。

「ひょっ♪」

 驚くべき事に、敵はその剣筋を、見て、躱す。

 しかして、それは織り込み済み。振り切った白剣は霧散し、左手の短刀を薙ぐ。

「ひゃん♪」

 それも、蹲み込んで躱した少女は、その反動でナイフを斬りあげる。

 鋭利な切っ先が頬を掠め、跳ね上がった少女の顔が触れそうな程近付いた。

「こんにちは♪おにいちゃん♪」

 透き通るソプラノ。

 その瞬間。少女に油断があったのか、衛宮士郎は空いた右手で少女の右手を掴み取る。

「なんだーぁ?」

 間抜けな声を上げる少女に間断与えず、そのままハイキックを見舞う。

 返す脚で更にもう一撃。

 右手を掴まれている為に、衝撃を逃がせず少女は喰らい続ける。

 人間相手ならば、首の骨が折れて絶命している。

 だが、これは人を超えた者の戦い。

 衛宮士郎は、掴んだ右手を引き、半身になると肩口から体当りをかける。

 肩口がぶつかる瞬間、左脚で地面をふみつける。

 大地を揺るがすかの様な衝撃を脚から腰、腰から肩へと伝え、そして敵に叩きつけた。

 古代中国に伝わる八極拳と呼ばれる拳法の体術、震脚だ。

 敵少女はかくして、弾丸の様に吹き飛び、背後の石壁に叩きつけられ、ぐしゃりと壊れた人形の様に崩れ落ちる。

「これだけじゃあ、ね」

 あれ程の連撃を叩き込んでも、衛宮士郎は構えを解かず、腿に装着していたバッグから古めかしい銃を取り出した。

「起源弾、切嗣」

 言うや、その手に弾丸が現れ、装填し、撃ち出す。

 轟音と共に、弾丸は少女の身体で炸裂するはずだった。

 弾ける火花。奇怪な刀身のナイフがビリビリと震え、弾丸を受け止めていた。それも、刀身の側面ではない。

 敵は、正面から刃で斬りつけたのだ。

「キヒヒヒヒ♪」

 身体全体を回転させて、見事に弾丸を分断した少女は、一瞬身体を屈めると、反動で宙に跳ね上がりナイフを振りかぶる。

 剣戟で描かれる、光の円弧。少女の全体重と加速度を加えた攻撃をすんでのところで捌く。

 瞬間、衛宮士郎の視界に映り込む幾重もの斬撃。

 それは、例えるならアサルトライフルの掃射を1メートルの至近距離から浴びせられる感覚。

 大男にハンマーをフルスイングで殴られる衝撃が毎秒八発以上の速度で襲いかかってくるのである。

 しかし。

 其れを、想定して生きてきた。

 その、常軌を逸した攻撃を全て捌く。衛宮士郎は「こういった戦い」をする為に、この八年研鑽を積み重ねて来た のだ。

 この、気が触れるレベルの高みへ到達しなければ、「彼女」に申し訳が立たない。彼女と肩を並べる事は出来ない。

 その信念が、衛宮士郎を人間以上のモノへ引き上げていた。

 だが。

 相手は人ならざる者の中でも高みに座すモノ。

「キヒヒヒヒヒヒ!」

 奇妙な笑い声と共に繰り出される連撃は、音速にも似た速度を実現しつつあった。

(この速さ!・・・ケルトの英雄並か!)

 八年前に目撃した槍の英霊が想起される。もはや、それは目で追えるレベルでは無い。

 アサルトライフルですら、ない。剣戟の豪雨に身を浸していた。

 端から削られる身体。朱色に彩られるシャツ。その連撃に応える筋繊維がブチブチと悲鳴をあげる。

 「人間」の体が限界を迎える。おそらく、時間にして0.05秒程の隙が衛宮士郎に生まれた。

 瞬間、まさに銃弾のような斬戟が一気に襲い掛かる。体の全てを一気に押しつぶす衝撃で、衛宮士郎は仰向けに倒れ伏した。

(こんな! ここまでなのか!)

 あれ程の努力が、研鑽が、終わりを迎える瞬間だった。あまりにも簡単な最期。

 八年前あれ程の戦いを、地獄を潜り抜けた筈の衛宮士郎の認識が甘かったのか。いや、そうではない。サーヴァントとは、そういうモノなのだ。

 そもそも人間が敵うモノじゃない。相手が悪かったのだ。

 遅かれ早かれ、こうなる。

 敵少女が倒れた衛宮士郎に馬乗りに跨った。

「へへ・・・・・おにいちゃん、いひひひ・・・・」

 恍惚とした表情を浮かべて襤褸切れのマントを脱ぐと、愛おしそうに、まるで恋人に対するように胸を撫で回す。

 そして、顔を近付けて、唇を重ねる。

 そこに愛など無い。ただの、行為。子供の遊びの範疇でしかないソレに、衛宮士郎は戦慄する。相手にとって、この戦いはその程度のものなのだ。童の児戯にも等しい。

 やおら少女はナイフを振り上げた。降ろす先は無抵抗な喉元。飽きた玩具に止めを刺す子供の世界は残酷だ。

 それで、いいのか。

 自分はこんな事で命を落とす為に生きてきたのか。

(違う・・・よな、セイバー)

 あの、剣の乙女ににもう一度会う為に。貴方の生き方は間違いではないと証明するために。

 自分は、正義の味方を張り続けると決めたのだ。

 少女がナイフを振り下ろす、瞬間。

「おおおおおおおあああぁぁっっ!!」

 無理やりに、右腕に魔力を通す。魔術回路など関係なく強制的に流し込む行為はそれを破壊する行為に等しい。

 腕の筋繊維が悲鳴を上げる。細い綿糸を一気に引きちぎるあの感覚、それを自らの腕で行うのだ。溢れた魔力が皮膚を焦がし、指先では爪が裂ける。そして右手には最早刀と呼ぶのもおこがましい、刃の成り損ないが錬製された。

 その刃を、一気に横に薙ぐ。狙うは敵少女の喉元だ。

 果たして。

 

「いひひっ♪」

 敵少女は、文字通り飛び跳ねて衛宮士郎から離れた。その首に、出来損ないの刃が刺さったまま。

「ひどいなぁ、おにいちゃん。わたし、おしえてあげようとしただけなのに」

 ニコリ、と喜色満面で微笑む。

「・・・?」

 傾げた首に触れてみる。ナイフの切っ先が僅かに首筋の皮を裂いていたが、微量な出血に留まっていた。

「いったい・・・」

 問おうとする衛宮士郎に、少女はナイフの切っ先を差し出す。

 そこに、小さな虫がいた。全長は数cmというところだろうか、例えるなら緑色の蜂と言うのが一番近い外観だが、細部が明らかにおかしい。

 二つであるはずの複眼が4つあり、一対多い足には奇怪な鉤爪のような突起がある。そして、腹部は血を吸ったばかりの蚊の様に膨れ上がり。血ではなく魔力だと思われる光が明滅していた。

「これ・・・を?」

 衛宮士郎が聞くと、少女は大きくかぶりを振る。

「うん! それね、まりょくをもった人のあとをついていって、しらないうちにその人をコロシちゃうんだ。それにね、えっとえっとほら、おそらから人をさがすヤツ!あれなんだっけ」

「人口衛星? GPS?」

「うんそれ! そんなヤツみたいに、おいかけられるんだって! ジッサイにおそらからみてるわけじゃないんだけどねー」

 ニコニコ得意げに教えてくれた。

 少女の、濃緑の瞳がキラキラと輝いている。そこに嘘はなさそうだ。

「なるほど、有難う。でも、なんだってオレを助けてくれたんだ?」

 その質問に少女はうーん、うーん、と首をふる。ほんの数分前の死闘が嘘のような長閑な会話だ。だが、皮膚が裂けた右腕と少女の首に刺さる刃が夢ではないと物語る。

 と、答えが出たようだ。

「えっとね、たぶんなんか、すきだから! おにいちゃんのこと!」

 散々悩んで出てきた曖昧な答えに衛宮士郎は苦笑してしまう。

「・・・そっか。重ねてありがとう」

 ヨロヨロと立ち上がる。

「かえっちゃうの?」

「ああ。君のお陰で大きなヒントが貰えたからね」

 言う衛宮士郎の視線の先にはナイフの先の奇怪な虫。

「これ、貰っても良い?」

「うん! もうシンデるからあぶなくないけど、きをつけてね!」

 切っ先から虫を摘んで抜き取った。手触りは柔らかいが、粘質な気持ち悪さがある。

「ところで」

 衛宮士郎は少女を見据える。

「君は、何者だ?」

 敵ではないようだ、と判ったものの、味方であるわけでもない。こちらはこの少女の悪戯で殺されかかったのだ。

 だが、少女は不思議そうに首を捻る。そして、何かに納得したように頷いた。

「さーヴぁんと、さーヴぁんとだよ」

「誰に召喚されたんだ? いや、「君自身」が召喚者か?」

 やはり、あの病院に何かがあって、あの売人の様に自らの体に英霊を降ろしたのか。そんな予測にも、少女は首を振る。

「だれでもないよ。わたしは、このマチに「すんでる」んだ。だれかによばれたわけじゃなくてずっとここにいるんだ」

 全く意味がわからない。だがその気配は確かにサーヴァントだ。そうである以上必ず召喚した魔術師がいるはずなのである。

「・・・君は、敵じゃないって事でいいのかな」

「うん! でもね」

 少女の瞳に好奇の色が宿る。

「おにいちゃんがたたかおうとしてるの、すっごいタイヘンなヤツだよ。今のままじゃ・・・」

 少女は突然衛宮士郎の胸に飛び込んで抱きつく。

「・・・かてないよ? きをつけてー」

 言ってからすぐざま飛びのく。そして、再び襤褸切れの外套を身に纏うと、手をひらひらと振って消え去った。

「勝てない、ね。ばっちり痛感したよ」

 自分が、未だ其処へ到達していないことをまざまざと見せ付けられては、納得しないわけには行かない。

 まだまだ、先は長そうだ。

 

 

 

幕間:瀬名水渚という少女

 

 瀬奈水渚(せなみぎわ)は、何故自分が此処にいるのかわからなかった。

 いや。

 自分が此処、病院にいる理由はわかっている。

 重い病気を患う彼女は、遥か極東の島国から、治療の為にこの倫敦の病院に入院していた。

 此処にいる理由がわからない、と言ったのは、生きる意味が見つからない、と言っているのだ。

 瀬奈水渚は、産まれながらに呪われていた。

 心臓に欠陥があり、誕生時、医者はどんなに頑張っても十年が限度だろうと告げた。

 生き永らえるには、移植手術のみ。日本国内では不可能なものの為、海外で一億近いお金を積んで施術する他ない。

 長い、永い苦悩の末。両親が選んだのは天寿の全うだった。

 確実でもない可能性の為に、ありもしない一億を積むのなら、瀬奈水渚の十年を最高の十年にしてやろうと、決めたのだ。

 無論反対も多かった。

 助かるかも知れないのに、そうしないとは何事か。あの夫妻は、我が子よりも、金を取ったのだ。

 ああ、なんて罪深い夫婦なのか。

 非難される両親が悪者のように言われていたが、瀬奈水渚は知っていた。非難している連中は、自分達を助けるつもりなどないと。

 仮に手術をする事を選んだとしても、彼らは助けてくれたりはしないのだ。

 真実。

 瀬奈水渚の十年はとても幸せだった。他の子とは明らかに遅れた成長など、不安な事も多かったが、両親は瀬名水渚を色んなところに連れて行き、沢山の思い出を作ってくれた。

 もう、いつ死んでもそんなに後悔はない。プリキュアがいつまで続くのか、ユーリはまだ続くのか、とかそんな些細な未練はあったけど、概ね満足した人生になるはずだった。

 事態は、両親と行った旅行の帰りに急激に変わった。

 逆走してきた車と、自分達の車が事故を起こし、

 両親が死んだ。

 それから、周囲が目まぐるしく変わっていく。見た事もない親戚が来て、瀬奈水渚を救ってくれると言い出した。

 なんでも、自分の様な難病の子供を助ける為に募金を募ると、簡単にお金が集まると言うのだ。

 よくわからない書類にサインをさせられ、募金が始まり、本当に瞬く間に数億のお金が集まった。

 それからまた、周囲が目まぐるしく変わった。心臓移植の為に、アメリカの病院に移ったのだが、その直後から瀬名水渚の周りから誰も居なくなった。

 移植の目処も立たず、現地の医師に、お前は何故来たのか、と聞かれる始末。

 そう。

 単純な話。瀬名水渚は、若くして難病を患う少女、という集金システムに利用されたのだ。

 だが、遠い異国で途方に暮れていた瀬名水渚を救う者も現れた。

 ヴァン・スミスという英国人医師だ。彼は、そういった無責任な移植入院で外国に放置される、日本の子供に声をかけ、自分の病院に入れていた。

 瀬奈水渚の境遇を聞いたヴァン・スミスは、イギリスでの里親も探し、自分が必ず治すと約束した。

 

 そんな訳で、ここにいる。

 でも、生きる意味が見つからない。両親を失い、明日をも知れぬ自分に、意味があるというのか。

 もう、早く終わらせて欲しかった。

 そんなある日。

 一人の青年と知り合った。

 なんだか頼りない、ぱっとしない人だが、妙な魅力がある。

 心臓が、これまでにないほど動悸している事がわかる。でも、苦しくない。むしろ、嬉しくてしょうがない。

 この感情には心当たりがある。胸の辺りがポカポカとする。彼の事を考えると頬が熱くなる。

 ああ、きっと。

 同時に、下腹部に暖かみを感じる。

 ゆっくりと手を伸ばし、触れると電気が走る様な快感と心地良さ。

 これは、たぶん。

 彼ならば、自分に意味をくれるだろうか。彼ならば自分にソレをくれるだろうか。

 彼ならば。

 

 少女は今、恋を知った。

 少女は今、愛を知った。

 少女は今。

 

 罪(性)を知った。

 

 

つづく

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